「佐智子と増美」 眞鍋京子

 舞台は東日本大震災の被災地。東北地方の、とある町。
 増美と佐智子は高校二年生。小学校から同じ級であるというのは珍しい。二人共勉強もよく出来、よい意味で競い合う仲だった。
 増美の父も佐智子の父も同じ会社で経理の担当を長年していた。二人共人望が篤く、仕事を任せきるには、他に任せられる人がないとまで言われている程であった。その佐智子の父に突然、海外派遣の命令が下った。最近は海外派遣は珍しくないが佐智子の父の業績から考えると、すぐには後が考えられない。
 佐智子の父より佐智子の方が戸惑った。
 小学校より高校二年生まで親友として〝御神酒徳利〟として学び暮らしてきた無二の親友と離れることが今、現実の目の前に現れて来ている。

 佐智子の父は単身赴任としてスウェーデンへ旅立って行った。今まで住んでいた家も空け放され他の人が住むようになった。佐智子は母と三部屋の狭い所へ移った。増美とも電車を乗りついで行かなければならないので自然、足が遠のく。
 級も三年生からは変わった。しばらくぶりで二人は喫茶店へ入った。二人の元気な様子にほっとする。
「どうしてたのよ」
「やっぱり二人でいた時よかったわねえ。何をしてもいつも手につかないのよ」
 増美に励まされて佐智子は家に向かった。
 早春の寒い風が頬をなぐるように吹いていく。東日本大震災の爪跡をあちこちに残している。狭い掘立小屋から甲高いリズムの音が聞こえてくる。
「皆さん、皆さん。今日が最終の演奏会です。入場された人のお金はみんな東北大震災に遭われた方に差しあげます。一人でも御協力ください。お願いいたします」
 若い女学生が呼び声をあげていた。
 列を連ねて次々と入っていく。
 増美もその列に入っていく。
「有難うございます」

 一カ月後。佐智子は夜空の星を仰いであてもなく歩いている。
 あれから、増美との音信は途絶えたままだ。佐智子とは音沙汰もないまま一カ月以上になる。掘立小屋での音楽会も少し女学生らしき後ろ姿を見たが、から振りに終わった。
 一方の増美。昼間は、たんぼの畔道を探してみたが、犬猫一匹も見当たらない。また寒夜の夜がやってきた。佐智子の事を思ったら勉強どころではない。退学しても佐智子を思ってやりたい。
 ある日。終電車が入ってくるアナウンスの声が聞こえてくる。増美は急いでホームに向かった。列車の後部があいた途端にドアーから降りて来たのは、間がいもなく佐智子であった。
「あっ」
 声がのどにつまって出ない。
「佐智子ではないか」
「逃げなくてもいいよ。長い間お疲れだったねぇ。いまはもう何も言わなくてもいいのよ」
「よく巡って帰って来てくれたよ」
 増美は巡り会えた嬉しさだけが体内をかけ巡ってくる。
 
 プラットホームから降りて来た乗客は二、三人であった。
 佐智子と増美は明かりも暗くなったベンチに腰かけた。
 佐智子の頬から涙が伝わってくるのが微かにほの暗い蛍光燈を伝わってくる。
「よかった。よかった」
 やや、気持を取りなおした増美は、佐智子の頬に抱きつき熱い頬ずりをした。
「今晩の事、忘れないよ」
 佐智子と増美の契りは、この巡り会いによって増々深くなって来た。

 夜も明け、二人の事を寿ぐように朝日は燦々と照りつけていた。