「紙でできた零戦」 光村伸一郎

 小学校五年の春から冬にかけて、俺は近所の駄菓子屋の前でよく戦争帰りのじいさんと話した。そのじいさんはかつての海軍航空隊の隊員で長谷川という苗字だった。どうして知り合ったのかは思い出せないが、いつもカチッとした身なりをしてグレーの帽子をかぶっていたことは今でもはっきりと覚えている。小柄な八十歳くらいの優しい感じのじいさんだったが、どことなく普通でない感じがするところが俺は好きだった。
 話すのはだいたい学校帰りだった。そのじいさんはよく俺が帰ってくる時間帯に駄菓子屋の軒先で空を見つめながらラムネを飲んでいた。家でテレビばかり見ていると体が弱るからなとじいさんは言っていたが、実際のところは家に居場所がなかったのだと思う。じいさんはもともと神奈川に住んでいたが、一年ほど前からこの辺りに住む息子夫婦と一緒に暮らしていた。何年も前に死んだ奥さんの話はしたが、中学生だか高校生だかの孫の話はあまりしなかった。
 じいさんは会うと決まってラムネをご馳走してくれた。そして、俺に航空隊時代の話や会社員だった頃の話を聞かせてくれた。たまに俺が学校でのことや親のことを話したりすることもあったが、俺はそのじいさんの話を聞くのが好きだったので、たいていは黙って聞いていた。じいさんは優れたストーリーテラーで話し方にはユーモアがあった。零戦でグラマンと戦う話、低空でB29を待ち伏せする話、カレーの話、女にもてた話、練習中に三点着陸に失敗して逆立ちをさせられた話など話題は尽きなかった。
 十二月のある日の夕方、俺とじいさんはいつものように駄菓子屋の前にいた。すでに空気はだいぶ冷たくなっていたが、じいさんは相変わらずラムネを飲んでいた。
「なあ、坊や」じいさんが言った。「おまえさんにこいつをやるよ」
「何?」
「おまえさんにもらってもらいたいんだ」
 じいさんはポケットから古びた時計を取り出し俺に差し出した。「俺が零戦に乗ってた頃にしてた時計だ」
「いいの?」
「かまわん。どうせ残していても捨てられるだけだ」
「ありがとう」
 俺は時計を見つめた。曇ったガラスの向こうに錨のマークが見えた。俺は表面についたいくつかの傷を見ながら、これはあの零戦のコックピットで擦れてできたものだろうかと思った。
「なんで六時二十分で止まってるの」
「それは俺にもわからんな」
「本当にいいの?」
「ああ。もらってくれ」
「何か悪いな」俺は言った。「いつもご馳走になってばっかだし」
「気にしなさんな」
 何かお礼をしたいと思った俺はランドセルの中から赤ペンで九十点と書かれた社会の答案用紙 ─ 他の教科はてんでペケだったが社会だけはなぜかいつもよかった?を取り出した。そしてそれで紙飛行機を作るとじいさんに手渡した。
「よかったらこれを」
「上手じゃないか。それに九十点なんてたいしたもんだ」
「零戦五二型」
 じいさんは笑った。「死んだらこれを棺桶に入れてもらうよ」
「まだそう言うには早いんじゃない?」
「そうだな、まだ少し早いかな」
「諦めるのは軍規違反じゃないの?」
 じいさんは笑った。「もう少しで憲兵にしょっぴかれるところだった」
 その日、俺とじいさんは敬礼して別れた。俺の敬礼はイマイチだったがじいさんの敬礼はカッチリとしていてかっこよかった。別れ際に敬礼することはそれまでにも何度かあったが、その日の敬礼はいつもにも増してかっこよかった。
 その後も俺は何度かじいさんと会ったが、ある日を境にぱったりと合わなくなった。しかし俺がそれを深くは考えることはなかった。冬なので外出を控えているのだろうと俺は思っていた。きっと暖かくなったらまた出てくるだろうと思っていた。杖こそついていたが死んだり病気をしたりしているとは考えられなかった。しかし、六年生になって数ヵ月が過ぎてもじいさんは姿を現さなかった。
 ある日の夕方、俺は駄菓子屋のおばさんにじいさんが一月ほど前に死んだということを知らされた。おばさんの話によるとじいさんは俺に時計を渡してしばらくしてから入院していたということだった。なぜその日に限ってじいさんのことを聞いたのかはわからない。俺はそこのおばさんが嫌いだったので自分から話すことはなかった。おばさんも俺とその仲間のことが嫌いだった。
 その日は珍しく仲間と遊びに行く予定だったがそれを中止して家に戻った。
 俺は机の引き出しから時計を取り出すとそれを机の上に置き敬礼した。そして学校のプリントを使っていつかのように紙飛行機を作ると、つばさに赤鉛筆で日の丸を書き込みそれを窓から飛ばした。紙でできた零戦を。
 俺は夕日の中を颯爽と舞う紙飛行機を見つめながら再び敬礼した。