ショートミステリー「ティータイム殺人事件」

 河崎邸では毎日午後三時に、近所の夫人たちが集まってお茶会を開く習慣があった。メンバーは河崎順子、山田かなえ、森村真理子と岬澄子の四人だった。
 居間ではヨーロピアン調の美しい大理石の楕円形のテーブルを囲んで、着飾った夫人たちは、邸宅の主役である河崎順子の登場を待ちあぐねていた。
「待たせちゃったわね。この荷物がようやく届いたわ」
 順子がテーブルに小さなダンボール箱を置いて言った。
「私が開けてもいいかしら」
 一番年下の澄子がそう言いながら手を伸ばすと、他の三人から彼女の子供っぽい仕草にクスクスと笑いが洩れた。
 箱の中からは白い紙に包まれた四組のモザイク模様のティーカップが出てきた。
「前のヨーロッパ旅行でお土産に買っておいたのよ。結構高くついたけれど、マイセンの逸品らしいわ」
「ふうーん」
 澄子が首を傾げてカップに見入った。それからしばらく夫人たちのティーカップ鑑賞会と相成った。
「順子さんのセンスは、さすがに素晴らしいわね」と皆が賞賛して場が盛り上がり、順子も満面の笑みを浮かべた。
 やがてお茶会の準備が始まった。かなえが、用意したラズベリークッキーを、銀の器いっぱいに盛った。
 順子はキッチンでポットにお湯を沸かせながら言った。
「皆様にお褒めいただいたティーカップを、さっそく試してみましょうよ」
「それは楽しみだわ」
 微笑んで頷いた澄子は、テーブルにミルクの入った白い陶磁器と茶褐色のガラス製のシュガーポットを運んできた。
 そして四人がテーブルについた。
 順子はセイロン紅茶の入った大きなティーポットから夫人たちのティーカップに手際よく紅茶を注いだ。
「それでは、お砂糖は私がいれましょうか」
 さりげなく真理子が、器用にトングを扱いながらシュガーポットから夫人たちのティーカップに砂糖を分け入れた。
「次は私の番ね。それでは」
 かなえが上品な身振りでミルクジャグからティーカップにミルクを注いだ。
「最後に私が、美味しくなる魔法をかけますよ」
 取り残された澄子が悪戯っぽく言い放った。
「本当に楽しみね。今日は共同作業よね。どんなお味になるのかしら」
 順子がウキウキ楽しげに言った。
 そして、それぞれに取ったスプーンで紅茶を混ぜ始めた。
「でも、このティーカップすてきね。紅茶が美味しそうだわ」と、夫人たちは紅茶を混ぜながら同感する様に、満足な笑みを浮かべて、午後の華やいだ雰囲気の中でお茶会は進行していった。
 夫人たちは微笑み返しながら紅茶を口にした。そして、「かなえさん手作りのラズベリークッキーも美味しそうだわ」と言いながら、皆がクッキーに手を伸ばした。
 その時、突如、澄子が口から血を吐いてテーブルに倒れ込んだ。
 夫人たちの大きな悲鳴が上がった・・・・・。

「鑑識の結果によるとですね」と、安井刑事が吉山刑事に報告した。
「毒薬が混入されていたのは澄子の紅茶だけでした。そして、ティーポット、砂糖、ミルクのいずれにも毒薬は検出されませんでした」
 吉山刑事は顎を撫でながら言った。
「毒を塗ったスプーンによる無差別殺人と言う可能性もあるが・・・」
 しかし、吉山刑事は意図的な殺人を直感していた。
「ふむ、まてよ・・・・・まずは、夫人たちの事情聴取から始めるか」
 
 あなたはこの事件の真相が見破れますか?
 
 後日、吉山刑事はこう語った。
「真犯人は森村真理子だ。自分でも呆れたよ。肝心なところを見逃していたんだ。真理子は『砂糖を分け入れた』と証言した。気付いただろう。真理子が分配したのは角砂糖だったのさ。
犯人はあらかじめ一個の角砂糖に毒薬を浸み込ませておいて、こっそり事前にシュガーポットに入れておいた。そして小さな目印でもつけておけば準備完了だ。そいつを被害者のカップに入れた。あとに証拠はまったく残らない。
どうやら被害者の夫と真理子は密かに不倫していたらしい。それを知った被害者が真理子の夫に告げ口しようとした。
問題が公になることを恐れた真理子が毒殺で口封じをした、と言う訳だ。砂糖だけに甘~い関係に潜む殺意だったな」

         完