「住人たち」 牧すすむ

 「あの魚の名前は何んだったかなー」。水槽の中を気持ち良さそうに泳いでいる魚たちを見ながらつい考えてしまう。覚えたつもりなのに又忘れている。これは自宅での話ではない。実は私が通っている薬局でのことー。

 私は十年程前に帯状疱疹を患い、そこが足首だったこともあって発見が遅れ重症化し、今も二週間に一度の病院通いを余儀なくされている。が、それはともかくとして、その折、病院から渡された処方箋を持って併設されている薬局に立ち寄る。
 中に入ると、すっかり顔馴染みになった薬剤師さん達が優しく対応してくれる。少し会話をして順番待ちのためソファーに座ると、目の前に置かれている水槽に目がいく。
 一メートル足らずの水槽の中には七~八種類の小さな海水魚が三十尾程、ゆらゆらと泳いでいる。誰もが診察の気疲れから解放され、ほっと出来る時間でもあるのだ。
 長く通ううち、私は水槽の中の住人(?)達が時々変わっていることに気が付いた。そのつもりで見ると確かにこの前まで居たはずの顔がなく、代わりに新しい住人が水底の藻に付いた餌をつっついている。又、身を隠すために置かれている白いサンゴの間からちょっとだけ顔をのぞかせる。
 興味本意もあり魚の名前を覚えることにした。幸いにも水族館のそれのように、水槽の上下にそこの住人を紹介した写真と名前が記されている。知った名前もあることから、とりあえず写真と見比べっこしながら何度も口の中で反復し記憶していった。

 昔から知っている「ルリスズメダイ」。その名のように全身が美しいブルーで体長が二~三センチ位。いつも数尾が一緒に泳いでいる。次に馴染みなのが「カクレクマノミ」。彼等を知ったのは人気アニメの主人公として活躍した勇気ある仔魚「ニモ」。少しずんぐりした体に何本かの輪を描いたようなひょうきんな魚だ。
 あとは初めて覚える名前ばかりで何度も間違えた。ブルーの模様が面白い「ナンヨウハギ」。全身が黄色で平べったい「キイロハギ」。口を尖らしたひょっとこ顔で時々誰かを追いかけている「ヒフキアイゴ」。いつも何かの陰に隠れていて、よく探さないと見付けられない小さなハゼのような「ミナミゴンベ」等々。
 やっと名前と顔を覚えてもいつの間にか姿が消えていることもしばしばー。きっと死んでしまったのだろうと思う。たとえ相手が魚であっても淋しい気持ちに変わりはない。ただ、その魚達の住居がいつも美しく清潔に保たれているのは単に義務だけではなく、一尾ずつに大きな愛情が注がれている証だと思う。

 そんな人達が渡してくれる薬を私は毎回有難く受け取っているのだ。今日もカウンターの向こう側でニコニコと薬の準備をしながら「お体の調子はどうですか?」、と声がかかる。「おかげさまで」と言葉を返しながらもう一度水槽に目をやると、新しく仲間入りした「フグ」の赤ちゃんがかわいい目でチラッと私を見た。そんな気がして思わず顔がほころんだ。
「じゃーまたね」。彼女(?)に小さなウィンクを投げてすっかり暗くなった家路を急ぐ私であった。 (完)

18年9月10日

「泳ぐ命」 黒宮涼

 「あの魚の名前は何んだったかなー」。水槽の中を気持ち良さそうに泳いでいる魚たちを見ながらつい考えてしまう。覚えたつもりなのに又忘れている。これは自宅での話ではない。実は私が通っている薬局でのことー。

 私は十年程前に帯状疱疹を患い、そこが足首だったこともあって発見が遅れ重症化し、今も二週間に一度の病院通いを余儀なくされている。が、それはともかくとして、その折、病院から渡された処方箋を持って併設されている薬局に立ち寄る。
 中に入ると、すっかり顔馴染みになった薬剤師さん達が優しく対応してくれる。少し会話をして順番待ちのためソファーに座ると、目の前に置かれている水槽に目がいく。
 一メートル足らずの水槽の中には七~八種類の小さな海水魚が三十尾程、ゆらゆらと泳いでいる。誰もが診察の気疲れから解放され、ほっと出来る時間でもあるのだ。
 長く通ううち、私は水槽の中の住人(?)達が時々変わっていることに気が付いた。そのつもりで見ると確かにこの前まで居たはずの顔がなく、代わりに新しい住人が水底の藻に付いた餌をつっついている。又、身を隠すために置かれている白いサンゴの間からちょっとだけ顔をのぞかせる。
 興味本意もあり魚の名前を覚えることにした。幸いにも水族館のそれのように、水槽の上下にそこの住人を紹介した写真と名前が記されている。知った名前もあることから、とりあえず写真と見比べっこしながら何度も口の中で反復し記憶していった。

 昔から知っている「ルリスズメダイ」。その名のように全身が美しいブルーで体長が二~三センチ位。いつも数尾が一緒に泳いでいる。次に馴染みなのが「カクレクマノミ」。彼等を知ったのは人気アニメの主人公として活躍した勇気ある仔魚「ニモ」。少しずんぐりした体に何本かの輪を描いたようなひょうきんな魚だ。
 あとは初めて覚える名前ばかりで何度も間違えた。ブルーの模様が面白い「ナンヨウハギ」。全身が黄色で平べったい「キイロハギ」。口を尖らしたひょっとこ顔で時々誰かを追いかけている「ヒフキアイゴ」。いつも何かの陰に隠れていて、よく探さないと見付けられない小さなハゼのような「ミナミゴンベ」等々。
 やっと名前と顔を覚えてもいつの間にか姿が消えていることもしばしばー。きっと死んでしまったのだろうと思う。たとえ相手が魚であっても淋しい気持ちに変わりはない。ただ、その魚達の住居がいつも美しく清潔に保たれているのは単に義務だけではなく、一尾ずつに大きな愛情が注がれている証だと思う。

 そんな人達が渡してくれる薬を私は毎回有難く受け取っているのだ。今日もカウンターの向こう側でニコニコと薬の準備をしながら「お体の調子はどうですか?」、と声がかかる。「おかげさまで」と言葉を返しながらもう一度水槽に目をやると、新しく仲間入りした「フグ」の赤ちゃんがかわいい目でチラッと私を見た。そんな気がして思わず顔がほころんだ。
「じゃーまたね」。彼女(?)に小さなウィンクを投げてすっかり暗くなった家路を急ぐ私であった。 (完)

18/8/23