「紅葉より団子」 黒宮涼
もみじ狩り。と最初に聞いたとき、いちご狩りのようにもみじをとって持って帰るのかと思った。駅の柱に貼られている広告は、葉が赤く染まりとても魅力的に見えた。一面が真っ赤に見えるほど、綺麗な紅葉であった。
私と夫が付き合い始めて、数か月のころだった。「もみじ狩り行く?」という夫の問いに、「行ったことないかも」と私は答えた。もみじ狩りという単語を聞いた覚えがあまりなかった。もみじ狩りってなんだ? という疑問が最初に出てきたくらいだ。私は夫に説明を求めた。何か特別な単語のように思えた。
「ただ紅葉を見るだけだよ」
夫のその言葉を聞いた瞬間に拍子抜けした。ああ。なんだ。じゃあ行ったことある。と思ったのだ。紅葉を見るのに、もみじ狩りという言葉を私の家では使ったことがなかった。ただ、「紅葉を見に行こう」という一言だけだった。
私の中で紅葉を見に行った記憶は数回ある。一番記憶に残っているのが、父と母と私の三人でどこかの紅葉を見に行ったこと。もう場所も思い出せないし、そのとき自分が何歳だったのかも覚えていないが、とにかく寒かったことだけは覚えている。
私と夫がもみじ狩りに行ったのは、広告を見たその次の年のことだった。
見ごろの時期に行くと道がすごく混むという理由で、少し早めに見に行った。やはりまだすべての葉は染まっていなかったが、それでも十分に綺麗に見えた。私は純粋に景色を楽しんでいたのだが、夫は着くやいなや、道に出ていた屋台のイカ焼きを購入していた。そして食べながらたれをこぼし、服にシミをつくっていた。元々食べることが好きな人なので仕方ないかと思い、私は笑った。服のシミはなんとか水で落としたが綺麗にとはいかなかった。
それからしばらく紅葉を眺めながら散策した。広場のようなところに出ると、またも屋台があった。
夫は言った。
「これを食べに来たんだ」
私はそれを聞くととうとう呆れてしまった。
「いや、紅葉を見に来たんだよね」
「最初からこれが目的だったよ」
私は口をぽかんと開ける羽目になった。
そのお店は有名らしく、この名所の名物だった。聞くと、他のところでも店を出しているらしく、わざわざここで食べる必要があるのかと問いたくなった。
ケンカになるのも嫌なので、私は夫がそれを食べるのを黙って見ることにした。それはうどんなのかワンタンなのかよくわからない食べ物だった。麺が短くてスープは辛かったので、辛いものが苦手な私は、一口だけ食べさせてもらったがそれ以上は食べなかった。
何をしに来たのかわからなくなった私は、夫に訊いた。
「紅葉より団子なの」
夫は迷わず頷いた。
「当たり前じゃん」
私はそれ以上何も言えなかった。
こんな調子でこの先この人とやっていけるのだろうかとその時は思ったが、夫は今も変わらず花より団子な人だった。そのたび私は思うのである。本当に食べるのが好きだなぁと。 (完)