【虹猫・コロナ猫 シロは何でも知っている 第3部おかあさん】

3.旅立ちの時。首輪も青に

 稲妻やゆきあいの空風の音
 スーパーを覗きに来たの赤トンボ
 =伊神舞子の白猫俳句<minuetto-mi>から

 上の二句はアタイの俳句の師匠である伊神舞子、おかあさんが、きょう(2020年9月14日)と昨日(9月13日)詠んだ白猫俳句です。
        ※        ※       

 アタイは天の子、神の子、翼の子。
 白狐のシロです。「白」の俳号をおかあさん、すなわちオカンから拝命したこの世でただ一匹の俳句猫オーロラレインボーです。早いもので、きょうは令和2年9月14日。月曜日です。オカンのリサイクルショップのお店「ミヌエット」が再開して、2週間が過ぎました。この間、多くの方々のお世話になり、本当に感謝しています。ありがとうございました。木曽川河畔に広がるここ濃尾平野も、台風10号通過に伴う痛烈なる、雷を伴った土砂降りの雨に再三襲われ急きょ、お店を閉めるなど僅かな間にもいろんなドラマがありました。

 でも、強靭な精神の持ち主であるアタイの大好きなおかあさん、オカンはあくまで負けてなんかはいません。だからアタイも負けないで、ここまでついてきました。これからも、ついていきます。どこまでも、です。オカンが毎朝、お供同然のおとうさん、オトンと一緒に家を出るときは決まって玄関先でお見送りをし、帰宅時に自転車が玄関先に止まったり、玄関の鍵を開ける音がすれば、そのつど走って飛んで行って「おかえりなさい」と出迎える日々が続きました。いや、今も続いているのです。

 玄関まで出迎えるシロちゃん。このようにして飛び出てくる毎日だ
 
 白い体にお似合いだった黒い首輪もだいぶほころんできた
 

 もっとも自転車には、まだまだ乗れるはずもなくオカンは毎日車体を体の右側に半分杖代わりにしてお店に向かって歩いて行くのです。とはいっても、「きょうは自転車が重く感じるので、やめとく」と、自転車はやめ一人歩きをすることもたまにあります。なぜなら、オカンは杖を頼りに歩くことは退院当初からしないことに決めており、リハビリ療法士さんからも「それで結構ですよ。かえって杖をたよりにしない方が、足に力をつける点からも良いですよ」と言われているからなのです。
―そんなわけで、オトンもおとうさんなりに、お店への行き帰りには決まって付き添っての日々です(これは、今も続き、ここしばらくはオカンがどんなに嫌がっても続きそうです。オトンも言い出したらきかない人だから。だって、オカンのよちよち歩きは、勝気の本人が「もういいってば」と言ったところで、アタイが見ていても、まだまだ大変、心配だからです)。

 さてさて。そんな、それこそヨチヨチ歩きで危なっかしいオカンではありますが。お店の方は開店早々から、シャキットさんはじめ、ドデンさん、謎の4時の女性(なんでも4時になると決まって、お店に来てくださる不思議な、お方だそうです)、西春高女、可児のピアノ教師、団地の女性、文学少女でまもなく満90歳になられる〝そのこ女史〟、ほかに相場師さん……=これら呼び名の数々は全てオトンがつけたそうです。オトンはオカンの話から想像してこうした名前をつけました。でも、オカンに言わせれば、オトンはお店にきてくださるお客さんの大半を、実はまだまだ知らないのだそうです=と、先ずはひととおりのお客さんは来てくださったそうです。
 オトンは、こうした話をオカンから聞き、「おまえみたいなところへ、よくぞ来て下さる。感謝せな、アカンよ。どこに、そんなわざわざ、お店に来てくれる人がいる」と言うのが口癖なのだってさ。こんなオトンなので、開店した翌日には菊とかバラ、カーネーション、百合、菫といった赤、青、黄などカラフルな花1輪ずつを20本ほど花屋さんで買ってお店に届け、「来ていただいたお方に1輪ずつお礼として手渡すように」とオカンに渡しました。でも、2、3日後にはこれらの花々も全てなくなってしまったようで、この話を聞いたオトンはなぜかホッとしたみたい。ホント言えばオトンが昔、仕事で訪れたオランダ・アムステルダム近郊の世界一の花市場【アールスメル】で出会った花弁に妖しい斑点があるアルストロメリアを感謝のしるしにお客さま一人ひとりに一輪ずつ、と思ったそうです。でも、あいにく、その日、花屋さんの店頭にアルストロメニアはなかったので、ほかの花に替えたのだって、よ。でも用意した花はみんな、すぐに無くなってしまったようだーとオトンから聞かされ、アタイ、ほんとにうれしかった。オトンも喜んでいるにきまってる。
 ただオトンが心配してるのは、オカンの骨折前にいつも両手を広げて日々、幸せを運んでくれるような仕草で、お店に来てくださっていた〝コンドルさん〟が一向に姿を見せられないことだ、とか。オカンは彼女の元気な顔をみるまでは落ち着かない、と。そう、いつもアタイに話してくれています。早く来てほしいな。〝コンドルさん〟。

 あっ、そうそう。ここで報告があります。オトンとオカンがきのう買い物帰りにホームセンターに寄り、アタイに新しいスカイブルー、海のような青色の首輪を買ってくれました。これまでの黒い首輪がだいぶ古くなり、首から外れそうになってきたので新調してくれたのです。オカン、オトン。ありがとうございます。これから大切に使わせていただきます。

 新しい首輪をしてもらったシロちゃん
 
 さっそく身づくろいに忙しい
 

【追記・2020年9月14日】そういえば、きょうアタイがこの原稿を書き終わったところ、オトンから「新しい自民党の総裁(第26代総裁)にたった今、菅義偉官房長官が選ばれたよ。テレビでやっているから」と教えられました。さっそくテレビを見ると、新総裁のあいさつに立った菅さんの背広が、なんとアタイがオトンとオカンから買ってもらい、新しく昨夜、つけてもらったばかりの首輪と同じ「青」だったのには、驚きました。
 そう、海のような鮮やかなスカイブルーでした。菅さんは秋田のイチゴ農家の出身で地元の高校を卒業後、上京。苦学して法政大を卒業し国会議員秘書を経て横浜市議を皮切りに政界入り、48歳で国会議員に初当選。無派閥のたたきあげだけに、アタイは十分に期待していいと思っています。新型コロナウイルスによるコロナ禍の終息はじめ、経済の低迷からの脱却と再生など。目の前の問題は山積しています。
 でも、スガのおじさんなら、アタイたちペットも含め、国民を幸せにしてくれるような、そんな気がするのです(ただ、安倍政権の森友・加計問題・桜を見る会・文書管理のズサンさなどで天下に恥をさらし続けた悪政の数々と継承だけは、絶対に困ります。菅さん、すなわち新総裁が記者会見で決意表明された【国民が見て当たり前でないことは改めていきたい】。アタイは、この言葉を信じたく思います)。国民が見ておかしい、と思ったことは必ず改めてください。スガさんなら、出来ます。
 というわけで、スガさん、これから大変でしょうが、がんばってくださいね。日本国をよろしく、お願いします。応援しているから。菅さんは16日に国会で第99代内閣総理大臣に指名され、同日中に菅内閣が発足するんだってよ。激務ですから、おからだも大切に。ネ。二階幹事長の「菅新総裁には、力量、誠実さ、実行力が兼ね備わっている」の言葉を信じています。

 ところで話は変わりますが、12日(日本時間13日)にニューヨークで行われたテニスの全米女子シングルス決勝で大坂なおみさん(22歳、日清食品)がビクトリア・アザレンカさん(ベラルーシ)を1―6、6―3、6―3と逆転し2年ぶり2度目の優勝を果たしました。またイタリアで開催されていた世界3大映画祭のひとつ、第77回ベネチア国際映画祭でもコンペティション部門に出品していた日本の黒沢清監督(65)の「スパイの妻」が監督賞の銀獅子賞に選ばれた、とのこと。スガさんへの期待も含め、何もかもが新しい旅立ちの時でアタイの気持ちは今、ゆらゆら弾んでいます。全てのものが新しく幸せな時代に入ったらイイナーとアタイは思っています。
=<シロはなんでも知っている>のシロちゃんより

「国難にあって政治の空白は許されない。私には、国民を幸せにする使命がある」と決意表明をする菅義偉自民党新総裁(NHK総合テレビから)
 

                (つづく)

2.皆さま、ありがとう。オカンのお店が再開
 アタイ。天の子/神の子/翼の子である【白狐】のシロちゃん(「白」の俳号を持つ、この世でたったひとりしかいない、世にも不思議な俳句猫。本名は、虹猫オーロラレインボー)です。今回は新型コロナウイルスの感染拡大に伴う未曽有のコロナ禍のなか、何という悲劇なのでしょう。左足大腿部骨折と手術、その後のリハビリ入院というコロナ禍とはダブルパンチ、二重の不幸に襲われたアタイの大好きなおかあさん、オカンのその後について話しをします。
 オカンは、先日の退院に続き、きょう9月1日、とうとう天下晴れて、自ら営むほとんどボランティアと言っていいリサイクルのお店「ミヌエット」を再開させたのです。で、アタイは朝からそわそわドキドキ。オカンがほんとに店に出られるのか、とても心配でしたが、初日は愛用の自転車を引いて歩くオカンにオトンが付き添って、自宅から十分ほどのお店まで歩いて行き、とうとうお店「ミヌエット」の再開にたどり着いたのです。

 世界の片隅、日本の木曽川河畔で再開した、ちいさなリサイクルショップ「ミヌエット」
 

 オカン。おかあさん、心からおめでとう。そして。これまでオカンを励まし続けてくださった、歌人の国枝子さまはじめ、作家の治子さま、カトマンズ在住の裕子さん、大正琴弦洲会会主でふるさと音楽家でも知られる小牧のすすむさん、能登の憲彦さん、佐田味さんら多くの方々、さらにはオトンの兄妹、東京でオカンのことをずっと心配してくれていた科学者のオニン(お兄さん)夫妻ら和田さん一家のみんなにも、敬意を表します。
 そして。オトンはきょうオカンをお店まで送った帰りにおかあさんが自転車で転倒した際、救急車の出動をたのんでくださった方に対する礼を回転ずしまで足を運んで述べました。当時、救急車を要請してくださった方は、回転ずしに入る直前のお客さんだったみたい(舞の話)と聴いていたのでオトンは「お店のみなさま、本当にありがとうございました。もし、心当たりがおありのお客さんがおいででしたら、その方にもよろしくお伝えください」とも礼を述べてきたのだと言います。当然ながら、こうした行いはオトンならではだ、とアタイは思うのです。

 というわけで、オトンはオカンとともに令和2年9月1日午前9時過ぎにオカンが営む「ミヌエット」店内に久しぶりに足を踏み入れました。そして。オトンの目に最初に飛び込んできたのは、オカンが自慢としている俳句の季語が入った〝日めくりカレンダー〟だったのです。日めくりは【6月26日 金曜日 季語浴衣 ひととせはかりそめならず藍浴衣 /七十二候 菖蒲華】のところでストップしたままでした。

「ミヌエット」の店内に残されていた宇多喜代子さん監修による日めくりカレンダーの一部
 

 6月26日は、お店に向かう途中のオカンが自宅近く路上で自転車に乗っていて転倒し左大腿部の骨を折った27日の前日で、これにより26日まではお店に来ていたことが一目瞭然です。オトンは念のため、そのカレンダーを手にめくっていきましたが、次のようなものでした。
【6月27日 土曜日 季語鮓 季語となっている鮓は熟れ鮓です。地域により魚は変わりますが、今や熟れた匂いなど嗜好品になりました。 鯛鮓や一門三十五六人 正岡子規】
【6月28日 日曜日 季語余り苗 田植の際、万一の時のためにいくばくかの苗束を田の隅に確保しておきます。田に事故がなければ不要になる苗です。 黄色くて赤くて余り苗の先 山口昭男】
【6月29日 月曜日 季語草笛 草の葉や木の葉を唇にあて、吹く息を調整しながら音色を楽しみます。なれるまでなかなか難しいようです。 草笛の音色古稀とは思へざる 森井美知代】
【6月30日 火曜日 大はらい・夏越祭 季語茅の輪 名越の祓いに用いる茅萱の輪。境内に立てられたこの輪をくぐると無病息災が叶うといわれます。 くらき滝茅の輪の奥に落ちにけり 田中裕明】
………

 アタイの俳句の師匠でもあるオカンはこんなところでも日々、俳句の勉強を怠りなくしていた、と日めくりカレンダーを手にしたオトンに知らされ、アタイの目にはドッと涙があふれ出たのです。何というか。オカンはどんな時にだって、俳句が頭から離れていないことがよく分かりました。ほんとうに努力の女性、いやアタイにとっては師匠なのです。

 そういえば、いったんお店から戻ったオトンは、お昼になると以前のようにコンビニで買った簡単な食事を久しぶりにお店に届けたのですが、お店にいたのは寂しそうに座っていたオカンただひとりでした。でも、オトン曰く。「世の中こんなものだよ。派手好きなキンキラキンさんよりも、こうした地味な方がいい。せっかく再開したのに。待てども、待てども、待ち人きたらず。この方が、哀愁があっていいのだよ。待てども誰も来ない。それで良いじゃないか。それでいいよ。皆、だれだってサ。自分が生きていくのに一生懸命なのだから。客が来ようがこまいが。そんなことより、店を再開できた、その喜びこそ、何よりだよ。そのうち心ある方が思い出したように、きっと顔をのぞかせてくれるよ」(それでも帰宅したオカンがアタイに話してくれたところによれば、『きょうは、シャキットさんにナオミちゃん、ほかに午後4時の不思議な女性が来てくれたの』だってよ)とたんたんとした様子でした。
 アタイは、そうした、どちらかといえば地味ながら堅実なオトンとオカンが大好きなのです。オカンの復帰話については、オカンのブログ【きょうの俳句 minuetto-mi】欄が<白猫俳句>の名でつい2、3日前に、復活した朗報など、まだまだほかにもあるけれど。きょうは、ここらでやめておきます。ここでオカンの近詠二句を紹介させて頂きます。
 ♪風の盆コップの嵐どうなるか
 ♪りーりと初こおろの鳴きにしか
        ※        ※

 それはそれとして、今回は、オカンが転倒事故に遭ってからの場面も含めてアタイの幼少時からの心の揺れ動きをカメラで辿り、ちょっと変わった【シロちゃんの〝猫オムニバス〟】として、ここにアタイの人生の一部を収録しておきます。ですので、その間のアタイの胸の内でも知っていただけたら、それだけで、とても幸せです。次のとおりです。

 アタイは白狐、俳句猫。オーロラレインボーのシロです
 
 幼き日々。半野良ながらオカンの家に飛び込んできた当時のアタイ、シロちゃん
 
 オカンの入院中、アタイはずっと♪エーデルワイスと♪みかんの花咲く丘をスマホのユーチューブでオトンと一緒に聴いていました。今も、です
 
 「ありがとう」。思いがけず、お見舞いにメロンまでもらいました。オトンのお友だちからも高価な猫食器を
 
 
 オカンが足を骨折してからはずっと心配のしどおし。退院してからも帰宅するつど、玄関まで出迎えています
 
 なかなか帰らないオカンを待ちくたびれたこともしばしば。時には疲れて寝込んでしまうことも
 
 はるこさんから頂いた猫タオル、大好きです
 
 やっぱり、おかあさんとこうして俳句の話をしているのが一番うれしくて楽しい
 

 ところで、オカンのお店の再開は多くの方々の励ましがあればこそ、です。本当にありがとうございました。それでは、次回をお楽しみに。(つづく)

1.アタイは天の子、神の子、翼の子よ
 きのうは終戦記念日。きょうは令和2年8月16日です。あの日、ことしの6月27日に自転車に乗ったおかあさん(伊神舞子)が自宅近く桃源の交差点を渡り切ったあと。交差点から右方向に少し勾配になっている道路を右折した直後に回転寿司前の路上で自転車もろとも転倒し、左足大腿部の頸部の骨を骨折してしまってから1カ月半以上になります。

 それはそうと、このところ国内外ともども一向に収束しそうにない新型コロナウイルス感染化拡大によるコロナ禍に加え、場所によっては40度を超す驚異的な暑さ(浜松では16日に40.9度を記録)が人間社会を襲い、容赦ありません。で、あついのが苦手なアタイは、和田さんちの家の中でも出来るだけ涼しいところを探してそこでジッとしているのです。でも、どんなに暑くてもアタイはおかあさんから目を離すことだけはしません。
 だって。まだまだヨチヨチ歩きのおかあさんのことが、とても心配だから。なので、いつだって1階のオカンの部屋を視野にオカンの存在がアタイの目に見える範囲内のところで横になり、じっと静かに見守っているのです。

「アタイは、どんな時だって。おかあさんを見守っています」と、けなげで献身的なシロちゃん=和田さん宅で。オトンが撮影
 

 そして。いつの日からなのでしょう。何だかアタイはオカンの〝癒し猫〟になってしまった。そんな気がしないでもありません。でもそれでいいのです。アタイは、こんな生活こそ、アタイに課せられた天から与えられた宿命なのだと。最近、そう思っています。そして。オカンに、あの八重歯が輝いていた若かった、昔がそうだったようにカモシカみたいな足がよみがえれば、鬼ごっこだって、かくれんぼでも。もしかしたら縄跳びも一緒にできる日がくるかもしれません。オカンがだんだんと若くなっていき、少女のころのような可愛らしさも出てくるのです。

 アタイがなぜ、そんなことを言うのか。というのは、骨折で手術を受けたあと、リハビリも兼ねて入院していたおかあさん、すなわち、オカンが8月10日に無事退院し、懐かしのわが家である和田さんちに帰ってきてくれたから。アタイはいま、人々が苦しみ悩んでいるコロナ禍なんてどこ吹く風で、嬉しくてうれしくって。仕方がないのです。だから。もう2度とオカンにケガをさせるわけにはいきません。目を離すことだけはしません。いつだってオカンのそばを離れません。オカンが時折、立ち上がってノロノロ、よろよろ、ゆるゆるとトイレに立ったり、台所に出向いたりすると、もう心配でならないのです。そんなアタイを目の前に病院から帰ってきたオカンは「シロ、シロちゃん。もう心配ないから。おかあさんは、いつだって、おまえの傍にいるからね。これからだって。おまえの味方よ」と言ってくれます。でも、正直いってアタイはいつだって、おかあさんのこと。とても心配なのです。
 そんなわけで、この夏こんなに暑くてもこうしてオカンのそばにいられる自分自身がそれだけで、とっても幸せだなと思っています。アタイはいま嬉しくて。うれしくって。仕方がないのです。だってオカンがいつだってアタイのそばに居てくれるのだもの。

 実を言うと、ついこの間まではオトンの「シロやシロ、おまえの大好きなオカンがもう少ししたら病院から帰ってくるぞ。今はね。病院のリハビリ療法士のお姉さんやお兄さん、それにやさしい看護師さんらに助けられ、一生懸命にリハビリの訓練をしているのだから」の声に、アタイは居てもたてもいられず、これまでオカンの入院中に二度三度、いや三度四度…とわが家の脱出を試み、そのつどオトンやタカシ兄さんに随分心配をさせてしまいました(そういえば、きょうはタカシ兄さんの誕生日だった。うっかりしていてゴメンね)。
 で、ネ。脱出は、深夜未明だったり早朝だったりしました。何度も言うのだけれど。アタイは天の子。神の子。翼の子。時と場合によっては、風の子にもなります。この世の全ての人々に幸せの光りをもたらす白狐なの。だから。オカンの退院話を耳にした以上、だれよりもはやく会いたくなって、サ。ガラス窓を自分で勝手に開け、空を飛んで、わが家を飛びだしてしまったというわけです。

「こうしていても、時には思い立って白狐となり空を風になってどこまでも飛んでゆくのだから」と話すシロちゃん。
 
いつもは、こうしてオカンの好きな歌♪エーデルワイスや♪みかんの花咲く丘、を聞いているのだよ、とも。
 

 オトンったら。アタイが居なくなるとは、そのつど、居間の窓ガラスを開け、それこそ泣きそうな声で「シロ、シロ。シロシロ」「おまえは一体全体どこへ行ってしまったのだ」と何度も何度も、お外の闇に向かってアタイを呼んでくれ、正直いってアタイは後ろ髪を引かれる思いで、そのつど【無体のかぜ・白狐】となって病院まで飛んでいき、病床で踏ん張るオカンを前に、姿を消したまま、もう泣きそになりながらも、オカンの順調な回復ぶりを目の前に声をかけたくてもかけるわけにもいかず、心の中で「オカン、オカン。がんばれ。がんばって。いや、負けないで。もう少しの辛抱だよ」とエールを送り、暗いお空に浮かぶわが家に帰ってくるのです。むろん、道中はオカンにいつも教えられている俳句の句作のことも頭から離れません。
 そして。家に近づくと、オトンとタカシが「シロ、シロ。シロ。おぅ。シロちゃんか。帰ってきたか」とアタイを呼んで迎えてくれます。なので「アタイって。なんて幸せなのだろう」と思わず目頭が熱くなり、涙がそれこそ、ポトポトハラハラと出てくるのです。

 アタイは天の子。神の子、翼の子なのです。そればかりか、オカンの弟子でもあるこの世でたった一匹の俳句猫(「白」の俳号を持つ。本名はオーロラレインボー)のシロちゃんなの。だからアタイはそのつど姿を消し、時には世にも不思議な真っ白な白狐となり、オカンが入院する病室まで何度も何度も風となって飛んで行っていたのです。病床のオカンは、アタイがすぐ傍らに居るという気配だけは感じながらも何ひとつ言いません。でも、アタイが見えない姿のままオカンをそっと見守っているとき。オカンの心身は、とても穏やかでアタイの気持ちも最高に休まるのです。そういえば、先日アタイあてに東京に住む作家の【はるこさま】から、こんなメールが届きました。
―シロさま メールをありがとうございます。私は今日も東京にでております。シロさまが伊神さま舞子さまを思うお心の熱さに感動しております。舞子さまをよろしくお願いします。(8月14日午前10時56分)

 このメールが届いたことをオトンから知らされたアタイは何だかうれしくてたまらなくなったのです。あとでオトンが内緒で教えてくれたのですが。オトンはそれより前に、実はこんなメールをアタイに成り代わって【はるこさま】にあてて出していたのです。次のような内容でした。
―アタイの大好きな、はるこさま。そして。すてきな、ステキなまりこ姉さま。お見舞いをありがとうございました。おかあさん、ホントに嬉しそうでした。ありがとうございました。シロより

 というのは、それより前におかあさんの骨折入院を知った、オトンが大好きな友だちで作家仲間でもある【はるこさま】から猫のイラストが入った、かわいらしい何とも上品で素敵なタオルが病床にと届いたため、その感謝のメッセージをアタイに代わってオトンが出し、メールはその返信として送られてきたのでした。なんてやさしい【はるこさま】と、まりこさまなのでしょう。
本当に。ほんたふに、ありがたくて。アタイはついつい、オカンと一緒に泣いてしまったのです。アタイとオカンの目から、ぽとぽとはらはらと涙が出てきたことは言うまでもありません。
        ※        ※

 ところで、あの忘れられないオカンの転倒事故は、アタイはむろんオトンもタカシ兄さんにとっても生涯、忘れられない出来事になってしまいました。きょう2020年8月16日には午後、事故現場でおまわりさんによる実況見分もあり、まだまだ歩くのがやっとのオカンには、おとうさんが付き添いました。事故現場の検証から帰ったオトンが帰宅後「きょうはオカン、おかあさんの口から新たな事実を知ったよ」と言うので聞くと、オトンはアタイにこう言って聞かせてくれたのです。
「いやはや。驚いた。おかあさん、自転車ごと転んだ瞬間、頭だけは守らなきゃ、って。とっさに頭をコンクリート路面に打ちつけることだけは身をひるがえして何とか避けたんよ―だって、さ。ひとつ間違っていたら、あたしは既にこの世には居なかったかもしれないわ」と。
 この話しを聞き、アタイはどきりとする一方で「やっぱりオカンはすごいな」とホッと安堵したのでした。と同時にこれからは大好きなオカンをアタイはどこまでも守っていくのだ、と決意を新たにしたのです。

 事故発生現場ではオカンも立ち会い、炎天下で地元江南署員による現場検証があった。検証に当たる署員と事故当時の模様をおまわりさんに話すおかあさん=江南市桃源の発生現場で
 
(つづく)

「虹猫・コロナ猫 シロは何でも知っている」 第2部【♪グッド・バイ コロナ】

4.オカンが転倒

 オカンのことを心配するシロちゃん
 

♪岩手県コロナ感染ゼロ続く宮沢賢治の「雨ニモ負けず」
♪ねこの仔の鳴き声もテレワークコロナコロナと騒いで七月
♪ルビーのよなさくらんぼ口どけは懐かしい味の甘味処のアイス

 いずれもオカンが最近詠んだ短歌の中からアタイが選んだ能登半島七尾の短歌雑誌「澪(れい)」2020年7月号に所収された三首です。

 アタイは、いま悲しくて。つらくって。心のなかでずっと泣いています。でも泣いているのはアタイだけではなく誰もが。みんなが、です。アタイが元気をなくすと、オカンがそれ以上に悲しみ、沈んでしまうのでがまんしています。オカンが能登方言で「シロちゃん、寂しいでしょう。でも、泣かんとき(泣かないで)。この世に生きるみんな。患者とその家族ばかりでなく、看護師さんやお医者さん、リハビリをしてくださるお姉さんやお兄さんら医療関係に従事する全ての人々、み~んなが、このニンゲン社会を襲っている未曽有のコロナ禍のなかで負けないで生きているのだから」

 話は先月、2020年6月27日の午前中に遡ります。この日は朝早く。それもオトンとオカンとでアタイを自宅近くの愛北動物病院に連れていってくれ(季節に敏感なアタイが軽い熱中症か何かになったからかもしれません。前日少し嘔吐したので、そのことを心配したオトンとオカンに連れていかれたのです)いったん家に戻って、その直後にオカンは自転車で自ら営んでいるボランティア同然のお店、そうです。リサイクルショップ【ミヌエット】に向かいました。
 だが、なんという運命の皮肉。悲劇なのでしょうか。お店に向かうその途中、おうちの近くの桃源交差点を渡り切った回転ずしの前の路上でオカンは自転車ごと転倒してしまい、救急車で江南厚生病院に運ばれたのです。繰り返しますが、前日は、あまりに暑い日だったこともあり、熱中症にでもやられたのでしょうか。アタイ(「白」の俳号を持つ俳句猫。白狐で一般的にはシロちゃん。本名はオーロラレインボー)が少しだけ、嘔吐してしまったので「こりゃ、大変だ」とばかりにオトンの車でふたりに愛北動物病院まで連れていかれたのです。幸い「猫ちゃんは、吐くことは結構あります。このこ、見た感じも元気そうなので大丈夫ですよ」と、いつもの若いハンサムな男性のお医者さんに注射を打ってもらい帰ったのですが、それからまもなくしてオカンが転倒するという悲しい事故が起きたのでした。まさか誰かに突かれた。そんなことはないとは思いますが。

 あの日。オトンとオカンがアタイを病院に連れてくれてなかったら。こんなに悲しい出来ごとなぞは起きやしなかったに違いありません。そう思うと、いまは涙があふれてとまりません。それこそ、和田さんちの「今」は、涙ぽとぽとです。オカンが以前、作家であるオトンが地元情報サイトで連載した小説につけた題【ぽとぽとはらはら】そのものになってしまったのです。なんという運命の皮肉なのでしょう。可笑しいですよね。アタイはいま、涙をぽとぽと流し、それでもオカンが一日も早くよくなるように、と神さまにお祈りしているのです。
 それでもオカンは負けてなんかはいません。痛かった手術を終えたその日のうちに病床にいながら次の俳句2句を詠んだのです。
♪梅雨寒や骨をガリガリオペ終わる
♪七月やオペ後のひとしずく水美味し

 そして。きょうは、7月21日。オカンが自転車で転倒、それまで思いもしなかった左大腿部頸部骨折をした衝撃のあの日から、4週間近くになります。この間にオカンは左大腿部の人工骨頭取り換えの大手術を受け、経過は順調で16日には同じ江南市内の別の病院にリハビリ転院して現在に至っています。

「さあ、次の病院でリハビリがんばるわよ」とオカン。江南厚生病院の個室475号室で
 

 一方で、平穏な日常生活さえをも歪めてしまい、人間社会をどこまでも襲い続ける新型コロナウイルスによるコロナ禍は、依然としておさまりそうになく、この地球全域をむしばみ続けているのです。実際、世界の感染者は20日現在の各国や米ジョンズ・ホプキンズ大の集計で1450万8892人、死者も60万6206人)に及んでいます。感染者増は日本とて同じで横浜クルーズ船ダイヤモンド・プリンセスも含めた感染者は同じ20日現在で2万6503人に及び、死者もこの日とうとう千人を超え1001人になりました。この不幸は、もはや人間対見えない敵・新型コロナウイルスとの壮絶なる戦争だといっても過言でありません。

 ところで。オカンが入院してしまってから、というもの。アタイとオトンは、毎日オカンが好きな大好きな歌、♪エーデルワイスと♪みかんの花咲く丘、そして♪琵琶湖周航の歌、のみっつをオトンと一緒に、オカンが心身ともに負けないことを願ってスマホのユーチューブで聴くことにしています。「エーデルワイス」は、白い花が全身真っ白のアタイにどこか似ているばかりか、オトンとオカンが若かったころに出会った信州信濃は松本平から望む、白い雪をいただいた北アルプスの山々を思い出させるから、だそうです。
 また「みかんの花咲く丘」はオトンとオカンが昔、能登半島にいたころ新聞社と七尾青年会議所による【海の詩(うた)】の国内外への公募発信事業で審査委員長を務めていただくなど大変お世話になった加藤省吾さん作詞(加藤さんは、ほかに<かわいい魚やさん><怪傑ハリマオ―><紅孔雀>など数々の歌を作詞)による名曲であること、また「琵琶湖周航の歌」もオトンがかつて新聞記者として働いていた滋賀県と琵琶湖の湖(うみ)を思い出させ、3曲ともオカンとオトンにとっては、かけがえなき懐かしい音曲ばかりだからです。
 こうしたわけで、アタイは毎朝、おうちでオトンとこの3曲を一緒に聴きながら一日も早くオカンの足が治るように、と日々、祈っているのです。これらの歌を聴いていると、とげとげした心がどこか休まりアタイは「いい歌だなあ。このメロディーが病床のオカンのところに届くように」とつくづく願うのです。

 そして。リハビリ転院前の病院は個室だったので、オトンは付き添うたびにスマホで、この3曲をオカンに聴かせ、彼女の心もその分なごんだようです。でも、転院後の今の病院は個室ではなく隣の病床の患者さんに迷惑をかけてはいけないので、これらオカンの大好きな3曲を聞いてもらうわけにもいきません。こればかりは仕方ないですよね。その分、アタイとオトンが毎朝、ふたりでおかあさんの分まで自宅で一緒に聞き、早くよくなるように、と歌に心を託しているのです。
 こんなとき、やさしいオトンはアタイの好きな♪明日に架ける橋、と♪コンドルは飛んでいく、を。そしてオトン自身が好きな♪イエスタディワンスモア♪襟裳岬♪おまえに、などもかけてくれ、アタイはこれらの全曲がオカンの病床にまで届けばイイナ、と。心のなかで、ただひたすらに願っているのです。歌は、本当に傷ついた人々の心を癒してくれます。いい曲に出会うとつくづくよかったな、と思うのです。
 
 オトンとは毎朝、オカンの好きな♪エーデルワイス、を聞いてます。エーデルワイスに耳を傾けるシロちゃん
 
 

        ※        ※
 それはそうと、先日、オトンの友だちでネパールのカトマンズに住む旅行業でエッセイストの長谷川裕子さんから、オトンが異国の地で航空便のストップが続き、缶詰め状態の裕子さんのことを案じて出したメールに、こんどは彼女から和田さんちにメールが届いたのです。

 以下のような内容でした。
「この度は大変な中、メールいただきありがとうございました。舞さんの件、びっくりしました。熱砂で、舞さんの事情はよくわかりました。 /舞さんご自身、痛みやリハビリで大変なご苦労だと思います。 コロナの中、ご家族の皆さまも舞さんの回復のために頑張っていらっしゃるお姿、 感動いたしました。/神様もきっと幸せすぎる伊神さんご夫妻に嫉妬したのでしょう…。でも神様ですから、この悲しみや辛さに増す大きな喜びを、ちゃんと用意されていると思います。
 私もネパールから出られず、仕事もビジネスも進まず、もちろん収入は入らずで 落ち込むことばかりですが(私だけではなく、世界中がみんな同じ状況ですが)考え方やマインド、視点をちょっと変えてみると、色々とやることもあり、新たな希望が湧いて来ます。 今の現実を受け入れ、さらに良くなるにはどうしたら良いかを考えるようにしています。
 伊神さんも負けないで下さい! 病院通いの生活も大変と思いますが、ご健康にお気をつけて 栄養たっぷり摂って、どうかお元気にお過ごし下さい。私も負けません! 新しい小説も楽しみにしております。 長谷川 裕子 拝」
 という内容だった。

 オトンの目頭からド、ド、ド、ド。ドッ、と涙の滴が、滝の音でも立てるように、こぼれ出たのは、言うまでもありません。このメールにはアタイまでが感動したのです。ゆうこ! 裕子さん。がんばれ、がんばれっ。負けないで、ネ。
(続く)

3.コロナ猫
 社会の行く末を憂え独り、物思いに耽る白狐のシロちゃん=和田さんちで
 

 世界中に住む誰とて、生きてゆくのは大変である。
 アタイは戦争を知らない。焦土と化した沖縄戦。広島、長崎の原爆投下も、です。でも見えない敵、新型コロナウイルスの感染化拡大に伴う、これまで想像さえしなかった日常生活の変質化などコロナ禍の不幸を今、痛いほど共有し味わっている。アタイは、この世に生まれた人間猫、いや白狐(びゃっこ)の「白」です。

 ♪幸せだった日々は そんなに昔じゃないのに どこへ行ったのかと考えていたけれど……昨日のことが今また思い出される 過ぎ去った時 素敵だった時を 振り返れば色んな事が変わってしまった 今が少し悲しく思えてくる……あれもこれもまだ輝いている……(【イエスタデイ・ワンスモア】から)

 全てが閉じ込められたような、この世の中で。コロナの時代に入り、アタイは毎日のようにオトンがユーチューブで流してくれる、その歌に聴き入る
 

 アタイは2年半ほど前。ここ日本の愛知県尾張平野に広がる木曽川河畔の町・江南市にある「和田さんちの家」の床下で野良猫の両親の間に生まれました。前にも触れましたが、どうやらアタイは、パンチが得意な猫パン親分さんと優しさにあふれるオレンジさんの間に生まれたようです。でも、本当の両親が誰かとなると言い切る自信はありません。
 そして生後まもないころ、アタイは何度も何度も和田さんちの居間に勝手に縁側の開いた窓から入り込み、とうとうオカンにより時々は家の中に入れてもらえる半分野良の、いわゆる〝半のら〟生活が認められ、やがて気がつくと飼い猫になってしまっていた、そんな経歴を持つ今ではれっきとした和田さんちの家族の一員、シロちゃんです。
 でも、アタイが和田さんちの飼い猫となるのには、俳人でもあるオカンからある条件が課せられました。それは「あなたは、この広い空。星々のかなたで生まれた<天の子>。全身白なので【白狐(びゃっこ)】として、その存在が世の中の人々のためになるよう、いつも幸せを運ぶように努めること、そして俳人舞子の弟子として「白」という俳号まで与えられたのです。ですので、アタイはこの世でただ一匹、俳号を持つ俳句猫なのです。こうしたことをオカンから言い含められ、和田さんちの家族の一員として天下晴れて認められた、実を言うと、そんないきさつがあったのです。

 と、こんなわけでアタイは俳句猫の白です。でも、オトンはそんなややこやしいことなぞはお構いなしに、いつも「〝シロちゃん〟〝シロちゃん〟おまえは元気で居てくれさえすればよい」と言ってくれ、呼ばれるとアタイはいつだって「ニャア~ン、ニャア~ン」と甘えた声でこたえてあげるのです。そして、こんなオトンがアタイにつけてくれた名前が「俳句も大切だが、おまえは、いつだって世の中を明るく照らす神の子だ。なので、天使の虹猫として、この世を照らしておくれ」と、なんと【オーロラレインボー】という、これまた世にも珍しい不思議な名前をつけてくれたのです。だから、アタイは白もシロちゃん、も。オーロラレインボーも。みんな好きなのです。だって。みんな同じアタイの名前なのだから。

 さてさて。前置きはここまでとして、前号に続き、これから物語に入りますので、読んでいただけたら、とても嬉しく光栄です。
 令和2年6月22日。アタイは今、家の窓から外の景色をじっと見ている。そしてアタイの全身、白いからだに視線を注いでいるオトンを振り返り、ニャア~ン、ニャンニャンと鳴いてみせる。外には梅雨の季節ならでは、の気配が漂っている。このままだと、先日のような土砂降りの雨がまた降り出すかもしれない。きのうは炎天下で息もできないほどの炎熱地獄だったのに。と。そう思い、あらためてニャン、ニャン。ニャアオーン、と今度は高らかなる声を上げるとアタイは床カーペットの上に仰向けになり、オトンに向かいウンウンウン、ニャン、ニャア~ンと甘えてみる。ここでオトンは、いつものようにアタイが好きな♪コンドルが飛んで行くをはじめ、次いで♪イエスタディ・ワンスモアを携帯スマホのユーチューブから流してくれ、アタイは神妙な顔をしてこれらのメロディーに聴きいる。
 最近では、この二曲にどうしたわけか、新しく♪船頭可愛や、までが加わった。
        ※        ※

 ベルギーで飼い主の女性からペットの猫に新型コロナウイルスが感染した例に前回アタイがふれてから早いもので、もうだいぶたちます。この間、アタイの身の周りにもいろいろ新しい出来事が起きては消え、消えては起きました。かといって、アタイだって。人間社会に挑んできた見えない敵である新型コロナウイルス、〝コンコロコロナ〟のことは、いつだって何よりも気にしているのだから。このままだと、人間社会が滅亡することだって。十分にありうると思う。そんな気がするのです。
 それはそうと、アタイですか。人間家族の愛に支えられ、このコロナ禍の中で元気に生きています。コロナと一緒に生きてゆく。これをWITH CORONA、ウイズ・コロナだって。そう言うのだそうです。新型コロナウイルスの感染拡大は日本でこそ、今はなんとか抑えられており、国の緊急非常事態宣言が全面解除され、その後6月19日には、政府が求めていた都道府県をまたぐ移動の自粛も全面解除されるなど順調ではあります。
 でも、世界全体での新型コロナウイルスによる感染者は相変わらず増える一方で、このままさらに増え続けていったら、と思うと空恐ろしくさえなります。その証拠に世界全体の感染者数は6月20日現在で実に868万1357人に。死者も46万256人に達しているのです。=いずれも米ジョンズ・ホプキンズ大の集計から=。当然ながら、世界保健機構事務局長のテドロスさんは「ウイルスは依然素早く広がりつつある。全ての国、全ての人々が最大限の警戒をするように」と訴えており今後の感染者拡大がどういう道筋を辿るかとなると、アタイにも、さっぱり分かりません。本当に困った世の中になってしまったものです。

 愚痴ってばかりもいられません。あれから。かなりの月日がたちましたが、アタイは相変わらず時と場合によっては、自らの姿を消し、また時にはオトンの影法師ともなり、世界の果てまで、誰にも見えない天使の羽をつかって大空をあちらこちらにフワリフワリと飛んでゆきます。行く先々の世界各地の都会や町、村のどこもが大半マスク姿が目立つ一方でコロナ、コロナの恐怖に脅かされ、戸外を出歩く人々の姿も驚くほど少なくなっていました。
 あ~あ、それなのに、です。つい最近、訪れた三重県志摩半島の波切(なきり)では普通に見るそれとは2~3倍も大きな猫たちが悠々としたさまです。それまでの日常と何ら変わることなく漁どころの路上を歩いたり、寝そべったりしていたのです。アタイは、豪快そのものの風情を目の前に、ある面で自然界の威厳のようなものを感じたことも事実です。

 アタイの目の前に現れ出た志摩猫。全てに満たされた風情で、ゆったりと堂々としていた。ここばかりはコロナ禍なぞ、どこ吹く風のようだった=三重県志摩半島波切の大王埼灯台直下で
 

 旅先では、オトンの大切な友だちからアタイに置物のお土産までいただいた
 

 実際、目の前に広がるのは、どこまでも青い海ばかりであり、アタイ自身、そうしたゆったりとした猫たちの姿と自然には感動して帰ってきたのです。と同時にアタイは、ニンゲンも猫だって、命あるものは皆同じで、互いに相手の存在を尊敬して自然のなかで仲良く生きていく。それしかないことに改めて気付いたことも事実です。この気持ちはアタイの家に最近、しばしば顔を見せる、野良猫のキジ猫さんをはじめ、トラ、黒、オレンジ、ブチ…だって。皆同じ。み~んな、それぞれ自分のことを考えて、一生懸命に生きているのです。ニンゲンだって、そうなのだから。

 きょうもアタイに会いにきた友だちの野良ちゃん
 
(続く)

2.

 3月下旬のある新聞に【ペットと濃厚接触避けて ベルギー 人から猫に感染】という見出しと記事が掲載されていた。猫好きの私がその記事を見落とすはずがない。記事には『ベルギーで飼い主の女性からペットの猫に新型コロナウイルスが感染した事例が確認された。AFP通信などが27日、伝えた。ベルギー当局は「特殊なケース」としているが、ペットへの感染を防ぐため、顔をなめさせるといった濃厚な接触は避けるよう推奨している』とあり、さらに『猫は、一緒に暮らす飼い主に新型コロナウイルスの症状が出始めてから約1週間後に下痢や呼吸困難といった症状が表れるようになり、地元研究者の検査で陽性と確認された』ともあった。
 この記事を読んだ私は「いよいよ人間ばかりか、ペットの世界にまでまん延が広がってきたのか」と思うと、何よりも飼い猫オーロラレインボー(シロ)に新型コロナウイルスを感染させるわけにはいかない、と思ったのである。私たちが住む星、地球の至るところで今、新型コロナウイルスの感染が鬼の形相で菌を撒き散らし、多くの人々の命を奪っているのである。

 さて。第2部の1.に続く物語は、まず私の愛する飼い猫シロ、すなわちアタイの言い分から始めることとしよう。
【アタイ(白狐のシロ、「白」の俳号を持つ俳句猫。本名はオーロラレインボー)の言葉から】
 令和2年の4月29日。水曜日。なつかしい「昭和の日」です。オトンもオカンも大好きだった、タレントでコメディアンだったあの志村けんさんが3月29日夜遅く、新型コロナウイルスという〝銃弾の如きもの〟に倒れて、肺炎で70歳の命を絶ってから早や、1カ月がたちました。そして。この間にも、新型コロナウイルスの感染は増える一方で、これまでの平穏だった世界中の人間社会がそれこそガラリと変形してしまい、ほんとにもう、いやになっちゃうとはこのことです。
 米ジョンズ・ホプキンズ大の集計によれば、新型コロナウイルス感染症による死者は29日、世界全体で22万人を超えたそうです。また感染者はこれより先の27日に、とうとう世界全体で300万人を超え、このままだと感染者と死者がこの先、どこまで増え続けるのか、とても心配です(日本の感染者は29日正午現在で1万4814人に。死者448人)。アタイは、世にも不思議な白狐(びゃっこ)のシロです。そう、和田さんチの家族のひとりとして大変、かわいがられている、またの名をオーロラレインボーとも言う、「白」の俳号を持つただひとりの俳句猫なのです。みなさん。「そんな、俳句猫だなんて。ありえないよ」とおっしゃられるかもしれませんが。実は本当なのです。

 このところは、昨年暮れに中国湖北省武漢を発症源に突如として表れ出た〝新型コロナウイルス〟が、この地上に住む多くの人々に感染、まるでしがみついている地球の大地から剥がし取るでもするように尊い命を、1つ、またひとつと次々と奪ってきていることにことのほか、胸を痛めています。デ、アタイはアタイなりに、昨年暮れからことし初めにかけ、世界でも最初に〝疫病コロナ〟の発生源となった武漢を皮切りにニューヨーク、ベネチア、パリ、ロンドン…と世界各地を「エイ、やあ―っ」といった具合に自らの念力で日本を脱出。あちらこちらの惨状を空から飛んで回ってきました。
 この時の感想はこんご許されるものなら順々と紹介し、話しをさせてもらいますが世界の各国を回って言えることは、どの国もロックダウン(都市封鎖)された、その中で人々が肩をすくめてどこにも行くことが出来ず、こわごわ生きていたばかりか、家庭崩壊ばかりか医療崩壊という現実までが目立ち、これまで世界を代表し賑わっていたはずの美しい街並みや川、野山などの自然という自然が信じられないほどにひっそりと静まり返り、ニンゲンたちの心、精神という精神までがズタズタに傷つき、崩壊寸前になっていた、ということです。世界各地の名だたる観光地はじめ、街という街から人並みが消え、日本の新幹線も乗客は一両に1割そこそこ、空港は世界中、至るところで航空機がずらり駐機したままで国際線も国内線も大半が就航していません。高速道も信じられないほど少ない通行量で、いつもなら賑わうはずの温泉など名所旧跡の旅館やホテルはどこも閑散としており、とても信じられない光景ばかりが視界に飛び込んできたのです。
 中でも昨年の浸水の悲劇から国をあげて立ち上がったばかりの水の都イタリアのベネチアでは、復興を願って始まったばかりのカーニバルが無情にも中止せざるを得なくなり、人々の心がズタズタに切り裂かれました。またニューヨークではビルの谷間の広場や空き地に、遺体が次々と運び込まれ、家族の目にさえ触れさせないなか、痛ましい死体が次々と土中深く埋められていました。こんな惨状を一体、いつ誰が想像したことでしょう。アタイは同朋でもある各国の猫たちとも会うつど、話を交わしてきましたが、まさに目を覆うほどの町の破壊、変貌ぶりには、どうしてよいものかが分からない、といったのが彼や彼女たちの偽らない心境でした。

 コロナ禍から人間を助けるにはどうしたら良いか、を真剣に思案する白狐のアタイ=和田さんチにて
 

 神よ。どうか、お守り下さい
 
 ベネチアで始まったカーニバルもまもなく中止に
 
 新型コロナウイルスのまん延で街はひっそりと静まり返った(いずれもNHKBS1スペシャル「そして街から人が消えた・封鎖都市ベネチア」から)
 

 そんななか、オトンの友達でもあるネパールのカトマンズに住む日本人女性、裕子(ユウコ)さんと明美さんから相次いでオトンにあてたメールが届きました。ネパールと言えば、オトンの書き下ろし小説「カトマンズの恋/国境を超えた愛」の舞台で、カトマンズで現地人男性(現日本語学院の校長、ニルマニさん)と結婚し、世界を舞台に旅行業を営み、たくましく生きる愛知県稲沢市出身の裕子さんは、そのヒロインとしても知られます。
 また明美さんは、鹿児島県徳之島出身。現地人男性と結婚はしたものの先立たれ、以降は女手ひとつで3人のわが子を育てあげたその姿が〈カトマンズのおしんさん〉とまで呼び慕われ、今では〝おしん言語研究所〟代表として活躍する現地ではチョットした有名人です。そんなふたりからフェイスブックやメールを通じてオトンに届いた近況は大体、次のようなものでした。
【その1・裕子さんからのフェイスブックによるメール(4月15日午前2時38分着)】
 ~コロナ関連情報 ネパール~
 4月15日までのネパールのロックダウン、さらに4月27日まで延長 これで約1カ月のロックダウンとなりました。/現在ネパールでの感染者は15名、死者は0名。まだまだ少数ですが、少しずつ増えているのが怖いです。みんなしっかり外出禁止令を守っています。以下在ネパール日本大使館からの通達です。
(ポイント)
 ●報道によれば、ネパール政府は14日のハイレベル委員会において、ロックダウンを4月27日(月)まで延長したとのことです。
 ~コロナ関連情報 ネパール(4月27日午後10時11分着)~
 ロックダウン、またまた10日間の延長!!(笑うしかない) 国際線、国内線も運行停止も5月15日まで延長です。この世界情勢では仕方がないでしょう/こういう小出しのロックダウンのやり方は案外良いかも。だんだん在宅生活も慣れてきたし、精神的にも落ち着いて受け入れができます。/でも仕事がないので食料を買えない人たちも出てきて政府やボランティア団体が食料の配給をしています。1日も早いウイルス消滅を願うばかりです。
(以下在ネパール日本大使館より)
 ●ネパール政府が26日の閣議でロックダウンを5月7日まで延長することを決定。

【その2・明美さんからのラインによる受信メール】
 こんにちは、ナマステ。
 コロナに、自然災害…人間の手中でコントロール出来ないことばかりですね。私達は、何かを忘れて生きてしまっているかもしれません。私の尊敬する方から、今こそ日本は、古来から〝八百万(やおろず)の神〟さまに、感謝を捧げるようにと。先祖たちが我々の世界につないできた、自然界に対する畏敬の念を持って。
 人々が何らかの目に見えない力に、感謝を持って、今を過ごさないと、ですね。私達が自分の身体と思っている肉体でさえ、自分の意思で動かし続けているわけではありませんね。目に見えるものと 目に見えないものと 私自身の中でもバランスを整えないと。いつも有難うございます。
 そして明美さんからのメールには、オトンの連載小説についても次のように触れられていました。
――連載小説【ぽとぽとはらはら26】を読みながら、色々な情景が映像として目の前にあらわれます。こんど、ゆっくり じっくり、最初から読んでみたいと思っています。昭和、平成、令和と生きていますが不思議な事に、昭和の時代には、愛情さえ感じてきました。どこかで私の意識に入り込んでしまったのか。権太さんが初稿の文面に書かれていた歎異抄のことばは、すうーと心に沁み入ります。【善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや(歎異抄)】 この連載を書くことになったきっかけは、何だったのですか。ぜひ、お聞かせください。と。

 そんなわけで、アタイは感染者こそ少ないですが、国の出入りをロックアウトし国民を守り続けるネパールの国に思いを馳せ、現地の徹底したロックアウトの現状を、この目で見てみたいと心底思いもしたのです。カトマンズといえば、チトワン国立公園などで見られる夫婦仲のよい番(つがい)の鳥、ラブバードがいつも離れないで一緒にいることでも有名です。いま、この非常事態のなかでラブバードたちは、どのようにして生きているのか。そうした現状をアタイ自らの目でも見てきたい、と思うのです。

 ところで、今は現実に見えない敵・新型コロナウイルス、〝コンコロコロナ(コロナウイルス)〟の集団にアタイがお世話になっているオトンやオカンをはじめとした多くのニンゲンたちが苦しめられている。ひとごとではない不幸な、恐ろしい事態が現に次々と進行中です。だから、アタイは各国の実情をもっともっとこの目でしっかりと確かめ、感染者が1人でも少なくなるよう日々、見えない神に祈りを捧げなければ、と思っています。きょうも和田さんちを自らを透明な気体に変身させ、無念無想の境でちょっとだけ大空を飛んでウイルスの飛散状況を見てまいりました。
 何度も言いますが、アタイは白狐。だから、アタイがエイッ、と気合を入れ、その瞬間、無念無想の境地となりさえすれば、空を飛び、たとえ宇宙の果てにだって。どこにでも行くことが出来るのです。もちろん、しなければならないことは、新型コロナウイルスに汚染された地球の空を少しでも美しくきれいにして人々への感染を防ぐ、今となってはそれしかありません。オトンがよく口にする戦国時代の織田信長が桶狭間の戦いで今川の大軍に立ち向かった、まさにあの時の心境に少し似ているのかも知れません。
 みなさんには「そんな馬鹿な。おまえは単なる猫で、空なんて飛べるはずがないじゃないか」と信じてはもらえないかも知れません。でもアタイは〝びゃっこ〟。天から授かった天狐、神霊なのです。だから、からだもろとも飛び出す魂とともに無念無想の境地でめざす場所には行くことが出来るのです。だって、このまま放置すれば目に見えないウイルスにオトンも、オカンも、たけしも。命を取られ、あげくに全ての人類が滅ぼされ消滅してしまうかもしれません。黙って放置しているわけにはいかないのです。

 オトンたちと共に暮らすアタイが立ち上がらなくて。一体誰が人間たちを救えると言うのでしょう。アタイは、人間たちを助けます。助けなければならないのです。犬の遠吠えではありません。
        ※        ※

 ところで話は変わります。コロナショックのただなかですが最近、こんな話がありました。ここ1年ほど姿を消していた野良猫の大親分、アタイの父親かもしれない〝猫パン〟親分さんに4月8日に偶然、出会ったのです。ところは、この地方は江南市内の愛北動物病院の待合室で、それもソーシャルディスタンスという間隔をおいていました。待っている間は外の駐車場の車内でオトンたちと待ち、看護師さんが迎えに来ると待合室に入っていくという、これまでには想像もつかない順番待ちです。
 アタイはオトンとオカンに連れられ、春の健康診断を兼ねてワクチンを打ってもらいに行ったのですが。看護師さんの「入ってください」の声に促され待合室に入ったのです。そしたらなんと間隔が置かれたソファの隅の1角に、あの親分さんが柔和な顔をした初老の男性の膝の上で信じられないほどに穏やかな表情でいたのです。

 久しぶりに姿を見せた猫パン親分。昔と何ら変わらなかった(2017年9月17日、和田宅の中庭にて)
 

 オトンはアタイの方を向き、さかんに猫パンの存在を身振り手振りでアタイに告げようとしてくれたのですが。なにしろ、アタイだってやすやすと声を出すわけには行きません。ですので、アタイもわざと知って知らぬふりをしていたのです。結局は互いにひと言も交わすことなく、生き別れ同然に帰ってきたのでした。ああ~。親分さんはどうやら、ほかのニンゲンの飼い猫になってしまったらしい。
 アタイは素知らぬ顔を装いつつも、目の前の初老の男性に抱かれた猫は野良の親分だった猫パンに違いない、と確信しつつも、情けないことにニャンのひと声すら上げられなかった。一体全体なんてことだ、と我が身を恥じたのです。それにしても、知って知らないふりでいた猫パン親分の気持ち。痛いほど分かります。今はアタイも知らぬふりをしていて反省しています。アタイからニャア~ンのひと声でも発して声をかけるべきだったのです。
 そして。互いの意思を交わすことこそ、ふたりの猫生を続けるのに一番よいのだと。今になって反省しています。情には人一倍熱い猫パン親分のことだから、いまごろどこかで大粒の涙を流しているのかもしれません。それこそ、オトンの言う【ぽとぽとはらはら】の涙を流しているのでは、と心配でたまりません。でも、このコロナ禍の世の中で互いに元気で生きていることを確認できたのだから。それでよかった。いまはそんな気がするのです。きっと、また会える。そう信じています。

1.

 志村けんさん死去のニュースが世界をかけまわった=2020年3月30日付中日(東京)と毎日夕刊1面から
 

【令和2年3月29日午後11時過ぎ。タレントでコメディアン、多くの人々に親しまれた、あの志村けんさんが新型コロナウイルスによる肺炎で東京都内の病院で亡くなった。70歳だった。このニュース、志村けんさんの死去は米NYタイムズも30日、「日本の芸能界から初めての死者が出た。ファンの悲しみが広がっている」と速報で報じた】

 米ジョンズ・ホプキンズ大などの集計によると、新型コロナウイルスの感染者が29日、世界全体で70万人を超えた。26日に50万人を上回ったばかりなので、わずか3日で20万人増加、死者も3万3000人に及んでいる。このうち感染者が最も多いのは、米国で既に13万人(28日現在の死者は1711人)を超え、いち早くオーバーシュート(爆発的患者急増)による医療崩壊が深刻な事態となっているイタリアでも感染者は増え続け9万7000人、死者も9134人(28日現在)に。米、伊に加え中国やイラン、欧州諸国の計11カ国でも1万人以上の感染者が発生しているという。日本も30日現在、2606人が感染、66人の方々が尊い命を落としている。

 ニューヨーク、ミラノ、武漢、マドリード、パリ、ロンドン……、さらにはカトマンズ。日本の首都・東京、大阪、名古屋、北海道、福岡、岐阜、三重…ここ尾張名古屋でも、だ。
 いま、この星・地球はウイルスに冒され、至るところ病み続けている。次々と国が国の、県が県、州が州、町が町、村が村の、場合によってはふるさとの海、空、陸、川や山、野、畑、鉄道、バス、航空機、平々凡々たる日常生活さえもが本来あるべきその顔と機能を失い、人々の往来も含め、心までが傷つき次第に失せ、瓦解し壊れてしまい、その特色を失いつつある。誰のせいでもない。いや、元を正せば、プラスチックゴミの不法投棄に代表される環境破壊や温暖化などこれまでしたい放題をしてきた人間たち自身のせいかもしれない。新型コロナウイルスという、目には見えない自然界の異分子(人間の敵とでもいえようか)たちによる人間社会に対する逆襲がいよいよ始まった、とも思える。
 実際、昨年暮れ、武漢で最初に中国人がそのウイルスに冒されたとき、一体だれが今のこのパニックに近い世界の変容ぶりを想像したのだろうか。人類は今こそ、この危機、未曾有の【コロナ・ショック】を乗り超えなければならない。そして。これら町そのものの顔・姿の変容ぶりは、私たちが住む日本の、ほぼ中央部分にある、ここ木曽川河畔に広がる尾張名古屋とて例外でない。このままだと、街という街が形を変え、ひとつ消えふたつ消えして外形そのものがそのまま滅んでなくなってしまったとしても何ら不思議でない。世界中のニンゲンたち、いや人類の新型コロナウイルスとの戦いが始まったのである。
        ※        ※

 話はつい先日、お雛さまに遡る。ことし3月3日の夕方、午後4時34分、ネパールのカトマンズに住み旅行業を営む裕子さん(長谷川裕子さん、愛知県稲沢市出身)から私あてにフェイスブックによる1通のメールが入った。その内容は「ネパールもいよいよか…。(日本人の入国に関して)皆さん、どうかお気をつけてお過ごしくださいね。在ネパール大使館より下記の通達がありました。ネパール政府は3月10日より5カ国の国籍者に対するアライバルビザの発給を一時的に停止する措置を行うことを決定しました。対象国は新型コロナウイルスの感染者数が多い日本、中国、韓国、イタリア、イランの5カ国です」というものだった。
 裕子さんからは翌4日午後2時08分にも次のようなメールが入った。
「ネパール入国 日本人に対するコロナウイルス関連 続報! 事前に日本でネパールビザを取得されても、ネパール入国の際に健康証明書が必要となるらしい」と。そして。きょう30日には現地時間午前2時38分発で次のようなそれこそ〝裕子さんならでは〟の、やさしさに満ちあふれた発想による温かいメールが海を超えて届いたのである。内容は次のようなものだった。
――カトマンズはとても静かです。鳥のさえずりしか聞こえません。別世界のようです。空気もきれいです。/コロナウイルスは恐ろしいですが、きっと地球がひと休みしているんでしょうね。日本も他の国のように、ひと休みしたらいいと思います。/世界中が協力して一気にコロナを封じ込めないと効果ないのでは??/どうかお気をつけて

 彼女からはその後、30日正午前に~コロナウイルス関連 ネパール情報~続編 として今度は次のような文面が寄せられた。
 ――やはりロックダウン、延長されました! 8日間の延長で合計16日間のロックダウン。 これからがどうなるか心配です。 今のところは野菜や水、牛乳などは購入できます。 国際線の運行も延長され、4月15日まで停止。
(ポイント)●報道によれば、ネパール政府は29日のハイレベル委員会において、ロックダウンを4月8日まで、国際線の運行停止措置を4月15日までそれぞれ延長することを決定したとのことです。

 私は文面を追いながら、これまで地球の主役として生きてきた人たちが、この先いったいどこまで悲しく辛い思いをしなければならないのか。また、こんな荒んだ寂しい世のなかにしたのは一体誰なのだ! と心の中で叫んだのである。ただひたすらに真っ当な日々を過ごしてきた罪のない人々、こうした方々を救うにはどんな方法があるのか。
 私はただただ、そのことばかりを考えようとするのだが、当然のことながら答えは見つからない。と同時にクラスター(感染者集団)とは違う、感染経路の分からない不気味な無差別市中感染など等。人類を殺める言葉ばかりが頭の中をくるくると回り目の前に浮かんでは消え、消えては浮かぶのだった。

 今、この世では地獄図絵さながらに新型コロナウイルスに運悪く感染した人々が次から次にと路傍で倒れ、死んでゆく。志村けんさんしかりだ。一体全体、なんてことなのだ。そんなことを頭に私は今、こうして自分の育った人けの途絶えた町を歩いている。棒のようになって歩いてみたところでウイルスが退散するわけでもあるまい。なのに、だ。今は亡きあの稀有の放浪詩人長谷川龍生、そして天賦の才で知られ、何かと井上靖ら多くの文人たちに寵愛されたもう一人の詩人最匠展子のふたりがこの地上に生きていたとしたなら、この現状を見てどう嘆き、何を言い始めるのか。私は、それを知りたい。
 もしかしたら、この深刻極まる重大事となるとわが家で私たちニンゲンと共に生き、いつも家族のことを大層、心配してくれている白狐の愛猫シロちゃん=俳句猫で「白」の俳号を持つ。本名はオーロラレインボー=だけが、その真相を知っているのかも知れない。私には、そう思えてならないのである。

「アタイの心も傷つきどおしです」と1日も早いコロナショックの終息を願う白狐のシロちゃん
 

☆世界中の読者のみなさまへ☆

 あけましておめでとうございます。
 ことしもよろしくおねがいします。新春に当たり、まず皆さまの健康と幸せ、世界の平和をお祈り申しあげます。ことしはリニューアルも終え、新しい旅立ちが始まった私たち新生ウェブ文学「熱砂」の創作活動がいよいよ本格化します。
 同人一人ひとりの作品が日本文学はむろん〝世界文学の土俵〟にまで躍り出ることが出来れば、と願っています。そのためにも一人ひとりのたゆまぬ努力はかかせません。みな個性あふれ、人々の胸を打つ作品執筆を心がけたく思っています。
 どうか、声援をよろしくお願いします。=主宰伊神権太記

 以下に「熱砂」同人の抱負を述べさせて頂きます。
【伊神権太】
 地球環境の悪化を頭に『日本は世界、世界は日本』の認識でペンを進め、熱砂文学を宇宙の土俵に
【牧すすむ】
 毎年同じ誓いを立てるのだが年齢とともに変化が。一位は当然健康、二位はエッセイ集等の出版
【黒宮涼】
 健康に気を付けながら日々精進して執筆に励みたいです
【平子純】
 エッセイから「熱砂」がどこに行くか期待。個人としてはつつがなく一年過ごしたい
【真伏善人】
 まずは健康でありたい。景色を求めて四方八方無理せずに。エッセイを忘れずに、を心がけたい
【山の杜伊吹】
 心身のコンディションを整え、ポジティブエナジーを世界に送信したい。素直に書いていきます。

        ※        ※

「虹猫 シロは何でも知っている」 伊神権太

7.

「早く、いつもの幸せが戻って来てほしい」と新型コロナウイルスの絶滅を祈る白狐のシロちゃん(「白」の俳号を持つ俳句猫。本名はオーロラレインボー)
 

 きょうは、昼と夜の長さがほぼ同じになる春分の日、3月20日。お彼岸です。少し寒いですが、久しぶりに穏やかな日で、アタイは外の日差しにようやく書く気になりました。

 でもアタイ。本当言うと、このところは毎日、この世を憂いて泣いてます。〝ベッドの中〟で。いや、どこに居たって、です。この地上が新型コロナウイルスに冒され始めてからというもの、なんだか社会全体に閉塞感というか。あきらめムードのようなものが漂っていて、寂しくって。ベッドとは。ニンゲン社会のことです。
 だって、いまのニンゲンの世は寂しくて。悲しくて。つらくて。暗くて。もう、やりきれません。日常の普通の生活が次々と破壊されているのです。その証拠に、夜ともなれば町の明かりはどこもかしこも早くから消え、通りを行き交う人々も極端に少なくなってしまい、わびしくって。つまらないったら、ありゃしない。これがイタリアのミラノもフィレンツェも。み~んな、そうだっていうのだから。それこそ、最近の地球は涙がぽろぽろ、ハラハラで、おとうさん、オトンが地元情報サイト〈江南しえなん〉さんで書いている連載小説の題と同じ【ぽとぽとはらはら】なのです。

 ニャンニャンの日から、まもなく1カ月。世界保健機関(WHO)のテドロスさん(事務局長)が3月11日に新型コロナウイルスの感染拡大をパンデミック(世界的流行)だ、と宣言してからは10日近くたち、中国湖北省武漢市で最初の新型コロナウイルスが確認された1月11日からですと、ちょうど2カ月になります。この間、ニンゲンたちは毎日のように〝新型コロナウイルス〟〝新型コロナウイルス〟の大合唱で全くいやになっちゃう。なんでも新型コロナウイルスの感染者は、その後も増え続け、世界124の国と地域で実に20万人を突破。死者数も8000人を超え、広がりは収まりそうになく、アタイが住む日本も例外でなく感染者は1670人に。うち40人が亡くなったと聴きます。4万1035人が感染したイタリアではなんと、死者が3405人と中国の3248人を追い抜く事態となったそうです(20日現在)。いわゆるヨーロッパを中心に起きているオーバーシュート(爆発的患者急増)の典型例だそうです。まったく困ったものです。

 そんなニンゲンたちの危機的状況を知ってか知らないでか。アタイの家の周りでも微妙な変化が起きています。というのは、毎日、朝には決まってわが家を訪れ、窓際の縁越しに顔を擦りつけニャオ、ニャオ、ニャオ~ンと声をあげ、朝のあいさつをしに来てくれるオレンジさんはじめ、寅さん、クロちゃん、三毛さんなど野良ちゃんたち、すなわちアタイの友だちの姿がこのところはすっかり影を潜めてしまったみたいな、そんな気がするのです。それとも、何か気に入らないことでもあって、ほかの仲間のところに行っているのでしょうか。
 アタイがたまたまそう、思い込んでいるだけなら、まだしも。オトンやオカンらニンゲンと暮らしているアタイだけが〝コンコロコロナ〟を過剰に意識してしまっている。だから、おまえとはもう付き合えない、と。そう思ったのかも知れませんが。幸い、きのうはアタイのおかあさんかも知れないオレンジママが久しぶりにニャオーン、元気でいる? と顔を見せてくれ、網戸越しに身をよじってくれ、ホッとはしたのですが。でも、これって。最近、ニンゲンたちが特に嫌う濃厚接触じゃないかなって。そんな心配までしたのです。

 ところで。アタイがニンゲンたちと暮らす日本の、それも天下に誇る木曽川河畔に広がる〝尾張名古屋〟は先日の14、15日と、とっても寒い、寒い雨がしとしとシトシトと、ずっと、降っていました。そうなの。雨、雨ふれふれかあさんと……の、あの〝あめ〟が、です。お空から、どんどんどんどん、ドンドコドンドコと小粒の透明な水滴が落ちてくるのです。風もあり、冷たい日で、雨さんたちの音のない、魂だけみたいな透明な水滴の一斉落下には心までが寒く、冷やされたのでした。
 そればかりか、アタイの耳にはこれら水滴の1粒ひとつぶがナンダカ〝ぽとぽと〟〝はらはら〟と、キュンキュン泣いているみたいに聴こえてきて、しかたがありません。なんて悲しく寂しい音なのでしょう。そして。雨たちの悲しい落下に合わせるように、このところは世界中のニンゲンたちに〝コンコロコロナ〟がまん延してしまい「悲しい、泣きたい。どうしてくれるのよお~」と日々、泣きながらのニンゲン社会と世の中が続いているのです。
 こんなわけで、令和2年になって突如として、この世に現れ出た目には見えない敵、新型コロナウイルス。この菌たちにより、ある者は死に、ある者は隔離されるやらでニンゲンたちが右往左往して苦しめられている様子がよく分かるのです。なんと世界の感染者は中国・武漢を発症源に、イタリアをはじめとしたドイツ、フランス、英国、スイスなどヨーロッパを中心に、ほかに韓国、米国、イラン、スペインなど世界中で急速に増えて拡大化。いつも言葉数が極端に少ない、あのアタイの大好きなおかあさん、オカンさえもが、つくづくこう言うのです。「あたしはねえ、シロ。今度のコロナ騒ぎ。むろん天災ではあるのだけれど。人間が環境を汚したから、自然発生的に、いや必然としてウイルスが生まれた、だから人災だと思うの」と。

 オカンの言葉に「アタイ、とても心配です。なんとかしなければ」と時折、表情を曇らせるシロちゃん
 

 ところで、アタイはオカンが言うところの【白狐】。そう、どこまでも霊力を持った神獣で人々に福と幸せを運ぶ〝びゃっこ〟、すなわち天狐(てんこ)なのです。だから、理由はどうあれ、ニンゲンたちを助けなければならないのです。アタイがこの地上の星・地球にいるわけは、天の神さまからどこまでもニンゲン社会を守りなさい、と。そう厳命されて宇宙できらめく、あの〝天の川〟から、この地上に降り立ったのです。
 そしてアタイが、このニンゲンの世にわけもわからないまま飛び込んできたのは、2年前の話です。オトンがホーセン菌という雑草に宿る世にも珍しい菌に胸を冒され、とうとう喀血し、そのあげくに右肺の3分の1を切り取られ、その後退院して自宅に戻ってまもない冬の、ある寒い日のことでした。
 だから。あのときオカンとオトンがアタイをニンゲン社会の仲間として別け隔てなく家族の一員に加えてくれた。その恩に報いるためにもアタイはどうしてもニンゲンたちを助けなきゃあ、いけない、と。そう決心したのです。でも、いまのアタイには、どうしたら新型コロナウイルスと闘うニンゲンたちを助けることが出来るのか。それが分からない。せっかく人間社会に福をもたらす【白狐(びゃっこ)のシロちゃん】とまで呼ばれ、みんなに親しまれているのに。これでは、かえって余分な期待をかけてしまい、迷惑をかけるばかりです。

 あの目には見えない細菌、新型コロナウイルスまん延による感染者拡大でオカンから「シロ、シロちゃん。おまえも、お外には当分の間、出てはいけないよ。だって、へんなウイルスでも拾ってきたらどうするの。家の中にいるのよ」と言われて、〝コンコロコロナ〟の退治に出るのは、いまのところは少し我慢しています。
 でも、ウイルスの元締めをなんとか、たぐり出さなければ。とっても難しいことかも知れないですが、アタイは自分の力でこの世からコロナウイルスを追放してみせたい。いつかは、退治してみせます。アタイはオカンの言うように猫じゃない。ニンゲン社会でよく頼りにされる〝正義の見方〟なの。だから、見ていてください。いまは宇宙とニンゲンたちの健全な幸せ、繁栄のためにも人間たちを〝コンコロコロナ〟から助けなければならないのです。(続く)

 6.

 きょうは、2月の22日。ニャンニャン、すなわちアタイたち〝猫の日〟であると同時に〝忍者の日〟でもあるのだってサ。デ、三重県伊賀鉄道の忍者駅・上野駅では記念入場券が発売されたそうです。

 こんな微笑ましい話ばっかりだったら良いのだけれど。このところは、ニンゲン社会で新型コロナウイルスによる悲劇が日に日に深刻化しています。なかでも中国本土では死者が2345人、感染者も7万6288人(2月22日現在)にまで増えてきました。感染者の増加はアタイが住む日本でも同じで、きのう21日は北海道の中富良野町で兄弟2人が小学生では初めて新たに感染、ほかにも感染の拡大は止まらない勢いでアタイたち猫族は、この先、ニンゲン社会がどうなってしまうのか、がとても心配です。

 早く治まってほしい。心配な表情を隠しきれないシロ=オトンの書斎片隅にて
 

 ところで、この小説の題が【シロは何でも知っている】なんだって。あたしたち猫族は、どちらかと言えば美化されがちです。でも、ウソも隠しもしません。アタイは、テレビとラジオから流れてくるニュースとオトンとオカンの会話、ほかに、のら猫仲間から持たらされる情報以外には実のところ、なんにも知りません。ただ和田さんちのおとうさんたちと一緒に暮らしていると、思いもかけない声がまるで不意打ちでもするように、あっちからもこっちからも聞こえてくるのです。
 つい先日も、あの極端に口数の少ないおかあさんがアタイを見つめてしみじみと、それも、とっても深刻な表情でこう言ったのです。
「シロ。シロちゃん。びゃっこ(白狐)ちゃん。おかあさんはネ。今度の新型コロナウイルスは〝現代版タイタニック事件(1912年4月14日深夜から15日未明にかけ当時世界最大の客船だったタイタニックが北大西洋で氷山に衝突、沈没。乗客2224人のうち1513人が亡くなった)〟に似ているような気がするの。タイタニックは、実際に船が沈んで乗客が次々と死んでいったわ。
 それと同じで、今度は地球に住むニンゲンたちが氷山でこそないが、思いもしなかった悪性菌(新型コロナウイルス)にやられ、やがてはみんな悉く死んでいってしまう。気がついた時には、みんな消えてなくなってしまってる。そうなったら、シロちゃん。もうあなたとも一緒に暮らせなくなってしまうわ。だから。感染の拡大は何としても防がなきゃね。ニンゲンたちは皆、叡智を絞って闘っているのだから。シロも応援するんだよね」と。

 あのとき、アタイはなぜか悲しくて悲しくって。どうして良いのか分からないまま、ただただ、泣いてしまいました。それこそ、オトンが地元情報サイト【江南しえなん】さんで連載中の小説じゃないけれど。ぽとぽとはらはら―と涙がとめどもなく頬を伝って流れたのです。なんということなのでしょうか。

 そうかと思えば、今度はおとうさんがこう言ったのです。
「あのねえ~。シロちゃん。オトンの友だちがねえ。こんどの新型コロナウイルスは『もしかしたら、中国の(反分子による)習近平=国家主席=体制に対する内ゲバ、テロかも知れない』なんだってよ。ある方から、そんなメールまで入ったがシロ。ありうることだと思うよ」。なんだってサ。
 アタイは、オカンとオトンからこれらの話を聴いて、とっても悲しく、辛くなってきたのです。と同時に、あ~あ、あ~とため息ばかりが出ました。だから少しでも改善するように、とウーンと力の限り伸びをしてみました。でも、ニンゲンなのだから。最後は、良い方向にいってくれる。そんな気がするのです。

 だって、ニンゲンって。禍転じて福となす、て。そんないい言葉まであるじゃない。ここは、全人類がひとつ心になって新型コロナウイルスをやっつけることだよね。アタイ、そう思って今はオトンたちニンゲン家族に普通の生活が一日も早く戻ってくることを願ってます。だから。アタイも、それまでは不必要な吟行は遠慮して避けなければ、と思っています。たとえわずかでも、アタイたちでニンゲンを守らなければ。そう思っています。

 5.

 〝アタイはしんぱいしています〟と新型ウイルスのまん延にきょうも不安を隠しきれないシロちゃん(俳句猫「白」、オーロラレインボー)。オカンからの贈り物を胸に=和田さんちにて
 

 節分が過ぎ、立春も疾風怒涛のように過ぎ、2月も、はや12日。きのう11日は、ニンゲン社会で言う日本の建国記念日なのだって。
 この世では中国の湖北省武漢を発生源とした新型コロナウイルスの集団感染が湖北省はじめ隣国の日本、韓国、シンガポール、香港、タイ、マレーシア、台湾、ベトナムから米、英、仏、インド、オーストラリア、イタリア、ドイツ、スウェーデン、ロシアと全世界に広がり、中国での肺炎による死者は1113人、感染者となると4万4653人(12日、中国国家衛生健康委員会発表による)、症状の重い重症者となると6000人以上にも及んでいる。この空恐ろしい数字を見る限り、アタイ怖くて怖くって。和田さんちの人々は大丈夫かな、とついつい思ってしまう。

 オトンたち人間は「ことしは雪が降らない、降らない。暖冬だ」と嘆いていますが。ユキっ、て。いったい何なの。ユキがふると寒くなるの? アタイ、まだ見たことがなかった。でも、ずっと以前にネコパン親分(もしかして、アタイのお父さんかも、ね)。そのネコパンさんが「ユキが降ると、野も山も、み~んな、おまえみたいに〝真っ白〟になって変身してしまうのだよ。シロい猫。だからおまえは世にも不思議な〝白狐〟でもあり、ユキと同じだ。ニンゲンたちからも、ことのほか大切にされるのだよ」だってサ。そして。「だから、ユキはシロ、おまえにとっては魔法使いみたいなものだって。そうも話していたよ」

 そのユキをアタイね。
 10日の真昼にオウチの窓からガラス越しに見たんだ。ユキは、はらはらほろほろと落ちてきていた。尾張名古屋では観測史上最も遅い記録(1901年1月21日)を更新する、それほど遅かった初雪をアタイはそれも生まれて初めて見たのです。外から帰ってきたオトンが「シロちゃん! オーロラレインボーちゃん(アタイの正式名)。ユキだ。ユキ、ユキ。白い雪、花びらのようなおまえが天から地上に舞ってきているよ。さあ、見なきゃ。これが雪なんだ。雪なのだよ」と教えてくれたの。
 アタイは、オトンに言われるとおり窓辺に座ってじっくり、雪の花々を、ひとひらひとひら目をパッチリと開け確かめるように見ました。なんと可憐で美しく、かつ妖艶なのだろう。率直な初印象はそうしたものでした。

 でも、アタイ。空から落ちてくる雪を目の前にふと、心配にもなってきたのです。だったら、雪が降ってきたら、アタイも真っ白だから。雪に解かされて白い雪そのものになってしまうのじゃないかしら。どうしよう。だから雪なんて降らない方がいい、と。実はそう思ったりもしたのです。オトンは雪を目の前に大喜びで「ほらっ、オーロラ。レインボー、おまえと同じ。〝天使〟が空からおりてきた」と言って、はしゃいでいたけれど。ホントに天の使いならいいけれど、と思ってしまうのでした。
 というわけで、このところは暖冬の割りには結構寒い日続きで、もしこれからも天から雪が降ってこようものなら、体ごと解かされて消えてしまうかもしれない。なので、きょうの外出はオカンが言うとおり。やめにしたのです。それよりも、冒頭でも触れましたが、オトンたち人間社会では、なんだか知らないが新型コロナウイルスっていう菌を媒介とした大変な病、新型肺炎がこのところ日に日に増えてきているのだって。
 新聞やテレビ、ネットではわいのわいのと感染者が増えた、死者が増えたって。横浜港大黒ふ頭では乗客乗員3600人もが豪華クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の船内に閉じ込められたままだなんて。騒ぎ立てている。もうこのままだとコロナウイルスの発生源の中国はむろん、お隣のアタイたちが住むニッポン、そして遠く離れたアメリカ、フランス、フィンランドと世界中がコロナウイルスに汚染され、もしかしたら人類の窮地。最悪な場合、破滅に陥るやもしれない。そんな危機的状況になりつつあるのだって。
 だから、ニンゲンたちが協力しあってこの危機を乗り越えるほかない。アタイは心底そう思うのです。だから。アタイ、オトンがテレビやラジオのチャンネルをひねるたびにとても怖いの。このところは、アナウンサーの映像が出るたびに最初に口から飛び出すのは【し・ん・が・た・う・い・る・す・の・かんせんしゃは、そのごもふえつづけ】なんだもの。一体全体、この世の中はどこに行っちゃうの。心配です。だからといってアタイたち猫族はただ事態を見守るほかありません。オトンたちニンゲンにはいつもお世話になっている。だから助けてあげたい。でもアタイ、白狐の威光にも限界があって。このままだとニンゲンたちを助けられないかもしれない。どうしたらいいのか。

 それとアタイが心配しているのは、この新型コロナっていう細菌。今は報道されていないけれど(オトンは既に気づいているようです)。アタイたち猫族にも感染するかどうか、ということなのです。いまのところ、新聞、テレビは感染対象をニンゲンだけに限って騒いでいるみたいだけれど。ほかの生物、ニンゲンたちと同居している犬や猫、鳥、金魚など家畜や鳥、魚たちにまで伝染し始めたら一体全体、どうしてよいものか。アタイの白狐特有の神通力をしても、とても助けるわけにはいかないのです。
 そして。イッチバーン気になり、心配なのは、この新型ウイルスの最初の伝搬者がコウモリだと報じられた、その事実も大事件であり、これはもしかしたら、ニンゲンだけを相手にした悪夢とはいえないことです。発生源である中国の習近平国家主席は「北京の病院などを見て回り、異常事態に【このウイルスとの闘いは人民との闘い】だと言っているそうですが、アタイに言わせれば、もしかしたら「中国全土どころか、地球上の全生物との戦争ではないか」とそう思うのです。

 だから今こそ、猫族もアタイたちをいつもよくしてくれているニンゲンたち、いや人類と地球を救うためにも立ち上がらなきゃ、って。そう思っているのです。でも、どうしてよいのか、が分からない。
 それはそうと、きのうこの大地に雪がちらほらと落ちてくるのを見ました。ちらほら、と。真っ白な、ちいさな花びらがどんどんと、この地表に舞い降りてきたのです。そのさまは幻想の世界そのものといっても良いものでした。「きょうは、とっても寒い日だからオウチにずっといるのだよ」と言って〝おかあさん〟は朝、でて行ったけれど。こういうことだったのだ。だから「オソトに出てはいけないよ」とあれほどまでに口を酸っぱくして出ていったのだな、とあらためて思ったのです。
 ニンゲン社会は今、新型コロナウイルスの集団感染にもだえ苦しんでいます。白狐のアタイとしては、こうしたウイルスが消えてなくなり、ニンゲン社会が元に戻ることをただただ願っています。だって、オトンもオカンもカズも、みんな大好きなのだから。聞けば、死者が1日で初めて100人以上となり、10日だけで108人に達したとか。なんという悪夢なのでしょうか。でも、全人類とアタイたちが力を合わせれば、この窮地も救えます。
 白狐のアタイはそう信じているのです。ニンゲンたちよ。負けるな! 

 4.
 きのうが大寒で、きょうは1月21日。令和2年が明けて、はや3週間がたちました。
 アタイはシロです。人間社会で言うとおりで〈月日のたつのはホントに早いです〉よね。オトンがなかなか忙しそうで、アタイの連載小説「シロは何でも知っている」までは手が回らず、少し遅くなってしまったようです。アタイ、何でも知ってるのに。

 アタイ、なんでも知っているのだから。ほかの猫さんたちもみんなそうよ
 

 ところで、オトンは〝忙しい、忙しい〟とこれ見よがしに言う人は、あまり好きではないみたい。「そう云うのに限って出来が悪い」ってよく言っています。だから昔からどんなにせねばならないことがいっぱいあっても、決して〝忙しい、忙しい〟などとは言いませんでした。とは言っても、これって。やっぱりやせがまんかもね。そんなこんなでついついアタイの連載小説の執筆まで遅くなってしまったようです。なんでも地元情報サイト・江南しえなんで連載中の青春小説〈ぽとぽとはらはら〉は既に16回まで進んで順調みたいですけど。皆さん、こちらの方も読んであげてくださいね。

 でも、みなさん。心配しないでください。一匹文士のオトンはアタイの動きをも逐一、見守ってくれており、常時メモ帳まで携帯して事あるごとにボールペンや鉛筆で記録してくれているからです。その証拠に、つい先日、外出中にオトンがお気に入りのノートを開くと、アタイのことがぎっしりと、手当たり次第に記されていたのです。まったく。恥ずかしいと言ったら。ありゃしない。
 アタイは〝シロが〟とか〝白(俳句猫であるアタイの俳号)、白狐(びゃっこ)が〟―などと次から次にとノートにぎっしり書かれている文面を目の前に、それこそ、ぽとぽとはらはら―と涙が溢れ出そうになってしまいました。オトンは、なぜあれほどまでにアタイに優しいのだろう、と。そんなことを思うと、それこそ首をひねらざるを得ないのです。

 子離れしていないというか、なかなか猫離れしない、ダメな人だな、だなんて。オトンのことをついついホントに、そう思ってしまうのです。嘘じゃありません。なのにアタイはなぜか、そんなオトンを憎めません。大好きなのです。ここでノートに記されたメモ書きの一端を、お見せしましょう。ざあっと、こんな具合です。
【1月7日】「年賀状 スカーレットのヒロイン女性(神山清子さん)から丁重に届いた 『おめでとうございます 早々に賀状頂きありがとうございます 去年は私として人生一番楽しい思い出でした。頑張ったと自分ながら思います お世話になりました ありがとうございました』との内容だった」と書かれたその下に、だ。
 いつものオトンお気に入りの白と黒のボールペンでさら、さら、さらりと「シロちゃんはきょう1日中、家のなか。昼間は冷たい雨が降り注いでおり、やはり外出しないでよかった」と書かれていた。

 それから。夕方になると。なんだかよく分からないが「先日、伊丹の〝にしもとめぐみさん〟から送られてきた詩集『マリオネットのように雨は』のページを開いた」と書かれたその下に「舞(オカン、おかあさんのこと)曰く『シロちゃんはいま一人で静かに憩っているのだから。あまり〝シロ、白っ〟て。呼ばないで! 気にして寝床(暖房カーペット)から出てくるじゃないの』と書かれている。
 これらの活字を追えば追うほど「アタイは、和田さんちの家族みんなに大切にされているのだな」とついつい、思ってしまうのである。
 
 オトンの猫日記は、こればかりではない。
【1月8日】「午後2時過ぎ。かつてわが家(和田さんち)の飼い猫だった今は亡きこすも・ここに似た猫と一緒にシロちゃんとは正反対、全身真っ黒のクロちゃんが裏庭に面した縁側に顔を出す。彼女が気にするので少しだけ、ガラス窓を開け対面させてやる。互いに近づきウーン、ウンウン、ニャア~ンと呼び合っている。午後。外出先から帰ると同時にコンビニで買ってきたナナチキをシロに与える」と。
――ことほどさようにオトンはアタイのことを気遣ってくれているのである。
【1月10日】「午前8時20分過ぎ。オレンジさん(もしかしてシロのおかあさん?)がリビング横の縁台に姿を現した。いつも朝一番で心配そうな顔を網戸越しに投げかけ、室内を覗き込み、直立不動でシロのことを見守ってくれている。そんなやさしい顔である。シロもその姿に必ず駆けつけ網戸のうえから擦り擦りをして応える。オレンジさんは、いっつも朝になるとはこうして姿を見せ、しばらくすると、また何処かへ―と姿を消す。

 もしかして。シロ生みの親。おかあさんかも。縁台に現れたオレンジさん
 

【1月11日】「9・45分過ぎ。シロ、お外へ。出る前に一度はためらって引っくり返ってみせたが二度目は真剣なまなざしをして『アタイは出ていかねばならないのだ』といった、そんな真剣な表情をして俳句の吟行に出た。事故に遭わないで元気で帰ってくるのだよ―と私」
【1月13日】「あのねえ~、と例によって舞。何なの、と聞くと『金沢の室生犀星がねえ。あまり知られてはいないようだけれど。猫を飼い、〈猫の詩〉をつくっていたんだってよ』と。何を思ったのか。ポツリと話しかけてきた、と。そう書かれていました。」
【1月14日】「シロよ。シロ、シロ。きょうは帰りが遅いので心配だ。せめて帰った時のために室内を暖かくしておかねば、と舞の部屋とリビングの暖房を入れておく。ここまで書いたところで窓に白いものが走ったのでガラス戸を開けてやると、やはりシロちゃんだった。相変わらず見事なまでの薄汚れさである。やれやれ、だ。帰宅した彼女は汚れた全身の身繕いに一生懸命である。」
【1月15日】昼間。マフラーを首にかけ家を出ようとしたところ、シロちゃんが向こうの草地の方から飛んで走って私の方に来た。デ、いったんかけてしまった家の鍵をまた開けてシロを家のなかに入れてやる。私が出かけようとしていたこともあってか、家の中に入るかどうか思案したようだが、ドアを開けて「さあ、入ろうよ」と言うと、意を決して入った。というわけで、彼女は、この後は家の留守番という大役を担うことになった。
【1月16日】
 たまたまひねったテレビ・BS2で〈ひふみんのニャンぶらり〉を見る。
「会うと幸せを招く」と言われる〝白い猫〟のことを流していたが、あの白い猫はもしかしたら、わが家のシロちゃんが東京の浅草まで飛んでいった、その幻影だったかも知れない。なんてったって。そっくりだったんだから。きっと、そうだ。そうだよ」と。
 だって、オカンが言うにアタイは白狐。「人々に幸せを運ぶ〝霊〟そのものでもあるのです」。ですからアタイが浅草に現れたとしても、何ら不思議はありません。
【1月17日】
 金曜日。舞は朝早く草樹俳句会の集まりで大阪に旅立った。彼女が家を出てしばらくすると、シロ、すなわち俳句猫の「白(シロの俳号)」はどうしても外に出たい、と言い張るので出してやる。「オカンを守らなければ。そのためにも一度は外に出て、〝白狐の魂〟を一度、大気に浮かべる必要がある。だから出して」と切実な顔をして言うので外に出す。「事故に遭わないで、やることが終わったらすぐに帰ってくるのだよ」と私。

 オカンによれば、アタイは猫ちゃんではなくて神出鬼没の〝白狐〟なんだってよ
 
 魂ごと空中に飛び立つとき、シロはこんな感じで走り出す
 

 ことほどさように、アタイは和田さんちの人々にかわいがられているのである。次回をお楽しみに。それでは。ニャア~ン。ニャ、ニャン。ニャン。

 3.
 外を見てきょうも句作に没頭する俳句猫・シロ
 

 オトンは、このところ濃尾平野のなかでもオトンが育った木曽川河畔に広がる江南に焦点をあてた〈ぽとぽとはらはら〉といった世にも不思議なタイトルの連載小説=この小説はネットかスマホで〈ぽとぽとはらはら〉を検索すれば読めます=の執筆などに追われ、アタイのことなどはすっかり頭から離れてしまったのかな、と。そう心配していたのですが、そうでもなさそうです。
 オトンはオトンなりに、ちゃんとアタイのことを忘れてはいなかったみたい。
        ☆        ☆

 ことしの三月。平成の世も四月を残すだけで、少しずつ終わりに近づいてきていました。春の陽光がまぶしい日でした。
 アタイは2代目のシロちゃん(以降はシロで)。すなわちこの世でただ一匹の俳句猫「白」、オーロラレインボーです。その日。朝から和田さんちの裏口縁台まで迎えにきていた猫パン親分に誘われ、いつものようにお外に出たまではよかったのですが。猫パンさんに言われるまま、どこまで行くのか。訳もわからないまま高校近くの草っぱらにまで連れ出されました。連れ出された、というよりは喜んで猫パンさんについていったと言った方が良いのかもしれません。
 このころになるとアタイは、和田さんちの家のまわりを吟行しながらひとりで歩くことには既になれてはいました。俳句を詠むのにふさわしいネタとか発想が浮かべば、すぐにオカンに知らせもするようになりました。それでも、まさか初めての高校辺りまでとなると1キロはあり、この世で暮らし始めたばかりのアタイにとっては、ちょっと遠くて大変です。とは言っても、アタイ。猫パンさんには恩義があります。ですので。その日は親分の指示どおり、どこまでも歩いてついていきました。いくつもの道路を渡り、路地や小川、側溝を飛び越えました。見慣れない住宅密集地や空き地、草はら、路地裏などは初めて視界に入る光景ばかりなので、だんだんと方向感覚がマヒしていくようで途中で帰りたくなったのも事実です。
 でも、アタイが尊敬する親分の猫パンさんの目が「勝手に帰るな」と光っていました。だから、帰りたくっても帰れません。なぜ、あんな遠いところまで連れ出されたのかは、今も分かりません。そんなわけで、その夜は草はらの一角でひと夜を明かしましたが心配してくれたのか。幸い、猫パンさんもアタイと一緒に居てくれました。

「シロちゃ~ん。シロ、シロ、シロちゃ~ん」
オカン、おかあさんの半分泣きそうな、恥も外聞もない引きつった叫び声が耳に迫ったのは、翌日の午後でした。昼の間、太陽光線でキラキラ光っていた草はらも夕暮れに黒く染まろうとしていた、まさにその時でした。正直言って、アタイは元々野良猫だったのです。だから黙ったまま、これまでも大変世話になってきた猫パンさんが行くところについて行きさえすればナントカなる、と思っていました。むろん、和田さんちに帰れない悲しさ、やるせなさ、どこに連れられて行ってしまうのだろう、という恐怖や不安感は確かにありました。
 でもね。こうとなっては覚悟を決め、草むらの隠れ家みたいな凸凹になった場所で黙ったまま座り込み、時折、顔をあげる猫パンさんの傍にいるほかない。そう心に決めていたのです。半ばあきらめ顔でいた、そんな時に突然、足を棒にしてアタイを見つけてくれたオカンのあの泣き叫ぶような甲高い声が耳に迫ってきたのです。気がつくとアタイはたまらなくなって走り出し、オカンの方に駆け寄り〈ウン、ウ~ン〉〈ウ~ン、ニャアン〉〈ニャン、ニャン〉といった甘えた声をあげていたのです。
「シロ、一体全体どこにいたのよ。おとうさんも、タカシも。みんな心配しとったのよ。私、あなたを探し回っていたのだから」。オカンの声にアタイの目からは思わず涙が〝ぽとぽとはらはら〟とあふれ出てしまったのです。と同時に抱き上げられたまま、オカンのその頬に顔を擦り寄せ、ゴロゴロゴロ、ゴロゴロゴロゴロ、ニャンと親愛の情を込め、お腹というおなかを鈴玉のように鳴らしてしまったのです。
 正直、あの時は本当にうれしかった。そして。アタイは、オカンに抱き上げられたあの瞬間こそが、それまでの〝半野良〟から正式に、和田さんちの真の家族の一員に正式に迎えられたのだな。と、そのように確信したのです。

 そういえば、アタイがこの世に生まれた一昨年(具体的にどこでどのように生まれたか、となるとアタイには全然わかりません。でも感覚的にオトン宅の床下のような気がします。もしかしたら猫パン親分が知っているかもしれません。いや、猫パンはアタイの父親かもしれないのです)、すなわち平成二十九年春ごろから、朝になれば決まって、このアタイを守りでもするように和田さんちの裏庭に面したちいさな縁で来る日も来る日も、じっと座ってくれていた、あの猫パンさんこそが、この辺りを縄張りとする親分だった、と。いまにして思えば、そんな気がしてなりません。
 生まれて二年近くがたち、人間の世は平成から令和に。令和の時代、ことしの五月に入ると、猫パンはこれまでのように毎朝、縁に立つことが少しずつなくなり、和田さんちの家族とも一歩距離を置くようになり、最近ではほとんど姿を見せなくなりました。そして俳句の知恵をアタイからたまに授かるためか、オカンは最近、アタイのことを「この子は本当は猫じゃないかもしれない。まれに見る白狐(びゃっこ)かもしれない」と、そうつくづく言うのです。オトンがすかさず「〝びゃっこ〟って。何なんだ。白虎隊のことなのか」とチンプンカンなことを言うと、オカンはすかさず「そうじゃないの」と、こう答えます。
「シロちゃんは〝白〟の俳号を持つ、れっきとした俳句猫ちゃんなのだから。不思議な力を持った伝説の白い狐なの。」と。確かにアタイ、色だけは真っ白なのだけれど。そこまで言われると恥ずかしくって。でも、これからもいっぱい、いっぱい努力して社会を潤す俳句をつくろうかなっ、とそう思ってます。

 おかあさんに今や〝白狐〟とまで呼ばれるシロちゃん
                                  

        ×        ×
 以下、この半年の間に起きたアタイの話についてオトンが日々記したダイアリーからそのごく一部だけを抜粋させて頂きます。
【2019年3月3日】「きょうは、おひなさまだからシロを外に出してはいけないよ」と舞は外出。シロはそれでもニャンニャンとガラス窓によじ上ったり台所のガラス窓のへりに飛び乗ったりし今度はかぼそい声を出し、外に出ることをせびる。舞が買い物に出たところで私はとうとうガラス窓をあけ、外に出してやる。出たがっているのに出さないわけにはいかない。人間の都合だけではいけないと思う。
【3月5日】火曜日。ポカポカ陽気。すてきな朝。午前10時15分ごろ。シロがリビング前の中庭、ジャングル道を通り過ぎていったようだ。窓を開けると、そこには猫パンさんがいた。
 シロよ、シロ、シロちゃん。そのシロがけさ、突然いなくなった。午前9時過ぎ。2階から1階に下りるとおかあさんの声が引きつっている。「シロちゃんがいない」と。彼女は出勤するまではいつも室内に居るはずのシロがいないというのだ。朝の早い間はシロの保護者といってもいい野良の大将、猫パンちゃんが裏の縁側で両手をそろえて朝の日差しを浴びている。だから。シロの居場所はおそらく猫パンちゃんが把握はしているだろうから大丈夫だとは思うが。
 そのうち帰ってくるだろう。とはいえ、あのかわいい姿を見るまでは私も心配である。
【3月14日】帰宅時に、シロが黒猫のタンゴと自宅近くで楽しそうに戯れ、遊んでいるところを発見。【3月16日】シロが外に出て1時間ほどしたところで、野良猫の〝銀ぎつね〟と〝トラ〟が交互に、縁に寄ってきた。いったん外に出たシロまでが野良の風情で縁に顔を見せる。シロだけを入れてやろうとしたが、プライドがあってか。他の野良とともにいずこかに消える。【3月23日】シロのこんごの日程につき家族で話し合う(4月8日に愛北動物病院で伝染病予防のための2回目のワクチン、1週間後の4月15日に去勢手術。これらは、その後に全てをクリア)
【3月25日】シロが出たがってしようがないので外に出す。夕方、シロは帰宅していた。それも薄汚れ、だいぶ疲れきってである。
【3月27日】いつものシロなら部屋じゅうを歩き回って外に出してくれ、出してとニャン、ニャンと鳴いて大変なのだが、きょうの彼女は舞の部屋で静かに横たわり、驚くほどおとなしい。何かあったのでは、と思ってしまう。もしかしたら、きのう猫パン親分たちのところに行き「アタイは、これから和田さんちの家猫になります。これまで大変お世話になりました。ありがとう」と決別宣言をしてきたのかもしれない。場所は道路ひとつを隔てたNさんちの床下か、広い庭の一隅にみんなを集めて宣言してきたのかもしれない。だから、あれほどまでに薄汚れていたのだ。
【4月2日】中日新聞は号外「令和」「新元号5月1日から」の号外をはさんだ紙面展開。毎日は1面見出しで「初の国書典拠 首相主導」「万葉集 中西氏考案か」の見出し。
【4月6日】古知野食堂からの帰り道。道路に面した側溝の向こう側で静かに座ってこちらを見ている猫パンちゃんを発見。猫パン親分は真正面からしばらくの間、私の顔を何かを言いたそうにじっと覗き込んだ。でも、何よりも元気で居てくれ、嬉しかった。
【4月8日】帰って車から降りたところに道路ひとつを隔てたNさんちの方からシロちゃんが飛んできて出迎えてくれ、彼女の先導で家の中に入る。
【5月4日】午前10時30分ごろ、外がざわつくので見るとシロが口に何やらくわえて見せびらかすようにしているのでなかに入れる。よく見ると羽が1部傷ついたアゲハチョウだった。そのまま、そっとつかんで庭の木々の葉につかませるとジッとしている。まだ命はあるようだ。デ、水でも与えようとコップに水を入れ、葉に近づくと、その瞬間チョウチョは空高く舞い上がり、大空に消えた。私はシロを叱りながら、でも、殺さなかったことを褒めようと体に触ると、その瞬間、彼女の手が出て左人差し指を爪でやられ、血が噴き出してきた。しばらく止血しバンドエイドで患部を固定する。大丈夫だ。
【5月6日】あの猫パンちゃんがこのところはスッカリ姿を見せなくなってしまった。どこかほかの場所に新しい縄張りをつくって、そこにいるのか。シロちゃんには、なんとか、あの猫パン親分を連れてきてほしい。猫パンにはなんとも言えない風格があるからだ。それに怖くは見えるが、誰にでもやさしく温かいから。
【5月9日】舞が帰宅。シロも一緒に道路を横切って渡る。「ほんとに危ないところだった。通りすがりの車に轢かれるところだったよ」と舞。

 2.
 十二月も何日か、が過ぎた。
 きょうは、初冬の日差しがここ尾張名古屋の民家軒下の縁台にまで容赦なく降り注いでいる。朝のうち所によっては、この冬初めての霜柱も立って随分冷え込んだが、いまは小春日和で大気全体が温かさに包み込まれているようでもある。アタイ(2代目シロ、本名は虹猫オーロラレインボー、「白」の俳号を持つ俳句猫でもある)は両手、両足をそろえて座り、窓越しに耳をピンと突き立てて庭の木々や、お空を眺めている。
 オカンによれば、きのうは庭の一角にある先代のシロさんとボス猫姉さんのお墓にピンクのバーベナのお花(美女桜)が供えられたそうだが、このところのアタイは留守番続き、大好きなお外に出るわけにもいかず、ちょっと残念な気がするのです。

 先代の墓にはオカンによりバーベナの花が供えられた=和田さん宅裏庭にて
 

 それはさふと今、アタイはかふして太陽の陽を窓越しに浴びながら半分、まどろみながらいろんなことを考えているのです。
 実を言うと、アタイって。徳川家康じゃないけれど。すごい重荷を背負って毎日を過ごしている気がするの。だって、そうでしょ。先代のてまり姉さんが小説〈てまり〉の主人公なら、こすも・ここ(ボスねこ)と初代シロ(トンヌラ神猫)姉さんも〈いがみの権太 大震災「笛猫野球日記」〉と記者小説集〈懺悔の滴〉の表紙を飾っており、それも皆、アタイと同じ。メスのお美人さんばかり、ときているのだから。 それこそ、大先輩ばかりで恐れ多いと言ったら、ありゃしない。

 というわけで、アタイ。正直言って、時々荷が重くて〝ごんファミリー〟に耐えきれなくなり、思い切って逃げ出したくなる。本当だよ。でもさ、オカンやオトン、タカシがね。何だか知らないけれど。いつだって。アタイのことをとっても心配してくれている。そのことがよお~く分かるんだ。そればかりか、家族の一員として大変、頼りにしてくれてもいる。だから毎日、ちょっと身が引き締まるのだけれど。アタイも一生懸命に生きていこうと、そう思ってるの。
 では、アタイの周辺で泉が湧き出る如くに起きている、いや、アタイが起こしてしまった―といった方がよいかも知れませんが。そんなところから、つれづれなるまま思いのままを、これから独り語りさせていただきます。
        ※        ※

「ここまでくるのに、いろんなことがありました」としみじみ語る2代目シロちゃん(オーロラレインボー)
 

 まずわが家、すなわち〝和田さんち〟に日々顔を見せる友だちの紹介から。
 これら友だちの顔は、おそらくオトンもオカンも、どっちも知っていると思う。朝早く。オトンとオカンがリビングルームで仲良く食事をしているころに決まって、一番でリビングのベランダに姿を見せるのが3匹の親子なの。窓越しに親とみられる2匹が、いつも子猫ちゃんを真ん中にしている。皆、みかんのようなオレンジ色なの。だからアタイは3匹をオレンジ一家だと、そう呼んでいます。子猫は、ちょうどアタイが勇躍、和田さんチの家窓や裏窓などに「これでもか」と突進を繰り返してたころと同じ大きさだけに、オトンったら、「おい、がんばれよ」とハッパをかけるのが口癖みたい。

 時折、顔を見せるクロちゃん。もしかしたらアタイとは兄弟かも、ね
 

 で、次に、これは気が向いたときにしか顔を見せないのが、アタイとは正反対で全身真っ黒のクロちゃん。神出鬼没とは、このクロちゃんのことかな。デ、3匹の親子が姿を消すと、こんどはクリーム色の猫ちゃんが決まって心配そうな顔をして姿を現し、たまにオトンやオトンがいた時など、それこそ窓越しに真剣そのものの表情で何かを訴えかけてくる。その仕草がなんとも言いようがないほどで、アタイには自分を生んでくれたおかあさんみたいな気がしてたまらないんです。だって毎日、一度は決まって姿を見せ、心配そうな顔をして覗き込んでくるのだもの。こっちまで、せつなくなっちゃう。
 おかあさんと言えば、アタイが和田さんちに突進中、いつも傍にいて励ましてくれたあの白と黒がまじったパンチが見事なほどに得意な猫パンさん。最近、すっかり姿を見せなくなってしまい、ちょっと寂しいな。猫パンさんは、見るに見かねたオカンがエサを与えると決まって強烈なパンチを食らわしニンゲンたちを恐れさせた。だから、オカンが猫パン、猫パンと呼ぶようになったんだよ。アタイには、あの猫パンさんこそ、アタイの父親だったような、そんな気がしてならないんだ。
 だって、アタイが〝ごんファミリー〟の家族として定着するや、安心したようにスッカリ姿を見せなくなったんだもの。なんだか「おまえは、飼い猫として和田さんちでニンゲンと一緒に暮らすようになったから、もう安心だ」と。そんなことを言い残してどこかに放浪の旅に出たような気がしてしかたないのです。そんな猫パンお父さんを思うにつれ、いまでは、なんだか会いたくてしかたがない。いつ、現れてくれるのか。毎日、待っています。

 どこに去ったか。猫パンとうさん
 

 猫パンといえば、シロちゃんがまだ野良のころ、わが家に出入りするようになってまもないころ、ある事件が勃発したのである。

 1.
 最初に、アタイ=シロちゃん(2代目シロ、本名は虹猫オーロラレインボー、「白」の俳号を持つ珍しい俳句猫でもある)の1人称=がオトンの家、すなわち〝ごんファミリー〟の飼い猫に晴れがましくもなぜ、なってしまったのか。いや、なれたのか。そこから話を進めます。

 オカンを前に「これから話を始めます」と2代目シロちゃん(オーロラレインボー)
 
 

 もちろん、アタイが野良猫の赤ちゃんとして、まだ生まれてまもない子猫のころから何度も何度も、これでもか、これでもか、とファミリーの家の窓をたたくようにして入ろうとした、いや入ってしまったことも一因ではあります。ベランダや縁側のガラス窓、裏口ドア、裏の窓などが少しでも空いていようものなら、すぐに室内に突入する試みを何度も何度も繰り返し、そのうちに主(あるじ)のオトンやオカンに「あら、まあ~。いつのまにやら。また入ってきている。ちゃっかりやさんね」と随分の関心を与えたことも事実なのです。それにアタイ、全身が真っ白だから目立ったのかもしれない。そしてあのころは、まだまだ歩き始めてまもなかったので人間の道理として邪険にするわけにはいかなかったのかも。どちらにしてもアタイは運がよかったんだよ、ネ。
 けれど、それはそれとして〝ごんファミリー〟は、かつて歴代の飼い猫たちに大変お世話になってきたそうです。いわば、飼い猫たちの精神的な支えのおかげでファミリーはあるのだ、と。そう言っても言い過ぎでない人間の弱みといおうか、アタイたち猫に対する特別の敬意と愛着があったことも事実なのです。だから、名誉ある家族の一員としてこうして受け入れられたお礼の気持ちも込めアタイは、何よりもリレーのバトンでも引き継ぐ如くわが家を守ってくれた歴代の先輩猫について多少の説明をしておく必要があるのです。ですから、その話から始めたく思います。

【〝ごんファミリー〟がことのほか、お世話になった歴代の猫ちゃんたちについて】
 これからアタイがオカンやオトンから聴いた、知る範囲内で説明させていただきます。まずファミリーが最初に飼った猫、てまり姉さんの話から。
 てまり。てまり、だって。とっても響きが良いでしょ。〈てまり〉のように、まん丸な、まるでゴムまりみたいに弾むような猫。オトンが随分の昔、駆け出し記者のころに住んだことのある信州信濃は松本の特産品でもある、幸せを呼ぶ幸福てまり、松本てまりから連想したみたいです。デ、その話をオトンから聴いていたオカンがそう名付けたみたい。
 ところは当時、日本海は七尾湾に面した能登半島の七尾市魚町通りに面してあった新聞社支局に隣接した支局長住宅で、でした。なんでも支局近く路地のゴミ置き場で餌を漁っていたかわいい子猫の野良がいたのでオカンが保護。たまたま、そのころはそれまで家族みんなで大切に育てていた一般民家では珍しい飼いウサギの〝どらえもんさん〟が、七尾の城山にみんなと一緒に連れて行かれて数日たったある日、それこそ突然のように、姿を消してしまい家族のみんなが、傷心の日々を過ごしていた、そんなころだったそうです。
 この、てまり姉さん。最初のうちはオトンには分からないようオカンたちが内緒にして夜など屋根裏に隠していたのだそうです。でも、そんなある日のことでした。それまで屋根裏を飛び回っていたネズミがなぜか日に日に一匹、二匹…と減り、知らない間に居なくなってしまったのでオトンが「不思議だな。ネズミが急に居なくなってしまったみたいだが。誰かが魔法でもかけたんと違うか」と嬉しそうに、そう言った、その時でした。
 オカンたち家族がこのチャンスを逃すはずがありません。「実は屋根裏にかわいい猫ちゃんがいるの。だから、野ネズミが居なくなったんよ」と初めて、子猫の存在を明かすとオトンったら。何食わぬ顔をして「あっ、そうだったのか。なら、飼えばいいじゃないか」と、家族の仲間入りを正式に許可してくれたのだってサ。おかげで、てまり姉さんは、その後オトンの転勤で次の任地である岐阜県の水都・大垣に家族の一員として来たのです。が、運命の皮肉とでも言いましょうか。まもなくして、このてまり姉さん。運悪く交通量の多い支局前の路上で車にはねられ、死んでしまいました。ひいた人間はそのまま走り去ってしまい、ひき逃げに遭ったオトンたち家族はどれほど泣き、苦しんだことか。それこそ、涙ぽとぽとでした。
 こんないきさつのなか、こんどは末っ子タカシが近所からもらってきた同じ雌猫〝こすも・ここ〟(名付け親はやはりオトンで、宇宙の片隅にこうしてひとつの生の証しがあることから、こう名付けたそうです)と初代シロちゃん(正しくは神猫。トンヌラちゃん、こちらも名付け親はオトン)が相前後して家族の一員として飼われ始めたというわけです。ちょうど次の転勤に伴い大垣の支局長住宅を引き払った家族を大垣市内に急きょ確保した借家に残し、オトンが琵琶湖のほとり大津支局で初の単身赴任生活を始めてまもないころでした。
 こんなわけで、こすも・ここと初代シロちゃんは、その後も大垣市から尾張一宮市、さらには江南市へ、とオトンの転任と定年異動に伴う家族の大移動(引っ越し)に合わせて一緒に連れてこられたというわけです。このうち七尾と大垣での愛猫てまりの生涯はオトンの短編小説「てまり」=短編小説集・一宮銀ながし(風濤社刊)所蔵=に描かれており、日本ペンクラブの電子文藝館にも収録されているので、そちらも読んで頂けたら、アタイ自身、とても嬉しく思います。
 幸い、こすも・ここ姉さんと初代のシロ姉さんは23歳まで生き抜き、2016年と2017年に、ふたりとも老衰で、わが街江南の自宅で相次いで亡くなりましたが、こちらの話は一匹文士のオトンが昨春、出版した文庫本「ピース・イズ・ラブ 君がいるから」(人間社文庫)のなかの〈シロ、約束だよ 別れのシンフォニー〉に詳しく収録されました。だから、その文庫本を読んで頂けたら、アタイも嬉しく思います。

 〝ごんファミリー〟を長年にわたって精神的にも守り続けてくれた、こすも・ここと初代シロちゃん(いずれも実年齢20歳を超えたころ、晩年のふたり)
 
 

 さて。前置きはこのぐらいにして、これからはアタイ自身、シロちゃんことオーロラレインボー(俳句猫「白」)の話に移ります。

 序章

(野良猫時代、わが家に入ろうと何度も窓ガラスに突進してきた頃のシロちゃん。首輪はない)
 

 人間に限らず、この世に生きるもの全てが皆それぞれに毎日を、いや、一瞬一瞬をそれなりに懸命に生きている。死ねば終わりなのだからか。私はよく「一度生を失ってしまったら、一体いつまで死んでいなきゃならないのだろう」と今も、そんなことをしばしば真剣に思う。親には言わなかったが、ちっちゃいころから夜、寝るときなどに天井を見つめ、よくそう思ってこの年まできた。思うことは、いつだって同じで、今もだ。「一度死んだら、いつまで意識がないままなのだろう」と、である。
 死んだら死んだで。それで一巻の終わりだということを。十分に承知し、よく分かっていながら、だ。未練たらっしい、たら。ありゃしない。のに、である。だからこの世にいったん命を与えられた生きとし生けるものは皆、けなげなほどに「生」に執着し懸命なのだ。私も。妻も。子どもたちも。生あるもの、すべてが、だ。
 むろん命が大切なことは、わが家の愛猫である2代目シロちゃん(実は初代シロは2017年7月12日に満23歳3カ月の生を全うして老衰で亡くなっている。妻に言わせれば、こんどの2代目は、どうして分かるのかは知らないが、吟行の好きな俳句猫なので俳号を「白」にしたという)、すなわち虹猫のオーロラレインボーちゃんだって。同じことだ。
 そこで私はこれから、この広い宇宙の片隅、地球のひとところで人間たちと呼吸をあわせ、懸命に共に生き抜いている一匹の猫について彼女のことを少しずつ、それも世界の人たちに向かって、これまでの行状など事実を突きつけながら書き、愛する猫とは何かを発信していきたく思う。
 人生ならぬ猫の命を書く気持ちになったのは、これから書こうとする2代目シロちゃんに起因する。シロちゃん(これ以降、2代目を省かせていただく)は、わが家に野良のころ、それも生まれてまもない子猫ちゃんだったのに。何度も何度も、私たち人間に迷惑がられて外に追いやられてもそのつど強い精神力で半ば突進でもするかのように空いていた窓の隙間などから室内に入ってきた。これでもか。これでもか、とだ。そんな強靭で粘り強い猫を愛おしく感じたからである。
 私たちは、新しいシロちゃんのこの強烈な突破力には降参せざるをえず、そんなひたむきな姿をとうとうわが家の家族の一員として受け入れた。あれから二年近い。シロ、私が名付けた虹猫、オーロラレインボーは、今では吟行にもしばしば出て私の相棒である妻、舞の俳句の句作にかけがえのないヒントを与える、れっきとしたわがファミリー、いや〝ごんファミリー〟の一員となった。こんなシロの歩みをこの先少しでも後世に残し多くの人々に、この一匹の猫ちゃんの存在を知って頂けたら、と世にも奇妙な事実に基づく猫物語を書き進めることとした。
 というわけで、これから書き進めていく猫と人間の物語が互いにとって計り知れない絆の強化に役立てば、幸いである。題は〈シロはなんでも知っている〉とした。(続く)

吉乃(きつの)と信長のLoveStory〈信長残照伝〉が日本ペンクラブ電子文藝館=THEJAPANP.E.N.CLUBDIGITALLIBRARY=に収録

 写真は亡き〝きつの〟を偲んで地元の人々が植えた吉乃桜。毎春、美しい花を咲かせる=愛知県江南市小折の墓地で
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 ウエブ文学同人誌「熱砂」主宰の伊神権太(Igami Gonta)が昨春、世に出した〈愛〉と〈平和〉を世界に問う短編小説集「ピース・イズ・ラブ 君がいるから」(人間社刊、〈カトマンズの恋|国境を超えた愛〉〈海に抱かれて|ピースボート乗船日誌〉など計6編を収録)のなかの〈信長残照伝|わたしはお類、吉乃と申します〉が昨年暮れ、日本ペンクラブ電子文藝館の小説部門に所収され、一般への公開が始まりました。
 この〈信長残照伝…〉は、桶狭間の戦いを前に信長との間に信忠、信雄、徳姫の三人の子を授かり、戦国の世を気丈に生き抜いた尾張之国小折村(現愛知県江南市小折)の吉乃(またの名を、お類とも)と信長の、現代社会を先取りしたと言っても良い【果てなきラブロマンス】が描き出されています。若かりし頃の波乱に富んだ吉乃の生涯と戦国武将信長の青春時代にスポットがあてられました。
 ぜひ、信長と彼がこよなく愛した吉乃の生涯を知ってもらうためにも世界中の1人でも多くの方々に読んでいただけたら、と思います。by Igami Gonta
 日本ペンクラブ電子文藝館のアドレスは次の通りです。
  http://bungeikan.jp/