「いつまでもまわる」  黒宮 涼

 ずっと認知症だった祖母が施設で暮らすようになってからもう半年経った。つまり私が祖母と会わなくなってから半年。母から「おばあちゃんもう長くないかもしれない」と連絡が来たのが去年の暮れ。それまではそのうち会いに行けると気軽に思っていたのだが、「長くない」と聞いて不安になった。「会いに行かなければならない」。そう指名を与えられた気分になった。
 しかし、年越し早々風邪を引いた私はそれから一ヶ月間。祖母に会えない日々が続いていた。「おばあちゃん、会えるまで頑張ってね」と母や姉が祖母を励ましていたと聞いて、私はこのまま会わずにいたほうが祖母も長生きするのでは? と考えるようになってしまった。そんな折、祖母が誤嚥性肺炎で入院したとの知らせがきて、もう本当にいよいよかと覚悟した。「おばあちゃんのところへ行きたいんだけど」と私が言うと、旦那は「いいよ」と頷いてくれた。
「もしもの時は、お母さんを支えてあげてね」
「もちろん、そのつもりだよ」
 そんな会話をして、一応泊まれるように荷物を詰めた。けれどどうしても喪服を準備する気にはなれなかった。そんなことをしたら、本当に使うことになってしまうかもしれない。そう思った。その晩、私はなかなか寝付けなかった。色々な想いが頭の中をくるくると回る。ようやく眠れたのは深夜三時だった。そして朝、私は用意していた荷物を見て持っていくのをやめようと思った。理由は、「負けた気がするから」だった。何と戦っているのだ。自分は。と笑う。一晩たって冷静になったのかもしれない。「もしものこと」ばかり考えてしまって昨晩は取り乱していたのだろう。実家へ行くと、母と姉が出迎えてくれた。二人はそれほど焦っているようには見えず、少し拍子抜けしてしまった。お昼ご飯を食べてから病院へ行く。点滴を繋がれた祖母を見るのは、初めてだった。寝ているのかずっと目を瞑っていて、母が話しかけても反応がない。先に来ていた叔母が先程まで起きていたことを教えてくれた。
 「おばあちゃん」と私は名前を呼びかけた。「手を触ってあげて」と言われたので私は祖母の手を布団から出してそっと触ってみる。名を呼びながら、祖母の手を擦った。すると祖母が私の手をぎゅっと握り返してくれた。「目が開いた」と母が言った。私は必死に涙を堪えていた。握り返してくれたのが嬉しくて、目を開けてくれたのが嬉しくて。会えて良かったんだと思った。祖母の手の力に、私はまだ一緒に住んでいた頃のことを思い出す。四年前のことだ。お風呂やトイレに行くときに手を握り引こうとすると、眉間にしわを寄せながらその手を必死に振りほどこうとする祖母。何処にそんな力があるのか、もう片方の手で腕を強く掴まれる。時には強く叩かれたりしたこともあった。けれど今の祖母の手に同じ力はない。それが寂しくもあり、それでも今出せる力で握ってくれた祖母の手を、振りほどくのは惜しい気持ちになった。
 命には順番があるそうだ。長く生きた人から先に逝くのが正しいのだという。なら祖母はその順番がもう少しで回ってくるのかもしれない。それが寿命なのだろう。「生命力が強いよ」と看護師さんが言っていたのが印象に残っている。祖母が病気になって十年近く経つだろうか。凄いと思う。順番が回ってきたら私は祖母に「よく頑張ったね」と言ってあげたいと思っている。祖母は今もなお、病気と戦いながら生きている。(完)