「~花はいろいろ~」  牧すすむ

「ではここで花束の贈呈です。先生、中央へどうぞ」。
 司会の言葉に誘われて舞台袖から花束を持った生徒が登場。ホールに沸きあがる大きな拍手を全身に浴びながら、差し出された花束を受け取る。美しい花とその束の重みを楽しむように胸に抱え、「ありがとう」と声を掛ける。そして軽く握手を交わす。
 にこやかで、それでいて少しはにかんだような表情が嬉しくて又二こと三こと―。
 演奏が終わってホッとしたタイミングと重なって、思わず顔がほころんでくる。そして舞台人であることの幸せが心に強く沸き上がってくる瞬間でもある。
 私は仕事柄こうして花束を贈られることが多い。普通の人達にはなかなか無いシーンなので、よく羨ましがられもする。
 実生活の中でも、イギリスに嫁いでいる娘から毎年私達夫婦の誕生日や結婚記念日等に花が送られて来て、暫くの間、玄関先や応接間を飾ってくれている。
 その他にも何人かの知人に折々の花を頂くのだが、花好きな家内は良く手入れをして翌年に又きれいな花を咲かせたりもしている。

 花と言えば歌にも花を題材にしたものがとても多い。古くは「上海の花売り娘」、「黒百合の歌」、「白い花の咲く頃」、「この世の花」、「バラが咲いた」等々。近年ではあの東日本大震災の復興支援曲として大ヒットしている「花は咲く」がある。又、私が職業としている大正琴の教本の巻頭にも日本古謡の「さくらさくら」が載っていて、初めて琴を手にした人達が弾ける喜びを覚えるのもこの曲である。
 とは言え、レベルアップした「さくらさくら」を演奏会に掛けることも少なくない。特に海外公演等の時、オープニングで使用する曲としては気分も乗りやすく、観客の受けもよいようだ。

 三年前ロシア公演に出掛けた時は、前出の「バラが咲いた」をプログラムに入れた。というのも、以前あるテレビ番組で「ロシアには〝バラが咲いた〟を校歌にしている大学があります。」と報じていたからだ。それによると、学長の女性が日本に留学していた頃、この曲が大好きとなり、帰国後に自分が創立に関わった大学の校歌にしたという。
 その証拠に、その大学のある市では市民の多くがマイクを向けられると躊躇なく歌っていた。その光景に驚くと共に、「歌に国境は無い」というあの言葉を思い出していた。
 そんなこともあって、これを演奏曲の一つに加えたのである。心なしか拍手が一際大きかったように感じたのは私だけでなく、他のメンバーもきっとそう思ったに違いない。

 又、昨年ハンガリーと韓国を訪れた折は「花は咲く」を両国の数カ所の会場で演奏した。東日本大震災の復興の曲として、心を込めて大正琴を奏でた。自らの心にも響くように、と念じながら。
 私には常々思っていることがある。人は誰でも何らかの輝きを放って生きている。国も職業も年齢も、そして男女の違いも無くそれぞれに色様々な輝きを放ちながら生活している。しかしその輝きが他の何倍も大きい時、その人は人々の憧れを受けて世に出るのだ。世間はそれを華(花)のある人と呼ぶ。
 天生の場合もあり、努力もある。いずれにしても自らの輝きを常に磨き続けての結果であることに変わりはない。私も舞台人として人として、そんな華のある人生を送りたい、と心から願ってやまないのである。 (了)

14年12月29日

「母と僕のさくら」  真伏善人

「ではここで花束の贈呈です。先生、中央へどうぞ」。
 司会の言葉に誘われて舞台袖から花束を持った生徒が登場。ホールに沸きあがる大きな拍手を全身に浴びながら、差し出された花束を受け取る。美しい花とその束の重みを楽しむように胸に抱え、「ありがとう」と声を掛ける。そして軽く握手を交わす。
 にこやかで、それでいて少しはにかんだような表情が嬉しくて又二こと三こと―。
 演奏が終わってホッとしたタイミングと重なって、思わず顔がほころんでくる。そして舞台人であることの幸せが心に強く沸き上がってくる瞬間でもある。
 私は仕事柄こうして花束を贈られることが多い。普通の人達にはなかなか無いシーンなので、よく羨ましがられもする。
 実生活の中でも、イギリスに嫁いでいる娘から毎年私達夫婦の誕生日や結婚記念日等に花が送られて来て、暫くの間、玄関先や応接間を飾ってくれている。
 その他にも何人かの知人に折々の花を頂くのだが、花好きな家内は良く手入れをして翌年に又きれいな花を咲かせたりもしている。

 花と言えば歌にも花を題材にしたものがとても多い。古くは「上海の花売り娘」、「黒百合の歌」、「白い花の咲く頃」、「この世の花」、「バラが咲いた」等々。近年ではあの東日本大震災の復興支援曲として大ヒットしている「花は咲く」がある。又、私が職業としている大正琴の教本の巻頭にも日本古謡の「さくらさくら」が載っていて、初めて琴を手にした人達が弾ける喜びを覚えるのもこの曲である。
 とは言え、レベルアップした「さくらさくら」を演奏会に掛けることも少なくない。特に海外公演等の時、オープニングで使用する曲としては気分も乗りやすく、観客の受けもよいようだ。

 三年前ロシア公演に出掛けた時は、前出の「バラが咲いた」をプログラムに入れた。というのも、以前あるテレビ番組で「ロシアには〝バラが咲いた〟を校歌にしている大学があります。」と報じていたからだ。それによると、学長の女性が日本に留学していた頃、この曲が大好きとなり、帰国後に自分が創立に関わった大学の校歌にしたという。
 その証拠に、その大学のある市では市民の多くがマイクを向けられると躊躇なく歌っていた。その光景に驚くと共に、「歌に国境は無い」というあの言葉を思い出していた。
 そんなこともあって、これを演奏曲の一つに加えたのである。心なしか拍手が一際大きかったように感じたのは私だけでなく、他のメンバーもきっとそう思ったに違いない。

 又、昨年ハンガリーと韓国を訪れた折は「花は咲く」を両国の数カ所の会場で演奏した。東日本大震災の復興の曲として、心を込めて大正琴を奏でた。自らの心にも響くように、と念じながら。
 私には常々思っていることがある。人は誰でも何らかの輝きを放って生きている。国も職業も年齢も、そして男女の違いも無くそれぞれに色様々な輝きを放ちながら生活している。しかしその輝きが他の何倍も大きい時、その人は人々の憧れを受けて世に出るのだ。世間はそれを華(花)のある人と呼ぶ。
 天生の場合もあり、努力もある。いずれにしても自らの輝きを常に磨き続けての結果であることに変わりはない。私も舞台人として人として、そんな華のある人生を送りたい、と心から願ってやまないのである。 (了)

14/12/15