「食べすぎに注意」 黒宮涼

「この二列なら、どれでも好きに採って食べていいから」
 久しぶりのいちご狩りでそう言われた私は、昨夜テレビで見た美味しいイチゴの見分け方を思い出していた。
 一月末。私は父と母と姉の家族と共に愛知県半田市のいちご農園に居た。数年ぶりとなるいちご狩りに行くまでに色々とあったが、それは今は置いておこう。とにかく私は、ビニールハウスの中にずらりと横一列に並んで生っているいちごたちを見て感動していた。
 鞄と上着はかごの中に置いて、両手にしっかりと容器を持った。プラスチックの容器には二つくぼみがあり、一つはヘタを入れる用。もう一つは練乳を入れる用だ。私は先に行った父の後を追って列の奥のほうへ進むと、真ん中あたりで立ち止まった。制限時間は20分ときいたので、逸る気持ちでいちごを探した。
「これ大きいよ」と隣にいる母が言う。
 母が示したのは、実が大きめのでこぼこした形のいちごだった。
「こういう形のやつが、美味しいって言ってたね」
 母も昨日のテレビ番組の内容を思い出していたのだろう。私は母の言葉に頷くと、他のいちごを探す。
「こっちにもあったよ」
 私はそう言って、いちごを茎からちぎった。確かテレビでは、白い部分が多くてでこぼこした形のいちごが美味しいと言っていたなぁと思いながら、私はそのいちごを練乳につけて食べた。

 その後もしばらくいちごを食べ続けた。ヘタが溜まると出入り口に近い母が、ゴミ箱へ捨てに行ってくれた。何個食べたのかは覚えていないが、私はお腹がいっぱいになって列を出た。近くにあったベンチに座る。姉の子どもたちが元気に周囲を走り回っていて思わず顔が綻んだ。みんなと久しぶりに会ったので、大きくなったなぁと感慨深い気持ちでそれを見ていた。
 母が時間いっぱいまでいちごを食べようとしていて、ふと二十六年ぶりのいちご狩りだと言っていたことを思い出す。一番はしゃいでいるのは母かもしれないと私は思った。

 子どもの頃、家族でいちご狩りに行った記憶がある。その時は、母と私が帰りに食べ過ぎで気持ち悪くなってしまった。車の後部座席で、ビニール袋を片手に持っていた覚えもある。そんなこともあって、私は今回のいちご狩りは絶対に食べすぎないぞ。という心構えでいた。私は普段から、食べ過ぎると気持ち悪くなってお腹を壊してしまうことがよくあった。なのでこういう○○狩りや食べ放題などは自分で食べる量を調節して、食べすぎに注意することが出来るので嬉しい。食べ物はできるだけ残さない。そう言われて育ってきた私にとって、食べ放題は全部食べなくて良いから好きだ。しかし、夫はどうやら違うらしい。
「食べ放題はあまり好きじゃない。料理が作りたてじゃないから」
 それをきいたとき、私は驚きと同時に納得してしまった。
「でも、その場で作ってくれるものもあるよ」と私が言うと、「そうだけど、一部だけでしょ」と返ってきた。
 思えば結婚してから夫との『食の違い』を感じることがよくあった。好きな食べ物はもちろんの事、食べる量や、味付けの濃さも違う。育ってきた家庭が違うので当たり前の事なのだが、夫は元飲食業だ。食に関するこだわりが強い。今回のいちご狩りに関しては、一緒には行けなかったがお土産にいちごを買って帰ったので、それを夕食に出した。
「いちご狩りのいちごってそんなに期待していなかったんだけど、これは美味しい」
 いちごを食べた夫の正直すぎる感想に、私は苦笑いした。しかし、あの夫が美味しいというのはよほどのことだ。今度は夫も一緒に行けたらいいなと思った。
 いちご狩りに誘ってくれた姉に感謝しながら、私は食べていいよと言われたそのいちごをひとつだけぱくりと食べた。 (完)