「それぞれの今」 牧 すすむ

 今日も帰宅は深夜になった。
 仕事柄帰りが遅くなることの多い私。家の中はもう全てが寝静まっている。ただキッチンだけは灯りをつけておいてくれるので、部屋に入ると一気に体中の緊張が解れていくのが分かる。
 ガラス戸一枚で隣合せの応接間の電気をつけ、ついでにテレビのスイッチを入れる。見たい番組があるわけでもないが、物音一つしない無の空間からの逃避なのだろう。現代人の切ない性である。
 上着を脱ぐと私の足は再びキッチンへ―。冷蔵庫から缶ビールを取り出し、又応接間へ戻る。ソファ―に深く腰を沈めながらゆっくりと缶のフタを開けにかかる。

 〝シュワッ〟と心地のいい音がして、白い小さな泡の流れが勢いよく指先を濡らす。冷え過ぎ程の冷たさを喉の奥に感じながらテレビの画面に目をやると、聞き覚えのある歌声と共に懐かしい顔がそこにあった。
 思わず身を乗り出し一緒に口づさんでいる私。古い映像は瞬時に青春の昔へと運んでくれた。
 ビールを飲み干しふと気が付くと、いつの間に来たのか愛犬のベベ(ヨークシャテリア)が足元に寝そべって〝テレビの音で眠りを邪魔された〟と言わんばかりの不機嫌な顔で私を見上げていた。頭を撫でてやると気持ちが落ち着いたのか、暫くして小さな寝息を立て眠ってしまった。私は再びテレビの世界へと心を移したのである。

 そういえば最近はナツメロブームなのか。こんな番組が多いように思う。しかもゴールデンタイムでの二時間スペシャルだ。
 今も変わらず若々しく声の衰えも感じさせない人もいれば、聞くに堪えない程に変わり果てた往年のスター達も少なくない。
 人の老いは仕方のないことなのだが、やはりスターやアイドルはいつまでも我々の夢であり続けてほしいと思う。ゲストとしてトークで出演するのはいいとしても、歌は昔の映像が好ましい。そんなことを思うのはたぶん私だけではないだろう。

 歌番組だけでなくタレントの世界もまた同じである。タイトルもそのもの〝ズバリ〟で、「あの人は今‼」。レポーターがマイクを向けるその先には、昔一世を風靡した人達の姿がある。〝さすが‼〟と思わせる大物もいれば、〝エッ〟と驚く程に身を落としたタレント達も数多い。
 しかし皆一様に返す笑顔が明るくてホッとするのである。
 画面はグループサウンズに変っていた。メンバーの誰かが弾くギターの音が燃えるような若さで心の中に沁みこんで来る。ビールの酔いも手伝ってか、私は気持ちを抑えきれずにギターを手にしていた。久しぶりの感触である。
 友達とバンドを組み、ギター三昧の日々を送ったあの頃。青春の思い出は懐しく甘く、そして少しだけ切ない―。
 大正琴の指導と演奏が生業になってからはなかなかギターを持つ時間も取れず、相棒にはケースの中で寂しい思いをさせてしまっている。ぎこちない指の運びでも、弦を弾けばそれなりにメロディーを唄ってくれる優しい相棒なのだ。「ごめんな」と心で呟く。
 あれから随分と長い月日が経ち、メンバーの消息さえも途切れ途切れとなって久しい。私の青春と共にあった彼等―。

 あの人は今、いや、あの人達は今どこでどうしているのだろう。年を重ねたせいか、ふと思いを巡らせるこの頃である。  (了)