いがみの権太野球日記・6月30日、笛猫連載

平成二十二年六月三十日
 深夜のわが家。甲子園での阪神戦は、2―1で勝っていた。今夜はチト、ある会があり、すっかりプロ野球のことなぞ忘れていた。
 とは言え、ドラゴンズのことがやはり気になりテレビのスイッチボタンを押すと、スポーツニュースが視界に飛び込んできた。結果さえ分かればいい、と画面を追う。チェンが投げて投手戦を制して5勝目、和田が4回の21号ソロホームランに続く8回の適時打で勝ち越していた。ほろ酔いの酒感。今度はボクの全身が、酒とドラゴンズの味に満たされ、融けてゆく。

 和田は、どこまでよく打つ選手なのか。すごい。
 まさに感動もので、神様・仏さま・和田さまである。一家庭人として家族を愛してやまない温かな人柄。野球に挑む姿勢。そのひたむきさ。ボクはこのひとが大好きだ。あるとき、ナゴヤドームで若い女性が「わださん、ベンちゃん、大好きよ。だって、あのかわいい顔を見るたびに、胸キュンとなっちゃう。全身に後光がさしているのだもん。ベンちゃん、大好き。ドラゴンズにとっては、神さまみたいな存在よ」と話していた。

 ひと息つく。ケータイのドラゴンズ情報を開く。そこには、こう記されていた。
 「阪神は下柳が力投したが、決定打が出ず、二番手の久保田がつかまった。」
 ベンちゃんは、本当によく決定打を打ってくれる。怪物ベンちゃん。

『ねぇ~』   こすも・ここ
 

       『なぁに』  シロ

 【笛猫茶番日常の劇】お父さん、やっと帰ったかと思ったら、サンルームで待っていたMのところに行き、しばらく話していたか、と思うと寝室にいき、コトリと寝てしまった。あ~あ。酔って帰ったので、いい話を聞かせてくれる、とばかり思っていたのに。

 でも、お母さんのMが教えてくれた。オトンは今夜、久しぶりに作家の太田治子さんと会う機会に恵まれた。太田さんと、オトンとは日本ペンクラブの作家仲間で、ずっと前からの友だち同士なの。きょうは中京大学で太田さんの講演会があり、このあと新聞社近くのお寿司屋さんで他の記者仲間のフカダさんらと会ってきたのだって。

 オトンは、けさ出がけにMに太田さんに話したいことはーと問いかけると「アサガオが咲いた。それから、(太宰と玉川に入水した)山崎富栄さんのこと…、太田治子さん、いまはどう思っておいでかしら」との返事。デ、そのアサガオを携帯に納めて出ていったのだって。帰ったオトンはアタイにこう、教えてくれた。
 ――「アサガオ見ていただいた。太田さんは、Mと一緒で、心身ともに、またまた若く、美しくなられていた」と。彼女は最近、父・太宰治と母・太田静子の足跡を辿る自らの人生ドラマを小説「明るい方へ」として出版したこともあり、それまであった太宰の呪縛から、やっと解き放たれたように感じ、心から「よかった」と思っただって。彼女が生きている限り、父は永遠に魂として彼女のなかに生きているわけなのだから、離れられっこない。でも、やっと重荷から離たれ、新しい海に漕ぎ出した。このことだけは、確かだ。

 オトンは、このところのMと歩んだ辛かった道についても親友の太田さんに話したみたい。太田さんは「大変でしたね。でも、きっと、いつかは」とだけ。舞さんにも、権太さんにも、何か明るいものが流れ出てくる予感がする、と。そう、おっしゃったそうよ。太田さんとオトンは、そういう深い関係なのだから。

 帰り道。その風雅なお寿司屋さんを出て、地下鉄丸の内駅近くまで、みんなでふらふら歩いたところでオトンは、日本に住むウサマ・ビンラディン? に久しぶりに、ばったり出くわした。太田さんは、オトンとは新聞記者仲間でもある小島サンという好文学青年に送られて、名古屋市内のホテルへ。

 オトンは、ウサマ・ビンラディンと一緒に地下鉄で帰ってきたという。アタイがビンラディンと言ったわけは、オトンの小説「懺悔の滴」の中に出てくる主人公、ウサマ・ビンラディンのモデルが、実は、新聞社の元ニューヨーク特派員で、あの九・一一同時多発テロで灰だらけになって現場を駆けずり回った、その好漢だったからである。彼と途中まで電車に乗りながら、オトンは、こう思ったそうです。
 「それにしても、ワタシが愛するあのウサマ・ビンラディンは、一体いま世界のどこで何をしているのか。そろそろ、本気で彼の在処を突き止める旅に出なければ。今夜はいろんな人に会ったな」と。

☆「日本8強ならず」「死闘PK戦で敗れる」「岡田監督、理想追い続け 『そんなに簡単じゃない』」。「相撲協会 理事長代行に村山氏」(いずれも中日新聞夕刊見出しから)。

平成二十二年六月二十九日
 午後八時十四分。七回表の甲子園球場。ドラゴンズの攻撃中だが、なんと9対1。コテンパンにやられている、とはこういう状況を言うのだろうな、ウーン…と、携帯電話を手に思わずうなってしまった。なんたることだ。でも、みな一生懸命やっているのだから。「こういう時だって、たまには、あるわさ」と自らを慰める。
 午後十時代のスポーツニュースであらためて確認すると。ドラゴンズはそれでも後半に5点を入れ、結果的には11―5という結果だった。先発朝倉が阪神・ブラゼルにいとも簡単に打たれ、ブラゼルは朝倉に代わったネルソンからも、この日は計三打席連続本塁打を放った。ドラの方は誰が5点を入れたのか。このありさまでは、聞く気にもなれないのである。

 それはそれとして、本日付朝刊、落合監督の「読む野球」によれば、プロ野球の1軍戦での試合球が来季から統一することに内定したらしい点に言及した「現場交えた議論なし」の記事を読んでボクは驚いた。この記事を読む限り、「日本メーカー1社が新しくつくったボールを使うことが、十二球団の代表者で構成される実行委員会で決定した」とあるが、どうもバックに利権の臭いがしないでもない。
 いやしくも実行委で決まったのだから、仕方ないという意見もあろうが、この記事を読む限り、当事者である選手、監督が蚊帳の外に置かれている。わずかなサンプル球が60球ほど送られてきたというが、それとて決定してしまってからのことで、どこか腑に落ちない。

 いずれにせよ、メーカーはほかにもあるはずだ。なぜ、そこまで慌てて統一球を決めねばならないのか。もはや、犬の遠吠えか知れないが、落合発言は、的を得ている。健全なスポーツに少なくとも利権の臭いがプンプンするようなことだけは、やめてほしい。選手たちよ、統一球の使用ボイコットをしよう、とさえ言いたくなってくる。この統一球。昨年オフにコミッショナーが提案したのが出発点だというが、なぜ、どうして、日本メーカー1社のものに決めたのか。疑問に十分、答えた形には、なってない。いわゆる野球界のある権力がそうさせたのか。もしそうだとしたら、許せないことだ。世の中、やはり権力がまかり通っているのか。

 【笛猫茶番日常の劇】つい先ほど、サッカーのワールドカップ南アフリカ大会決勝トーナメントで日本はパラグアイにPK戦の末に負けちゃった。でも、十分に力を出し切り、よくやったと思うよ。試合後に選手一人ひとりから出た涙は、まさにあれこそが本当の涙にちがいないって。そう思いました。岡田ジャパンよくやった! 

 きょう、M(お母さん)は朝早くからオトンに連れられて病院にいきました。手術後の経過を担当の脳外科のお医者さんに診てもらい、薬をもらい、血液検査も一緒にしてもらってきたのです。

 玄関先で両手をそろえ心配顔で待っていたら「ホラ、ホラ。ボスちゃん。帰ったよ」(Mは節目になるとは、アタイのことをボス、ボスと呼ぶ)と言って頭をなでられちゃった。機嫌が好いということは、順調な回復ぶりで心配ない、ということ。アタイ、早速このことをシロにも教えてあげた。シロだって、一日中、心配してくれていたんだから。
 それから、オトンの方は、Mを江南の病院に送る一方で、合間を見て一宮の山下病院に行ってきたみたい。春の胃検診だ、とのことで社のバリウム検診をパスし、胃カメラを飲んできた、そうです。山下病院はオトンが一宮支局長時代からの縁で、毎年行くのが今では慣例になってしまったのだって。

 オトン曰く「山下病院の優れた消化器系医療は有名で信頼できる。あそこで診てもらえば心配ない。きょうは、なんでも世界最小の胃カメラをのまされ、少々緊張したが、ガンとか潰瘍の所見はない、との診断でホッとした。お母さんも順調で、本当にありがたい」
 オトンは、きょうは休みを取り、午前中は医者へ、午後はMをスーパーとかフォークダンスの集まりの場所まで送り迎えしていました。そう、きょうはMのアッシーくんを務めたんですってよ。

☆日本相撲協会は二十八日、賭博問題に関する特別調査委員会が示した勧告を受け入れ、名古屋場所(七月十一日初日)を予定通り、開催することを決めた。

平成二十二年六月二十八日
 月曜日でドラゴンズの試合がないので、どこかしら寂しい。

 プロ野球には、とても詳しいと言えないボクだけに、ここ二、三日の中日スポーツをあらためて広げ、隅から隅まで読んでみる。その隅といえば、二十七日付紙面に◆「スミ1勝利」は8年ぶりーといった奇妙な勝利の名前の記事が掲載されていた。どうやら、得点が初回の1点だけ(スミ1)で勝つことを、こう呼ぶらしい。また、こうした「スミ1勝利」でドラゴンズが勝ったのは、二〇〇二年七月二十四日の広島戦いらい8年ぶりだ、という。少なくともボクは、これまで「スミ1勝利」という言葉を知らなかったー

 落合監督もオレ流語録で記者団の「8年ぶりです」に、「オレ(が就任してから)は初めてか。そういう試合ってことだ。一番わかりやすい試合。初回の1点でそのまま終わるのはそうはない。それだけ珍しいってこと。」と答えている。

 【笛猫茶番日常の劇】きょうはギラギラギンに、陽射しが照りつける日となった。このところの濃尾平野は連日、雨が降ったりやんだりの天気だったので、洗濯物やお布団を干せない日が続いていた。それだけに、きょうのMは朝から二階ベランダに布団などを干すのに大忙しだったよ。いつのまにか、長い筒のような扇風機が浴室一角に置かれ、いよいよ暑い夏がきた、という感じです。アタイもシロも、もちろんMもくたばらないようにしなくっちゃあ。暑い夏を乗り越えることは大変なのだから。

☆大相撲の賭博問題で日本相撲協会は東京・両国国技館で臨時理事会を開き、大関琴光喜と大嶽(元関脇貴闘力)時津風(元幕内時津海)両親方の懲戒処分など特別調査委員会の勧告について、協議。琴光喜には大嶽親方同様、除名または解雇、時津風親方にも降格以上の処分が相当と勧告されることになった。また琴光喜を含めた力士十五人に名古屋場所出場辞退となる謹慎が要求される。武蔵川理事長(元横綱三重の海)ら親方十二人も謹慎とし、今後は理事長代行も置くことに。

平成二十二年六月二十七日
 きょうのドラゴンズ。ナゴヤドームで昨日に続き、デーゲームが行われたが、試合の方は終盤、広島を追い詰めはしたものの、6―4で敗れた。ただ、9回裏の土壇場に、あの堂上兄弟の弟、直倫がベイルからプロ初めての本塁打(3ラン)を放ち、ドームを沸かせた。ここ数日の直倫を見ていると、日に日に力がつき、大きくなっていくようで頼もしい。ドラゴンズは川井が敗戦投手、広島は連敗を5で止めた。

 というわけで、きょうは残念な結果だった。が、別の視点から見れば、堂上兄弟に代表されるように何か、新しい力がどこからか地響きのような猛烈な音をたてて目の前に湧き上がってきている、そんな感じがする。堂上兄弟が命がけで一軍の試合に挑んでいる姿は、手にとるようでもある。チャンスだ。いけ! 兄弟選手。

 それと、きょうは凄くうれしい話がある。
 携帯中スポのドラ☆パを通じて結ばれた富山県の「富(ハートのマーク)竜=とらぶりゅう=」と石川県の「いし(ハートのマーク)どら」の仲間たちが、合流一周年を迎えたばかりか、ドラ☆パを通じての輪が福井、滋賀の両県のドラゴンズファンにまで拡大、総勢八十人による団体観戦が実現したのだ。
 実現に一役買った富山県高岡市に住む会社員田川良史さん(三十七歳)によれば、四月はじめに団体観戦を呼びかけてからというもの、チケットの手配から手渡しまでそれこそ、土、日を返上して走り回って他の仲間たちと準備を整え、この日を迎えたという。

 「私の場合は、高校一年生の時、ドラゴンズが大好きだったおじいちゃんとおばあちゃんに初めてナゴヤ球場にまで連れてきてもらったのがファンになるきっかけでした。二人ともドラの五十三年ぶりの日本一を見ることもなく亡くなり、祖父母の相次ぐ死で気持ちもドラから離れようとした矢先、携帯のSNSを開いてドラ☆パにのめりこみました。今あるのは、ドラ☆パのおかげです。感謝しています」と田川さん。

 さらに田川さんは「ドラ☆パの私のハンドルネーム、“流感竜”は、オレ流の采配に感動したドラキチという意味です」とも。昨年は全国各地の球場を計二十二回、ことしもきょうで観戦は十六回目になります、という田川さんは自分が住む高岡市戸出町に矢地健人投手が通った高岡法科大学があることもあり、二十七日は「YACHI 59」の背番号入りユニホームを着てさっそうとドームに現れた。

 【笛猫茶番日常の劇】きょうは日曜なのにお父さんはドームに出かけてしまい、なんだか、つまらない一日だった。でも、オトンの良いところは家を出る際は、決まって「オイッ、こすも・こことシロ。ちょっと行ってくるからな。Mを頼むぞ。無理をさせないように」と声をかけてくれることです。オトンは帰ったかと思うと、いつものように自室にこもりっきりなので心配になり、アタイが時々、部屋を覗くことにしています。

☆名鉄病院が財政難で、済生会に譲渡されることに。名古屋場所の番付発表が延期となった。

平成二十二年六月二十六日
 土曜日。ナゴヤドームでの広島戦はデーゲーム。ドラゴンズは昨夜に続き、1―0で連勝した。一回の裏、荒木の二塁打を足場に森野の犠飛で1点をあげ、先発中田賢投手が7イニング三分の二を4安打無失点に抑えて2勝目。あとは、浅尾、岩瀬で逃げ切った。雨の中、傘を差してドームを訪れた観客にとって、勝利は何よりの喜び。皆、わいわいガヤガヤとおしゃべりしながら満足そうに家路を急いだ。やはり、勝ちに優るものはない。

 この日は、試合に先だって1、2軍の中日スポーツ月間MVP受賞者(1軍が浅尾投手、2軍が中川選手)に対するプレゼンターによる賞金とトロフィー授与も行われた。プレゼンターの大役は公式ファンクラブ会員であり、かつ中日スポーツ読者の中から選ばれた代表二組の四人が務めた。公式ファンクラブのマスコット「ガブリ」も付き添ってのセレモニーでプレゼンターは、「こんなことはめったにない。いや、一生ないでしょう」と満足そのもの。浅尾、中川両選手からユニホームにサインもしてもらい、うれしそうだった。

 なかでもボクは浅尾投手の入団当初、沖縄キャンプのころから見てきたファンに対する真摯な姿勢、徹底した笑顔とサービス精神、礼儀正しさを見てきただけに「いつもいつも、本当にありがとう」と礼を述べさせていただいた。「ハイ」と答えてくれた彼に、ボクは新聞記者当時からの調子でつい、「ファンサービスの回数が増えるに従い、より大きな選手になってきた」と余分なことまで話してしまい、反省もしている。むろん彼はハイ、ハイッと答えてくれ、昔、支局でボクの荒らっぽい指示に答える第一線の記者のようでも。プレゼンターにとっても、夢のような時間は瞬く間に過ぎ去っていった。

 【笛猫茶番日常の劇】お父さん、このところ睡眠不足も手伝ってか、歯が痛いのだって。でも、へたに「大丈夫」って心配してやると返って気にしてしまうナイーブな人(アタイは正直言ってヤワな男だ、と思います。これはMも同じ見解なのでは)? なので、アタイとシロで目下、いまのところは黙って監視しているところなの。

 ドームから帰ったオトン、今度はこの町の福祉センターに出かけていき、二時間後に満足そうな顔をして帰ってきた。読者の皆さまもご存知の縦書きにこだわった、ウエブ文学同人誌「熱砂」の例会があったためで、中身の充実した文学例会になったみたいです。

 この日は「熱砂」を代表する超イケメンのロックンローラー、光村伸一郎クンも久しぶりに顔を見せ、今後小説執筆はむろん、大正ロマンあふれるロックコンサートを大須界隈で実現させていきたい、と意欲的だったそうです。それどころか、これまでのペンネーム「光村伸一郎」から脱皮して「今夜、この例会の席からペンネームを“香村夢二”に替える、と宣言」し、みんなから拍手でこの先を称えられたみたい。オトンの本音は“香村夢二”には、町田康をはるかに超える、大正ロマン小説と音楽復活の旗手になってほしいのだってサ。

 この夜は、iPad(アイパッド)の出現など電子出版時代への「熱砂」としての取り組みやテーマエッセイの文庫本化などについても熱心に意見交換されたそうです。
 あっ、そうそう。「熱砂」のギターマン(ということはギター弾きの名人)である、渋さで光る片山浩治さんも、こんご小説執筆に限りペンネームを使うことにしたそうよ。ペンネームは、これからつけるのだって。

 また碧木ニイナ編集長によれば、ボクたちのこの「笛猫茶番日常の劇」や同人の作品は、アラスカでも読まれており、少しずつ世界を舞台に勢いがついてきている、とのこと。同人たちはいま、どうしたら世界に躍り出るか、を真剣に考え始めているのです。そのためにもオトンは「個性の発露としての作品を、恥も外聞もかなぐり捨てて、書いて書いて、書きまくることだ。人の作品の批判をする時間があったら、自分の世界を書け!」って、ゲキを飛ばしてきたそうよ。

 先日新聞にも掲載されていたが、谷川俊太郎さんの詩「みんなちがって みんないい」。熱砂同人たちには、この気持ちでいってほしいな。いずれにせよ、オトンは忙しければ忙しいほど、自分自身を磨くことができる、という、そんな信念でいるみたい(第一、忙しいという言葉そのものが、敗北のニュアンスで、大嫌いなのです)。昔の夜、昼、朝のない記者時代に比べたら、それこそ、お茶の子さいさい、なんだって。
 オトン曰く。
 「ありがたいことに毎日、Mのおかげで遊ばさせてもらっているみたいなものさ。でも、その分、お返しをしなければ」

☆中日新聞夕刊によれば、カナダ東部ムスコカで開幕した主要国首脳会議(G8サミット)の昼食会で世界経済の再建問題が話し合われ席上、各首脳とも「ギリシャの財政危機を機に世界経済の大きな懸念材料になっている各国の財政赤字の削減を進めると同時に、経済成長につながる政策を実施して財政再建と景気回復を両立させることが重要だ、との認識で一致。日本からは菅直人首相が出席、短時間ながら、米ロ首脳とも話しを交わし友好ムードを演出した。

平成二十二年六月二十五日
 午後十一時過ぎ。ポロロン、という音がしたかと思うと、ボクの携帯に「お見事! ブランコ&和田がマエケン(広島・前田投手)撃ち! 吉見も圧巻の投球を見せてくれました。」という内容のドラ☆パ・メルマガ6月25日号が飛んできました。そうです。ドラゴンズが勝ちました、とのご丁寧な連絡なのだ。

 きのうの横浜との敗戦に、わが胸のランプがまたしても消え入りそうになっていただけに、ボクの胸という室内に再びランプの明かりがついた、そんな感じです。ありがとう、ドラゴンズ。今夜の試合内容は、ドラ☆パ・メルマガの通りでした。

 でも、ここでたった一つ面白い符号の一致がありました。それは、今夜のナゴヤドーム、ドラゴンズが広島に3―1で勝った、ということです。不思議にも同じきょう、東京ドームでは巨人も横浜に、3―1で勝ったのです。
 キーワードは「3―1」。
 そうです。サッカーワールドカップ南アフリカ大会で、けさ早朝、ロイヤルバフォケング競技場で本田圭佑(CSKAモスクワ)、遠藤保仁(ガンバ大阪)のFKゴールと、岡崎慎司(清水エスパルス)の本田からのパスの押し込み(シュート)でデンマークを撃破、日本が決勝トーナメント出場を決めた日本対デンマークの3―1と同じだった、ということです。それがどうしたのだ、という人がいるかも知れません。でも、これはこれで不思議な結果でボクは面白いと思うのです。

 つい先ほど「昨夜は、胸のランプが消え入りそうになった」と書きましたが、けさの中日スポーツ1面記事「堂上初 兄弟安打&打点」「5回 弟・直倫、ナゴヤD初安打初打点」「7回 兄・剛裕、代打で結果出した」には救われました。先日の木俣さんの苦言が利いたような気がします。早くヒーローインタビューの、あの晴れの場で語ってほしい。

 【笛猫日常茶番の劇】きょうはニッポン中が、ワールドカップ・岡田ジャパンの快挙に沸く、そんな一日でした。お父さんは何やら書きながら、オカンのMも枕元にラジオを置いて戦況に一喜一憂、途中、お兄ちゃん、Kの部屋から突然、ウオーッという大きな声がしたので「一体何事か」とアタイが足を忍ばせ室内に近づくと、どうやら本田がFKゴールを決めた瞬間だったみたいです。オトンもMも、Kも結局はサッカーに始まり、明けた一日だったのです。

 それでもオトンは早朝の電車で名古屋に出かけ、市立大学で自分の受け持つ問題認識特別講座で一時間半の過酷な授業をこなし、その足で社に戻り日常業務をして夜の八時半ごろ、帰宅しました。
 「オトン、お疲れさま。大変でしたね。寝てないでしょう」とアタイが玄関まで駆け寄ると、オトンったら、アタイとシロちゃんに向かってこう言いました。
 「いやいや、オレだけじゃない。社に来たみんなだって、寝とれへんよ。学生だって。町に住むおばチャンたちだってだ。日本の浮沈がかかっている世紀のワールドカップを見逃したら、イガミ家にとって、末代の恥にもなるんだ」。
 そして、こうも続けました。

 「大学ではさすがに、居眠りしている学生もいた。でもな、あとの感想文で“けさはテレビでサッカーを見ていたので途中、うつらうつらと居眠りをしてしまいました。でも、先生の話も夢心地のなか、聞くことが出来、面白かったです”と書いてくる学生までいた。授業のあとは、昼食を兼ねて大学近くの喫茶店に寄ったが、そこでも七十歳前後の女性たちが『ほんだのシュート、見とって気持ちよかった』『遠藤も岡崎も、よお~、やってくれたよ』『わたし、全然寝とれへんがや』との調子でわいわいがやがや、職場に戻れば戻ったで、みんな『よかった』『よかったね』の繰り返しで、本当によかった。こんな時に寝とる方がおかしいぞ」と。
―そういえば、アタイもシロもけさはMと一緒で、ほとんど寝とらへんだった。

 そして文学者のオトンはサッカーのことを、こう言った。
 「オイッ、こすも・こことシロ! オトンはなっ、すごいことに気がついた。サッカーというものは、実は夢を蹴るボールなんだよな」と。
 そこでアタイは思った。サッカーは、夢をけっているのだ。本田が、遠藤が、岡崎らが蹴るボール。その行く手には人それぞれの夢の道があるのだ。選手が、ひと足蹴るごとに、人はそれぞれの夢に向かって近づいてゆくのだーと。オトンはアタイたちにこうも、教えてくれた。

 「サッカーはな、人それぞれの夢をめがけて蹴る“夢(ゆめ)ボール”なんだよ。いま、夢ボールのこと考えているから。(作品ができたら)誰よりも先に、おまえたちに報告したい」
 なんだか、サッカーにかぶれてしまったみたいよ。オトンったら。本当に、すぐかぶれてしまうのだから。あ~あ。

☆サッカーワールドカップで日本はデンマークを3―1で破り、決勝トーナメントへの進出を決めた。(私は)早朝、名鉄金山駅で大学に向かう途中、中日新聞の号外を手にした。歴史的な一日。読売など他紙も号外を発行した。鳩山首相の辞任で出なかった号外(張り出し号外のみ、ただし中日新聞の場合)が、サッカーでは出された。

平成二十二年六月二十四日
 帰宅すると、M曰く「きょうは負けだね」と。
 ナゴヤドームのドラゴンズ対横浜戦の途中経過をテレビかラジオで聞いたようで、「負けだね」の言葉の裏側には「それでも勝ってほしい」とのけなげな願望が込められている。
 でも、ボクたちの願いはかなわなかった。今夜は5ー2の完敗である。ちとオーバーか知れないが、また、気を取り直して進むほかあるまい。あしたはあしたの“かぜ”が吹こう、というものだ。
 とはいえ、チェンがスレッジにあれだけ打たれ、あげくに味方打線の援護もない、となれば負けても仕方なかろう。

 中日の清水将海捕手とソフトバンクの三瀬幸司投手の交換トレードが成立し、両球団から発表された。

【笛猫茶番日常の記】このところのお父さんって。この野球日記を書くのに大体、午前2時か3時に起きて書いている。大変だな~、と思いつつ、執筆の間はオトンの部屋にいるよう、アタイ、心がけてるんだ。ただ、オトンがそのさなかに冷房をつけたりすると、アタイは出てゆく。
 ほらほら、たったいま室内に冷房がつけられたので、ちょっとばかり外へ。そういえば、まもなくサッカーのデンマーク戦が始まるんだ。原稿を書き上げたら、再び2階に行き、寝てしまうのかしら。あすの朝、いや、きょうは朝一番の大学の授業も控えているだけに、やっぱりサッカーのテレビ観戦はやめて、少しだけでも寝るのかしら。なんだか、気になるよ。

 いま、午前三時を過ぎました。オトンはパソコンに向かって黙々とこの原稿を書いていますが、家のなかは二階のお兄(ニイ)、Kの部屋で物音がし、なんだか慌しくなってきました。もうまもなくすれば、日本対デンマーク戦が始まるのです。

 日本中が、そのときを待って沈黙している。そんな感じが伝わってきます。アッ、そうそう。昨日、川崎に住む一番上のお兄、MAから特選和菓子が送られてきました。オトンが父の日のプレゼントなど、あらたまることが嫌いなので、わざと日にちをずらして送ってきたみたい。オトンは、大喜びだったよ。MAには、アタイたちからも「ありがとう」とお礼を言っておきます。

☆民主党の菅政権の信を問う第二十二回参院選がきょう、告示され、四百三十八人の候補者が届け出た。滋賀県知事選も告示され、現職の嘉田由紀子さんら三氏が届け出た。警視庁は、大相撲の大関琴光喜(佐渡ケ嶽部屋)が野球賭博の口止め料として三百五十万円を脅し取られた事件で、恐喝容疑で逮捕状が出ている元力士(三十八歳)を逮捕した。

平成二十二年六月二十三日
 今夜もドラゴンズは山井、浅尾、岩瀬の投手リレーに森野、和田の2試合連続本塁打まで飛び出し、横浜に4―2で勝ち嬉しく思う。それと言うのも、今夜は豊橋市民球場での戦いで昨日の浜松球場に続く勝利だったからである。中日新聞は地方で持つとよく言われ、地方の人たちにとっては年に一度だけ、楽しみにしているドラゴンズの公式戦だけに、この二連勝はよかった。よくやった。

 きょう、昼間、時間があったので喫茶店に入り、A新聞スポーツ面をチェックすると、「ラミ10年連続20号」「竜20年ぶり兄弟1軍」「三浦『完全な失投』といった見出しが目に飛び込んだ。巨人のラミレスが10年連続20本塁打を放ち、ドラゴンズの堂上剛裕・直倫選手が1軍の試合に中日では仁村兄弟いらい20年ぶりに同時出場、横浜のエース・三浦投手が中日打線に打ち込まれたーといった内容で、まさに悲喜こもごもだ。

 このうち堂上兄弟については、「兄(剛裕)が『悔しい、力が入りすぎた』といえば、弟(直倫)も『兄弟で出るだけじゃだめ』と、ともに表情堅く球場を後にした」といった内容。三浦のことは「5月21日三勝目を挙げたのを最後に4試合連続で勝ち星無し。エースが苦しんでいる」と述べている。ボクは、三浦をなんとなく、その風貌に引かれ以前から好きだけに、早くペースを取り戻して欲しい。ファンとは、不思議なもので敵対するチームであっても、好きな選手は好きなのである。

 堂上兄弟で思い出したが、きょうの中日スポーツ2面で、あの木俣達彦さんが「死に物狂いで好機をつかめ」と苦言を呈していた。「目の前にチャンスが転がっている。それを本気でつかみ取ろう、という気があるのか」と厳しい指摘だけに、愛のムチといってよく同感だ。ちなみに、今夜の堂上兄弟、7回2死で弟直倫の代打で登場した兄、剛裕が今季初安打を放った。まだまだ1軍残留から定着への道は残されている。

 【笛猫日常茶番の記】お父さん曰く。「きょう一番のニュースは、沖縄戦終結から六十五年の慰霊の日を迎えた、こと」だって。なかでも県立普天間高校三年の名嘉司央里さん(一七歳)が沖縄全戦没者追悼式で自作の平和の詩「変えてゆく」を朗読したこと、これに尽きるのだってサ。
 この詩の心は、日本人みんなでこれから永遠に持ち続けていかなければ、とオトンったら。神妙な顔でいたよ。

☆沖縄はこの日、軍民合わせ二十万人以上が犠牲になった沖縄戦終結から六十五年の「慰霊の日」を迎え、最後の激戦地となった糸満市摩文仁の平和祈念公園で沖縄全戦没者追悼式が営まれ、菅直人首相や横路孝弘、江田五月衆参両院議長らが出席。参列者約五千五百人が追悼と平和への誓いを新たにした。

平成二十二年六月二十二日
 浜松球場での横浜戦は、地方球場に強い朝倉投手を擁したドラゴンズが当初、1―0でリードされていたが5―2で逆転勝ちした。
 打ってはブランコ、森野、和田のBMW砲がそれぞれ本塁打を放ち、なかでもベンちゃん(和田)は久しぶりである。「和田が打てば勝つ」とは、落合監督の弁である。朝倉も7イニングを1失点で5月3日いらいの勝利投手で3勝目。岩瀬も史上二位タイの通算252セーブをマークし、あの大魔神・佐々木と並んだ。勝てばいい結果ばかりがついてまわる。苦あれば楽ありで、世の中こんなものか。
 これで勝率は再び五割に。いつも同じことの繰り返しを言うが、今度こそ再スタートしてほしい。人生だって同じ。繰り返しの日々を我慢するほかに、あるまい。

 昔、こんな唄があった。
♪悲しいことがあるように 楽しいこともあるんだよ 涙の隣りを見つめてごらん~  

 けさの中日新聞本紙の落合監督の読む野球は、「大量リードでも、勝ちにこだわって全力」を注ぐ、に当然のことながら納得。中日スポーツでは3面の「堂上兄(1軍に)昇格へ ついに実現! 兄弟1軍」の記事が、なんだかホットでいい。オールスターの最終中間発表によれば、日本ハムの稲葉が23万6291票で最多得票、ドラゴンズでは中継ぎ投手部門で浅尾が12万8530票で巨人・越智に続いて二位だった。

 【笛猫日常茶番の記】いよいよ夏なのか。わが家では、冷房嫌いのはずのお母さんのMまでがサンルームの冷房をつけ始めた。で、お父さんも自室と寝室の冷房をつけたり切ったりしている。
 つけたり切ったりのわけは、アタイがMと一緒で冷房を嫌うからなの。事実、それまでオトンの部屋で寝そべっていても冷房がつくと、アタイは決まって部屋から逃げ出す。十五歳という高齢の身には、やはり冷房が身にこたえるからです。いつもMと同じのシロがオトンの部屋に来ることは、皆無に等しいが、シロだって同じだよ。
 アタイたち、冷房は好きじゃありません。いまは未明の二十三日午前四時過ぎ。アタイはオトンの部屋に座って、この日記(二十二日分)の執筆に黙々と励むオトンを見守っています。冷房? いまは切られてるから大丈夫。これでもアタイは、いつもオトンのこと、心配してるのだから。

☆広島市のマツダ工場敷地内で「解雇」を恨んだ元期間社員が乗用車を暴走させ、十一人をはね、一人が死亡、二人が重軽傷。包丁も所持しており、まもなく広島県警に殺人未遂容疑で逮捕された。

平成二十二年六月二十一日
 試合がない日は、その分だけ「何か」を追い求めるように新聞に目がゆく。いまのドラゴンズとジャイアンツの差。それを、端的に表す現況を、きょうの中日新聞運動面に見た気がする。それは「和田3連戦無安打」のベタ記事と「阿部3連戦で4発」の二段見出しの記事である。
 「4番の和田は4打席とも凡退し、この巨人3連戦は無安打に終わった」。「リーグ戦再開後の最初の3連戦で、連発の計4本塁打。この日も逆転の21号2ランで勝利を引き寄せた巨人の阿部は『(状態は)今、人生で一番いいと思っている。今を大事にしたい』と沸き上がる充実感をヒーローインタビューに乗せた」。
 この2本の原稿にすべてを見る思いさえする。

 それと、各紙とも扱っているが、中日スポーツのオレ流語録にある「▼波に乗れない」表現。「波」ってあるの? 「波」は海と川と湖にしかないんじゃないの? 球団にあるのか? とあるが、ボクだったら、こう答えただろう。
 「(記者たちに向かって)そりゃあ、あるよ。記者諸君の心にだって。オレの心にだって。ただ“心の波”のせいにもして欲しくはない、よね」

 海の向こうの大リーグは各地で交流戦などを行っているが、マリナーズのイチローはシアトルでのレッズ戦に「1番右翼」で出場し、三回の第2打席で右越えに先制の3号ソロ本塁打を放つなど4打数2安打。チームは5―1で勝ち、3連勝。

 【笛猫日常茶番の記】退院してまだ間もないお母さん。
 そのわが家にとって大切なMが、このところは自らボランティアで営むリサイクルショップの仕事をはじめ、家事、洗濯、買い物、料理、さらには市役所に…と、このところフル回転なので少し心配だ。
 心配ではあるが、Mは彼女なりに自分のペースでやっているのだから。アタイもシロも、そう、自らに言い聞かせている。でも、きょうもオトンが家に帰ってから「あんまり無理するなよ」と話しているのを聞くと、やはり少し無理しているのでは、と気になってくる。
 あんまり無理しないでよ。お母さん! ケ・セラ・セラでいこうよ。ね。

☆米女子ゴルフツアーで宮里藍(二十五歳)が今季米4勝目。世界ランク一位に躍り出た。日本選手の米女子ツアーでの年間4勝は1987年の岡本綾子に並ぶ最多勝記録。

平成二十二年六月二十日
 東京ドームでの巨人三連戦、きょうは5―2で負け1勝2敗に終わった。ドラゴンズは川井、平井の順で投げたが、阿部、小笠原に本塁打を打たれるなど残念な結果だった。きのうのように良い日があれば、きょうみたいな日もある…。きょうのことなど、もう忘れてしまおう。ドラゴンズの選手はみな、勝とうとしてやっているのだから、きょうの雨みたいにからだの中の悔しさを早く流し去ってしまおうよ、とボクの中のもう一人が慰めてくれる。

 それよりも、良いことを見つけよう。そう気を取り直して本日付中日スポーツ2面を開いてみるとー。あった。堂上弟初タイムリー、の五段見出しが誠に新鮮に感じられる。記事には「前夜はプロ初安打。そしてこの日はプロ初タイムリー。堂上直が連日の活躍でチームの連敗阻止に大きく貢献した」とあり、嬉しくなってきた。

 【笛猫日常茶番の劇】お父さん、本当言うと床屋さんへ行くのは昔から大嫌い、なんだけれど。いつまでも行かないでいると、九十歳の和田のお母さん・Yが顔をしかめて「タカちゃん(オトンは、Yからいつもこう呼ばれる)なに、その頭。床屋に行ってきなさい」と叱られるため、きょうはしぶしぶ名古屋のメナード美容院まで行ってきたみたい。

 なぜ、メナード美容院なの? だって。と言うのはネ、そこで小牧市篠岡生まれのイケメン美容師・キノシタさんが働いているからなの。オトンは昔、小牧市東部丘陵地帯に、桃花台ニュータウンが出来るころ、新聞記者として空港のある街・小牧を飛び廻っていたのだけれど、東部丘陵と言えば、よく篠岡にも取材に訪れていたそうだよ。
 篠岡の子どもたちは“しのっ子”“しのっ子”と呼ばれており、よく記事で“しのっ子”のことを紹介していたみたい。だから、特別の思い入れがあり、その後編集局のデスク長時代に、たまたま名古屋市内で入ったメナード美容院でキノシタさんが小牧市生まれの“しのっ子”と聞くや、勝手に「これからはボクのお抱え美容師だ」と決めつけ、頭髪が伸びるとは、いつも彼を訪ねるようになった、というわけなの。

 それとメナードと言えば、メナード生みの親の野々川さんが小牧出身であるばかりか、現在小牧にあるメナード美術館開館に当たっても、もう随分前、三十年ほども昔になるそうですが、構想の段階から「小牧に美術館構想、浮上」といった記事をオトン自らが書いた、そのいきさつというか、絆を大切にしたいから、なんだってサ。

 というわけで、オトンは、きょう、日曜日なのに、わざわざ名古屋まで行ってきたのです。オトンが帰宅しアタイとシロにだけ教えてくれた話を教えましょうか。
 「メナード美容院で働くスタッフは、熱烈ドラゴンズファンのキノシタさんはじめ、誰もがステキな人たちばかりだ。なかでもローソクで知られる三重県亀山市から通っているフクダサナエさん、確か、福・田・早・苗と書くのだが。福田さんは、すごい努力家で頭が下がってしまう。キノシタさんも、まだ若いのにあの子は何事にも一生懸命で、そのひたむきさがいい、とほめていた」

 オトンの話を聞いていると、人間たちはみな、一生懸命に生きている、そんなことを実感しちゃう。だからアタイはシロにこれからもアタイたちのお母さん・Mを守りながらひたむきに生きていこうよ、と誓い合ったのです。

 ところで、きょうは、梅雨のさなかで突然天が割れたかのように雷まじりの豪雨が降り続いたかと思うと、嘘のように降りやんで静寂を取り戻すーの繰り返しでした。
 M曰く「シロちゃんったら。雷が鳴り始めると、どこかへ雲隠れしちゃう。まだ野性みが残っている証拠なのね。それに比べ、こすも・ここちゃんときたら、グーグースウースウー、とわれ関せず、の体で寝てしまっており、あれじゃあ野良猫生活は出来ない」だってサ。

 夕方、オトンのお母さん・Yから電話が入り「お花が届いたのだけれど」だって。心当たりがないのでオトンがMに聞くと「お父さん(故人)は、もうこの世に居ない。でも、お父さんは、いつまでもお父さんなの。いつまでも私たちの中で生きておいでなのだから」だってサ。
 これにはYも「ありがとう、(Mに)お礼を言っておいてね」のひと言。「大体“父の日”だなんて、オレはそういう偽善めいたヤツは大嫌いだ」が持論のオトンも、「そういうことなら許せる。アッパレだ」と、Mには完全に一本取られちゃったみたい。なんだか、忘れられない一日でした。

☆米国のアフガニスタン・パキスタン担当によると、国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン容疑者が「(パキスタンとアフガニスタンの)国境周辺に隠れている」と明言した。

平成二十二年六月十九日
 午後四時三十五分。ケータイのドラゴンズ情報を開く。画面を前に思わず「いい試合やってる、これなら許せる」とボク(巨人3―3中日で、7回裏、巨人が攻撃中、投手は吉見に代わった浅尾だった。浅尾が出てくると、なんとなく安心できるから不思議だ)。二分後、これ以上見ていると、怖くなるので電源を切る。

 一時間後。再びケータイを開く。試合終了でドラゴンズが7―4で勝っていた。ブランコは、二打席連続本塁打だ。それまで降ったり止んだりしていた雨音が急に大きくなり、雨の大軍が軒先を一斉にたたき始め、ある種、勝利のハーモニーのようなものを奏で始めた。まるで女性コーラスのように、である。
 「勝ってよかった。きょうはそれだけで十分だ。何もいらない」

 きょうは洗濯物を出したり入れたり、雨のなか、おまえをお店(リサイクルショップ)まで迎えに行ったり、また取って返すーなど降ったり晴れたり、の空に一日、振り回された。でも、ドラゴンズが勝ったのですべて放免である。

 【笛猫茶番日常の劇】土曜日。きょうのお父さんは、朝から車で市内の病院に行ったり、先に利用の仮申し込みをしておいた近くの市福祉センター(中央コミュニティ・センター)に出かけるなど、何度も家を出入りしていた。
 病院の方は、Mの手術と入退院治療に伴う共済金や保険金の請求をするために必要な担当医師の診断書兼入院証明書をもらうためです。そして、福祉センターの方は今月二十六日に迫ったウエブ文学同人誌「熱砂」例会の利用申し込みを正式にするためで手続きを終えたお父さんったら、なんだか、ホッとしたみたいだよ。

 Mは雨の中、オトンの出迎えに笑顔でこたえ「私、いつも晴れ女のはずなのに」の弁。雨にキラリと光ったその涙を知るのは、誰よりも敏感でオカンのことを思うアタイとシロちゃんだけ、かもね。内緒の話なのだから。もしも雨に心というものがあるならば、おそらくきょうのMの涙を知っているのはアタイたちのほかには「雨だけ」かも知れない。いや、そうじゃないだって。誰ですか? あなたは。

 雨は泣いたり、笑ったり、怒ったり、冗談まで言う。雨にだって意識はある。アタイもシロちゃんも、それが分かる生きものなのです。

☆大相撲の賭博問題で今度は日本相撲協会の武蔵川理事長(元横綱三重ノ海)が師匠を務める武蔵川部屋の元大関で幕内の雅山が、賭け事をした、と認める上申書を協会に出していることが分かった。愛知県豊橋市の市立章南中学校の一年生十八人と教員二人が乗った手漕ぎのカッターボート(全長約七メートル、定員二十人)が浜名湖で転覆、全員が投げ出され、うち一年生の西野花菜さんが搬送先の病院で亡くなった。

 サッカーのワールドカップ南アフリカ大会一次リーグE組の日本代表は今夜、ダーバンの競技場で第二戦のオランダとの戦いに挑んだが、善戦むなしく1―0で負けた。

平成二十二年六月十八日
 ……
 言葉もない。
 雨の音。
 (ドラゴンズは今夜、東京ドームで巨人と対戦し、先発チェンが小笠原と阿部に、清水昭も小笠原に打たれ、内海には2安打、無得点に抑えられ、5―0で負ける)
 巨人は連敗を3で止めた。巨人だけには勝ってほしかったのに。完敗だ。

 きょうは、両極端の一日。
 名古屋市立大学で朝一番の講義を終え、講師控え室に戻ると、最近東京から三重県に移り住んだばかり、というその准教授がボクに向かって、こう言ったのである。
 「ドラゴンズファンって、凄い。とても東京では考えられません。どこに行っても応援しているのですね。どこもかしこもドラゴンズ、ドラゴンズ…で。こうやって、ドラゴンズをバネに町じゅうが活気づいているのですね。東京でジャイアンツファンが多い、とよく言われますけれど。とても、こちらの比なんかじゃ、ありません。これでは選手もやらざるを得ないでしょう。東京の巨人ファンよりも、こちらのドラゴンズファンの方がはるかに団結力も強く、一枚も二枚も上だと、痛切に感じます」と。
 地元の人間としては信じられないけれど、実際にそのようだ。ボクはその言葉を聞きながら「当たり前だよ」と言いつつも内心、満足感のようなものをかんじた。

 ところが、だ。
 大学から職場に戻るや、ファンサービスにことのほか熱心なあるスタッフから「ハイ、これ」と一枚の新聞の切り抜き記事を渡された。「アッ、なんだ! こりゃ」(最近、職場にこのフレーズを連発する男が現れ、ついその癖が、移ってしまった)とばかり、目を注ぐとA紙の切り抜きだった。
 そこには「パ 強いぞ楽しいぞ」「ファンービス工夫こらす『充実』上位に全球団」「観客動員数も上り調子 『セを逆転』に現実味」の見出しが躍っており、一番頭にきたのは「竜、ファンとの距離遠く」の記事である。
 それによると、「中日はファンサービス充実度で10位と、厳しい評価を受けた。実際の動員でも苦戦が続く。球団の事業報告書によれば、昨年の主催試合の観客数は前年比5・3パーセント減の229万8405人。セ・リーグで唯一減少し、入場券の総売上高は約8億円減の76億1702万円となった。1997年のナゴヤドーム開設時には2万席以上売れたシーズン席は昨年だけで約1800席減り、1万1905席に落ち込んだ」とあった。

 また、気になったのが、「そのチームのファンサービスは充実している」の質問に対する評価で、ドラゴンズは10段階評価では「5・81」で十二球団中、十位(ちなみに1位が日本ハムで7・92、2位が「新球場効果」の広島で6・67、3位ロッテ6・66、4位楽天6・55…)だった。
 では、何を根拠にこの評価になったのか。記事では慶応大学理工学部の鈴木秀男准教授が1月にファンを対象にインターネット調査を行ったところ、「チームのファンサービスは充実している」の項目で6位タイまでにパ6球団がすべて入る結果となったーとしている。
 とはいえ、この評価がそのまま正しいかどうかとなると、いま一つ掘り下げが足りないのも確かだ。ただ言えることは、この調査はあくまで「チームのファンサービス」の現実に対して、であって鈴木教授は「試合に影響を与えない範囲内で選手とファンの交流を増やすなどイメージを変えていくべきだ」とも提言。ファンの満足度が高ければ観客動員も伸びる、としている。ということは、現在のドラゴンズファンのチームに対する満足度は低い、ということにも通じる。

 いずれにせよ、ドラゴンズファンそのものの熱さとチームのイメージ、との落差は一体、何なのか。そろそろ真剣に考える時期にきているのかも知れない。

 【笛猫日常茶番の記】お父さんが、けさこんな詩をつくった。

 「ポキリの詩」

  こんなに朝早くから
 みんな歩いている 歩いている
 人はみながみな
 なんで、そろいもそろって
 これほどまでに勤勉なんだろう

  でも、こうして目の前を歩いている
 人たちもそのうちに
  ポキリポキリと折れてゆく
  ポキリポキリと

  生だの死だのと 
 自分とは関係ないという
 顔をして歩いているのに
 すべてが、だ

  ニンゲンという生きものは
 なに故、これほどまでに働くのか
 ほかにすることがないのか
 それに引き換え、ボクときたら
  朝は遅いし、夜もおそい
 一体、何をしているのか

  多くの人々が朝の歩道を
 それが当然でもあるかの如く
 あるいてゆく
  宇宙という生命体
  人々という川の流れ
 これだって
 この世の定めなのか

  ポキリポキリと

――朝早く、バスに乗り、電車に乗って、名古屋駅に着くと、そこには大勢の人たちがただ黙々と歩いて職場に向かっていた。そうした何げなき人間世界を活写したかったみたいで、ただそれだけのことなの。誰にも聞いてもらえないので「オイッ、こんな詩はどうだ」とそれも深夜の、ま夜中にアタイだけに聞かされた自由詩なのです。

 それから、きょうオトンに、ある妙齢の貴婦人から電話が入り「Mさん(お母さんのこと)、先日名古屋でお会いしましたが、とってもお若くってステキな方ですね。権太さんには、もったいないほどかわいくって」なんだって。だから、分かっていてもお世辞はいいものだ、ってサ。で、Mに「おまえは、品があって、とても年には見えない、かれんなのだってよ、とあるコワーイ女性が言ってた」と早速報告してたみたい。よほど嬉しかったんだ。M曰く「オトンは、単純過ぎるのだから。バカよね。おバカさん」だってよ。

☆菅直人首相(民主党代表)が記者会見し、参院選のマニフェストを発表。この中で同首相は消費税引き上げについて「自民党が提案している10パーセントという数字を一つの参考にしたい」と話す。大相撲の野球賭博事件が泥沼化の様相。大嶽親方(元関脇・貴闘力)に続いて時津風親方(元幕内時津海)も野球賭博への関与を認める。名古屋場所が心配になってきた。

平成二十二年六月十七日
 きょうも試合はない。ボクは、ただ黙って新聞のスポーツ面の活字に目を落とす。
 記事は案の定、岩瀬投手の250Sに触れ、「冷静 スライダー勝負」や「打たれても点やらない」の見出しがうなり、ワードクリックは「記録より、投げることに 必死だった 岩瀬」とあった。

 このほか、「竜逆転勝ち 勝率5割」の見出しには、なんだか5割に戻れて、ボクたちファンまでが救われたような気持ちになるから不思議だ。コメントでは谷繁元信捕手の「普段とても優しい」がボクの目にとまった。谷繁捕手はそのなかで「横浜でバッテリーを組んだ佐々木主浩さんに続き、250セーブを達成した投手の球を受けられたのはありがたいこと。2人とも普段はとても優しいところが共通している」と語っている。当然ながら、そう言う、谷繁捕手だって、とても優しい。

 また菅首相の言う最小不幸の社会ではないが、「主催ゲームで最少」の見出しが気になり読み進めると「○…この日(六月十六日)のナゴヤドームは観客数が6947人にとどまり、1997年の開業以来、中日主催ゲームでは過去最少となった。この試合は5月26日に富山で雨天中止となったものの振り替え。1万席を超える年間シートの保有者は入場できず、日程が確定したのは今月8日。発売期間が限られ、告知不足も影響した」とあるが、なんだか釈然としない。もっと観客を入れる努力をすればいいのに。その気になれば、もっと多く入ったのではないか。素人ながら勘ぐりたくなってしまう。

 不景気な話はここらでやめ、きのうのゲームで嬉しかったのは、四年目の堂上直倫がとうとう「7番2塁」でプロ初の先発出場をしたことだ(あいにく3打数無安打に終わったが)。本日の中日新聞夕刊によれば、米大リーグのパイレーツが、打撃不振でレギュラー落ちしていた岩村明憲内野手に戦力外通告を行い、メジャー出場の前提となる40人の登録選手枠からはずされたという。みんな苦しんでいる。

 【笛猫日常茶番の劇】きょうのお父さん、オトンったら、お風呂から上がってテレビの歌番組(番組名は「美空ひばり没後二十一年幻の歌声を今夜初公開」)を見ているさなかに「あっ、そう言えば、こすも・ここ、おまえって顔つきが美空ひばりに似ているな。そっくりだ。おまえの前世はきっと、美空ひばりで今オレの目の前で狸寝入りをしているオマエも、実は美空ひばりの生き返り、化身なのだ」と急に真剣な表情で、おかしなことを言い始めるのでアタイ、正直言って困ってしまった。

 第一、その美空ひばりさんの遺族に対しても大変、失礼なのでは。オトンは、時折、こうした思ってもいないことを言い出すので、やっかいなのです。
 オトンは、どうやら生前の美空ひばりが大好きだったみたいだ。だから「おまえは彼女の生き返りだ、生き返りに違いない」と話しかけてきた、のだと分かった。最後に小倉佳さんが作詞作曲した『愛燦燦』が流れ始めると、いつのまにかMまでが横に現れ「この歌は、へんな裏声を使ってないから私も好きなのだから」だってサ。

 オトンがあれほどまでに“美空ひばりさん”の心酔者だったとは。長いこと一緒に生きてきて、アタイもシロちゃんも、きょう初めて知りました。ましてや、アタイが、そのひばりさんの生き返り、化身だなんて。正直言って、その気になってしまいそうです。ウレシイ~い。心して生きていかなくっちゃあ、ネ。

平成二十二年六月十六日
 今夜のナゴヤドームの試合が気にならない、と言えば嘘になる。
 岩瀬投手が8回裏、ブランコの逆転3ランにも恵まれ、9回表を抑えてとうとう日本ハムを相手に名球会入りの条件でもある通算250セーブを達成した(中日は5ー3で勝った)。通算250達成はプロ野球史上三人目。中日一筋で名球会入りを決めたのは高木守道、谷沢健一、立浪和義、山本昌広に次いで五人目だ。
 ところで最近では、岩瀬と言えば、反射的に浮かぶ投手が浅尾で、彼も5勝目をあげた(今季は、きょう現在で5勝2敗1セーブ)。先発は山井だったが、岩瀬の快挙は誠にめでたし、めでたしである。♪エオエ~、エオエ~と、背を伸ばして正座し両手を、こ擦り合わせながら、わずか四行からなる能登のめでた節・七尾まだらが自ずと口をついて出る。
 ♪めでた、めでたぁ~の 若松さまは枝も繁れば…、と七尾まだらは今宵、ボクのなかで延々と続くのである。

 いやあー、ファンにとっても、とにかくめでたい。嬉しい。めでたいのである。岩瀬自身もヒーローインタビューでこう、言っていた。「一つひとつの積み重ねが、ここまできました。ウレシイです」と。
 おめでとう、岩瀬投手。

 なんでも今夜のスポーツニュースによれば、落合監督は「まだまだ岩瀬にとっては、通過点なので驚かない。300セーブをしたら、お祝いする」とかなんとか、温かい言葉を贈ったようだが、これは監督ならでは、の言い回しだ。すなわち、言葉を求められ、照れ隠しのようなものがない交ぜになってしまったのでは? と思われるが、どうだろう。この見解は(監督の方が喜んでいる、ヒートアップしている?)。それと、これとは別次元の話なのだから、ここはみんなで素直に「おめでとう」と喜び合おう。

 話は変わるが、個人的には、せっかくチャンスを与えられスタメン出場した堂上直選手に本塁打を打ってほしかった。決して、ないものねだりではないからだ。次に期待したい。ボクにはきょうの1勝が、弾みとなり今後のドラゴンズ、落合采配の快進撃のきっかけになる。そんな気がしてならない。

 このところは北海道、東京…と、熱烈ファンから「打線はケッペル投手の前に19もの内野ゴロの山。二試合連続のゼロ封に何も出来なかった」「試合に負けてがっかりしましたが、ファンクラブのグッズを身につけているファンも多く、心強く感じました」など、厳しくも温かい便りやメールをあちこちからもらった。そして、これらの文面を読み、ファン一人ひとりの熱き心にも接してきただけに、あすからはそれこそ勝ち続けてほしい。

 そういえば、きのうは重要なことを、この野球日記に記すことを忘れていた。阪神の金本知憲外野手が打ち立てた1492試合連続フルイニング出場がギネス・ワールド・レコーズ社からギネス世界記録と認定された、というのだ。こちらも、すごい! 

 【笛猫日常茶番の劇】きょうは、中日新聞の文化欄「中部の文芸」(小説・評論 清水信)にオトンたちのウエブ文学同人誌「熱砂」のことが紹介され、ちょっと驚いた。というよりも、アタイもシロも純粋に嬉しかった。文芸評論家の清水信さんといえば、オトンが常日頃から尊敬してやまないお方で中日文化賞の受賞で知られるばかりか、この地方どころか、日本中の同人誌をグイグイと引っ張ってきた先駆者的存在でもある。オトンは、さっそく三重県鈴鹿市の清水さんあてに礼状を書いてポストに投函したそうです。

 手前みそになっちゃうが、そのごく一部分を紹介させていただくと、次の通りです。
―中部地方唯一のウエブ文学同人誌「熱砂」は、創刊三年目を迎えているが、そこに連載されている伊神権太の「野球日記」や「笛猫日常茶番の記」が滅法面白い。…(中略)プライベートな日記を超えた作品には他に、ボランティアとしてピースボートに乗った娘の体験記を写真と文で表現した碧木ニイナの「はるかな海より」が明るく、黒宮涼の小説「あたたかに、手のひら」も向日性が強い。同人八人でインターネット文学に取り組む姿勢は、デジタル文学時代の先鞭をつけるものと思われる。

 ということは、アタイもシロもオトンたちの同人誌文学に貢献してる、ってことかな。あすからも協力するからね。Mのことも手伝うから、ひがまないでよね。きょうはチト、硬すぎたかな。

☆日本相撲協会が全協会員を対象に行った賭博行為の実態調査で力士以外にも親方数人や床山らからも野球賭博を行ったとの申し出があり、衝撃が広がっている。未曾有の口蹄疫禍に揺れる宮崎県だが、新聞の中にはとうとう見出しで「戦争のようだ」(M紙1面)と表現する社まで表れた。

平成二十二年六月十五日
 きょうも、ドラゴンズ一軍の試合はなかった。
 それでも中日新聞のスポーツ面に目を通すと、野球の米独立リーグで男子選手とプレーするナックル姫、吉田えり投手(十八歳)を応援する元黒人リーグ女性投手、マミー・ジョンソンさん(七十五歳)の話が「元黒人リーグ女性投手が応援」の見出しで報じられている。ジョンソンさんは1953年から55年まで黒人リーグのインディアナポリス・クラウンズに所属。161センチの身長から繰り出す制球のいいボールで、男子相手に33勝8敗の成績を残したという。なんだか楽しくなってくる話だ。

 それから一段ベタの「今季最少の観衆」との見出しが気になる。「この日(十四日のヤクルト対日本ハム戦)の観衆は、実数発表となった2005年以降、神宮球場で最も少なく、なおかつ両リーグを通じて今季最少の6202人だった」とある。「交流戦の予備日で、朝から雨が降る天候。さらには、サッカー日本代表のカメルーン戦とも重なった。」のが原因らしい。今シーズンは、どこも観客の入りが悪いのは事実で関係者の顔が、目の前に浮かんでくる。

 世の中は、なかなか不況から脱し切れず、この状況は人智を超えた事態ともいえる。それでも、なんとか観客を増やそうと努力する球団や球場の関係者の姿は、けなげにさえ映る。

 そんな中、プロ野球界のわずかな光といえば、昨日付の東京中日スポーツ(東中)で報じられていた、あのノムさん(野村前楽天監督)が入院中の生活から復帰し、日本テレビ系の「ザ・サンデーNEXT」の録画出演で復帰を果たしたことぐらいか。
 ノムさんは、さっそく十日の楽天―中日戦に触れ、中日が6点リードの8回2死から大島がしたセーフティーバントにブラウン監督が怒ったことについて「これはもう、ブラウンに“喝”です。相手監督の作戦を批判するのは非常識もいいところだ」と切って捨て、返す刀でサッカー日本代表にも触れ「(それにしても)どうしてこんな髪形をするんだ」と選手のヘアスタイルにもチクリとやったそうだ。

 いずれにせよ、ノムさんが巷に出てくると、一体何をしゃべるのかーと周りが戦々恐々とし、こうした意味での存在感があるのは、事実だ。実際、野球を知らなくとも「ノムさん、今度は何をしゃべるのかしら」と世の女性たちを、ゾクゾクさせてくれることだけは、確かなのである。ノムさんその人にニュース性がある。

 そのノムさんが(たとえ、日米の野球文化が違っても)ブラウン監督の批判を非常識だと怒っていたきっかけとなった「(アメリカでは)点差が開いている時にセーフティーバントはしてはいけない」との野球文化については、本日付の中日新聞、落合博満監督の「読む野球」でも詳しく述べられている。

 【笛猫日常茶番の記】サッカーはあまり興味がないと言うお父さんがテレビの前で釘付けとなっていたワールドカップで日本は予想を覆してカメルーンに1―0で勝ちました。そのオトンが今夜は帰宅後、盛んにアタイに話しかけてくるのです。

 なぜかって。ここ数年、この時期になると決まって聞かされる言葉なのです。
「オトンはナ。オイッ! こすも・ここ。シロもだ。聞いてくれ。ニンゲンの価値って、こんなに下がるものなのか。現役のころに比べたら、スズメの涙にもならない」だってサ。
 アタイは、いつものように黙って聞いてやっているが、どうやらボーナスをもらってきたらしいの。もらえるだけでも、ありがたあ~い、ことなのに。それまで結構たくさんもらっていたのに、だよ。まったく!

 でも、オトンは続ける。
 「今回も涙の茶杓金をいただいてきた。現役時代に比べたらナント少ないことか。でもな、ニンゲンというものは金で価値が評価されるのではなく、清貧でも、いかにひたむきに生きてゆくかなんだ。ましてや、人の心を打つ作品を書くには、清貧でなければな」だってサ。オトンが定年になってからは、毎年二度は決まって聞く言葉です。

 あ~あ。(それに比べたら)プロ野球選手はいいな。第一、年俸が高すぎるよ、だって。でも、オトンが信頼するある球団スタッフが話していたのだって。
 「プロ野球選手は夢を追い、ドリームを求めてやっているのだから、働きに応じて年俸を弾むのが当然。でないと、選手は育たない」と。ということは、契約年俸をドンドン高くして魅力ある選手づくりに専念せよ、ということか。これも一理はあるような気がします。

☆サッカーのワールドカップで岡田ジャパンが1―0でカメルーンを撃破。日本中が歓喜の渦に沸いた。愛知県入りされている天皇、皇后両陛下が老化・老年病の最先端の調査で知られる大府市の「国立長寿医療研究センター」と、半田市の新美南吉記念館を訪問された。野球賭博問題で岡崎出身の大関・琴光喜が名古屋場所を辞退
することになった。

平成二十二年六月十四日
 負けてばっかりもイヤだが、ドラゴンズの試合がないのもなんだか寂しい。まさか、(ドラゴンズと)恋愛関係になったわけでもあるまい。ただボクだけが、一方的な片思いをしているだけなのか。それとも、相手(ドラゴンズ)はわざと負けて、ボクの関心を引こうとしているのか。いやいや、そんなはずはない。
 きのうの夜は、二日続いたあまりの無気力試合に、部屋中のものを足蹴にしたい衝動にさえ、かられた。(誰ひとりとして目に見えないドラゴンズ選手とは)精神的に大喧嘩となった。

 なぜ打てないの。いや、なぜ、打たないのだ。走らない。勝てない。なぜ、なぜ、なぜなのだと、一人ごちてる間に、夜が明けてしまった。

 今夜はサッカーのワールドカップ南アフリカ大会で日本がカメルーンと争うだけに、テレビはどこもかしこもワールド大会一色の観がある。デ、チャンネルをあっちこっちと回していくうち、なんと地元ケーブルテレビのスターキャットだけが往年の名選手・川又米利さんをゲストに迎え、ドラゴンズに関する番組を流していた。さすが、地元密着。すばらしい局である。

 内容は「中川の第1号ホームランよかったね」とか「「あれだけ我慢して使ってもらえれば、セサルだって、きっと打つでしょ。日本選手だったら、あんなには使ってもらえない」「岩田投手の無失点デビューは、嬉しかったね。彼はフォークボールがいい」と、どちらかと言えば、回想調の話ばかりだ。それでも、テレビの前にはドラ番組が何もないよりはよい、と自らを納得させるボクがいた。

 【笛猫日常茶番の劇】きょうお父さんが話していた。「世界のサッカー人口と野球人口の違いは、天と地ほどもある」と。ましてや、サッカーのワールドカップともなれば、どこもかしこもサッカー、サッカー…でフィーバーしても仕方がないのだって。
 でも、アタイには日本に限れば野球もサッカーも互角のような気がするのです。だから、今夜はなんとなく悔しい気がする。それにしても、今回の日本は「勝てそうにない」と言われながらも「あわよくばベスト4まで進出してくれないかな」と、誰もが思っている。不思議ですよね。

☆けさの朝刊一面トップは、各紙とも「はやぶさ」の無事、帰還である。「はやぶさ 地球に帰還」「豪でカプセル確認 小惑星探査機・飛行7年、60億キロ」「不死鳥支えた“家族のエンジン”」「不調2基つなぎ危機克服」(中日)「はやぶさ帰還 7年60億キロの旅」「カプセル発見」(朝日)「『はやぶさ』完全燃焼」「7年60億キロ 世界初の旅終え帰還 カプセル分離成功」(毎日)といった具合だ。このほか、夕刊によると、大関琴光喜が野球賭博への関与を認めた、という。