「古伊万里」    牧すすむ

 我が家の玄関のゲタ箱の上に、ミニチュアの象の置き物が二十数こ並んでいる。色も形も素材もそれぞれに異り、大きさも三㎝から十㎝位と様々。然しどれもかわいい表情をしていて、仕事から疲れて帰る私をいつも優しく迎え入れてくれる。実に愛すべき彼等である。
 だが、これだけの数なので当然一度に揃えたわけではない。数年前、ある雑貨屋さんの棚の片隅にあるのを目にして、思い付きで買ったのが始まりだった。家に帰って机の上に置いてみると愛嬌があってなかなかいい。以来、コレクションという程でもないが、いろんな所で見掛ける度に二つづつ買い続け、こんな数になってしまった。
 二つづつというのは、同じ形の物が一つではなんとなくかわいそうな気がして、そんな理由から。ただ、雌雄の別は分からないが。
 そんなこんなで次第に机の上が狭くなり、やむなく彼等に玄関という新天地へ移住して頂いた。お蔭で花を飾るスペースが少くなったと妻から小言を言われながらも、体を張って(?)今日も彼等の生活圏を死守している私、これからもまだまだここの住人は増えそうな気配である。
 そういえば、この中の六つは去年の夏に娘の嫁ぎ先のイギリスへ行った時、優しいムコ殿がアンティーク好きの私と妻のために、と近くの町で開かれているマーケットへ連れて行ってくれた折り、購入したものだ。年に一度だけ開かれるというそのマーケット会場は驚く程の広さで、出店と人出の多さはハンパではなかった。イギリスならではの骨董品がどの店にも溢れる程に並び、珍しさでドキドキする私達はまるで昔の〝おのぼりさん〟のようであった。
 案の定、すぐに娘達とはぐれてしまったけれど、暫くして背後からムコ殿の大きな声がした。
「オトーサン。コッチへキテクダサーイ!」
 人込みを掻き分けて進むと、なんと、そこにあったのは古い大正琴。イギリスの地で大正琴? いぶかりながら近くへ寄って見ても、それはまぎれもなく大正琴だった。然し、私がいつも使っている物とはどこか違う。ラベルにも「made in England」とある。イギリス製であった。
 聞くところによると、大正琴が作られた百年前の頃、盛んに海外に輸出された歴史があるという。そしてその後はそれぞれの国に定着し、アレンジをされていったと聞く。これもその一つなのだろう。店主に古さを尋ねたが、残念ながら分からないとのことだった。然し、これがこの旅行で私自身への最高のお土産になったことは言うまでもない。

 話しがズレてしまったので本筋にー。
 私と妻は一日で回り切れないマーケットに未練が残り、娘に笑われながらも翌日又出掛けて行った。が、ムコ殿は仕事があるので私達二人でのショッピング。あれこれ見て回る内に一つの店の前に白い象のミニチュアがいくつかあるのを発見した。大きさも様々。
 飛び付きたい程欲しくなったが値段が分からない。とりあえず一番小さいのを指差して〝ハウ、マッチ?〟と聞いたところ五ポンドとの返事。じゃあ二つ買おうと思いその旨を告げると、なんと六つで五ポンドでいいという。驚きながらも結局そこにある大小六つの象を持ち帰ることになった。
 ところで娘がイギリスへ嫁いで早や十年近くになり、孫も二人出来た。年に一、二度の往き来だが世界が近くなったと実感する。そんななか、前にムコ殿のおばあちゃんから古伊万里の茶碗を頂いた。イギリスの方から日本の物を頂くとは思ってもいなかったのだが、彼女が若い頃に母親から貰った物だという。いわば大切な形見である。
 彼女の話しによると、昔、彼女の父親が日本を訪れ大阪の医者と親交を持ち、その時に撮ったという着物姿で椅子に掛けている父の写真を大事そうに見せてくれた。そして、「やっぱり日本に縁があったんだね。」と言いながら巡り合わせの不思議をかみしめるように優しい眼差しを娘に向けた。ことし九十三歳になるおばあちゃんはまだまだお元気である。
 それにしても頂いた古伊万里のその価値の程は分からないが、長い年月を経て再び日本に戻って来たことにも巡り合わせの不思議さを感じはしないだろうか。
 今私の手の中にある美しい古伊万里。我が家の宝として末永く大切にしていきたい、と、そう思う。

13年2月4日

「猫巡り」     真伏善人

 我が家の玄関のゲタ箱の上に、ミニチュアの象の置き物が二十数こ並んでいる。色も形も素材もそれぞれに異り、大きさも三㎝から十㎝位と様々。然しどれもかわいい表情をしていて、仕事から疲れて帰る私をいつも優しく迎え入れてくれる。実に愛すべき彼等である。
 だが、これだけの数なので当然一度に揃えたわけではない。数年前、ある雑貨屋さんの棚の片隅にあるのを目にして、思い付きで買ったのが始まりだった。家に帰って机の上に置いてみると愛嬌があってなかなかいい。以来、コレクションという程でもないが、いろんな所で見掛ける度に二つづつ買い続け、こんな数になってしまった。
 二つづつというのは、同じ形の物が一つではなんとなくかわいそうな気がして、そんな理由から。ただ、雌雄の別は分からないが。
 そんなこんなで次第に机の上が狭くなり、やむなく彼等に玄関という新天地へ移住して頂いた。お蔭で花を飾るスペースが少くなったと妻から小言を言われながらも、体を張って(?)今日も彼等の生活圏を死守している私、これからもまだまだここの住人は増えそうな気配である。
 そういえば、この中の六つは去年の夏に娘の嫁ぎ先のイギリスへ行った時、優しいムコ殿がアンティーク好きの私と妻のために、と近くの町で開かれているマーケットへ連れて行ってくれた折り、購入したものだ。年に一度だけ開かれるというそのマーケット会場は驚く程の広さで、出店と人出の多さはハンパではなかった。イギリスならではの骨董品がどの店にも溢れる程に並び、珍しさでドキドキする私達はまるで昔の〝おのぼりさん〟のようであった。
 案の定、すぐに娘達とはぐれてしまったけれど、暫くして背後からムコ殿の大きな声がした。
「オトーサン。コッチへキテクダサーイ!」
 人込みを掻き分けて進むと、なんと、そこにあったのは古い大正琴。イギリスの地で大正琴? いぶかりながら近くへ寄って見ても、それはまぎれもなく大正琴だった。然し、私がいつも使っている物とはどこか違う。ラベルにも「made in England」とある。イギリス製であった。
 聞くところによると、大正琴が作られた百年前の頃、盛んに海外に輸出された歴史があるという。そしてその後はそれぞれの国に定着し、アレンジをされていったと聞く。これもその一つなのだろう。店主に古さを尋ねたが、残念ながら分からないとのことだった。然し、これがこの旅行で私自身への最高のお土産になったことは言うまでもない。

 話しがズレてしまったので本筋にー。
 私と妻は一日で回り切れないマーケットに未練が残り、娘に笑われながらも翌日又出掛けて行った。が、ムコ殿は仕事があるので私達二人でのショッピング。あれこれ見て回る内に一つの店の前に白い象のミニチュアがいくつかあるのを発見した。大きさも様々。
 飛び付きたい程欲しくなったが値段が分からない。とりあえず一番小さいのを指差して〝ハウ、マッチ?〟と聞いたところ五ポンドとの返事。じゃあ二つ買おうと思いその旨を告げると、なんと六つで五ポンドでいいという。驚きながらも結局そこにある大小六つの象を持ち帰ることになった。
 ところで娘がイギリスへ嫁いで早や十年近くになり、孫も二人出来た。年に一、二度の往き来だが世界が近くなったと実感する。そんななか、前にムコ殿のおばあちゃんから古伊万里の茶碗を頂いた。イギリスの方から日本の物を頂くとは思ってもいなかったのだが、彼女が若い頃に母親から貰った物だという。いわば大切な形見である。
 彼女の話しによると、昔、彼女の父親が日本を訪れ大阪の医者と親交を持ち、その時に撮ったという着物姿で椅子に掛けている父の写真を大事そうに見せてくれた。そして、「やっぱり日本に縁があったんだね。」と言いながら巡り合わせの不思議をかみしめるように優しい眼差しを娘に向けた。ことし九十三歳になるおばあちゃんはまだまだお元気である。
 それにしても頂いた古伊万里のその価値の程は分からないが、長い年月を経て再び日本に戻って来たことにも巡り合わせの不思議さを感じはしないだろうか。
 今私の手の中にある美しい古伊万里。我が家の宝として末永く大切にしていきたい、と、そう思う。

13/2/4