【一匹文士伊神権太がゆく 人生そぞろ歩き(2019年3月)】

2019年3月22日
 佐保姫の機嫌伺う催花雨
 =伊神舞子の〈きょうの俳句 minuetto-mi〉から

 きのう21日は春分の日。とはいえ、風は強く、午前中は冷たいシトシト雨が大地を濡らした。
 そして。きのうの東京での桜(ソメイヨシノ)開花に続いて、きょう22日は名古屋と岐阜でも桜が開花。名古屋、岐阜とも平年より4日早く、昨年よりは3日遅いという。

 豊山(愛知県豊山町)出身の米大リーグ、マリナーズのイチロー外野手(45)=本名は鈴木一朗さん=が昨夜、アスレチックスとの開幕第2戦後に東京都内で記者会見し現役引退を表明した。メジャー19年目、プロ28年目の決断に野球ファンから熱い拍手が送られている。惜しい気もする。

 イチローの引退を報じる各紙
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 イチローといえば、いつも思い出す。
 私が新聞社の空飛ぶ記者だったころ、日本航空が日航ジャンボの車輪を地元豊山小に有効活用してほしい、と贈ったことがある。私はその贈呈式の模様を取材していたが、航空機騒音の周辺補償対策のひとつとして実施されたもので、いわば廃タイヤの再利用をというわけだ。
 式では、当時の日航名古屋空港支店長が「バットで打つには最適ですので少年野球の練習にぜひ生かしてほしい」と話されていたが、おそらくは、あの集まった野球少年の中にイチローくんも居たに違いない。というのは、イチローさんと同じ年齢の私の長男が当時、隣町の小牧市の少年野球チームに入り、妻が練習のつど送り迎えしていたことをよく覚えていたからだ。
 ただ、それだけのことではあるのだが。
 が、あのとき本当にあの贈呈式を見守る学童の中に目を輝やかしたイチロー少年がいて、タイヤ打ちに関心を示すと同時にその後大空への夢を育むきっかけになったとしても決して不思議ではない。おそらく当時からバッティングセンターで打撃練習をしていたであろう、少年の心にある種の火をつけたとしても決しておかしくはない。

 ともあれ、2001年に日本人野手として初めてメジャーに挑戦しマリナーズでシーズン242安打の打率3割5分、8本塁打、69打点、56盗塁でア・リーグ最優秀選手と新人王を同時受賞したのをはじめ、2004年にはメジャー新記録の262安打、メジャーデビューから十年連続で200安打以上、ゴールドグラブ賞、オールスター戦選出を果たし、2016年には通算3000安打に到達。
 大リーグ通算成績は3089安打の打率3割1分1厘、117本塁打、780打点の金字塔を打ち立てたイチローは、こんご永遠に称賛されてしかるべき存在で、将来は日本人初の米国野球殿堂入りが確実視されている。心からこれまでの努力を称賛したい。
 ちなみにイチローは1992年に愛工大名電からドラフト4位でオリックス入り。史上初のシーズン2000安打に到達した1994年から7年連続で首位打者に輝き日本では通算1278安打の打率3割5分3厘、118本塁打、529打点、199盗塁の成績を残し2006年と2009年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)でも2連覇に貢献した日本の野球界の誇り、いや星でもある。

 話は変わる。私は13、19日の順で妻に伴われ江南厚生病院に行き、右腕肘の骨折部位と右肺の切開手術後の術後診断をして頂いたが、いずれも担当医師から「もう、大丈夫です」とのお墨付きをもらい、ホッとした。ただ、そうは言っても右腕はまだまだ痛むし、それよりも右腕がこの先、固まってしまうことのないよう「出来る限り、ご自身でリハビリを続けるように」と釘もさされた。
 19日は病院から帰ったその足で東京へ。文藝春秋ビル内の日本文藝家協会会議室であった「脱原発社会をめざす文学者の会」総会に出席するためで、総会のあとはいつものように近くの居酒屋でみんなで懇親。引き続いて、ゲンさんと高円寺の田島徳子女将が営む〈ちんとんしゃん〉にも寄り、いつものようにホテルメッツ高円寺で一泊。
 翌日は秋葉原の電気街や裏通りを歩き回って放射能漏れの汚染度を測定する線量計ひとつを手に入れ、ここ尾張名古屋まで帰ってきたのである。
 
 いろいろと土産話はいっぱいあるのだが。きょうのところは、ここらでやめておこう。それよりも20日は疲れ切って帰宅した私を2代目シロちゃん、すなわちわが愛猫、オーロラ・レインボーが玄関先まで出迎えてくれたのには感激した。そして同夜遅くには現在、東京へ長期出張中の3男坊が翌日からの休みもあって、わざわざ一時帰宅してくれた。そのことも嬉しく思ったのである。

 今では夜なぞすっかり家猫の風情でいつも舞と無言の対話を交わすオーロラ・レインボーちゃん
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        ×        ×

 第19回統一地方選の幕開けとなる11道府県の知事選が21日告示された。これら知事選は、このあと24日に告示される6政令市長選や、29日告示の41道符県議選、17政令市議選とともに4月7日に投開票が行われる。

 20日は国連が定める「国際幸福デー」。この日関連団体が世界各国の幸福度ランキングを発表したが、日本は156カ国中58位と昨年から4つ順位を下げた。1位は昨年に続きフィンランドで、デンマークとノルウェー、アイスランドを加えた北欧の国々が上位4位までを独占した。以前に北欧を訪れた体験からしてなんだか、とてもよく分かる。
 コンビニエンスストア最大手のセブン―イレブン・ジャパンが21日から22日にかけ24時間営業見直しに向けた実験を直営10店舗で実施、いつもなら24時間営業のはずの東京・足立区の店舗が22日午前1時に閉店する様子を報道各社に公開。

3月11日
 月曜日。
 冷たい雨が朝から降り注ぐ1日となった。
 東日本大震災から8年を迎えたこの日。発生時刻の午後2時46分になると、仙台市荒浜など東北沿岸の被災地はじめ、政府主催の追悼式があった東京・国立劇場など各地で黙祷が行われ、追悼の催しが行われた(この日はロサンゼルスやパリなど世界各地でも追悼の催しがあった)。
 私自身も、自宅テレビの前で震災番組に目を凝らし発生時刻にはテレビから流れる時報に合わせ、被災地の方角に向かって頭を垂れ、手を合わせ、深くお祈りをした。もう二度とこんな不幸が起きることはないように。そして被災者とその家族全員に1日も早く安寧の日が訪れますように、と空と海、地に向かいて、祈った。

 追悼の日を報じる新聞各紙
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「東日本大震災8年 きっと晴れる信じて 荒天で捜索一部中止」「避難解除の春 希望の11歳 大熊町 帰還200人中唯一の小学生」「友よ息子よ これまでも これからも」「頬ぬらす涙雨」とは、本日付中日新聞夕刊の見出し。
 きのうに続いて新聞、テレビ、ラジオは東日本大震災の特集でどこも満杯。そんな中、今夜もNHK総合の番組〈NHKスペシャル 拝啓・二十歳の自分へ 震災のタイムカプセル8年の時を越えて届く 小6の私からのエール〉と〈クローズアップ現代+悲劇を生き延びた女性 新たな一歩8年の記録〉〈あの日の星空 8年前大停電に陥った被災地 満天の星に託した思い 星空のプラネタリウム〉には感銘したのである。
 なかでも〈あの日の星空…〉は、圧巻というか。とても感銘深く、心に強く深く、残るものとなった。大震災が起きたその夜、満天の空に数えきれないほどに多くの星が、まるで生きものみたいにキラキラと輝き、ひとつ1つの煌めきが不幸にして亡くなった人々の空への道案内をしていた、というのである。
 なんだか、とても分かる気がした。

 写真は仙台地方気象台によって再現された東日本大震災当日の夜空。満天に美しい星が浮かんでいた(NHKの画面から)
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        ×        ×

 岩手県の地元紙「岩手日報社」(盛岡市)が東日本大震災の被災地に対する支援に感謝し、復興の今を伝える特別号外(12ページ建て)1000部を名古屋・栄の名古屋三越栄店前などで配布。
 2020年東京五輪の開幕まで12日で500日となった。

3月10日
 日曜日。ここ尾張名古屋は昼前から1日じゅう、大地に雨が降り注いだ。
 名古屋では日本、いや世界でも最大、21436人が出場しての名古屋ウィメンズマラソン2019が、大津でも琵琶湖の湖岸通りを走るびわ湖毎日マラソンがあった。

 また、あすの東日本大震災から8年を前に、中日(東京)新聞がサンデー版の〈世界と日本大図解シリーズ №1395〉で【8年後の現場は今 福島第一原発と周辺地域】を展開、避難住民の現状はじめ▽放射線量▽汚染水問題▽デブリ(2、3号機で溶け落ちた核燃料)や使用済み核燃料の状況―などにつき、分かりやすい紙面を展開。一目瞭然の内容が原発事故その後の状況を如実に物語っている。
 
 中日(東京)新聞の2019年3月10日付サンデー版紙面の1部
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 また、NHK総合もあくまで大震災と原発事故にこだわったNHKスペシャル【〈シリーズ東日本大震災〉終の住みかというけれど】で、被災地に立ちはだかる諸問題を分かりやすく挙げながら放映。震災から8年がたち、今も多くの人々が苦しんでいる窮状を指摘しつつ在宅被災者の間で広がりつつあるアキラメ感などについてもえぐり出して見せた。
        ☆        ☆

 それは、そうと、だ。
 光りが消え入りでもしたように、行方知れずとなっていたわが家の2代目シロちゃん、オーロラ・レインボーがきょうの早朝、舞がわが家周辺を自転車を漕いで足を棒に探してまわり、約1㌔近く離れた道沿いの草のなかにへたりこんでいたところを見つけた。発見場所は古知野高校のあたりだったというから、かなりの距離で、どうやら家に帰る途中にはぐれてしまい、食事をしてなかったこともあって途方に暮れ、へたりこんでいたらしい。
 おかあさん(舞)の顔を見ると、ニャア~ン、ニャア~ンと盛んにないて草からヨロヨロと立ち上がって近づき、頭をこすりつけてきたという。心細かっただけに、よほど嬉しかったのだろう。それにしても、きょうのところはおかあさんの執念の捜索活動に軍配があがったといえよう。

 午後、愛知県芸術文化センターで開かれた中部ペンクラブの理事会に出席。引き続いてあった文芸セミナー(講師は北斗同人の寺田繁さん。演題は「文豪たちも愛した得月楼~元芸能記者が語る名古屋の文化~)に耳を傾けて帰る。芸どころ名古屋が東京、大阪間にあって、その時々の作家たちの応援もあり、得月楼を拠点に芸道の橋渡しをしてきた事実がよく分かった。

 自らも血をひく得月楼について語る寺田さん
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        ×        ×

 岩手出身の22歳、小林陵侑(土屋ホーム)が10日、ノルウェーのオスロで開かれたノルディックスキー・ジャンプ男子ワールドカップ個人23戦で5位に入り、日本勢で初めてワールドカップの個人総合優勝を確定させた。1979年に始まったW杯ジャンプ男子で欧州勢以外が総合王者に輝くのは、これが最初である。

2019年3月9日
 ふらここの揺るるゴースト浪江町
 =伊神舞子〈きょうの俳句 minuetto-mi〉から

 湖国の春の訪れを祝う、びわ湖開きがこの日、雲ひとつない大津市の大津港沖であった。 

 平成23年3月11日午後2時46分ごろ。三陸沖を震源にマグニチュード9・0、震度7~6強の巨大地震が起き、東日本一円の海岸線がどす黒い大津波にのまれ、多くの人々の命が奪われた(8日現在の警察庁の調べによると、死者は15897人、行方不明者は2533人にのぼる)。そればかりか、直後には福島第一原発事故(メルトダウン)による放射能汚染のダブルパンチにまで襲われたが、そんな恐怖の東日本大震災から、あす11日で丸8年がたつ。
 大震災と忌まわしい原発事故が発生して以降、私は毎年のように現地に入り、被災地での復興の模様と人々の嘆きの声を克明に収録。同時に復興の進み具合や放射能汚染のどうにもならない現況などについて感じたままを書き続け、脱原発小説2編=前編〈海に向かいて、瞬(まばた)き〉と後編〈トシコさん、風に立つ〉=にまとめるなどして世に問うてきもした。ちなみに、この2編は私の短編集「ピース・イズ・ラブ 君がいるから」(人間社刊)と〈脱原発社会をめざす文学者の会〉発行の小冊子「OFF」に収録されているので、一人でも多くの方々にぜひとも読んでほしい。

 そうしたなか、昨夜のNHK総合は原発事故発生による避難命令で一時は無人と化したものの、その後避難指示が解除され人々が戻り始めた原発から8~20㌔前後地点の浪江町の現在と原発事故発生直後に焦点をあてたドキュメントが【2画面ドキュメンタリ― 無人の町から8年 同ポジ撮影で見た福島 左は震災直後▽右は今】として放映され、過去現地を何回も訪れている私にとっては、ひときわ感慨新たな映像となって迫りきたのである。
 なかでも、あの目を覆うほどに破壊し尽くされ、瓦礫の山と化していた請戸小学校一帯が整然と改修され、校内で児童が金魚を飼育する姿にはどこかホッとしたものを感じた。訪れた原発被災地は浪江にとどまらず、双葉、富岡、楢葉町、飯舘村、南相馬市にいわき市、名取、山田町……と各地に及ぶが、浪江の場合、私も所属する〈脱原発社会をめざす文学者の会〉の仲間の一人で脱原発への祈りとふるさと再生への思いを込め、日々、熱唱を続けるシンガーソングライター、橘光顕さんの出身地でもある。それだけに、いっそう原発事故後に浪江が歩んできた茨の道は、胸に迫るものがある。
 あの日、橘さんは新築したばかりのマイホームを襲いきた巨大地震ばかりか、原発事故による放射能汚染でもズタズタに引き裂かれ、汚染され、その後は埼玉県上尾のシラコバト団地に集団で移住する羽目に。団地では今も被災家族のリーダーとして原発汚染のない町の再生に挑戦する日々が続いている。
 彼の歌の一部を思い出すまま断片的にここに記しておこう(この曲は、ユーチューブで「脱原発への祈りこめ ふるさとへの思いを熱唱! 橘光顕」で検索すると聞くことができる)。
 ♪最期の日まで俺は抗う 心の命ずるままに 残された道を歩き続ける
 なくしたものに宿る思い 残していく いつまでも ひとりになる日がきても………

        ☆        ☆

 昼間、中高校時代からのクラスメートで親友の〝お祥(石田祥二さん)〟から突然のメール。開くと。「伊神舞子さんの俳句を尾北ホームニュースで拝見しました。温かさがつたわって参りました。」とあった。友とは、ありがたいもので感謝、感謝である。夫バカで、すぐにミヌエットにいる舞に知らせた。
 ここにその俳句を紹介させて頂く。
♪白鳥(しらとり)の来て一村の蘇る 伊神舞子
(平成31年3月8日付尾北ホームニュース 尾北の文芸/俳句 江南俳句同好会)

 どこにいるのか。オーロラ・レインボー、今は元気に帰宅するのを待つだけだ
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 それはそうと、わが家のアイドル猫、2代目シロちゃんが今夜遅くなっても=現在午後11時20分過ぎ=帰ってこず、心配している。「赤い首輪をしてあげたからには、家族の1員としてしっかりと飼ってあげようよ」と昨日の朝、近くの愛北動物病院に連れていき、ワクチン接種をしてもらったばかりなのに(1カ月後に、もう一度ワクチンを受け、その一週間後に去勢手術の予定)。
 それとも、これまでの半分野良のプライドにこだわり、わが家と決別する気なのか。
 もしかしたら、可愛いすぎるうえ人懐っこいので、どこかの悪い人に誘拐されたかもしれない。
 いずれにせよ、心配だ。今や、わが家の救世主(メシア)にも等しい存在で、昨日は初診申し込みの容姿の名前の欄に、晴れて【レインボー】と書いたばかりで、名実ともに家族の一員となったばかりなのに。
 いまは、レインボーちゃん(正しくはオーロラ・レインボー)の無事生還を祈るばかりだ。
 いつもなら、舞が帰宅すると同時に玄関先に現れ、おかあさんを先導してゴロゴロとお腹を鳴らせながら、胸を張ってわが家に入ってくるのに。今夜は明かりが消えたも同然である。ああ~

 とはいえ、賢いレインボーのことだ。しばらくは私の代わりに東日本大震災の被災地まで行き、いまごろは彼の地の猫ちゃんたちを励ましているのかもしれない。と思いたいところではある。レインボーの身の回りに一体何が起きたのか。真相は分からない、早く帰ってきてくれれば、それだけでいい。あとは何も望まない。舞も同じ気持ちに違いない。
        ×        ×

「東電福島第一原発事故で避難指示が出た双葉、浪江、富岡三町で40代以下の住民の半数以上が帰還しない意向を示していることが、復興庁などの調査で分かった」とは9日付中日夕刊。同日付の夕刊写真グラフには『被災地の窓に映る「今」 東日本大震災8年』の見出しも。1面トップも「空のみんな つなぐ色 知的障害の画家 共感広がる 陸前高田」と、どこまでも被災者に寄り添った記事が目立った。
 東日本大震災関連では、ほかに「復興へ一歩 釜石道全線(岩手県花巻市―釜石市間、約80㌔)開通」(9日付毎日夕刊)『「仮設は2年」非現実的 支援300万円 再建遠く』『復興住宅人手不足の壁』(8日付毎日朝刊)など。新聞テレビ各社とも、どこもかしこも丸8年を前にした震災、原発事故関連の特集が目立つ。

3月4日
 月曜日。きのうに続き、きょうも朝から小雨。外は暗い。
 3日ほど前の春の陽射しがいっぱいだったポカポカ陽気がうそのようでもある。何事もお天気次第とはよく言ったもので、やはり好天の方が身も心も締まって晴れる。それでも午後4時を過ぎたころから、夕日が窓辺にさし、障子が明るく照らし出された。
 やっと天気が回復してきたようだ。

 このところは、あれやこれやで病み上がりにしては動きどおしの少しハードな日が続いた。3月1日の中部ペンクラブ秋の公開シンポジウムの会場(9月22日午後1~5時、愛知芸術文化センター12階アートスペースEF室)確保に始まり、2日のウエブ文学同人誌「熱砂」のリニューアルに関するサーバー担当者との打ち合わせ、3日の「熱砂」例会…と連日、江南―名古屋間をバスと電車、地下鉄で往復。
 ほかにリニューアル案も含めた例会の資料づくり、終わってその日のうちの欠席同人へのメール連絡、さらには生活情報誌への月に4~5回のコラム執筆など。目まぐるしい日々、いや時々の連続で、少し疲れたことは事実だ。
 というわけで、3月に入ってしばらくは、とても本欄を書いている余裕なぞなく、きょうに至った。

 この間、いつも私を励まし続けてくれているのは、舞をはじめとした家族、ほかにかけがえのない友人、知人はむろんだが、やはり半分野良猫のメンツを大切にしながら、どんな時にでも私に寄り添って、いつも勇気づけてくれている【半のら2代目シロちゃん】こと、オーロラ・レインボーちゃんかも知れない。
 2代目シロちゃんのことは私の創作生活と舞の俳句づくりを進めるうえでもそれこそ、今では重要かつ、なくてはならない宝物の如き存在である。ということなので私は彼女、シロちゃんのことはたとえ少しでも、と連日別稿でも書き続けている。
 ここに、そのごく1部を記しておきたい。
        ☆        ☆
 
 いまでは家族にとって天使のような存在の〈半のらシロちゃん〉
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 先代シロちゃんも満足に違いない。今は亡きシロちゃんとこすも・ここの墓には花が
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【3月1日】
 金曜日。きょうはお天気でした。オトンは朝早くからどこやらに出かけていき昼過ぎに帰ってきました。アタイはおかあさんに言われてお留守番。オトンが帰ってまもなく外に出してもらいました。おうちの中ばかりでは野良の権威がすたるからです。
 夜遅く。東京に長期出張中のおにいちゃんが帰ってきてくれました。もう、うれしくって。でもアタイ、おにいちゃんの負担になるといけないから、ごくごく普通の顔をしてリビングやおかあさんの部屋のカーペットの上で休んでいました。オトンは部屋に閉じこもったままで、きょうも夜遅くまで何やら忙しそうです。
【3月2日】
 土曜日。おかあさんが「シロちゃんだけれど、外に出さないでね」って。そうオトンに言って俳句同好会にいっちゃいました。けれど。ポカポカとこんなにいい日にお外に出られない、なんておかしい。そう思って窓をよじ登ろうとしたら、そこはオトンです。「こんなにいい日なんだからな。外に出てこいよ」と言って出してくれました。
 昨夜遅く帰ったオニンは、まだ2階で寝たまんま。オトン? オトンはね。名古屋で久しぶりにお酒とビールを2本ずつのんでふらついて帰ってきたみたい。苦しそうだったよ。病み上がりなのだから。あんまり無理するな、って。アタイから言ってくよ。
【3月3日】
 日曜日。「きょうはおひなさまだから、シロちゃんを外に出してはいけないわよ」だって。おかあさんは買い物にピアゴへ自転車に乗って行ったみたい。アタイ、それでもやっぱりお外に出たくて。ガラスの窓に体当たりしてガンガンやったり、台所の縁に飛び乗るなどオトンに向かって「出してよ、出してよ」って。アピールしたんだ。
 そしたら、さすがはオトン。出たがってるものを出さないわけにはいかない。それが男の美学だなんて。言っちゃって。窓を開けて出してくれ、うれしかった。それからしばらくして、忙しそうにしてお外に出ていったよ。
 オトン、よほどアタイのことが心配だったとみえ、帰ると同時に「シロちゃんは」だってさ。アタイは、いつものようにおかあさんが買い物から帰ると同時に玄関先まで走って出迎え、一緒に正々堂々とおうちのなかに入ったんだ。
 だからね。心配ないよ。=以上【シロちゃんの猫がたり オーロラ・レインボーの記】より。一部を抜粋

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 皇太子さまの新天皇即位をお祝いする一般参賀が5月4日に皇居・宮殿で行われる。4月27日から始まる10連休中の方が国民が足を運びやすいことを考慮。4月30日に退位し上皇となられる天皇陛下と上皇后となられる皇后さまは参加されない。
 韓国と米国政府は3日(日本時間)、毎年春に韓国と周辺海域で実施してきた米韓合同の大規模軍事演習を終了する、と発表。日本海で違法操業した、としてロシア当局に拿捕され、3月1日に約1カ月ぶりに解放された島根県のカニ漁船「第68西野丸」が3日、鳥取県境港市の境港に到着した。

19年3月4日

ウェブ作品集

伊神 権太

実録随想「残り花」

2019年3月22日
 佐保姫の機嫌伺う催花雨
 =伊神舞子の〈きょうの俳句 minuetto-mi〉から

 きのう21日は春分の日。とはいえ、風は強く、午前中は冷たいシトシト雨が大地を濡らした。
 そして。きのうの東京での桜(ソメイヨシノ)開花に続いて、きょう22日は名古屋と岐阜でも桜が開花。名古屋、岐阜とも平年より4日早く、昨年よりは3日遅いという。

 豊山(愛知県豊山町)出身の米大リーグ、マリナーズのイチロー外野手(45)=本名は鈴木一朗さん=が昨夜、アスレチックスとの開幕第2戦後に東京都内で記者会見し現役引退を表明した。メジャー19年目、プロ28年目の決断に野球ファンから熱い拍手が送られている。惜しい気もする。

 イチローの引退を報じる各紙
 20190322_215347

 イチローといえば、いつも思い出す。
 私が新聞社の空飛ぶ記者だったころ、日本航空が日航ジャンボの車輪を地元豊山小に有効活用してほしい、と贈ったことがある。私はその贈呈式の模様を取材していたが、航空機騒音の周辺補償対策のひとつとして実施されたもので、いわば廃タイヤの再利用をというわけだ。
 式では、当時の日航名古屋空港支店長が「バットで打つには最適ですので少年野球の練習にぜひ生かしてほしい」と話されていたが、おそらくは、あの集まった野球少年の中にイチローくんも居たに違いない。というのは、イチローさんと同じ年齢の私の長男が当時、隣町の小牧市の少年野球チームに入り、妻が練習のつど送り迎えしていたことをよく覚えていたからだ。
 ただ、それだけのことではあるのだが。
 が、あのとき本当にあの贈呈式を見守る学童の中に目を輝やかしたイチロー少年がいて、タイヤ打ちに関心を示すと同時にその後大空への夢を育むきっかけになったとしても決して不思議ではない。おそらく当時からバッティングセンターで打撃練習をしていたであろう、少年の心にある種の火をつけたとしても決しておかしくはない。

 ともあれ、2001年に日本人野手として初めてメジャーに挑戦しマリナーズでシーズン242安打の打率3割5分、8本塁打、69打点、56盗塁でア・リーグ最優秀選手と新人王を同時受賞したのをはじめ、2004年にはメジャー新記録の262安打、メジャーデビューから十年連続で200安打以上、ゴールドグラブ賞、オールスター戦選出を果たし、2016年には通算3000安打に到達。
 大リーグ通算成績は3089安打の打率3割1分1厘、117本塁打、780打点の金字塔を打ち立てたイチローは、こんご永遠に称賛されてしかるべき存在で、将来は日本人初の米国野球殿堂入りが確実視されている。心からこれまでの努力を称賛したい。
 ちなみにイチローは1992年に愛工大名電からドラフト4位でオリックス入り。史上初のシーズン2000安打に到達した1994年から7年連続で首位打者に輝き日本では通算1278安打の打率3割5分3厘、118本塁打、529打点、199盗塁の成績を残し2006年と2009年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)でも2連覇に貢献した日本の野球界の誇り、いや星でもある。

 話は変わる。私は13、19日の順で妻に伴われ江南厚生病院に行き、右腕肘の骨折部位と右肺の切開手術後の術後診断をして頂いたが、いずれも担当医師から「もう、大丈夫です」とのお墨付きをもらい、ホッとした。ただ、そうは言っても右腕はまだまだ痛むし、それよりも右腕がこの先、固まってしまうことのないよう「出来る限り、ご自身でリハビリを続けるように」と釘もさされた。
 19日は病院から帰ったその足で東京へ。文藝春秋ビル内の日本文藝家協会会議室であった「脱原発社会をめざす文学者の会」総会に出席するためで、総会のあとはいつものように近くの居酒屋でみんなで懇親。引き続いて、ゲンさんと高円寺の田島徳子女将が営む〈ちんとんしゃん〉にも寄り、いつものようにホテルメッツ高円寺で一泊。
 翌日は秋葉原の電気街や裏通りを歩き回って放射能漏れの汚染度を測定する線量計ひとつを手に入れ、ここ尾張名古屋まで帰ってきたのである。
 
 いろいろと土産話はいっぱいあるのだが。きょうのところは、ここらでやめておこう。それよりも20日は疲れ切って帰宅した私を2代目シロちゃん、すなわちわが愛猫、オーロラ・レインボーが玄関先まで出迎えてくれたのには感激した。そして同夜遅くには現在、東京へ長期出張中の3男坊が翌日からの休みもあって、わざわざ一時帰宅してくれた。そのことも嬉しく思ったのである。

 今では夜なぞすっかり家猫の風情でいつも舞と無言の対話を交わすオーロラ・レインボーちゃん
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        ×        ×

 第19回統一地方選の幕開けとなる11道府県の知事選が21日告示された。これら知事選は、このあと24日に告示される6政令市長選や、29日告示の41道符県議選、17政令市議選とともに4月7日に投開票が行われる。

 20日は国連が定める「国際幸福デー」。この日関連団体が世界各国の幸福度ランキングを発表したが、日本は156カ国中58位と昨年から4つ順位を下げた。1位は昨年に続きフィンランドで、デンマークとノルウェー、アイスランドを加えた北欧の国々が上位4位までを独占した。以前に北欧を訪れた体験からしてなんだか、とてもよく分かる。
 コンビニエンスストア最大手のセブン―イレブン・ジャパンが21日から22日にかけ24時間営業見直しに向けた実験を直営10店舗で実施、いつもなら24時間営業のはずの東京・足立区の店舗が22日午前1時に閉店する様子を報道各社に公開。

3月11日
 月曜日。
 冷たい雨が朝から降り注ぐ1日となった。
 東日本大震災から8年を迎えたこの日。発生時刻の午後2時46分になると、仙台市荒浜など東北沿岸の被災地はじめ、政府主催の追悼式があった東京・国立劇場など各地で黙祷が行われ、追悼の催しが行われた(この日はロサンゼルスやパリなど世界各地でも追悼の催しがあった)。
 私自身も、自宅テレビの前で震災番組に目を凝らし発生時刻にはテレビから流れる時報に合わせ、被災地の方角に向かって頭を垂れ、手を合わせ、深くお祈りをした。もう二度とこんな不幸が起きることはないように。そして被災者とその家族全員に1日も早く安寧の日が訪れますように、と空と海、地に向かいて、祈った。

 追悼の日を報じる新聞各紙
 20190312_101322
 

「東日本大震災8年 きっと晴れる信じて 荒天で捜索一部中止」「避難解除の春 希望の11歳 大熊町 帰還200人中唯一の小学生」「友よ息子よ これまでも これからも」「頬ぬらす涙雨」とは、本日付中日新聞夕刊の見出し。
 きのうに続いて新聞、テレビ、ラジオは東日本大震災の特集でどこも満杯。そんな中、今夜もNHK総合の番組〈NHKスペシャル 拝啓・二十歳の自分へ 震災のタイムカプセル8年の時を越えて届く 小6の私からのエール〉と〈クローズアップ現代+悲劇を生き延びた女性 新たな一歩8年の記録〉〈あの日の星空 8年前大停電に陥った被災地 満天の星に託した思い 星空のプラネタリウム〉には感銘したのである。
 なかでも〈あの日の星空…〉は、圧巻というか。とても感銘深く、心に強く深く、残るものとなった。大震災が起きたその夜、満天の空に数えきれないほどに多くの星が、まるで生きものみたいにキラキラと輝き、ひとつ1つの煌めきが不幸にして亡くなった人々の空への道案内をしていた、というのである。
 なんだか、とても分かる気がした。

 写真は仙台地方気象台によって再現された東日本大震災当日の夜空。満天に美しい星が浮かんでいた(NHKの画面から)
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 岩手県の地元紙「岩手日報社」(盛岡市)が東日本大震災の被災地に対する支援に感謝し、復興の今を伝える特別号外(12ページ建て)1000部を名古屋・栄の名古屋三越栄店前などで配布。
 2020年東京五輪の開幕まで12日で500日となった。

3月10日
 日曜日。ここ尾張名古屋は昼前から1日じゅう、大地に雨が降り注いだ。
 名古屋では日本、いや世界でも最大、21436人が出場しての名古屋ウィメンズマラソン2019が、大津でも琵琶湖の湖岸通りを走るびわ湖毎日マラソンがあった。

 また、あすの東日本大震災から8年を前に、中日(東京)新聞がサンデー版の〈世界と日本大図解シリーズ №1395〉で【8年後の現場は今 福島第一原発と周辺地域】を展開、避難住民の現状はじめ▽放射線量▽汚染水問題▽デブリ(2、3号機で溶け落ちた核燃料)や使用済み核燃料の状況―などにつき、分かりやすい紙面を展開。一目瞭然の内容が原発事故その後の状況を如実に物語っている。
 
 中日(東京)新聞の2019年3月10日付サンデー版紙面の1部
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 また、NHK総合もあくまで大震災と原発事故にこだわったNHKスペシャル【〈シリーズ東日本大震災〉終の住みかというけれど】で、被災地に立ちはだかる諸問題を分かりやすく挙げながら放映。震災から8年がたち、今も多くの人々が苦しんでいる窮状を指摘しつつ在宅被災者の間で広がりつつあるアキラメ感などについてもえぐり出して見せた。
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 それは、そうと、だ。
 光りが消え入りでもしたように、行方知れずとなっていたわが家の2代目シロちゃん、オーロラ・レインボーがきょうの早朝、舞がわが家周辺を自転車を漕いで足を棒に探してまわり、約1㌔近く離れた道沿いの草のなかにへたりこんでいたところを見つけた。発見場所は古知野高校のあたりだったというから、かなりの距離で、どうやら家に帰る途中にはぐれてしまい、食事をしてなかったこともあって途方に暮れ、へたりこんでいたらしい。
 おかあさん(舞)の顔を見ると、ニャア~ン、ニャア~ンと盛んにないて草からヨロヨロと立ち上がって近づき、頭をこすりつけてきたという。心細かっただけに、よほど嬉しかったのだろう。それにしても、きょうのところはおかあさんの執念の捜索活動に軍配があがったといえよう。

 午後、愛知県芸術文化センターで開かれた中部ペンクラブの理事会に出席。引き続いてあった文芸セミナー(講師は北斗同人の寺田繁さん。演題は「文豪たちも愛した得月楼~元芸能記者が語る名古屋の文化~)に耳を傾けて帰る。芸どころ名古屋が東京、大阪間にあって、その時々の作家たちの応援もあり、得月楼を拠点に芸道の橋渡しをしてきた事実がよく分かった。

 自らも血をひく得月楼について語る寺田さん
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 岩手出身の22歳、小林陵侑(土屋ホーム)が10日、ノルウェーのオスロで開かれたノルディックスキー・ジャンプ男子ワールドカップ個人23戦で5位に入り、日本勢で初めてワールドカップの個人総合優勝を確定させた。1979年に始まったW杯ジャンプ男子で欧州勢以外が総合王者に輝くのは、これが最初である。

2019年3月9日
 ふらここの揺るるゴースト浪江町
 =伊神舞子〈きょうの俳句 minuetto-mi〉から

 湖国の春の訪れを祝う、びわ湖開きがこの日、雲ひとつない大津市の大津港沖であった。 

 平成23年3月11日午後2時46分ごろ。三陸沖を震源にマグニチュード9・0、震度7~6強の巨大地震が起き、東日本一円の海岸線がどす黒い大津波にのまれ、多くの人々の命が奪われた(8日現在の警察庁の調べによると、死者は15897人、行方不明者は2533人にのぼる)。そればかりか、直後には福島第一原発事故(メルトダウン)による放射能汚染のダブルパンチにまで襲われたが、そんな恐怖の東日本大震災から、あす11日で丸8年がたつ。
 大震災と忌まわしい原発事故が発生して以降、私は毎年のように現地に入り、被災地での復興の模様と人々の嘆きの声を克明に収録。同時に復興の進み具合や放射能汚染のどうにもならない現況などについて感じたままを書き続け、脱原発小説2編=前編〈海に向かいて、瞬(まばた)き〉と後編〈トシコさん、風に立つ〉=にまとめるなどして世に問うてきもした。ちなみに、この2編は私の短編集「ピース・イズ・ラブ 君がいるから」(人間社刊)と〈脱原発社会をめざす文学者の会〉発行の小冊子「OFF」に収録されているので、一人でも多くの方々にぜひとも読んでほしい。

 そうしたなか、昨夜のNHK総合は原発事故発生による避難命令で一時は無人と化したものの、その後避難指示が解除され人々が戻り始めた原発から8~20㌔前後地点の浪江町の現在と原発事故発生直後に焦点をあてたドキュメントが【2画面ドキュメンタリ― 無人の町から8年 同ポジ撮影で見た福島 左は震災直後▽右は今】として放映され、過去現地を何回も訪れている私にとっては、ひときわ感慨新たな映像となって迫りきたのである。
 なかでも、あの目を覆うほどに破壊し尽くされ、瓦礫の山と化していた請戸小学校一帯が整然と改修され、校内で児童が金魚を飼育する姿にはどこかホッとしたものを感じた。訪れた原発被災地は浪江にとどまらず、双葉、富岡、楢葉町、飯舘村、南相馬市にいわき市、名取、山田町……と各地に及ぶが、浪江の場合、私も所属する〈脱原発社会をめざす文学者の会〉の仲間の一人で脱原発への祈りとふるさと再生への思いを込め、日々、熱唱を続けるシンガーソングライター、橘光顕さんの出身地でもある。それだけに、いっそう原発事故後に浪江が歩んできた茨の道は、胸に迫るものがある。
 あの日、橘さんは新築したばかりのマイホームを襲いきた巨大地震ばかりか、原発事故による放射能汚染でもズタズタに引き裂かれ、汚染され、その後は埼玉県上尾のシラコバト団地に集団で移住する羽目に。団地では今も被災家族のリーダーとして原発汚染のない町の再生に挑戦する日々が続いている。
 彼の歌の一部を思い出すまま断片的にここに記しておこう(この曲は、ユーチューブで「脱原発への祈りこめ ふるさとへの思いを熱唱! 橘光顕」で検索すると聞くことができる)。
 ♪最期の日まで俺は抗う 心の命ずるままに 残された道を歩き続ける
 なくしたものに宿る思い 残していく いつまでも ひとりになる日がきても………

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 昼間、中高校時代からのクラスメートで親友の〝お祥(石田祥二さん)〟から突然のメール。開くと。「伊神舞子さんの俳句を尾北ホームニュースで拝見しました。温かさがつたわって参りました。」とあった。友とは、ありがたいもので感謝、感謝である。夫バカで、すぐにミヌエットにいる舞に知らせた。
 ここにその俳句を紹介させて頂く。
♪白鳥(しらとり)の来て一村の蘇る 伊神舞子
(平成31年3月8日付尾北ホームニュース 尾北の文芸/俳句 江南俳句同好会)

 どこにいるのか。オーロラ・レインボー、今は元気に帰宅するのを待つだけだ
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 それはそうと、わが家のアイドル猫、2代目シロちゃんが今夜遅くなっても=現在午後11時20分過ぎ=帰ってこず、心配している。「赤い首輪をしてあげたからには、家族の1員としてしっかりと飼ってあげようよ」と昨日の朝、近くの愛北動物病院に連れていき、ワクチン接種をしてもらったばかりなのに(1カ月後に、もう一度ワクチンを受け、その一週間後に去勢手術の予定)。
 それとも、これまでの半分野良のプライドにこだわり、わが家と決別する気なのか。
 もしかしたら、可愛いすぎるうえ人懐っこいので、どこかの悪い人に誘拐されたかもしれない。
 いずれにせよ、心配だ。今や、わが家の救世主(メシア)にも等しい存在で、昨日は初診申し込みの容姿の名前の欄に、晴れて【レインボー】と書いたばかりで、名実ともに家族の一員となったばかりなのに。
 いまは、レインボーちゃん(正しくはオーロラ・レインボー)の無事生還を祈るばかりだ。
 いつもなら、舞が帰宅すると同時に玄関先に現れ、おかあさんを先導してゴロゴロとお腹を鳴らせながら、胸を張ってわが家に入ってくるのに。今夜は明かりが消えたも同然である。ああ~

 とはいえ、賢いレインボーのことだ。しばらくは私の代わりに東日本大震災の被災地まで行き、いまごろは彼の地の猫ちゃんたちを励ましているのかもしれない。と思いたいところではある。レインボーの身の回りに一体何が起きたのか。真相は分からない、早く帰ってきてくれれば、それだけでいい。あとは何も望まない。舞も同じ気持ちに違いない。
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「東電福島第一原発事故で避難指示が出た双葉、浪江、富岡三町で40代以下の住民の半数以上が帰還しない意向を示していることが、復興庁などの調査で分かった」とは9日付中日夕刊。同日付の夕刊写真グラフには『被災地の窓に映る「今」 東日本大震災8年』の見出しも。1面トップも「空のみんな つなぐ色 知的障害の画家 共感広がる 陸前高田」と、どこまでも被災者に寄り添った記事が目立った。
 東日本大震災関連では、ほかに「復興へ一歩 釜石道全線(岩手県花巻市―釜石市間、約80㌔)開通」(9日付毎日夕刊)『「仮設は2年」非現実的 支援300万円 再建遠く』『復興住宅人手不足の壁』(8日付毎日朝刊)など。新聞テレビ各社とも、どこもかしこも丸8年を前にした震災、原発事故関連の特集が目立つ。

3月4日
 月曜日。きのうに続き、きょうも朝から小雨。外は暗い。
 3日ほど前の春の陽射しがいっぱいだったポカポカ陽気がうそのようでもある。何事もお天気次第とはよく言ったもので、やはり好天の方が身も心も締まって晴れる。それでも午後4時を過ぎたころから、夕日が窓辺にさし、障子が明るく照らし出された。
 やっと天気が回復してきたようだ。

 このところは、あれやこれやで病み上がりにしては動きどおしの少しハードな日が続いた。3月1日の中部ペンクラブ秋の公開シンポジウムの会場(9月22日午後1~5時、愛知芸術文化センター12階アートスペースEF室)確保に始まり、2日のウエブ文学同人誌「熱砂」のリニューアルに関するサーバー担当者との打ち合わせ、3日の「熱砂」例会…と連日、江南―名古屋間をバスと電車、地下鉄で往復。
 ほかにリニューアル案も含めた例会の資料づくり、終わってその日のうちの欠席同人へのメール連絡、さらには生活情報誌への月に4~5回のコラム執筆など。目まぐるしい日々、いや時々の連続で、少し疲れたことは事実だ。
 というわけで、3月に入ってしばらくは、とても本欄を書いている余裕なぞなく、きょうに至った。

 この間、いつも私を励まし続けてくれているのは、舞をはじめとした家族、ほかにかけがえのない友人、知人はむろんだが、やはり半分野良猫のメンツを大切にしながら、どんな時にでも私に寄り添って、いつも勇気づけてくれている【半のら2代目シロちゃん】こと、オーロラ・レインボーちゃんかも知れない。
 2代目シロちゃんのことは私の創作生活と舞の俳句づくりを進めるうえでもそれこそ、今では重要かつ、なくてはならない宝物の如き存在である。ということなので私は彼女、シロちゃんのことはたとえ少しでも、と連日別稿でも書き続けている。
 ここに、そのごく1部を記しておきたい。
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 いまでは家族にとって天使のような存在の〈半のらシロちゃん〉
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 先代シロちゃんも満足に違いない。今は亡きシロちゃんとこすも・ここの墓には花が
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【3月1日】
 金曜日。きょうはお天気でした。オトンは朝早くからどこやらに出かけていき昼過ぎに帰ってきました。アタイはおかあさんに言われてお留守番。オトンが帰ってまもなく外に出してもらいました。おうちの中ばかりでは野良の権威がすたるからです。
 夜遅く。東京に長期出張中のおにいちゃんが帰ってきてくれました。もう、うれしくって。でもアタイ、おにいちゃんの負担になるといけないから、ごくごく普通の顔をしてリビングやおかあさんの部屋のカーペットの上で休んでいました。オトンは部屋に閉じこもったままで、きょうも夜遅くまで何やら忙しそうです。
【3月2日】
 土曜日。おかあさんが「シロちゃんだけれど、外に出さないでね」って。そうオトンに言って俳句同好会にいっちゃいました。けれど。ポカポカとこんなにいい日にお外に出られない、なんておかしい。そう思って窓をよじ登ろうとしたら、そこはオトンです。「こんなにいい日なんだからな。外に出てこいよ」と言って出してくれました。
 昨夜遅く帰ったオニンは、まだ2階で寝たまんま。オトン? オトンはね。名古屋で久しぶりにお酒とビールを2本ずつのんでふらついて帰ってきたみたい。苦しそうだったよ。病み上がりなのだから。あんまり無理するな、って。アタイから言ってくよ。
【3月3日】
 日曜日。「きょうはおひなさまだから、シロちゃんを外に出してはいけないわよ」だって。おかあさんは買い物にピアゴへ自転車に乗って行ったみたい。アタイ、それでもやっぱりお外に出たくて。ガラスの窓に体当たりしてガンガンやったり、台所の縁に飛び乗るなどオトンに向かって「出してよ、出してよ」って。アピールしたんだ。
 そしたら、さすがはオトン。出たがってるものを出さないわけにはいかない。それが男の美学だなんて。言っちゃって。窓を開けて出してくれ、うれしかった。それからしばらくして、忙しそうにしてお外に出ていったよ。
 オトン、よほどアタイのことが心配だったとみえ、帰ると同時に「シロちゃんは」だってさ。アタイは、いつものようにおかあさんが買い物から帰ると同時に玄関先まで走って出迎え、一緒に正々堂々とおうちのなかに入ったんだ。
 だからね。心配ないよ。=以上【シロちゃんの猫がたり オーロラ・レインボーの記】より。一部を抜粋

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 皇太子さまの新天皇即位をお祝いする一般参賀が5月4日に皇居・宮殿で行われる。4月27日から始まる10連休中の方が国民が足を運びやすいことを考慮。4月30日に退位し上皇となられる天皇陛下と上皇后となられる皇后さまは参加されない。
 韓国と米国政府は3日(日本時間)、毎年春に韓国と周辺海域で実施してきた米韓合同の大規模軍事演習を終了する、と発表。日本海で違法操業した、としてロシア当局に拿捕され、3月1日に約1カ月ぶりに解放された島根県のカニ漁船「第68西野丸」が3日、鳥取県境港市の境港に到着した。

08/4/26