【虹猫・コロナ猫 シロは何でも知っている 第3部おかあさん】

3.旅立ちの時。首輪も青に

 稲妻やゆきあいの空風の音
 スーパーを覗きに来たの赤トンボ
 =伊神舞子の白猫俳句<minuetto-mi>から

 上の二句はアタイの俳句の師匠である伊神舞子、おかあさんが、きょう(2020年9月14日)と昨日(9月13日)詠んだ白猫俳句です。
        ※        ※       

 アタイは天の子、神の子、翼の子。
 白狐のシロです。「白」の俳号をおかあさん、すなわちオカンから拝命したこの世でただ一匹の俳句猫オーロラレインボーです。早いもので、きょうは令和2年9月14日。月曜日です。オカンのリサイクルショップのお店「ミヌエット」が再開して、2週間が過ぎました。この間、多くの方々のお世話になり、本当に感謝しています。ありがとうございました。木曽川河畔に広がるここ濃尾平野も、台風10号通過に伴う痛烈なる、雷を伴った土砂降りの雨に再三襲われ急きょ、お店を閉めるなど僅かな間にもいろんなドラマがありました。

 でも、強靭な精神の持ち主であるアタイの大好きなおかあさん、オカンはあくまで負けてなんかはいません。だからアタイも負けないで、ここまでついてきました。これからも、ついていきます。どこまでも、です。オカンが毎朝、お供同然のおとうさん、オトンと一緒に家を出るときは決まって玄関先でお見送りをし、帰宅時に自転車が玄関先に止まったり、玄関の鍵を開ける音がすれば、そのつど走って飛んで行って「おかえりなさい」と出迎える日々が続きました。いや、今も続いているのです。

 玄関まで出迎えるシロちゃん。このようにして飛び出てくる毎日だ
 
 白い体にお似合いだった黒い首輪もだいぶほころんできた
 

 もっとも自転車には、まだまだ乗れるはずもなくオカンは毎日車体を体の右側に半分杖代わりにしてお店に向かって歩いて行くのです。とはいっても、「きょうは自転車が重く感じるので、やめとく」と、自転車はやめ一人歩きをすることもたまにあります。なぜなら、オカンは杖を頼りに歩くことは退院当初からしないことに決めており、リハビリ療法士さんからも「それで結構ですよ。かえって杖をたよりにしない方が、足に力をつける点からも良いですよ」と言われているからなのです。
―そんなわけで、オトンもおとうさんなりに、お店への行き帰りには決まって付き添っての日々です(これは、今も続き、ここしばらくはオカンがどんなに嫌がっても続きそうです。オトンも言い出したらきかない人だから。だって、オカンのよちよち歩きは、勝気の本人が「もういいってば」と言ったところで、アタイが見ていても、まだまだ大変、心配だからです)。

 さてさて。そんな、それこそヨチヨチ歩きで危なっかしいオカンではありますが。お店の方は開店早々から、シャキットさんはじめ、ドデンさん、謎の4時の女性(なんでも4時になると決まって、お店に来てくださる不思議な、お方だそうです)、西春高女、可児のピアノ教師、団地の女性、文学少女でまもなく満90歳になられる〝そのこ女史〟、ほかに相場師さん……=これら呼び名の数々は全てオトンがつけたそうです。オトンはオカンの話から想像してこうした名前をつけました。でも、オカンに言わせれば、オトンはお店にきてくださるお客さんの大半を、実はまだまだ知らないのだそうです=と、先ずはひととおりのお客さんは来てくださったそうです。
 オトンは、こうした話をオカンから聞き、「おまえみたいなところへ、よくぞ来て下さる。感謝せな、アカンよ。どこに、そんなわざわざ、お店に来てくれる人がいる」と言うのが口癖なのだってさ。こんなオトンなので、開店した翌日には菊とかバラ、カーネーション、百合、菫といった赤、青、黄などカラフルな花1輪ずつを20本ほど花屋さんで買ってお店に届け、「来ていただいたお方に1輪ずつお礼として手渡すように」とオカンに渡しました。でも、2、3日後にはこれらの花々も全てなくなってしまったようで、この話を聞いたオトンはなぜかホッとしたみたい。ホント言えばオトンが昔、仕事で訪れたオランダ・アムステルダム近郊の世界一の花市場【アールスメル】で出会った花弁に妖しい斑点があるアルストロメリアを感謝のしるしにお客さま一人ひとりに一輪ずつ、と思ったそうです。でも、あいにく、その日、花屋さんの店頭にアルストロメニアはなかったので、ほかの花に替えたのだって、よ。でも用意した花はみんな、すぐに無くなってしまったようだーとオトンから聞かされ、アタイ、ほんとにうれしかった。オトンも喜んでいるにきまってる。
 ただオトンが心配してるのは、オカンの骨折前にいつも両手を広げて日々、幸せを運んでくれるような仕草で、お店に来てくださっていた〝コンドルさん〟が一向に姿を見せられないことだ、とか。オカンは彼女の元気な顔をみるまでは落ち着かない、と。そう、いつもアタイに話してくれています。早く来てほしいな。〝コンドルさん〟。

 あっ、そうそう。ここで報告があります。オトンとオカンがきのう買い物帰りにホームセンターに寄り、アタイに新しいスカイブルー、海のような青色の首輪を買ってくれました。これまでの黒い首輪がだいぶ古くなり、首から外れそうになってきたので新調してくれたのです。オカン、オトン。ありがとうございます。これから大切に使わせていただきます。

 新しい首輪をしてもらったシロちゃん
 
 さっそく身づくろいに忙しい
 

【追記・2020年9月14日】そういえば、きょうアタイがこの原稿を書き終わったところ、オトンから「新しい自民党の総裁(第26代総裁)にたった今、菅義偉官房長官が選ばれたよ。テレビでやっているから」と教えられました。さっそくテレビを見ると、新総裁のあいさつに立った菅さんの背広が、なんとアタイがオトンとオカンから買ってもらい、新しく昨夜、つけてもらったばかりの首輪と同じ「青」だったのには、驚きました。
 そう、海のような鮮やかなスカイブルーでした。菅さんは秋田のイチゴ農家の出身で地元の高校を卒業後、上京。苦学して法政大を卒業し国会議員秘書を経て横浜市議を皮切りに政界入り、48歳で国会議員に初当選。無派閥のたたきあげだけに、アタイは十分に期待していいと思っています。新型コロナウイルスによるコロナ禍の終息はじめ、経済の低迷からの脱却と再生など。目の前の問題は山積しています。
 でも、スガのおじさんなら、アタイたちペットも含め、国民を幸せにしてくれるような、そんな気がするのです(ただ、安倍政権の森友・加計問題・桜を見る会・文書管理のズサンさなどで天下に恥をさらし続けた悪政の数々と継承だけは、絶対に困ります。菅さん、すなわち新総裁が記者会見で決意表明された【国民が見て当たり前でないことは改めていきたい】。アタイは、この言葉を信じたく思います)。国民が見ておかしい、と思ったことは必ず改めてください。スガさんなら、出来ます。
 というわけで、スガさん、これから大変でしょうが、がんばってくださいね。日本国をよろしく、お願いします。応援しているから。菅さんは16日に国会で第99代内閣総理大臣に指名され、同日中に菅内閣が発足するんだってよ。激務ですから、おからだも大切に。ネ。二階幹事長の「菅新総裁には、力量、誠実さ、実行力が兼ね備わっている」の言葉を信じています。

 ところで話は変わりますが、12日(日本時間13日)にニューヨークで行われたテニスの全米女子シングルス決勝で大坂なおみさん(22歳、日清食品)がビクトリア・アザレンカさん(ベラルーシ)を1―6、6―3、6―3と逆転し2年ぶり2度目の優勝を果たしました。またイタリアで開催されていた世界3大映画祭のひとつ、第77回ベネチア国際映画祭でもコンペティション部門に出品していた日本の黒沢清監督(65)の「スパイの妻」が監督賞の銀獅子賞に選ばれた、とのこと。スガさんへの期待も含め、何もかもが新しい旅立ちの時でアタイの気持ちは今、ゆらゆら弾んでいます。全てのものが新しく幸せな時代に入ったらイイナーとアタイは思っています。
=<シロはなんでも知っている>のシロちゃんより

「国難にあって政治の空白は許されない。私には、国民を幸せにする使命がある」と決意表明をする菅義偉自民党新総裁(NHK総合テレビから)
 

                (つづく)

2.皆さま、ありがとう。オカンのお店が再開
 アタイ。天の子/神の子/翼の子である【白狐】のシロちゃん(「白」の俳号を持つ、この世でたったひとりしかいない、世にも不思議な俳句猫。本名は、虹猫オーロラレインボー)です。今回は新型コロナウイルスの感染拡大に伴う未曽有のコロナ禍のなか、何という悲劇なのでしょう。左足大腿部骨折と手術、その後のリハビリ入院というコロナ禍とはダブルパンチ、二重の不幸に襲われたアタイの大好きなおかあさん、オカンのその後について話しをします。
 オカンは、先日の退院に続き、きょう9月1日、とうとう天下晴れて、自ら営むほとんどボランティアと言っていいリサイクルのお店「ミヌエット」を再開させたのです。で、アタイは朝からそわそわドキドキ。オカンがほんとに店に出られるのか、とても心配でしたが、初日は愛用の自転車を引いて歩くオカンにオトンが付き添って、自宅から十分ほどのお店まで歩いて行き、とうとうお店「ミヌエット」の再開にたどり着いたのです。

 世界の片隅、日本の木曽川河畔で再開した、ちいさなリサイクルショップ「ミヌエット」
 

 オカン。おかあさん、心からおめでとう。そして。これまでオカンを励まし続けてくださった、歌人の国枝子さまはじめ、作家の治子さま、カトマンズ在住の裕子さん、大正琴弦洲会会主でふるさと音楽家でも知られる小牧のすすむさん、能登の憲彦さん、佐田味さんら多くの方々、さらにはオトンの兄妹、東京でオカンのことをずっと心配してくれていた科学者のオニン(お兄さん)夫妻ら和田さん一家のみんなにも、敬意を表します。
 そして。オトンはきょうオカンをお店まで送った帰りにおかあさんが自転車で転倒した際、救急車の出動をたのんでくださった方に対する礼を回転ずしまで足を運んで述べました。当時、救急車を要請してくださった方は、回転ずしに入る直前のお客さんだったみたい(舞の話)と聴いていたのでオトンは「お店のみなさま、本当にありがとうございました。もし、心当たりがおありのお客さんがおいででしたら、その方にもよろしくお伝えください」とも礼を述べてきたのだと言います。当然ながら、こうした行いはオトンならではだ、とアタイは思うのです。

 というわけで、オトンはオカンとともに令和2年9月1日午前9時過ぎにオカンが営む「ミヌエット」店内に久しぶりに足を踏み入れました。そして。オトンの目に最初に飛び込んできたのは、オカンが自慢としている俳句の季語が入った〝日めくりカレンダー〟だったのです。日めくりは【6月26日 金曜日 季語浴衣 ひととせはかりそめならず藍浴衣 /七十二候 菖蒲華】のところでストップしたままでした。

「ミヌエット」の店内に残されていた宇多喜代子さん監修による日めくりカレンダーの一部
 

 6月26日は、お店に向かう途中のオカンが自宅近く路上で自転車に乗っていて転倒し左大腿部の骨を折った27日の前日で、これにより26日まではお店に来ていたことが一目瞭然です。オトンは念のため、そのカレンダーを手にめくっていきましたが、次のようなものでした。
【6月27日 土曜日 季語鮓 季語となっている鮓は熟れ鮓です。地域により魚は変わりますが、今や熟れた匂いなど嗜好品になりました。 鯛鮓や一門三十五六人 正岡子規】
【6月28日 日曜日 季語余り苗 田植の際、万一の時のためにいくばくかの苗束を田の隅に確保しておきます。田に事故がなければ不要になる苗です。 黄色くて赤くて余り苗の先 山口昭男】
【6月29日 月曜日 季語草笛 草の葉や木の葉を唇にあて、吹く息を調整しながら音色を楽しみます。なれるまでなかなか難しいようです。 草笛の音色古稀とは思へざる 森井美知代】
【6月30日 火曜日 大はらい・夏越祭 季語茅の輪 名越の祓いに用いる茅萱の輪。境内に立てられたこの輪をくぐると無病息災が叶うといわれます。 くらき滝茅の輪の奥に落ちにけり 田中裕明】
………

 アタイの俳句の師匠でもあるオカンはこんなところでも日々、俳句の勉強を怠りなくしていた、と日めくりカレンダーを手にしたオトンに知らされ、アタイの目にはドッと涙があふれ出たのです。何というか。オカンはどんな時にだって、俳句が頭から離れていないことがよく分かりました。ほんとうに努力の女性、いやアタイにとっては師匠なのです。

 そういえば、いったんお店から戻ったオトンは、お昼になると以前のようにコンビニで買った簡単な食事を久しぶりにお店に届けたのですが、お店にいたのは寂しそうに座っていたオカンただひとりでした。でも、オトン曰く。「世の中こんなものだよ。派手好きなキンキラキンさんよりも、こうした地味な方がいい。せっかく再開したのに。待てども、待てども、待ち人きたらず。この方が、哀愁があっていいのだよ。待てども誰も来ない。それで良いじゃないか。それでいいよ。皆、だれだってサ。自分が生きていくのに一生懸命なのだから。客が来ようがこまいが。そんなことより、店を再開できた、その喜びこそ、何よりだよ。そのうち心ある方が思い出したように、きっと顔をのぞかせてくれるよ」(それでも帰宅したオカンがアタイに話してくれたところによれば、『きょうは、シャキットさんにナオミちゃん、ほかに午後4時の不思議な女性が来てくれたの』だってよ)とたんたんとした様子でした。
 アタイは、そうした、どちらかといえば地味ながら堅実なオトンとオカンが大好きなのです。オカンの復帰話については、オカンのブログ【きょうの俳句 minuetto-mi】欄が<白猫俳句>の名でつい2、3日前に、復活した朗報など、まだまだほかにもあるけれど。きょうは、ここらでやめておきます。ここでオカンの近詠二句を紹介させて頂きます。
 ♪風の盆コップの嵐どうなるか
 ♪りーりと初こおろの鳴きにしか
        ※        ※

 それはそれとして、今回は、オカンが転倒事故に遭ってからの場面も含めてアタイの幼少時からの心の揺れ動きをカメラで辿り、ちょっと変わった【シロちゃんの〝猫オムニバス〟】として、ここにアタイの人生の一部を収録しておきます。ですので、その間のアタイの胸の内でも知っていただけたら、それだけで、とても幸せです。次のとおりです。

 アタイは白狐、俳句猫。オーロラレインボーのシロです
 
 幼き日々。半野良ながらオカンの家に飛び込んできた当時のアタイ、シロちゃん
 
 オカンの入院中、アタイはずっと♪エーデルワイスと♪みかんの花咲く丘をスマホのユーチューブでオトンと一緒に聴いていました。今も、です
 
 「ありがとう」。思いがけず、お見舞いにメロンまでもらいました。オトンのお友だちからも高価な猫食器を
 
 
 オカンが足を骨折してからはずっと心配のしどおし。退院してからも帰宅するつど、玄関まで出迎えています
 
 なかなか帰らないオカンを待ちくたびれたこともしばしば。時には疲れて寝込んでしまうことも
 
 はるこさんから頂いた猫タオル、大好きです
 
 やっぱり、おかあさんとこうして俳句の話をしているのが一番うれしくて楽しい
 

 ところで、オカンのお店の再開は多くの方々の励ましがあればこそ、です。本当にありがとうございました。それでは、次回をお楽しみに。(つづく)

1.アタイは天の子、神の子、翼の子よ
 きのうは終戦記念日。きょうは令和2年8月16日です。あの日、ことしの6月27日に自転車に乗ったおかあさん(伊神舞子)が自宅近く桃源の交差点を渡り切ったあと。交差点から右方向に少し勾配になっている道路を右折した直後に回転寿司前の路上で自転車もろとも転倒し、左足大腿部の頸部の骨を骨折してしまってから1カ月半以上になります。

 それはそうと、このところ国内外ともども一向に収束しそうにない新型コロナウイルス感染化拡大によるコロナ禍に加え、場所によっては40度を超す驚異的な暑さ(浜松では16日に40.9度を記録)が人間社会を襲い、容赦ありません。で、あついのが苦手なアタイは、和田さんちの家の中でも出来るだけ涼しいところを探してそこでジッとしているのです。でも、どんなに暑くてもアタイはおかあさんから目を離すことだけはしません。
 だって。まだまだヨチヨチ歩きのおかあさんのことが、とても心配だから。なので、いつだって1階のオカンの部屋を視野にオカンの存在がアタイの目に見える範囲内のところで横になり、じっと静かに見守っているのです。

「アタイは、どんな時だって。おかあさんを見守っています」と、けなげで献身的なシロちゃん=和田さん宅で。オトンが撮影
 

 そして。いつの日からなのでしょう。何だかアタイはオカンの〝癒し猫〟になってしまった。そんな気がしないでもありません。でもそれでいいのです。アタイは、こんな生活こそ、アタイに課せられた天から与えられた宿命なのだと。最近、そう思っています。そして。オカンに、あの八重歯が輝いていた若かった、昔がそうだったようにカモシカみたいな足がよみがえれば、鬼ごっこだって、かくれんぼでも。もしかしたら縄跳びも一緒にできる日がくるかもしれません。オカンがだんだんと若くなっていき、少女のころのような可愛らしさも出てくるのです。

 アタイがなぜ、そんなことを言うのか。というのは、骨折で手術を受けたあと、リハビリも兼ねて入院していたおかあさん、すなわち、オカンが8月10日に無事退院し、懐かしのわが家である和田さんちに帰ってきてくれたから。アタイはいま、人々が苦しみ悩んでいるコロナ禍なんてどこ吹く風で、嬉しくてうれしくって。仕方がないのです。だから。もう2度とオカンにケガをさせるわけにはいきません。目を離すことだけはしません。いつだってオカンのそばを離れません。オカンが時折、立ち上がってノロノロ、よろよろ、ゆるゆるとトイレに立ったり、台所に出向いたりすると、もう心配でならないのです。そんなアタイを目の前に病院から帰ってきたオカンは「シロ、シロちゃん。もう心配ないから。おかあさんは、いつだって、おまえの傍にいるからね。これからだって。おまえの味方よ」と言ってくれます。でも、正直いってアタイはいつだって、おかあさんのこと。とても心配なのです。
 そんなわけで、この夏こんなに暑くてもこうしてオカンのそばにいられる自分自身がそれだけで、とっても幸せだなと思っています。アタイはいま嬉しくて。うれしくって。仕方がないのです。だってオカンがいつだってアタイのそばに居てくれるのだもの。

 実を言うと、ついこの間まではオトンの「シロやシロ、おまえの大好きなオカンがもう少ししたら病院から帰ってくるぞ。今はね。病院のリハビリ療法士のお姉さんやお兄さん、それにやさしい看護師さんらに助けられ、一生懸命にリハビリの訓練をしているのだから」の声に、アタイは居てもたてもいられず、これまでオカンの入院中に二度三度、いや三度四度…とわが家の脱出を試み、そのつどオトンやタカシ兄さんに随分心配をさせてしまいました(そういえば、きょうはタカシ兄さんの誕生日だった。うっかりしていてゴメンね)。
 で、ネ。脱出は、深夜未明だったり早朝だったりしました。何度も言うのだけれど。アタイは天の子。神の子。翼の子。時と場合によっては、風の子にもなります。この世の全ての人々に幸せの光りをもたらす白狐なの。だから。オカンの退院話を耳にした以上、だれよりもはやく会いたくなって、サ。ガラス窓を自分で勝手に開け、空を飛んで、わが家を飛びだしてしまったというわけです。

「こうしていても、時には思い立って白狐となり空を風になってどこまでも飛んでゆくのだから」と話すシロちゃん。
 
いつもは、こうしてオカンの好きな歌♪エーデルワイスや♪みかんの花咲く丘、を聞いているのだよ、とも。
 

 オトンったら。アタイが居なくなるとは、そのつど、居間の窓ガラスを開け、それこそ泣きそうな声で「シロ、シロ。シロシロ」「おまえは一体全体どこへ行ってしまったのだ」と何度も何度も、お外の闇に向かってアタイを呼んでくれ、正直いってアタイは後ろ髪を引かれる思いで、そのつど【無体のかぜ・白狐】となって病院まで飛んでいき、病床で踏ん張るオカンを前に、姿を消したまま、もう泣きそになりながらも、オカンの順調な回復ぶりを目の前に声をかけたくてもかけるわけにもいかず、心の中で「オカン、オカン。がんばれ。がんばって。いや、負けないで。もう少しの辛抱だよ」とエールを送り、暗いお空に浮かぶわが家に帰ってくるのです。むろん、道中はオカンにいつも教えられている俳句の句作のことも頭から離れません。
 そして。家に近づくと、オトンとタカシが「シロ、シロ。シロ。おぅ。シロちゃんか。帰ってきたか」とアタイを呼んで迎えてくれます。なので「アタイって。なんて幸せなのだろう」と思わず目頭が熱くなり、涙がそれこそ、ポトポトハラハラと出てくるのです。

 アタイは天の子。神の子、翼の子なのです。そればかりか、オカンの弟子でもあるこの世でたった一匹の俳句猫(「白」の俳号を持つ。本名はオーロラレインボー)のシロちゃんなの。だからアタイはそのつど姿を消し、時には世にも不思議な真っ白な白狐となり、オカンが入院する病室まで何度も何度も風となって飛んで行っていたのです。病床のオカンは、アタイがすぐ傍らに居るという気配だけは感じながらも何ひとつ言いません。でも、アタイが見えない姿のままオカンをそっと見守っているとき。オカンの心身は、とても穏やかでアタイの気持ちも最高に休まるのです。そういえば、先日アタイあてに東京に住む作家の【はるこさま】から、こんなメールが届きました。
―シロさま メールをありがとうございます。私は今日も東京にでております。シロさまが伊神さま舞子さまを思うお心の熱さに感動しております。舞子さまをよろしくお願いします。(8月14日午前10時56分)

 このメールが届いたことをオトンから知らされたアタイは何だかうれしくてたまらなくなったのです。あとでオトンが内緒で教えてくれたのですが。オトンはそれより前に、実はこんなメールをアタイに成り代わって【はるこさま】にあてて出していたのです。次のような内容でした。
―アタイの大好きな、はるこさま。そして。すてきな、ステキなまりこ姉さま。お見舞いをありがとうございました。おかあさん、ホントに嬉しそうでした。ありがとうございました。シロより

 というのは、それより前におかあさんの骨折入院を知った、オトンが大好きな友だちで作家仲間でもある【はるこさま】から猫のイラストが入った、かわいらしい何とも上品で素敵なタオルが病床にと届いたため、その感謝のメッセージをアタイに代わってオトンが出し、メールはその返信として送られてきたのでした。なんてやさしい【はるこさま】と、まりこさまなのでしょう。
本当に。ほんたふに、ありがたくて。アタイはついつい、オカンと一緒に泣いてしまったのです。アタイとオカンの目から、ぽとぽとはらはらと涙が出てきたことは言うまでもありません。
        ※        ※

 ところで、あの忘れられないオカンの転倒事故は、アタイはむろんオトンもタカシ兄さんにとっても生涯、忘れられない出来事になってしまいました。きょう2020年8月16日には午後、事故現場でおまわりさんによる実況見分もあり、まだまだ歩くのがやっとのオカンには、おとうさんが付き添いました。事故現場の検証から帰ったオトンが帰宅後「きょうはオカン、おかあさんの口から新たな事実を知ったよ」と言うので聞くと、オトンはアタイにこう言って聞かせてくれたのです。
「いやはや。驚いた。おかあさん、自転車ごと転んだ瞬間、頭だけは守らなきゃ、って。とっさに頭をコンクリート路面に打ちつけることだけは身をひるがえして何とか避けたんよ―だって、さ。ひとつ間違っていたら、あたしは既にこの世には居なかったかもしれないわ」と。
 この話しを聞き、アタイはどきりとする一方で「やっぱりオカンはすごいな」とホッと安堵したのでした。と同時にこれからは大好きなオカンをアタイはどこまでも守っていくのだ、と決意を新たにしたのです。

 事故発生現場ではオカンも立ち会い、炎天下で地元江南署員による現場検証があった。検証に当たる署員と事故当時の模様をおまわりさんに話すおかあさん=江南市桃源の発生現場で
 
(つづく)