「鳴く」 牧すすむ
それは突然のことだった。愛犬の「キャーン」という甲高い叫びにも似た鳴き声で目を覚ました私。深夜のことである。
部屋の明かりをつけて見ると、何かに脅えたようにブルブルと震えながら全身を堅く縮めうずくまっている姿が目に入った。私は「べべ」、と声を掛けてから優しく彼女の頭を撫でてやった。因みに愛犬はヨークシャテリアの雌で10才。嫁に行った娘がかわいがっていた。べべというのはスペイン語で赤ちゃんという意味らしい。
べべは猫位の大きさで扱い易く抜け毛もない。家内と二人暮らしの生活の中では孫(?)のような存在だけに、私達は人一倍の愛情を彼女に注いでいる。
よくしたもので、本人も自分は人間だと思っているらしく居間での居場所も主張して譲らない。又、眠る時は私の布団の上、そして寒い夜は猫のように遠慮も無く肩口から潜り込んで来る。ただ、10才という年のせいか最近の彼女はイビキが凄い! 眠ったかと思うとすぐに始まる。それはまるで人間の大人並みで閉口する。
こんな小さな体からよくこれ程の大きなイビキがかけるものだと、いつも家内と笑いながらも呆れている。が、犬の10才はリッパな「オバサン」だとか(笑)
それはともかく前出の鳴き声―。何が起きたのか分からないまま頭を撫でてやるのだが、彼女の震えは一向に収まる気配が無い。朝になって少しは落ち着いたようだったが時々思い出したみたいに「キャン」と鳴いてはうずくまり、上目使いで私達を見る。
ソファ-の上から下りる時にでもどこかを痛めたのかと心配した家内が病院に連れて行ったけれど、見立ての結果は異常無し。「もしもまだ痛がるようでしたらレントゲンを撮りましょう」とのことだった。
その後の様子も、家の中を歩き回る彼女の姿からは何ら悪い所は見えなかったが、何かのはずみに突然「キャンキャン」と鳴き声を上げる。お客さんが来た時などは大変で「まるで私がいじめているみたい。人聞きが悪いワ」と家内はわざわざだっこして玄関へ出て行く始末―。
それにしても……と、あれこれ思いを巡らせていた時、ふと頭をよぎったことがある。それは少し前の出来事だった。我が家へ不法侵入した猫に「ワンワン」と吠えかかり、逆に〝ねこパンチ〟を浴びて追い回され怖い思いをした。
もしかしてその時の悪夢にうなされては「キャン」と鳴いて飛び起きるのかも-。ただ、我が家への不法侵入者は猫だけではない。ずっと前から「アライグマ」が物置きを占拠している。「アライグマ」というのはテレビマンガで人気のあの「ラスカル」。とってもかわいい動物なのだが、大人になると気性が荒くなりペットには不向き。その上鋭いカギ爪は危険で一度じゃれて私の足に手を掛けた時、ズボンの上からでも引っ掻き傷が付いた。
箱入り娘のベベのこと、たぶん又、そんな意地悪な彼等に追いかけられでもしたのだろう。見れば我が家の小さな〝孫〟は今日も居間でのんびりとうたた寝の最中。でも、いつ「キャン」と鳴いて飛び起きるか分からない。
そんなわけで暫くは彼女の〝寝ボケ〟(?)にお付き合いをさせられる私達夫婦の、悩み多き今日この頃である。 (完)