「黒く塗れ!」 光村伸一郎

 音楽雑誌と通販カタログはよく似ている。どちらも読者に金を使わせようとするだけで中身がない。当然のことだ。あいつらの仕事はいい音楽を紹介することでもなければ、才能のあるバンドを世に紹介することでもない。連中の仕事は雑誌を売ることと、新しく出たレコードを売ることだ。そんなことは皆、先刻ご承知のことだろうが。いずれにせよ、あんなものを信じているとひどい目に合う。
 俺はロックンロールが好きだ。だからこそバンドを組んでいる。生活の一部どころか体の一部といっても過言ではない。いつも原子爆弾のような強力なレコードを探しているし、ゴキゲンなバンドを探している。しかし、俺はそれらの情報を得るために音楽雑誌は全く読まない。そんなことをするくらいなら本物のレコード屋に行って勘でレコードを選ぶし、クラブに行く。いい音楽は自分の足で探すものだと思っているし、音楽、ことにロックンロールは生の演奏で楽しむものだと思っているからだ。
 いうまでもなく酒を飲みながらバンドの演奏を聴くのは楽しい。どれだけ高価なステレオのボリュームを上げてもこれには遠くおよばない。レコードではわからないことがわかるし、そのバンドの姿勢や、熱気が伝わってつい、固いブーツで床を踏み鳴らしたくなる時もある。本当に優れたバンドは全く曲を知らない人間の足を動かすことができる。例えどれだけ重たいブーツを履いていたとしても。現に俺は名前すら知らなかった京都のNYLONにさんざんツイストをきめさせられた。そして、さんざんに爆音でレイプされたあげくに頭の中で渦巻いていた倦怠感を取り除かれた。
 むろん、クラブで見るバンドの全てがいいなんてことはない。最近では珍しくなったが、中にはひどいバンドもたくさんいる。一五〇〇円も払ってこんな場所に来たことを後悔することも多々ある。しかし、ごくまれに掃き溜めで金塊を見つけるような出会いになることもある。商才がないために埋もれてしまっているホンモノに出会うことも。音楽雑誌はこういうバンドについては全く相手にしない。そのバンドの名が金にならない限りは。俺はその手のバンドをそらで一ダースは言える。ワーグナー以上に凶暴で、ジョン以上に優しい音楽を奏でる連中を。
 こう言うと「でも所詮、アマチュアのバンドだろ?」とか「日本人がロック?」と思われる方もいるかもしれない。しかし、この考えはまちがいだ。そもそも新しいものはいつもアマチュアから生まれるものだし、「外国のバンドの方が日本のバンドよりも優れている」という考えは過去の遺物でしかない。今では外国のバンドと同等か、それ以上の日本人バンドなんてさほど珍しいことじゃない。退屈なアイドルどもは別にしてだが、バンド、ことに俺の好きなジャンルに関しては声を大にしてそう言える。それはクラブに足を運べばわかるし、現に海外のフリークス達の間でもよくささやかれている。ホンモノ思考のロックンロール・フリークス達の間では。この間、来日した某大御所サイコビリーバンドは前座の日本人バンドに完璧に食われてしまっていた。
 音楽なんて所詮は趣向品のようなものにすぎないのかもしれない。好きなものを好きに聴けばいい。しかし、もし今、あなたがいい音楽を探しているというのなら週末、クラブに足を運んでみてはいかがだろう。自分の足にぴったりと合った新しい靴を一足探す感じで。むろん音楽に世界を変える力なんてありはしないし、それで戦争が終るなんてことは絶対にない。本や絵画といっしょで別になければなくてもいい。しかし、それは酒やクスリと同じで俺やあなたの人生を変えるくらいの力はある。人生なんて所詮その程度のものなのだから。たかが音楽。されど音楽だ。