「どん淵」 真伏善人

 あれは小学三、四年のころからであっただろう。川で泳ぎをするようになったのは、隣の家の同級生に誘われてからだ。近くには田んぼに水を引く用水路しかなく、泳げるような川となると相当の道のりであった。時間にすると一時間ほどはかかっただろう。遠い山脈から流れくる川で、泳ぎに入る川幅はどれほどだったのだろう。今こうやって思い起こしてみても見当がつかない。おそらく三十メートル以上はあっただったろう。

 夏休みになると近所の三、四人で、その川へと歩いた。陽が照りつける長い道のりを黙々と歩き、ようやく土手が目のまえになると、緩やかな細い道を駆け上がり、そして我先にと駆け下りた。太い川の流れは向こう岸に沿っていて、そこまで石ころだけの河原を、踊るように近づいた。競うように服を脱ぎ、海水パンツに足を通しながら川へと小走り、そのまま水辺から声を上げて身を投げる。流れに抗い手足をばたつかせて向こう岸を目指す友だち。それを見遣り、腰からの深さから進めない自分は、そっと胸まで浸かり川底を蹴って犬かきで泳いだ。
 向こう岸に泳ぎ着いた友だちは、こちらに向かってはやしたてる。顔を向けると悔しいだけなので、知らん顔で犬かきを続ける。流れに逆らっているので、いくらも進まないうちに息切れがする。奇声をあげる向こう岸には目もくれず、胸までしゃがんで犬かきを続ける。これを繰り返しているうちに向こう岸から飛び込む友だちは、流れに乗ってゆっくりと帰ってくる。この繰り返しを何度かすると石投げをしたり、ふいに後ろから突き飛ばして流れに沈めたり、焼けた石を背中に押しつけたりと、大声の絶えない遊び場になる。そのうちに帰るぞという声がかかり、昼に近くなったことを知る。
 帰り道は急ぐことなく脇道を歩き、畑をのぞいたり、田圃道をよろけて歩いてみたりと、疲れなどは微塵もなかった。

 それから二、三年経った夏休みであった。いつもの友だちに加え、ひとりの中学生が入ってきた。同じ村であることは分かっていたが不安になった。言葉をかわしたこともなく背も高い。思いをかかえながら後ろから黙々と歩いた。いつもの道をいつものように通うと土手が目に入ってくる。だが真っ直ぐにはいかず川上へと向うではないか。不安が増して足が重くなった。ここで帰るわけにはいくはずもない。友達は知っているのか、いつも以上の足運びで歩いて行く。やがて道を左に折れて土手の方へと向かう。近づくと急坂に圧倒された。手足を使いよじのぼると、向こう岸に太い流れが沿っている。土手を下りると薮が茂っていて、隙間を縫って河原に出る。さらに上流に向かってつまづきながら歩いていると足が止まった。そこは大きくくねった流れが岩盤に突き当たり、ほぼ直角になって流れ出ていく。その先には黒い渦が巻いていた。そしてそこから流れ出た水は緩くなって、静かに大きな淵を作っていた。
 これから泳ぐのはその静かな淵であった。深い緑色の淵はまるで池のようにおだやかだった。急いで服を脱ぐでなく、中学生の動作を目にしていると彼は言った。
「ここは〝どん淵〟があるからそっちへは絶対行くな」
 なんのことか分からなかった。耳を傾けていると、そのどん淵にはまると足から引きずりこまれ、浮き上がってこられないということだった。今まで何人かが浮き上がってこなかったと指をさした。その先にはあの黒い渦が巻いていた。
 彼は続けた。
「ここで泳げるようになればみんなに自慢できるぞ。だけど絶対どん淵には近づくな」

 別に一人前にならなくてもよかったし、なれるはずもなかった。
「よしいくぞ!」の声で皆が川へ続いて入った。
 後ろから離れてひとり川へ入り、腰までの深さで進むのをやめた。だれも振り向かなかった。
 先輩に続いて淀んだ淵へと向かう、勇気のあるみんなが羨ましかった。
 ひとり浅瀬で黙々と犬かきをしていた。
 これを境に川からは遠ざかってしまった。と、覚えている。
 まぶしい思い出である。(完)

 
 
 

18年8月30日

「泳ぐ命」 黒宮涼

 あれは小学三、四年のころからであっただろう。川で泳ぎをするようになったのは、隣の家の同級生に誘われてからだ。近くには田んぼに水を引く用水路しかなく、泳げるような川となると相当の道のりであった。時間にすると一時間ほどはかかっただろう。遠い山脈から流れくる川で、泳ぎに入る川幅はどれほどだったのだろう。今こうやって思い起こしてみても見当がつかない。おそらく三十メートル以上はあっただったろう。

 夏休みになると近所の三、四人で、その川へと歩いた。陽が照りつける長い道のりを黙々と歩き、ようやく土手が目のまえになると、緩やかな細い道を駆け上がり、そして我先にと駆け下りた。太い川の流れは向こう岸に沿っていて、そこまで石ころだけの河原を、踊るように近づいた。競うように服を脱ぎ、海水パンツに足を通しながら川へと小走り、そのまま水辺から声を上げて身を投げる。流れに抗い手足をばたつかせて向こう岸を目指す友だち。それを見遣り、腰からの深さから進めない自分は、そっと胸まで浸かり川底を蹴って犬かきで泳いだ。
 向こう岸に泳ぎ着いた友だちは、こちらに向かってはやしたてる。顔を向けると悔しいだけなので、知らん顔で犬かきを続ける。流れに逆らっているので、いくらも進まないうちに息切れがする。奇声をあげる向こう岸には目もくれず、胸までしゃがんで犬かきを続ける。これを繰り返しているうちに向こう岸から飛び込む友だちは、流れに乗ってゆっくりと帰ってくる。この繰り返しを何度かすると石投げをしたり、ふいに後ろから突き飛ばして流れに沈めたり、焼けた石を背中に押しつけたりと、大声の絶えない遊び場になる。そのうちに帰るぞという声がかかり、昼に近くなったことを知る。
 帰り道は急ぐことなく脇道を歩き、畑をのぞいたり、田圃道をよろけて歩いてみたりと、疲れなどは微塵もなかった。

 それから二、三年経った夏休みであった。いつもの友だちに加え、ひとりの中学生が入ってきた。同じ村であることは分かっていたが不安になった。言葉をかわしたこともなく背も高い。思いをかかえながら後ろから黙々と歩いた。いつもの道をいつものように通うと土手が目に入ってくる。だが真っ直ぐにはいかず川上へと向うではないか。不安が増して足が重くなった。ここで帰るわけにはいくはずもない。友達は知っているのか、いつも以上の足運びで歩いて行く。やがて道を左に折れて土手の方へと向かう。近づくと急坂に圧倒された。手足を使いよじのぼると、向こう岸に太い流れが沿っている。土手を下りると薮が茂っていて、隙間を縫って河原に出る。さらに上流に向かってつまづきながら歩いていると足が止まった。そこは大きくくねった流れが岩盤に突き当たり、ほぼ直角になって流れ出ていく。その先には黒い渦が巻いていた。そしてそこから流れ出た水は緩くなって、静かに大きな淵を作っていた。
 これから泳ぐのはその静かな淵であった。深い緑色の淵はまるで池のようにおだやかだった。急いで服を脱ぐでなく、中学生の動作を目にしていると彼は言った。
「ここは〝どん淵〟があるからそっちへは絶対行くな」
 なんのことか分からなかった。耳を傾けていると、そのどん淵にはまると足から引きずりこまれ、浮き上がってこられないということだった。今まで何人かが浮き上がってこなかったと指をさした。その先にはあの黒い渦が巻いていた。
 彼は続けた。
「ここで泳げるようになればみんなに自慢できるぞ。だけど絶対どん淵には近づくな」

 別に一人前にならなくてもよかったし、なれるはずもなかった。
「よしいくぞ!」の声で皆が川へ続いて入った。
 後ろから離れてひとり川へ入り、腰までの深さで進むのをやめた。だれも振り向かなかった。
 先輩に続いて淀んだ淵へと向かう、勇気のあるみんなが羨ましかった。
 ひとり浅瀬で黙々と犬かきをしていた。
 これを境に川からは遠ざかってしまった。と、覚えている。
 まぶしい思い出である。(完)

 
 
 

18/8/23