「 元旦の夕刻、近所の神社にて 」 香村夢二

 古びた木造家屋の立ち並ぶどぶ臭い通りには、元旦の夕方特有のさびしげな雰囲気が漂っていた。俺はもう何年も着ているブルゾンのポケットに両手を突っ込みながら部屋のそばの住宅地の中を歩いていた。近くの小さな神社で初詣をした後、そのそばのスーパーで夕飯の買い物をしようと考えていた。
 十分ほど歩いて目的地の神社に着いた。俺は古びた鳥居をくぐると社へと歩いていった。その神社は住宅地の外れの小さな雑木林の中にひっそりとあるせいか、元旦だというのに人が来た形跡はあまりなく、境内はひどく静かだった。ご利益がありそうには思えなかったが、人の多い場所が苦手な俺には都合がよかった。
 社の手前にさしかかると一人のガキが目に入った。そのガキは何をするでもなくボーっと社の数メートルほど手前につっ立っていたが、俺の足音に気づいたのか後ろを振り返った。俺はそのガキを見て皮膚病を病んだ痩せ細った野良犬を連想した。そのガキはまだ小学校一年生くらいだったが、妙に捻じ曲げられたような顔つきをしていたうえに、ひどく痩せていた。
 俺は社の前に行くとポケットの中から十円玉を取り出してそれを賽銭箱に投げ入れた。そして、そう祈っていい一年になったことなどないにも関わらず今年くらいは、いい年になりますようにと祈った。木々が冷たい風に揺れて不気味な音を立てた。
 目を開けてきびすを返すとガキがじっと俺を見ていた。俺とそのガキはしばらくの間、互いを見つめあった。そのガキは、このクソ寒いのに半ズボンをはいて、今の時期にはそぐわない、薄手の黄色いジャンパーを着ていたが俺がそれ以上に気になったのは、その凍結したような目つきだった。
 「初詣かい?」
 俺がそう言うとガキは無表情にうなずいた。俺は薄気味の悪いガキだなと思った。
 「何をお祈りしたんだい?」
 今度は返事がなかった。俺は返事を待ったが、ガキはただ黙って凍結した目で俺を見つめるだけだった。俺が、こいつは失語症か脳たりんの類なんじゃないのか? と思い始めた頃になってようやくガキが口を開いた。
 「クソおやじが早く死にますように・・・・」