一匹文士、伊神権太がゆく人生そぞろ歩き(2022年10月~)

2022年10月31日
 月曜日。きのう神宮球場であった日本シリーズの第7戦はパ・リーグ覇者で中嶋聡監督率いるオリックスが5―4でセ・リーグ覇者のヤクルトに競り勝ち、対戦成績を4勝2敗1分けとして1996年いらい26年ぶり5度目の日本一を達成。韓国の首都ソウルの繁華街・梨泰院(イテウォン)で29日午後10時15分(日本時間同)ごろ、ハロウィーンを前に集まった若者らが路上で将棋倒しのように折り重なって倒れた群衆なだれ事故で韓国の消防当局は外国人26人(うち2人は10代と20代の日本人女性)を含む154人が死亡、132人(その後負傷者は152人に)が負傷した、と発表した。
 夜。NHKEテレの【ハートネットTV 被災地に生きた医師▽余命1カ月最期の日々】を見る。自身がすい臓がんの末期、がんの終末期にありながら、自らの生き方を残すべく最後の日々を記録し発信していく長純一医師。その迫真の姿が赤裸々に会話を伴った映像とともに描き出されており、私は死の世界に向かって歩むひとりの医師像を感慨をもって見たのである。

(10月30日)
 日曜日。神戸へ。神戸市内、ラッセホール5F「ハイビスカス」で行われた文藝講演会=演題は「同人誌の現在と未来」=に「文芸思潮」編集長の五十嵐勉さんと共に参加するためだ。講演会に引き続き、神戸エルマール=エルマールはスペイン語で<海>を意味する=文学賞の授賞式が地下1階で行われ、こちらにも出て授賞式の模様をつぶさに拝見させて頂き、何かと勉強になったのである。

 「同人誌の現在と未来」をテーマに熱心に話し合われた文藝講演会
 

 「人はいない」(ココドコ2号掲載)で表彰された田中さるまるさん(中央)ら=エルマール文学賞授賞式会場で
 

「文学が疲弊すれば、文化も衰退する。同人誌文学を大切にしよう」と祝賀会で乾杯の音頭を取る五十嵐勉「文芸思潮」編集長(全国同人雑誌協会代表理事)=中央。立っている人
 

 私と五十嵐さんは引き続き、場所を移し市内の焼き肉店で大阪文学学校事務局長の小原政幸さんも加わって杯を重ねながらの文学談議とあいなった。実を言えば、小原さんが長年、事務局長を務める大阪文学学校へは新聞社の大津支局長時代に私は当時、既に旧知の中で大阪文学学校の校長だった故長谷川龍生さん(詩人、元日本現代詩人会会長など)を訪ねて時折、〝文校〟に顔を出しており、そうしたこともあって小原さんとは顔見知りでもあったのである。それだけに、懐かしくもあり意義深いひとときとなった。
 なかでも鹿児島出身の小原さんが金沢大学医学部の医学生だったころに小原さんご自身が大阪の釜ヶ崎をしばしば訪れるうち、文学の道に足を踏み入れてしまったこと、一時「全共闘よ もう一度」との思想の流れの中であがき苦しんだ-ことなど。文学にかかわる真剣な視線と葛藤について得難い話を交わし、話すほどにとても勉強させられたのである。

 釜ヶ崎には能登出身の方がお店を構えた能登屋があるが(ほかに通天閣近くにも一軒ある)このあたりのお風呂屋さんは、その昔能登半島の人々が来て次々と開店して大阪の現在の繁栄の礎を築いた-といったような話をはじめ、「今だからこそ」話せる若き医学生時代の秘話などにも話は及び、書くうえでも大変参考になったのである。「次は、能登屋で会いましょう」と約束し、私は新幹線に飛び乗って夜遅く帰宅した。

 帰ると、シロが心配そうな顔で私を何度も見上げるので、かつて遠出するたびごとに「どうしようか。ちょっと〇〇に行ってきたいのだが」と聞くと、決まって「うん。いいよ。いいから。あんまり遅くなるようだったら、無理しないでどこかで泊まってきて。泊まってくるのだよ。その方がわたし、安心できるのだから」と文句ひとつ言うでなく、送り出してくれ、帰宅すると決まって「どうだった。あのねえ」と話しかけてきた、あの鈴を鳴らすようなたつ江、舞の声が耳に大きく迫ってきたのである。
 私はその声を思い出し「帰ったよ。なんにも心配することなどないのだから」と受け答えした日々を懐かしく振り返りもした。と同時に、舞は死にはしたが、彼女の魂は、これからも永遠に生き続ける、元気でいてくれる-といった確信のようなものも感じたのである。

2022年10月29日
 土曜日。秋のさわやかな陽がとんとんトントン、きらきらキラリと通り過ぎていく。雲ひとつない朝だ。たつ江。舞よ、マイ。まい。おまえは今、この日差しの中のどこに。隠れているのか。おそらく透明な姿態となって、いつもの遠慮がちな顔をして笑顔で居るに違いない。おまえがかわいがり永遠に愛し続けるシロ。元気でいるから。だいじょうぶ。心配ないよ。

 何思うシロちゃん。自宅庭先で(29日朝)
 

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 餃子の王将、王将フードサービスの社長だった大東隆行さん=当時72歳=が2013年12月に射殺された事件で京都府警が、きのう28日に殺人と銃刀法違反の疑いで特定危険指定暴力団工藤会(北九州市)系組幹部の田中幸雄容疑者(56)=別件で服役中=を逮捕。
 来月1日のジブリパーク開園を記念した「ジブリパークとジブリ展」を前に28日、関係者向けの内覧会が県美術館であった。名古屋港水族館がきょう29日で開館から30周年。

(10月28日)
 雲ひとつない。赤い朝の陽射しがあたたかく、いよいよ紅葉のシーズンである。きょうは週に一度の社交ダンスのレッスンで一宮スポーツ文化センターへ。熱心な指導教師若さんの教えのもと、タンゴのコントラチェックにツイストターン、蟹歩き、クルクルクル、ツイスト、ポジション替え……などを繰り返し学んだ。いつも思うが社交ダンスはワルツ、ルンバ、ブルースと、どれをとっても習熟するにはちょっと大変で、わが一匹文士の文章道を究めるのと同じでそれなりの努力が絶えず求められはするが、その分、奥が深くて、学びがいがある。
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    ☆    ☆
 報道によれば、全国の国公私立小中学校で2021年度に30日以上欠席した不登校の児童生徒は24万4940人で20年度より24・9%(4万8813人)増え過去最多だったことが文部科学省の問題行動・不登校調査で分かり、初めて20万人を超えたという。

 夜。「文芸思潮」編集長で全国同人雑誌協会代表理事でもある東京の、いや日本文学界のエースかつ、大いなるホープでもある五十嵐勉さんから電話が入る。30日に神戸を訪れる件でである。そういえば、大阪はいま、なかでも大阪文学学校は、このコロナ禍の時代にあってなお、文学の新たなる拠点、のろしとして注目されており、全国の同人誌活動ばかりか、新時代の文学潮流の背骨的存在になりつつあると言ってもいい。既に読まれた方も多いとは思うが、文芸思潮(アジア文化社)第85号の【書く・読む・聴く 対話の学校 大阪文学学校】【関西から日本へ広がる文学魂 大阪文学学校】をこの際、ぜひ読んでいただけたら、と思っている。

 大阪文学学校を拠点とした文学魂が脈々と開花しつつある(文芸思潮 第85号から)
 

(10月27日)
 舞の遺稿集に対する感想が各地から届き、私はそのつど仏前にはがきや封書を供え、メールで届いた有りがたき声を、そのつどたつ江、すなわち伊神舞子=静汐院美舞立詠大姉=に報告している。
「このたびは奥さまの遺稿集をお送りいただきありがとうございました。精力的に創作活動をされていたのに感心するとともに、人や事象に向けるまなざしの優しさ、鋭さに感銘を受けました。出版された伊神さんの愛情の深さにも思いをいたしました。伊神さんのこれからの創作活動を楽しみにしております。すぐそこは冬です。くれぐれもご自愛ください。」とは、先日ポストに入っていたかつての七尾支局員で現在、日刊県民福井社長のアベちゃん(阿部和久さん)からの便りだ。【すぐそこは冬です。】とは。阿部ちゃんらしい細やかで、やさしく、かつ、さらりと流した鋭い表現力である。

 そして。きょうは、あの朝ドラの主人公スカーレットのモデルで知られる滋賀県甲賀市信楽町の神山清子さんからも思いがけず封書が届き、私は文面を追ううちに思わず、彼女の思いやりの深さに泣いてしまったのである。内容は以下のとおりだった。
「伊神様 本送り頂き ありがとうございます 泣かんとこ…泣きます…最期迄 ごいっしよだったようで……とてもとても苦しい日々だった事と思います 私も息子の命 2年半と先生に告知されて とても、とても苦しい2年半でした 3年でこの世を去りました 自分の力の足りなさに苦しみました 今も思い出します 奥様も昔と違う時代に命を亡くす病気がある事に悲しいです、ね、 奥様も きっとこの本を読まれてうれしかったことでしょう 私は本を読み死を近くにして 歌を作られた事に奥様はすばらしい方です ね 尊敬しています(原文どおり)」

 そして。かのうるわしき永遠の乙女でエッセイストの内藤洋子さん(岩倉市在住)からは次のようなメールが届き、またまた感涙した次第。ラインは次のような内容だった。
-奥様の遺稿集を受け取りました。さっそく拝読。伊神ファミリーの結束力、奥様のあふれる才能に改めて感服いたしました。奥様の作品は真っ直ぐで社会性にも富み、なおかつ繊細。特に心打たれたのは「かみさまってほんとにいるの二重虹」の句。共感しきりです。亡くなられたことは誠に残念ですが、今回のご出版により、感性豊かな奥様の心の軌跡に触れることが出来ました。ご夫婦の愛の深さにも頭が下がります。編集お疲れさまでした」

 ほかに姪の美人で知られる久美ちゃん(名古屋市在住)からもフェイスブックで次のような声が届いていた。
「素敵な本を届けていただきありがとうございました。たつ江おばさんすごいですね。大切に、折に触れて読み返していきたい一冊になりました。おじさん。くれぐれもお元気でお過ごしくださいね。ほんとにほんとに素敵な作品で、何度も読み返してます。読むたびに『あっ これも素敵』となります」
 ありがとうね。内藤さん。そして、くみちゃん。私は、そう内心でお礼を言いながら「もしかしたら、たつ江は俺より先に逝ってよかったかもしれない。俺が先に逝っていたら、たつ江のこうした作品集が出来ることは、おそらくはなかったに違いない。だから、これで良い。そう自分自身に言い聞かせるしかあるまい」とも思う。
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    ☆    ☆
 光熱費の高騰に諸物価高、旧統一教会に関わる問題……と私たち庶民にとっては暗い話題ばかりだが、なかでも【ロシア核部隊が演習 プーチン氏「全課題達成」】【核使用「重大な間違い」米大統領が警告】の本日付の中日新聞見出しには、ある種の危険さえ感じる。
 ロシアはウクライナが放射性物質をまき散らす「汚い爆弾」を使う恐れがあると主張。これに対して欧米諸国は苦戦するロシアが「汚い爆弾」を口実にして、実際には攻撃を自作自演する「偽旗作戦」を計画しているとみている。ホワイトハウスで記者団の質問に応じたバイデン氏は「偽旗作戦であるという確証はまだ得ていないがロシアのこうした動きは深刻な過ちだ」とけん制したというが。さて真実はどんなだろう。要は、核戦争などは起こすべきでない。その1点に尽きる。

(10月26日)
 水曜日。名古屋では最低10度を下回ったという。朝からすばらしい秋空。最高は20度前後だという。

 午前9時過ぎ。わたしは、またしても空に向かって話しかける。
「たつ江。舞よ。マイ。おまえは今どこにいるのか。この地上は、きょうはとてもさわやかで、にこやかで、気持ちの良い日だ。おまえそのもののような空が広がっている。雲ひとつない。おまえが、♩エーデルワイス、とともに大好きだった♩みかんの花咲く丘をユーチューブでシロと一緒に聴き終えたところだ」と。
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    ☆    ☆
「全てを賭けた、火花散らす真剣勝負」。安倍氏との論戦を振り返った野田元首相。政敵に思いはせた追悼演説。―とは、26日付毎日夕刊の近事片々。
 岸田文雄首相が25日、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)を巡る問題で事実上更迭した山際大志郎前経済再生担当相の後任に後藤茂之前厚生労働相を起用。

 岐阜市が25日、俳優の木村拓哉さん(49)が織田信長役で登場する岐阜市のぎふ信長まつりの「信長公騎馬武者行列」(11月6日)の観覧の最終応募者数を発表。定員1万5000人に対して96万6555人が申し込み、当選倍率は64倍に。行列後に開かれるトークイベントも定員800人に対して12万939人が応募し倍率は実に151倍に達したという。  いずれも抽選で当選者を決め、31日までにメールやはがきで当落を通知するという。

 徳川宗家18代当主の徳川恒孝(つねなり)さん、82歳が高齢を理由に引退し来年1月1日付で長男で徳川記念財団理事長の家広さん(57)が19代として家督を継ぐことになった。世の中、世の流れは川の流れのように絶えず変わっていく。

 きょうは早朝の不燃物のゴミ出しにはじまり、おまえもしてもらっていた月に一度の歯のクリーニングで自宅近く歯医者さんへ。

(10月25日)
 きょうのここ尾張名古屋は、11月中旬から下旬にかけての寒さで、この秋一番の冷え込みとなった。政府日銀は相変わらず覆面による市場介入を繰り返しているようだ。朝、ちょっと寒すぎるので今シーズン初めて充電式湯たんぽを布団の中に入れてみた。

 夕方、いつも新聞を配って下さっている中日北部古池販売店の松本さんが集金でおいでになったので、これまでの感謝の気持ちを込め松本さんと店主さんに一冊ずつ舞の遺稿集【泣かんとこ】を手渡しで贈らせて頂いた。松本さんは不自由な足でおいでたのでチョット心配だったが「近々、病院に入院してしっかり治します」とのことで「早く、よくなってくださいね」と励まさせて頂いた。早く回復されるように、と心から願っている。私たちが毎日、新聞を読めるのはこうした販売店の皆さんのおかげだ。あらためて感謝したい。
 25日付の中日夕刊1面に【松本白鸚さんら文化勲章 松任谷由実さんら功労賞】【「質問権」基準を議論 文化庁 旧統一教会巡り初会合】の見出し。

(10月24日)
 きょうも、おまえが選んでくれたグリーンの車、パッソを運転しながら晴天の秋空に向かって語りかける。「たつ江、たつ江。舞、マイ。元気でいるか~」と。どこまでも晴れ渡った空である。昨年のいまごろは、偉大なおまえを失った直後で、私の心はちりぢりに切れ切れだった。心の全てが毎日、破裂していた。いまも喪失感に変わりはないが、幸いシロちゃんたち家族をはじめ、兄妹、友人ら多くの方々に支えられ、少しは気持ちも落ち着いてきたような。そんな気がする。
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 トラス英首相の辞任表明に伴う与党保守党の党首選が24日、スナク元財務相(42)が立候補要件である党下院議員100人以上の推薦を取り付けて無投票当選、保守党はスナク氏の新党首就任決定を正式発表した。スナク氏は、インド系で英国初のアジア系非白人の首相となる。スナク氏は就任決定後の演説で「われわれは深刻な経済の課題に直面している。安定と結束が必要で、私は誠実かつ謙虚に英国民のために職務を遂行したい」などと述べた。

 日本国内はといえば、だ。この日(24日)夜、山際大志郎経済再生担当相から岸田文雄首相に辞表が出され、受理された。山際氏は世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との接点が相次いで発覚、野党の追及が厳しくなる中での辞表提出受理で事実上の更迭に踏み切った形となった。
 11月1日に愛知県長久手市内の愛・地球博記念公園に開園するジブリパークのチケットについて大村秀章愛知県知事がこの日(24日)、来年2月入場分から販売方法を変更する、と発表。現在、実施している抽選販売をやめ、先着順での販売のみにするという。また「ジブリの大倉庫」と「青春の丘」の2エリアを統合するセットチケットも新設する、という。

(10月23日)
 きょうは霜が降りるころ。北風の木枯らしが吹き始める霜降(そうこう)である。

 天皇、皇后両陛下がきのう22日に即位後初めて沖縄県を訪問され、糸満市の平和祈念公園内の国立沖縄戦没者墓苑で沖縄戦で亡くなった約18万人の遺骨が納められている納骨堂前に供花、深く拝礼をされた。両陛下はこの日、侍従を通じて「沖縄戦の悲惨さや私たちが現在、享受している平和のありがたさを思い、あらためて平和の大切さを心に刻みました」との感想も出された。この戦没者墓苑は、私もかつて空飛ぶ記者だった小牧時代に舞に促され、夏休みを利用して家族で訪れ、お参りしたことがある。

 中国共産党の第20回党大会が22日、北京市内で開かれ、習近平総書記(69)を新しい中央委員(205人)に選出するなどして閉幕。これによって習氏が総書記を三期目も務めることが決まった。同時に中国の最高規則である党規約の改正案も採択され、習氏の絶対的な地位と権威を意味する二つの確立が盛り込まれ、習氏への権力集中はさらに進んだこととなる。

 政府・日銀は9月22日に24年ぶりの円買いによる為替介入をしたのに続き、今月21日深夜から22日未明にかけ1㌦=151円90銭台から146円20銭台まで一気に6円近く円高方向に値を戻す【覆面介入】をしたとみられる。介入の有無について政府は明らかにしていないが複数の関係者が介入したことを認めた、という。

 スピードスケートの全日本距離別選手権が22日、長野市のエムウェーブであり、女子500㍍で2018年平昌冬季五輪金メダリストの小平奈緒選手(36)=相沢病院、長野県茅野市出身=が37秒49で8連勝。引退レースでの有終の美を飾った。日本シリーズ2022の第1戦が22日、神宮球場で行われ、球団初の2年連続、通算7度目の日本一をめざすヤクルト(セ・リーグ)が阪急時代を含めて26年ぶり5度目の頂点をめざすオリックス(パ・リーグ)に5―3で勝ち、先勝。注目の三冠王打者、ヤクルト村上は八回にソロホームランを放ちファンの期待に応えた。

 けさ23日付の中日新聞朝刊の<ニュースを問う>は、片山夏子記者(福島特別支局)の【甲状腺がん声上げた若者 「全てが一変」涙の法定陳述 将来の夢も恋も諦め 事故との因果関係は】だった。
 甲状腺がんになった子どもたちが自ら声を上げたことに、帰還困難区域から避難していて、子や孫の発症を懸念する女性が言った言葉が心に残る。「原発事故がなければ、甲状腺がんになっても、因果関係を疑わなかったと思う。病気になり原発事故さえなかったらと考えるのは、どんなにつらいことか。自分たちがなぜなったのか知りたい気持ちは痛いほど分かる」
原発事故後、この国は何を学んだのか。被害への賠償だけではなく、広く補償の観点からどれほどの制度が作られたのか。……
――これらの言葉をかみしめたい。

 片山夏子記者の記事「ニュースを問う」
 

(10月22日)
 土曜日。空には雲が浮かんでいる。
【消費者物価3・0%上昇 9月31年ぶり 資源高 円安影響】【円 一時146円台に NY市場 政府・日銀介入か】(22日付中日)の見出しにもあるとおり、異常ともいえる消費者物価の高騰に超円安。そして。いっときの感染大爆発が治まり、このところの新型コロナウイルスの第7派終焉で人々をホッと安心させたかと思いきや、今再びこんどは第8派のきざし到来…と世の中は依然、安全安心とはほど遠く、混迷の只中にある。
 そんななか、なぜかホッとしたのは秋篠宮ご夫妻の長女小室眞子さん(30)の夫、小室圭さん(31)が米ニューヨーク州の弁護士試験に無事合格したことが21日にわかったということか。小室さんは2021年7月とことし2月の試験で不合格となり3度目の挑戦だった。それだけに、喜びはひとしおだったに違いない。ひとりの人間として心から祝福したい。満102歳で先日、逝去した私の母も、おそらく喜んだに違いない。母は誰にせよ、そういう努力が認められることを大変喜ぶ、やさしい人だった。

(10月21日)
 きょうは、白い雲が浮かぶすばらしい秋空だ。空を見上げる。と、1羽の鳥がスイスイと気持ちよさそうに大空で羽を広げて泳ぎながら大気の果てにまで飛んでいった。舞に違いない。世の中は、こうして進んでいく。

 昨日、東京都内のホテルで開かれたプロ野球の新人選手選択会議、ドラフト会議で中日ドラゴンズは、本格派右腕で先発として期待される沖縄大の仲地礼亜投手(21)を1位で単独指名。沖縄県内の大学選手がドラフトで指名を受けるのは初。そればかりか、仲地投手は、ドラゴンズのキャンプ地・読谷の出身だそうで親近感も湧こうというものである(読谷には私自身過去何度もドラファンクラブの会員代表を伴い、落合博満監督にお会いするため訪れた)。仲地投手は、笑顔の人柄がとても親しみ深く、やさしそうでドラはまたしても、すばらしい〝金の卵〟を獲得したな、というのが率直な実感である。

 20日の外国為替市場。円相場が急落して一時、1㌦=150円台に。【円急落 150円台突入 バブル終盤以来 年初比35円安】と新聞の見出し。見出しといえば、だ。【トラス英首相が辞意 減税政策混乱 政権発足から44日】【ドリフ仲本さん=仲本工事さん=死去 「寂しい」ファン悼む】が気になるニュースで、かつ目立つ。
そして、だ。当時、新聞社の大津支局長で私自身、何度も現場を訪れ、犯行現場の状況を見て歩いた1997年2月~5月にかけて起きた神戸連続児童殺傷事件に関連。神戸家裁が殺人容疑で逮捕され少年審判を受けた当時14歳だった加害男性40歳=犯人は酒鬼薔薇聖斗(サカキバラセイト)と名乗っていた=に関する全事件記録を廃棄していたという報道にはあきれ返った。家裁は廃棄の経緯につき「不明」とし「現状の運用からすると適切ではなかった」とする一方、廃棄した経緯の調査については「行う予定はない」としているというが、少なくともなぜ廃棄に至ったのか。その経緯についてはしっかりと調べて天下に広く公表すべきだ、と思うが。いかがなものか。

2022年10月20日
 木曜日。
「けさ。北海道では氷点下3度になっています」とは、傍らのラジオから流れきたアナウンサーの声。きのうに続いてけさも雲ひとつない秋晴れである。
 
 朝刊を開く。【首相、解散請求巡り答弁一転 「旧統一教会民法不法行為でも」】【ロシア併合4州に戒厳令 ウクライナの攻勢で態勢強化】【ADK社長を逮捕 広告大手 1400万円贈賄容疑 五輪汚職 元理事4度目収賄容疑】の見出しが目立つ。
 そして。ラジオといえば、だ。けさ未明のNHKの深夜便「わたし終いの極意」が心に残った。たまたま聴こえてきた大庭照子さんの言葉には感銘したのである。亡き妻たつ江、舞が生きていたなら一緒に聴きたかった中身のある内容で、大庭さん曰く「どこまで生きるのか。人生の最期は、その人に定められたことなのです。でも、ね。70代は一番いい。まだまだ、がんばってやりたいことが出来ます。80代になると、覚悟がいります」と。なんだか、そんなようなことを仰っていたが、わかる気がした。だから。わたし。俺もがんばらなければ、と思ったのである。

(10月19日)
 雲ひとつない。秋晴れである。名古屋は11・4度と、この秋一番の冷え込みで岩手県では今季初の氷点下にまで温度が下がったという。自然、季節の営みに狂いはないな、とつくづく思う。
 朝。外に出たがる愛猫シロを、窓を開けて出す。そして。私はわたしで久しぶりにかつて一緒に暮らした先代猫こすも・ここと初代シロちゃんが眠る裏庭一角の猫塚へ、と足を運ぶ。ここで花を入れ替えたが、シロはその間じゅう見守っていたようで花を替えた傍らで心配そうな表情でいたのである。「シロよシロ、オーロラレインボーちゃん。終わったよ」と私。

 きょうは、ほかに来月9日に迫った犬山の「ホテルインディゴ犬山有楽苑」での高校時代の久しぶりのクラス会開催を前に、会場のレイアウトや受付設定はじめ見積書の件などで一緒に役員を務める他の仲間と電話やメールで事前の準備に追われたのである。きょう現在で25人が出席予定でコロナ禍のこの時代にしては、まずは順調といったところか。あとは有楽苑担当スタッフのお力添えを頼りに無事成功を祈るばかりである。

    ※    ※
 岸田首相がきのう18日の衆院予算委員会で立憲民主党の長妻昭政調会長への答弁で世界平和統一家庭連合(旧統一教会)による霊感商法や高額献金の被害者救済に向けた消費者契約の法制度見直しについて開会中の臨時国会での法改正案の提出をめざす考えを明らかにした。18日の東京外国為替市場。円相場は一時1㌦=149円台に下落、32年ぶりの円安・ドル高水準に。連合が2023年春闘で基本給を一律に引き上げるベースアップ要求を月給の3%程度とし、定期昇給分と合わせ5%程度の賃上げを求める方向で調整していることが分かったという。

(10月18日)
 執筆がひと段落したところで、このところ古風でしっとりと落ち着きのある街並みが気になっていた江南市布袋町の本通りへ。1カ月ほど前からその存在が気になっていた名代炭焼うなぎ日本料理「きむらや」なるお店に入り、ひとりで食事をした。なんでも創業100年になるとか。お店のたたずまいばかりか、味も私には大変気に入ったのである。店内一角には、海部俊樹元首相と並んで尾張が生んだあの昭和の大政治家、江崎真澄さん直筆の書【路一條 真澄】が掲げられており、これまた大変気に入ったのである。

 おいしかった炭焼き=「きむらや」にて
 

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 夕方、夕刊を取りにわが家の玄関ポストに出向く。と、ポストの中に宮後の木村晴代さん、能登七尾の南昭治さん、江南俳句同好会の川合裕さんらから舞の遺稿集【泣かんとこ】に関する丁重なるはがきや封書が届いており、当然のことながら私は書簡の一つひとつに「ありがとうございます」と頭を下げた。
 中に木村さんからのはがきに「飛梅は良けれウイルス拡散ぞ 一本の青色冷麦うばいあい つゆ草に海ひとしづく溢れいり 牙をむくプラスチックゴミ夏怒涛 ニュートリノ蟻にも重さあるらしき 八月や六日九日十五日 わたくしの中の何を燃やそう大文字 書き切れません 十月十七日」とあった。木村さん、読んでくださって本当にありがとうございます。舞は喜んでいるに違いありません、と私。

(10月17日)
 月曜日。「納棺夫日記」(文春文庫)を上着のポケットにしのばせ、富山市のオークスカナルパークホテル富山で開かれた「青木新門お別れの会」=新門さんは8月6日に85歳で亡くなった=に出向き、久しぶりに全身に北陸の新鮮な空気を体感し、味わってきた。お別れの会には新門さんと親交のあった文人、山口馨さん(富山市在住)の姿も見られ、会場は厳かな中にもやわらかで落ち着いた雰囲気に包まれ故人の人となりを思わせるなごやかな会となった。
 約300人の参列者たちは、入り口でピアノなどが演奏されるなか、納棺夫日記はじめ過去の自作の数々、さらには業績がリアルに展示された会場を一つひとつ、新門さんがかつて歩いてきた道を辿るようにして一周するコースで途中、正面ステージでは亡き新門さんに参列者一人ひとりが1輪の花を供え、お別れのお参りをする方法で進んだ。

 私は新門さんの遺影の前に立って両手を合わせ、遺影にこう呼びかけたのである。
「あおきさん。しんもんさん。全国の詩人が能登半島に集結した能登島パフォーマンスはじめ、和倉の花火などでは、そのつど大変お世話になり、ありがとうございました。七尾では、妻の舞(伊神舞子)が海女さんから直伝で教わってつくった志摩の〝手こねずし〟をよくぞ食べてくださいました。それも『これはうまい、本当にうまいよ。がみちゃん。おくさん』と繰り返し言ってくださり、お櫃に一杯分をふたりで平らげてしまいましたよね。あの時、妻がどんなに喜んだことか。今も忘れられません。妻の嬉しそうな顔ときたら、めったに見られない笑顔でした。その妻も亡くなりました。本当にありがとうございました」と。
 
 会場一角では新門さんの在りし日の講演ビデオも流され、それは、それは心のこもった見事なもので「これならば、故人も救われ、さぞかし喜ばれたに違いない」と、そう思ったのである。私の七尾在任時代にことのほか、お世話になった新門さんその人が立っているように会場入り口であいさつに立たれた長男新太郎さん。彼にはかつての新門さんのあの意気のいい顔かたち、お姿が二重映しとなって目の前に浮かび上がったのである。新太郎さん、ありがとう。おつかれさまでした。立派なおとうさまでした。これからも。この世の中をよろしくお願いしますね。

 以下、会場の模様を写真で紹介させていただこう。

 お別れ会は音の調べとともに始まった
 

 新門さんが遺した数々の詩や小説も展示された
 

 会場には新門さんの経歴も 
 

 正面祭壇に向かって花が手向けられた
 

 会場を見て歩く参列者たち
 

 青木新門の念仏広場は永遠不滅である
 

    ☆    ☆
 夜遅く北陸路から帰宅すると、かつては新聞社で何人かのひとりとして知られた、あの名文記者で知られた小宮寛治さん、そして。小牧で大変妻がお世話になった穂積美保子さんたちからも遺稿集に対する丁重なるお礼と感想の書簡が届いていた。
 このうち小宮さんからは、かつて中日俳壇に掲載された伊神舞子の俳句【秋澄むやりんの音色のあの世まで 長谷川久々子選(2020年11月1日付中日俳壇)】までが同封されていた。ありがたいことだと思わず、頬をひと筋の涙が伝った。うかつだった。私は、この句が掲載されていたことを知らなかった。それもつい、最近のことだった。
 のに、である。(中日俳壇と歌壇は大抵毎回目を通し、舞の掲載作品の大半は頭には入っていたはずなのだが。舞がこの年の6月に右大腿骨の骨折をし、引き続き、ステージ4の子宮がんがわかったころで当時、私の頭に彼女が中日俳壇に投句するという考えはあまりなかったのである。ゴメン。小宮さん、でも。心からありがとうございます。この句は小宮さんが私に贈ってくださった、まさに特ダネです)。
    ☆    ☆

    ※    ※
 なお、富山といえば、かつて遠い日に私は赤いフェアレディーZに乗って長野富山連続女性誘拐殺人事件を起こした犯人、トンボ眼鏡の宮崎知子の足跡を追って、しばらく現地取材で滞在。足を棒に富山駅周辺の旅館街やモテルを同僚の今は亡き幹ちゃん(後の編集局長。加藤幹敏さん)と一緒に周辺のビジネスホテルからモテルまで洗いざらい、しらみつぶしに聴き込んで回ったことがある。あの時の富山駅周辺は、もっとガサついて庶民のにおいが染みついていた。なぜか、女優和泉雅子さんにも取材途中にお会いした、そんな気がする。今回訪れた富山駅周辺は、おしゃれでハイセンスなビルが立ち並び、当時と比べたら全くの別世界、異次元世界に生まれ変わっていた。
 あのとき、私たちはモテルにも何度も足を運ぶなど徹底した聴き込み取材から共犯として逮捕された贈答品販売業北野容疑者は宮崎の男友だちに過ぎず、やっていない。シロだと確信。デスクの前で机をたたいて「やってないのに、なぜ書かねばならないのだ」とどなりあったこともよお~く覚えている(デスクいわく「ガミちゃん。県警が共犯で逮捕した事実を書かないわけにはいかないのだよ」と。結局、活字になったが、北野さんの逮捕は後に冤罪による誤認逮捕と分かり県警はむろん各社とも最終的には、ざんげのお詫びをした)。富山はそんな事件がしみついた懐かしき場所でもあったのである。

 そんな中、今回訪れた富山は駅前に男女が抱き合ったままの石像2体が立っており、私の心をグイとひきつけた。
 富山は、ほかに群馬県御巣鷹山に日航ジャンボ機が墜落した時に、航空評論家に同乗してもらうなどし名古屋―富山―現場上空を新聞社の双発ジェットの取材機「はやたか二世」や取材ヘリで何度も何度も往復。そのつど富山空港を拠点に離着陸したことを覚えている。大事件、大事故の味は今もからだにしみついているのである。

 富山駅前に立っていた男女の像
 

2022年10月16日
 日曜日。秋空のもと、シロは朝からお外へ。何やら彼女なりに魂胆があってすることがあるようだ。私はいつでも家の中に入れるよう、帰宅できるようにとわざと窓のドアを少しだけ開けておいたのだが。いつのまにか、なんとまあ。あの〝ニャンニャンちゃん(わが家の先代こすも・ここそっくりの猫ちゃんで私は、そう呼んでいる)〟が室内に入ってきているではないか。私が「あれっ、まあ」と言うと、バツが悪そうな顔をして外に飛び出していった。どうやら、シロちゃんと、この〝ニャンニャンちゃん〟、知恵を寄せ合って共同作戦決行に及んだものらしい。平和な民家の光景で、舞だったら「あら、あら。ふたりとも」と笑顔で話しかけたに違いない。

 関東に住む長男の嫁から珍しくメールが入った。次のような内容だった。
-昨日、実家の母から久しぶりに電話がありました。お母さんの本が届いたお礼でした。/日頃、文学に親しむことが多分ほとんどない母なのですが、「昨日はずっと読み続けちゃったわ~」「とても素敵な本」と言っていました。/私が選んだ句も、母の気に入ったようでした。親子で同じ本を読んで感想を述べ合うなどということは、実はこれまで全くありませんでした。でも、もしかしたら「私はこの句が好き」とか、そんな話がこれからできるかも知れません。それも、お母さんが私に残してくれたプレゼントかな、と思います。
――なんと温かくやさしいことばだろう。恭子さん。そしておかあさま。ありがとうございました。たつ江、舞には最高の言葉。宝となりました。

 ちまたの方はといえば、だ。岐阜市の長良川鵜飼がきのう15日、閉幕。三年ぶりに新型コロナウイルスの影響による中断がなく、観覧船乗客数は5万2889人で過去最低だった昨年の1万3910人から大幅に回復したという。また、名古屋市内では尾張名古屋の秋を彩る「名古屋まつり」が15日、2日間の日程で始まり、秋晴れの名古屋市内大通りが名物の「郷土英傑行列」で華やかな雰囲気に包まれた。このほか、愛知県長久手市では11月1日に迫った「ジブリパーク」の県民向け内覧会が15日から開始、内部の展示物などが一般客に公開されるのは初めてだそうだ。
 そして。15日は北朝鮮による拉致被害者5人が帰国してから、まる20年。節目の年で被害者の地村保志さん(67)=福井県小浜市=が小浜市内で、曽我ひとみさんも新潟市内でそれぞれ記者会見を開いて北朝鮮に残る曽我さんの母、ミヨシさん=失踪当時46歳=ら被害者の救出と早期帰国を訴えたのである。

(10月15日)
 土曜日。舞の命日。この日に寄せて一編の詩を書いてみた。

なみだ
涙は、はかりしれない
果てなき底なし沼のようだ
どこまでもあふれ出る
不思議な生きもの
舞に先立たれて1年
喪失の海のなかで
よくぞ、ここまで。生きてこられたな、と思う
おまえとの人生は本当に楽しかった
面白かった
ありがとう ありがとう ありがとう
    ※    ※

    ☆    ☆
 妻がこの大地で息を引き取った運命の瞬間から1年がたった。
 昼過ぎ。三男坊と永正寺のお墓に出向き、花を手向けお祈りする。舞のお兄さんにも声をかけて、共に墓参りをした。この永正寺の永代供養集合墓は、その名も【涅槃の憩い「濃尾の大地」】と言い、清楚な感じがして風もよくわたり、雨風にさらされる心配がないことから、私たち庶民にとっては満足のいくものである。

 花々が供えられた舞の墓
 

 帰宅すると、かつて僅かの間ではあったが、小牧在任時代に空港乗馬クラブで共に馬の手綱を持って練習に励んだことのある、かつての女性友だちから、とても高貴にデザインされた真心のこもったお花が届いた。思ってもいなかったので恐縮していると、「あの。依頼主さんからは午前中にお届けするよう言われていたのですが。こちらの都合で遅くなってしまい、申し訳ありません」とのことだった。

 自宅遺影には、思いがけず空港乗馬クラブ当時の女性から寄せられた花が供えられた。ありがとう!
 

 おかあさんのことは、今もいつだって心配しているシロちゃん
 

    ☆    ☆
 死後1年を節目に、この日は生前の妻がことのほか、お世話になったお隣さん数軒を回って歩き、遺稿集【泣かんとき】をお礼を兼ねて手渡しで贈呈して回った。ほかに私自身も所属する尾張芸術文化懇話会の例会が永正寺さんであったので、その席で会員のみなさまにも贈らせて頂き、なんだか大役を果たせたようでホッとしたのである。

2022年10月14日
 ♩秋空に未来永劫と書いてみし
 昨年の10月15日早朝におまえ、すなわちたつ江、伊神舞子が大空に旅立ってから、あすで1年になる。涙は今も限りない。

 きょうは明治5年(1872年)10月14日に新橋~横浜間に日本で最初の鉄道が開通した【鉄道の日】である。その日からきょうで丸150年になる。けさの中日新聞の本紙朝刊1面見出しは【円安 32年ぶり147円後半 米物価上昇 利上げ継続観測】【マイナ保険証24年秋移行 カード取得 事実上義務化 デジタル相発表】を二本柱に【成長を続けるかストレス防御か 植物の切り替えホルモン発見 名大収穫量増に期待】とチョット不思議な話題も目にとまった。

(10月13日)
 朝。「けさの最低温度は16・6度、きょうは風も穏やか。過ごしやすいです」とNHKラジオからアナウンサーの声が聴こえてくる。そして「鉄道150年。あすは鉄道の日です」とも。そういえば、いつだったか。数年前、たつ江(伊神舞子)がどうしても飯田線に乗ってみたい、とこだわるので豊橋駅まで送ったことがあった。あの時は「心配だから、俺も一緒に行くよ」と言ったのだが。「いいの。あなたは、こないで。きょうは、ひとりで行きたいのよ」ときかないので「だったら気をつけて。無理だけはしないように」と私だけ寂しく帰ったが夜、彼女が無事帰ってくるまで心配でたまらなかったことを、よく覚えている。
 あの日。舞は目的を果たせたようで、満足そうな顔をしてお土産を手にして帰ってきたが、名鉄電車で豊橋まで送ったあの日のことが、つい先日だったような。そんな気がする。

 元気だったころの舞。「いいの。心配しないで」が口癖だった。俳句仲間とあちこち吟行でいくときには、いつも出発前に、私にこう言って安心させた。
 

 スマホがピコピコとなるので開くと、私と舞が大垣在任時以降、大変お世話になってきた大垣の平野学園代表、平野順一先生と今は亡き寿江夫妻からだった。
ーごんちゃん! 元気ですか。奥様の遺稿集発刊おめでとうございます。先ず素晴らしい装丁に圧倒されました。奥様の写真とうたの折り合いのよさ! 奥様への懐かしい思いがいっぱい、いっぱい湧き上がってきます。巻頭言は圧巻です。見事です。奥様の作品は日々よませていただきます。ロマンあふれる言葉が好きです。平和を願う句を味わいたいです。すてきな「伊神舞子俳句短歌遺稿集」有り難く拝受しました。奥様にもよろしくお伝えください。
・・・・鵜方の海と志摩観、そしてそこにごんちゃんご夫妻を重ね合わせ、しばし黙考。ご機嫌よう!
 平野順一
   寿江 拝」

 私はこの文面を読んで涙が止まらなかった。ありがとうございます。舞に伝えます。平野先生も奥さま(故寿江さん)に先立たれ寂しいですが、これからも世のため人のため、奥さまのためにも。ますます光り輝いて下さいね。

    ※    ※
 朝。ゴミ出しに出たところで、亡き舞がいつも温かく、かつ亡くなる直前までとても親切にしていただいた荒木せつ子さんにバッタリ、お会いした。私はそのまま家まで来ていただき、舞の伊神舞子俳句短歌遺稿集「泣かんとこ」を【恵存 ありがとう】と書し、手渡しで贈らせていただいた。「あらきさん。お世話になりました」と礼を述べると「どう。もう、元気になりゃあた。奥さんにはお世話になり、お店にもよく行ったもんだよ。ありがとう。読ませてもらうよ」と受け取って下さった。私は、舞が地域社会とともに彼女なりに一生懸命に生きていたことを思い出すと同時に「これも、荒木さんたちの応援があればこそ」とあらためて嬉しく思ったのである。
 午後は、舞が「ミヌエット」でミニコンサートを開くつど司会などでお世話になった〝としこ〟さん(小倉敏子さん)宅を訪れ、敏子さん姉弟に遺稿集を一冊づつ手渡しで贈呈させていただくと、〝としこさん〟はピアノの前に座り、なんと【マイ・ウエイ】を弾き、弟の信さんが高らかに歌ってくださったのである。〝としこ〟さん、ありがとうと言うと「ごんたさん、マイちゃん。よお~ぉ。がんばったよ」と話して下さり、またしても涙したのである。
 午後にはわざわざ丁重なる封書をいただいた能登七尾の笹谷憲彦さんご夫妻に電話。生前の舞が女傑店主で天下にその名をとどろかせた憲彦さんの母、輝子をはじめとした笹谷さん一族にことのほかお世話になったことに対するお礼をあらためて述べさせていただいた。ほかにも、社交ダンス教師の若原さんら多くの人々から「マイちゃん、よくやった。心に染み入る作品ばかりを読ませてもらい、感動しました」の声が相次いで寄せられ、私は家族と兄妹の協力にも助けられ、遺稿集を無事、発刊することが出来て「よかったな」と、心底から思ったのである。

    ※    ※

    ×    ×
 文化審議会が12日、名古屋市中区の名古屋テレビ塔(中部電力ミライタワー)を新たに国重要文化財(重文)に指定するよう永岡桂子文部科学相に答申。テレビ塔での重文指定はこれが初めてとなる。

(10月12日)
 伊神舞子の俳句短歌遺稿集「泣かんとこ」(人間社刊)。きのう、きょうと、舞が生前、よく足を運んだに違いない郵便局を訪れ、彼女がことのほか、お世話になった江南俳句同好会のみなさま全員、お一人ひとりに宛名を書き、1冊ずつ送らせて頂いた。
 舞が市井の名もなき俳人、歌人としてこの街で人生最終コーナーで情熱の火を燃やすことが出来たのも同好会の皆さまのおかげがあればこそ、と思ったからである。郵便局から帰って、代表の川合裕さん(岩倉市在住)に電話し、その旨を伝えると川合さん曰く「仏前にも報告しといてください。みんな元気でやっていますので、とね」と。私はさっそく舞にその旨を伝えた。
 七尾支局の奈美ちゃんからも携帯に電話が入っていたので折り返す。と、声を聞くだけでなんだか七尾の日々が思い出され涙が止まらなくなってしまった。「支局長。大丈夫ですか。涙もろくなっちゃったんですか」と彼女。「奈美ちゃんの分と支局の分を一冊ずつ送っといたから」と私。奈美ちゃんは、昔も今も変わらない応対で今や、堂々としたものだった。

 そして。もうひとつ嬉しかったのは、あの三田村博史さん(前中部ペンクラブ会長)から届いた【原発の鉄塔傾く秋の空 北斎の波と対峙に水仙ぞ ざくりざくりキャベツ丸ごと切りにけり など秀句と存じます。メールで失礼ですが、お悔やみとお礼まで】と書かれたさっそくの返信メールである。三田村さん、ありがとう、と私はその場で舞に代わって頭を垂れたのである。

(10月11日)
 午前6時過ぎ。きょうも東の空遠く。かなたの水平線がそのまま、赤い空になって周囲を照らし、キラキラとうれしそうに輝いている。美しく、かつさわやかな朝だ。これは<わかれ>の空なのか。いやいや、俺に会いに来たたつ江、舞のそらに違いない。
「ほら、また。あなたは、いつだって。超ナルシストなのだから。あたしはともあれ、誰もあなたのことなぞ、これっぽっちも思ってなんかいやしないのだから。この世のなか、薄情なものよ。誰ひとりとして思ってなんかいやしないよ―と。いつも、おまえは、そう言って私をいじめてくれたよね。ところで、おはよう、マイ。そちらはどうですか。もう慣れたか。西の空には満月も輝いている。きょうの空は澄み切って本当に美しい。【秋空に未来永劫と書いてみし】。おまえが詠んだ俳句そのものの空が大きく広がっているよ。舞よ、マイ。まい。元気でいるか。げんきでいこうよな。おいしいもの、食べとるか。友だち出来たか」

 新型コロナウイルスを巡る政府の水際対策が11日、大幅に緩和された。1日当たり5万人の入場者数上限をなくし、入国時検査を原則として撤廃。外国人観光客の個人旅行も解禁した。政府は、これによりインバウンド(訪日客)需要復活で観光立国の立て直しを図ろう、というわけだ。また水際対策の大幅緩和に合わせ「Go To トラベル」に代わる政府の全国旅行支援も東京都を除く46道府県で始まった。このままコロナ禍が消えていくのをただ願う。

 月曜日。きょうは新聞休刊日なので、どこかホッとしている。夕方、届いた11日付夕刊見出しは、やはり、ウクライナ南部クリミアとロシアを結ぶクリミア大橋で8日に起きた爆発に関するもので【露、20都市超に報復攻撃 ウクライナ 100人以上死傷】(毎日)【ウクライナ全土に攻撃 ロシア「報復」ミサイル14人死亡】【バイデン氏「強く非難」 軍事支援の継続を約束】(中日)というものだった。戦争は終わりそうにないどころか、核戦争発生の心配まで出ている。なんとか戦争を早く終えてほしい。そう思うのは私ばかりではなく、世界の全ての人が、である。

(10月10日)
 スポーツの日。休日。午前中、舞った小雨もまもなく止んだ。

 舞の遺稿集【泣かんとこ 伊神舞子俳句短歌遺稿集(人間社刊)】のことだが。既に贈呈本として業者扱いで宅配をお願い済みの方々とは別に、きょう私自らが江南郵便局に足を運び、私と舞がかつて、お世話になり今は日刊県民福井で活躍するアベちゃん(阿部和久さん)はじめ何人かにレターボックスの速達便として感謝の気持ちを込めて送った。

 きょうの新聞はなかなか印象深かった。私もかつて過ごしたことがある琵琶湖の湖畔・大津市に秋の訪れを告げる大津祭(国重要無形民俗文化財)の本祭が9日にあり、3年ぶりに曳山が市中心部を巡行。曳山の上から囃子方が奏でる笛や太鼓、鉦の軽やかな音色が街に響いたという。片や、岐阜県高山市でも桜山八幡宮の例祭「秋の高山祭」(国重要無形民俗文化財)が9日から2日間の日程で始まった。というわけで、見出しも【待ちわびた楽しむ秋】と心がなんだか、ウキウキするものだった。コロナ禍から少しは抜け出し、普通の秋到来に一歩近づいた。そんな気がするのである。
 ほかに、3年ぶりの開催となった自動車レースF1日本グランプリ(GP)は最終日の9日、三重県鈴鹿市の鈴鹿サーキットで決勝があり、9万4000人が世界最高峰の走りを観戦。観客が9万人を超えたのは2012年の10万3000人いらいだという。さらに炭火焼きのサンマを振る舞う「目黒のさんま祭」が9日、東京都目黒区で3年ぶりに開かれた話など笑顔ではち切れそうな人びとの顔が目の前に大きく浮かんだ。そんなこんなで新型コロナウイルスの感染状況が落ち着きを見せるなか、政府の新たな国内観光振興事業「全国旅行支援」があす11日から東京都を除く46道府県でいよいよ始まる。さてさて結果はどうなるのか。
 順調に推移することをただ祈るだけである。

 夜。たまたまチャンネルをひねったテレビ愛知で【世界! ニッポン行きたい人応援団SP 三遊亭円楽さんとの絆「稽古ありがとう!」〝落語〟を心から愛するジョージア19歳女性が感激の対面&猛特訓! まさかの高座デビュー「寿限無」を初披露……】を見る。妻のたつ江が生きていたなら、彼女も喜んで一緒に見ただろうに、と思うと「せっかくの、いい番組なのに」と残念な気がした。舞は生前、寄席などお笑い番組が大好きだった。それだけに、生きていたなら私と一緒に見たに違いない。そして。番組に出ていた、あの円楽師匠も今はもう、いない。舞も、円楽師匠も才長けた人物だっただけに、惜しい気がしたのも事実だ。話芸は文学と、どこか通じるところがあるのである。

(10月9日)
 ロシアが2014年に半ば強制的に併合したウクライナ南部クリミア半島とロシア本土を結び、ロシアのクリミア支配の象徴、生命線ともされるクリミア橋が8日、何者かの手によって炎上。一部が崩落、3人が死亡した。ロシアは明らかにウクライナによる仕業だとみて核兵器による反撃も辞さない強硬措置に出る恐れがある、と新聞各紙は報じている。朝刊1面見出しは【クリミア橋 炎上し崩壊 併合の象徴 ウクライナ攻撃か ロシア報復の恐れ】(中日)といった具合だ。
 ロシアといえば、だ。タス通信によれば、プーチン大統領が7日、極東の石油・天然ガス開発事業「サハリン1」について新会社を設立して事業を移管するように、と指示する大統領令に署名。新運営会社が設立された「サハリン2」に続いて参画する日本政府や企業は事業継続の判断を迫られるという。これに対して日本の経済産業省は8日、「サハリン1がエネルギーの安定供給にとって重要な事業であることは変わらない」としている。

 【糸が紡ぐ双葉の未来 来春に新工場 復興支える輸出拠点 安八の浅野撚糸 社長は福島に縁 現地の若者採用】【「戻れない」多数 住民帰還難題】とは9日付中日本紙だ。東電福島第一原発事故から十一年半。住民の帰還がようやく始まった福島県双葉町で、岐阜県安八町の撚糸業「浅野撚糸」が独自の糸を作る新工場を建設している-というもので、来年四月の稼働に向け、福島在住の大学生や高校生の新卒採用も決まったという。ホットな話である。

【昨年のきょう・ごん日記から】
 たつ江はきのう、江南厚生病院に再々入院をした。私の傍らでいつも口数少なく笑顔で座っていた舞。おまえのいない人生など私には考えられない。でも、でもだ。少しでも回復して、また私たちの前にかわいい姿を見せてほしい。私たち家族にとっておまえの存在は永遠不滅である。私はまだまだあきらめてはいない。元気な姿をまた再び見せてほしい。

(2022年10月8日)
 田舎から柿くれにけり十三夜 炭太祇(たんたいぎ)
=毎日新聞8日付朝刊【季語刻々 坪内稔典 今昔】から
 今宵は十三夜。そして寒露である。

 きのう、きょうと朝のうちは寒ささえ感じた。デ、今シーズン初めて長年愛用している小牧時代におまえが選んで買ってくれた赤いガウンを着てみる。そして。早朝の執筆時、室内にほんの少しの間だけ暖房も入れてみる。敏感な愛猫シロちゃん、オーロラレインボーは、不思議なまなざしで私を見守ったあと、よほど珍しいと見え、何を思ったのか。盛んに外に出たがる。デ、いつものように舞が好きだった曲【エーデルワイス】と【みかんの花咲く丘】をユーチューブで一緒に聴いたあと、外に出してやる(シロは外の空気をかいだあと、どこへ行ってきたのか。しばらくして満足顔で首をふりふりしながら耳をツンと立てて何か言いたげに帰ってきた)。

 報道によれば、ことしのノーベル平和賞にベラルーシの人権活動家アレシ・ビャリャツキ氏(60)とロシアの人権団体「メモリアル」、ウクライナの人権団体「市民自由センター(CCL)」が決まった。いずれも長年にわたって権力を批判、市民の基本的権利を擁護してきた活動が評価されたという。ロシアのウクライナ侵攻が世界を揺るがすなか、ノルウェーのノーベル賞委員会は平和と民主主義を守る市民社会の重要性を強調。レイスアンデルセン委員長は授賞理由を「戦争犯罪や人権侵害、権力乱用を記録するために卓越した努力をしてきた。彼らの人道主義的な価値観、反軍国主義、法の原則を守る努力はアルフレド・ノーベルの理念である『国家間の平和と友愛』を再活性化させた。これは今、世界が最も必要としている理念だ」と強調したという。まさに、さもありなん-とは、このことを言うのであろう。

 亡き舞が生前、所属していた「草樹」俳句会はじめ、大阪文学学校などからも舞の遺稿集送付(贈呈)に対する丁寧なお礼のメールが早々と入り、恐縮。名古屋の栄では、ロシアのウクライナ侵攻に抗議するデモ行進があり、東海地方で暮らすウクライナ人や避難民ら60人が平和な世界実現を訴えて歩いたという。

【昨年のきょう】
 きょうは1日バタバタした。朝から舞は食事が全くできず「吐きそうで気持ちが悪い」と繰り返す。訪問入浴の日ではあったが、えらくてとても入浴などは出来ない。

(10月7日)
 夕方。社交ダンスのレッスンから帰宅途中、運転席の前方に、とても美しい<虹の光線>がスックと地平線から上空に立った。私は、いたずら好きのたつ江、舞のせいに違いないと確信。帰宅後、車から降り、カメラアングルのよい場所から写真を撮ろうとスマホを構えたが、さあ撮ろうと空を仰いだものの、時すでに遅しで、虹の光線はいつのまにか目の前からは消え去っていた。不思議なことがあるものだ。

 スウェーデン・アカデミーが6日、2022年のノーベル文学賞をフランスの作家、アニー・エルノ-さん(82)に授与する、と発表。「個人的な記憶のルーツ、疎外、集団的束縛を明らかにした勇気と客観的な鋭敏さに対して」が授賞理由だという。アニー・エルノ-さんは、フランスを代表する女性作家で、作品は日本語をはじめ各国語に翻訳され、昨年には世界各国でヒットした小説「シンプルな情熱」(1991年)を原作にした同名の映画が日本でも公開されている。
 新聞各紙の報道によれば、亡き父の生涯を「私」が語る「場所」(84年)、認知症の母の死を起点に「私」が愛憎混じりの母への思いをたどる「ある女」(88年)など。「私」という一人称の語り口で自身の体験を文学的に昇華させた作品を多く執筆。私や家族の姿から社会に潜む因習をも浮かび上がらせ、世界各国で支持されてきたという。おめでとう、エルノ-さん-と、心から祝福したい。

「原則四十年、最長六十年」と期間を定めた原発の運転制限が、撤廃に向かいだした。老朽原発の延命に一定の歯止めになっていた制限がなくなれば、リスクの高い原発が動き続ける事態になりかねない。原子力規制委員会は「規制を緩めない」ことを強調しているが、道筋は不透明だ。-とはけさの中日新聞<核心>である。【老朽原発延命歯止めどこへ 「原則40年最長60年」制限撤廃の方針】と見出しを打っているが、まさに「リスクの高い原発」が動き続けることになり、その通りだと思う。

 【若田さんISS到着 「自分の家に戻ってきたよう」】【病床確保 違反に「罰則」 感染症法など改正案決定】【日野、取締役3人辞任へ 排ガス不正で引責 社長続投】【会合あいさつ4回追加 旧統一教会 細田氏が補充説明】とは本日付の中日新聞1面見出しだ。やはり、この中では宇宙飛行士若田光一さん(59)の国際宇宙ステーション(ISS)到着の話題が一番、あったかでいい。
 毎日の夕刊【近事片々】の方は。▽タイの児童施設で銃乱射、30人以上が死亡。銃と薬物の恐ろしさに世界が震撼。がとても痛ましい。ほかに▽絵本「ぐりとぐら」の画家、山脇百合子さん逝く。…に残念な気がした。

(10月6日)
 米大リーグ、エンゼルスの大谷翔平(28)=岩手県出身=が5日、レギュラーシーズン最終戦となったオークランドでのアスレチック戦に先発登板。シーズン162イニングの規定投球回にメジャー5年目で初めて到達した。大谷は打者としては2年連続で既定の502打席をクリアしている。これにより、ワールドシリーズが始まった1903年以降のメジャーでは初の投打同時規定の達成という初の快挙となった。大谷は記者団の質問に答え「いろいろ試しながらレベルアップ。1年間、長かったが、毎試合いいリカバリーをしながら続けられたのは良かった。本来、こだわりはなく、安定して出られれば、どちらもいける数字だと認識していた」などと語った。おめでとう 大谷!

 北朝鮮が6日午前6時1分から23分ごろにかけ、首都平壌三石付近から日本海に向けて弾道ミサイル2発を発射。韓国の発表によれば、北朝鮮の弾道ミサイル発射はことしに入って22回目。北朝鮮は何のためにミサイル発射を繰り返すのか。それが、はっきりしない。当然のごとく米国は米空母の日本海への再展開をしており、双方ともピリピリした状態が続いている。私はどこまでも愚かなことだと思うが。どうなのか。

(10月5日)
 少しずつ、少しずつ。空の色も、風のそよぎも。秋らしくなってきた。
舞の遺稿集の贈呈先に同封するあいさつ文を書く。筆を進めながら「なんでおまえは、死んでしまったのだよ」と叫びたくなる。あれほどまでに情熱を注ぎこんで俳句や短歌づくりに挑んでいたというのに、だ。舞は私の生きがいそのものでもあった。なのに、もはや現世にはいないのだ。なんだか悲しくって。かなしくて。辛くて。かわいそうでならない。私の傍らに座ったままでいる愛猫シロとて同じ気持ちに違いない。

(10月4日)
 NHKのラジオニュースによれば、午前7時22分ごろ、北朝鮮がミサイルと思われるものを発射。北海道・青森の方向に発射され、「屋外にいる皆さんは建物の中か地下に避難するように」とJアラート(全国瞬時警戒アラート)が叫ぶ。まもなくしてミサイルと思われるものは7時46分、落下したとみられると海上保安庁が言っているとNHKニュース。いやはや、時期が時期だけに戦争でも始まるのかと一瞬、構えたが何もなくてよかった、と。そう思ったのは私だけでもなかろう。まもなく北海道新幹線と東北新幹線が運転を再開、Jアラート騒ぎが落ち着いたところでホッと一息ついたのである。

 架空といってもいいドタバタ騒ぎが落ち着いたところで、いつものように愛猫シロを傍らに【エーデルワイス】と【みかんの花咲く丘】を聴く。舞が好きだった歌である。

2022年10月3日
 夜。10時過ぎ。スマホをチェックし、ヤクルトの村上宗隆内野手(22)が神宮球場で行われたレギュラーシーズンの今季最終戦、DeNA戦七回第4打席で入江の初球(速球)を完璧にたたいて右翼席に放り込み、日本選手シーズン最多記録の56号本塁打を達成したことが分かった。村上内野手は本塁打王に加えて打率3割1分8厘で首位打者、134打点で打点王と打撃主要三部門のタイトルを独占する三冠王にも輝いた。このコロナ禍の時代にホントに嬉しいニュースである。心からおめでとう。村上! あっぱれだ。お見事なり。

 月曜日の朝。
 わが妻、伊神舞子(たつ江)の一周忌法要を終えた翌日である。秋の空に白い雲が浮かんでいる。あさの風、新鮮な空気を入れ替えようと浴室窓を開けようとすると、窓ガラスにくっきり、かつ薄らにその姿の痕跡を映し出すように残されたヤモリの姿態の存在があるではないか。ガラス窓に張りついている。ヤモリの幻影に違いなかった。
 そういえば、生前の舞は「ヤモリは、ね。家を守ってくれるのだから。そっとして、おいてやらなきゃあ。そっとしておくのよ」とよく言っていたことを思い出した。いつのまに、どこからきたのだろう。どうやら、きのうの間に音もなく、しのび込んできたわが妻の分身のようだ。何もかもが、ちょっといたずら好きだった彼女。こんな光景を生んだのは、伊神舞子。あなた。おまえの仕業にちがいない。おはよう。たつ江。舞よ、マイ。ありがとう。わが家を守ろうとしてくれているのだよな。

 私たち家族を守ろう、と浴槽ガラス窓に現れ出たと思われるヤモリの幻影。窓を開けたときには既にいなかった
 

 窓辺から舞の声がきこえてくる。「もういいよ。いいの。だから。あのねえ。アタシのこと。やることやってくれたのだから。わたし、それだけでうれしいよ。もういいの。いいんだから。その気持ちだけでうれしい。もういいの。い・い・の、だってば」。舞が私に向かって、よく言ったあの甘えた、鈴を鳴らしたような声が、またしても耳に迫った。
 そして。あの懐かしい艶のある声は、なおも続く。
「それはそうと。あたしって。仏教徒なの? 若いころは、キリスト教の教会にも通っていたのに。おかしいよね。でも、まぁっ、いいか。あたし若いころ、マリアさまにあこがれ、闘病中はずっと、治子さまから頂いた【不思議のメダイ】を握りしめていた。なのに。あたしの遺骨が、あの永正寺さまのお墓に納骨されたのだって。人生、って。おかしいよね。何がどうなるか知れたものじゃあない。永正寺さまは、あなたとあなたの実家が大変、お世話になっている名刹だし。ニンゲン、どうなるか知れたものでないから。おかげで<龍季(たつき)ちゃん>のお父さん中村建岳さまに読経していただけ、ほんとに夢のような光栄でうれしかった。ありがとうございました」

 さて。世の中の方は、といえばだ。【福島第一処理水のトリチウム 検知出来ぬ線量計使い「安全」 東電視察ツアーで実演、専門家批判】(中日3日付1面見出し)が気になる。記事にもあるとおり、これでは「処理水の海洋放出に向けた印象操作と言われても仕方がない」。ほかには【オリックス最終戦で逆転連覇 パリーグ】【「併合地」の東部要衝奪還 ウクライナ宣言、ロシア敗走】(同)といったところか。
 三重県志摩半島では、ことしも今シーズンの伊勢エビ漁が解禁(10月1日が解禁日)され、志摩市の和具漁港では2日、初水揚げがあった。漁師たちが前日仕掛けた「刺し網」を早朝、引き上げに行き、初日は昨年の3割ほどの計約200㌔の水揚げだったという。和具といえば、かつて地方記者のころに何度も足を運び、伊勢エビ漁や海女漁の取材をした土地柄だけに、とても懐かしい。
 そういえば、月の夜には伊勢エビは出てこないので漁師さん泣かせだった。鵜方にあった新聞社の通信部に馴染みの漁師さんが取りたての伊勢エビ数匹を「食べてよ」とポンと持ち込んできてくれたこともあった。あのとき、赤ん坊を抱いたおまえは後じさりしながらも「ありがとう」と顔を紅潮させていた。

(10月2日)
 日曜日。さわやかな風が自宅周辺を旋回でもするように舞った。
 この日。午前11時から。今は亡き、もはや現世には帰ってこない、あのたつ江、伊神舞子の一周忌法要と納骨の儀が、臨済宗妙心寺派高屋山【永正寺(水谷大定代表役員)】で中村建岳住職の読経のもと、おごそか、かつしめやかに催された。この日は生前に、俳句と短歌、詩(1行詩を含む)の創作に情熱の火を燃やし続けた、わが妻たつ江の足跡を刻んだ伊神舞子俳句短歌遺稿集「泣かんとこ」(人間社刊)の披露もすることが出来、私たち家族はじめ兄、妹夫妻ら伊神家の人びと、そしてこの日は留守番役を買って出てくれ、生前の舞には、ことのほかかわいがられた愛猫シロちゃん、すなわち俳句猫「白」、オーロラレインボーも皆、何はともあれ、ホッとしたのである。

 艶のある中村住職の読経が朗々と響き渡った一周忌法要
 
  

 法要に続き、永代供養集合墓「濃尾の大地」では息子たちによる納骨も
 
 

 一周忌の席で披露された舞の遺稿集の表紙と冒頭写真グラフの一部
 
 
 

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 「燃える闘魂」のキャッチフレーズで知られ、昭和、平成のプロレスブームをけん引し、参議院議員としても独自ルートで北朝鮮外交などにも尽くした、あのアントニオ猪木さんが1日午前7時40分、心不全のため自宅で死去。79歳だった。横浜市出身。
 またこれより先、先月9月28日には新党さきがけの代表を務め細川護熙、村山富市内閣で内閣官房長官と蔵相を歴任した、武村正義さんもじん不全で死去。88歳だった。猪木さんには新聞社の小牧通信局時代に私は2、3度、取材関連でお会いしたことがある。ソフトな感じが印象として残っている。
 武村さんは奥さんが歯科医で私の大津支局長時代に数度、歯の治療をして頂いた思い出がある。そして夫の武村さんといえば、滋賀県知事時代に琵琶湖の水質汚濁を防ぐため日本初の合成洗剤追放条例を制定したり、粉石けん運動を提唱するなど環境保全に尽くされたことは知る人ぞ知る。紛れなき立派な政治家であった。合掌-

(10月1日)
 土曜日。きのうノーリツのコンタクトセンターにお風呂の不調で点検修理をお願いしておいたところ、午前中に業者さんが来てくれ、給湯器などをしっかりみて補修してくださった。やれやれだ。長年の使用=確認したところ、これまで3200時間に14万4400回の点火をしたそうだ。それでも、まだまだ寿命はある、とのことでその点では安心した=で「ホコリなどがたまっており、清掃除去しておきました」とのこと。何はともあれ、ホッとした。
 あすの亡き妻の一周忌法要=たつ江は昨年の10月15日早朝、江南厚生病院の緩和病棟で亡くなった。子宮がんだった。享年69歳=を前に帰郷した長男夫妻も加わり、家族そろって「平和堂」内の花屋さんへ。あすの一周忌に永正寺・永代供養集合墓「濃尾の大地」でのおかあさん(たつ江)の納骨後にお墓に花を供えるためでリンドウや吾亦紅(われもこう)コスモスなど、彼女の好みそうな花ばかりをみんなで選び、帰りには舞のおかあさんが眠る近くにある後藤家のお墓にも寄って花を供え、みんなで手を合わせた。

 きょうも【ロシア、4州併合宣言 プーチン氏「条約」調印 ウクライナへ攻撃激化か】【三遊亭円楽さん死去 72歳「笑点」に40年以上出演 評伝「残る時間を、落語界のために」】【島津会社不正計5件に 故障偽装 全て熊本の医療機関】【かっぱ寿司社長逮捕 はま寿司営業秘密 取得疑い】【ニセ電話詐欺で… 1億円被害 三重・鳥羽の80代】(いずれも中日新聞)の見出しが躍り、この世のなか、戦争、悲しみ、不正といろいろある。