「駐在さん」 牧すすむ

 昔、私の実家の向い側に駐在所があった。もう五十年以上も前の話である。気付いた時にはもうそこに在ったので何んの異和感も無く暮らしていた。
 記憶によれば、その駐在所は平家造りで道路に面した左側の一角が交番。入口の上の赤い電球が夜も静かに灯っていた。それは今も変わらない田舎の駐在所の佇まいである。
 只、その頃の駐在所にはパトカーは無く、オートバイか自転車で用が足りていた。そんなのどかな時代であった。
 又、駐在所といってもそこは田舎のこととてお隣りさんに変わりは無く、我が家と同じ年頃の子供さん達もいていつも一緒に遊んだり、時には美味しいおやつやご飯を頂いたりと、警察という職業とは無縁の仲の良いお付合いだったと今も懐かしく思い出される。
 でも、駐在さんというのは一つ所に定住が出来ない。何年かすると転勤を余儀無くされ、又新しい駐在さんがやって来る。然し幸せなことにどの駐在さんも気さくな人柄で、その都度本当に温かいお付合いをさせて頂いていたことを子供心にも覚えている。只、いたずらをすれば怒られもしたが、その時は優しい〝隣りのおじさん〟の顔だった。又、おばさんも皆心底親切でこぼれるようなあの笑顔を今も忘れることは出来ない。
 少し前、夕食後にテレビを観ていた時コメンテーターの誰かの言葉が耳に残った。
「昔は何か落とし物を拾ったら必ず交番に届けたものです。十円でも五円でも持って行きました。それが大人からの教えであり当り前の日常でした。駐在さんもそれを受け取るとニコニコして自分の財布から同額の小銭を出し、〝ハイお駄賃だヨ〟とご褒美? をくれました。日本人の心がありましたよ。今は何んか世知辛いねェ。」
 私も全く同感で、同じ体験の中で育った年代を妙に嬉しく思ったものでした。勿論、今でもこんな優しい駐在さんや素直な子供達はたくさんいると信じてはいますが…。
 ここまでは敢えて「駐在さん」と言ってきましたが、ここからは「おまわりさん」に切り替えることにします。そう、今回のテーマ「まわる」に沿うためです。
 我々の年代であれば必ず口ずさんだ覚えのある曲、曽根史郎の「若いおまわりさん(井田誠一作詞 利根一郎作曲)」。警察官の制服を着てマイクに向かう彼の姿に老いも若きも心を躍らせたものでした。
♪もーしもし ベンチでささやく お二人さん 早くお帰り 夜が更ける♪ 甘く軽快な歌声はやはり警察官や駐在さんではなく、「おまわりさん」が似合っている。
 他にも藤島恒夫(たけお)の「村の駐在所(原六郎作詞 松井百利夫作曲)」♪村のなー 村の駐在所に 若いおまわりさんが来ただとよ 都育ちの とっても素敵な人だとさ♪ コミカルな歌詞が大ヒットした。
 更にこんな歌もー。あの「酒よ」で大ヒットを飛ばした吉幾三の出世作、「俺ら東京さいぐだ(吉幾三作詞 作曲)」。♪テレビも無ェ ラジオも無ェ♪で始まるコミックソングだ。そんな歌詞の中にもこんな一節がある。
♪ピアノも無ェ バーも無ェ 巡査(おまわり)毎日ぐーるぐる♪
 このように我々庶民にとって〝おまわりさん〟という響きは耳に心地良いものなのだ。日々職務を真っ当されている彼等に感謝しつつ、又、大いなる親しみを込めて〝おまわりさん〟といつまでも呼ばせて頂けることを心から願っている私である。(完)