「ことば癖考」 伊神権太

 ひとくちに「癖」といっても、爪をかんだりする仕草に始まり、同じことばを何度も繰り返す、ゴミを散らかし放題にする、何でも不要と判断し手当たり次第に捨ててしまう過剰な断捨離癖まで。人それぞれに顔が違うように千差万別である。デ、今回はことばの癖を中心に考えてみたい。

 かつて新聞社の支局長や本社デスク長をしていたころ、一線の記者たちに取材手配をすると決まって「いまはアレもコレもあって忙しいので」と手配から外してほしい、と訴える記者にしばしば出会った。ただデスクの目から見ていると、そういう人物に限ってたいして忙しくもない場合が多く、「忙しい。忙しい」を連発する輩(やから)はその分、最初から信用できなかったのも事実だ。

 なぜか。【忙しい】と口癖のように言う者は、黙って観察していると、ひごろはどこかのんびりしていて与えられた仕事をすぐにはこなさない。だから仕事が日々、たまる一方でついには身動きできなくなり、原稿の洪水のなかでアップアップしてしまい、あげくに「あれもやらなきゃ。これもしなければ」とニッチモサッチモいかなくなって「忙しいので」と手配を安易に断ろうとするのである。

 要は能力がないと見られても仕方がない。実際、あるときなど「君、忙しい忙しいと言うが、つべこべ言い訳している間に手配ものの取材ができてしまうじゃないか」と叱りつけ、雷を落としたものだ。

 むろん、本当に忙しくて次から次にと手配原稿をこなしはしていても自身でほかに自発的に動く事件の独自取材や調査報道などに追われ、見るのもかわいそうなほどに夜、昼となく大量の仕事をこなしている記者もいるにはいる。なので、この点は誤解なきよう(要は、ブンヤの世界では。いや、どの世界も同じだとは思うが。仕事が遅い記者はついてこれない。ただ、それだけのことではある)。

 というわけで、今となっては当時の彼らが本当に忙しかったとしたなら本来、思い込みが極端?
 (これも私の悪い癖か)な私自身の誤解も甚だしかったナと反省もしている。仕事が超遅くても立派な仕事をやりとげる優秀な記者たちもいっぱいいるのである。だから、取材手配は難しい。

 ところで、元々、口数が少ないわが家の妻の場合は。どうか。朝一番の「ごはん。ごはんよ」「ごはんだったら」に始まり、「行くよ」「あのねえ」「そうだったっけ」など。大体言うことが決まっている。たまに帰りが遅くなる時など「きょうは遅くなるから」の私のことばに「ウン、いいよ」と返してくる。また日常会話のなかで何かの弾みに「注意しなきゃな」などとの私の声かけに決まって返ってくるのが「あのねえ。あたし、そんなドジなんかじゃないのだから」と反発してくる。

 デ、【あたし、そんなにドジなんかじゃない】と彼女に反論されるつど、私は「俺は、やはりドジな男なのかな」と思ってしまう。そういえばボールペンやメモ帳、ビニール傘に始まり、家の鍵や携帯電話をどこかに失くしてきたこととなると数知れない。旅先のアイスランドで大切なビデオカメラをなくし、バス運転手に探し出してもらったことも。ドジの回数は数知れず、ひとさまにとやかくは言えないのである。

 そして。これは結婚当初からの彼女の専売特許とでもいえようか。「楽しみはあとから。アトカラなのよ」と妻に言われると、私はいまだに返って逆に発奮させられるのである。そういえば、私自身「忙しい、忙しいという奴は忙しくない証拠だ」と決めつけにかかっているがこれこそ、私の一番悪い癖のあかしなのかもしれない。

 半面で本当に忙しい時なぞ、私は誰もいない大空に向かって「あぁ~、忙しい」「いそがしいのだ!」と叫ぶことにしている。叫べば、どこかホッとする。これも癖なのか。だから。みんなは「忙しい。忙しい」を常套句にしているのだ。今になり、やっと忙しいの本当の意味がわかってきた。

 これまた、ある種の【私だけの意地悪癖】なのかもしれない。 (完)

19年7月12日

「癖について」 平子純

 ひとくちに「癖」といっても、爪をかんだりする仕草に始まり、同じことばを何度も繰り返す、ゴミを散らかし放題にする、何でも不要と判断し手当たり次第に捨ててしまう過剰な断捨離癖まで。人それぞれに顔が違うように千差万別である。デ、今回はことばの癖を中心に考えてみたい。

 かつて新聞社の支局長や本社デスク長をしていたころ、一線の記者たちに取材手配をすると決まって「いまはアレもコレもあって忙しいので」と手配から外してほしい、と訴える記者にしばしば出会った。ただデスクの目から見ていると、そういう人物に限ってたいして忙しくもない場合が多く、「忙しい。忙しい」を連発する輩(やから)はその分、最初から信用できなかったのも事実だ。

 なぜか。【忙しい】と口癖のように言う者は、黙って観察していると、ひごろはどこかのんびりしていて与えられた仕事をすぐにはこなさない。だから仕事が日々、たまる一方でついには身動きできなくなり、原稿の洪水のなかでアップアップしてしまい、あげくに「あれもやらなきゃ。これもしなければ」とニッチモサッチモいかなくなって「忙しいので」と手配を安易に断ろうとするのである。

 要は能力がないと見られても仕方がない。実際、あるときなど「君、忙しい忙しいと言うが、つべこべ言い訳している間に手配ものの取材ができてしまうじゃないか」と叱りつけ、雷を落としたものだ。

 むろん、本当に忙しくて次から次にと手配原稿をこなしはしていても自身でほかに自発的に動く事件の独自取材や調査報道などに追われ、見るのもかわいそうなほどに夜、昼となく大量の仕事をこなしている記者もいるにはいる。なので、この点は誤解なきよう(要は、ブンヤの世界では。いや、どの世界も同じだとは思うが。仕事が遅い記者はついてこれない。ただ、それだけのことではある)。

 というわけで、今となっては当時の彼らが本当に忙しかったとしたなら本来、思い込みが極端?
 (これも私の悪い癖か)な私自身の誤解も甚だしかったナと反省もしている。仕事が超遅くても立派な仕事をやりとげる優秀な記者たちもいっぱいいるのである。だから、取材手配は難しい。

 ところで、元々、口数が少ないわが家の妻の場合は。どうか。朝一番の「ごはん。ごはんよ」「ごはんだったら」に始まり、「行くよ」「あのねえ」「そうだったっけ」など。大体言うことが決まっている。たまに帰りが遅くなる時など「きょうは遅くなるから」の私のことばに「ウン、いいよ」と返してくる。また日常会話のなかで何かの弾みに「注意しなきゃな」などとの私の声かけに決まって返ってくるのが「あのねえ。あたし、そんなドジなんかじゃないのだから」と反発してくる。

 デ、【あたし、そんなにドジなんかじゃない】と彼女に反論されるつど、私は「俺は、やはりドジな男なのかな」と思ってしまう。そういえばボールペンやメモ帳、ビニール傘に始まり、家の鍵や携帯電話をどこかに失くしてきたこととなると数知れない。旅先のアイスランドで大切なビデオカメラをなくし、バス運転手に探し出してもらったことも。ドジの回数は数知れず、ひとさまにとやかくは言えないのである。

 そして。これは結婚当初からの彼女の専売特許とでもいえようか。「楽しみはあとから。アトカラなのよ」と妻に言われると、私はいまだに返って逆に発奮させられるのである。そういえば、私自身「忙しい、忙しいという奴は忙しくない証拠だ」と決めつけにかかっているがこれこそ、私の一番悪い癖のあかしなのかもしれない。

 半面で本当に忙しい時なぞ、私は誰もいない大空に向かって「あぁ~、忙しい」「いそがしいのだ!」と叫ぶことにしている。叫べば、どこかホッとする。これも癖なのか。だから。みんなは「忙しい。忙しい」を常套句にしているのだ。今になり、やっと忙しいの本当の意味がわかってきた。

 これまた、ある種の【私だけの意地悪癖】なのかもしれない。 (完)

19/7/8