連作短編小説「玉木さんと鈴木くん その3『姉妹』」

 私は一という数字が好きだ。おやつが貰える順番。出席番号の最初の数字だ。一位を取ると金メダルが貰えるところも好きだ。整理番号の順番待ちも最初で、とにかく得することがたくさんあるから良い。だから私はそれ以外の数字はあまり好まない。
「二がある」
 トランプの数字を見て私は顔を引きつらせていた。今は見たくない数字。
「ちょっと、有沙。持っているカード言ったらダメだろ」
「ごめん」
 鈴木ヒロにそう言われて、私は謝る。ヒロは隣の家に住む幼馴染だ。
 大富豪というトランプゲームがある。ジョーカーの次に強いカードが何故か二なのである。そして私の好きな一のカードは三番目に強い。トランプはゲームによってカードの強さが違ってくるところが好きじゃない。でも暇な時に誘われてしまったらやるしかないだろう。
「あがったわ」
 不意に妹の梓がそう言って、ジョーカーをキングの上に置いた。何故大富豪はジョーカーが一番強いのか。私は不服に思いながらも次のターンで最後に二を置いて、なんとかヒロには勝った。
「次は七並べやろう」
 私がそう提案すると、梓が眉をひそめた。
「私は、そろそろ勉強に戻りたいのだけれど」
 最初からあまり乗り気ではなかったのはわかっていたけれど、そう改めて嫌そうな顔をされると困る。ヒロを見ると気にする素振りはなく、勝手にカードを切って三等分にし始めた。
「これで最後だからさ。付き合ってよ」
 私はそう言いながら分け終わったカードを右手にとる。目の前に分けられたカードを見て梓はしぶしぶ手に持った。
「本当に、最後よ」
 私は今度こそ一番に終わってやると思いながら、手札を見て七を出す。手元には一が二枚も入っていて私はそれを見て終始にこやかだった。
「ところでさ。二人はまだ付き合ってないの」
 調子に乗った私は、そんなことを聞いてみる。思えばこうして実家に帰ってくるたびに質問しているような気がする。
「その可能性は皆無だわ」
 梓がきっぱりと答えて、呆れたようにため息を吐いた。
「まぁ、梓がこう言っているからな」
 ヒロまで同じ意見らしい。
「ふーん」
 納得したように頷いたけれど、それじゃつまらないとも思った。幼馴染だと近くにいすぎて恋愛対象にならないのはわかる。何しろ私自身もヒロとは幼馴染の関係で、六つも離れているせいか弟以上にはどうしても思えないからだ。けれど、私は梓とヒロに交際して欲しいと思っていた。それは梓の生真面目な性格じゃあ貰い手がないのではないかという勝手な心配だった。
「ならヒロ。私と付き合わない?」
 私は冗談で言った。驚いたのか「は?」と言ったきりしばらく目を丸くして、二人とも言葉を失ったようだった。カードを置く手も止まり、梓とヒロの視線はしばらく私のところで停止していた。
「やだ。真に受けないでよ二人共。高校生に手を出したら犯罪よ。冗談に決まっているじゃない」
 私が訂正すると、ヒロは苦笑い。
「……好きにすればいいわ」
 梓は呆れたようにそう言った。少しでも動揺してくれたらよかったのに、顔色一つ変えない。けれど、梓は突然手持ちのカードをすべて重ね、床に置いた。
「ごめんなさい。やっぱり私、勉強に戻るわ」
 それは何か思うことがあったのか、なかったのか。梓はそう言って立ち上がり、部屋を出て行く。本当に何を考えているのかわからない。
「あ、おい。梓」
 ヒロが呼び止めようとするも、梓は無視する。扉が閉まって部屋には私とヒロの二人だけが残されていた。
「寒くなってきたね。暖房つけようか」
 私の言葉に、ヒロは黙って頷いた。もうすぐ冬が来る。

 付き合っていた彼氏の浮気現場を見てしまったのは二週間前のこと。あれから一度も連絡を取っていない。向こうからの電話やメールには一切反応しないことにしている。私が何より衝撃を受けたのは、私のほうが浮気相手だったことだ。知り合いにそれとなく聞いたらもう五年も付き合っているらしい。私とはたった三ヶ月の付き合いだった。
「近藤も早く結婚すればいいのに」
 浮気していることも知らないで、知人はそんなことを言っていた。その近藤は私に無視されるとアパートに乗り込んできた。部屋に入れないと、その後も何度か尋ねてきた。私は居留守を使うようになった。そのうちに諦めるだろう。
 いつもはクリスマスより前のこんな時期に実家に帰省することはなかった。それでも帰ってきたのは不安だったからなのかもしれない。たった二日の滞在だったけれど、大分心が癒やされた気がする。
「――何で、いるの」
 アパートに戻ると、扉の前に人影が見えた。私は思わず呟き、はっとして口を押さえた。幸いまだ距離があり、向こうも気づいていないようなので私は建物の影に急いで隠れた。近藤哲夫はまだ来たばかりなのだろうか、チャイムを押して困ったように首をひねっている。私は携帯電話を取り出して、マナーモードになっているか確認する。以前設定したままになっていたのでとりあえずは安堵した。
 近藤はまだ私のことを諦めていないということなのだろうか。期待などしないほうがいいのはわかっている。それに、この関係を続けるのは嫌だ。五年付き合っている彼女に悪いし、何より私が本命じゃないのが気に食わない。
 携帯が振動して、メールが来たことを知らせてくる。
『家にいないのか。今どこにいる』
 そのメッセージを見てから返信せずにいると、
『話がある。どこにいるか教えてくれ』
 続けざまにそうメールがきた。私はそのメールにも返信をしなかった。このまま姿を見せる訳にはいかない。会ってしまったら、口から気持ちが溢れ出そうだ。
 たった今歩いてきた道を引き返すことにした私は、これからどうするか考えていた。ストーカーというものでもないので、警察には相談できない。何よりあまり騒ぎ立てたくはない。こういう時に頼れるのは誰だろう。
 唐突に携帯電話が振動した。長い振動なのでメールではなく電話の方だ。私はその瞬間、電話の主が近藤ではないかと思って戦慄した。それでも会社や家からかもしれないと思い、おそるおそる画面を見てみる。そこには意外にも鈴木ヒロと表示されていて、私は思わず首を傾げた。
「もしもし。どうしたの」
 電話にでると、当たり前だけどヒロの声がした。
「有沙。なんかあった?」
 ヒロが突然に核心をついてくる。何かの超能力なのかと思った。
「え? 何で」
 尋ねると、「様子がおかしかったから」とヒロが言った。
「家に行ったらもう帰ったって言われてさ。本当は居る時に聞きたかったんだけど」
「何であんたがかけてくるのよ」
 ヒロの声を聞いて安心して、そんな言葉を漏らした。先程まで張っていた気が抜けていく。 携帯電話を持つ手が震えていた。
「ヒロ」
 名を呼ぶその声は、震えていたと思う。
「やっぱりなんかあっただろう」
「助けて。もう、どうしたらいいのかわからない」
 立っていられなくなり、私は人目もはばからずにその場で泣き崩れた。

 実家とアパートは電車で約一時間の距離にあった。私はヒロが来るまで駅前のファーストフードの店で時間をつぶすことになった。まずはトイレへ行き、化粧直しをした。泣いたせいでメイクが崩れて外を歩ける顔じゃあなくなっていたのだ。アイラインが落ちて目の下が隈みたいになっているのを、なんとかファンデーションでごまかす。
 お腹が減っていたので、次にハンバーガーを食べることにした。
「おまたせ」
 一時間半後、改札から走ってきたのかヒロは息を切らして私の前に現れた。その頃にはハンバーガーも食べ終わっていて、ぼうっとガラス窓の外を見ていた。
「来てくれてありがとう。おごるよ」
「それより、大丈夫なのか。力になれるかどうかわからないけど、話だけでも聞くよ」
「コーラでも飲む」
 私がそう言って席から立ち上がり注文カウンターへ行こうとすると、腕を掴まれた。
「有沙!」
 大きな声で名前を呼ばれた。店内は人の声で騒々しかったが、ヒロの大声に驚いた人が何人もいたのか一瞬だけ静かになった気がした。私も目を丸くしてヒロのことを見ていた。
「ヒロ。大丈夫だよ。見ての通り、私はもう泣いてない」
 電話口で泣きじゃくっていた私を、ヒロは心配している。わざわざ電車に乗ってかけつけてくれた。私はそんなヒロの優しいところが好きだと思う。大事な家族だ。
「……わかった」
 ヒロはそう言って大人しく先ほど私が座っていた席の右隣に座ってくれた。私はカウンターへ行きコーラとついでにフライドポテトを頼み、品物を受け取ってから席に戻った。
「ただいまー。ポテトも頼んじゃった」
「おかえり」
 誰かとメールをしていたのか、私が来ると携帯電話を慌てて閉じたように見えた。私に気を使ったのか、家に連絡でも入れたのかもしれない。コーラとポテトを載せたトレーを置き、席に座ると私は早速本題に入った。
「彼氏に、五年付き合っている彼女がいるんだってさ」
「なにそれ。最低」
「だよね。彼女と居るところ見ちゃってさ。なんていうの。もう夫婦みたいな雰囲気を醸し出しているの。あれじゃあ、勝ち目ないよ」
 思い出して、また泣きそうになるのを必死でこらえる。
「ちゃんと別れたのか」
 ヒロの質問に、私は首を横に振る。
「あいつの中ではまだ付き合っているんだと思う」
「だと思った。だから泣くはめになるんだよ。今すぐそいつをここに呼んでちゃんと別れるべきだと俺は思う」
「それは……」
 ヒロの指摘に、私は顔をうつむかせる。ヒロの言う通りだとは思うけれど、それが簡単にできていればこんなことにはなっていなかったと思う。
「大丈夫だ。俺に任せろ」
 ヒロが自信ありげにそう言ったので、信じてみることにした。

 ヒロの指定で、話し合いは近くの公園ですることになった。時刻は午後四時を回っている。季節柄そろそろ日が落ちてきてもおかしくないころだった。近藤哲夫は私の呼び出しに最初こそ喜んでいるようだったけれど、私の隣にいる正体不明の高校生ぐらいの茶髪少年を見て訝しんでいた。ヒロは近藤のことを睨みつけるように見ていた。しかし近藤は怯む様子もなく。
「何? やっと連絡してくれたと思ったら男なんか連れて。年下が趣味だったわけ」
「違うわよ。話があるの」
 近藤の心無い言葉に、私は首を振って否定する。
「じゃあ、こいつは有沙の何なの」
「俺は弟だ」
 私が返事をしようとしたら、ヒロに先を越された。うん。間違っていないけれど事情を知らない人に言うことじゃない。近藤はヒロの返答に気分を害した様子で、舌打ちした。
「弟がいるとか、聞いてないんだけど。俺が聞いていたのは妹じゃなくて弟の話だったのかよ」
「妹は妹よ。この子は実家の隣の家に住んでいて、家族同然に育ったの」
 言い訳みたいになってしまって、私は近藤と話をするのも億劫になった。会ったらまた近藤への想いが甦ってきてそのままズルズルと交際を続けてしまうのだろうなと勝手に思っていた。けれど、そんなことはなかった。
「まぁいいや。俺もお前に話があったんだよ。なあ、お金貸してくれない」
 近藤のこの言葉を聞いた瞬間、私の近藤への執着が一気になくなってしまったのだ。
「は? 何で」
 唖然としていると、近藤は続けた。
「とりあえず十万でいいよ。口止め料。お前、俺に彼女がいるって聞いたんだろ。それで俺と別れたい。そうだろう」
 近藤はまっすぐに私の目を見て言った。私と連絡が取れなくなった理由も、今日ここに呼び出された理由も、すべてわかっていたらしい。
「そ、そうだとしてもどうして口止め料なのよ」
 疑問を口にする。口止めをしておくべきなのは、口の軽い友人の方だろう。
「俺、彼女と結婚するつもりだから。浮気してたのバレたら不味いんだよ。だからまずは十万貸して。結婚資金の足しにするから」
 近藤の信じられない言葉に、私は憤怒する。悪びれる様子もない上に、都合よく私から金をむしりとろうとする、だなんて。しかも、結婚資金にする? そんなのあり得ない。今本当に可哀想なのは私ではなく、その彼女の方かもしれない。
「嫌よ。絶対にお金なんか貸さない。返す気もないんでしょう」
 拳を握りしめ、強い意思を持って私ははっきりとそう言った。
「あ? ちゃんと返すし」
「ふざけないでよ。あんたなんて大っ嫌い。今すぐ私の目の前から消えて」
 私はそう言ってやった。心がすっきりしたように思える。
「何だと?」
 私に掴みかかろうとしたのだろう、近藤の右手が動いた。その瞬間、隣に立っていたヒロが私をかばうように前に立つ。それを見て近藤の動きが止まる。
「ヒロ」
 私は驚いた。ヒロはずっと近藤を睨みつけていた。
「さっきから黙って聞いていれば。金を貸せだ? 有沙のことを何だと思ってるんだ」
「君は年上に対しての口の聞き方がなっていないようだね」
「質問に答えろよ」
「答えたところで何だ。ガキには関係のないことだ」
「泣いていたんだぞ。有沙は、お前のことで泣いていたんだ。あの有沙姉ちゃんが、傷ついてどうしていいかわからなくて泣いていたんだ!」
 ヒロが、近藤に向かってそう叫んでいた。昔の懐かしい呼び方をされて、こんな時なのに嬉しくなった。子どもの頃の思い出が蘇ってくる。「有沙姉ちゃん」「有沙姉ちゃん」という幼いヒロの幻聴が心のなかに響き渡る。外見がいくら変わっても、根本的なものは何一つ変わらない。やはりヒロは、根の優しい私の弟だ。
 私は近藤との日々を思い返す。会社の飲み会で偶然同僚の友人だと言う男に出会ったのがきっかけだった。私がお酒に弱くて顔を真赤に染めていると、「大丈夫?」と声をかけてきてくれた。アパートが近かったので何となく一緒に帰ることになって、送ってもらった。その後、近くのコンビニで偶然再開して、連絡先を交換。そこから交際するまでに一ヶ月もかからなかった。私はどんどん彼にのめり込んでいったと思う。信頼できる友人だからと、同僚が言っていたのを思い出す。彼のこと、全然見抜いていなかった。
「私は、あなたの一番になりたかった」
 私は呟くようにそう言った。
「有沙」
 ヒロが振り向いて私に視線を送る。
「一番になりたかったんだよ。二番目は嫌なの。私だけを、見ていて欲しかった」
 我慢できなくて、私は目から涙を零した。思えばヒロの目の前で私は泣いたことがなかった。お姉ちゃんだからと、いつも我慢していたからだ。
「ごめんなさい、お金は貸せない。お願いだから、もう私の目の前に二度と現れないで。浮気していたことは誰にも言わないから」
 そう言うしかなかった。正直、近藤の彼女に全部バラしてしまいたかった。こんな非道な奴と結婚したら、絶対に幸せになれないからと助言したかった。けれど、私はこれ以上近藤に関わらないほうが幸せだ。それだけはわかる。私は服の袖で涙を拭いた。
「ちっ。わかったよ。使えねぇ女」
 近藤は舌打ちして毒を吐くように言った。
 どうして私はこんな暴言を吐くような男を好きだったのだろう。去っていく近藤の後ろ姿に視線を送る。それから隣にいるヒロを見て、私はその震えている拳を優しく包み込むように握る。ヒロは我慢してくれているのだと理解した。本当は一発殴ってやりたいのだろうと思う。けれど、そんなことをしてもなんにもならないことをこの子はわかっているのだ。
「ありがとう。ヒロ」
「ごめん。有沙姉ちゃん」
 ヒロが公園にある木の陰を一瞥する。誰も居ないと思っていた公園に、私たちが立っている場所から数メートル離れたところに人がいた。まったく気が付かなかった。私が視線を向けると、相手が姿を見せた。
「梓? どうして、ここに」
 私は驚いて声を上げる。
「俺が呼んだんだ」
 心当たりがある。ヒロは誰かにメールを送っていた。きっとその相手が妹の梓だったのだ。梓はまっすぐに私の方に歩いてくる。その表情は何か怒っている。何に対して? 私はわからなかった。けれど梓は私の目の前に来ると突然、両手を私の両側の頬に強く押し付けた。
「お姉ちゃんて本当にばかだわ」
「へ?」
 潰された顔と驚きで、マヌケな声が出た。
「いつも何も言ってくれないの。悪い癖だわ」
「それは、皆に迷惑かけたくなくて」
「それがダメだって言っているの。迷惑かけていいのよ。泣いたっていいのよ」
 妹に叱られるなんて、思ってもみなかった。これじゃあ、どちらが姉なのかわからない。
「ご、めんなさい」
「お姉ちゃんは、相変わらず一番が好きなんだね」
「聞いていたの」
「うん。だからいつも私は後回しにされるの。私がどんな気持ちだったか今ならわかるでしょう。お姉ちゃん」
「う。ごめんなさい」
 私は目を泳がせる。顔を背けたくても、両手で固定されていて動かせなかった。
「大丈夫よ。あの人には無理でも、お父さんとお母さん。……それからヒロも、お姉ちゃんが一番だから」
 梓の言葉に、私は目を丸くする。
「あんたの一番はお姉ちゃんじゃないの」
 質問して、ちょっと恥ずかしくなった。これじゃあ拗ねているみたいじゃないか。
「私の一番は今のところ、勉強ということにしておいて」
 梓はそう言って私の頬から両手を離した。
「ちょっと、何よそれ」
「嘘。お姉ちゃんが一番よ」
 梓は子どもみたいに、悪戯に笑んだ。そういえばここ何年か、梓の笑った顔を見ていなかったかもしれない。梓も少しずつ変わっているのだろうか。心とか身体とか、私の気付かないうちに成長しているのだろうか。そうだったら嬉しい。
「じゃあ、俺たち帰るな。もう大丈夫そうだし」
 いつのまにやら、ヒロがブランコに腰掛けていた。お尻に鎖が食い込みそうなほど小さいブランコなのに、平気で座っていた。
「うん。二人ともありがとうね」
私がお礼を言うと、ヒロは私の顔を見て笑った。
「有沙姉ちゃん、帰ったら顔洗いなよ。化粧酷いことになってる」
「わかってるよー。もう」
 恥ずかしくて思わず顔を両手で覆う。気付いてもそういうことは言わないで欲しかった。まったく、デリカシーがない。
「お姉ちゃん。またいつでも帰ってきて。お父さんとお母さんが喜ぶわ」
「わかったからもう行って。私は一刻も早く化粧を落として楽になりたいの」
「わかったわ。またね」
 手を振って別れを言う。梓とヒロが肩を並べて歩いて行く。その後ろ姿を見て私は思う。ヒロが私を助けてくれたのは、恐らく私だけのためではないのだろう。私が梓の姉で、家族だから。私は今まで、何でも妹より先に手に入れないと気がすまなかった。裏を返せば、私は妹が取られてしまわないように先回りしていただけだったのだ。それでもヒロになら妹を上げてもいいと思ってしまうのは、きっと彼が誰よりも優しい性格をしているからなのだろう。

 数日後のことだ。私の同僚が近藤の件について謝ってきた。浮気のことは約束通り誰にも話していないはずなのに何故か知っていた同僚を問い詰めると、近藤は他の女性とも浮気していたらしい。それが彼女にばれてしまったというわけだ。いよいよ困った近藤は友人である私の同僚に相談してきてその流れで私のことも聞いたみたいだった。
「本当に、ごめんな」
「いいよ、もう。終わったことだもの」
「お詫びに飯でも奢らせてくれ」
「じゃあ、焼き肉でも奢ってもらおうかしら」
「おう。じゃあ、それで」
「今度はフリーの人紹介してよね」
 私はそう言って同僚に向かって微笑んだ。
 今日は仕事が終わったら、妹にメールをしてみよう。そう思いながら、私はからになった紙コップをゴミ箱に捨てた。(つづく)