【虹猫・コロナ猫 シロは何でも知っている(続編)】

1.おかあさん
「おかあさん。シロちゃんが、外に出たがっているけど、出してやっていいかな。きょうは、風こそ少しあるけれど。とても良い日だ。だからシロ、すなわち彼女の美容と健康維持のためにも戸外に出してやるべきだと思うのだが」
「そうね。出してあげなさい。あげなさいよ。これまでは真冬でもあり、少し寒すぎたから出さないで正解だったけれど。せっかくの好天なのだから。出してあげて。でも、出てもいいけれど。その代わり、コロナ感染と交通事故にだけは気をつけるのよ、って。そう、言っといて」
「うん。分かった。ただ、シロを家の裏口から出そうとすると決まって、俺たちが飼っていた先代の愛猫こすも・ここそっくりの〝ここ二世〟が裏木戸の出口部分にきて立ちはだかって邪魔してくる。なので、結構、シロを外に出すには〝ここ二世〟が居ないときを見計らって、というか。テクニック、いや技術がいるのだよ。それにしても、〝ここ二世〟は俺たちが埋めた庭の墓からいつのまにやら、沸き立つようにして生まれて出てきたのかな。近ごろ、そんな気がしてしかたないのだよ。シロはやっぱり、〝ここ二世〟がいない時を狙って外に出してやらないと。これが結構、難しい」

 朝早く。決まってわが家の濡れ縁に顔を見せる〝ここ二世〟
 

        ※        ※

 ♪三角耳よ大地の春の音聴いたかい

 これは、アタイの宝物であるおかあさん、オカンが詠んだ俳句です。きょう(2021年1月27日)の午前、アタイは久しぶりにオトンの許しを得て、お外に出てちょっと離れた広場で日向ぼっこをしてきました。そしたら、春の陽光ともいっていい太陽がさんさんとアタイに光りを投げかけてくれ、アタイはもうなんだか、ホンワカホンワカリとした気持ちになってしまったのです。冒頭はお外に出る前にオトンが病院で入院しているオカンに電話し、アタイを外に出していいものかどうかを思案して聞いているところの会話です。
 大寒(1月20日)前のとても寒かったあのころに比べたら、このところは朝の光りも、すっかり春の陽光そのもので、ここ四日間というもの、アタイは連日、吟行を兼ねて外出。春の息吹を全身に浴び、いつもきまって一人で訪れる近くにある広い野原のど真ん中に寝ころんで、お空を見ながら、あんなこと、こんなことを考えているのです。
 幸いといってよいのかどうだか。オカンと同じく大の猫好きなオトンが毎朝、わが家に現れる猫ちゃんたちに分け隔てなく食事を与えてくれることもあってか、野良の友だち全員がアタイのことを大切にしてくれているのです。友だちは毎朝決まって、一番早くおはようのあいさつをしに濡れ縁まで来てくれる〝ここ二世〟はじめ、オレンジ色の体毛も鮮やかな親子連れ、ほかにうぐいす君、黄色い寅模様が鮮やかな虎豹……と、どの猫も魅力がいっぱいのかわいい紳士淑女ばかりです。アタイはアタイで、みんなが皆、あんなに寒い戸外で夜は一体どうしているのだろう、と少し心配です。
 でも、よくよく考えてみると、野良さんたちは逆にアタイのことを「あやつ、人間ちで【捕らわれの身】になっているから優しくしてあげなきゃな。それと、あそこの一家、なかでもオトンなる人物がいつも俺たちにおいしい食事をくれるから。牢屋の中同然にニンゲンたちに監禁されているシロちゃんの安全を見守る面からも毎日、シロが捕らわれの身となっている和田さんちにだけは顔を出してやらなきゃあ、そうしないと自由の身の俺たち、バチが当たるかもしれないよね、と。
 そう思っているかもしれません。

 結構、気品がある、うぐいすちゃんも時折、顔を見せる
 

 時にはオレンジちゃんに虎豹くん…も顔を見せる

 さてさて。話はとんでもない方向に飛んでしまいましたが、例によってアタイの自己紹介から始めましょう。そう、そうなの。アタイは天の子、神の子、翼の子。この世でただ一匹の俳句猫、「白」の俳号を持つ白狐のシロ、シロちゃんです。世界中はむろんのこと、その気になりさえすれば宇宙の果て、そのまたはるかな向こうにだって行けるのです。早いもので前回の【シロは何でも知っている第5章<エーデルワイスの調べ>】から、1カ月以上がたってしまいました。

 わたしが白狐のシロ(本名はオーロラレインボー)で~す
 

 この間、アタイの家、すなわち和田さんちでは、またしても悲しい、かなしい出来事が起きてしまったのです。というのは、昨年6月に思いがけず、自転車転倒による左足の大腿骨骨折という不幸に襲われ、手術につぐリハビリ入院を終え、その後やっとのことで、元の状態に戻ったアタイのおかあさん、オカンに、これはなんということなのでしょう。こんどは東日本大震災と福島原発事故が起きたちょうど10年前にオカンが覚悟を決めて挑んだ8時間に及ぶ脳腫瘍の大手術いらいの危機となって、次なる思いもかけなかった大病が襲いきたのです。オカンは知らぬ間にがん、それも子宮がんという恐ろしい病に侵されていたのです。
 一体全体、なんたることなのでしょう。骨折に続く手術に耐えながらも退院後はリハビリに挑み、笑顔を絶やさず、努めてあれほどまでに見事に立ち直り、自ら営むボランティア同然のリサイクルショップ「ミヌエット」も再開させ、元気に通い始めていた。のに、です。オカンのお店「ミヌエット」は、この世を逞しく生き続ける女性たち、すなわちおばちゃんたち一人ひとりにとっての【駆け込み寺】同然といってよく、いつ顔を出しても、たいてい店内に客の2人や3人はいます。そして。アアダこうだ、と家のことや世間のことどもについて談笑し、皆満足そのものの顔をして帰っていくのです。ママであるオカンがやさしく誰でも分け隔てなく客人として歓迎するからこそ、大勢の方々が来てくれるのです。
 デ、これまであんなにも1日1日を大切に生き、歩いてきたオカンだったのに。よりにもよって、今度はがんという病が身の上に火の粉となってふりかかってきただなんて。それも未曽有のコロナ禍で人々が苦しんでいる、そのさなかにです。アタイには、とうてい分かりません。この世は、なんと冷たく、情け容赦もないところなのでしょうか。アタイにはただ、そのことだけしか分かりません。わからないどころか、見えない悪魔たちは、なぜオカンばかりを狙い撃ちしてくるのか。これではあんまりです。オカンが、かわいそうだよ。

 というわけで、オカンはことしに入る早々、1月7日に木曽川河畔のこの街の病院に入院。いまは放射線照射と点滴による抗がん剤投与をしてもらい、がんとの闘いに挑んでいるのです。こんなおかあさん、オカンのことを思うとアタイは悔しくて、悲しくて、せつなくて。やりきれなさでいっぱいです。でも、オカンのことです。きっと、きっと良い医師、看護師さんらにも恵まれ、病に勝ち、再びわが家に笑顔いっぱいで帰ってきてくれるものだ、とアタイはそう信じているのです。あんなにもやさしいオカンが天に召されてしまう、だなんて。ぜったいに許されません。
 あってはならないことなのです。

 いつもオカンとはこうして俳句について話し合ってきた
 

 そうこうしている間に、季節は大寒を過ぎ、節分(2月2日)、立春(2月3日)もすぎ、それこそ気が付くと、「もうすぐ春ですね」というところにまできたのです。この間、オトンは毎晩、オカンの携帯に電話をかけ、こう話しかけます。
「体温は。おなかは痛くないか。気持ちは悪くないか。出血はないよね。おまえ、ひとりでそこ(病室)におれるか。大丈夫か。ヨシッ、それならいい。ところでシロちゃんが心配顔して俺の方を見ているので、いま変わるよ」と、ここまでをいつものように繰り返し言うと、今度は決まって携帯電話をアタイの耳元にもってくるのです。そしてオカンは決まって、こう言います。
「シロちゃん。どんどん吟行して。デ、ネ。おかあさんに、お外の様子をいろいろ教えてちょうだいな。ただ寒い時や雨の日は決して無理してお外には出ないことよ。吟行中は、決して交通事故に遭うことのないように。昔ね。オカンたちが能登半島の七尾に居たとき、わが家には【てまり】=※小説「てまり」は、オトンの小説集「一宮銀ながし」(風涛社刊)所蔵。日本ペンクラブの電子文藝館でも読むことが出来ます=という、とっても可愛い猫ちゃんがいたの。でもね。オカンたちと一緒に次の任地である岐阜県大垣市に転居してまもなく、慣れない初めての土地もあってか。朝、家から出て散歩に行く途中に車に轢かれて死んでしまったの。それは、かなしくってね。だから、オカンたち、おまえに【てまり】の二の舞だけはさせたくないのよ」
 というわけで、アタイとオカン、おかあさんは今はオカンの入院で離れ離れではあっても、実に多くのことを話し合っているのです。

 朝。起きると決まって、一体全体どこからやってくるのか。〝ここ二世〟が濡れ縁に顔を出し、窓に映る黒い影にアタイが駆け寄ると、オトンが窓を開け、アタイたちふたりは、ほんの10秒ほど体を寄せ合い、う~ぅん、ニャン、ニャアオ~、アオといってからだを寄せ合って朝のあいさつをするのです。するとオトンはアタイと〝こすも二世〟に決まって極上の食事、猫コンボをくれます。この猫コンボはオカンが以前に近くのドラッグストアて見つけてくれ、アタイも大好物なのです。

 アタイも大好きな猫コンボ
 

 デ、しばらくして〝ここ二世〟が姿を消すと、オレンジ、うぐいす、虎豹くんなどが思い思いに順番に濡れ縁に顔を出してくれ、アタイはいちいちあいさつするのです(これら猫の名前は、全てオトンが命名しました)。たまに、かわいい子猫ちゃんが母猫と一緒にくることもよくありますが、こんな時にはホンワカ、ホンワカリとアタイの目元がなごむのです。ただ、残念なのは一時、毎朝、顔を見せてくれ、もしかしたらアタイのお父さんかもしれない激しい猫パンチが得意だったあの猫パン親分の姿が、最近、なぜかピタリと見えなくなってしまったことです。およそ1年ほど前でしたか。アタイの体調か悪くて近くの動物病院に連れて行ってもらったときに、たまたまそこで出会って以降は、ずっと会ってはいません。
 あのときの猫パンさんは年老いた男性に抱きかかえられていましたが、なんだか猫パンさんが猫パンさんではなくなってしまったような、そんな衝撃を受け、アタイは少し寂しい気がしたのです。あのとき、猫パンさんはあたいの存在に気付きながらも、ずっとほかの方を見てアタイを避けようとしていることは明白でした。なんだか飼い主さんに拾われ、のらを卒業してからは、急に背骨でも抜かれたように、へなへなになってしまったようです。むろん、以前のような威厳も何もあったものじゃありません。アタイはホントにホントに、信じられない光景を目の前になんだか悲しくなってしまい、世の中そのものが嫌になってしまったことも事実なのです。

 かつての猫パン親分。今やその威光は消え失せた

 ともあれ、オトンやオカンたちニンゲンと同じようにアタイや、野良ちゃんたちも。この地上に生きる全てのものが、今は見えない敵、新型コロナウイルスを相手に生きていくのに懸命なのです。そういえば、和田さんちの前の通りを毎日午前10時半になると決まって、手押し車に二匹の愛犬を乗せ、通り過ぎてゆくおじさんがいます。オトンによれば、このおじさんとワンちゃんは、このところ会話が欠けがちな社会にあって、それこそこの地域の守護神そのものなんだってよ。
 きょうもオトンは帰宅時にばったり、そのおじさんと手押し車に乗せられた二匹のかわいいワンちゃんと自宅前でひょっこり出くあし、おじさんから「奥さま、その後どうですか」といった優しい声をかけられ、「いや。まあまあです」って。そう答えたそうです。

 地域社会をポッと明るく照らし続ける手押し車のおじさんと2匹のワンちゃん
 

(続く)

寄稿「コロナ最前線 カトマンズの今」

 1日の感染者が約3~4000人。コロナ感染者合計約14万人。死者数約800人。ネパール政府は早期にロックダウンを開始し、コロナ対策として厳しく取り締まってきたが、ここに来てネパールの感染者は急増している。インドからの感染者流入が1番の原因だ。
 ネパールは北側に聳えるヒマラヤ以外の国境は全てインドと接していて、主要な国境ポイントではPCR検査で感染を防いでいたが、そのほかの場所では監視を潜り抜け自由に行き来している。いわばザル状態である。もともとネパールとインドは、相互にパスポートなしで国境を行き来できる。現在、ロックダウンは解除されているがカトマンズ盆地内に限り様々な行動規制が無期限に敷かれている。
 車やバイクはナンバープレートの偶数日、奇数日に分けて規制され外出を制限している。生活必需品店、食材、薬局、レストラン、ホテルは営業を許可されているが、教育機関、美容院やジムなどはまだ許可されていない。各学校では早くからZOOMなどによるオンライン授業が開始されていて、この点は日本より進んでいると感じる。

 わが家は今のところ無感染だが、隣近所、友人、友人の家族、会社の近所の人たちが、あの人もこの人もと日々コロナ感染していき、戦々恐々としている毎日だ。
 ネパール人は人間好きでいつもだれかと一緒に居たがる習性がある。日本人の私としては、時々一人になりたくなるのだが、それも至難のわざ。「具合でも悪いのか? それとも怒っているのか?」と誰か彼かが側に寄ってくる。
 大家族で3密を避けられないのも感染拡大の原因だろう。ただ感心するのは、ほとんどの人たちが自力で完治している。風邪の治療と同じように十分休養し、滋養をとりお湯やハーブティーを飲み元気になっている。ターメリック(ウコン)などスパイスを使うネパール料理も効果があるようだ。感染者数の割には死者数が少ない要因かもしれない。
 今は病院に行く方が感染リスクが高いし、もうほとんどの病院が医療崩壊状態で医療体制の脆弱さは歪めない。ネパール政府も給付金を出したり、治療費、薬などの無料化で奮闘していたが、早々にお手上げ状態だ。

 今、ネパールは1年で1番大きな祭り「ダサイン」の最中である。15日間の長期にわたり家族、親戚、親族が国内、海外から一同に集まり祝い、楽しむ国家的行事である。ネパール人にとって仕事よりも大事な祭り。今年はある程度の自粛もあるようだが、さて今後の感染者拡大は? 想像するだけでも恐ろしい。(カトマンズ在住・長谷川 裕子)

【虹猫・コロナ猫 シロは何でも知っている 第3部おかあさん/5.エーデルワイスの調べ】

5.エーデルワイスの調べ

 ♪エーデルワイス エーデルワイス
  ちいさなほほえみ
  そっと白く きらめく花よ
  永遠(とわ)にアルプスの雪
  消えないように……

 繰り返しますが、アタイは天の子、神の子、翼の子。この世でただ一匹の俳句猫、「白」の俳号を持つ白狐のシロ、シロちゃんです。またの名を【オーロラレインボー】とも言い、これぞ和田さん一家のおとうさん、オトンが「この世の万物に〝希望の虹〟をかけてくれるのは、おまえ、白狐のシロちゃんなのだから」とアタイにつけてくれた本名なのです。そしてアタイは、この物語の主人公でもあります。

 早いものです。前回の【シロは何でも知っている第4章〈秋空と秋風〉】から、とおに二カ月以上がたち、もはや日本はどこもかしこも真冬も同然で、新型コロナウイルスの第三波襲来に伴うコロナ禍とともにアタイたちの気持ちなど無視したようにこのところは寒い日が続いています。
 きのうもきょうも早朝、この地方には白い雪が舞いました。北海道、秋田、新潟、富山、長野……と日本の各地で大雪が降り、新潟県の関越自動車道上りでは1000台もが一時、立ち往生する事態に陥ったそうです。
 そしてアタイはといえば、です。きのう十二月十七日には、いつものように自転車を引いて歩くオカンをオカンが営むリサイクルショップまでそろって歩いて送る途中、オトンが路上できらきら光る白いビー玉みたいなものを発見、よく見ると、ナントこの地方では珍しい霰(アラレ)さんたちでした。さっそくオトンは、この生き証人を愛用のスマホでカメラに収めアタイにも見せてくれましたが昔、志摩半島の英虞湾で見た真珠の小粒、ミニ真珠みたいに見えたそうです。きらきら、キラキラ、きらキラリ。と、光り輝いていて。これからステキなことが降ってわいてくるような、そんな気持ちがしたそうです。

 キラキラ星の如く路面を彩ったアラレさんたち=愛知県江南市で
 

 帰ったオトンはさっそく私に画像を見せ「シロ、シロちゃん。おまえみたいに美しいな。こりゃ、この世が未来永劫、いつまでも平和で心配ないということだよ」となんだかチンプンカンな、よく分からないことを言って「なあ。シロ。シロちゃん。でもな」と話しかけてくれました。アタイはそんなオトンを目の前に、いつものように〝ほんわか、ほんわかり〟としたものを感じたのです。
 この半年近くの間、アタイの口から言うのも憚れますが、おかあさん、すなわちオカンは突然、襲われた左足の骨折にもめげず(オカンはことし六月二十七日に木曽川河畔に広がるここ濃尾平野の一角、愛知県江南市内の自宅近く路上で自転車もろとも転倒、左大腿骨を骨折してしまいました。その後、市内病院での手術・入院につづき、転院病院でのリハビリ入院も経て無事、退院。今は自ら運営するリサイクルショップに通うまでに回復)、その後もよくがんばってここまで辿り着き今は毎朝、お店に気力で通う毎日です。おかげでオトンもアタイもオニン(お兄ちゃん)も皆、それぞれ当然の如くここまでオカンについてきました。

 いやはや、このところはニンゲンたち全員がテレワークやらオンライン、リモート、ステイホームにクラスター、ソーシャルディスタンス、ゴー・トゥー・トラベルといったなんだか舌でも噛みそうな言葉ばかりが氾濫する、そんな、とてつもなく、いびつで暗い世の中です。ことしに入ってから突如、この人間社会に現れ出た新型コロナウイルス(とはいえ、この新型ウイルスの存在と感染、実は昨年の12月8日に中国・武漢でいち早く発生し、報道された)の感染拡大はその後、寄せては返す潮の満ち引きのごとくニンゲン社会を襲い、苦しめ、世界全体での感染者は今月11日にはとうとう7000万人を超え、その後も感染者、重症者、死者ともに増え続け、16日現在の世界全体の感染者は7351万8382人、死者も163万6225人(米ジョンズ・ホプキンズ大集計による)に及んでいるのです。日本でも、これまでに18万8361人が感染、2768人が亡くなっています(16日午後10時半現在)。これは尋常ではありません。
 もはや、病院の看護師さんや医師はじめ、他に保健所の担当スタッフら関係者も含め、そのハードな連続の医療業務には見通しも立たず、刀折れ矢尽きるも同然に心という心が折れる寸前です。アタイが住むここ日本でもこのところは医療崩壊の危機が叫ばれ、現に東京都が師走の12月17日になって医療提供体制で最も高い警戒レベルになってしまったのです。なんということなのでしょう。デ、あたいはここで思うのです。ニンゲンたちでさえ滅ぼせない新型コロナウイルスをましてや、アタイたち猫族の手で一体、何ができるというのでしょうか。

 本当を言えば、白狐のアタイこそがこの新型コロナウイルスを先頭に立って退治したいのですが。神の子、天の子、翼の子のはずのアタイにだって、翼こそあっても出来ないことはできないのです。
 というわけで、この世の中、だんだんとだんだんと。暗く、儚く、夢のない方向に向かってただひたすらに突き進んでいる。そんな気がしてしまうのです。でも、アタイは、猫は猫でも白狐なのだから。正義の味方としてオカンたちが幸せになれるよう、どこまでも人間社会を救わなければならない使命をおびているのです。デ、どうしたらこの苦境を打開する方法があるのか。アタイなりに連日、考えていることも事実なのです。このまま見捨ててしまうと、ニンゲンたちはホントに誰もかれもが地獄に直行してしまうかもしれません。
 そんなむごたらしいことは、たとえ天の仕業とはいえ、許せないのです。アタイは天の子、神の子、翼の子です。お世話になってきたニンゲンたちをどこまでも守りとおさなければ、と思っています。ニンゲンって。一見すると強そうに見えますが、結局のところは、誰もが見栄っ張りなだけで、実はスゴク弱いのです。

 何とかニンゲンたちを助けなければ、と思いに耽るシロちゃん(オーロラレインボー)
 コロナ禍に苦しむ社会をよくするには、どうしたら良いのか。シロちゃんはずっと考えている
 

 

 実際、この先、これら悪の権化ともいえる感染拡大の数字がどこまで増え続けるのか。アタイには想像すら出来ません。だから、アタイは毎日、これら不幸な数字が、こんごどんな曲線を描き、かつ増殖していくのか。そればかりが気になるのです。このままだと、人間社会にはこののち恐怖社会と言ってもいい毎日が待ち受けているのかも知れません。同じニンゲン同士で予期しない激しい争いが起きても不思議ではありません。
 それはそうと。アタイは以前、あたしたち猫への新型コロナウイルスの感染が報じられことについても少しだけ、この物語で触れましたが、ほんとに困ったものです。もしもこの先、アタイたち猫族にコロナが感染し、ニンゲンたちとペットたちとの接触までもが禁止されようものなら、アタイたちと大の仲良しであるニンゲンたちの行く末はどうなってしまうのでしょう。互いに、会うことも出来なくなるなんて。ホントに心配です。

 そして。今回は骨折という悲劇から力強く立ち上がったオカンの旅立ち、再出発のなか、アタイが住む家の庭先に出入りする友だち、すなわち野良ちゃんたちの近況についても少しふれておかねば、と思います。デ、あたいはここではオトンの日記帳に描かれている【野良ちゃんたち】の近況についてもお話しが出来たら、と思います。
 オトンは、どうやら、いつだってアタイのことを事細かく日記帳に書いているようです。よほどアタイのことが気になるようですが、それ以前にアタイのことを好きでたまらないといった様子です。なぜ好いてくれるのか。それは分かりません。すなわちアタイに対しては、滅茶可愛がり、溺愛といえるかもしれません。そんなオトンを横目に逆にアタイはいつだって、オトンのことを冷たい目で、何とはなしに静かに見ているのです。オトンは、そのことが分かっているのだか、いないのか。でも、どんな形であれ、アタイとオトンが相思相愛であることだけは確かです。

 なんだか恥ずかしいけれど。その証拠に、オトンはいつだってアタイのことを、ニンゲンならまるで恋人にでも接するように、そっと観察している。そんな気がするのです。日記の内容は次のようなものです。ここに抜粋しておきます
「きょうは珍しく鶯色のまだらを背負った〝うぐいす君〟が庭に顔を出し、網戸越しにシロと鼻を寄せ合った」
「全身がやつれた柿色をしたオレンジ君がとぼとぼ家の前の通りを横切ったかと思うと、今度は向かいのお隣さんの飼い猫に違いない、肌の色艶も鮮やかな寅ちゃんが、向こうからこちら側にゆうゆうと道路を渡った。どこへ行くのか。みんな懸命に生きている。俺はそういう猫たちが好きだ」
「わが家のシロちゃん。彼女は朝早くオカンの部屋からずっと外を、威儀を正したまま、両手両足をそろえ、じっと見ている。『風が動いて、樹木の葉が動いて面白いからみているのよ。シロは俳人、俳句猫なのだよ』と舞。」
「午後。吟行から帰ってまもなくシロが突然、嘔吐。うろたえて電話すると『いいから。いいから。いいの。そのまま寝かせておきなさい。毛玉よ。け・だ・ま。毛玉なの。いいから、そっとしてそのまま寝かせておきなよ』と相棒」
「名古屋に行き、やさしいおじさんとおばさんから、ナントお土産に珍しいりんごチョコをもらって帰る。『さっそくシロにたべさせなきゃあ』と勇んで言うと『あたしは大好き。けれど、シロがリンゴだなんて。食べるわけないよ』との声。彼女は「本当はシロちゃんもこうしたおいしいものを食べるといいのにね」と付け加えた。
「シロちゃん。きょうも1日中、ひとりで留守番をしてくれて本当にありがとう。毎日のお出迎えも感謝しているよ」
「午前中。シロ、出たがるので縁側から出したが、そこに今は亡き〝こすも・ここ〟そっくりの野良の〝ここ2世〟が現れたので、気を遣ってか。再び室内に入る。午後、心地よき陽が当たる2階ベランダ横廊下で日向ぼっこをさせる。シロちゃん、満足そうである」
「午後一時。外は寒い。吟行か。それでもシロちゃん、勇気を出してお外へ。二時半。彼女いったん帰るも、またまた、いつもの〝ここ2世〟が入り口に座って居るので遠慮してか、一定距離を置いて座ったままでしばらく入ってこない。そして。〝ここ2世〟の姿が消えると同時に彼女は♪ニャア~ン、とひと声あげ堂々としたそぶりで家の中に入ってきた。私はそこで、いつものように消毒液と水を含ませたティッシュで何度も何度もからだをふいてやる。新型コロナウイルス感染予防のため、とは彼女もわかっているらしく、このところは帰宅するつど、私による消毒を兼ねた〝からだふき〟に自ら寝ころび、率先協力してくれる。ほんとに。ほんとに。彼女は知らないそぶりでいながら、ニンゲン社会のことなら、何でも知っている」
「それにしても、二年ほど前には毎朝来ていた、あの〝猫パン親分〟は、一体全体どこに行ってしまったのだろう。明らかに猫パンのこどもとみられる真っ黒けの艶やかな毛も鮮やかな〝黒猫のタンゴちゃん〟も、だ。どこに行ってしまったのだろう。」

 ここで、ひと言。猫パン親分とタンゴちゃんに会いたいのは、アタイだって同じです。どっかの飼い猫となって可愛がられていれば、良いのですが。コロナの世の中だけに、どこでどうして生きているのか。心配しています。この気持ちはオトンと同じです。オカンだって同じだと思うよ。
 野良ちゃんたちの日々の行動は、そのごくごく一端ではあるけれど。ざあ~っ、と、こんなところだと思います。

 家の周りにしばしば現れ、わが家のシロちゃんと付き合う〝野良猫〟たち
 
 
 
 
 
         ☆        ☆
 そういえば、オトンのおかあさんで満百歳となってなお意気軒高ながら敬老の日の前日九月二十日夜に日進市内の老健施設内で転倒、オカンと同じ左大腿部を骨折してしまった百歳のオオママ、ちよこさんは高齢もあって結局、手術を断念。車いす生活とはなりましたが、それでも持ち前の気力と頑張り、精神力でリハビリ生活中とのことです。
 オオママは、その後、ピアノのレッスンにも挑戦。そんなオオママをオトンはオカンと一緒に先月(十一月)十六日に訪れて、面会。オオママのリハビリ訓練とピアノのレッスンを目の当たりにしたオカンもオトンもたいそう感激。その日。オオママの刺激を受けたオカンは施設から最寄りの駅までの帰り道を約三㌔にわたって自らの足で杖に頼ることもなく歩き通したが、これにはオトンもびっくり。歩くさまが、まるでファッションモデルのようだった、とは貴重な証言だよね。アタイもがんばらなくっちゃあ。

 闘病中のオカン
 
 途中、休みはしたが。老健施設から最寄りの駅まで完歩したオカン
 

――というわけで、アタイ、今は一日一日を抱きしめるような気持ちで生きているのです。朝になると決まってスマホのユーチューブでオトンがあたいとオカンに流してくれるのは、♪エーデルワイス、そして♪みかんの花咲く丘です。オカンとオトンには、この2曲に特別の思い入れがあるようです。このふたつ。読者のみなさんも、ぜひ聞いてみてくださいね。
 そして。もしアタイたちとニンゲンたちとのパイプが閉ざされてしまったとしたなら。アタイは生きていく力さえ失くしてしまうに違いありません。だって、オトンたちがいればこそ、のアタイ、すなわちわが輩で、こうして毎日を生き生きと過ごしていられるのです。そうでしょ。なのに。なぜ、アタイとオトン、オカンとのパイプまでが閉ざされてしまわなきゃ、いけないの。

 アタイには、そこが分からないのです。今はニンゲンたちが騒いでいます。でも、アタイにはわかるのです。このままだと、きっと。オカンたちニンゲンはむろんのこと、アタイたち猫族までがこの先、苦労して絶望ともいえる世の中を生きていかねばならない。そんな気がするのです。それはそうと、アタイにはどうして人間社会にこれほどまでに醜くて残酷極まる事態か起きてしまったのか。そのことが、わかりません。どうしてなのでしょう。
 それとも、新型コロナウイルスによる今のコロナ禍はニンゲンたちを苦しめるための【天罰】なのでしょうか。アタイはやさしい心の持ち主であるニンゲンたちをどこまでも愛しています。きょうは、このあたりで。

 あっ、そうそう。アタイが日々詠んでいる俳句は、オトンが本紙「熱砂」で連載している【一匹文士、伊神権太がゆく人生そぞろ歩き】を開いて頂けましたら、読むことが出来ます。みなさまに読んでいただけましたら、嬉しく幸せです。では、続編をお楽しみに。  (続く)

4.秋空と秋風
 2020年10月15日の朝です。アタイは天の子、神の子、翼の子。「白」の俳号を持つ、この世の無事平穏と幸せを願う、ただ一匹の俳句猫オーロラレインボー、白狐のシロちゃんです。早いもので前章(3.旅立ちの時。首輪も青に)からきのうで1カ月が過ぎました。

 ところで、われらが中日ドラゴンズは昨夜、大野雄大投手(32)がナゴヤドームで阪神を相手に3―0で4度目の完封を飾って9勝目をゲットし4連勝、谷繁政権時代の2016年7月4日いらい、実に4年ぶりの単独2位に浮上(大野投手は巨人・菅野を抜いて36イニング無失点で防御率も1.92と堂々のトップです)し、オトンは、とてもうれしそうです。
 それに、このところの尾張地方は連日、すばらしい秋の空が広がっています。とても、この空にコロナ禍の犯人である新型コロナウイルスが潜んでいるのだ、なんて。アタイには想像すら出来ません。アタイは、和田さんの家の人びとと幸せな日々で、相変わらず元気でいますので、みなさん、安心してくださいね。それと【オレンジちゃん】に、前に和田さんちの飼い猫で【今は亡きこすも・ここ姉さんのそっくりさん】ら野良の仲間たちも時折、アタイの家の庭に縁側越しにしばしば顔を見せてくれ、み~んな元気でいます。

 ♪秋空に未来永劫と書いてみし 伊神舞子 
 秋の大空高くどこまでも広がるアタイの首輪みたいな真っ青な空
 

 中日ドラゴンズの単独2位浮上を報じた15日付の中日スポーツ1面
 

 でも、一歩外に出ると、この社会。人間という人間が相変わらず、マスクをして外を歩いているのです。こんな異常な世の中はそれこそ、戦場そのものでとても信じられません。一体全体、だれがこんな世にしてしまったのでしょう。きょうも、お外には車が通り、人々がいつもと変わらず歩いている、というのに。なんていうことなのでしょう。以前の社会とは確実に何もかもが違うのです。前のあの平穏で穏やかだった人間社会は一体全体、どこに行ってしまったのでしょう。本音を言えば、まったく嫌になっちゃうニャン、です。アタイたちが住むこの地球は、もはや壊れかけのレイディオーそのものだ、と言っても過言ではありません。

 さてと。おかあさん、オカンに首輪をそれまでの黒色タイから、海と空を合体したような鮮やかなスカイブルーの青色に替えてもらったのが、9月13日のことでした。アタイは新調してもらった首輪をして楽しい毎日を過ごしています。でも、この1カ月の間に思ってもいなかった大変、悲しい出来事がアタイの身辺で起きてしまいました。それは、これまでそれこそアタイがこの世に生まれ出るずっと前から影日向となってアタイのおかあさん、オカンを守り続けてきてくださったおばあちゃん、すなわちオトンのおかあさん、ちよこさん・オオママが日進市内の老人保健施設内で、それも敬老の日の前日の9月20日夜に転んでしまい、オカンと同じ左足付け根部分、大腿部の骨折をしてしまい、隣の国際病院に運ばれ入院したというのです。
 そのちよこさん、なんとことし6月1日に満百歳になったばかりです。マザコンのオトン自慢のまだまだ若々しい美しいおかあさんで、最近では施設内でピアノのレッスンにも熱心に励んでいた、と言うのに、です。そういえば、以前に和田さんちの実家で家族みんなが集まった時オトンが「いつの日にか、俺がハモニカをふくから、おふくろはピアノで<ふるさと>を伴奏してよ」と、そんなようなことを話していた、と聞いています。
 オカンが骨折し入院していた時には何度も達筆な字で手紙を書いて励ましてくれていたのに。足まで同じところを折ってしまった、だなんて。付き合いがよ過ぎるといったら、ありゃしない。オトンとオカンからその思いがけないおばあちゃん足折る、の不幸を聞いた時には、それこそ、どうやってみんなを慰めてよいものか。アタイの頭は混乱し、分からなくなってしまったのです。

 しばらくしてオトンとオカンは、そのおばあちゃんに面会にいきましたが、コロナ禍という異常な社会でもあって一時間ほど待ったあげく、ようやく会うことが出来たそうです。ことに、オオママ・ちよこさんの場合は、高齢で腎臓や心臓がだいぶ弱っていることもあって面会時にはオカンみたいに手術をしてもらうことも出来ないまま、病院で痛がって、ただひたすらに苦しみに耐えていたそうです。でも、オトンとオカンが励ますと「おかあちゃん、ほんとは手術をしてほしかったのだけれど。先生とふたりきりで話し合い、手術はせず自然治癒の道を選んだの」とのこと。「これまで自慢だった歩行から、車いすに頼る生活になってしまうけれど、おかあちゃん頑張るから」って。そうおっしゃっていたそうで、それを聞いたあたいは、それこそ泣けて、泣けて。
 ほんとに一晩中、涙があふれ出てしばらくは止まりませんでした。心の中で、負けないで負けないで、負けないでよ―と祈るように叫び続けていました。

 でも、ね。その分。アタイのおかあさん、すなわちオカンはこの一カ月間、ほんとによく頑張り、自分ひとりでお店にまで歩いていけるようになりました。周りの人々の温かい声援があればこそーとオトンもオカンもみなさんには心から感謝しているのだそうです。まだまだヨチヨチ歩きで連日、痛々しい日々ではありますが、がんばりやのオカンのこと、きっとこの調子で復活してくれるはずです。アタイはそんなオカンが大好きで、どこまでもついていく覚悟をあらためてしたのです。
 というわけで、オカンは今ではリサイクルショップのお店「ミヌエット」に休み(日、月曜日)の日以外は、毎日出勤。オトンの朝と夕方の送り迎えも「もう大丈夫だから。あたし一人で行けるから」と断って今月からはひとりで行くようになったのです。これはオトンには内緒の話ですが、たまにひとりでドラッグストアに自転車を引っ張って行くようになりました。ミヌエットを訪れるお客さんも日を追うごとに戻ってきたようです。

 オカンもオオママも早くよくなってほしい、と心配顔のシロちゃん、すなわちオオロラレインボー。オカンの帰宅時には毎日玄関先まで出迎える
 

 そしてたまには疲れで寝てしまうことも
 

 それはそうと。オカンに聴きましたが、「うちのミヌエットにお出でになるお客さんは皆さん、どの方も人生経験が豊富で、とてもステキな方ばかり」なんだって、よ。シャキットさんに、コンドルさん、ドデンさんに相場師、<きれいきれいさん>に孤高の大作家、歌のおばさん、午後四時になると決まって訪れる【4時の女性】、ほかに、純愛さん、りんごっこにスタイリスト、手押し車の女性、翻訳美少女……とオトンは来る人くる人に勝手に密かなるあだなまでつけてしまい、アタイに耳元でそっと教えてくれるのです。確かに、やさしくて逞しい方たちばかり(なかには可憐な女性も)で、ホントにオカンの親衛隊であることだけは間違いないのです。
 ですので、オカンは、こんなお客さんたちのことを「みんなあたしの仲間よ。衣類を買う以前に皆さん、何よりもここにきて話をしたいから来てくれるのだから」と言います。オトンはオカンのこの言葉に「ならば、それはそれなりにミヌエットにも存在感がある。価値はあるってことか。ええじゃないか」とそう言って笑っています。みんな良い方ばかりで、オカンは幸せだと思うのです。

 和田さんちでは今、アタイもオカンもオトンも、システムエンジニアでテレワークも含めて連日大忙しのオニン(お兄さん)も皆、それぞれ頑張っています。だからアタイだけが、のんびりするわけにはいきません。なので、きのうもその前の日も、ちょっとだけ、お外に出て吟行してきました。
 ほんとは先日、新型コロナウイルスに罹ったトランプさん(米大統領)が勝つかどうか、大統領選挙に世界の目が集まっているアメリカはじめ、感染の再拡大化が目立つフランス、ノーベル賞で知られるスウェーデンやノルウェーなどにも、そろそろ行って、現地をじっくり見てきたいのですが。
 ここしばらくはオカンとオオママ・ちよこさんがもう少し良くなるまでは、空を飛んで海外までいくのは自粛しようかと思っています。それよりも今は留守番でもなんでも和田さんちのみんなのお役にたてれば、何よりだと思っています。
 あっ、そうそう。こんなわけで何かとあってこのところは腰痛で歩くことさえ大変だったオトンですが、秋の訪れとともに少しはよくなってきたようです。一時は、やっとこせ歩いていたオトンですが、週に一度の社交ダンスのレッスンは続け、このところは1級よりも上のブロンズ級のルンバとワルツもある程度こなすようになり、ほかに執筆活動も相変わらず黙々と続けています。むろんアタイもオカンも、みんなオトンに負けないよう毎日を大切に過ごしているのです。

 そして。このところはオカンが私によく諭すようにしていう言葉も忘れるわけにはいきません。すなわち、その言葉は「シロちゃん、おまえが大変なことはオカンが一番よく知っている。なにしろ、能登大垣猫で車に轢かれて死んだ初代飼い猫だった有名な<てまり>はじめ、ポーズを取らせたら天下一品だった<こすも・ここ>ちゃん、そして先代の<神猫シロ>と三代続けて偉大なお姉さんばかりなのだよね。でもプレッシャーに押し流されないでよね。おまえには俳句がある。それに大空をどこにでも飛んでいける、なんともスケールの大きい翼、華があるのだから。これからも、よろしくね」だってさ。
 だから、アタイはいま。尊敬する偉大なる三人のお姉さん猫のあとを、ただ黙々とついていけたなら。それだけでいいなっ、と思っています。さあ~、アタイも前を向いて歩いていかなくっちゃ。

 夢の中SL走り火の恋し
 秋風や珈琲専門店見つけたよ
 =伊神舞子<白猫の俳句 minuetto-mi>から

 本日のアタイ執筆による【シロは何でも知っている】。きょうは、ここいらで――
※新型コロナウイルスの世界の感染者数 3814万3788人(うち死者は108万6399人)=米ジョンズ・ホプキンズ大学の14日現在の集計。ちなみに中日新聞によれば、日本の感染者は14日午後9時半現在で9万1425人(死者は1660人)。

3.旅立ちの時。首輪も青に

 稲妻やゆきあいの空風の音
 スーパーを覗きに来たの赤トンボ
 =伊神舞子の白猫俳句<minuetto-mi>から

 上の二句はアタイの俳句の師匠である伊神舞子、おかあさんが、きょう(2020年9月14日)と昨日(9月13日)詠んだ白猫俳句です。
        ※        ※       

 アタイは天の子、神の子、翼の子。
 白狐のシロです。「白」の俳号をおかあさん、すなわちオカンから拝命したこの世でただ一匹の俳句猫オーロラレインボーです。早いもので、きょうは令和2年9月14日。月曜日です。オカンのリサイクルショップのお店「ミヌエット」が再開して、2週間が過ぎました。この間、多くの方々のお世話になり、本当に感謝しています。ありがとうございました。木曽川河畔に広がるここ濃尾平野も、台風10号通過に伴う痛烈なる、雷を伴った土砂降りの雨に再三襲われ急きょ、お店を閉めるなど僅かな間にもいろんなドラマがありました。

 でも、強靭な精神の持ち主であるアタイの大好きなおかあさん、オカンはあくまで負けてなんかはいません。だからアタイも負けないで、ここまでついてきました。これからも、ついていきます。どこまでも、です。オカンが毎朝、お供同然のおとうさん、オトンと一緒に家を出るときは決まって玄関先でお見送りをし、帰宅時に自転車が玄関先に止まったり、玄関の鍵を開ける音がすれば、そのつど走って飛んで行って「おかえりなさい」と出迎える日々が続きました。いや、今も続いているのです。

 玄関まで出迎えるシロちゃん。このようにして飛び出てくる毎日だ
 
 白い体にお似合いだった黒い首輪もだいぶほころんできた
 

 もっとも自転車には、まだまだ乗れるはずもなくオカンは毎日車体を体の右側に半分杖代わりにしてお店に向かって歩いて行くのです。とはいっても、「きょうは自転車が重く感じるので、やめとく」と、自転車はやめ一人歩きをすることもたまにあります。なぜなら、オカンは杖を頼りに歩くことは退院当初からしないことに決めており、リハビリ療法士さんからも「それで結構ですよ。かえって杖をたよりにしない方が、足に力をつける点からも良いですよ」と言われているからなのです。
―そんなわけで、オトンもおとうさんなりに、お店への行き帰りには決まって付き添っての日々です(これは、今も続き、ここしばらくはオカンがどんなに嫌がっても続きそうです。オトンも言い出したらきかない人だから。だって、オカンのよちよち歩きは、勝気の本人が「もういいってば」と言ったところで、アタイが見ていても、まだまだ大変、心配だからです)。

 さてさて。そんな、それこそヨチヨチ歩きで危なっかしいオカンではありますが。お店の方は開店早々から、シャキットさんはじめ、ドデンさん、謎の4時の女性(なんでも4時になると決まって、お店に来てくださる不思議な、お方だそうです)、西春高女、可児のピアノ教師、団地の女性、文学少女でまもなく満90歳になられる〝そのこ女史〟、ほかに相場師さん……=これら呼び名の数々は全てオトンがつけたそうです。オトンはオカンの話から想像してこうした名前をつけました。でも、オカンに言わせれば、オトンはお店にきてくださるお客さんの大半を、実はまだまだ知らないのだそうです=と、先ずはひととおりのお客さんは来てくださったそうです。
 オトンは、こうした話をオカンから聞き、「おまえみたいなところへ、よくぞ来て下さる。感謝せな、アカンよ。どこに、そんなわざわざ、お店に来てくれる人がいる」と言うのが口癖なのだってさ。こんなオトンなので、開店した翌日には菊とかバラ、カーネーション、百合、菫といった赤、青、黄などカラフルな花1輪ずつを20本ほど花屋さんで買ってお店に届け、「来ていただいたお方に1輪ずつお礼として手渡すように」とオカンに渡しました。でも、2、3日後にはこれらの花々も全てなくなってしまったようで、この話を聞いたオトンはなぜかホッとしたみたい。ホント言えばオトンが昔、仕事で訪れたオランダ・アムステルダム近郊の世界一の花市場【アールスメル】で出会った花弁に妖しい斑点があるアルストロメリアを感謝のしるしにお客さま一人ひとりに一輪ずつ、と思ったそうです。でも、あいにく、その日、花屋さんの店頭にアルストロメニアはなかったので、ほかの花に替えたのだって、よ。でも用意した花はみんな、すぐに無くなってしまったようだーとオトンから聞かされ、アタイ、ほんとにうれしかった。オトンも喜んでいるにきまってる。
 ただオトンが心配してるのは、オカンの骨折前にいつも両手を広げて日々、幸せを運んでくれるような仕草で、お店に来てくださっていた〝コンドルさん〟が一向に姿を見せられないことだ、とか。オカンは彼女の元気な顔をみるまでは落ち着かない、と。そう、いつもアタイに話してくれています。早く来てほしいな。〝コンドルさん〟。

 あっ、そうそう。ここで報告があります。オトンとオカンがきのう買い物帰りにホームセンターに寄り、アタイに新しいスカイブルー、海のような青色の首輪を買ってくれました。これまでの黒い首輪がだいぶ古くなり、首から外れそうになってきたので新調してくれたのです。オカン、オトン。ありがとうございます。これから大切に使わせていただきます。

 新しい首輪をしてもらったシロちゃん
 
 さっそく身づくろいに忙しい
 

【追記・2020年9月14日】そういえば、きょうアタイがこの原稿を書き終わったところ、オトンから「新しい自民党の総裁(第26代総裁)にたった今、菅義偉官房長官が選ばれたよ。テレビでやっているから」と教えられました。さっそくテレビを見ると、新総裁のあいさつに立った菅さんの背広が、なんとアタイがオトンとオカンから買ってもらい、新しく昨夜、つけてもらったばかりの首輪と同じ「青」だったのには、驚きました。
 そう、海のような鮮やかなスカイブルーでした。菅さんは秋田のイチゴ農家の出身で地元の高校を卒業後、上京。苦学して法政大を卒業し国会議員秘書を経て横浜市議を皮切りに政界入り、48歳で国会議員に初当選。無派閥のたたきあげだけに、アタイは十分に期待していいと思っています。新型コロナウイルスによるコロナ禍の終息はじめ、経済の低迷からの脱却と再生など。目の前の問題は山積しています。
 でも、スガのおじさんなら、アタイたちペットも含め、国民を幸せにしてくれるような、そんな気がするのです(ただ、安倍政権の森友・加計問題・桜を見る会・文書管理のズサンさなどで天下に恥をさらし続けた悪政の数々と継承だけは、絶対に困ります。菅さん、すなわち新総裁が記者会見で決意表明された【国民が見て当たり前でないことは改めていきたい】。アタイは、この言葉を信じたく思います)。国民が見ておかしい、と思ったことは必ず改めてください。スガさんなら、出来ます。
 というわけで、スガさん、これから大変でしょうが、がんばってくださいね。日本国をよろしく、お願いします。応援しているから。菅さんは16日に国会で第99代内閣総理大臣に指名され、同日中に菅内閣が発足するんだってよ。激務ですから、おからだも大切に。ネ。二階幹事長の「菅新総裁には、力量、誠実さ、実行力が兼ね備わっている」の言葉を信じています。

 ところで話は変わりますが、12日(日本時間13日)にニューヨークで行われたテニスの全米女子シングルス決勝で大坂なおみさん(22歳、日清食品)がビクトリア・アザレンカさん(ベラルーシ)を1―6、6―3、6―3と逆転し2年ぶり2度目の優勝を果たしました。またイタリアで開催されていた世界3大映画祭のひとつ、第77回ベネチア国際映画祭でもコンペティション部門に出品していた日本の黒沢清監督(65)の「スパイの妻」が監督賞の銀獅子賞に選ばれた、とのこと。スガさんへの期待も含め、何もかもが新しい旅立ちの時でアタイの気持ちは今、ゆらゆら弾んでいます。全てのものが新しく幸せな時代に入ったらイイナーとアタイは思っています。
=<シロはなんでも知っている>のシロちゃんより

「国難にあって政治の空白は許されない。私には、国民を幸せにする使命がある」と決意表明をする菅義偉自民党新総裁(NHK総合テレビから)
 

                (つづく)

2.皆さま、ありがとう。オカンのお店が再開
 アタイ。天の子/神の子/翼の子である【白狐】のシロちゃん(「白」の俳号を持つ、この世でたったひとりしかいない、世にも不思議な俳句猫。本名は、虹猫オーロラレインボー)です。今回は新型コロナウイルスの感染拡大に伴う未曽有のコロナ禍のなか、何という悲劇なのでしょう。左足大腿部骨折と手術、その後のリハビリ入院というコロナ禍とはダブルパンチ、二重の不幸に襲われたアタイの大好きなおかあさん、オカンのその後について話しをします。
 オカンは、先日の退院に続き、きょう9月1日、とうとう天下晴れて、自ら営むほとんどボランティアと言っていいリサイクルのお店「ミヌエット」を再開させたのです。で、アタイは朝からそわそわドキドキ。オカンがほんとに店に出られるのか、とても心配でしたが、初日は愛用の自転車を引いて歩くオカンにオトンが付き添って、自宅から十分ほどのお店まで歩いて行き、とうとうお店「ミヌエット」の再開にたどり着いたのです。

 世界の片隅、日本の木曽川河畔で再開した、ちいさなリサイクルショップ「ミヌエット」
 

 オカン。おかあさん、心からおめでとう。そして。これまでオカンを励まし続けてくださった、歌人の国枝子さまはじめ、作家の治子さま、カトマンズ在住の裕子さん、大正琴弦洲会会主でふるさと音楽家でも知られる小牧のすすむさん、能登の憲彦さん、佐田味さんら多くの方々、さらにはオトンの兄妹、東京でオカンのことをずっと心配してくれていた科学者のオニン(お兄さん)夫妻ら和田さん一家のみんなにも、敬意を表します。
 そして。オトンはきょうオカンをお店まで送った帰りにおかあさんが自転車で転倒した際、救急車の出動をたのんでくださった方に対する礼を回転ずしまで足を運んで述べました。当時、救急車を要請してくださった方は、回転ずしに入る直前のお客さんだったみたい(舞の話)と聴いていたのでオトンは「お店のみなさま、本当にありがとうございました。もし、心当たりがおありのお客さんがおいででしたら、その方にもよろしくお伝えください」とも礼を述べてきたのだと言います。当然ながら、こうした行いはオトンならではだ、とアタイは思うのです。

 というわけで、オトンはオカンとともに令和2年9月1日午前9時過ぎにオカンが営む「ミヌエット」店内に久しぶりに足を踏み入れました。そして。オトンの目に最初に飛び込んできたのは、オカンが自慢としている俳句の季語が入った〝日めくりカレンダー〟だったのです。日めくりは【6月26日 金曜日 季語浴衣 ひととせはかりそめならず藍浴衣 /七十二候 菖蒲華】のところでストップしたままでした。

「ミヌエット」の店内に残されていた宇多喜代子さん監修による日めくりカレンダーの一部
 

 6月26日は、お店に向かう途中のオカンが自宅近く路上で自転車に乗っていて転倒し左大腿部の骨を折った27日の前日で、これにより26日まではお店に来ていたことが一目瞭然です。オトンは念のため、そのカレンダーを手にめくっていきましたが、次のようなものでした。
【6月27日 土曜日 季語鮓 季語となっている鮓は熟れ鮓です。地域により魚は変わりますが、今や熟れた匂いなど嗜好品になりました。 鯛鮓や一門三十五六人 正岡子規】
【6月28日 日曜日 季語余り苗 田植の際、万一の時のためにいくばくかの苗束を田の隅に確保しておきます。田に事故がなければ不要になる苗です。 黄色くて赤くて余り苗の先 山口昭男】
【6月29日 月曜日 季語草笛 草の葉や木の葉を唇にあて、吹く息を調整しながら音色を楽しみます。なれるまでなかなか難しいようです。 草笛の音色古稀とは思へざる 森井美知代】
【6月30日 火曜日 大はらい・夏越祭 季語茅の輪 名越の祓いに用いる茅萱の輪。境内に立てられたこの輪をくぐると無病息災が叶うといわれます。 くらき滝茅の輪の奥に落ちにけり 田中裕明】
………

 アタイの俳句の師匠でもあるオカンはこんなところでも日々、俳句の勉強を怠りなくしていた、と日めくりカレンダーを手にしたオトンに知らされ、アタイの目にはドッと涙があふれ出たのです。何というか。オカンはどんな時にだって、俳句が頭から離れていないことがよく分かりました。ほんとうに努力の女性、いやアタイにとっては師匠なのです。

 そういえば、いったんお店から戻ったオトンは、お昼になると以前のようにコンビニで買った簡単な食事を久しぶりにお店に届けたのですが、お店にいたのは寂しそうに座っていたオカンただひとりでした。でも、オトン曰く。「世の中こんなものだよ。派手好きなキンキラキンさんよりも、こうした地味な方がいい。せっかく再開したのに。待てども、待てども、待ち人きたらず。この方が、哀愁があっていいのだよ。待てども誰も来ない。それで良いじゃないか。それでいいよ。皆、だれだってサ。自分が生きていくのに一生懸命なのだから。客が来ようがこまいが。そんなことより、店を再開できた、その喜びこそ、何よりだよ。そのうち心ある方が思い出したように、きっと顔をのぞかせてくれるよ」(それでも帰宅したオカンがアタイに話してくれたところによれば、『きょうは、シャキットさんにナオミちゃん、ほかに午後4時の不思議な女性が来てくれたの』だってよ)とたんたんとした様子でした。
 アタイは、そうした、どちらかといえば地味ながら堅実なオトンとオカンが大好きなのです。オカンの復帰話については、オカンのブログ【きょうの俳句 minuetto-mi】欄が<白猫俳句>の名でつい2、3日前に、復活した朗報など、まだまだほかにもあるけれど。きょうは、ここらでやめておきます。ここでオカンの近詠二句を紹介させて頂きます。
 ♪風の盆コップの嵐どうなるか
 ♪りーりと初こおろの鳴きにしか
        ※        ※

 それはそれとして、今回は、オカンが転倒事故に遭ってからの場面も含めてアタイの幼少時からの心の揺れ動きをカメラで辿り、ちょっと変わった【シロちゃんの〝猫オムニバス〟】として、ここにアタイの人生の一部を収録しておきます。ですので、その間のアタイの胸の内でも知っていただけたら、それだけで、とても幸せです。次のとおりです。

 アタイは白狐、俳句猫。オーロラレインボーのシロです
 
 幼き日々。半野良ながらオカンの家に飛び込んできた当時のアタイ、シロちゃん
 
 オカンの入院中、アタイはずっと♪エーデルワイスと♪みかんの花咲く丘をスマホのユーチューブでオトンと一緒に聴いていました。今も、です
 
 「ありがとう」。思いがけず、お見舞いにメロンまでもらいました。オトンのお友だちからも高価な猫食器を
 
 
 オカンが足を骨折してからはずっと心配のしどおし。退院してからも帰宅するつど、玄関まで出迎えています
 
 なかなか帰らないオカンを待ちくたびれたこともしばしば。時には疲れて寝込んでしまうことも
 
 はるこさんから頂いた猫タオル、大好きです
 
 やっぱり、おかあさんとこうして俳句の話をしているのが一番うれしくて楽しい
 

 ところで、オカンのお店の再開は多くの方々の励ましがあればこそ、です。本当にありがとうございました。それでは、次回をお楽しみに。(つづく)

1.アタイは天の子、神の子、翼の子よ
 きのうは終戦記念日。きょうは令和2年8月16日です。あの日、ことしの6月27日に自転車に乗ったおかあさん(伊神舞子)が自宅近く桃源の交差点を渡り切ったあと。交差点から右方向に少し勾配になっている道路を右折した直後に回転寿司前の路上で自転車もろとも転倒し、左足大腿部の頸部の骨を骨折してしまってから1カ月半以上になります。

 それはそうと、このところ国内外ともども一向に収束しそうにない新型コロナウイルス感染化拡大によるコロナ禍に加え、場所によっては40度を超す驚異的な暑さ(浜松では16日に40.9度を記録)が人間社会を襲い、容赦ありません。で、あついのが苦手なアタイは、和田さんちの家の中でも出来るだけ涼しいところを探してそこでジッとしているのです。でも、どんなに暑くてもアタイはおかあさんから目を離すことだけはしません。
 だって。まだまだヨチヨチ歩きのおかあさんのことが、とても心配だから。なので、いつだって1階のオカンの部屋を視野にオカンの存在がアタイの目に見える範囲内のところで横になり、じっと静かに見守っているのです。

「アタイは、どんな時だって。おかあさんを見守っています」と、けなげで献身的なシロちゃん=和田さん宅で。オトンが撮影
 

 そして。いつの日からなのでしょう。何だかアタイはオカンの〝癒し猫〟になってしまった。そんな気がしないでもありません。でもそれでいいのです。アタイは、こんな生活こそ、アタイに課せられた天から与えられた宿命なのだと。最近、そう思っています。そして。オカンに、あの八重歯が輝いていた若かった、昔がそうだったようにカモシカみたいな足がよみがえれば、鬼ごっこだって、かくれんぼでも。もしかしたら縄跳びも一緒にできる日がくるかもしれません。オカンがだんだんと若くなっていき、少女のころのような可愛らしさも出てくるのです。

 アタイがなぜ、そんなことを言うのか。というのは、骨折で手術を受けたあと、リハビリも兼ねて入院していたおかあさん、すなわち、オカンが8月10日に無事退院し、懐かしのわが家である和田さんちに帰ってきてくれたから。アタイはいま、人々が苦しみ悩んでいるコロナ禍なんてどこ吹く風で、嬉しくてうれしくって。仕方がないのです。だから。もう2度とオカンにケガをさせるわけにはいきません。目を離すことだけはしません。いつだってオカンのそばを離れません。オカンが時折、立ち上がってノロノロ、よろよろ、ゆるゆるとトイレに立ったり、台所に出向いたりすると、もう心配でならないのです。そんなアタイを目の前に病院から帰ってきたオカンは「シロ、シロちゃん。もう心配ないから。おかあさんは、いつだって、おまえの傍にいるからね。これからだって。おまえの味方よ」と言ってくれます。でも、正直いってアタイはいつだって、おかあさんのこと。とても心配なのです。
 そんなわけで、この夏こんなに暑くてもこうしてオカンのそばにいられる自分自身がそれだけで、とっても幸せだなと思っています。アタイはいま嬉しくて。うれしくって。仕方がないのです。だってオカンがいつだってアタイのそばに居てくれるのだもの。

 実を言うと、ついこの間まではオトンの「シロやシロ、おまえの大好きなオカンがもう少ししたら病院から帰ってくるぞ。今はね。病院のリハビリ療法士のお姉さんやお兄さん、それにやさしい看護師さんらに助けられ、一生懸命にリハビリの訓練をしているのだから」の声に、アタイは居てもたてもいられず、これまでオカンの入院中に二度三度、いや三度四度…とわが家の脱出を試み、そのつどオトンやタカシ兄さんに随分心配をさせてしまいました(そういえば、きょうはタカシ兄さんの誕生日だった。うっかりしていてゴメンね)。
 で、ネ。脱出は、深夜未明だったり早朝だったりしました。何度も言うのだけれど。アタイは天の子。神の子。翼の子。時と場合によっては、風の子にもなります。この世の全ての人々に幸せの光りをもたらす白狐なの。だから。オカンの退院話を耳にした以上、だれよりもはやく会いたくなって、サ。ガラス窓を自分で勝手に開け、空を飛んで、わが家を飛びだしてしまったというわけです。

「こうしていても、時には思い立って白狐となり空を風になってどこまでも飛んでゆくのだから」と話すシロちゃん。
 
いつもは、こうしてオカンの好きな歌♪エーデルワイスや♪みかんの花咲く丘、を聞いているのだよ、とも。
 

 オトンったら。アタイが居なくなるとは、そのつど、居間の窓ガラスを開け、それこそ泣きそうな声で「シロ、シロ。シロシロ」「おまえは一体全体どこへ行ってしまったのだ」と何度も何度も、お外の闇に向かってアタイを呼んでくれ、正直いってアタイは後ろ髪を引かれる思いで、そのつど【無体のかぜ・白狐】となって病院まで飛んでいき、病床で踏ん張るオカンを前に、姿を消したまま、もう泣きそになりながらも、オカンの順調な回復ぶりを目の前に声をかけたくてもかけるわけにもいかず、心の中で「オカン、オカン。がんばれ。がんばって。いや、負けないで。もう少しの辛抱だよ」とエールを送り、暗いお空に浮かぶわが家に帰ってくるのです。むろん、道中はオカンにいつも教えられている俳句の句作のことも頭から離れません。
 そして。家に近づくと、オトンとタカシが「シロ、シロ。シロ。おぅ。シロちゃんか。帰ってきたか」とアタイを呼んで迎えてくれます。なので「アタイって。なんて幸せなのだろう」と思わず目頭が熱くなり、涙がそれこそ、ポトポトハラハラと出てくるのです。

 アタイは天の子。神の子、翼の子なのです。そればかりか、オカンの弟子でもあるこの世でたった一匹の俳句猫(「白」の俳号を持つ。本名はオーロラレインボー)のシロちゃんなの。だからアタイはそのつど姿を消し、時には世にも不思議な真っ白な白狐となり、オカンが入院する病室まで何度も何度も風となって飛んで行っていたのです。病床のオカンは、アタイがすぐ傍らに居るという気配だけは感じながらも何ひとつ言いません。でも、アタイが見えない姿のままオカンをそっと見守っているとき。オカンの心身は、とても穏やかでアタイの気持ちも最高に休まるのです。そういえば、先日アタイあてに東京に住む作家の【はるこさま】から、こんなメールが届きました。
―シロさま メールをありがとうございます。私は今日も東京にでております。シロさまが伊神さま舞子さまを思うお心の熱さに感動しております。舞子さまをよろしくお願いします。(8月14日午前10時56分)

 このメールが届いたことをオトンから知らされたアタイは何だかうれしくてたまらなくなったのです。あとでオトンが内緒で教えてくれたのですが。オトンはそれより前に、実はこんなメールをアタイに成り代わって【はるこさま】にあてて出していたのです。次のような内容でした。
―アタイの大好きな、はるこさま。そして。すてきな、ステキなまりこ姉さま。お見舞いをありがとうございました。おかあさん、ホントに嬉しそうでした。ありがとうございました。シロより

 というのは、それより前におかあさんの骨折入院を知った、オトンが大好きな友だちで作家仲間でもある【はるこさま】から猫のイラストが入った、かわいらしい何とも上品で素敵なタオルが病床にと届いたため、その感謝のメッセージをアタイに代わってオトンが出し、メールはその返信として送られてきたのでした。なんてやさしい【はるこさま】と、まりこさまなのでしょう。
本当に。ほんたふに、ありがたくて。アタイはついつい、オカンと一緒に泣いてしまったのです。アタイとオカンの目から、ぽとぽとはらはらと涙が出てきたことは言うまでもありません。
        ※        ※

 ところで、あの忘れられないオカンの転倒事故は、アタイはむろんオトンもタカシ兄さんにとっても生涯、忘れられない出来事になってしまいました。きょう2020年8月16日には午後、事故現場でおまわりさんによる実況見分もあり、まだまだ歩くのがやっとのオカンには、おとうさんが付き添いました。事故現場の検証から帰ったオトンが帰宅後「きょうはオカン、おかあさんの口から新たな事実を知ったよ」と言うので聞くと、オトンはアタイにこう言って聞かせてくれたのです。
「いやはや。驚いた。おかあさん、自転車ごと転んだ瞬間、頭だけは守らなきゃ、って。とっさに頭をコンクリート路面に打ちつけることだけは身をひるがえして何とか避けたんよ―だって、さ。ひとつ間違っていたら、あたしは既にこの世には居なかったかもしれないわ」と。
 この話しを聞き、アタイはどきりとする一方で「やっぱりオカンはすごいな」とホッと安堵したのでした。と同時にこれからは大好きなオカンをアタイはどこまでも守っていくのだ、と決意を新たにしたのです。

 事故発生現場ではオカンも立ち会い、炎天下で地元江南署員による現場検証があった。検証に当たる署員と事故当時の模様をおまわりさんに話すおかあさん=江南市桃源の発生現場で
 
(つづく)

「虹猫・コロナ猫 シロは何でも知っている」 第2部【♪グッド・バイ コロナ】

4.オカンが転倒

 オカンのことを心配するシロちゃん
 

♪岩手県コロナ感染ゼロ続く宮沢賢治の「雨ニモ負けず」
♪ねこの仔の鳴き声もテレワークコロナコロナと騒いで七月
♪ルビーのよなさくらんぼ口どけは懐かしい味の甘味処のアイス

 いずれもオカンが最近詠んだ短歌の中からアタイが選んだ能登半島七尾の短歌雑誌「澪(れい)」2020年7月号に所収された三首です。

 アタイは、いま悲しくて。つらくって。心のなかでずっと泣いています。でも泣いているのはアタイだけではなく誰もが。みんなが、です。アタイが元気をなくすと、オカンがそれ以上に悲しみ、沈んでしまうのでがまんしています。オカンが能登方言で「シロちゃん、寂しいでしょう。でも、泣かんとき(泣かないで)。この世に生きるみんな。患者とその家族ばかりでなく、看護師さんやお医者さん、リハビリをしてくださるお姉さんやお兄さんら医療関係に従事する全ての人々、み~んなが、このニンゲン社会を襲っている未曽有のコロナ禍のなかで負けないで生きているのだから」

 話は先月、2020年6月27日の午前中に遡ります。この日は朝早く。それもオトンとオカンとでアタイを自宅近くの愛北動物病院に連れていってくれ(季節に敏感なアタイが軽い熱中症か何かになったからかもしれません。前日少し嘔吐したので、そのことを心配したオトンとオカンに連れていかれたのです)いったん家に戻って、その直後にオカンは自転車で自ら営んでいるボランティア同然のお店、そうです。リサイクルショップ【ミヌエット】に向かいました。
 だが、なんという運命の皮肉。悲劇なのでしょうか。お店に向かうその途中、おうちの近くの桃源交差点を渡り切った回転ずしの前の路上でオカンは自転車ごと転倒してしまい、救急車で江南厚生病院に運ばれたのです。繰り返しますが、前日は、あまりに暑い日だったこともあり、熱中症にでもやられたのでしょうか。アタイ(「白」の俳号を持つ俳句猫。白狐で一般的にはシロちゃん。本名はオーロラレインボー)が少しだけ、嘔吐してしまったので「こりゃ、大変だ」とばかりにオトンの車でふたりに愛北動物病院まで連れていかれたのです。幸い「猫ちゃんは、吐くことは結構あります。このこ、見た感じも元気そうなので大丈夫ですよ」と、いつもの若いハンサムな男性のお医者さんに注射を打ってもらい帰ったのですが、それからまもなくしてオカンが転倒するという悲しい事故が起きたのでした。まさか誰かに突かれた。そんなことはないとは思いますが。

 あの日。オトンとオカンがアタイを病院に連れてくれてなかったら。こんなに悲しい出来ごとなぞは起きやしなかったに違いありません。そう思うと、いまは涙があふれてとまりません。それこそ、和田さんちの「今」は、涙ぽとぽとです。オカンが以前、作家であるオトンが地元情報サイトで連載した小説につけた題【ぽとぽとはらはら】そのものになってしまったのです。なんという運命の皮肉なのでしょう。可笑しいですよね。アタイはいま、涙をぽとぽと流し、それでもオカンが一日も早くよくなるように、と神さまにお祈りしているのです。
 それでもオカンは負けてなんかはいません。痛かった手術を終えたその日のうちに病床にいながら次の俳句2句を詠んだのです。
♪梅雨寒や骨をガリガリオペ終わる
♪七月やオペ後のひとしずく水美味し

 そして。きょうは、7月21日。オカンが自転車で転倒、それまで思いもしなかった左大腿部頸部骨折をした衝撃のあの日から、4週間近くになります。この間にオカンは左大腿部の人工骨頭取り換えの大手術を受け、経過は順調で16日には同じ江南市内の別の病院にリハビリ転院して現在に至っています。

「さあ、次の病院でリハビリがんばるわよ」とオカン。江南厚生病院の個室475号室で
 

 一方で、平穏な日常生活さえをも歪めてしまい、人間社会をどこまでも襲い続ける新型コロナウイルスによるコロナ禍は、依然としておさまりそうになく、この地球全域をむしばみ続けているのです。実際、世界の感染者は20日現在の各国や米ジョンズ・ホプキンズ大の集計で1450万8892人、死者も60万6206人)に及んでいます。感染者増は日本とて同じで横浜クルーズ船ダイヤモンド・プリンセスも含めた感染者は同じ20日現在で2万6503人に及び、死者もこの日とうとう千人を超え1001人になりました。この不幸は、もはや人間対見えない敵・新型コロナウイルスとの壮絶なる戦争だといっても過言でありません。

 ところで。オカンが入院してしまってから、というもの。アタイとオトンは、毎日オカンが好きな大好きな歌、♪エーデルワイスと♪みかんの花咲く丘、そして♪琵琶湖周航の歌、のみっつをオトンと一緒に、オカンが心身ともに負けないことを願ってスマホのユーチューブで聴くことにしています。「エーデルワイス」は、白い花が全身真っ白のアタイにどこか似ているばかりか、オトンとオカンが若かったころに出会った信州信濃は松本平から望む、白い雪をいただいた北アルプスの山々を思い出させるから、だそうです。
 また「みかんの花咲く丘」はオトンとオカンが昔、能登半島にいたころ新聞社と七尾青年会議所による【海の詩(うた)】の国内外への公募発信事業で審査委員長を務めていただくなど大変お世話になった加藤省吾さん作詞(加藤さんは、ほかに<かわいい魚やさん><怪傑ハリマオ―><紅孔雀>など数々の歌を作詞)による名曲であること、また「琵琶湖周航の歌」もオトンがかつて新聞記者として働いていた滋賀県と琵琶湖の湖(うみ)を思い出させ、3曲ともオカンとオトンにとっては、かけがえなき懐かしい音曲ばかりだからです。
 こうしたわけで、アタイは毎朝、おうちでオトンとこの3曲を一緒に聴きながら一日も早くオカンの足が治るように、と日々、祈っているのです。これらの歌を聴いていると、とげとげした心がどこか休まりアタイは「いい歌だなあ。このメロディーが病床のオカンのところに届くように」とつくづく願うのです。

 そして。リハビリ転院前の病院は個室だったので、オトンは付き添うたびにスマホで、この3曲をオカンに聴かせ、彼女の心もその分なごんだようです。でも、転院後の今の病院は個室ではなく隣の病床の患者さんに迷惑をかけてはいけないので、これらオカンの大好きな3曲を聞いてもらうわけにもいきません。こればかりは仕方ないですよね。その分、アタイとオトンが毎朝、ふたりでおかあさんの分まで自宅で一緒に聞き、早くよくなるように、と歌に心を託しているのです。
 こんなとき、やさしいオトンはアタイの好きな♪明日に架ける橋、と♪コンドルは飛んでいく、を。そしてオトン自身が好きな♪イエスタディワンスモア♪襟裳岬♪おまえに、などもかけてくれ、アタイはこれらの全曲がオカンの病床にまで届けばイイナ、と。心のなかで、ただひたすらに願っているのです。歌は、本当に傷ついた人々の心を癒してくれます。いい曲に出会うとつくづくよかったな、と思うのです。
 
 オトンとは毎朝、オカンの好きな♪エーデルワイス、を聞いてます。エーデルワイスに耳を傾けるシロちゃん
 
 

        ※        ※
 それはそうと、先日、オトンの友だちでネパールのカトマンズに住む旅行業でエッセイストの長谷川裕子さんから、オトンが異国の地で航空便のストップが続き、缶詰め状態の裕子さんのことを案じて出したメールに、こんどは彼女から和田さんちにメールが届いたのです。

 以下のような内容でした。
「この度は大変な中、メールいただきありがとうございました。舞さんの件、びっくりしました。熱砂で、舞さんの事情はよくわかりました。 /舞さんご自身、痛みやリハビリで大変なご苦労だと思います。 コロナの中、ご家族の皆さまも舞さんの回復のために頑張っていらっしゃるお姿、 感動いたしました。/神様もきっと幸せすぎる伊神さんご夫妻に嫉妬したのでしょう…。でも神様ですから、この悲しみや辛さに増す大きな喜びを、ちゃんと用意されていると思います。
 私もネパールから出られず、仕事もビジネスも進まず、もちろん収入は入らずで 落ち込むことばかりですが(私だけではなく、世界中がみんな同じ状況ですが)考え方やマインド、視点をちょっと変えてみると、色々とやることもあり、新たな希望が湧いて来ます。 今の現実を受け入れ、さらに良くなるにはどうしたら良いかを考えるようにしています。
 伊神さんも負けないで下さい! 病院通いの生活も大変と思いますが、ご健康にお気をつけて 栄養たっぷり摂って、どうかお元気にお過ごし下さい。私も負けません! 新しい小説も楽しみにしております。 長谷川 裕子 拝」
 という内容だった。

 オトンの目頭からド、ド、ド、ド。ドッ、と涙の滴が、滝の音でも立てるように、こぼれ出たのは、言うまでもありません。このメールにはアタイまでが感動したのです。ゆうこ! 裕子さん。がんばれ、がんばれっ。負けないで、ネ。
(続く)

3.コロナ猫
 社会の行く末を憂え独り、物思いに耽る白狐のシロちゃん=和田さんちで
 

 世界中に住む誰とて、生きてゆくのは大変である。
 アタイは戦争を知らない。焦土と化した沖縄戦。広島、長崎の原爆投下も、です。でも見えない敵、新型コロナウイルスの感染化拡大に伴う、これまで想像さえしなかった日常生活の変質化などコロナ禍の不幸を今、痛いほど共有し味わっている。アタイは、この世に生まれた人間猫、いや白狐(びゃっこ)の「白」です。

 ♪幸せだった日々は そんなに昔じゃないのに どこへ行ったのかと考えていたけれど……昨日のことが今また思い出される 過ぎ去った時 素敵だった時を 振り返れば色んな事が変わってしまった 今が少し悲しく思えてくる……あれもこれもまだ輝いている……(【イエスタデイ・ワンスモア】から)

 全てが閉じ込められたような、この世の中で。コロナの時代に入り、アタイは毎日のようにオトンがユーチューブで流してくれる、その歌に聴き入る
 

 アタイは2年半ほど前。ここ日本の愛知県尾張平野に広がる木曽川河畔の町・江南市にある「和田さんちの家」の床下で野良猫の両親の間に生まれました。前にも触れましたが、どうやらアタイは、パンチが得意な猫パン親分さんと優しさにあふれるオレンジさんの間に生まれたようです。でも、本当の両親が誰かとなると言い切る自信はありません。
 そして生後まもないころ、アタイは何度も何度も和田さんちの居間に勝手に縁側の開いた窓から入り込み、とうとうオカンにより時々は家の中に入れてもらえる半分野良の、いわゆる〝半のら〟生活が認められ、やがて気がつくと飼い猫になってしまっていた、そんな経歴を持つ今ではれっきとした和田さんちの家族の一員、シロちゃんです。
 でも、アタイが和田さんちの飼い猫となるのには、俳人でもあるオカンからある条件が課せられました。それは「あなたは、この広い空。星々のかなたで生まれた<天の子>。全身白なので【白狐(びゃっこ)】として、その存在が世の中の人々のためになるよう、いつも幸せを運ぶように努めること、そして俳人舞子の弟子として「白」という俳号まで与えられたのです。ですので、アタイはこの世でただ一匹、俳号を持つ俳句猫なのです。こうしたことをオカンから言い含められ、和田さんちの家族の一員として天下晴れて認められた、実を言うと、そんないきさつがあったのです。

 と、こんなわけでアタイは俳句猫の白です。でも、オトンはそんなややこやしいことなぞはお構いなしに、いつも「〝シロちゃん〟〝シロちゃん〟おまえは元気で居てくれさえすればよい」と言ってくれ、呼ばれるとアタイはいつだって「ニャア~ン、ニャア~ン」と甘えた声でこたえてあげるのです。そして、こんなオトンがアタイにつけてくれた名前が「俳句も大切だが、おまえは、いつだって世の中を明るく照らす神の子だ。なので、天使の虹猫として、この世を照らしておくれ」と、なんと【オーロラレインボー】という、これまた世にも珍しい不思議な名前をつけてくれたのです。だから、アタイは白もシロちゃん、も。オーロラレインボーも。みんな好きなのです。だって。みんな同じアタイの名前なのだから。

 さてさて。前置きはここまでとして、前号に続き、これから物語に入りますので、読んでいただけたら、とても嬉しく光栄です。
 令和2年6月22日。アタイは今、家の窓から外の景色をじっと見ている。そしてアタイの全身、白いからだに視線を注いでいるオトンを振り返り、ニャア~ン、ニャンニャンと鳴いてみせる。外には梅雨の季節ならでは、の気配が漂っている。このままだと、先日のような土砂降りの雨がまた降り出すかもしれない。きのうは炎天下で息もできないほどの炎熱地獄だったのに。と。そう思い、あらためてニャン、ニャン。ニャアオーン、と今度は高らかなる声を上げるとアタイは床カーペットの上に仰向けになり、オトンに向かいウンウンウン、ニャン、ニャア~ンと甘えてみる。ここでオトンは、いつものようにアタイが好きな♪コンドルが飛んで行くをはじめ、次いで♪イエスタディ・ワンスモアを携帯スマホのユーチューブから流してくれ、アタイは神妙な顔をしてこれらのメロディーに聴きいる。
 最近では、この二曲にどうしたわけか、新しく♪船頭可愛や、までが加わった。
        ※        ※

 ベルギーで飼い主の女性からペットの猫に新型コロナウイルスが感染した例に前回アタイがふれてから早いもので、もうだいぶたちます。この間、アタイの身の周りにもいろいろ新しい出来事が起きては消え、消えては起きました。かといって、アタイだって。人間社会に挑んできた見えない敵である新型コロナウイルス、〝コンコロコロナ〟のことは、いつだって何よりも気にしているのだから。このままだと、人間社会が滅亡することだって。十分にありうると思う。そんな気がするのです。
 それはそうと、アタイですか。人間家族の愛に支えられ、このコロナ禍の中で元気に生きています。コロナと一緒に生きてゆく。これをWITH CORONA、ウイズ・コロナだって。そう言うのだそうです。新型コロナウイルスの感染拡大は日本でこそ、今はなんとか抑えられており、国の緊急非常事態宣言が全面解除され、その後6月19日には、政府が求めていた都道府県をまたぐ移動の自粛も全面解除されるなど順調ではあります。
 でも、世界全体での新型コロナウイルスによる感染者は相変わらず増える一方で、このままさらに増え続けていったら、と思うと空恐ろしくさえなります。その証拠に世界全体の感染者数は6月20日現在で実に868万1357人に。死者も46万256人に達しているのです。=いずれも米ジョンズ・ホプキンズ大の集計から=。当然ながら、世界保健機構事務局長のテドロスさんは「ウイルスは依然素早く広がりつつある。全ての国、全ての人々が最大限の警戒をするように」と訴えており今後の感染者拡大がどういう道筋を辿るかとなると、アタイにも、さっぱり分かりません。本当に困った世の中になってしまったものです。

 愚痴ってばかりもいられません。あれから。かなりの月日がたちましたが、アタイは相変わらず時と場合によっては、自らの姿を消し、また時にはオトンの影法師ともなり、世界の果てまで、誰にも見えない天使の羽をつかって大空をあちらこちらにフワリフワリと飛んでゆきます。行く先々の世界各地の都会や町、村のどこもが大半マスク姿が目立つ一方でコロナ、コロナの恐怖に脅かされ、戸外を出歩く人々の姿も驚くほど少なくなっていました。
 あ~あ、それなのに、です。つい最近、訪れた三重県志摩半島の波切(なきり)では普通に見るそれとは2~3倍も大きな猫たちが悠々としたさまです。それまでの日常と何ら変わることなく漁どころの路上を歩いたり、寝そべったりしていたのです。アタイは、豪快そのものの風情を目の前に、ある面で自然界の威厳のようなものを感じたことも事実です。

 アタイの目の前に現れ出た志摩猫。全てに満たされた風情で、ゆったりと堂々としていた。ここばかりはコロナ禍なぞ、どこ吹く風のようだった=三重県志摩半島波切の大王埼灯台直下で
 

 旅先では、オトンの大切な友だちからアタイに置物のお土産までいただいた
 

 実際、目の前に広がるのは、どこまでも青い海ばかりであり、アタイ自身、そうしたゆったりとした猫たちの姿と自然には感動して帰ってきたのです。と同時にアタイは、ニンゲンも猫だって、命あるものは皆同じで、互いに相手の存在を尊敬して自然のなかで仲良く生きていく。それしかないことに改めて気付いたことも事実です。この気持ちはアタイの家に最近、しばしば顔を見せる、野良猫のキジ猫さんをはじめ、トラ、黒、オレンジ、ブチ…だって。皆同じ。み~んな、それぞれ自分のことを考えて、一生懸命に生きているのです。ニンゲンだって、そうなのだから。

 きょうもアタイに会いにきた友だちの野良ちゃん
 
(続く)

2.

 3月下旬のある新聞に【ペットと濃厚接触避けて ベルギー 人から猫に感染】という見出しと記事が掲載されていた。猫好きの私がその記事を見落とすはずがない。記事には『ベルギーで飼い主の女性からペットの猫に新型コロナウイルスが感染した事例が確認された。AFP通信などが27日、伝えた。ベルギー当局は「特殊なケース」としているが、ペットへの感染を防ぐため、顔をなめさせるといった濃厚な接触は避けるよう推奨している』とあり、さらに『猫は、一緒に暮らす飼い主に新型コロナウイルスの症状が出始めてから約1週間後に下痢や呼吸困難といった症状が表れるようになり、地元研究者の検査で陽性と確認された』ともあった。
 この記事を読んだ私は「いよいよ人間ばかりか、ペットの世界にまでまん延が広がってきたのか」と思うと、何よりも飼い猫オーロラレインボー(シロ)に新型コロナウイルスを感染させるわけにはいかない、と思ったのである。私たちが住む星、地球の至るところで今、新型コロナウイルスの感染が鬼の形相で菌を撒き散らし、多くの人々の命を奪っているのである。

 さて。第2部の1.に続く物語は、まず私の愛する飼い猫シロ、すなわちアタイの言い分から始めることとしよう。
【アタイ(白狐のシロ、「白」の俳号を持つ俳句猫。本名はオーロラレインボー)の言葉から】
 令和2年の4月29日。水曜日。なつかしい「昭和の日」です。オトンもオカンも大好きだった、タレントでコメディアンだったあの志村けんさんが3月29日夜遅く、新型コロナウイルスという〝銃弾の如きもの〟に倒れて、肺炎で70歳の命を絶ってから早や、1カ月がたちました。そして。この間にも、新型コロナウイルスの感染は増える一方で、これまでの平穏だった世界中の人間社会がそれこそガラリと変形してしまい、ほんとにもう、いやになっちゃうとはこのことです。
 米ジョンズ・ホプキンズ大の集計によれば、新型コロナウイルス感染症による死者は29日、世界全体で22万人を超えたそうです。また感染者はこれより先の27日に、とうとう世界全体で300万人を超え、このままだと感染者と死者がこの先、どこまで増え続けるのか、とても心配です(日本の感染者は29日正午現在で1万4814人に。死者448人)。アタイは、世にも不思議な白狐(びゃっこ)のシロです。そう、和田さんチの家族のひとりとして大変、かわいがられている、またの名をオーロラレインボーとも言う、「白」の俳号を持つただひとりの俳句猫なのです。みなさん。「そんな、俳句猫だなんて。ありえないよ」とおっしゃられるかもしれませんが。実は本当なのです。

 このところは、昨年暮れに中国湖北省武漢を発症源に突如として表れ出た〝新型コロナウイルス〟が、この地上に住む多くの人々に感染、まるでしがみついている地球の大地から剥がし取るでもするように尊い命を、1つ、またひとつと次々と奪ってきていることにことのほか、胸を痛めています。デ、アタイはアタイなりに、昨年暮れからことし初めにかけ、世界でも最初に〝疫病コロナ〟の発生源となった武漢を皮切りにニューヨーク、ベネチア、パリ、ロンドン…と世界各地を「エイ、やあ―っ」といった具合に自らの念力で日本を脱出。あちらこちらの惨状を空から飛んで回ってきました。
 この時の感想はこんご許されるものなら順々と紹介し、話しをさせてもらいますが世界の各国を回って言えることは、どの国もロックダウン(都市封鎖)された、その中で人々が肩をすくめてどこにも行くことが出来ず、こわごわ生きていたばかりか、家庭崩壊ばかりか医療崩壊という現実までが目立ち、これまで世界を代表し賑わっていたはずの美しい街並みや川、野山などの自然という自然が信じられないほどにひっそりと静まり返り、ニンゲンたちの心、精神という精神までがズタズタに傷つき、崩壊寸前になっていた、ということです。世界各地の名だたる観光地はじめ、街という街から人並みが消え、日本の新幹線も乗客は一両に1割そこそこ、空港は世界中、至るところで航空機がずらり駐機したままで国際線も国内線も大半が就航していません。高速道も信じられないほど少ない通行量で、いつもなら賑わうはずの温泉など名所旧跡の旅館やホテルはどこも閑散としており、とても信じられない光景ばかりが視界に飛び込んできたのです。
 中でも昨年の浸水の悲劇から国をあげて立ち上がったばかりの水の都イタリアのベネチアでは、復興を願って始まったばかりのカーニバルが無情にも中止せざるを得なくなり、人々の心がズタズタに切り裂かれました。またニューヨークではビルの谷間の広場や空き地に、遺体が次々と運び込まれ、家族の目にさえ触れさせないなか、痛ましい死体が次々と土中深く埋められていました。こんな惨状を一体、いつ誰が想像したことでしょう。アタイは同朋でもある各国の猫たちとも会うつど、話を交わしてきましたが、まさに目を覆うほどの町の破壊、変貌ぶりには、どうしてよいものかが分からない、といったのが彼や彼女たちの偽らない心境でした。

 コロナ禍から人間を助けるにはどうしたら良いか、を真剣に思案する白狐のアタイ=和田さんチにて
 

 神よ。どうか、お守り下さい
 
 ベネチアで始まったカーニバルもまもなく中止に
 
 新型コロナウイルスのまん延で街はひっそりと静まり返った(いずれもNHKBS1スペシャル「そして街から人が消えた・封鎖都市ベネチア」から)
 

 そんななか、オトンの友達でもあるネパールのカトマンズに住む日本人女性、裕子(ユウコ)さんと明美さんから相次いでオトンにあてたメールが届きました。ネパールと言えば、オトンの書き下ろし小説「カトマンズの恋/国境を超えた愛」の舞台で、カトマンズで現地人男性(現日本語学院の校長、ニルマニさん)と結婚し、世界を舞台に旅行業を営み、たくましく生きる愛知県稲沢市出身の裕子さんは、そのヒロインとしても知られます。
 また明美さんは、鹿児島県徳之島出身。現地人男性と結婚はしたものの先立たれ、以降は女手ひとつで3人のわが子を育てあげたその姿が〈カトマンズのおしんさん〉とまで呼び慕われ、今では〝おしん言語研究所〟代表として活躍する現地ではチョットした有名人です。そんなふたりからフェイスブックやメールを通じてオトンに届いた近況は大体、次のようなものでした。
【その1・裕子さんからのフェイスブックによるメール(4月15日午前2時38分着)】
 ~コロナ関連情報 ネパール~
 4月15日までのネパールのロックダウン、さらに4月27日まで延長 これで約1カ月のロックダウンとなりました。/現在ネパールでの感染者は15名、死者は0名。まだまだ少数ですが、少しずつ増えているのが怖いです。みんなしっかり外出禁止令を守っています。以下在ネパール日本大使館からの通達です。
(ポイント)
 ●報道によれば、ネパール政府は14日のハイレベル委員会において、ロックダウンを4月27日(月)まで延長したとのことです。
 ~コロナ関連情報 ネパール(4月27日午後10時11分着)~
 ロックダウン、またまた10日間の延長!!(笑うしかない) 国際線、国内線も運行停止も5月15日まで延長です。この世界情勢では仕方がないでしょう/こういう小出しのロックダウンのやり方は案外良いかも。だんだん在宅生活も慣れてきたし、精神的にも落ち着いて受け入れができます。/でも仕事がないので食料を買えない人たちも出てきて政府やボランティア団体が食料の配給をしています。1日も早いウイルス消滅を願うばかりです。
(以下在ネパール日本大使館より)
 ●ネパール政府が26日の閣議でロックダウンを5月7日まで延長することを決定。

【その2・明美さんからのラインによる受信メール】
 こんにちは、ナマステ。
 コロナに、自然災害…人間の手中でコントロール出来ないことばかりですね。私達は、何かを忘れて生きてしまっているかもしれません。私の尊敬する方から、今こそ日本は、古来から〝八百万(やおろず)の神〟さまに、感謝を捧げるようにと。先祖たちが我々の世界につないできた、自然界に対する畏敬の念を持って。
 人々が何らかの目に見えない力に、感謝を持って、今を過ごさないと、ですね。私達が自分の身体と思っている肉体でさえ、自分の意思で動かし続けているわけではありませんね。目に見えるものと 目に見えないものと 私自身の中でもバランスを整えないと。いつも有難うございます。
 そして明美さんからのメールには、オトンの連載小説についても次のように触れられていました。
――連載小説【ぽとぽとはらはら26】を読みながら、色々な情景が映像として目の前にあらわれます。こんど、ゆっくり じっくり、最初から読んでみたいと思っています。昭和、平成、令和と生きていますが不思議な事に、昭和の時代には、愛情さえ感じてきました。どこかで私の意識に入り込んでしまったのか。権太さんが初稿の文面に書かれていた歎異抄のことばは、すうーと心に沁み入ります。【善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや(歎異抄)】 この連載を書くことになったきっかけは、何だったのですか。ぜひ、お聞かせください。と。

 そんなわけで、アタイは感染者こそ少ないですが、国の出入りをロックアウトし国民を守り続けるネパールの国に思いを馳せ、現地の徹底したロックアウトの現状を、この目で見てみたいと心底思いもしたのです。カトマンズといえば、チトワン国立公園などで見られる夫婦仲のよい番(つがい)の鳥、ラブバードがいつも離れないで一緒にいることでも有名です。いま、この非常事態のなかでラブバードたちは、どのようにして生きているのか。そうした現状をアタイ自らの目でも見てきたい、と思うのです。

 ところで、今は現実に見えない敵・新型コロナウイルス、〝コンコロコロナ(コロナウイルス)〟の集団にアタイがお世話になっているオトンやオカンをはじめとした多くのニンゲンたちが苦しめられている。ひとごとではない不幸な、恐ろしい事態が現に次々と進行中です。だから、アタイは各国の実情をもっともっとこの目でしっかりと確かめ、感染者が1人でも少なくなるよう日々、見えない神に祈りを捧げなければ、と思っています。きょうも和田さんちを自らを透明な気体に変身させ、無念無想の境でちょっとだけ大空を飛んでウイルスの飛散状況を見てまいりました。
 何度も言いますが、アタイは白狐。だから、アタイがエイッ、と気合を入れ、その瞬間、無念無想の境地となりさえすれば、空を飛び、たとえ宇宙の果てにだって。どこにでも行くことが出来るのです。もちろん、しなければならないことは、新型コロナウイルスに汚染された地球の空を少しでも美しくきれいにして人々への感染を防ぐ、今となってはそれしかありません。オトンがよく口にする戦国時代の織田信長が桶狭間の戦いで今川の大軍に立ち向かった、まさにあの時の心境に少し似ているのかも知れません。
 みなさんには「そんな馬鹿な。おまえは単なる猫で、空なんて飛べるはずがないじゃないか」と信じてはもらえないかも知れません。でもアタイは〝びゃっこ〟。天から授かった天狐、神霊なのです。だから、からだもろとも飛び出す魂とともに無念無想の境地でめざす場所には行くことが出来るのです。だって、このまま放置すれば目に見えないウイルスにオトンも、オカンも、たけしも。命を取られ、あげくに全ての人類が滅ぼされ消滅してしまうかもしれません。黙って放置しているわけにはいかないのです。

 オトンたちと共に暮らすアタイが立ち上がらなくて。一体誰が人間たちを救えると言うのでしょう。アタイは、人間たちを助けます。助けなければならないのです。犬の遠吠えではありません。
        ※        ※

 ところで話は変わります。コロナショックのただなかですが最近、こんな話がありました。ここ1年ほど姿を消していた野良猫の大親分、アタイの父親かもしれない〝猫パン〟親分さんに4月8日に偶然、出会ったのです。ところは、この地方は江南市内の愛北動物病院の待合室で、それもソーシャルディスタンスという間隔をおいていました。待っている間は外の駐車場の車内でオトンたちと待ち、看護師さんが迎えに来ると待合室に入っていくという、これまでには想像もつかない順番待ちです。
 アタイはオトンとオカンに連れられ、春の健康診断を兼ねてワクチンを打ってもらいに行ったのですが。看護師さんの「入ってください」の声に促され待合室に入ったのです。そしたらなんと間隔が置かれたソファの隅の1角に、あの親分さんが柔和な顔をした初老の男性の膝の上で信じられないほどに穏やかな表情でいたのです。

 久しぶりに姿を見せた猫パン親分。昔と何ら変わらなかった(2017年9月17日、和田宅の中庭にて)
 

 オトンはアタイの方を向き、さかんに猫パンの存在を身振り手振りでアタイに告げようとしてくれたのですが。なにしろ、アタイだってやすやすと声を出すわけには行きません。ですので、アタイもわざと知って知らぬふりをしていたのです。結局は互いにひと言も交わすことなく、生き別れ同然に帰ってきたのでした。ああ~。親分さんはどうやら、ほかのニンゲンの飼い猫になってしまったらしい。
 アタイは素知らぬ顔を装いつつも、目の前の初老の男性に抱かれた猫は野良の親分だった猫パンに違いない、と確信しつつも、情けないことにニャンのひと声すら上げられなかった。一体全体なんてことだ、と我が身を恥じたのです。それにしても、知って知らないふりでいた猫パン親分の気持ち。痛いほど分かります。今はアタイも知らぬふりをしていて反省しています。アタイからニャア~ンのひと声でも発して声をかけるべきだったのです。
 そして。互いの意思を交わすことこそ、ふたりの猫生を続けるのに一番よいのだと。今になって反省しています。情には人一倍熱い猫パン親分のことだから、いまごろどこかで大粒の涙を流しているのかもしれません。それこそ、オトンの言う【ぽとぽとはらはら】の涙を流しているのでは、と心配でたまりません。でも、このコロナ禍の世の中で互いに元気で生きていることを確認できたのだから。それでよかった。いまはそんな気がするのです。きっと、また会える。そう信じています。

1.

 志村けんさん死去のニュースが世界をかけまわった=2020年3月30日付中日(東京)と毎日夕刊1面から
 

【令和2年3月29日午後11時過ぎ。タレントでコメディアン、多くの人々に親しまれた、あの志村けんさんが新型コロナウイルスによる肺炎で東京都内の病院で亡くなった。70歳だった。このニュース、志村けんさんの死去は米NYタイムズも30日、「日本の芸能界から初めての死者が出た。ファンの悲しみが広がっている」と速報で報じた】

 米ジョンズ・ホプキンズ大などの集計によると、新型コロナウイルスの感染者が29日、世界全体で70万人を超えた。26日に50万人を上回ったばかりなので、わずか3日で20万人増加、死者も3万3000人に及んでいる。このうち感染者が最も多いのは、米国で既に13万人(28日現在の死者は1711人)を超え、いち早くオーバーシュート(爆発的患者急増)による医療崩壊が深刻な事態となっているイタリアでも感染者は増え続け9万7000人、死者も9134人(28日現在)に。米、伊に加え中国やイラン、欧州諸国の計11カ国でも1万人以上の感染者が発生しているという。日本も30日現在、2606人が感染、66人の方々が尊い命を落としている。

 ニューヨーク、ミラノ、武漢、マドリード、パリ、ロンドン……、さらにはカトマンズ。日本の首都・東京、大阪、名古屋、北海道、福岡、岐阜、三重…ここ尾張名古屋でも、だ。
 いま、この星・地球はウイルスに冒され、至るところ病み続けている。次々と国が国の、県が県、州が州、町が町、村が村の、場合によってはふるさとの海、空、陸、川や山、野、畑、鉄道、バス、航空機、平々凡々たる日常生活さえもが本来あるべきその顔と機能を失い、人々の往来も含め、心までが傷つき次第に失せ、瓦解し壊れてしまい、その特色を失いつつある。誰のせいでもない。いや、元を正せば、プラスチックゴミの不法投棄に代表される環境破壊や温暖化などこれまでしたい放題をしてきた人間たち自身のせいかもしれない。新型コロナウイルスという、目には見えない自然界の異分子(人間の敵とでもいえようか)たちによる人間社会に対する逆襲がいよいよ始まった、とも思える。
 実際、昨年暮れ、武漢で最初に中国人がそのウイルスに冒されたとき、一体だれが今のこのパニックに近い世界の変容ぶりを想像したのだろうか。人類は今こそ、この危機、未曾有の【コロナ・ショック】を乗り超えなければならない。そして。これら町そのものの顔・姿の変容ぶりは、私たちが住む日本の、ほぼ中央部分にある、ここ木曽川河畔に広がる尾張名古屋とて例外でない。このままだと、街という街が形を変え、ひとつ消えふたつ消えして外形そのものがそのまま滅んでなくなってしまったとしても何ら不思議でない。世界中のニンゲンたち、いや人類の新型コロナウイルスとの戦いが始まったのである。
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 話はつい先日、お雛さまに遡る。ことし3月3日の夕方、午後4時34分、ネパールのカトマンズに住み旅行業を営む裕子さん(長谷川裕子さん、愛知県稲沢市出身)から私あてにフェイスブックによる1通のメールが入った。その内容は「ネパールもいよいよか…。(日本人の入国に関して)皆さん、どうかお気をつけてお過ごしくださいね。在ネパール大使館より下記の通達がありました。ネパール政府は3月10日より5カ国の国籍者に対するアライバルビザの発給を一時的に停止する措置を行うことを決定しました。対象国は新型コロナウイルスの感染者数が多い日本、中国、韓国、イタリア、イランの5カ国です」というものだった。
 裕子さんからは翌4日午後2時08分にも次のようなメールが入った。
「ネパール入国 日本人に対するコロナウイルス関連 続報! 事前に日本でネパールビザを取得されても、ネパール入国の際に健康証明書が必要となるらしい」と。そして。きょう30日には現地時間午前2時38分発で次のようなそれこそ〝裕子さんならでは〟の、やさしさに満ちあふれた発想による温かいメールが海を超えて届いたのである。内容は次のようなものだった。
――カトマンズはとても静かです。鳥のさえずりしか聞こえません。別世界のようです。空気もきれいです。/コロナウイルスは恐ろしいですが、きっと地球がひと休みしているんでしょうね。日本も他の国のように、ひと休みしたらいいと思います。/世界中が協力して一気にコロナを封じ込めないと効果ないのでは??/どうかお気をつけて

 彼女からはその後、30日正午前に~コロナウイルス関連 ネパール情報~続編 として今度は次のような文面が寄せられた。
 ――やはりロックダウン、延長されました! 8日間の延長で合計16日間のロックダウン。 これからがどうなるか心配です。 今のところは野菜や水、牛乳などは購入できます。 国際線の運行も延長され、4月15日まで停止。
(ポイント)●報道によれば、ネパール政府は29日のハイレベル委員会において、ロックダウンを4月8日まで、国際線の運行停止措置を4月15日までそれぞれ延長することを決定したとのことです。

 私は文面を追いながら、これまで地球の主役として生きてきた人たちが、この先いったいどこまで悲しく辛い思いをしなければならないのか。また、こんな荒んだ寂しい世のなかにしたのは一体誰なのだ! と心の中で叫んだのである。ただひたすらに真っ当な日々を過ごしてきた罪のない人々、こうした方々を救うにはどんな方法があるのか。
 私はただただ、そのことばかりを考えようとするのだが、当然のことながら答えは見つからない。と同時にクラスター(感染者集団)とは違う、感染経路の分からない不気味な無差別市中感染など等。人類を殺める言葉ばかりが頭の中をくるくると回り目の前に浮かんでは消え、消えては浮かぶのだった。

 今、この世では地獄図絵さながらに新型コロナウイルスに運悪く感染した人々が次から次にと路傍で倒れ、死んでゆく。志村けんさんしかりだ。一体全体、なんてことなのだ。そんなことを頭に私は今、こうして自分の育った人けの途絶えた町を歩いている。棒のようになって歩いてみたところでウイルスが退散するわけでもあるまい。なのに、だ。今は亡きあの稀有の放浪詩人長谷川龍生、そして天賦の才で知られ、何かと井上靖ら多くの文人たちに寵愛されたもう一人の詩人最匠展子のふたりがこの地上に生きていたとしたなら、この現状を見てどう嘆き、何を言い始めるのか。私は、それを知りたい。
 もしかしたら、この深刻極まる重大事となるとわが家で私たちニンゲンと共に生き、いつも家族のことを大層、心配してくれている白狐の愛猫シロちゃん=俳句猫で「白」の俳号を持つ。本名はオーロラレインボー=だけが、その真相を知っているのかも知れない。私には、そう思えてならないのである。

「アタイの心も傷つきどおしです」と1日も早いコロナショックの終息を願う白狐のシロちゃん
 

☆世界中の読者のみなさまへ☆

 あけましておめでとうございます。
 ことしもよろしくおねがいします。新春に当たり、まず皆さまの健康と幸せ、世界の平和をお祈り申しあげます。ことしはリニューアルも終え、新しい旅立ちが始まった私たち新生ウェブ文学「熱砂」の創作活動がいよいよ本格化します。
 同人一人ひとりの作品が日本文学はむろん〝世界文学の土俵〟にまで躍り出ることが出来れば、と願っています。そのためにも一人ひとりのたゆまぬ努力はかかせません。みな個性あふれ、人々の胸を打つ作品執筆を心がけたく思っています。
 どうか、声援をよろしくお願いします。=主宰伊神権太記

 以下に「熱砂」同人の抱負を述べさせて頂きます。
【伊神権太】
 地球環境の悪化を頭に『日本は世界、世界は日本』の認識でペンを進め、熱砂文学を宇宙の土俵に
【牧すすむ】
 毎年同じ誓いを立てるのだが年齢とともに変化が。一位は当然健康、二位はエッセイ集等の出版
【黒宮涼】
 健康に気を付けながら日々精進して執筆に励みたいです
【平子純】
 エッセイから「熱砂」がどこに行くか期待。個人としてはつつがなく一年過ごしたい
【真伏善人】
 まずは健康でありたい。景色を求めて四方八方無理せずに。エッセイを忘れずに、を心がけたい
【山の杜伊吹】
 心身のコンディションを整え、ポジティブエナジーを世界に送信したい。素直に書いていきます。

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