「季節の風を胸に」   山の杜伊吹

 友人Aが、言う。
「小6の娘とおんなじベッドで寝ているんだけど、この前の夜、私が手をつないだら、その手をパッと振りほどかれたの。あぁ大きくなったんだなって思った」
 周りの子より成長が遅く、幼く見えるその娘さんだったが、着実に成長しているのだ。
 子どもを育てているとそんな瞬間に出合う。親は安心するのと同時に、一抹の寂しさを覚えるものだ。ウチの息子は、ここ数ヶ月に1センチ近くのハイペースで身長が伸びて、数ヶ月前にとうとう私と並んでしまった。すごいーっと大騒ぎしているうちに追い越されて、いまでは2センチほど私より大きい。
「どうしてできないの!! この前教えたばかりでしょ。この忘れん坊が!!」と、鬼のように叱りつけながら、アレッ目線がいつの間にか上だ……と気づく。なんだか拍子抜け。迫力不足の感。いかんいかん、これでは効かないゾ。
「まずはそこに座りなさい」。作戦変更。上下関係をハッキリさせるために、お説教の場面では、これからはかならず彼を座らせなければならないことを悟った。足のサイズに至っては、「お母さんと同じだ」 と、言っていたのに、あれよあれよと言う間に27.5センチになってしまった。このスピードに戸惑っている間もなく、小さな日々の変化は、季節の風のように通り過ぎていく。
 この春には中学校の入学式があった。数週間前にはランドセルを背中にしょっていた息子が、学生服を着ると、ちゃんと中学生に見えるのが不思議だ。目に見えない中身の成長と、見える成長が一気に来る。カラダが大きくなった分、中身も大人っぽくなったかと思うと、まだ幼いなあと思わせられるし、スーパーなどで客観的に我が子の後ろ姿を見ると、やっぱり大きくなってると驚く。
 私がインフルエンザに罹ってしまった。ほどなくして夫と娘もインフルエンザ陽性が判明。強力な菌から息子を守らなければならない。我が家では、子どもたちと一緒に、就寝時には6畳間に布団を敷いて、川の字ならぬ、州の字、ではちと字画が多いが、とにかく仲良く横に並んで眠っていた。「別々に寝ましょう」 と、強制的に布団を子ども部屋に移動し、息子は生まれて初めて(遅すぎ)一人で寝ることに挑戦した。大成功。人一倍恐がりで、寂しがりやであまえんぼの息子は、これまで学校行事の宿泊研修以外で、私と離れて眠ることはなかった。
 そして一週間。一人で自分の部屋で寝起きした息子は、私たちからインフルエンザ菌がなくなった後も「そろそろ一人で寝る練習をしなきゃね。今日も一人で寝てみる」 と言い、自然に一人で自分の部屋で眠るようになったのだ。
 思えば昨年の今頃は、幼稚園の娘と、どっちがママの横で眠るかで就寝時に大ゲンカをしていたのである。それがこの成長。先日のピアノ発表会では、モーツァルトの『トルコ行進曲』を弾いた。手が小さいからと、ずっと弾くのを許されなかった曲である。いつの間にか、鍵盤に手を広げると、1オクターブ以上届くようになった。手も、大きくなったんだ。
 そんな息子の成長に目を細め、喜び幸せをかみしめるのと同時に、自分のおばさん化の現実も直視せざるを得ない日々である。 (完)