☆世界中の読者のみなさまへ☆

 あけましておめでとうございます。
 ことしもよろしくおねがいします。新春に当たり、まず皆さまの健康と幸せ、世界の平和をお祈り申しあげます。ことしはリニューアルも終え、新しい旅立ちが始まった私たち新生ウェブ文学「熱砂」の創作活動がいよいよ本格化します。
 同人一人ひとりの作品が日本文学はむろん〝世界文学の土俵〟にまで躍り出ることが出来れば、と願っています。そのためにも一人ひとりのたゆまぬ努力はかかせません。みな個性あふれ、人々の胸を打つ作品執筆を心がけたく思っています。
 どうか、声援をよろしくお願いします。=主宰伊神権太記

 以下に「熱砂」同人の抱負を述べさせて頂きます。
【伊神権太】
 地球環境の悪化を頭に『日本は世界、世界は日本』の認識でペンを進め、熱砂文学を宇宙の土俵に
【牧すすむ】
 毎年同じ誓いを立てるのだが年齢とともに変化が。一位は当然健康、二位はエッセイ集等の出版
【黒宮涼】
 健康に気を付けながら日々精進して執筆に励みたいです
【平子純】
 エッセイから「熱砂」がどこに行くか期待。個人としてはつつがなく一年過ごしたい
【真伏善人】
 まずは健康でありたい。景色を求めて四方八方無理せずに。エッセイを忘れずに、を心がけたい
【山の杜伊吹】
 心身のコンディションを整え、ポジティブエナジーを世界に送信したい。素直に書いていきます。

        ※        ※

「虹猫 シロは何でも知っている」 伊神権太

 4.
 きのうが大寒で、きょうは1月21日。令和2年が明けて、はや3週間がたちました。
 アタイはシロです。人間社会で言うとおりで〈月日のたつのはホントに早いです〉よね。オトンがなかなか忙しそうで、アタイの連載小説「シロは何でも知っている」までは手が回らず、少し遅くなってしまったようです。アタイ、何でも知ってるのに。

 アタイ、なんでも知っているのだから。ほかの猫さんたちもみんなそうよ
 

 ところで、オトンは〝忙しい、忙しい〟とこれ見よがしに言う人は、あまり好きではないみたい。「そう云うのに限って出来が悪い」ってよく言っています。だから昔からどんなにせねばならないことがいっぱいあっても、決して〝忙しい、忙しい〟などとは言いませんでした。とは言っても、これって。やっぱりやせがまんかもね。そんなこんなでついついアタイの連載小説の執筆まで遅くなってしまったようです。なんでも地元情報サイト・江南しえなんで連載中の青春小説〈ぽとぽとはらはら〉は既に16回まで進んで順調みたいですけど。皆さん、こちらの方も読んであげてくださいね。

 でも、みなさん。心配しないでください。一匹文士のオトンはアタイの動きをも逐一、見守ってくれており、常時メモ帳まで携帯して事あるごとにボールペンや鉛筆で記録してくれているからです。その証拠に、つい先日、外出中にオトンがお気に入りのノートを開くと、アタイのことがぎっしりと、手当たり次第に記されていたのです。まったく。恥ずかしいと言ったら。ありゃしない。
 アタイは〝シロが〟とか〝白(俳句猫であるアタイの俳号)、白狐(びゃっこ)が〟―などと次から次にとノートにぎっしり書かれている文面を目の前に、それこそ、ぽとぽとはらはら―と涙が溢れ出そうになってしまいました。オトンは、なぜあれほどまでにアタイに優しいのだろう、と。そんなことを思うと、それこそ首をひねらざるを得ないのです。

 子離れしていないというか、なかなか猫離れしない、ダメな人だな、だなんて。オトンのことをついついホントに、そう思ってしまうのです。嘘じゃありません。なのにアタイはなぜか、そんなオトンを憎めません。大好きなのです。ここでノートに記されたメモ書きの一端を、お見せしましょう。ざあっと、こんな具合です。
【1月7日】「年賀状 スカーレットのヒロイン女性(神山清子さん)から丁重に届いた 『おめでとうございます 早々に賀状頂きありがとうございます 去年は私として人生一番楽しい思い出でした。頑張ったと自分ながら思います お世話になりました ありがとうございました』との内容だった」と書かれたその下に、だ。
 いつものオトンお気に入りの白と黒のボールペンでさら、さら、さらりと「シロちゃんはきょう1日中、家のなか。昼間は冷たい雨が降り注いでおり、やはり外出しないでよかった」と書かれていた。

 それから。夕方になると。なんだかよく分からないが「先日、伊丹の〝にしもとめぐみさん〟から送られてきた詩集『マリオネットのように雨は』のページを開いた」と書かれたその下に「舞(オカン、おかあさんのこと)曰く『シロちゃんはいま一人で静かに憩っているのだから。あまり〝シロ、白っ〟て。呼ばないで! 気にして寝床(暖房カーペット)から出てくるじゃないの』と書かれている。
 これらの活字を追えば追うほど「アタイは、和田さんちの家族みんなに大切にされているのだな」とついつい、思ってしまうのである。
 
 オトンの猫日記は、こればかりではない。
【1月8日】「午後2時過ぎ。かつてわが家(和田さんち)の飼い猫だった今は亡きこすも・ここに似た猫と一緒にシロちゃんとは正反対、全身真っ黒のクロちゃんが裏庭に面した縁側に顔を出す。彼女が気にするので少しだけ、ガラス窓を開け対面させてやる。互いに近づきウーン、ウンウン、ニャア~ンと呼び合っている。午後。外出先から帰ると同時にコンビニで買ってきたナナチキをシロに与える」と。
――ことほどさようにオトンはアタイのことを気遣ってくれているのである。
【1月10日】「午前8時20分過ぎ。オレンジさん(もしかしてシロのおかあさん?)がリビング横の縁台に姿を現した。いつも朝一番で心配そうな顔を網戸越しに投げかけ、室内を覗き込み、直立不動でシロのことを見守ってくれている。そんなやさしい顔である。シロもその姿に必ず駆けつけ網戸のうえから擦り擦りをして応える。オレンジさんは、いっつも朝になるとはこうして姿を見せ、しばらくすると、また何処かへ―と姿を消す。

 もしかして。シロ生みの親。おかあさんかも。縁台に現れたオレンジさん
 

【1月11日】「9・45分過ぎ。シロ、お外へ。出る前に一度はためらって引っくり返ってみせたが二度目は真剣なまなざしをして『アタイは出ていかねばならないのだ』といった、そんな真剣な表情をして俳句の吟行に出た。事故に遭わないで元気で帰ってくるのだよ―と私」
【1月13日】「あのねえ~、と例によって舞。何なの、と聞くと『金沢の室生犀星がねえ。あまり知られてはいないようだけれど。猫を飼い、〈猫の詩〉をつくっていたんだってよ』と。何を思ったのか。ポツリと話しかけてきた、と。そう書かれていました。」
【1月14日】「シロよ。シロ、シロ。きょうは帰りが遅いので心配だ。せめて帰った時のために室内を暖かくしておかねば、と舞の部屋とリビングの暖房を入れておく。ここまで書いたところで窓に白いものが走ったのでガラス戸を開けてやると、やはりシロちゃんだった。相変わらず見事なまでの薄汚れさである。やれやれ、だ。帰宅した彼女は汚れた全身の身繕いに一生懸命である。」
【1月15日】昼間。マフラーを首にかけ家を出ようとしたところ、シロちゃんが向こうの草地の方から飛んで走って私の方に来た。デ、いったんかけてしまった家の鍵をまた開けてシロを家のなかに入れてやる。私が出かけようとしていたこともあってか、家の中に入るかどうか思案したようだが、ドアを開けて「さあ、入ろうよ」と言うと、意を決して入った。というわけで、彼女は、この後は家の留守番という大役を担うことになった。
【1月16日】
 たまたまひねったテレビ・BS2で〈ひふみんのニャンぶらり〉を見る。
「会うと幸せを招く」と言われる〝白い猫〟のことを流していたが、あの白い猫はもしかしたら、わが家のシロちゃんが東京の浅草まで飛んでいった、その幻影だったかも知れない。なんてったって。そっくりだったんだから。きっと、そうだ。そうだよ」と。
 だって、オカンが言うにアタイは白狐。「人々に幸せを運ぶ〝霊〟そのものでもあるのです」。ですからアタイが浅草に現れたとしても、何ら不思議はありません。
【1月17日】
 金曜日。舞は朝早く草樹俳句会の集まりで大阪に旅立った。彼女が家を出てしばらくすると、シロ、すなわち俳句猫の「白(シロの俳号)」はどうしても外に出たい、と言い張るので出してやる。「オカンを守らなければ。そのためにも一度は外に出て、〝白狐の魂〟を一度、大気に浮かべる必要がある。だから出して」と切実な顔をして言うので外に出す。「事故に遭わないで、やることが終わったらすぐに帰ってくるのだよ」と私。

 オカンによれば、アタイは猫ちゃんではなくて神出鬼没の〝白狐〟なんだってよ
 
 魂ごと空中に飛び立つとき、シロはこんな感じで走り出す
 

 ことほどさように、アタイは和田さんちの人々にかわいがられているのである。次回をお楽しみに。それでは。ニャア~ン。ニャ、ニャン。ニャン。

 3.
 外を見てきょうも句作に没頭する俳句猫・シロ
 

 オトンは、このところ濃尾平野のなかでもオトンが育った木曽川河畔に広がる江南に焦点をあてた〈ぽとぽとはらはら〉といった世にも不思議なタイトルの連載小説=この小説はネットかスマホで〈ぽとぽとはらはら〉を検索すれば読めます=の執筆などに追われ、アタイのことなどはすっかり頭から離れてしまったのかな、と。そう心配していたのですが、そうでもなさそうです。
 オトンはオトンなりに、ちゃんとアタイのことを忘れてはいなかったみたい。
        ☆        ☆

 ことしの三月。平成の世も四月を残すだけで、少しずつ終わりに近づいてきていました。春の陽光がまぶしい日でした。
 アタイは2代目のシロちゃん(以降はシロで)。すなわちこの世でただ一匹の俳句猫「白」、オーロラレインボーです。その日。朝から和田さんちの裏口縁台まで迎えにきていた猫パン親分に誘われ、いつものようにお外に出たまではよかったのですが。猫パンさんに言われるまま、どこまで行くのか。訳もわからないまま高校近くの草っぱらにまで連れ出されました。連れ出された、というよりは喜んで猫パンさんについていったと言った方が良いのかもしれません。
 このころになるとアタイは、和田さんちの家のまわりを吟行しながらひとりで歩くことには既になれてはいました。俳句を詠むのにふさわしいネタとか発想が浮かべば、すぐにオカンに知らせもするようになりました。それでも、まさか初めての高校辺りまでとなると1キロはあり、この世で暮らし始めたばかりのアタイにとっては、ちょっと遠くて大変です。とは言っても、アタイ。猫パンさんには恩義があります。ですので。その日は親分の指示どおり、どこまでも歩いてついていきました。いくつもの道路を渡り、路地や小川、側溝を飛び越えました。見慣れない住宅密集地や空き地、草はら、路地裏などは初めて視界に入る光景ばかりなので、だんだんと方向感覚がマヒしていくようで途中で帰りたくなったのも事実です。
 でも、アタイが尊敬する親分の猫パンさんの目が「勝手に帰るな」と光っていました。だから、帰りたくっても帰れません。なぜ、あんな遠いところまで連れ出されたのかは、今も分かりません。そんなわけで、その夜は草はらの一角でひと夜を明かしましたが心配してくれたのか。幸い、猫パンさんもアタイと一緒に居てくれました。

「シロちゃ~ん。シロ、シロ、シロちゃ~ん」
オカン、おかあさんの半分泣きそうな、恥も外聞もない引きつった叫び声が耳に迫ったのは、翌日の午後でした。昼の間、太陽光線でキラキラ光っていた草はらも夕暮れに黒く染まろうとしていた、まさにその時でした。正直言って、アタイは元々野良猫だったのです。だから黙ったまま、これまでも大変世話になってきた猫パンさんが行くところについて行きさえすればナントカなる、と思っていました。むろん、和田さんちに帰れない悲しさ、やるせなさ、どこに連れられて行ってしまうのだろう、という恐怖や不安感は確かにありました。
 でもね。こうとなっては覚悟を決め、草むらの隠れ家みたいな凸凹になった場所で黙ったまま座り込み、時折、顔をあげる猫パンさんの傍にいるほかない。そう心に決めていたのです。半ばあきらめ顔でいた、そんな時に突然、足を棒にしてアタイを見つけてくれたオカンのあの泣き叫ぶような甲高い声が耳に迫ってきたのです。気がつくとアタイはたまらなくなって走り出し、オカンの方に駆け寄り〈ウン、ウ~ン〉〈ウ~ン、ニャアン〉〈ニャン、ニャン〉といった甘えた声をあげていたのです。
「シロ、一体全体どこにいたのよ。おとうさんも、タカシも。みんな心配しとったのよ。私、あなたを探し回っていたのだから」。オカンの声にアタイの目からは思わず涙が〝ぽとぽとはらはら〟とあふれ出てしまったのです。と同時に抱き上げられたまま、オカンのその頬に顔を擦り寄せ、ゴロゴロゴロ、ゴロゴロゴロゴロ、ニャンと親愛の情を込め、お腹というおなかを鈴玉のように鳴らしてしまったのです。
 正直、あの時は本当にうれしかった。そして。アタイは、オカンに抱き上げられたあの瞬間こそが、それまでの〝半野良〟から正式に、和田さんちの真の家族の一員に正式に迎えられたのだな。と、そのように確信したのです。

 そういえば、アタイがこの世に生まれた一昨年(具体的にどこでどのように生まれたか、となるとアタイには全然わかりません。でも感覚的にオトン宅の床下のような気がします。もしかしたら猫パン親分が知っているかもしれません。いや、猫パンはアタイの父親かもしれないのです)、すなわち平成二十九年春ごろから、朝になれば決まって、このアタイを守りでもするように和田さんちの裏庭に面したちいさな縁で来る日も来る日も、じっと座ってくれていた、あの猫パンさんこそが、この辺りを縄張りとする親分だった、と。いまにして思えば、そんな気がしてなりません。
 生まれて二年近くがたち、人間の世は平成から令和に。令和の時代、ことしの五月に入ると、猫パンはこれまでのように毎朝、縁に立つことが少しずつなくなり、和田さんちの家族とも一歩距離を置くようになり、最近ではほとんど姿を見せなくなりました。そして俳句の知恵をアタイからたまに授かるためか、オカンは最近、アタイのことを「この子は本当は猫じゃないかもしれない。まれに見る白狐(びゃっこ)かもしれない」と、そうつくづく言うのです。オトンがすかさず「〝びゃっこ〟って。何なんだ。白虎隊のことなのか」とチンプンカンなことを言うと、オカンはすかさず「そうじゃないの」と、こう答えます。
「シロちゃんは〝白〟の俳号を持つ、れっきとした俳句猫ちゃんなのだから。不思議な力を持った伝説の白い狐なの。」と。確かにアタイ、色だけは真っ白なのだけれど。そこまで言われると恥ずかしくって。でも、これからもいっぱい、いっぱい努力して社会を潤す俳句をつくろうかなっ、とそう思ってます。

 おかあさんに今や〝白狐〟とまで呼ばれるシロちゃん
                                  

        ×        ×
 以下、この半年の間に起きたアタイの話についてオトンが日々記したダイアリーからそのごく一部だけを抜粋させて頂きます。
【2019年3月3日】「きょうは、おひなさまだからシロを外に出してはいけないよ」と舞は外出。シロはそれでもニャンニャンとガラス窓によじ上ったり台所のガラス窓のへりに飛び乗ったりし今度はかぼそい声を出し、外に出ることをせびる。舞が買い物に出たところで私はとうとうガラス窓をあけ、外に出してやる。出たがっているのに出さないわけにはいかない。人間の都合だけではいけないと思う。
【3月5日】火曜日。ポカポカ陽気。すてきな朝。午前10時15分ごろ。シロがリビング前の中庭、ジャングル道を通り過ぎていったようだ。窓を開けると、そこには猫パンさんがいた。
 シロよ、シロ、シロちゃん。そのシロがけさ、突然いなくなった。午前9時過ぎ。2階から1階に下りるとおかあさんの声が引きつっている。「シロちゃんがいない」と。彼女は出勤するまではいつも室内に居るはずのシロがいないというのだ。朝の早い間はシロの保護者といってもいい野良の大将、猫パンちゃんが裏の縁側で両手をそろえて朝の日差しを浴びている。だから。シロの居場所はおそらく猫パンちゃんが把握はしているだろうから大丈夫だとは思うが。
 そのうち帰ってくるだろう。とはいえ、あのかわいい姿を見るまでは私も心配である。
【3月14日】帰宅時に、シロが黒猫のタンゴと自宅近くで楽しそうに戯れ、遊んでいるところを発見。【3月16日】シロが外に出て1時間ほどしたところで、野良猫の〝銀ぎつね〟と〝トラ〟が交互に、縁に寄ってきた。いったん外に出たシロまでが野良の風情で縁に顔を見せる。シロだけを入れてやろうとしたが、プライドがあってか。他の野良とともにいずこかに消える。【3月23日】シロのこんごの日程につき家族で話し合う(4月8日に愛北動物病院で伝染病予防のための2回目のワクチン、1週間後の4月15日に去勢手術。これらは、その後に全てをクリア)
【3月25日】シロが出たがってしようがないので外に出す。夕方、シロは帰宅していた。それも薄汚れ、だいぶ疲れきってである。
【3月27日】いつものシロなら部屋じゅうを歩き回って外に出してくれ、出してとニャン、ニャンと鳴いて大変なのだが、きょうの彼女は舞の部屋で静かに横たわり、驚くほどおとなしい。何かあったのでは、と思ってしまう。もしかしたら、きのう猫パン親分たちのところに行き「アタイは、これから和田さんちの家猫になります。これまで大変お世話になりました。ありがとう」と決別宣言をしてきたのかもしれない。場所は道路ひとつを隔てたNさんちの床下か、広い庭の一隅にみんなを集めて宣言してきたのかもしれない。だから、あれほどまでに薄汚れていたのだ。
【4月2日】中日新聞は号外「令和」「新元号5月1日から」の号外をはさんだ紙面展開。毎日は1面見出しで「初の国書典拠 首相主導」「万葉集 中西氏考案か」の見出し。
【4月6日】古知野食堂からの帰り道。道路に面した側溝の向こう側で静かに座ってこちらを見ている猫パンちゃんを発見。猫パン親分は真正面からしばらくの間、私の顔を何かを言いたそうにじっと覗き込んだ。でも、何よりも元気で居てくれ、嬉しかった。
【4月8日】帰って車から降りたところに道路ひとつを隔てたNさんちの方からシロちゃんが飛んできて出迎えてくれ、彼女の先導で家の中に入る。
【5月4日】午前10時30分ごろ、外がざわつくので見るとシロが口に何やらくわえて見せびらかすようにしているのでなかに入れる。よく見ると羽が1部傷ついたアゲハチョウだった。そのまま、そっとつかんで庭の木々の葉につかませるとジッとしている。まだ命はあるようだ。デ、水でも与えようとコップに水を入れ、葉に近づくと、その瞬間チョウチョは空高く舞い上がり、大空に消えた。私はシロを叱りながら、でも、殺さなかったことを褒めようと体に触ると、その瞬間、彼女の手が出て左人差し指を爪でやられ、血が噴き出してきた。しばらく止血しバンドエイドで患部を固定する。大丈夫だ。
【5月6日】あの猫パンちゃんがこのところはスッカリ姿を見せなくなってしまった。どこかほかの場所に新しい縄張りをつくって、そこにいるのか。シロちゃんには、なんとか、あの猫パン親分を連れてきてほしい。猫パンにはなんとも言えない風格があるからだ。それに怖くは見えるが、誰にでもやさしく温かいから。
【5月9日】舞が帰宅。シロも一緒に道路を横切って渡る。「ほんとに危ないところだった。通りすがりの車に轢かれるところだったよ」と舞。

 2.
 十二月も何日か、が過ぎた。
 きょうは、初冬の日差しがここ尾張名古屋の民家軒下の縁台にまで容赦なく降り注いでいる。朝のうち所によっては、この冬初めての霜柱も立って随分冷え込んだが、いまは小春日和で大気全体が温かさに包み込まれているようでもある。アタイ(2代目シロ、本名は虹猫オーロラレインボー、「白」の俳号を持つ俳句猫でもある)は両手、両足をそろえて座り、窓越しに耳をピンと突き立てて庭の木々や、お空を眺めている。
 オカンによれば、きのうは庭の一角にある先代のシロさんとボス猫姉さんのお墓にピンクのバーベナのお花(美女桜)が供えられたそうだが、このところのアタイは留守番続き、大好きなお外に出るわけにもいかず、ちょっと残念な気がするのです。

 先代の墓にはオカンによりバーベナの花が供えられた=和田さん宅裏庭にて
 

 それはさふと今、アタイはかふして太陽の陽を窓越しに浴びながら半分、まどろみながらいろんなことを考えているのです。
 実を言うと、アタイって。徳川家康じゃないけれど。すごい重荷を背負って毎日を過ごしている気がするの。だって、そうでしょ。先代のてまり姉さんが小説〈てまり〉の主人公なら、こすも・ここ(ボスねこ)と初代シロ(トンヌラ神猫)姉さんも〈いがみの権太 大震災「笛猫野球日記」〉と記者小説集〈懺悔の滴〉の表紙を飾っており、それも皆、アタイと同じ。メスのお美人さんばかり、ときているのだから。 それこそ、大先輩ばかりで恐れ多いと言ったら、ありゃしない。

 というわけで、アタイ。正直言って、時々荷が重くて〝ごんファミリー〟に耐えきれなくなり、思い切って逃げ出したくなる。本当だよ。でもさ、オカンやオトン、タカシがね。何だか知らないけれど。いつだって。アタイのことをとっても心配してくれている。そのことがよお~く分かるんだ。そればかりか、家族の一員として大変、頼りにしてくれてもいる。だから毎日、ちょっと身が引き締まるのだけれど。アタイも一生懸命に生きていこうと、そう思ってるの。
 では、アタイの周辺で泉が湧き出る如くに起きている、いや、アタイが起こしてしまった―といった方がよいかも知れませんが。そんなところから、つれづれなるまま思いのままを、これから独り語りさせていただきます。
        ※        ※

「ここまでくるのに、いろんなことがありました」としみじみ語る2代目シロちゃん(オーロラレインボー)
 

 まずわが家、すなわち〝和田さんち〟に日々顔を見せる友だちの紹介から。
 これら友だちの顔は、おそらくオトンもオカンも、どっちも知っていると思う。朝早く。オトンとオカンがリビングルームで仲良く食事をしているころに決まって、一番でリビングのベランダに姿を見せるのが3匹の親子なの。窓越しに親とみられる2匹が、いつも子猫ちゃんを真ん中にしている。皆、みかんのようなオレンジ色なの。だからアタイは3匹をオレンジ一家だと、そう呼んでいます。子猫は、ちょうどアタイが勇躍、和田さんチの家窓や裏窓などに「これでもか」と突進を繰り返してたころと同じ大きさだけに、オトンったら、「おい、がんばれよ」とハッパをかけるのが口癖みたい。

 時折、顔を見せるクロちゃん。もしかしたらアタイとは兄弟かも、ね
 

 で、次に、これは気が向いたときにしか顔を見せないのが、アタイとは正反対で全身真っ黒のクロちゃん。神出鬼没とは、このクロちゃんのことかな。デ、3匹の親子が姿を消すと、こんどはクリーム色の猫ちゃんが決まって心配そうな顔をして姿を現し、たまにオトンやオトンがいた時など、それこそ窓越しに真剣そのものの表情で何かを訴えかけてくる。その仕草がなんとも言いようがないほどで、アタイには自分を生んでくれたおかあさんみたいな気がしてたまらないんです。だって毎日、一度は決まって姿を見せ、心配そうな顔をして覗き込んでくるのだもの。こっちまで、せつなくなっちゃう。
 おかあさんと言えば、アタイが和田さんちに突進中、いつも傍にいて励ましてくれたあの白と黒がまじったパンチが見事なほどに得意な猫パンさん。最近、すっかり姿を見せなくなってしまい、ちょっと寂しいな。猫パンさんは、見るに見かねたオカンがエサを与えると決まって強烈なパンチを食らわしニンゲンたちを恐れさせた。だから、オカンが猫パン、猫パンと呼ぶようになったんだよ。アタイには、あの猫パンさんこそ、アタイの父親だったような、そんな気がしてならないんだ。
 だって、アタイが〝ごんファミリー〟の家族として定着するや、安心したようにスッカリ姿を見せなくなったんだもの。なんだか「おまえは、飼い猫として和田さんちでニンゲンと一緒に暮らすようになったから、もう安心だ」と。そんなことを言い残してどこかに放浪の旅に出たような気がしてしかたないのです。そんな猫パンお父さんを思うにつれ、いまでは、なんだか会いたくてしかたがない。いつ、現れてくれるのか。毎日、待っています。

 どこに去ったか。猫パンとうさん
 

 猫パンといえば、シロちゃんがまだ野良のころ、わが家に出入りするようになってまもないころ、ある事件が勃発したのである。

 1.
 最初に、アタイ=シロちゃん(2代目シロ、本名は虹猫オーロラレインボー、「白」の俳号を持つ珍しい俳句猫でもある)の1人称=がオトンの家、すなわち〝ごんファミリー〟の飼い猫に晴れがましくもなぜ、なってしまったのか。いや、なれたのか。そこから話を進めます。

 オカンを前に「これから話を始めます」と2代目シロちゃん(オーロラレインボー)
 
 

 もちろん、アタイが野良猫の赤ちゃんとして、まだ生まれてまもない子猫のころから何度も何度も、これでもか、これでもか、とファミリーの家の窓をたたくようにして入ろうとした、いや入ってしまったことも一因ではあります。ベランダや縁側のガラス窓、裏口ドア、裏の窓などが少しでも空いていようものなら、すぐに室内に突入する試みを何度も何度も繰り返し、そのうちに主(あるじ)のオトンやオカンに「あら、まあ~。いつのまにやら。また入ってきている。ちゃっかりやさんね」と随分の関心を与えたことも事実なのです。それにアタイ、全身が真っ白だから目立ったのかもしれない。そしてあのころは、まだまだ歩き始めてまもなかったので人間の道理として邪険にするわけにはいかなかったのかも。どちらにしてもアタイは運がよかったんだよ、ネ。
 けれど、それはそれとして〝ごんファミリー〟は、かつて歴代の飼い猫たちに大変お世話になってきたそうです。いわば、飼い猫たちの精神的な支えのおかげでファミリーはあるのだ、と。そう言っても言い過ぎでない人間の弱みといおうか、アタイたち猫に対する特別の敬意と愛着があったことも事実なのです。だから、名誉ある家族の一員としてこうして受け入れられたお礼の気持ちも込めアタイは、何よりもリレーのバトンでも引き継ぐ如くわが家を守ってくれた歴代の先輩猫について多少の説明をしておく必要があるのです。ですから、その話から始めたく思います。

【〝ごんファミリー〟がことのほか、お世話になった歴代の猫ちゃんたちについて】
 これからアタイがオカンやオトンから聴いた、知る範囲内で説明させていただきます。まずファミリーが最初に飼った猫、てまり姉さんの話から。
 てまり。てまり、だって。とっても響きが良いでしょ。〈てまり〉のように、まん丸な、まるでゴムまりみたいに弾むような猫。オトンが随分の昔、駆け出し記者のころに住んだことのある信州信濃は松本の特産品でもある、幸せを呼ぶ幸福てまり、松本てまりから連想したみたいです。デ、その話をオトンから聴いていたオカンがそう名付けたみたい。
 ところは当時、日本海は七尾湾に面した能登半島の七尾市魚町通りに面してあった新聞社支局に隣接した支局長住宅で、でした。なんでも支局近く路地のゴミ置き場で餌を漁っていたかわいい子猫の野良がいたのでオカンが保護。たまたま、そのころはそれまで家族みんなで大切に育てていた一般民家では珍しい飼いウサギの〝どらえもんさん〟が、七尾の城山にみんなと一緒に連れて行かれて数日たったある日、それこそ突然のように、姿を消してしまい家族のみんなが、傷心の日々を過ごしていた、そんなころだったそうです。
 この、てまり姉さん。最初のうちはオトンには分からないようオカンたちが内緒にして夜など屋根裏に隠していたのだそうです。でも、そんなある日のことでした。それまで屋根裏を飛び回っていたネズミがなぜか日に日に一匹、二匹…と減り、知らない間に居なくなってしまったのでオトンが「不思議だな。ネズミが急に居なくなってしまったみたいだが。誰かが魔法でもかけたんと違うか」と嬉しそうに、そう言った、その時でした。
 オカンたち家族がこのチャンスを逃すはずがありません。「実は屋根裏にかわいい猫ちゃんがいるの。だから、野ネズミが居なくなったんよ」と初めて、子猫の存在を明かすとオトンったら。何食わぬ顔をして「あっ、そうだったのか。なら、飼えばいいじゃないか」と、家族の仲間入りを正式に許可してくれたのだってサ。おかげで、てまり姉さんは、その後オトンの転勤で次の任地である岐阜県の水都・大垣に家族の一員として来たのです。が、運命の皮肉とでも言いましょうか。まもなくして、このてまり姉さん。運悪く交通量の多い支局前の路上で車にはねられ、死んでしまいました。ひいた人間はそのまま走り去ってしまい、ひき逃げに遭ったオトンたち家族はどれほど泣き、苦しんだことか。それこそ、涙ぽとぽとでした。
 こんないきさつのなか、こんどは末っ子タカシが近所からもらってきた同じ雌猫〝こすも・ここ〟(名付け親はやはりオトンで、宇宙の片隅にこうしてひとつの生の証しがあることから、こう名付けたそうです)と初代シロちゃん(正しくは神猫。トンヌラちゃん、こちらも名付け親はオトン)が相前後して家族の一員として飼われ始めたというわけです。ちょうど次の転勤に伴い大垣の支局長住宅を引き払った家族を大垣市内に急きょ確保した借家に残し、オトンが琵琶湖のほとり大津支局で初の単身赴任生活を始めてまもないころでした。
 こんなわけで、こすも・ここと初代シロちゃんは、その後も大垣市から尾張一宮市、さらには江南市へ、とオトンの転任と定年異動に伴う家族の大移動(引っ越し)に合わせて一緒に連れてこられたというわけです。このうち七尾と大垣での愛猫てまりの生涯はオトンの短編小説「てまり」=短編小説集・一宮銀ながし(風濤社刊)所蔵=に描かれており、日本ペンクラブの電子文藝館にも収録されているので、そちらも読んで頂けたら、アタイ自身、とても嬉しく思います。
 幸い、こすも・ここ姉さんと初代のシロ姉さんは23歳まで生き抜き、2016年と2017年に、ふたりとも老衰で、わが街江南の自宅で相次いで亡くなりましたが、こちらの話は一匹文士のオトンが昨春、出版した文庫本「ピース・イズ・ラブ 君がいるから」(人間社文庫)のなかの〈シロ、約束だよ 別れのシンフォニー〉に詳しく収録されました。だから、その文庫本を読んで頂けたら、アタイも嬉しく思います。

 〝ごんファミリー〟を長年にわたって精神的にも守り続けてくれた、こすも・ここと初代シロちゃん(いずれも実年齢20歳を超えたころ、晩年のふたり)
 
 

 さて。前置きはこのぐらいにして、これからはアタイ自身、シロちゃんことオーロラレインボー(俳句猫「白」)の話に移ります。

 序章

(野良猫時代、わが家に入ろうと何度も窓ガラスに突進してきた頃のシロちゃん。首輪はない)
 

 人間に限らず、この世に生きるもの全てが皆それぞれに毎日を、いや、一瞬一瞬をそれなりに懸命に生きている。死ねば終わりなのだからか。私はよく「一度生を失ってしまったら、一体いつまで死んでいなきゃならないのだろう」と今も、そんなことをしばしば真剣に思う。親には言わなかったが、ちっちゃいころから夜、寝るときなどに天井を見つめ、よくそう思ってこの年まできた。思うことは、いつだって同じで、今もだ。「一度死んだら、いつまで意識がないままなのだろう」と、である。
 死んだら死んだで。それで一巻の終わりだということを。十分に承知し、よく分かっていながら、だ。未練たらっしい、たら。ありゃしない。のに、である。だからこの世にいったん命を与えられた生きとし生けるものは皆、けなげなほどに「生」に執着し懸命なのだ。私も。妻も。子どもたちも。生あるもの、すべてが、だ。
 むろん命が大切なことは、わが家の愛猫である2代目シロちゃん(実は初代シロは2017年7月12日に満23歳3カ月の生を全うして老衰で亡くなっている。妻に言わせれば、こんどの2代目は、どうして分かるのかは知らないが、吟行の好きな俳句猫なので俳号を「白」にしたという)、すなわち虹猫のオーロラレインボーちゃんだって。同じことだ。
 そこで私はこれから、この広い宇宙の片隅、地球のひとところで人間たちと呼吸をあわせ、懸命に共に生き抜いている一匹の猫について彼女のことを少しずつ、それも世界の人たちに向かって、これまでの行状など事実を突きつけながら書き、愛する猫とは何かを発信していきたく思う。
 人生ならぬ猫の命を書く気持ちになったのは、これから書こうとする2代目シロちゃんに起因する。シロちゃん(これ以降、2代目を省かせていただく)は、わが家に野良のころ、それも生まれてまもない子猫ちゃんだったのに。何度も何度も、私たち人間に迷惑がられて外に追いやられてもそのつど強い精神力で半ば突進でもするかのように空いていた窓の隙間などから室内に入ってきた。これでもか。これでもか、とだ。そんな強靭で粘り強い猫を愛おしく感じたからである。
 私たちは、新しいシロちゃんのこの強烈な突破力には降参せざるをえず、そんなひたむきな姿をとうとうわが家の家族の一員として受け入れた。あれから二年近い。シロ、私が名付けた虹猫、オーロラレインボーは、今では吟行にもしばしば出て私の相棒である妻、舞の俳句の句作にかけがえのないヒントを与える、れっきとしたわがファミリー、いや〝ごんファミリー〟の一員となった。こんなシロの歩みをこの先少しでも後世に残し多くの人々に、この一匹の猫ちゃんの存在を知って頂けたら、と世にも奇妙な事実に基づく猫物語を書き進めることとした。
 というわけで、これから書き進めていく猫と人間の物語が互いにとって計り知れない絆の強化に役立てば、幸いである。題は〈シロはなんでも知っている〉とした。(続く)

吉乃(きつの)と信長のLoveStory〈信長残照伝〉が日本ペンクラブ電子文藝館=THEJAPANP.E.N.CLUBDIGITALLIBRARY=に収録

 写真は亡き〝きつの〟を偲んで地元の人々が植えた吉乃桜。毎春、美しい花を咲かせる=愛知県江南市小折の墓地で
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 ウエブ文学同人誌「熱砂」主宰の伊神権太(Igami Gonta)が昨春、世に出した〈愛〉と〈平和〉を世界に問う短編小説集「ピース・イズ・ラブ 君がいるから」(人間社刊、〈カトマンズの恋|国境を超えた愛〉〈海に抱かれて|ピースボート乗船日誌〉など計6編を収録)のなかの〈信長残照伝|わたしはお類、吉乃と申します〉が昨年暮れ、日本ペンクラブ電子文藝館の小説部門に所収され、一般への公開が始まりました。
 この〈信長残照伝…〉は、桶狭間の戦いを前に信長との間に信忠、信雄、徳姫の三人の子を授かり、戦国の世を気丈に生き抜いた尾張之国小折村(現愛知県江南市小折)の吉乃(またの名を、お類とも)と信長の、現代社会を先取りしたと言っても良い【果てなきラブロマンス】が描き出されています。若かりし頃の波乱に富んだ吉乃の生涯と戦国武将信長の青春時代にスポットがあてられました。
 ぜひ、信長と彼がこよなく愛した吉乃の生涯を知ってもらうためにも世界中の1人でも多くの方々に読んでいただけたら、と思います。by Igami Gonta
 日本ペンクラブ電子文藝館のアドレスは次の通りです。
  http://bungeikan.jp/

世界に問う真の〈愛〉と〈平和〉 伊神権太の短編集「ピース・イズ・ラブ 君がいるから」

 短編集「ピース・イズ・ラブ 君がいるから」(人間社) 
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 ウエブ文学同人誌「熱砂」主宰の伊神権太がこのほど文庫本の短編集「ピース・イズ・ラブ 君がいるから」を名古屋の人間社から発刊。
 この短編集には〈信長残照伝 ―わたしはお類、吉乃と申します〉はじめ、〈あたい 志摩のはしりがね〉〈カトマンズの恋〉〈ピースボート乗船日誌〉〈脱原発小説〉〈シロ、約束だよ〉の6編を収録。信長残照伝は、桶狭間の戦いを前に信長との間に信忠、信雄、徳姫の三人の子を設け戦国の世を気丈に生き抜いた尾張之国小折村(愛知県江南市小折)出身の吉乃(お類)の波乱に富んだ生涯にスポットがあてられています。そして〈あたい〉はかつては、〝ひと夜妻〟献身の島で知られた三重県渡鹿野島を舞台に、ある女性の愛に悩む壮絶な人生が浮き彫りとされました。
 また〈カトマンズの恋〉は日本人女性とネパール人男性の国境を超えたラブバードさながらのラブロマンスで実在の話を小説化。早くも国内外で大きな反響を呼びつつあります。〈ピースボート乗船日誌〉は平和を探して世界の海を旅する純な人たちの船上でのありのままの素顔が描かれ〈脱原発小説〉も東日本大震災と原発事故の被災地を作者自ら、原発汚染のない清らかな海、空、かぜを求めてどこまでも歩く―といった内容です。
 一貫するのはどの作品も、愛と平和の世界です。どうか、真の幸せを願う世界じゅうの人々に読んで頂けたら、と思います。

 「ピース・イズ・ラブ 君がいるから」の帯と【真の平和とは何か】を問いかける叙述
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※この短編集「ピース・イズ・ラブ 君がいるから」は、このほど東京、名古屋、大阪、札幌、岡山、博多、福岡など全国主な書店での販売が始まりました。またアマゾンやTUTAYA、セブンネットなどWebサイトからの注文も出来ます。

世界のみなさま,あけましてあめでとうございます(To all over the world’s men, A HAPPY NEW YEAR)

 トリ年が始まりました。そこで年のはじめに同人たちの新しい年にかける抱負と決意、意気込みを、ここに発信させていただきます。※If you want to read by your mother’s country language,Please change by a language button.

伊神権太(主宰)
 ことしは信長が愛した女性吉乃の物語をはじめ、脱原発小説も1、2本。ほかにもできる範囲内で1本でも多くの小説を書けたら、と思っています。連日執筆を自らに課している【生きてゆく人間花たち】も〈一匹文士〉の責任として書き続け、国内外の世相に誰よりも鋭く切り込めたら、と思っています。でも、何事もあくまでしなやかに、ゆるやかに。無理をしないで―と自分自身に言い聞かせています。

真伏善人(編集委員兼会計)
 まずはテーマエッセイを必ず出す。そして次にと考えた時、脳とは裏腹に胸の奥から湧き上がるものがある。それはパステルをF4に塗りたくっている無心な自分だ。これがどうにも抑え難い。で、あるから次の作品は物書きの天使さまが機を見て舞い降り、導いてくれれば、などと考えている。(真伏は昨年、「熱砂」紙上で11回に及ぶ世にも不思議な連載詩小説「FLQX」を完結させた)

牧すすむ
 私の今年の夢は3つあります。1.詩集の制作 2.新曲の発表 3.恒例の大正琴海外公演です。しかし、これは夢であり計画ではありません。

 I have 3dreams in this year.
 No.1,production of poetry collections
 No.2,presentation of new songs
 No.3,an annual Taisho-Koto abroad performance
※But they are dreams and not plans just in case
(詩人でもある牧は、琴伝流大正琴弦州会の倉知弦洲会主その人。一門の門下生を引き連れ、米カーネギーホールやサイパンのバンザイ岬、中国は万里の長城――など。各国でのステージは年々拡大、大正琴ファンは世界じゅうに広がりつつある)

眞鍋京子
 休刊になっていた滋賀の伝統ある同人誌「くうかん」の再発行をめざします(眞鍋は、「湖都の文学」編集委員。長年、滋賀を代表する同人誌、「くうかん」=現在、休刊中=の主宰だった)

黒宮涼
「何事も前向きに挑戦していきたい」(黒宮は20代、前途有望な若手である。昨年は短編小説「玉木さんと鈴木くん」を4回にわたって本紙「熱砂」紙面で連載。若い筆には、ますます期待が膨らんでいる)

平子純
「翻弄」を完成させ本にして3月までに出版したい。同人の皆さんに会う体力を取り戻し皆さんとお会いし文学談議を語り合えるようになりたいです。(平子は元「つちやホテル」社長。詩人で作家でもある。脳梗塞で倒れたが、その後不屈の精神で復活。昨年は回想録「翻弄 第1章名古屋駅裏編」を世に出した。現在は闘病の身ながら家族の応援に支えられ、続編の執筆に挑んでいる。その姿や、すさまじいほどだ)

山の杜伊吹
 新しい仕事(創作以外の執筆と取材など)にも強い心を持って、真っ直ぐ取り組んでいきたい。人の言葉に惑わされず、心の目で見て、感じることを信じる。そして、愛を持って人に接していきたいな。(山の杜は創作以外にも2人の子を持つ若い母親として子育てはむろん、地域のホットな話題を届けるホームニュース記者としても活躍中だ)
※同人の作品を読むには、「熱砂」のウエブ作品集を開くと、過去年輪を刻みつづけたテーマエッセイ集と合わせ、同人それぞれの作品を読むことが出来ます。

 詩人牧すすむは大正琴の会主としても世界的に貢献(左、右は長男で次席の崇さん。牧さん親子の父子鷹演奏は知る人ぞ知る)。昨年11月19日には、弦洲会一門を率いてベトナム・ホーチミン市で開かれた日越友好40周年記念イベントのジャパン・ベトナム・フェスティバルにも演奏参加、集合写真は、この時のワンショット
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