「ハトに水をぶっかける」 山の杜 伊吹

 気づいたらヤツはそこにいた。
 ポッポークックー。目覚まし時計は外から聞こえる。薄目を開けると外は真っ暗、まだ夜だ。ポッポークックー。ポッポークックー。ポッポークックー。
 十五分、二十分、寝返りをうちうち我慢する。音がやけにでかい。枕のすぐ先、これは近いぞ庭からだ。枕元にある本物の目覚まし時計を片目で見ると、まだ 早朝五時じゃないか。起きるものかもったいない、あと一時間半も眠れる。さっきの夢の続きを見よう、楽しい夢だった・・・なんだっけ?
ポッポークックー。ポッポークックー。ポッうるさいぃぃぃーーーーっ!!
 大いに損をした気分でとうとう立ち上がり、怒りに震えながらカーテンをちょいと開けて庭を見た。庭の物干し竿に、つがいのハトが仲良く並んでいるのが見えた。
 こいつらか。朝っぱらから鳴くんじゃねーよ!!
 「おああぁっ!!!」
 奇声をあげると、驚いてバサバサどこかへ飛んでいった。家族はまだ眠っている。よくもまああんなうるさい中、寝ていられるものだ。
 起きてきた主人にその話をすると「ハトの鳴き声? なんにも聞こえなかったぞ」という。幸せ者である。
 しかし、悪夢は再びやってきた。それから毎朝、ポッポークックーが私を起こすのである。朝の目覚めの第一声が「あっち行け!!」という怒鳴り声だ。家族を起こさぬよう寝室の隣室へ行き、サッシをバン! と叩いて叫ぶと、慌てた風に何処かへ飛んでいく。
 しかも、である。なんと、厚顔無恥なハトのヤツは、私が大声を出し追い出して一時間も経たぬうちに、再び庭に舞い降りて来ているのである。朝食のパンを食べながらその光景を発見した時の驚愕。顔を前に向けて、いかにも横を向いているかのような澄まし顔。でも左右についている目をこちらへ向けて、さりげなく家の中の人間の様子を見ている。
 扉を開けて「コラッ!!」とどこかの頑固親父のように叫ぶ。主人を送り出し、朝食の後片付けをしながら、ハトのことなど忘れて洗濯物を干そうと庭に目をやると、またいる。
 し、しぶとい。窓を開けて、子どものスーパーボールをハトめがけて投げた。ハトのヤツは慌てて、飛び立っていった。
 買い物から帰宅して、また庭に目をやると・・・いるではないか!! 怖い。
 私はハトを観察した。すると、驚くべきことに一羽のハトは庭の一本の木にしきりと出入りを繰り返している。木の中央付近には、一羽のメスらしきハトがじっとしている。そして盛んに出入りを繰り返すオスらしきハトは、小枝やら、ビニールテープの切れ端やらをくちばしでくわえてきて、木の中でなにかして、また飛び立っていく。
 これはまさに巣作りではないか。なんとかしなくてはならない。これから毎朝起こされてはたまらない。それに私はハトの巣を知っている。
 通っていた飛行場近くの中学では、防音対策の為、二重窓になっていた。ある時窓ガラスとガラスの間の空間にハトが巣を作った。その巣はみるみる大きくなり、大人が両手で抱えるくらい大きなものになった。かわいいツバメの巣どころではない。しかも、ふんとゴミ等で作られており、汚い。飛び立つ度に羽が散乱して、先生に命じられて巣を掃除するのも大変な作業だったのだ。
 そんなものが自分の家に作られては、たまったものではない。私は直ちに行動を開始した。バケツに風呂の残り湯を汲んで来て、ハトがいる木めがけて、バシャッ!! ハトは驚きパニックになりながら逃げた、こちらめがけて。「キャッ」私も家の中に逃げた。
 一羽のハトは逃げ足も速かったが、もう片方のハトはのろのろよろけながら低空飛行で飛んでいった。すでに身重な体なのかも知れない。
 帰宅した主人にその話をすると「水をかけるなんて信じられない。しかもハトのメスは妊娠しているんじゃないか。君だって妊婦だった事があるならハトの気持ちが分かるだろう、なんてかわいそうな事をするんだ。うちで産ませてやれよ」というのである。
 ハトが平和のシンボルだといわれるのは知っている。ハトをはじめ動物愛好家の皆さんからの苦情がくるのも覚悟の上。自分の家の庭にハトが定住するのは、誰がなんといおうと嫌なのだ。
 そうしてなんと、次の日またもやハトふたたびリターンズ。あの小さな頭蓋骨の中の脳みそでは、自分がここで歓迎されていないということが、理解できないのである。
 インターネットでハトについて調べると、ハトには帰巣本能があり、一度巣をかけると毎年帰ってくるとか書いてある。恐ろしい。そして、いろいろなハト撃退グッズがあることも知った。
 ホームセンターに行って、私が選んだのはハトが嫌うという強力な磁石である。しかしうちのハトには効かなかった。
 次に試したのは、大きな目を持ち、風でぴらぴら揺れてキラキラ光る、宇宙人のような形のグッズ。しばらく効果があったが、再びハトは帰って来た。
 最後にホームセンターの店員に相談して購入したのが、木を覆うネット。木の高さが三メートル近くあるので装着するのも大変だったが、何時間かかかってようやく取り付け、やり遂げた気分で家に入ったら、すぐにネットとネットの隙間から、ハトが入った。
 これはもう木を切るしかないという結論に至った。その費用は数万円かかるという。私はハトとの戦いに終止符を打つべく、決断した。
 当日は雨がしとしと降っていたが、計画は実行された。一刻も早い方がいい。男性三人に、トラック一台、クレーン車一台の大仕事であった。大きな木がなくなり、がらんどうになった庭に、雨が降り続ける。息子がなにかを見つけた。「お母さん、あれはなに?」
 いつかハトにぶつけようと投げたスーパーボールだろうか。
 近づいて見ると、それは二個のちいさなタマゴであった。