「シール箱の中」 黒宮涼

 最近、私と同年代の人たちの間で、大人のシール帳というものが流行っているらしい。友人同士でシールを交換したり、自分で購入して集めたり。シール用の手帳を作るのだそうだ。
 よくわからないが、シールにはレートまであるらしい。シール一枚の価値がそれぞれ違うようなのだが、実際の購入金額も含まれているのだろうか。それともその人の思い入れなどで変わってくるのだろうか。
 とにかく、ユーチューバーが楽しそうにシール交換をする動画をみていて、私は小さなころにシールを集めていたことを思い出していた。

 学習机の引き出しの中に、お菓子の空き箱を入れていた。その中には漫画雑誌の付録や、お菓子についてきたキャラクターシールがたくさん入っている。
 台紙つきのシールは、大きさがまばらだった。しかし、私はかまわず箱の底からシールを重ねて入れていった。長方形の箱の左側に寄せていたため、右側は空間がある。
 上にのせればのせるほど、重さでバランスが崩れて左寄せに入れていたシールも、右の空間に落ちるようになった。
 今考えると、大きさの違う紙を上にのせ続けたら、いずれは重さで崩れてしまうのは当たり前のことなのだが、当時はシールが右の空間を埋めてしまうのが、とても嫌だった。
 理由はわからない。なんとなくだったのか、揃えて入れるのが綺麗だと思ったのか。
 シールが崩れるたびにシールを箱からすべて出して、また一枚ずつ元の順番で上に重ねてのせていった。
 その作業を終えると私は満足して、その後もシールが手に入ったら上にのせていく。また同じことになることを、わかっていながらやる。
 シールの交換はしていなかったと思う。箱の中のシールはどんどん増えていった。
 箱の蓋が閉まらなくなってきたころ、また右側に崩れた。左寄せに入れなければもっとシールが入ることに気づいた私は、それまでのこだわりを捨てた。
 左とか右とか関係なく入れ始めたら、いくらか気が楽になった。いつしかその箱を開けることはなくなったが、あのシール箱はまだ引き出しの中で眠っているのだろうか。それとも処分したのか。覚えていない。
 
 今はシールを好きという気持ちはないし、シール帳を作る気はない。もし作るのであれば、また変なこだわりを持ってしまいそうだ。
 シール交換をする友人はいないし、このまま流行りが終わるまで何もしないでおこうと思う。
 
 こだわりを持つのは良いが、悪いこともある。それをわかっているからこそ、やらない、こだわらないという選択肢があっても良いのではないだろうか。