詩小説「FLQX」(6)

座り込んで首を傾げる
今朝は
後ろの気配であの場を素通り
そこで
リングノートは無言だった
しかし
今は確かに呼んでいる

おもむろに立ち上がり窓の外
月夜
リングノートが笑って頷く
クローゼットから
秋冬物の黒いジップパーカー
ズボンは黒い作業ズボン
靴は底の厚い運動靴

顔は
フードを被り
ジッパーを鼻まで
これで来いよと
いうことか
望みが叶うということか
で あれば
もう一度ドアを押してみよう

おお
この空気の軽さは
階段を下りる足の軽さは
まるで
背を押され
手を引かれ
ひとりでに足が前へ前へ
地面にふわっと乗った気分

さて
どうしたものか
いつもの道を左に曲がれば
白いものはすぐそこに
だがこの時間
もしものもしもで
正面からの目があれば
不審な奴だと110番

ならば
目立たぬように
反対回りの遠回り
倍以上の距離だけど
姿勢を正して
右へ足を向け遠回り
用心用心
用心第一

まだ車の多い幹線道路
顔を背けてどんどん歩く
右の角までどんどん歩く
角を曲がれば月明りだけ
もう人も車も通らない
あと一つ角を曲がれば
目に入るだろう白いもの

さあ角だ
誰も通るな
この月夜の道は我のもの
焦るな落ち着け
ほら
前方に白いもの
一歩一歩
また一歩
どこにも気配は感じない
あと一歩

わっ
またもや後ろで何かの気配
ひるむな
絶対
たじろぐな
ごく自然にひざを折れ
手を伸ばせ
白いものをすぐさまつかめ
ひざを伸ばせ
すぐ一歩
その一歩のうちに
ポケットへ

誰も来るな月夜の道
この時間と白いもの
もう
誰が何を言おうと我の手中
胸の鼓動
胸の鼓動

黙れ静まれと角を曲がる
顔を背けて幹線道路
アパートはもうそこだ

ドアを開け鍵をかけてなだれこむ
暑い
パーカーを脱捨てズボンを下ろす
汗が汗が
こんなに出るとは
座り込む
まず飲みかけだった缶ビール
ごくごくごくん
温くたってこの旨さ
吐きだす息が鼓動を鎮める
(続く)