ショートミステリー「砂浜の死」

 夏の強い陽射しが照りつけていた。さざ波が打ち寄せる海岸沿いの白い砂浜を二人は歩いていた。
「津山氏から遺産相続の依頼を受けましてね。しかし、こんな田舎まで呼び出されてはたまりませんな」と、流れ落ちる汗をタオルで拭きながら、香崎弁護士は迷惑気に言った。
「あなたも彼の知人としてこちらに招待されたのでしょう」
 しかし、吉山刑事は下をうつむいたまま黙っていた。
 二人は津山氏の別荘に向かって無言で歩いて行った。
 すると突然、前方を指差しながら香崎弁護士が叫んだ。
「あっ――津山氏が倒れていますぞ!…」
 吉山刑事は、ハッとして顔を上げ前方を注視した。
 確かに大柄な男のようだが、仰向けに倒れ身動き一つしない。
「行ってみましょう」と吉山刑事が走り出し、香崎弁護士も後を追った。
 それは間違いなく津山氏だった。仰向けに倒れた左胸から血を流して死亡していた。
 遺体の傍らにペーパーナイフが血に染まって落ちている。
 吉山刑事は周囲を見渡し首を傾げた。
「砂の上に残っているのは別荘からの津山氏の足跡だけだ。他は我々の足跡、しかし遺産相続の件で呼んだ当人が自殺するとは思えないし…」
 波打ち際は遥か遠くで、波が足跡を消したとは考えられなかった。
 とりあえず現場はそのままに、二人は急いで林の中にそびえる赤いレンガ造りの別荘へと向かった。
 やがて別荘に到着し、重い扉をノックして中に入ると三人の家族が広間に集まっていた。
 吉山刑事から家族に父親の死亡が告げられ、驚く三人に殺人事件であろう事の概要が明かされた。
「ところで、津山氏が屋敷を出るのを見られた方はおられますかな」と吉山刑事が尋ねた。
 すると白いソファーに座っている純平が、おもむろに言った。
「朝早く、著作の気分転換に散歩に行くと僕に言って出て行きました。その後を追いかけるように百合子が……」
 百合子はハンカチで涙をぬぐい、顔を上げて泣きながら言った。
「私は日課にしているスキューバダイビングに……こんな事になるなんて…父を引き止めていたら…」と、悲嘆に身を崩した。
 壁にもたれて腕を組んでいた幸雄が、淡々とした口調で、「俺は昨日から親父と喧嘩をしている。だから動機はありか……しかし、俺は朝からずっと使用人の佐川と一緒だったからな、確かなアリバイならあるぜ」と不敵な笑みを浮かべ言い放った。
 それに挑発されたかのように純平がソファーから立ち上がり、声を荒げながら言った。
「ぼ、僕はずっと倉庫で大工仕事をしていましたよ。それとペーパーナイフを失くしたのは僕ですが…だけど親父を殺すような理由なんて僕にはありませんよ!!…」
 吉山刑事が言った。
「まぁ、まぁ、皆さん気を落ち着けて…まずは倉庫の中を見せてもらいましょうか」
 吉山刑事と弁護士は、庭の片隅にある小さな木造倉庫を覗いた。
 バケツに釣り竿、シャベルや潜水服が置いてあり、中央には作りかけの木箱があった。
 吉山刑事は香崎弁護士に「うむ、ようやく事件の謎が解けましたよ」と微笑んだ。

  あなたはこの事件の真相が見破れますか?

 後日、吉山刑事はこう語った。
「真犯人は香崎弁護士だ。最初から俺は奴を疑っていた。それは奴が最初から致命的なミスを犯していた事だ。被害者を発見した時、奴は即座にそれを津山氏だと断言した。視力のいい俺が見ても大柄な男としか判らなかったのに、だ。殺害方法は倉庫の釣り竿でピンときたよ。それに奴が海釣りの達人だという事も捜査の裏付けになった。奴は被害者を待ち伏せていた。釣り糸の先にペーパーナイフを結んだ釣り竿を用意してな。そして被害者が砂浜の途中まで来た時、遠くから両手にしたその釣り竿を被害者に向けて勢いよく振り投げた。ペーパーナイフが宙を飛び、うまい具合に被害者の心臓を貫いた。あとは釣り糸を引き抜き、外したペーパーナイフを被害者の傍らへ放り投げておいた。自分が疑われぬように、足跡のない不可能犯罪を企んだのだろうが、残念だが俺は騙せなかったな。動機は被害者の資産横領だそうだが、名刑事の俺様を証人に仕立て上げるとは、俺も見下げられたものだ」
          了