兵舎のトタン屋根を貫いてグラマンが機銃掃射の大きな穴を一直線にブツブツと描いていく。一夫は、どうにでもなれと捨て鉢に一列に並んだ海軍官舎のベッドの上で不貞寝していた。今日、特攻隊編入の命令が届いたばかりだ。ソ連が参戦し北海道が危ないから向こうから来る敵艦を迎え撃つというのだ。……(原文通り)
ウエブ文学同人誌「熱砂」同人、平子純の回想録「翻弄 第一章名古屋駅裏編」はこんな書き出しで始まります。作中に登場する主人公一夫は、平子の実の父で名駅裏の有名旅館「土屋ホテル」創業者でもあります。名古屋に生まれ育った平子自身も幼少期から、そんな父の苦闘の人生を間近に見て育ってきただけに、昨年限りで店を閉じた「土屋ホテル」(平子さんは、本名土屋純二さんで昨年まで2代目土屋ホテル社長)の栄枯盛衰のドラマは、まさにそのまま名古屋駅界隈の歴史そのものだともいえます。
人生いろいろ、宿屋もいろいろで、時代の荒ら海と波の中で翻弄に翻弄を重ねたホテル(宿屋)とその一族、従業員、関わった人々は、一体どんな運命を辿るのか。物語は旅行業者や宿泊客、警察、娼婦…も巻き込みながら、波乱万丈の展開で進みます。最後に目の前に立ちはだかったものは。名古屋周辺旅行業界の過去、現在、未来と苦難の歴史は。そして。それでも負けない。未来への展望は―
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脳梗塞に言語障害、不自由な足という三重苦のなか、家族や友人らの声援もあって、平子さんは今再び立ち上がろうとしている。前途を照らす、その渾身の1作「翻弄」の〈第一章名古屋駅裏編〉の始まりです。
「翻弄」は引き続き、成長編、繁栄編、挫折編、理想を求めて(仮)…の順でつづきます。どうか、ナゴヤの、生きた傷だらけの歴史の実録証言にご期待ください。(ウエブ文学同人誌「熱砂」主宰、伊神権太)
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※著者の平子は言語障害などもあり、時系列や文の表現面で少し読みづらい点もあるか、と思います。ご容赦ください。