小説「ある名曲の誕生」
一時間七百円の安スタジオの中には重苦しい空気が立ちこめていた。そこはいかにも安物といった感じのあまり聞かないメーカーのアンプと、シンバルの割れたドラムセットが置かれた六畳ほどのスタジオだった。
メンバーは床に座って誰かが死んだような表情を浮かべていた。俺は夕べ作ったばかりの新曲を他のメンバーに披露したところだった。メンバーは新しく俺が作った曲を俺以上に気に入っていない様子だった。
俺はギターのつまみを絞ると手にしていたピックをネックと弦の間にさしこみマイクを通してメンバーに聞いた。「あんまりよくないか?」
「いや」ギターのクラッカーが言った。「あんまりじゃなくて、クソよくねえんだよ」
「おはなしにならねえよ」ドラムのダリアが言った。「おまえがここまでヒデーものを俺たちに聴かせたことが信じられねえ」
「おまえもヤキが回ったな」ベースのデニーが言った。「おまえはこれをいいと思ったのか?」
「少しだけな。サビの部分がディスチャージっぽいかなって」
「一ついいか香村」
「何だ?」
「ディスチャージのデの字もないぜ。連中がその創造性の十分の九を失ってもこんな曲をつくらねえよ。だいたい何なんだこの曲は? いったいおまえは何がしたかったんだ?」
「ロックンロールとハードコア・パンクの融合かな?」
「犬のクソと猫のクソの融合って感じだぜ。今までのおまえの曲には、どれだけ激しくてもちゃんとしたリズムがあった。でも今回はそれがない。これは、なんていうか豚がわめいてるだけのような曲だ」
メンバーはいつも以上に冷たかった。それはレコーディングの期限が来週に迫っていたからだった。俺のバンドは再来月の頭に友人のバンドとスプリットのデモCD‐R ─ 一バンド三曲ずつで、それらは全て未発表のオリジナル曲というのが条件だった ― を出すことになっていたのだが、今のところ二曲しかできていなかった。他のメンバーは腕こそよかったが曲を作れるタチではなかったので、バンド内の楽曲は全て俺が手がけることになっていた。つまりバンドの命運は俺にかかっていた。
「今夜はここまでだな」クラッカーが腕時計を見ながら言った。「曲ができてない以上やることもない。仕事に戻らないといけないし」
メンバーは床から立ち上がるとうんざりした様子で持参した楽器を掴んだ。この日メンバーは俺のこの曲を、メンバーが駄作と決めたこの曲を聴くためだけにここに来たのだった。楽器は万が一その曲がいい曲であった時のために持参したのだが、この夜は使われることがなかった。ずっとケースに収まったままだった。
「あさってまでには作ってこいよ」デニーが言った。「さもないと間にあわなくなる」
「すでに十分遅れてるわけだけどな」ダリアが言った。
「わかってる」俺は言った。
「がんばってくれよ、相棒」クラッカーが言った。「あいつらは俺たちとちがって人気があるから、今回のデモは、よりたくさんの人に聞いてもらえる。いい曲ができれば客も増えるだろうし、もしそうなればショウもやりやすくなる」
「ああ」
「期待してるぜ」
俺は何もいわず楽器を片付け始めた。いつになく愛用のカジノが重たく感じられた。むろん作ってやろうとは思っていたが、返事をすることができなかった。
スタジオの前でメンバーと別れた。俺は近くのスーパーでトリスを一本買うと力いっぱい自転車をこいで部屋に向かった。普段は町中のスタジオで練習をしているのだが、この日は俺の部屋のそばのスタジオを使っていた。
部屋にもどり玄関をあがった。俺はギターケースからギターを取り出すと、何かいいアイデアが浮かぶことを祈りながら、ベッドに座ってギターを弾き始めた。腹が減っていたが飯を食う気にはならなかった。飯より曲が先だった。
一時間が過ぎ、二時間が過ぎていった。しかしアイデアは微塵も浮ばなかった。俺はただ気のふれたチンパンジーのようにやたらめったら、ギターをかき鳴らしていたにすぎなかった。方向感覚を失ったニワトリがわけもわからず走り回っているようなものだった。
時間とともにイライラが募ってきた。二時間半を過ぎた頃から俺は舌打ちをしたり、自分の手の甲に血が出るまで爪を立てたりし始めた。自分の役立たずな頭と心臓をショットガンでぶっ飛ばしたかった。
クソっ! なんで、できないんだ? なんで前の二曲はすんなりできたのに今回に限ってダメなんだ? そもそもなんでオリジナル曲じゃなきゃダメなんだ! カバーでもいいじゃないか! でもその規則を決めたのは俺じゃないか! そうだ、俺が酔ってそんなことを言ったから悪いんだ。クソっ、魚民なんて地獄に堕ちろ! あの夜、打ち上げになんか出なけりゃよかったんだ。なんだって俺は三曲くらいすぐに作れるなんて思ったんだ! 自分が凡庸なろくでなしだってことはいたる所で教えられてきただろう! 工場やら喫茶店の厨房やらガソリンスタンドやらで!
あせりと悪態のつきすぎでだんだん吐き気がしてきた。俺はギターを鳴らすのをやめるとため息をつき、足元に転がっていたビニール袋の中からトリスを取り出して飲み始めた。俺はギターをベッドに置くと頭の中で好きな曲やかっこいいと思っているフレーズを次々と鳴らしながら、ボケた老いぼれよろしく、うろうろと部屋の中を歩き回った。
しかし、それらはただ無意味に頭の中を回っただけで何の助けにもならなかった。クランプスもソニックスもこの夜は、まったくの役立たずでしかなかった。頭の中で流れた『サーフィンバード』のマンブリングが、サンドペーパーのように俺の神経をこすった。
俺はなぜトラッシュメンはあんな名曲を作れたのだろうと考えた。彼らにできて俺にできないというのはおかしな話だった。俺も連中も物を食ってクソをひりだす同じ人間だというのに。しかし俺と連中の間には、いかんともしがたい差があるのだった。
考えれば考えるほど自分の無能さに腹が立った。俺はさらに瓶からぐいぐいあおり、その瓶が空になると流しの下から買い置きのワインを見つけてきてさらに飲んだ。しかしだからといってアイデアが浮ぶことはなかった。俺はただ無意味に酔っただけだった。
だんだん足元がおぼつかなくなってきた。俺は床にうつぶせに寝転がるとアルコールの回った頭で曲のことを考えた。さまざまなリズムがメリー・ゴーラウンドのようにくるくると頭の中を回ったがしだいにそれは溶けて消えていった。
気がつくと床で寝ていた。俺はバイト先の工場に病欠の電話を入れると、台所に行って顔に水をぶっかけた。まだ七時二十分だったので、急げば間に合う時間だったが曲のことが気がかりだったので仕事は休むことにした。どうせ辞めるかクビにされるかの仕事だったので気にはしなかった。
流しの横のふちが黒くなった鏡に目をやるとひげ面の自分が映っていた。ホームレスのように髪はくちゃくちゃで口の中に牛乳が腐ったような味があった。俺はいじめ抜かれ、腹を空かせた皮膚病持ちの雑種のような目をしている鏡の中の自分に悪態をついた。殺したくなるほどの口臭が余計に俺をいらだたせた。
固い床で寝たため体のあちこちが痛んだ。疲れがとれておらず、むしろ寝る前よりはるかに疲れが増したようだった。大量の安酒のせいで体中がむくんでいて、鈍い頭痛がした。気分は最悪の四歩手前というところで、今すぐ世界が滅んで欲しかった。
酔いをさますために蛇口の下に顔を突っ込んで大量の水を飲んだ。腕で口をぬぐって隣の部屋に行くとベッドの上に転がっていたギターを掴み、立った状態で弾き始めた。それは自分が名曲を、少なくともメンバーと自分が名曲だと思っているものを生み出すのは立って弾いてる時に多いことを思い出したからだった。
鈍い頭痛に耐えながら小一時間ほど弾いたが、何かが生まれることはなかった。正確に言えば一曲できたのだが、それはいかにも苦し紛れに作ったという代物で、とても人様に聞かせられるものではなかった。もしそれを出せばようやく付き始めた何人かの客からゴミ扱いされかねなかったし、そもそも他のメンバーがそれを認めるとも思えなかった。夕べメンバーに披露したあの曲よりも数倍ひどかった。
俺はため息をつくと台所に行き、冷蔵庫を開けた。中はほぼ空っぽだったが、缶入りのコーラが一本あったので詮を開けてそれを飲んだ。俺はそれを持ってテーブルに座るとタバコに火をつけて狭い台所の壁を見つめた。床でゴキブリが足を宙に突き出した状態で死んでいるのが目に入ったがそのままにしておいた。
しばらく曲のことを考えたが何も浮ばなかった。俺は何か気晴らしをしたら、いいアイデアが浮ぶかもしれないと思い再び隣の部屋に行き、ギターをベッドに放りだした。そしてしばらく考えた末に押入れを開け、その中からポルノビデオを引っ張り出した。マスをかくために。
俺は立て続けに二回ほどマスをかいたが、それは何の助けにもならなかった。ただ無意味に疲れただけだった。
夕方になっても曲はできなかった。俺は気分を晴らすために外に出ることにした。考えてみれば朝から俺はずっと薄暗い部屋の中で過ごしていた。
部屋を出て繁華街の方へと歩いて行った。大型レコード店が目に入ったので中に歩いていった。俺は視聴コーナーに行き、そこにあるCDをジャンルやアーティストを問わずに片っ端から聞いた。しかし、そこによいと思えるものや、使えると思えるものは何もなかった。そこでの時間はまったくの無駄で、何でこんなものが売れるのだろうと俺は何度も思った。夕べ俺がメンバーに披露した曲よりもさらにひどいと思えるものもいくつかあった。
心の中で悪態をつきながら通りに出た。俺は夕べからほとんど何も口にしていないことを思い出して、近くの中華料理屋に入り、ホルモンの炒め物とラーメンと白飯の定食を注文した。その店は狭くて汚かったが、何を食べてもまあまあおいしく、おまけに安くて量が多かったので俺は気に入っていた。
時間帯のわりに店は空いていた。ホルモンの味はいつもどおりだったが、その夜はそれほどおいしくは感じられなかった。自分が身分不相応な贅沢をしているように思えてならなかった。ホルモンほどの価値もない人間がホルモンを食べているような、処女マリアを無理やり犯しているようなそんな気がした。曲ができないことと、刻々と時間が迫っていることが焦燥感と劣等感を与えていた。
食事を終えて店を出た。俺は耳を澄ませ、目を皿のようにして通りを歩いた。何かを見つけようと、何かインスピレーションを得ようと。しかし何もアイデアは浮ばなかった。空腹は収まっていたがそれは特に意味をなしていなかったし、通りにある物も、そこを行きかう者もみな一様に無意味だった。高そうなスーツを着た自分と同じ年くらいの男が歩いているのを見て卑屈な気持ちになっただけだった。
本屋に入って本を立ち読みしたが、それも助けにはならなかった。以前、知り合いのインテリぶった女がいいといっていた作家の作品をぱらぱらとめくったが、得るものは特になかった。ポルノまがいの雑誌を何冊か見たがただ裸の女が写っているだけで、まったく面白みがなかった。ブコウスキーはいつものようにすばらしかったが、こんな日には辛辣すぎた。生きる価値のある人間など一人もいないことはわかっていたし、自分がその最たるものであることもよくわかっていた。
曲のことを考えながらあてどもなく通りを歩いて行った。気がつくと繁華街の外れに来ていた。俺は暗くなってきたしそろそろもどるかと思い、狭い路地に入った。そこは飲み屋や風俗店の多い場所で、よく小学生や中学生が、世間一般で言われるところの立派な人間たちに春を売っていた。
俺は、はき古した雪駄をペタペタ鳴らしながらニンニクやら、焼き鳥やらの匂いが立ち込める狭い路地を進んで行った。すると出し抜けに後ろから肩を掴まれた。叩かれたのではなくぎゅっと掴まれたのだった。
びっくりして振り返るとそこにだぼだぼの服を着た図体のでかい坊主頭の男が三人いた。俺は悪意のこもった肩の掴み方に身の危険を感じながらそいつらを見つめた。知り合いや、友人に好んでこんなナリをするやつは一人もいなかった。三人とも似たような体格と服装をしていたうえに、似たような髪形をしていたので、全部同じに見えた。
「よお」そいつは言った。「久しぶりだな」
「あんた誰?」俺は言った。
「とぼけんなよ。このマヌケ野郎。テメーはアルツハイマーか?」
あっ! 俺は先日相棒のクラッカーと一緒にこの近くの飲み屋の外で、この手のやつらをぶちのめしたことを思い出した。こいつらはあの夜クラッカーに殴られたヤツとその仲間だと俺は思った。こいつらのようなナリをした二人組が、飲み屋を出た身障者に「酒なんてなまいきだ」と言ってからんでいたので、二人で止めた ― 正義や良心からではなく、単純にパチンコで負けていらいらしていたので暴れる口実を探していただけなのだが ― のだった。
逃げなきゃ! と思った瞬間に他の二人が動いた。二人はご丁寧にも俺の逃げ場をふさいだ。前と後ろと右をそいつらに塞がれ、左を壁に塞がれたので、俺の逃げ場は上しかなくなった。俺はなぜだか先日テレビで見た一式戦闘機『隼』のことを思い浮かべた。
俺はなんとか無血でここから逃げ出せないものかと頭をめぐらせた。そして苦し紛れに言った。
「人違いじゃないか?」
「それはないな」右側にいたヤツが言った。「おまえはまちがいなくあの時のクソ野郎だよ」
「どの時の?」
「とぼけんなよ。二週間前の水曜にそこの飲み屋の外でもめただろ。あの時は不意をつかれたが、今日はそうはいかねえぜ」
「何のことだ?」
「ふざけんなよ、テメー」
「ふざけてなんかないさ。本当に記憶にないからそう言ってるんだ」
「へっ、そうかよ。でも俺の記憶にはあるんだ。おまえはまちがいなくあの時のクソ野郎だ」
「何でわかるんだ?」俺は言った。「他人の空似かもしれないじゃないか? そいつは名刺でも渡して自己PRでもしたのか?」
「おまえ自分のことを面白いと思ってるだろ?」
「そこいらの四流コメディアンよりかはな」
「だったらそれはまちがいだ。テメーはまったく面白くねえよ。むかつくだけだ」
「たまに言われるよ」
「生まれた時に死んでおくべきだったんだよ」
「それもたまに言われるな」
「いいか、雪駄をはいて、ビートルズみたいな髪型をしたやつはそうそういねえんだよ。それにその肩の刺青だ。へっ、テメーの相棒もヒデー刺青を入れてたけど、テメーもあいつに似てセンスが悪いな。そりゃ、なんだ? つばめのつもりか? それともにわとりかなんかか? いったいどこで入れたんだ? それを入れたのは●●学校に通うキヨシちゃんか?」
他の二人が手を叩いて笑った。まるで最後の日本兵が殺される瞬間を見守るアメリカ兵のような笑い方だった。俺は警察が来ないかと思いあたりを見回したがそんな気配は微塵もなかった。長袖を着てこなかったことと、ブーツをはいてこなかったことが悔やまれたが、着ていたところで意味がないような気もした。
「どうやらこの辺りには俺に似たやつがもう一人いるみたいだな」俺は言った。「そういえば前もそんなことを・・・・」
次の瞬間、みぞおちの辺りに膝蹴りが入った。呼吸が止まり、さっき食べたものがこみ上げてきた。ゲロは吐かなかったが俺はたまらず地面に膝をつき「ぐっ・・・」と洩らした。とっさに体をひねったので急所からは外れたが、それはたいした意味をなさなかった。
腹を押さえると今度は背中に蹴りが入った。勢いよく前に倒れると、今度は横から蹴りが入った。連中が何かを叫ぶ声が聞こえたので俺はとっさに両手で頭をかばい、体を丸めた。自分の状況はよくわからなかったが自然に体が動いた。
ケースイスのスニーカーやティンバーのブーツの底が俺の背中と腹に降り注いだ。連中は大嫌いなサッカー選手どもが一つのボールを奪い合うかのように俺を蹴りまくった。まるで何十隻もの戦艦から一斉に艦砲射撃を食らっているかのようだった。俺は思わずでかい屁をぶっぱなした。
尾?骨に蹴りが入ると体中が麻痺したようになり目の前を火花が散った。冗談じゃないほど痛く、永遠にこうしているしかないように思えた。しかし、スニーカーやブーツの底が規則的にアスファルトに触れる音を聞いているうちに頭の中で大きな爆発が起こった。そのリズムは俺が血眼になって探していた新曲のアイデアを俺に与えた。
俺は思わず「ああ!」と叫んだ。硬いクソが出るときのように一度出るとするすると出てきた。奇しくもそのリズムは昔、好きだったが、今ではすっかり忘れていたロカビリーナンバーを思い出させた。アイデアはあっという間に形になり、そしてすぐに曲になった。
前作二曲に匹敵するほどのいいメロディーラインだった。暴力的な要素を加えればご機嫌なレッキングナンバーになることは間違いがなかった。俺はそのメロディーを忘れないようにと、腹に蹴りが入って息が詰まっても口ずさみ続けた。「絞首刑」というタイトルとそれにまつわる歌詞も同時に浮んだ。
しばらくして連中が動きをぴたりと止めた。少し間を置いて俺の背後で声が聞こえた。
「おい、こいつキチガイじゃねえのか? さっきからなんか歌ってるぜ」
「何て言ってんだ?」
自分が思っているよりはるかに大きな声で歌っていたようだった。それは恐怖と痛みと歓喜によるものだった。俺はまだリズムを口ずさんでいた。
「なんかやばくねえか?」もう一人が言った。「変なとこを蹴ったんじゃねえのか?」
「頭を踏んづけたのが悪かったか?」
「頭から血が出てるな」
俺は顔と頭を覆っていた手をどけた。俺はなぜだかへらへら笑っていた。おもしろくてたまらなかった。
連中はホルマリン漬けの奇形児を見つめるかのような目で俺を見つめていた。連中の目には自分たちが殺人者になってしまうのではないかという類の恐怖が色濃く浮んでいた。一人と目が合ったので俺は言った。
「うれしいぜ・・・・」
そいつの顔が恐怖で歪んだ。そいつはなにやら叫ぶと急に走り始めた。少し遅れて他の二人もそれに続いた。連中の遠ざかっていく足音はあっという間に聞こえなくなった。
通りに静寂が訪れた。俺はしばらくして仰向けになると手の甲で顔についた血をぬぐった。体中が痛んだが気分がよかった。俺は相変わらずそのメロディーを口ずさんでいた。何度聞いてもかっこいい・・・・
立ち上がろうとしたが立ち上がれなかった。俺は再び体をひねってジーンズの後ろポケットから携帯を取り出すと血まみれの指でボタンをいじって思いついたメロディーをそこに吹き込んだ。幸いにも携帯は壊れていなかった。
作業を終えるとジーンズの前ポケットからくちゃくちゃになったエコーをとりだして、火をつけた。俺は空を見つめながら最高の気分でそれをふかした。運はまだ俺を完全には見放なしていないようだった。
(完)