【一匹文士、伊神権太がゆく人生そぞろ歩き/2018年7月6日から】

平成30年7月15日
 天空をゆきつもどりつ鬼やんま
 =伊神舞子きょうの俳句 minuetto-miから

 日曜日。
〝いびがわマラソン〟で知られる岐阜県揖斐川町では38・8度を記録。西日本豪雨の被災地はじめ、ここ尾張名古屋など日本中が昨日に続き炎熱に見舞われる1日に。きのうに続き、きょうも熱中症で多くの人々が病院に救急車で運ばれた。
 そして。西日本豪雨の被災地ではこの日も猛烈な暑さのなか、多くのボランティアが加わっての復旧作業と警察、消防、自衛隊による不明者の捜索が進んだ。この暑さは、あすも続きそうだという。
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 午後1時45分。ネパール、カトマンズの長谷川裕子&ニルマニ夫妻から「ナマステ~。一昨日深夜、無事ネパールへ戻りました。日本滞在中にお会いでき、大変嬉しく思っています。おかげで素晴らしい方々とお会いできて本当に嬉しく、感謝いたしております。……」とのメールが入った。私は「カトマンズに無事到着とお聞きし、うれしく思いました。(98歳の私の)母が手編みでつくった縁起物のぞうりを二足、江南郵便局からEMS(国際スピード郵便)で送っておきました。一週間ほどで届きます」と返信した。
 
 異国でがんばる長谷川裕子さんあてに送った母手づくりの日本のぞうりと先月1日に満98歳となった、異国満州の奉天で私を生んでくれた母の伊神千代子
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 夕方、舞と畑〈エデンの東〉へ。
 きょうこそは猛暑でもあるし、このところあまり体調もよくない舞のからだに障ってもいけないので知らぬが仏を貫こうーと思ってはいたのだが。やはり午後4時を過ぎたところでそれまで舞の部屋で横になっていた女がスックと立ち上がり「さあ。行くわよ」と、まるで閻魔大王さまみたいな命令が下った。私は「ハイ。ハイ」とふたつ返事で、車で15分足らずの畑へと向かう。
 それにしても暑い。なんて暑いのだ。ついこの間に除去したばかりなのに。草という草たちがあっという間に成長して背丈を伸ばしており、身がすくむ。手に負えない気がしてしまう。それでも西日本災害に苦しんでおいでの被災者に比べたら、どおってことはない―と自身に言い聞かせ作業を進めていく。
 彼女が病身をものともせず、どんどん作業を進めていくので私もやらないわけにはいかない。「もう、やめようよ」と途中で二度、三度と声をかけてはみるのだが。舞は答えることなく黙々と草刈りを進めていった。

 というわけで私たちはふたりとも汗だくに。
 作業をしながら彼女がポツリと曰く。「でもネ。西日本豪雨の被災地にボランティアで行っている方々、ホントに頭が下がるよ」。そう言って私をにらみつける。被害ひとつ受けていない私たちが自分たちの畑の草を除去する。そのことだけでも、これだけバテている。これは、これまで楽ばかりをしてきた私に対する見えない神のしわざなのか。

〈見えざるモノ〉がきょうも、どこかで私を呼び止め「君、きみ。甘っちょろいね」と言っている。そんな気がする。そんなことを思って作業を黙々と進めていると突然、アッと声を出す舞。「なんだよ、いきなり」と言うと指をさしていきなり「トンボ。トンボだわ。撮ってよ」ときた。あわててポッケにしのばせてあるスマホを取り出したが、トンボはスーイスイ。空高く消え去った。
 でもトンボを見て相棒が喜んだのだから。これで畑に来て良かったか、と思う私。天では「せっかく、おまえたちに(畑を)残してやったのに」と亡き父が笑っていることだろう。

 帰って。スマホをチェックしたら親愛なる日本の友から「猛暑日が続きます。ご自愛ください。」のメール。「そっちもね」と思わずつぶやく私。
 ありがたき幸せかな、とは。このことか。

7月14日
 奥美濃の夏を彩る国重要無形民俗文化財、郡上おどりが14日夜、開幕(9月8日まで。8月13~16日は徹夜おどりも)。この日夜、三重県伊勢市の宮川河畔では伊勢神宮奉納全国花火大会もあり、1万発が夜空を彩った。

 政府は14日、西日本豪雨を「特定非常災害」に指定することを閣議決定。被災により、さまざまな行政手続きができなくなった住民を救済するのが目的で、過去には阪神大震災や東日本大震災など震災が4件指定されている。豪雨での指定は、初。
 大相撲の西大関栃ノ心(30)=本名レバニ・ゴルガゼ、ジョージア出身、春日野部屋=が名古屋場所7日目の14日、日本相撲協会に「右親指関節の靭帯損傷で約1カ月の休業、加療を要する見込み」との診断書を提出して休場。6日目の取り組みで右足親指を痛めたためで、新大関の休場は全休した2000年夏場所の武双山いらい。
 今場所は鶴竜、白鵬、稀勢の里が休場し、19年ぶりに3横綱全員が不在。初日から5連勝だった注目の新大関までが離脱する異常事態となった。そうしたなかで能登・穴水出身の遠藤が危なげない相撲、きょうも旭大星をおしだして1敗を守っているのが救いでもある。
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 雨に攻められ日に攻めらるる嗚呼日本
 =伊神舞子〈きょうの俳句〉 minuetto-miから
 3連休の初日。西日本豪雨の被災地ではきょうも猛烈な暑さと炎天のなか、岡山、広島、愛媛の各県を中心に大勢のボランティアが繰り出し、熱中症を警戒しながらの泥かき出しなど支援に当たった。連休中に3県で延べ1万8000人以上の参加が予想されるという。
 また警察庁はこの日、被災地での死者が14府県で209人(広島100人、岡山59人、愛媛26人など)に達したと発表。13日夜の段階で16府県で5900人が避難生活を続けているという。

 気象庁によると、日本列島はこの日、太平洋高気圧に覆われて気温が上昇。岐阜県多治見市で全国最高の38・7度を観測。京都38・5度、岐阜県揖斐川町38・4度、三重県松阪市で38・2度、名古屋は37・5度を記録した。全国927カ所ある観測点のうち6割を超える613地点で最高気温が30度以上の真夏日となり、うち161地点で35度以上に。熱中症で救急搬送された人は全国で1535人に上ったという(うち6人が死亡)。

 暑くて、どこまでも厳しい夏が続く。

7月13日
 自由と平等、友愛の国、フランスが誕生したパリ祭前夜である。
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 茜色の雲がたなびいた南の空と、米ニューヨークのマンハッタンヘンジ(NEWS23から)
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 午後7時過ぎ。わが家の空高く。江南名物でもある茜色の雲が映え、アメリカではニューヨーク市マンハッタンの大通りの東西方向の通りに沿って太陽が沈む〝マンハッタンヘンジ(至点)〟が顔を表し、街は赤く染まったという。
 この世は不思議、妖怪である。

 西日本豪雨に泣き、泥まみれの復旧作業が進む被災地はじめ、私たちが住む尾張名古屋、岐阜、三重と、どこもかしこも暑い1日となった。午前中、気分一新を兼ねて近くの床屋さんへ。店内は大入り満員だったが、なんとかカットだけをして頂き、午後には名古屋へと出向いた。このところ、1カ月に1回平均で訪れているペインクリニックで念のために診てもらうためだが「もう大丈夫かと思います。一応お薬は出させていただきますが、来院されるかどうかはご自身の判断にお任せします。痛くなければこなくてよいですよ」と医師。
 なんだか、そのひと言に目の前が開けた。

 夜。三重テレビでたまたま目にしたのが、第100回全国高等学校野球選手権記念三重大会開幕スペシャル。地域社会に溶け込んだとてもよい番組だ、と思った。野球といえば今夜はプロ野球オールスターの第1戦が京セラドームであり、ファンの人気投票断トツの松坂大輔(中日)が全セ先発として12年ぶりに球宴に登板。1回5失点だったがファンは皆、大喜び。打たれても存在感の大きさを見せつけた。
 また、この日は試合前に日米通算507本塁打の松井秀喜さん=米大リーグ、ヤンキースのゼネラルマネジャー(GM)特別アドバイザー=、1492試合連続フルイニング出場のプロ野球記録を持つ阪神の現監督金本智憲さん、前巨人監督でリーグ優勝7回、日本一3度の原辰徳さんに対する表彰式も行われ、京セラドーム大阪は観客でどよめいた。3氏とも殿堂入りにふさわしい実績とキャリア、プロ野球界への貢献があるだけに、異論のないところだろう。

 テレビ番組といえば、NHKEテレの「ドキュランド ベールのイスラム詩人 70万人の視聴者の前で 女性抑圧へ抵抗の声! 社会に旋風を起こす▽保守強硬派から脅迫も」は大変、中身の濃い内容だった。アラブ圏の人気番組「百万人の詩人」に初めて出場したヒジャブ姿の女性。サウジアラビアの女性詩人レミア・ヒッサ・ヒラルさんが生み出す詩の精神の強さには圧倒された。
 ベールに包まれ、全身黒づくめの中からヒッサさんが絞り出すようにして発する一言ひと言。これこそが、これまで抑圧されてきたアラブの女性たちの気持ちを代弁するものだといっても過言でない。女性への厳格な戒律と男性優位の社会に旋風を起こしたといっていい。
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 西日本豪雨の被災地では、きょうも炎熱のなか全国からのボランティアも加わっての作業が進んだ。全てが泥に埋まった中での先の見えない、延々とつづく難行苦行が続いている。中日新聞夕刊によれば、被災地での死者は14府県で204人、依然として60人以上の安否が分からず、計6000人が避難生活を余儀なくされている。
 この日、被災地を訪れた安倍晋三首相は今回の西日本豪雨を激甚災害に指定する考えを表明したというが、早急の指定が望まれる。このほか、被災地では雨が上がっても「ため池」決壊などへの警戒を要する状態が続いている。土手の亀裂など、危険な「ため池」は全国で約20万カ所に及ぶという。

7月12日
 昨年のきょう、私たちが家族でかわいがってきた雌の愛猫シロちゃんが老衰で23歳の長寿を閉じた。あの日から1年がたつ(シロちゃんの物語は私の著作【ピース・イズ・ラブ 君がいるから(人間社)】の中に〈シロ、約束だよ|別れのシンフォニー〉として所蔵)。安らかに―

 警察庁が西日本豪雨の死者が200人になった、と発表。ほかに安否不明は広島、岡山を中心に60人超。15府県で7000人が、なお避難生活を余儀なくされている。中日新聞の夕刊によれば、西日本豪雨で観測した72時間雨量が全国に1300地点ある観測点の1割近い119地点でそのカ所での記録を更新して過去最大となっていたことが、気象庁のまとめでわかったという。JRが下呂―飛騨古川間で運転再開。
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 連日、30度を超す厳しい暑さ。こらえきれない悪臭。車は今もあちこちで逆さまに転がったままだ。断水した中での生活と復旧作業。自然界は容赦がない。無情だ。ずう―っと、汗びっしょりの作業が進み、脱水症状が続く。あげくに水がない。被災地では23万戸が断水したままだ。このままだと、不衛生な避難生活の長期化による感染症の発症やエコノミークラス症候群などによる災害関連死も多発しかねない。
「村が見る影も無くなってしまった」。
 汗が全身に噴き出し、滴のように垂れる。暑い。あつい。熱い。被災地では極限の環境のなか、人びとが懸命の復旧作業、いや先の見えない作業に挑んでいる。断水が続くなか、泥まみれの作業が進む。困るのがトイレで水も出ず、使うにつかえない。衣類もグジャグジャで、着替えがない。こんご、どうしたら良いのか。
 それと土石流や河川の決壊、氾濫などで容赦なく破壊され尽くされた交通インフラ。被災地は今も地盤が緩んでおり、いつ何時河川が破れ、土砂が流出、道が陥没したりポッカリ割れてもおかしくない。元通りの生活に戻るには。いったい、どうしたら良いのか。何日かかるのか、と思うと気が遠くなる。村も、家も、人までが。みんな失くなってしまった。
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 午前中、重いからだを引きずって社交ダンスのレッスンに出向く。タンゴ、ジルバ、ワルツと、いつもの曲を踊るが、自分だけがこんなことをしていてよいものか。なぜかきょうは、いつも以上に息切れがし、足の動きも鈍い。
 やはり、暑さのせいか。西日本豪雨で多くの人々が苦しんでいる、というのに。そう思うと、よけいに胸がちりちりといたむ。でも「こちらはこちら。私は、わたし。仕方ないよ」と自らに言い聞かせながら、贅沢なステップを踏み続けた。
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 2020年東京五輪の聖火リレーで47都道府県を巡る順番と日程がこの日、大会組織委員会、東京都、政府など大会準備に関わる組織のトップを集めた調整会議で了承され、決定した。東日本大震災からの復興五輪を前面に、東電福島第1原発事故など震災で甚大な被害を受けた福島県を3月26日にスタート、日本列島を時計回りにめぐり7月24日の開会式で東京・新国立競技場の聖火台に点火されることが決まった。
 横浜市の旧大口病院(現横浜はじめ病院)で発生した元看護師による点滴連続中毒死事件。その後の調べによると、殺人容疑で神奈川県警に逮捕された久保木愛弓容疑者(31)は引き継ぎで入院患者の容体が良くないのを把握し、自分の勤務が始まる前に殺害しようとした疑いのあることが分かった、としている。県警は、久保木容疑者が遺族に説明するのが苦手で、これを避けようと勤務時間前に病室に行き、消毒薬「ヂアミトール」を点滴チューブに注入して殺害したと見る。
 北海道と青森県で死者・行方不明者230人を出した1993年の北海道南西沖地震から12日で25年。津波に襲われた奥尻島では、この日島民らが海に灯籠を流して犠牲者を悼んだ。

7月11日
 夏空へトントントトン心の臓
 =伊神舞子きょうの俳句 minuetto-miから
 きょうも1日、トントントトンではなく、バタバタバタッ、と時が過ぎていった。

 滋賀県日野町で1984年(昭和59年)に酒店を経営する女性が殺害され金庫を奪われた日野町事件で大津地裁が11日、強盗殺人罪で無期懲役が確定し服役中の2011年に死亡した阪原弘元受刑者(当時75歳)の再審を認める決定。「捜査員の暴行や脅迫で自白した合理的疑いが生じた」と批判した。
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 西日本豪雨の被災地では警察や自衛隊などが厳しい暑さのなか、きょうも土砂災害や浸水被害現場での捜索に全力を挙げた。各府県のまとめによると、死者は12府県で176人に、安否不明者も60人を上回っているという。

 午前中、相棒と病院へ。彼女の両の胸に装填されている24時間ホルター心電図の取り外しのためである。いったん帰って彼女は自ら営むリサイクルショップ「ミヌエット」へ。私はいつものように新聞をチェックしたあと、執筆、読書にーと打ち込んだ。結構何かとあわただしい。
 書いているうち急に本日は歯医者に行く日だったと思い出し、自宅近くの歯科医院へ。先日抜歯された跡は「大丈夫です。心配ないです。(お酒は、の問いには)いいですよ」とのことで、ひとまず安心した。

 岐阜市の「長良川鵜飼」と関市の「小瀬鵜飼」がいずれも11日は大雨の影響で中止に。4日夜から中止していた愛知県犬山市の「木曽川うかい」はきょうの昼から再開した(夜は午後7時半から)。
 サンマの初売りが11日早朝、名古屋市熱田区の市中央卸売市場であり、入荷量が少なかったこともあり、最高で一匹2300円の高値をつけた。高値といえば、本日付中日新聞通風筒によれば、石川県が開発した高級ブドウ「ルビーロマン」の今季の初競りが10日、金沢市中央卸売市場であり、最高で一房110万円の値がついたという。
 
 きょうのところは、ここらでやめておこう。このところはナンダカンダとあって結構、体力的にも疲れた。暑さもあってか、息切れがしやすく胸の動悸も気になる。無理はしないでおこう。

7月10日
 西日本豪雨の被災地では10日、岡山県倉敷市真備町で新たに18人の遺体が見つかるなど死者は計157人に増加、広島、岡山両県を中心に依然として56人が安否不明のままだ。また午後1時の時点で1万人超が避難。この日は各地で30度を超える気温でうだる暑さのなか、捜索や被災者を取り巻く環境は過酷さを増している。
 大雨のあとは猛暑だなんて。いったい全体、何たることか。被災者にはことばもない。この窮地をなんとか乗り越えられるように、と願わずにはいられない。
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 火曜日。舞を伴って江南厚生病院へ。
 先日、息苦しくて胸が詰まる―という「わが家の大事」発生に、近くの町医者さんのアドバイスもあって急患として江南厚生病院を訪れ、舞を診て頂き心電図と血液検査をしてもらった際「心不全の心配はなく大丈夫です」とは言われたものの、万全を尽くすべきだ―と判断。あらためて取った予約日に合わせ、きょう2人で出向いた。
 舞は、生理検査と書かれた窓口で受け付けをしたあと、心臓を脇の下から観てもらう【心臓超音波検査】をし、引き続き24時間胸に張り付け心電図を計る【ホルダー心電図】なるものを両胸に装填して頂き、普通どおりの生活を、という指示を得て帰った。
 あすの午前中には、取り外しに再び病院を訪れる。

 装填中は残念ながら「おふろには入れない」が、あとは普段どおりの生活を―ということなので、彼女の希望に従って大雨のあとの畑〈エデンの東〉を少しだけ見て回り、ピアゴでの買い物に付き合って帰宅。畑では早々と実をつけていた茄子1個とピーマン2個をもぎとる嬉しそうな表情を前に「これなら、なんとか大丈夫だ。心配ない」と思った次第だ。でも、このところの私たち2人は何だか〝病院ながし〟をしているような、そんな錯覚に陥ってしまう。

 昨日、弁護士をしている私の兄から「おふたりの体調はいかがですか。40年廃炉裁判で使用済み燃料に関して私が準備書面を書きました。約半年かけて準備したものです。一読していただければうれしいです。」との添え書き付きで【高浜原子力発電所1号機及び2号機運転期間延長認可処分等取消請求事件】の準備書面(放射性廃棄物の審査不存在)が送られてきた。
 私自身「脱原発社会をめざす文学者の会」のメンバーでもあり、この準備書面は大変勉強になるので、さっそく電話で礼を述べておいた。兄はこれまで爆弾魔・加藤三郎らによる北海道庁爆破事件(1976年3月2日)や神社本庁爆破事件(1977年10月27日)小塚ヨットスクールのリンチ殺人(1979年~1983年)など数々の大事件を加害者や被害者、それぞれの家族らの立場に立ち長年こなしてきており、昔から正義感の塊のような弁護士だけに、おそらく原告団のためを思い、いろいろ調べ上げ「世のため人のために」と書いた力作に違いない。
 
 いつも舞の短歌・俳句雑誌などをわが家に届けてくださる馴染みの本屋さんが集金においでたため、脱原発社会をめざす文学者の会の仲間でもある上山明博さんの力作『地震学をつくった男・大森房吉――幻の地震予知と関東大震災の真実』(青土社、四六判)を注文。
 深夜。「熱砂」同人の平子純さんから出稿されてきていた【達磨の匕首】を編集整理して、ウエブ作品集の平子さんの欄で公開。
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「13人全員を助け出しました。みんな元気です。捜索にかかわった全ての人に感謝したい」(現場責任者のナロンサク・前チェンライ県知事)。
 タイのチェンライ郊外、タムルアン洞窟に閉じ込められた地元サッカーチームの少年らの救出作業は10日も前日に続いて再開、あらたに5人を脱出させ少年12人と男性コーチ(25)の全員が、世界中が救出劇を見守るなか、洞窟に閉じ込められてから18日目にして無事、救出された。
 ロンドン郊外オールイングランド・クラブで開かれたテニスの4大大会第3戦、ウィンブルドン選手権男子シングルス4回戦で錦織圭(28)がエルネスツ・ガルビス(ラトビア)に4―6、7―6、7―6、6―1で逆転勝ち。自身初、男子日本勢では1995年の松岡修造いらい、23年ぶりのベスト8に進出した。
 
 中国の民主活動家でノーベル平和賞を受賞した故・劉暁波氏の妻劉霞さん(57)が10日中国を出国し、北京から空路でヘルシンキを経由しベルリンに到着。石油元売り大手の出光興産と昭和シェル石油が2019年4月に経営統合する、と発表。

7月9日
 名古屋地方気象台は、この日、東海地方(愛知、岐阜、三重、静岡)が梅雨明けしたとみられると発表。平年より12日、昨年より6日早いという。

 なるほど9日午前の東海地方は広い範囲で晴れ、となった。
 とはいうものの、午後3時半を過ぎると突然、パラパラパラ、パラッと大粒の雨が天から地上をたたきつけるように降ってきた。一体、何ごとかと思っていたら雨は知らぬ間にやみ、先ほどまでの雨は、まるで嘘のよう。と思ったのだが。しばらくすると今度はゴロゴロゴロの威嚇音とともにまたしても空から雨がこの地上を急襲しはじめ、雨はなんとも言えない轟音を時折たてては降り続けている。
 またしても、猛烈なゴロゴロゴロの炸裂音が上空でしている。空がまっぷたつに割れたのか、と思うほどだ。何か私が悪さでもして、それをたしなめられてでもいるような。そんな威圧的かつ一方的な雨である。が、それも僅かの間で気がつくと雨は再びやむ、といったそんな繰り返しである。

 夜に入り。今度こそやんだと思いきや、またしてもパラパラパラ、パラパラ、ドーン。ピシャ、とこんどは心臓がたたきのめされるような雷雨である。轟音を伴った豪雨たち。彼らは明らかに人間たちに何かを言わん、としている。それが何かは、分からないが。挑戦的な雨だ。
――きょうは、そんな無言の強い雨たちの急襲に責め立てられる1日だった。
(中日新聞の10日付朝刊には【尾張北部で激しい雨 江南や扶桑、道路冠水】【落雷で特急が停電 1時間半閉じ込め 名鉄犬山線】の見出しで「愛知県の尾張北部で九日夕、一時間に四〇㍉を超える激しい雨が降り、江南市や扶桑町で複数の道路が一時、冠水した。/江南市によると、市内九カ所が冠水し、うち四カ所では最大で二時間弱、通行できなくなった。車が水に浸かったとの報告も二件あった。……」「九日午後六時十分ごろ、名鉄犬山線柏森―江南間で、新鵜沼発豊橋行き特急列車に雷が落ちた。列車は停電し、乗客約百九十人が約一時間半、車内に閉じ込められた…)。
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 平成最悪西日本豪雨の現場(NEWS23画面から)
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 本日付中日新聞夕刊によれば、西日本豪雨の死者は105人、安否不明は80人超で15府県でなお、2万3000人が避難している、とある(その後、10日朝の中日新聞では死者126人、安否不明86人、15府県で1万1000人の避難が伝えられた)。
 このうち小田川の堤防決壊で全面積の3割が浸水、一帯の約4600戸が水に浸かった岡山県倉敷市真備町では「まひ記念病院」の重篤患者や老人ホームのお年寄りらをヘリやボートで救出したという。
 それにしても、なぜ。なぜ、自然界は罪もない人々を。それこそ、思いつきでもしたように容赦なく打ちのめすのか。一瞬にして家族が、罪のない町や村が、幼い子や高齢者らが水魔に消えてゆく。言葉には言い表せない悲しみの連鎖が果てしなく広がっている。誰にどんな罪があるというのか。こんなことがあってよいのだろうか。
 この世はやはり、地獄なのか。
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 少年ら13人が閉じ込められたタイのタムルアン洞窟では閉じ込められてから16日目の8日夜、4人が奇跡の生還を果たしたのをはじめ、9日にも4人が生還。残る5人全員の救出が望まれている。6日に死刑が執行されたオウム真理教の麻原彰晃元死刑囚=執行時(63)、本名松本智津夫=の遺体が9日、東京都府中市の葬祭場で火葬された。遺骨は東京拘置所に戻されたが引き取り先はまだ決まってないという。3女になるか、それとも4女になるのか。
 日産自動車は9日、出荷前の車を対象とした排ガスや燃費測定試験で測定結果を改ざんする不正行為が見つかった、と発表。テレビ時代劇「大岡越前」などで知られた俳優の加藤剛さん(かとう・ごう、本名剛=たけし)が6月18日、胆のうがんのため東京都内で死去した。80歳だった。

7月8日
 日曜日。西日本を中心とした豪雨被害は相変わらず、ふえる一方だ。各報道によれば、午後8時現在、10府県の死者は78人、安否不明70人、ほかに5人が心肺停止に陥っているという。当然ながら、いまも警察、消防、自衛隊と5万4000人態勢による捜索、救出活動が必死で進む。
 特に岡山県倉敷市真備町では町内の河川が氾濫し市内の多くが水没。一時、病院などに1000人が孤立、ボートやヘリコプターによる懸命の救出作業となっている。幸い、雨の勢いは弱まってきたようだ。被災した方々を思うとき、どう言ってよいのか。ことばもない。

 真備町では多くの人々が豪雨に泣いた。救助された女性と水没した集落(NHK総合)
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 ここ尾張名古屋は朝のうち断続的に降っていた雨も知らぬ間に上がり、午後には晴れ間がのぞいた。そんな中、相棒は「車で送るから」と言っても「バスがいいの。ひとりで行きたいのだから」と頑固一徹で名鉄バスの最寄り駅から一宮へ、と向かった。一宮の名鉄百貨店からお中元を出すためで、年に2回のお中元とお歳暮は彼女の責任で出しているからである。
 毎回、もうそろそろ出すのはいかがなものか―と思いつつもことしも既に各地から多くのお中元が届いており、どれにも真心が込もっている。それだけに、放っておいたらバチが当たる。年に2度のこうしたあいさつこそ、年賀状も合わせ互いの心と心を結びつけていることは自明の理だけに、おろそかにするわけにはいかない。

 私はわたしで6日の金曜日にどうしたわけか、本欄【そぞろ歩き】への写真の貼り付けが出来なくなってしまい、急きょサーバー(管理業者)の担当者と電話で何度もやり取りするなど七転八倒の1日に。幸い翌7日未明になって、システムエンジニアでもある息子のひと言でやっと原因が解明でき、貼り付けることが出来、きのうはその後の執筆もあって、床に着いたのは午前2時過ぎ。かなりの体力を費やしたのである。
 というわけで、きょう8日は少し落ち着いてはいたが舞からは一宮に行く前に「あなたのパソコンが改善されたと思ったら、こんどは私のタブレットの調子がおかしくなってしまった。だから私がいない間に直しておいてよ」と突然の厳命が下る始末。使い慣れないタブレットを手にあれやこれやと修正を試みてはみたが、なかなか直すことが出来ないまま、1日があっという間に過ぎ去った。
 毎日毎日、こうして何かに急き立てられている。これを忙しいと言ったら鬼が笑うだろう。

 西日本各地で被災した方々のことを思えば、これしきのことは、かえってありがたいものだ。被災地で突然の災難に遭った方々には心からお見舞いをし、かつ申し訳ない気がするのである。被災地の皆さんは大変ですが、この窮地をなんとか乗り越えられるよう。心から祈っている。

7月7日
 七夕雨ミルキィウエイの溢れ出す
 =伊神舞子作きょうの俳句 minuetto-miから

 きょうは七夕さま。暦のうえでは小暑。これから8月中旬の立秋前日までが、いわゆる【暑中】である。が、このところのこの国は、西日本を中心とした雨また雨の連続なので、織姫と彦星が年に一度、会うことができる〈天の川〉なぞ望めそうにもない。
 昨年の、この日。わが家では今は亡き愛猫シロちゃんが老いの衰えから、とうとう自由に動けなくなり(それでも12日に亡くなるまで懸命に立ち、身の回りだけを何度も何度もやっとこせ歩いてみせた)、舞はじめ家族みんなで一生懸命に水をのませたり、食事を与えたり、下を取るなど懸命の介護と看病に当たっていた。
 もう1年がたつ。

 今は亡きシロちゃん(昨年の今ごろ)
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「数十年に一度しかない災害が差し迫っています」「高知、愛媛、岐阜県にも大雨の特別警報が出ています。1時間に80㍉以上。平年の7月1カ月分の雨量の1・5倍から2倍の雨です」「広島では23人が亡くなりました」「車の移動は危険を伴います。決して(ガード下など)アンダーパスはしないようにしてください」………
 ニュース報道を聞いていると、梅雨前線の停滞に伴う豪雨は、九州北部から中国・四国、大阪、京都、中部と相変わらずの記録的豪雨を見せつけている。気象庁はこの日、岐阜県高山市、関市、山県市、飛騨市、本巣市、郡上市、白川村にも大雨の特別警報を出した。

「身の回りの安全」を呼びかける気象庁職員と被災現場(NHK総合)
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 山や道があっけなく崩れ河川が氾濫し、道路も寸断。民家が押しつぶされている。
 橋が、家が、車が。鉄道が。市街地。集落、住宅街も。家族だろうか。濁流にのまれた民家の屋根瓦では疲れ果てた人が5、6人座りこんでいる。水に阻まれ、孤立した家々。押しつぶされた家屋の中からは救助を求める声がひきりなしに聞こえてくる。電気にガス、水道など。ライフラインも死んでしまっている。そして被災地では豪雨のなか、警察、消防、自衛隊員による必死の救助作業が果てしなく続く。
 まさに事実は小説より奇なり、で断末魔の地獄絵が各地で繰り返されている。お昼のニュースによれば、昨夜来の豪雨で正午現在、11人が死亡、45人の安否が不明となったままだという。その後に届いた中日新聞夕刊によれば、17人死亡、50人安否不明と犠牲者はなお、増えつつある。夜のニュース報道によれば、死者は45人、安否不明も57人にまで増えた(翌8日朝のニュース報道によると、死者51人、安否不明44人、意識不明の重体が7人)。
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 こうした水害現場をニュースで見るたびに私はかつて飛び回った長崎大水害=昭和57(1982)年7月23日夜から24日未明にかけ長崎を襲った未曾有の大水害。2時間雨量286㍉と過去最高を記録し、299人が死亡。被害総額は推定3000億円。当時10日から20日にかけての積算降水量は1000㍉を超した=など数々の被災現場と、あの辛く厳しかった日々を思い出してしまう。

 水害はいつの世にも起きる気がしてならない。
 が、なぜか大水害のたびに犠牲者が長崎と広島に集中するのはなぜか。私には原爆の被害者たちの魂が時折、大雨となってこの地上に降り注いでくるような、そんな気がしてならないのだ。
―昭和49(1974)年。同じ七夕の日だった。参議院選挙の投票日に三重県御薗村で豪雨のため投票用紙がプカプカと流れてしまい、やり直し投票で日本中が大騒ぎしたことがある。あのとき、私は志摩半島から伊勢支局に駆けつけたが、購入したばかりの新車サニーを途中の高台に置いたまま、胴体まで水に浸かって半日かけ支局に辿り着いた。支局1階事務所では原稿用紙などがプカプカと浮いて漂っており、同僚支局員が2階に引っ越す姿を間近に、私も手伝った。
 2年後。昭和51年の9月。岐阜にいたときだった。豪雨で転覆した鵜飼い船の取材を終え、倒壊家屋の現場取材に向かう途中、目の前で長良川の支流・伊自良川の堤防が切れ、みるみる水かさが増え、濁流が猛烈な勢いで首まで迫った。あの時、私と同僚記者は、それでも商売道具のカメラと無線機を両手で上にあげたまま、水流に押し流されそうになりながらも声をかけあって行軍。命からがらやっと辿り着いた民家の屋根からびしょ濡れのまま無線機を使い、勧進帳で本社に原稿を送ったが、援軍の取材陣はズタズタの道路に阻まれ、なかなか来なかった。
 あのとき、雨は来る日も来る日も降り続いた。とうとう穂積町(瑞穂市)の牛牧団地が水没。こんどは連日ボートに乗っての水害取材がつづく。やっと晴れ、長い水害取材から解放されると思ったその日、9月12日午前10時28分に長良川が安八町で決壊、以降は泥まみれの水害取材が長良川決壊訴訟(川堤の近くに丸池があったから決壊したのだ、とする丸池破堤説が争点だった)も含め、「これでもか」と延々と続いたのである=この模様は私の著書【泣かんとこ 風記者ごん!(能登印刷)】に詳しい。

 このほか、栃尾温泉郷が土石流に押しつぶされ、瓦礫に埋まった時は辛うじて確保した民家を基地に黒電話とロウソクの明かりだけを便りに原稿を送り続けた。トンボ眼鏡の赤いフェアレディーZの女で有名になった長野富山の連続女性誘拐殺人などの凶悪事件や嬉野豪雨、山陰豪雨に能登豪雨、さらには中部日本海地震、三宅島噴火を含む大災害、オホーツクの海への大韓航空機撃墜、日航ジャンボの御巣鷹山墜落など大事件発生のつど取材機(ジェットやヘリ)で現場へ急行した。
 前述の長崎大水害の現場では相棒のカメラマンと足を棒に泥だらけになって何日間も歩き回り、現地の人々の声に耳を傾け「長崎市民救った長崎放送」の特ダネをものにするなどした。半壊した重要文化財・眼鏡橋を【眼鏡橋は泣いていた】の記事としてニュース前線に出稿。あのとき被害が甚大だった鳴滝、本河内を取材中、年老いた女性が「身内3世帯の家族9人が全滅してしまった。この土の下さ、だれもおらへん。みんな死んじまった、だ」と語ったあの姿は今も忘れられない。
 このほか、嬉野豪雨取材では取材後、現地警察官も加わり、カメラマンと丸1日をかけ、渓谷と渓流が続く川沿いの道を崖伝いに歩きつづけ、やっとの思いで生還したあの難行苦行は今も頭に染み付いている。
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 遠い過去に触れてばかりも良くない。
 デ、きょうは私が第一線の記者時代に現場で体験したホンのごく1部だけについて触れてみた。言いたいことは、今はスマホや携帯電話も含めてあれもこれもそろい便利になった分だけ、本物の取材が出来ていない。このところNHKのニュースなどでよく聞く「数十年に一度の大雨」「重大な危険が差し迫った異常な状態です」表現も過去を十分に調べないまま気象庁に言われるままのハンで押したような安易表現に終わっている気がしてならない。
 うわっつらな報道だけは避けてほしい。

 だから、きょうは敢えて歩く取材の大切さを強調したくて書いてみた。自分の【目】で見、【耳】で聞き、【足】で書く。百聞は一見に如かず、だ。取材記者には現場100回の精神を忘れるな、と言いたい。
 ただそれだけだ。
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 神奈川県警が横浜市の大口病院(現横浜はじめ病院)で2016年9月に起きた点滴連続中毒死事件で入院患者、西川惣蔵さん(当時88歳)を殺害したとして当時、病院に看護師として勤務していた久保木愛弓容疑者(31)を7日、逮捕。調べに対して久保木容疑者は容疑を認め、他に20人前後の患者の点滴にも消毒液を混入した、と話しているという。

7月6日
 麻原彰晃死刑囚の刑執行を報じる夕刊
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『麻原死刑囚刑執行 オウム真理教元代表 地下鉄・松本サリン首謀 井上・中川元幹部ら6人も 理系エリート殺人集団に 執行の検討過程説明を』『「真相語らぬまま オウム死刑執行 麻原死刑囚面会拒否10年 運動、入浴は抵抗せず』『遺族「その時が来た」「麻原以外回避」望む声も』『区切り「ようやく」 松本サリン遺族「24年待った。とても長かった」 「真実迫れず残念」河野義行さん』『【教団元幹部6人】教団の犯罪告発井上嘉浩死刑囚 麻原元代表の主治医中川智正死刑囚 武装化の推進役早川紀代秀死刑囚 豊富な化学知識土谷正実死刑囚 最古参幹部の一人遠藤誠一死刑囚 殺人事件7件関与新実智光死刑囚 同級生「怖さ消えない」』……

 以上は、本日(6日)付中日新聞夕刊の見出しだ。全てが簡潔な表現で、これだけ読めばオウム真理教事件のあらかたが分かる。ちなみに平成7年3月20日に起きた地下鉄サリン事件では13人が死亡、約6300人が負傷している。

 というわけで、1995年の東京・地下鉄サリン事件などオウム真理教による13事件を首謀したとして殺人罪などに問われ、死刑が確定していた教団元代表・教祖の麻原彰晃死刑囚(63)=本名・松本智津夫、東京拘置所=はじめ、元教団幹部の土谷正実(53)、遠藤誠一(58)、中川智正(55)、早川紀代秀(68)、井上嘉浩(48)、新実智光(54)の死刑囚7人の刑が6日朝、東京や大阪などの各拘置所で執行された。
 その後、すなわち朝の死刑執行後の午後の記者発表では上川陽子法相が「慎重にも慎重な検討を重ねた上で執行を命令した。被害者家族が受けた恐怖、苦しみ、悲しみは想像を絶するものがある」と毅然とした表情で述べた。

 記者発表する上川法相、死刑を執行された7人の死刑囚、事件が残した教訓につき話す江川紹子さん(いずれもNHK総合ニュース画面から)
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 さらに地下鉄サリン事件で夫を亡くした高橋シズヱさん(71)は「(死刑囚の)名前を聞いたときには動悸がしました。いまは、その時がきたなというそれだけしか思いはない」と話し、オウム事件を長年取材してきたジャーナリストの江川紹子さんは「事件をちゃんと生かしていかないと犠牲になった人たちは浮かばれない」と釘を差した。
 またオウム真理教元幹部で現在は「ひかりの輪」代表の上祐史浩さんも「当時は私も教団において重大な責任を有し、被害者遺族の皆さまに深くおわびを申し上げたい」と述べ、死刑廃止を訴える市民グループの深田卓さんは「オウム事件の全容が明らかにならない形になってしまった。7人同時執行という暴挙には強く抗議したい」との態度。人それぞれに死刑に対する思いをあらたにする1日になったのである。

 ちなみに。わが家の舞は「私は死刑廃止論者なの。それと、一度に7人同時に死刑を執行してしまうだなんて。事件の全容をはかる道を探るためにも良くないわよ。どんなに悪いことをした人でも、私は最後まで自身に考えるさせるべきだと思う」との見解で、実は死刑廃止論者なのだ、という。
 私はこれまで彼女の強い性格からして、てっきり死刑廃止論者ではないとばかり思い込んでいたのだが。どうやら、間違っていたらしい。そんな舞ではあるが。もちろんオウム真理教の事件そのものについては「許せない」との強い姿勢だ。
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 活発な梅雨前線による大雨。断続的な強い雨は収まる気配がなく、九州から中国・四国、近畿、中部地方へと雨は次第に東へと進み、広範囲で記録的な大雨に。6日夜現在で福岡、佐賀、長崎、広島、岡山、鳥取、兵庫、京都と1府7県で大雨特別警報が出され、死者3人、行方不明者も5人に。
 岐阜の下呂でもこのままだと、河川の氾濫が心配されており、京都の嵐山など19府県の56万世帯、127万人に避難指示が出されたという。土砂災害や河川の氾濫から市民を守ろうと気象庁はじめ、NHKなど各メディアも再三の発表や報道で命がけである。ここは、被害の少ないことを祈ろう。

「周囲の状況の確認を」と訴える気象庁の予報課長と京都の嵐山(いずれもNHKニュースから)
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 きのうの話だが、ひょっこり社交ダンスのレッスン教室を訪れ、元気な顔を見せて下さったヒデさん。ピンクのグラジオラスを胸にかかえ、先生(愛称は、お若いのでワカさん)に手渡されたことを、ひと言付け加えさせていただく。これには「ありがとう」と、ワカさんが喜ばれたのは当然のことだ。

 写真は「グラジオラスをあなたに」と花束を手渡すヒデさん
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18年7月6日

ウェブ作品集

伊神 権太

実録随想「残り花」

平成30年7月15日
 天空をゆきつもどりつ鬼やんま
 =伊神舞子きょうの俳句 minuetto-miから

 日曜日。
〝いびがわマラソン〟で知られる岐阜県揖斐川町では38・8度を記録。西日本豪雨の被災地はじめ、ここ尾張名古屋など日本中が昨日に続き炎熱に見舞われる1日に。きのうに続き、きょうも熱中症で多くの人々が病院に救急車で運ばれた。
 そして。西日本豪雨の被災地ではこの日も猛烈な暑さのなか、多くのボランティアが加わっての復旧作業と警察、消防、自衛隊による不明者の捜索が進んだ。この暑さは、あすも続きそうだという。
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 午後1時45分。ネパール、カトマンズの長谷川裕子&ニルマニ夫妻から「ナマステ~。一昨日深夜、無事ネパールへ戻りました。日本滞在中にお会いでき、大変嬉しく思っています。おかげで素晴らしい方々とお会いできて本当に嬉しく、感謝いたしております。……」とのメールが入った。私は「カトマンズに無事到着とお聞きし、うれしく思いました。(98歳の私の)母が手編みでつくった縁起物のぞうりを二足、江南郵便局からEMS(国際スピード郵便)で送っておきました。一週間ほどで届きます」と返信した。
 
 異国でがんばる長谷川裕子さんあてに送った母手づくりの日本のぞうりと先月1日に満98歳となった、異国満州の奉天で私を生んでくれた母の伊神千代子
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 夕方、舞と畑〈エデンの東〉へ。
 きょうこそは猛暑でもあるし、このところあまり体調もよくない舞のからだに障ってもいけないので知らぬが仏を貫こうーと思ってはいたのだが。やはり午後4時を過ぎたところでそれまで舞の部屋で横になっていた女がスックと立ち上がり「さあ。行くわよ」と、まるで閻魔大王さまみたいな命令が下った。私は「ハイ。ハイ」とふたつ返事で、車で15分足らずの畑へと向かう。
 それにしても暑い。なんて暑いのだ。ついこの間に除去したばかりなのに。草という草たちがあっという間に成長して背丈を伸ばしており、身がすくむ。手に負えない気がしてしまう。それでも西日本災害に苦しんでおいでの被災者に比べたら、どおってことはない―と自身に言い聞かせ作業を進めていく。
 彼女が病身をものともせず、どんどん作業を進めていくので私もやらないわけにはいかない。「もう、やめようよ」と途中で二度、三度と声をかけてはみるのだが。舞は答えることなく黙々と草刈りを進めていった。

 というわけで私たちはふたりとも汗だくに。
 作業をしながら彼女がポツリと曰く。「でもネ。西日本豪雨の被災地にボランティアで行っている方々、ホントに頭が下がるよ」。そう言って私をにらみつける。被害ひとつ受けていない私たちが自分たちの畑の草を除去する。そのことだけでも、これだけバテている。これは、これまで楽ばかりをしてきた私に対する見えない神のしわざなのか。

〈見えざるモノ〉がきょうも、どこかで私を呼び止め「君、きみ。甘っちょろいね」と言っている。そんな気がする。そんなことを思って作業を黙々と進めていると突然、アッと声を出す舞。「なんだよ、いきなり」と言うと指をさしていきなり「トンボ。トンボだわ。撮ってよ」ときた。あわててポッケにしのばせてあるスマホを取り出したが、トンボはスーイスイ。空高く消え去った。
 でもトンボを見て相棒が喜んだのだから。これで畑に来て良かったか、と思う私。天では「せっかく、おまえたちに(畑を)残してやったのに」と亡き父が笑っていることだろう。

 帰って。スマホをチェックしたら親愛なる日本の友から「猛暑日が続きます。ご自愛ください。」のメール。「そっちもね」と思わずつぶやく私。
 ありがたき幸せかな、とは。このことか。

7月14日
 奥美濃の夏を彩る国重要無形民俗文化財、郡上おどりが14日夜、開幕(9月8日まで。8月13~16日は徹夜おどりも)。この日夜、三重県伊勢市の宮川河畔では伊勢神宮奉納全国花火大会もあり、1万発が夜空を彩った。

 政府は14日、西日本豪雨を「特定非常災害」に指定することを閣議決定。被災により、さまざまな行政手続きができなくなった住民を救済するのが目的で、過去には阪神大震災や東日本大震災など震災が4件指定されている。豪雨での指定は、初。
 大相撲の西大関栃ノ心(30)=本名レバニ・ゴルガゼ、ジョージア出身、春日野部屋=が名古屋場所7日目の14日、日本相撲協会に「右親指関節の靭帯損傷で約1カ月の休業、加療を要する見込み」との診断書を提出して休場。6日目の取り組みで右足親指を痛めたためで、新大関の休場は全休した2000年夏場所の武双山いらい。
 今場所は鶴竜、白鵬、稀勢の里が休場し、19年ぶりに3横綱全員が不在。初日から5連勝だった注目の新大関までが離脱する異常事態となった。そうしたなかで能登・穴水出身の遠藤が危なげない相撲、きょうも旭大星をおしだして1敗を守っているのが救いでもある。
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 雨に攻められ日に攻めらるる嗚呼日本
 =伊神舞子〈きょうの俳句〉 minuetto-miから
 3連休の初日。西日本豪雨の被災地ではきょうも猛烈な暑さと炎天のなか、岡山、広島、愛媛の各県を中心に大勢のボランティアが繰り出し、熱中症を警戒しながらの泥かき出しなど支援に当たった。連休中に3県で延べ1万8000人以上の参加が予想されるという。
 また警察庁はこの日、被災地での死者が14府県で209人(広島100人、岡山59人、愛媛26人など)に達したと発表。13日夜の段階で16府県で5900人が避難生活を続けているという。

 気象庁によると、日本列島はこの日、太平洋高気圧に覆われて気温が上昇。岐阜県多治見市で全国最高の38・7度を観測。京都38・5度、岐阜県揖斐川町38・4度、三重県松阪市で38・2度、名古屋は37・5度を記録した。全国927カ所ある観測点のうち6割を超える613地点で最高気温が30度以上の真夏日となり、うち161地点で35度以上に。熱中症で救急搬送された人は全国で1535人に上ったという(うち6人が死亡)。

 暑くて、どこまでも厳しい夏が続く。

7月13日
 自由と平等、友愛の国、フランスが誕生したパリ祭前夜である。
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 茜色の雲がたなびいた南の空と、米ニューヨークのマンハッタンヘンジ(NEWS23から)
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 午後7時過ぎ。わが家の空高く。江南名物でもある茜色の雲が映え、アメリカではニューヨーク市マンハッタンの大通りの東西方向の通りに沿って太陽が沈む〝マンハッタンヘンジ(至点)〟が顔を表し、街は赤く染まったという。
 この世は不思議、妖怪である。

 西日本豪雨に泣き、泥まみれの復旧作業が進む被災地はじめ、私たちが住む尾張名古屋、岐阜、三重と、どこもかしこも暑い1日となった。午前中、気分一新を兼ねて近くの床屋さんへ。店内は大入り満員だったが、なんとかカットだけをして頂き、午後には名古屋へと出向いた。このところ、1カ月に1回平均で訪れているペインクリニックで念のために診てもらうためだが「もう大丈夫かと思います。一応お薬は出させていただきますが、来院されるかどうかはご自身の判断にお任せします。痛くなければこなくてよいですよ」と医師。
 なんだか、そのひと言に目の前が開けた。

 夜。三重テレビでたまたま目にしたのが、第100回全国高等学校野球選手権記念三重大会開幕スペシャル。地域社会に溶け込んだとてもよい番組だ、と思った。野球といえば今夜はプロ野球オールスターの第1戦が京セラドームであり、ファンの人気投票断トツの松坂大輔(中日)が全セ先発として12年ぶりに球宴に登板。1回5失点だったがファンは皆、大喜び。打たれても存在感の大きさを見せつけた。
 また、この日は試合前に日米通算507本塁打の松井秀喜さん=米大リーグ、ヤンキースのゼネラルマネジャー(GM)特別アドバイザー=、1492試合連続フルイニング出場のプロ野球記録を持つ阪神の現監督金本智憲さん、前巨人監督でリーグ優勝7回、日本一3度の原辰徳さんに対する表彰式も行われ、京セラドーム大阪は観客でどよめいた。3氏とも殿堂入りにふさわしい実績とキャリア、プロ野球界への貢献があるだけに、異論のないところだろう。

 テレビ番組といえば、NHKEテレの「ドキュランド ベールのイスラム詩人 70万人の視聴者の前で 女性抑圧へ抵抗の声! 社会に旋風を起こす▽保守強硬派から脅迫も」は大変、中身の濃い内容だった。アラブ圏の人気番組「百万人の詩人」に初めて出場したヒジャブ姿の女性。サウジアラビアの女性詩人レミア・ヒッサ・ヒラルさんが生み出す詩の精神の強さには圧倒された。
 ベールに包まれ、全身黒づくめの中からヒッサさんが絞り出すようにして発する一言ひと言。これこそが、これまで抑圧されてきたアラブの女性たちの気持ちを代弁するものだといっても過言でない。女性への厳格な戒律と男性優位の社会に旋風を起こしたといっていい。
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 西日本豪雨の被災地では、きょうも炎熱のなか全国からのボランティアも加わっての作業が進んだ。全てが泥に埋まった中での先の見えない、延々とつづく難行苦行が続いている。中日新聞夕刊によれば、被災地での死者は14府県で204人、依然として60人以上の安否が分からず、計6000人が避難生活を余儀なくされている。
 この日、被災地を訪れた安倍晋三首相は今回の西日本豪雨を激甚災害に指定する考えを表明したというが、早急の指定が望まれる。このほか、被災地では雨が上がっても「ため池」決壊などへの警戒を要する状態が続いている。土手の亀裂など、危険な「ため池」は全国で約20万カ所に及ぶという。

7月12日
 昨年のきょう、私たちが家族でかわいがってきた雌の愛猫シロちゃんが老衰で23歳の長寿を閉じた。あの日から1年がたつ(シロちゃんの物語は私の著作【ピース・イズ・ラブ 君がいるから(人間社)】の中に〈シロ、約束だよ|別れのシンフォニー〉として所蔵)。安らかに―

 警察庁が西日本豪雨の死者が200人になった、と発表。ほかに安否不明は広島、岡山を中心に60人超。15府県で7000人が、なお避難生活を余儀なくされている。中日新聞の夕刊によれば、西日本豪雨で観測した72時間雨量が全国に1300地点ある観測点の1割近い119地点でそのカ所での記録を更新して過去最大となっていたことが、気象庁のまとめでわかったという。JRが下呂―飛騨古川間で運転再開。
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 連日、30度を超す厳しい暑さ。こらえきれない悪臭。車は今もあちこちで逆さまに転がったままだ。断水した中での生活と復旧作業。自然界は容赦がない。無情だ。ずう―っと、汗びっしょりの作業が進み、脱水症状が続く。あげくに水がない。被災地では23万戸が断水したままだ。このままだと、不衛生な避難生活の長期化による感染症の発症やエコノミークラス症候群などによる災害関連死も多発しかねない。
「村が見る影も無くなってしまった」。
 汗が全身に噴き出し、滴のように垂れる。暑い。あつい。熱い。被災地では極限の環境のなか、人びとが懸命の復旧作業、いや先の見えない作業に挑んでいる。断水が続くなか、泥まみれの作業が進む。困るのがトイレで水も出ず、使うにつかえない。衣類もグジャグジャで、着替えがない。こんご、どうしたら良いのか。
 それと土石流や河川の決壊、氾濫などで容赦なく破壊され尽くされた交通インフラ。被災地は今も地盤が緩んでおり、いつ何時河川が破れ、土砂が流出、道が陥没したりポッカリ割れてもおかしくない。元通りの生活に戻るには。いったい、どうしたら良いのか。何日かかるのか、と思うと気が遠くなる。村も、家も、人までが。みんな失くなってしまった。
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 午前中、重いからだを引きずって社交ダンスのレッスンに出向く。タンゴ、ジルバ、ワルツと、いつもの曲を踊るが、自分だけがこんなことをしていてよいものか。なぜかきょうは、いつも以上に息切れがし、足の動きも鈍い。
 やはり、暑さのせいか。西日本豪雨で多くの人々が苦しんでいる、というのに。そう思うと、よけいに胸がちりちりといたむ。でも「こちらはこちら。私は、わたし。仕方ないよ」と自らに言い聞かせながら、贅沢なステップを踏み続けた。
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 2020年東京五輪の聖火リレーで47都道府県を巡る順番と日程がこの日、大会組織委員会、東京都、政府など大会準備に関わる組織のトップを集めた調整会議で了承され、決定した。東日本大震災からの復興五輪を前面に、東電福島第1原発事故など震災で甚大な被害を受けた福島県を3月26日にスタート、日本列島を時計回りにめぐり7月24日の開会式で東京・新国立競技場の聖火台に点火されることが決まった。
 横浜市の旧大口病院(現横浜はじめ病院)で発生した元看護師による点滴連続中毒死事件。その後の調べによると、殺人容疑で神奈川県警に逮捕された久保木愛弓容疑者(31)は引き継ぎで入院患者の容体が良くないのを把握し、自分の勤務が始まる前に殺害しようとした疑いのあることが分かった、としている。県警は、久保木容疑者が遺族に説明するのが苦手で、これを避けようと勤務時間前に病室に行き、消毒薬「ヂアミトール」を点滴チューブに注入して殺害したと見る。
 北海道と青森県で死者・行方不明者230人を出した1993年の北海道南西沖地震から12日で25年。津波に襲われた奥尻島では、この日島民らが海に灯籠を流して犠牲者を悼んだ。

7月11日
 夏空へトントントトン心の臓
 =伊神舞子きょうの俳句 minuetto-miから
 きょうも1日、トントントトンではなく、バタバタバタッ、と時が過ぎていった。

 滋賀県日野町で1984年(昭和59年)に酒店を経営する女性が殺害され金庫を奪われた日野町事件で大津地裁が11日、強盗殺人罪で無期懲役が確定し服役中の2011年に死亡した阪原弘元受刑者(当時75歳)の再審を認める決定。「捜査員の暴行や脅迫で自白した合理的疑いが生じた」と批判した。
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 西日本豪雨の被災地では警察や自衛隊などが厳しい暑さのなか、きょうも土砂災害や浸水被害現場での捜索に全力を挙げた。各府県のまとめによると、死者は12府県で176人に、安否不明者も60人を上回っているという。

 午前中、相棒と病院へ。彼女の両の胸に装填されている24時間ホルター心電図の取り外しのためである。いったん帰って彼女は自ら営むリサイクルショップ「ミヌエット」へ。私はいつものように新聞をチェックしたあと、執筆、読書にーと打ち込んだ。結構何かとあわただしい。
 書いているうち急に本日は歯医者に行く日だったと思い出し、自宅近くの歯科医院へ。先日抜歯された跡は「大丈夫です。心配ないです。(お酒は、の問いには)いいですよ」とのことで、ひとまず安心した。

 岐阜市の「長良川鵜飼」と関市の「小瀬鵜飼」がいずれも11日は大雨の影響で中止に。4日夜から中止していた愛知県犬山市の「木曽川うかい」はきょうの昼から再開した(夜は午後7時半から)。
 サンマの初売りが11日早朝、名古屋市熱田区の市中央卸売市場であり、入荷量が少なかったこともあり、最高で一匹2300円の高値をつけた。高値といえば、本日付中日新聞通風筒によれば、石川県が開発した高級ブドウ「ルビーロマン」の今季の初競りが10日、金沢市中央卸売市場であり、最高で一房110万円の値がついたという。
 
 きょうのところは、ここらでやめておこう。このところはナンダカンダとあって結構、体力的にも疲れた。暑さもあってか、息切れがしやすく胸の動悸も気になる。無理はしないでおこう。

7月10日
 西日本豪雨の被災地では10日、岡山県倉敷市真備町で新たに18人の遺体が見つかるなど死者は計157人に増加、広島、岡山両県を中心に依然として56人が安否不明のままだ。また午後1時の時点で1万人超が避難。この日は各地で30度を超える気温でうだる暑さのなか、捜索や被災者を取り巻く環境は過酷さを増している。
 大雨のあとは猛暑だなんて。いったい全体、何たることか。被災者にはことばもない。この窮地をなんとか乗り越えられるように、と願わずにはいられない。
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 火曜日。舞を伴って江南厚生病院へ。
 先日、息苦しくて胸が詰まる―という「わが家の大事」発生に、近くの町医者さんのアドバイスもあって急患として江南厚生病院を訪れ、舞を診て頂き心電図と血液検査をしてもらった際「心不全の心配はなく大丈夫です」とは言われたものの、万全を尽くすべきだ―と判断。あらためて取った予約日に合わせ、きょう2人で出向いた。
 舞は、生理検査と書かれた窓口で受け付けをしたあと、心臓を脇の下から観てもらう【心臓超音波検査】をし、引き続き24時間胸に張り付け心電図を計る【ホルダー心電図】なるものを両胸に装填して頂き、普通どおりの生活を、という指示を得て帰った。
 あすの午前中には、取り外しに再び病院を訪れる。

 装填中は残念ながら「おふろには入れない」が、あとは普段どおりの生活を―ということなので、彼女の希望に従って大雨のあとの畑〈エデンの東〉を少しだけ見て回り、ピアゴでの買い物に付き合って帰宅。畑では早々と実をつけていた茄子1個とピーマン2個をもぎとる嬉しそうな表情を前に「これなら、なんとか大丈夫だ。心配ない」と思った次第だ。でも、このところの私たち2人は何だか〝病院ながし〟をしているような、そんな錯覚に陥ってしまう。

 昨日、弁護士をしている私の兄から「おふたりの体調はいかがですか。40年廃炉裁判で使用済み燃料に関して私が準備書面を書きました。約半年かけて準備したものです。一読していただければうれしいです。」との添え書き付きで【高浜原子力発電所1号機及び2号機運転期間延長認可処分等取消請求事件】の準備書面(放射性廃棄物の審査不存在)が送られてきた。
 私自身「脱原発社会をめざす文学者の会」のメンバーでもあり、この準備書面は大変勉強になるので、さっそく電話で礼を述べておいた。兄はこれまで爆弾魔・加藤三郎らによる北海道庁爆破事件(1976年3月2日)や神社本庁爆破事件(1977年10月27日)小塚ヨットスクールのリンチ殺人(1979年~1983年)など数々の大事件を加害者や被害者、それぞれの家族らの立場に立ち長年こなしてきており、昔から正義感の塊のような弁護士だけに、おそらく原告団のためを思い、いろいろ調べ上げ「世のため人のために」と書いた力作に違いない。
 
 いつも舞の短歌・俳句雑誌などをわが家に届けてくださる馴染みの本屋さんが集金においでたため、脱原発社会をめざす文学者の会の仲間でもある上山明博さんの力作『地震学をつくった男・大森房吉――幻の地震予知と関東大震災の真実』(青土社、四六判)を注文。
 深夜。「熱砂」同人の平子純さんから出稿されてきていた【達磨の匕首】を編集整理して、ウエブ作品集の平子さんの欄で公開。
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「13人全員を助け出しました。みんな元気です。捜索にかかわった全ての人に感謝したい」(現場責任者のナロンサク・前チェンライ県知事)。
 タイのチェンライ郊外、タムルアン洞窟に閉じ込められた地元サッカーチームの少年らの救出作業は10日も前日に続いて再開、あらたに5人を脱出させ少年12人と男性コーチ(25)の全員が、世界中が救出劇を見守るなか、洞窟に閉じ込められてから18日目にして無事、救出された。
 ロンドン郊外オールイングランド・クラブで開かれたテニスの4大大会第3戦、ウィンブルドン選手権男子シングルス4回戦で錦織圭(28)がエルネスツ・ガルビス(ラトビア)に4―6、7―6、7―6、6―1で逆転勝ち。自身初、男子日本勢では1995年の松岡修造いらい、23年ぶりのベスト8に進出した。
 
 中国の民主活動家でノーベル平和賞を受賞した故・劉暁波氏の妻劉霞さん(57)が10日中国を出国し、北京から空路でヘルシンキを経由しベルリンに到着。石油元売り大手の出光興産と昭和シェル石油が2019年4月に経営統合する、と発表。

7月9日
 名古屋地方気象台は、この日、東海地方(愛知、岐阜、三重、静岡)が梅雨明けしたとみられると発表。平年より12日、昨年より6日早いという。

 なるほど9日午前の東海地方は広い範囲で晴れ、となった。
 とはいうものの、午後3時半を過ぎると突然、パラパラパラ、パラッと大粒の雨が天から地上をたたきつけるように降ってきた。一体、何ごとかと思っていたら雨は知らぬ間にやみ、先ほどまでの雨は、まるで嘘のよう。と思ったのだが。しばらくすると今度はゴロゴロゴロの威嚇音とともにまたしても空から雨がこの地上を急襲しはじめ、雨はなんとも言えない轟音を時折たてては降り続けている。
 またしても、猛烈なゴロゴロゴロの炸裂音が上空でしている。空がまっぷたつに割れたのか、と思うほどだ。何か私が悪さでもして、それをたしなめられてでもいるような。そんな威圧的かつ一方的な雨である。が、それも僅かの間で気がつくと雨は再びやむ、といったそんな繰り返しである。

 夜に入り。今度こそやんだと思いきや、またしてもパラパラパラ、パラパラ、ドーン。ピシャ、とこんどは心臓がたたきのめされるような雷雨である。轟音を伴った豪雨たち。彼らは明らかに人間たちに何かを言わん、としている。それが何かは、分からないが。挑戦的な雨だ。
――きょうは、そんな無言の強い雨たちの急襲に責め立てられる1日だった。
(中日新聞の10日付朝刊には【尾張北部で激しい雨 江南や扶桑、道路冠水】【落雷で特急が停電 1時間半閉じ込め 名鉄犬山線】の見出しで「愛知県の尾張北部で九日夕、一時間に四〇㍉を超える激しい雨が降り、江南市や扶桑町で複数の道路が一時、冠水した。/江南市によると、市内九カ所が冠水し、うち四カ所では最大で二時間弱、通行できなくなった。車が水に浸かったとの報告も二件あった。……」「九日午後六時十分ごろ、名鉄犬山線柏森―江南間で、新鵜沼発豊橋行き特急列車に雷が落ちた。列車は停電し、乗客約百九十人が約一時間半、車内に閉じ込められた…)。
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 平成最悪西日本豪雨の現場(NEWS23画面から)
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 本日付中日新聞夕刊によれば、西日本豪雨の死者は105人、安否不明は80人超で15府県でなお、2万3000人が避難している、とある(その後、10日朝の中日新聞では死者126人、安否不明86人、15府県で1万1000人の避難が伝えられた)。
 このうち小田川の堤防決壊で全面積の3割が浸水、一帯の約4600戸が水に浸かった岡山県倉敷市真備町では「まひ記念病院」の重篤患者や老人ホームのお年寄りらをヘリやボートで救出したという。
 それにしても、なぜ。なぜ、自然界は罪もない人々を。それこそ、思いつきでもしたように容赦なく打ちのめすのか。一瞬にして家族が、罪のない町や村が、幼い子や高齢者らが水魔に消えてゆく。言葉には言い表せない悲しみの連鎖が果てしなく広がっている。誰にどんな罪があるというのか。こんなことがあってよいのだろうか。
 この世はやはり、地獄なのか。
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 少年ら13人が閉じ込められたタイのタムルアン洞窟では閉じ込められてから16日目の8日夜、4人が奇跡の生還を果たしたのをはじめ、9日にも4人が生還。残る5人全員の救出が望まれている。6日に死刑が執行されたオウム真理教の麻原彰晃元死刑囚=執行時(63)、本名松本智津夫=の遺体が9日、東京都府中市の葬祭場で火葬された。遺骨は東京拘置所に戻されたが引き取り先はまだ決まってないという。3女になるか、それとも4女になるのか。
 日産自動車は9日、出荷前の車を対象とした排ガスや燃費測定試験で測定結果を改ざんする不正行為が見つかった、と発表。テレビ時代劇「大岡越前」などで知られた俳優の加藤剛さん(かとう・ごう、本名剛=たけし)が6月18日、胆のうがんのため東京都内で死去した。80歳だった。

7月8日
 日曜日。西日本を中心とした豪雨被害は相変わらず、ふえる一方だ。各報道によれば、午後8時現在、10府県の死者は78人、安否不明70人、ほかに5人が心肺停止に陥っているという。当然ながら、いまも警察、消防、自衛隊と5万4000人態勢による捜索、救出活動が必死で進む。
 特に岡山県倉敷市真備町では町内の河川が氾濫し市内の多くが水没。一時、病院などに1000人が孤立、ボートやヘリコプターによる懸命の救出作業となっている。幸い、雨の勢いは弱まってきたようだ。被災した方々を思うとき、どう言ってよいのか。ことばもない。

 真備町では多くの人々が豪雨に泣いた。救助された女性と水没した集落(NHK総合)
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 ここ尾張名古屋は朝のうち断続的に降っていた雨も知らぬ間に上がり、午後には晴れ間がのぞいた。そんな中、相棒は「車で送るから」と言っても「バスがいいの。ひとりで行きたいのだから」と頑固一徹で名鉄バスの最寄り駅から一宮へ、と向かった。一宮の名鉄百貨店からお中元を出すためで、年に2回のお中元とお歳暮は彼女の責任で出しているからである。
 毎回、もうそろそろ出すのはいかがなものか―と思いつつもことしも既に各地から多くのお中元が届いており、どれにも真心が込もっている。それだけに、放っておいたらバチが当たる。年に2度のこうしたあいさつこそ、年賀状も合わせ互いの心と心を結びつけていることは自明の理だけに、おろそかにするわけにはいかない。

 私はわたしで6日の金曜日にどうしたわけか、本欄【そぞろ歩き】への写真の貼り付けが出来なくなってしまい、急きょサーバー(管理業者)の担当者と電話で何度もやり取りするなど七転八倒の1日に。幸い翌7日未明になって、システムエンジニアでもある息子のひと言でやっと原因が解明でき、貼り付けることが出来、きのうはその後の執筆もあって、床に着いたのは午前2時過ぎ。かなりの体力を費やしたのである。
 というわけで、きょう8日は少し落ち着いてはいたが舞からは一宮に行く前に「あなたのパソコンが改善されたと思ったら、こんどは私のタブレットの調子がおかしくなってしまった。だから私がいない間に直しておいてよ」と突然の厳命が下る始末。使い慣れないタブレットを手にあれやこれやと修正を試みてはみたが、なかなか直すことが出来ないまま、1日があっという間に過ぎ去った。
 毎日毎日、こうして何かに急き立てられている。これを忙しいと言ったら鬼が笑うだろう。

 西日本各地で被災した方々のことを思えば、これしきのことは、かえってありがたいものだ。被災地で突然の災難に遭った方々には心からお見舞いをし、かつ申し訳ない気がするのである。被災地の皆さんは大変ですが、この窮地をなんとか乗り越えられるよう。心から祈っている。

7月7日
 七夕雨ミルキィウエイの溢れ出す
 =伊神舞子作きょうの俳句 minuetto-miから

 きょうは七夕さま。暦のうえでは小暑。これから8月中旬の立秋前日までが、いわゆる【暑中】である。が、このところのこの国は、西日本を中心とした雨また雨の連続なので、織姫と彦星が年に一度、会うことができる〈天の川〉なぞ望めそうにもない。
 昨年の、この日。わが家では今は亡き愛猫シロちゃんが老いの衰えから、とうとう自由に動けなくなり(それでも12日に亡くなるまで懸命に立ち、身の回りだけを何度も何度もやっとこせ歩いてみせた)、舞はじめ家族みんなで一生懸命に水をのませたり、食事を与えたり、下を取るなど懸命の介護と看病に当たっていた。
 もう1年がたつ。

 今は亡きシロちゃん(昨年の今ごろ)
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「数十年に一度しかない災害が差し迫っています」「高知、愛媛、岐阜県にも大雨の特別警報が出ています。1時間に80㍉以上。平年の7月1カ月分の雨量の1・5倍から2倍の雨です」「広島では23人が亡くなりました」「車の移動は危険を伴います。決して(ガード下など)アンダーパスはしないようにしてください」………
 ニュース報道を聞いていると、梅雨前線の停滞に伴う豪雨は、九州北部から中国・四国、大阪、京都、中部と相変わらずの記録的豪雨を見せつけている。気象庁はこの日、岐阜県高山市、関市、山県市、飛騨市、本巣市、郡上市、白川村にも大雨の特別警報を出した。

「身の回りの安全」を呼びかける気象庁職員と被災現場(NHK総合)
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 山や道があっけなく崩れ河川が氾濫し、道路も寸断。民家が押しつぶされている。
 橋が、家が、車が。鉄道が。市街地。集落、住宅街も。家族だろうか。濁流にのまれた民家の屋根瓦では疲れ果てた人が5、6人座りこんでいる。水に阻まれ、孤立した家々。押しつぶされた家屋の中からは救助を求める声がひきりなしに聞こえてくる。電気にガス、水道など。ライフラインも死んでしまっている。そして被災地では豪雨のなか、警察、消防、自衛隊員による必死の救助作業が果てしなく続く。
 まさに事実は小説より奇なり、で断末魔の地獄絵が各地で繰り返されている。お昼のニュースによれば、昨夜来の豪雨で正午現在、11人が死亡、45人の安否が不明となったままだという。その後に届いた中日新聞夕刊によれば、17人死亡、50人安否不明と犠牲者はなお、増えつつある。夜のニュース報道によれば、死者は45人、安否不明も57人にまで増えた(翌8日朝のニュース報道によると、死者51人、安否不明44人、意識不明の重体が7人)。
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 こうした水害現場をニュースで見るたびに私はかつて飛び回った長崎大水害=昭和57(1982)年7月23日夜から24日未明にかけ長崎を襲った未曾有の大水害。2時間雨量286㍉と過去最高を記録し、299人が死亡。被害総額は推定3000億円。当時10日から20日にかけての積算降水量は1000㍉を超した=など数々の被災現場と、あの辛く厳しかった日々を思い出してしまう。

 水害はいつの世にも起きる気がしてならない。
 が、なぜか大水害のたびに犠牲者が長崎と広島に集中するのはなぜか。私には原爆の被害者たちの魂が時折、大雨となってこの地上に降り注いでくるような、そんな気がしてならないのだ。
―昭和49(1974)年。同じ七夕の日だった。参議院選挙の投票日に三重県御薗村で豪雨のため投票用紙がプカプカと流れてしまい、やり直し投票で日本中が大騒ぎしたことがある。あのとき、私は志摩半島から伊勢支局に駆けつけたが、購入したばかりの新車サニーを途中の高台に置いたまま、胴体まで水に浸かって半日かけ支局に辿り着いた。支局1階事務所では原稿用紙などがプカプカと浮いて漂っており、同僚支局員が2階に引っ越す姿を間近に、私も手伝った。
 2年後。昭和51年の9月。岐阜にいたときだった。豪雨で転覆した鵜飼い船の取材を終え、倒壊家屋の現場取材に向かう途中、目の前で長良川の支流・伊自良川の堤防が切れ、みるみる水かさが増え、濁流が猛烈な勢いで首まで迫った。あの時、私と同僚記者は、それでも商売道具のカメラと無線機を両手で上にあげたまま、水流に押し流されそうになりながらも声をかけあって行軍。命からがらやっと辿り着いた民家の屋根からびしょ濡れのまま無線機を使い、勧進帳で本社に原稿を送ったが、援軍の取材陣はズタズタの道路に阻まれ、なかなか来なかった。
 あのとき、雨は来る日も来る日も降り続いた。とうとう穂積町(瑞穂市)の牛牧団地が水没。こんどは連日ボートに乗っての水害取材がつづく。やっと晴れ、長い水害取材から解放されると思ったその日、9月12日午前10時28分に長良川が安八町で決壊、以降は泥まみれの水害取材が長良川決壊訴訟(川堤の近くに丸池があったから決壊したのだ、とする丸池破堤説が争点だった)も含め、「これでもか」と延々と続いたのである=この模様は私の著書【泣かんとこ 風記者ごん!(能登印刷)】に詳しい。

 このほか、栃尾温泉郷が土石流に押しつぶされ、瓦礫に埋まった時は辛うじて確保した民家を基地に黒電話とロウソクの明かりだけを便りに原稿を送り続けた。トンボ眼鏡の赤いフェアレディーZの女で有名になった長野富山の連続女性誘拐殺人などの凶悪事件や嬉野豪雨、山陰豪雨に能登豪雨、さらには中部日本海地震、三宅島噴火を含む大災害、オホーツクの海への大韓航空機撃墜、日航ジャンボの御巣鷹山墜落など大事件発生のつど取材機(ジェットやヘリ)で現場へ急行した。
 前述の長崎大水害の現場では相棒のカメラマンと足を棒に泥だらけになって何日間も歩き回り、現地の人々の声に耳を傾け「長崎市民救った長崎放送」の特ダネをものにするなどした。半壊した重要文化財・眼鏡橋を【眼鏡橋は泣いていた】の記事としてニュース前線に出稿。あのとき被害が甚大だった鳴滝、本河内を取材中、年老いた女性が「身内3世帯の家族9人が全滅してしまった。この土の下さ、だれもおらへん。みんな死んじまった、だ」と語ったあの姿は今も忘れられない。
 このほか、嬉野豪雨取材では取材後、現地警察官も加わり、カメラマンと丸1日をかけ、渓谷と渓流が続く川沿いの道を崖伝いに歩きつづけ、やっとの思いで生還したあの難行苦行は今も頭に染み付いている。
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 遠い過去に触れてばかりも良くない。
 デ、きょうは私が第一線の記者時代に現場で体験したホンのごく1部だけについて触れてみた。言いたいことは、今はスマホや携帯電話も含めてあれもこれもそろい便利になった分だけ、本物の取材が出来ていない。このところNHKのニュースなどでよく聞く「数十年に一度の大雨」「重大な危険が差し迫った異常な状態です」表現も過去を十分に調べないまま気象庁に言われるままのハンで押したような安易表現に終わっている気がしてならない。
 うわっつらな報道だけは避けてほしい。

 だから、きょうは敢えて歩く取材の大切さを強調したくて書いてみた。自分の【目】で見、【耳】で聞き、【足】で書く。百聞は一見に如かず、だ。取材記者には現場100回の精神を忘れるな、と言いたい。
 ただそれだけだ。
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 神奈川県警が横浜市の大口病院(現横浜はじめ病院)で2016年9月に起きた点滴連続中毒死事件で入院患者、西川惣蔵さん(当時88歳)を殺害したとして当時、病院に看護師として勤務していた久保木愛弓容疑者(31)を7日、逮捕。調べに対して久保木容疑者は容疑を認め、他に20人前後の患者の点滴にも消毒液を混入した、と話しているという。

7月6日
 麻原彰晃死刑囚の刑執行を報じる夕刊
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『麻原死刑囚刑執行 オウム真理教元代表 地下鉄・松本サリン首謀 井上・中川元幹部ら6人も 理系エリート殺人集団に 執行の検討過程説明を』『「真相語らぬまま オウム死刑執行 麻原死刑囚面会拒否10年 運動、入浴は抵抗せず』『遺族「その時が来た」「麻原以外回避」望む声も』『区切り「ようやく」 松本サリン遺族「24年待った。とても長かった」 「真実迫れず残念」河野義行さん』『【教団元幹部6人】教団の犯罪告発井上嘉浩死刑囚 麻原元代表の主治医中川智正死刑囚 武装化の推進役早川紀代秀死刑囚 豊富な化学知識土谷正実死刑囚 最古参幹部の一人遠藤誠一死刑囚 殺人事件7件関与新実智光死刑囚 同級生「怖さ消えない」』……

 以上は、本日(6日)付中日新聞夕刊の見出しだ。全てが簡潔な表現で、これだけ読めばオウム真理教事件のあらかたが分かる。ちなみに平成7年3月20日に起きた地下鉄サリン事件では13人が死亡、約6300人が負傷している。

 というわけで、1995年の東京・地下鉄サリン事件などオウム真理教による13事件を首謀したとして殺人罪などに問われ、死刑が確定していた教団元代表・教祖の麻原彰晃死刑囚(63)=本名・松本智津夫、東京拘置所=はじめ、元教団幹部の土谷正実(53)、遠藤誠一(58)、中川智正(55)、早川紀代秀(68)、井上嘉浩(48)、新実智光(54)の死刑囚7人の刑が6日朝、東京や大阪などの各拘置所で執行された。
 その後、すなわち朝の死刑執行後の午後の記者発表では上川陽子法相が「慎重にも慎重な検討を重ねた上で執行を命令した。被害者家族が受けた恐怖、苦しみ、悲しみは想像を絶するものがある」と毅然とした表情で述べた。

 記者発表する上川法相、死刑を執行された7人の死刑囚、事件が残した教訓につき話す江川紹子さん(いずれもNHK総合ニュース画面から)
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 さらに地下鉄サリン事件で夫を亡くした高橋シズヱさん(71)は「(死刑囚の)名前を聞いたときには動悸がしました。いまは、その時がきたなというそれだけしか思いはない」と話し、オウム事件を長年取材してきたジャーナリストの江川紹子さんは「事件をちゃんと生かしていかないと犠牲になった人たちは浮かばれない」と釘を差した。
 またオウム真理教元幹部で現在は「ひかりの輪」代表の上祐史浩さんも「当時は私も教団において重大な責任を有し、被害者遺族の皆さまに深くおわびを申し上げたい」と述べ、死刑廃止を訴える市民グループの深田卓さんは「オウム事件の全容が明らかにならない形になってしまった。7人同時執行という暴挙には強く抗議したい」との態度。人それぞれに死刑に対する思いをあらたにする1日になったのである。

 ちなみに。わが家の舞は「私は死刑廃止論者なの。それと、一度に7人同時に死刑を執行してしまうだなんて。事件の全容をはかる道を探るためにも良くないわよ。どんなに悪いことをした人でも、私は最後まで自身に考えるさせるべきだと思う」との見解で、実は死刑廃止論者なのだ、という。
 私はこれまで彼女の強い性格からして、てっきり死刑廃止論者ではないとばかり思い込んでいたのだが。どうやら、間違っていたらしい。そんな舞ではあるが。もちろんオウム真理教の事件そのものについては「許せない」との強い姿勢だ。
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 活発な梅雨前線による大雨。断続的な強い雨は収まる気配がなく、九州から中国・四国、近畿、中部地方へと雨は次第に東へと進み、広範囲で記録的な大雨に。6日夜現在で福岡、佐賀、長崎、広島、岡山、鳥取、兵庫、京都と1府7県で大雨特別警報が出され、死者3人、行方不明者も5人に。
 岐阜の下呂でもこのままだと、河川の氾濫が心配されており、京都の嵐山など19府県の56万世帯、127万人に避難指示が出されたという。土砂災害や河川の氾濫から市民を守ろうと気象庁はじめ、NHKなど各メディアも再三の発表や報道で命がけである。ここは、被害の少ないことを祈ろう。

「周囲の状況の確認を」と訴える気象庁の予報課長と京都の嵐山(いずれもNHKニュースから)
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 きのうの話だが、ひょっこり社交ダンスのレッスン教室を訪れ、元気な顔を見せて下さったヒデさん。ピンクのグラジオラスを胸にかかえ、先生(愛称は、お若いのでワカさん)に手渡されたことを、ひと言付け加えさせていただく。これには「ありがとう」と、ワカさんが喜ばれたのは当然のことだ。

 写真は「グラジオラスをあなたに」と花束を手渡すヒデさん
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08/4/26