詩小説「FLQX」の最終回(11)

目が覚めると八時過ぎ
弁当の残りをかきこんで
時間がくるのをじっと待つ
胸が
胸が
締め付けられる

いつも通るこの道を
いつもの歩幅で一歩一歩
それでも
白塀の角は緊張の極み
曲がった瞬間頭をよぎる
逃げろ
しかし
浮いた足は
恐る恐る
駐車場

いない
誰もいない
あるのは
ダークグレイの1200ccだけ
時計は
9時を5分過ぎ

キタナ
甲高い声
思わず目を剥く
白地に赤系統の花柄ワンピ
見た目は日本人と変わりない

雰囲気は東南アジア系
若い

アタマイイ
ヤクソクマモル

いきなり

コチコイ

手招き
距離が縮まる
おじけづく
はっきりした目が緑っぽい
白塀の角を曲がる

すぐに門扉を押して振り返る

ココ
笑顔で言われ
唖然とする
だが
言われる通り後に続く
ここは
毎日のように通る角
静まり返って人気もない
家人らしき者も目にしたことがない
なにか
悪い予感

嵩上げした玄関の
引き戸を開けて
ハヤクコイ
絶えない笑顔で大きな手招き
恐る恐る足を運ぶ
スニーカーを脱いで上がり框

キタヨ
奥に向かって大きな声
現れたのは
女主人か
大柄で小奇麗な身なりで
あら
よく来てくださいました

頭を深々
意外な成り行き
戸惑い
同じように頭を下げる

応接室
厚いテーブル挟んで腰を下ろす
二対一
まずコーヒーでもと

あれはね
ワタシと
ここにいるミカがね
たぶん女主人

嬉しそう
ミカは両手で口を覆う

会社 手伝ってください
いきなり女主人
ドキリ
訳は後でと
突然こんな話が降って湧く
ソーヨアタマイイカラ
頓珍漢なミカがにっこりウインク

無職のことが知られていた
リングノートがあった位置
この角家のどこかから
通るたびに見られていた

まだ若そう

泳いでいる魚を釣るように
餌をまいて待っていた
食いついて離す者に用は無し
食いついて離さぬ者にはごちそうを
だから
ここに引き込まれた

いうことか

後で知る
借りてる駐車場

女主人がオーナー
行動の時間帯がまる分かり

明日といわず
今から働いて

都合も聞かず一方的
家賃
生活費
車検
それに
借金
正直 苦しい

サラ金どれだけ

首を傾げる
正直に
二十数万
じゃあ決まり
採用祝いに
二十数万

悪くはないが
力なく
うなずく

仕事は
前任者の後釜
商品の選別
品質保証

それと
女主人の弟
の娘
ミカの教育
一年前フィリピンから

日本の常識

私生活

正しい日本語

製造ライン
しか
経験ない
のに
しかも
ミカという
この女の教育

女は
分かれた
加奈子しか
知らないし

もう
どうにでもなれ

職場といっても
リサイクルショップ
隣町の県道沿い

タツオコチコイ

やはり
高く響く

ミカコトバワルイ
ワタシワルイカ
ワルイ
タツオサン
ッテ
イッテミナ
ナニ? モイチドイッテミナ

この仕事は
たぶん
思ったより
大変だ

しかし
女と口を利くのは
久しぶりだ

彼氏が
いても
いなくても
ドライブにでも
誘ってみるか
日本語教育だ

そういえば
あれって
どういう意味だ
FLQX

ミカァ

ナンダタツオォ
(おわり)

詩小説「FLQX」(9)(10)

(9)
ともかく
これが読めたら
電話
あと6日
それにしても
ーフルキュゥクス
これは
どう考えても
日本語ではない

語尾でーはありだろう

語頭でーは考えられない
数字のつもりか
しかし…
最後…

もう一度読む
8行目と
9行目が意味不明

これが読めたら
電話しろ

ふーむ
やはり
何かの匂い

冷めたカップ
残りのコーヒー
続けざまに二度すする

はや夕暮れ
昨日と同じように
夕暮れが来る
いや
昨日からずーっと
夕暮れだ

ビールを片手に考える
もう片手には
文庫本の表紙裏

コレガヨメタラデンワシテネ
アト6ニチヨ

あと六日で
遺失物法違反
とでもいうのか

ケーサツはごめんだ
ついこの前
競輪場の近くで
職質
交番に同行
身体検査

これが仕事か
ムカつく

だから
8行目と
9行目と
ーフルキュゥクス

うーん
意味不明プラス
意味不明
ーフルキュゥクス


まてよ
ーは語頭じゃなくて
マイナスか

じゃあ
計算式

FANATAKORELKARA
プラス
IQIKOTOAXRUYO
マイナス
FLQX

そうかFLQX

塗りつぶしてみる

イコール
アナタコレカライイコトアルヨ

おおお
なんだこれは
一発回答
奇跡に近い
しかも
イイコトアルヨ
いや
奇跡だ

さあもう一本
自分に
乾杯 乾杯

表紙裏のアルファベット
まじまじと見る

ワタシハミカ
アナタノコトシテルヨ

女か
しかも
外人?
イイコトアルヨ
ふーむ

今日はこれまで
頭が
頭が
疲れた
マジで
だからもう一本

(10)
今日も朝から日差しが強い
そんなことを
気にしている場合か
まだ八時
腹が減って気力が湧かない
買いだめラーメンも
底を尽き
仕方がない
まずは
冷たいウオターでも

そして
コンビニでおにぎりでも

アパートを出る
あの道を通れば
ミカという
たぶん
女がどこかで見てるかも
ならば
駐車場まで右からの遠回り
こんな時間に
ここを通るのは
記憶がない

駐車場には車が二台
まだ出ていない人がいる
白い車体のハイブリッド
横目にしながらハンドルを切る

幹線道路を東に進み
次の信号を左に曲がる
GSの隣の隣がいつものコンビニ
おにぎり二つにボトル茶を
車の中で黙々と
頭の中は
たぶん女の
ワタシミカ

あのリングノートに
謎めいたアルファベットを
忍ばせて
分かったら電話せよ
イイコトアルヨ
って
目的は
アナタシテル
のアナタにある

遺失物法をちらつかせ
これは
どうしても連絡せよ
ということだ

コンビニから出る
幹線道路に戻り
向かう先はいつものカフェ

薄めのコーヒーをすすりながら
ため息ばかりを繰り返す
どうしてこんなことに
巻き込まれた

ワタシシテル
ふざけるな
シテルじゃなくて
シッテルだろう
しかし
遅かれ早かれ
の 
ことならば
今晩
09010345###
するしかない

夜のとばりが下りた
七時半
覚悟を決めて
携帯を
09010345###
やや間があって呼び出しコール
耳を澄ませて目線を泳がす
動悸音が耳の奥から

モシモシミカヨ
早口で高い声

あのリングノートを

ハハハ
アナタアタマイイ
ゴウカク
ジャアネエ
アシタ9ジ
チュシャジョコイ
イイナ
アサ9ジヨ
ワカタ?
一方的にしゃべり
切れる

まじまじと携帯を見る
本当にこの女
外人か
もう
なるようになれ

コンビニ弁当を広げ
缶ビール
のどに異物ができたよう
つっかえ乍ら
落ちていく
今夜は
とても
眠れそうにない
(続く)

詩小説「FLQX」(8)

目が覚める
カーテン越しの日が強い
昨日のことは夢だったのか
いや
脱ぎ捨てた黒装束がそのまんま

さて
冷たいウオターをまず一杯
顔を洗っていつもの通り
文庫本を尻ポケット
ドアを押して朝の始まり

階段を下りると車の騒音
歩道を西に向かいながら
あれは今日もあのままか

胸を震わせ角を曲がる


あれ
あの白いものが消えている
まさか

通り過ぎようと
その場所で
胸ぐらを
掴まれ 曳かれるおもい

逃げ出したいが
平然 平然
高い白塀の角を曲がって駐車場
さあ急げ
まっしぐらに幹線道路
トラックの間を縫うように
走る走る古いカフェへ

ドアを引く
迷うことなくカウンターへ
まぶしさを遮るロールカーテン
尻ポケットから文庫本
なにか重い
もどかしく
表紙を外して押さえつける
目ん玉を
これでもかと
大きく開く

英語
だったよなぁ
   
ANATAKORE
HIROTEKURETE
ARIGATO
HAZIMEMASITE
WATASIHAMIKA
ANATANOKOTO
SITERUYO

AFNATAKORELKARA
IQIKOTOAXRUYO

KOREGAYOMETARA
DENWASITENE
YAKUSOKUYO
GOGO7ZIKARA8ZI
NOAIDANINE
MATERUYO
ATO6NITIYO
09010345###

-FLQX

もご もご もご

エイネテクオリオ
ハイロテカーテ
エライゲート

英語か?

続けてみる

ウエテスイハンアイケイ
エイネイテインオコト
サイターヨ

まったく分からん
目を通す

090
1034
5###

これって?
最初に戻る

アンアタコレ

待てよ

アンアタ
じゃなくて
アナタ
じゃないか

ローマ字かぁ

アナタコレ

続ける

ヒロテクレテ
アリガト
ハジメマシテ
ワタシハミカ
アナタノコト
シテルヨ

なにい
俺のことを知っている
冗談じゃないぞ
これは

アフンアタコレルカラ
イキュゥイコトアエックスルヨ

なんだ ここは

コレガヨメタラ
デンワシテネ
ヤクソクヨ
ゴゴ7ジカラ8ジ
ノアイダニネ
マテルヨ
アト6ニチヨ
09010345###

ふーむ

ーFLQX

ーフル キュゥ クス

って何だ
(続く)

詩小説「FLQX」(7)

さあ
手に入れたリングノート
パーカーの右ポケット
ええっ
左か
げっ
落とした
まさか
もう一度右
もう一度左
無い

確かに拾って
確かにポケット
立ち上がる
もしや
ズボンをつかんで
ポケットを叩く
おお
ポケットに手を入れる
そうか
ここへ入れたのか
大きな息を長く吐く
立ったまま
リングノートを左手に
残りのビールをごくんごくん

んんっ
昨日 目にしたアルファベット
数字は分かるが
どうなんだ
この英語は大文字ばかり
うーむ
うーむ
部屋の中を
ぐるりぐるり
目が泳ぐ
目が泳ぐ
壁に天井 窓の外

読めない
読めない
絶対読めない

これは
これは
我に不要なものなのだ
どうしてこれを拾ってしまった
どうして黒装束になったのだ
どうして白いものに誘われたのだ
分からん
分からずにして手にしたことは
うーん

ただ
ただ匂いが
何というか
好きな匂いが
それだけだった

おい
やっと手にしたリングノート
匂いの正体分からぬままに
この部屋に置いておけるか
あそこにあった
誰のものとも判らぬリングノート
探しているかもしれないリングノート


遺失物法…
これは
戻すべきか
しかし
あそこで
やはりかすかな気配
見られているのか
遺失物法…
未練
ならば
写そう
開きっ放しで落ちていた二ページを
あとはめくっても白白白

善は急げ
紙は文庫本の表紙裏
息をひそめて
一字一字を確実に
これは何文字あるのやら

写し終えて深呼吸
さあ
もう一度黒装束
今度も反対回りの遠回り
ヘッドライトも少なくなった
うつむき加減でどんどん歩く
最後の角にド緊張

それでも足をゆるめずに
白いものがあった位置
そう
その辺だ
また変な気配がありませんように
祈りながら足を止め
開いたリングノートを
そっと置く

あとは知らぬ存ぜぬ

幹線道路へまっしぐら
車がちらほら西へ西へ
アパートまでは
もう少し

階段を上がる足も軽やかに
ドアを開けると
ほっと一息
夜も更けた
しんとした部屋に
疲れが充満

今日は
今日はもう終わろう
(続く)

詩小説「FLQX」(6)

座り込んで首を傾げる
今朝は
後ろの気配であの場を素通り
そこで
リングノートは無言だった
しかし
今は確かに呼んでいる

おもむろに立ち上がり窓の外
月夜
リングノートが笑って頷く
クローゼットから
秋冬物の黒いジップパーカー
ズボンは黒い作業ズボン
靴は底の厚い運動靴

顔は
フードを被り
ジッパーを鼻まで
これで来いよと
いうことか
望みが叶うということか
で あれば
もう一度ドアを押してみよう

おお
この空気の軽さは
階段を下りる足の軽さは
まるで
背を押され
手を引かれ
ひとりでに足が前へ前へ
地面にふわっと乗った気分

さて
どうしたものか
いつもの道を左に曲がれば
白いものはすぐそこに
だがこの時間
もしものもしもで
正面からの目があれば
不審な奴だと110番

ならば
目立たぬように
反対回りの遠回り
倍以上の距離だけど
姿勢を正して
右へ足を向け遠回り
用心用心
用心第一

まだ車の多い幹線道路
顔を背けてどんどん歩く
右の角までどんどん歩く
角を曲がれば月明りだけ
もう人も車も通らない
あと一つ角を曲がれば
目に入るだろう白いもの

さあ角だ
誰も通るな
この月夜の道は我のもの
焦るな落ち着け
ほら
前方に白いもの
一歩一歩
また一歩
どこにも気配は感じない
あと一歩

わっ
またもや後ろで何かの気配
ひるむな
絶対
たじろぐな
ごく自然にひざを折れ
手を伸ばせ
白いものをすぐさまつかめ
ひざを伸ばせ
すぐ一歩
その一歩のうちに
ポケットへ

誰も来るな月夜の道
この時間と白いもの
もう
誰が何を言おうと我の手中
胸の鼓動
胸の鼓動

黙れ静まれと角を曲がる
顔を背けて幹線道路
アパートはもうそこだ

ドアを開け鍵をかけてなだれこむ
暑い
パーカーを脱捨てズボンを下ろす
汗が汗が
こんなに出るとは
座り込む
まず飲みかけだった缶ビール
ごくごくごくん
温くたってこの旨さ
吐きだす息が鼓動を鎮める
(続く)