生きてゆく人間花たち/九月の唄

平成二十四年九月三十日
 日曜日。三重、岐阜、愛知、静岡も含め、関東甲信越…と日本列島の本州全域が台風17号の北上に振り回される1日となった。被害に遭われた方々には、何といってよいのか。言葉もない。

 午前中は名古屋市内であった、中部ペンクラブ理事会に出席。母がいる実家を見回らなければ、と早々に江南市内の自宅に帰宅したが、既に妻と息子が実家を訪れ雨戸のチェックなどをしてきたというのでナンダカ拍子抜け(雨戸は、いち早く近くに住む妹夫妻が閉めておいてくれた、とのこと)の感に。でも、久しぶりに孫の顔を見た母はとても嬉しそうだった、とのことで結果的には「これで良いのだ。俺が行くよりも喜んでくれる」と自身に言い聞かせる。

 その台風だが、夕方には愛知県東部に上陸。速度を速めながら本州を縦断して関東、東北地方に北上していく形となった。おかげで三重県津、四日市、亀山、伊賀市、岐阜県大垣市、愛知県一宮市、名古屋市中川、港区……などで避難家屋が相次いだほか、豊橋、田原市をはじめ東海各地で合わせて二十二万余世帯が停電に遭ったりした。新幹線をはじめ高速道など陸の交通手段、そして空の便も運休したり大幅な遅れとなるなど日本中の輸送機関が大混乱に陥り、NTTの災害用伝言ダイヤルセンター「171」には、被災地への連絡などによる利用が相次いだ。

 今宵は皮肉にも十五夜お月さん、中秋の名月、すなわち満月の日なのに。自然界のいたづらは容赦がない。台風が去ったあと、夜空を見たが雲と風に遮られたままで、一体〝十五夜お月さん〟は、どこに消えてしまったのだろう。
―▲十五夜と台風が今の時期を代表する風物ならば、それが重なることが多いのも、仕方ない。「雨月」や「雨名月」という季語が用意されているのも、その辺の事情によるのだろう。ただ昔から多くの犠牲を出してきた高潮の防災上は、名月と台風のはち合わせは迷惑だ▲気象の話では「観測史上初」や「記録的」といった言葉をやたらに耳にする近年だが、災害史での新たな記録は抑え込まねばならない。くれぐれも用心を怠らないようにして、台風一過の十六夜を待ちたい。(毎日新聞・余録から)

【新聞・テレビから】☆「甦る昭和の歌姫伝説3 今夜限りの永久保存版」、「〈情熱大陸〉新横綱誕生 日馬富士汗と涙の12年」、「〈アシタスイッチ〉…辻井伸行×平原綾香」(30日夜、CBCテレビ)
☆「井上ひさしと東北」(30日付、中日サンデー版〈世界と日本・大図解シリーズ〉)、「工場で爆発 消防士死亡 1人重体、29人重軽傷 姫路・日本触媒」、「〈通風筒〉高知市の『桂浜』で砂の竜馬像」(30日付、中日朝刊)

平成二十四年九月二十九日
 第六十七回国民体育大会・ぎふ清流国体の本大会が天皇、皇后両陛下が臨席されるなか、きょう岐阜市の長良川競技場で開幕した。岐阜県での国体開催は四十七年ぶり。午前十時からのオープニングプログラムでは、伝統芸能「郡上おどり」など県内四十九団体が順番に登場、大きな拍手が送られたという。

 台風17号が相変わらず、勢力を維持したまま沖縄を直撃、あす午後には東海地方に接近、十月一日にかけ日本列島を縦断する恐れが出てきている。気象庁は暴風雨や高波、高潮への警戒を呼びかけている。
 いつも思うのだが、この台風のエネルギーをそのまま自然エネルギーとして電力に転換できないものか、と。原子力を生み出す科学力まで存在しながら、その一方で原子力発電所がいったん破壊されたらどうにも抑えきれない「科学の無知」と人間力の不足。
 これらの矛盾が、どうしても分からない。発生したエネルギーを洋上で抑え込み、そのまま代替エネルギーとして次々と〈電力化〉すれば台風の被害をなくす防災にも役立ち【一石二鳥】になるではないか。

 いずれにせよ台風の襲来は、新幹線をも簡単にストップさせてしまう。待ちに待っていた旅を不意にする。「新幹線、ちゃんと東京まで走ってくれるのかしら」と心配している人びとも多い違いない。科学の英知も、自然災害の前には今のところ、なすスベがない。「走れ! 新幹線」と叫びたいところだが……。無理して転覆しても困るし。残念ながら、あとは運を天に任すしかない。

 本日付しんぶん赤旗(日曜版)に見開き展開で「橋下国政新党 これが実態」「危険で古い 維新八策」「暮らし破壊と消費増税へ」「安保反対 憲法・教育壊す」といった記事が掲載されていたが、その通りだ。いつも思うが橋下国政新党には、戦前に逆戻りしていくような、ファッショ的な危険なにおいを感じる。

【新聞・テレビから】☆「ふれあい原点に 日中、対立の中 国交40年」「『ピンポン外交』担い手 『市民交流続けて』」(29日付、中日朝刊)「維新の会 政党届け出」「衆院選候補を来月決定」(29日付、毎日朝刊)
☆「吉田13連覇 世界レスリング+五輪」「『人類最強』カレリン超え」、「ぎふ清流国体が開幕」(29日付、中日夕刊)

平成二十四年九月二十八日
 【写真は、句集『楽名句会』の表紙絵「ものいいたげな手」と、挿絵「生き、生きる」の一部=いずれも音部訓子さん作】

 小野憲生さま(中京テレビ事業社長、前中京テレビ編成局長など)=俳号・放送人粋泡=呼びかけによる私の世界紀行帰朝講演&祝賀会が今夜、恐れ多くも徳川美術館に隣接する宝善亭であり、とっぷりと甘えさせていただいた。
 私、すなわち作家・伊神権太としては、私の目指す文学行脚の始まりに過ぎないこともあって、あちこちに声をかけるのは極力自省し、世話人役となってくださった【十三人の侍】にわが命を預けることとし、あとは義理人情からどうしてもーという名古屋近辺の方だけに絞り勝手ながら声をかけさせていただいての集いとなった。

 そうは言っても、この地方の放送文化や芸術音楽、大学、実業界を代表する侍たちの声かけもあり、計四十人ほどが参加。有り難き〝ひと夜〟となった。
 会では、新進の映像作家・アタル(敬称略)と昨日から宿のひと部屋にこもってきょうの午前中になり、やっと「伊神権太が行く世界紀行 平和へのメッセージ/私は今この町で」三本=ヨーロッパ前編と後編、中南米・総括編=のユーチューブへのアップを終え、〝滑り込みセーフ〟となった三本を含む計七本すべてを公開。
 引き続き懇親に移ったが、船内でお世話になった八重ちゃんやサッちゃん、須藤さんら船友数人も駆け付けてくれ、なごやかかつ楽しい会となった。

 この日は映像七本の公開に先だち、世話人代表の小野さんが小中陽太郎さんからの祝電〈祝 権太の帰還、前途洋上〉を披露、身に余る光栄に全身が縮み消え入ってしまいそうな、そんな錯覚を覚えた。懇親会は佐藤毅元中日ドラゴンズ社長(現中日新聞社相談役)の乾杯の音頭で始まって進んだが、途中全員から励ましの声をいただく場面まで飛び出し、私はマナイタの鯉も同然と化した。
 最後に私は「地球一周の船旅を終えピースボートそのものが今、変革期にあることを痛切に感じた。そのこと自体が、日本の曲がり角を象徴している。船内生活のすべてが良いというものでは決してなく、そこには多くの問題点や改善点、課題も見受けられた。すなわちオーシャンドリーム号の船内でがんばるピースボートスタッフやジャパングレイスのスタッフたち、そして乗客たちの誰もが変革期を生きている。この面ではピースボートが日本や世界の今を【生き映す鏡】といってよく、文学上からも恰好な素材と言っていい」と話を締めくくったのである。
 会場には、事前にサッちゃん(阿部祥子)とヤエちゃん(小泉八重子さん)のお姉さん二人から真っ赤なバラの花束が届き、懇親会の合間には船友仲間で記念写真。帰りは恥ずかしさに照れながら花束を抱いて名鉄電車とバスで帰宅。出迎えた妻が玄関先に赤い花束を飾る姿を見ながら、なんだか、サッちゃんとヤエちゃんに申し訳ない気持ちでいっぱいとなった。
      ×      ×
 それはそうと、会では、世話人代表の小野さんから個人的に1冊の貴重な句集〈楽力「楽名句会」〉までプレゼントされ、感激した。
 「題の『楽力』とは、死と向き合いながら日記を綴り、俳句を作り続けた正岡子規の生き方にあやかりました。この句会は十二人が参加しています。(中略)絵を描いてくれたのはメンバーの画寿丸(音部訓子)さん。おかげで格調ある句集に仕上がりました。おそらく第二句集は出ないと思います。『楽名句会』が存在したことを証明する記念碑的な句集です。  放送人粋泡」(あとがき、より)
 ♯空蝉の命抜けても生きし跡   粋泡(小野憲生)放送人

 なお、祝賀会の席では拙著も置いていただいたが、ご購入された方には、この場を借りて心から礼を申し上げたい。今後とも、よろしくお願いたします。

【新聞・テレビから】☆「この夏 一番暑かった街 『横綱』は群馬・館林(39・2度)」(28日付、中日朝刊)
☆「中国外相 日本名指し批判 国連演説 尖閣『盗んだ』」、「『若きモナリザは本物』 専門家、今後論争も」(28日付、毎日朝刊)

平成二十四年九月二十七日
 先の地球一周船旅期間中にたとえれば、昼間かなりハードなオプションツアーを終えたあと、深夜から未明にかけ、その日の話題を執筆、「熱砂」ブログにアップしたり、ユーチューブで〈平和のメッセージ〉として発信し続けた日々に重なる、そんなハードでやりがいのある、一日だった。

 というわけで、きょうは名古屋駅西の「つちやホテル」にお世話になり、先の地球一周船旅で〝伊神権太が行く世界紀行 平和のメッセージ/私は今この町で〟の〈平和のメッセージ〉作成に当たって、映像の編集制作でことのほか、協力を得た高木應(アタル)さんと、七編に及ぶ〈平和のメッセージ〉の最終の編集チェック、制作作業に追われた。つい先ほど名鉄犬山線鵜沼行き最終列車で帰宅。今は(二十八日の)午前二時を遠に過ぎている。

 あす=二十八日、すなわち今日=の夜、名古屋・徳川園内、宝善亭で開かれる伊神権太の帰朝報告会で地球一周の途次、行く先々でユーチューブを通して発信したこの〈平和のメッセージ〉を公表するに当たって、事前の最終編集作業とチェックをするためで、結果的には「つちやホテル」で一日缶詰め状態となったのである。あす=今日=も朝早くから、ふたりで作業することにしている。

 それはそうと、午前九時過ぎ、名古屋駅西口のビッグカメラ前で待つ映像の落とし子・アタル(敬称略)は、少しの間にまた一段と精悍な感じとなっていた。聞けば、下船した今も第67回ピースボートの残務処理と映像編集などに忙殺されていた、とのこと。なんとかそれら本来の仕事をこなしての名古屋入りだった。帰朝報告会では、彼に〈平和のメッセージ〉の映像放映をしてもらう手はずだけに彼がいないことにはせっかくの催しも出来ないのである。作業は、ふたりとも一室にこもって丸一日半というもの、深夜から未明、午前中と続いたが幸い、あすの午前中には無事すべての作業を終えそうだ。まさに滑り込みセーフとは、このことをいう。

 この日(二十八日)は、作業の合間に「熱砂」同人への原稿の積極的な提稿呼びかけをメールで行ったり、某週刊誌の腕利きカメラマンとも電話で話し合う、など忙しくはあるが、充実した一日になった。

 船内仲間と言えば、昨夜、社交ダンスで一緒だった名古屋のヨシさんから電話が入り、懐かしく歓談した。ヨシさんは愛知県警の一線を三年前にリタイア。金沢―奥飛騨間で毎年行われているネイチャーランには現役時代から続けて参加されている。根っからのスポーツマンだけに、帰国後も毎朝、自宅周辺の十キロを走っているとのこと。社交ダンスの方も「近くの公民館に練習に行っている」と充実した日々で、なんともまぶしい存在だ。「(東日本の人々を励ますため)来月は福島まで行って走ってくる」というヨシさん! がんばってくださいね。

【新聞テレビから】☆「A・ウィリアムス氏死去 84歳 歌手「ムーン・リバー」、「領土『法に従い解決』 首相、中韓名指し避ける 国連演説へ」、「自民総裁逆転で安倍氏 石破氏を要職に起用」(27日付、中日朝刊)
☆「2人の死刑執行 福島の信者4人殺害など 野田内閣計7人」、「御園座、松竹と業務提携 再建策一環で関係強化」(27日付、中日夕刊)「自民幹事長に石破氏 あす新体制『選挙の顔』に起用」(27日付、毎日夕刊)

平成二十四年九月二十六日
 日馬富士が大相撲の第70代横綱になり、安倍晋三元首相(58歳)が四十年ぶりの自民党総裁選で、それも決選投票で一回目の地方票で過半数を獲得して一位になった石破茂前政調会長(55)を破って新総裁に再選されたこの日ー。私にとって一番印象深かったのは、NHKテレビのローカル番組で「節目の〝サイトウ・キネン〟 密着オペラ公演」を見たことである。

 番組は、先月十九日に松本市民芸術館であった二十年目の音楽祭でオペラ「火刑台上のジャンヌ・ダルク」が無事、実現するまでの過程を描いたもので、まさに楽都にふさわしい内容で感銘を受けた。
 ことしは、音楽祭のきっかけを作った指揮者小沢征爾さんの病気回復の関係で小沢さんが総監督に回り、指揮者は小沢さんの推薦もあって三十三歳の山田和樹さんにバトンタッチ。とはいうものの、やはり小沢総監督の助言と指導は欠かせず、会は成功のうちに終わった。指揮を譲った小沢さんが立派なら、その大役を無事、果たしたマエストロの山田さん、全ての演奏者、演出者……そしてオーディションまで受けオペラの舞台に立った松本市民ら、関係する全員がひとつ心に融け合っての見事なハーモニーが、そこにはあった。
 さすがは、私が大好きな松本である。

 信州松本は、かつて私が地方記者として第一歩を踏み出した地だ。それだけに、思い入れが強いのかもしれない。昭和44~46、7年当時、松本支局員だった私はサツ回りとしてオートバイに乗って松本平を取材して回っていた。女鳥羽川、犀川、薄川…など何本もの川が流れている松本は〝日本のセーヌ〟と言われ、少し安曇野に足を延ばせば目の前に白雪をかぶった北アルプスの峰々が天に突き刺さっていた。
 白壁の目立つ街並み、ベ平連の活動や学費値上げ反対闘争の盛んななか、信大生ら学生たちのたまり場でもあったクラシック音楽の店「まるも」、縄手商店街…と、1つひとつが思い出深い。あのころは、どの子も育つ三歳児教育をうたい文句とした鈴木メソッドのバイオリン教育が有名で故鈴木鎮一さんの元にもよく取材で通ったものである。
 町の至るところから、清流に乗って音が流れてくるような、そんな音楽の町でもあった。その後、今から二十年前に始まったというサイトウ・キネン音楽祭は、こうした土壌があればこそ、生まれたと思う。

 朝。妻の命令で、少し早いなとは思いながらも、冬を前に電気ストーブや石油ストーブ、敷物やカーペット類を倉庫から出していると、目の前に黒に白のぶちが入った可愛い猫が近づいてきた。どこかで見たことがある。ふと顔をあげると、そこにはなんと能登と大垣で共に暮らした〝てまり〟がいたではないか。(「てまり」については、私の著作『一宮銀ながし』(東京・風涛社刊)の中の掌編小説〈てまり〉に詳しい)。
 でも、そんなはずはない。彼女は能登で私たちと一緒に暮らしたあと、私の次の着任地である大垣にもしばらく居たが、ある朝、車に跳ねられ死んでしまったのだ。それとも天国から〝てまり〟があいさつに訪れたのだろうか。
 本当に、〝てまり〟そっくりの野良猫を前に思わず「ありがとう。おまえも元気でいれよな」とつい、語りかけてしまったが、その猫は私と視線を交わすが速いか、アッという間にいずこかに消え去った。世の中には信じられないような、不思議なことがよく起きる。これとて、神の業なのかもしれない。

 日馬富士の横綱昇進に伴う使者を前にしての口上「全身全霊で」をテレビで見ていたら、「この人の〝全身全霊で〟は、スゴクよく分かるの。だけれど…」と彼女。「えっ、何」と聞くと「あのねえ~。安倍さんの〝全身全霊で〟は、チョット信用できない。重みが伝わってこない」。というわけで、アベさんには、言葉の重みが有権者に伝わるよう、生まれ変わった気持ちでやってほしい。
 片や、美辞麗句の野田さんだ。どっちも、どっちで、要は我々国民の気持ちをどこまで掴めるか、だ。ともあれ、安部さんの言うとおり、国難の時だけに、この際、日本の再生を期待したい。

【新聞・テレビから】☆「歴史秘話ヒストリア 絶景! 全国タワー名所=大阪・道頓堀の通天閣はことし100周年」(26日夜、NHK総合テレビ)
☆「三重の漁船沈没 遭難発信機を発見 現場から68キロ 周辺の捜索継続」「13人どこに早く姿を おいのため74歳乗り続け」「少しでも近くに 家族ら毛仙沼へ」(26日付、中日朝刊)「50年の歴史に 大名古屋ビル THANKS」(26日付、毎日朝刊)
☆「手のひら認証ATM 大垣共立銀スタート 羽島の支店で、国内初」、「日馬富士『全身全霊』 70代横綱 揺るがぬ決意」、「小沢氏控訴審 即日結審 高裁、新証拠採用せず 判決11月12日」、「彼岸花。こちらの岸に植えてみた。愛知・半田の矢勝川。『ごんぎつね』の童話にあやかって。百万の花が、ことしも人を引き寄せる。葉は花思い、花は葉思う。彼岸花。またの名を、相思花〈夕歩道〉」(26日付、中日夕刊) 

平成二十四年九月二十五日
 先日、手元に送られてきた「じゅん文学」(平成24年10月号、73号)を手に、途中読みながら名古屋へ。名鉄電車車内で読み進めるうち、創作の一編一編に作者のなじんだ土地の匂いのようなものが感じられ、好感を持った。どの同人も人生を真剣に見据えて生きておいでになる様子が、よく分かる。この面でもなんだか、ホッとした気持ちになる。
 またエセーも、読みごたえがあり、なかでも横山正子さんの「願掛け掃除」はユーモアにあふれ、息子の大学合格を祈願して母親が「風呂掃除で願を掛けよう」と毎日浴室内の掃除に励んだ結果、「おかげさまで、息子は地元の超無名の私立の大学に何とか合格できた」と謙遜するところもなかなか楽しい。「その息子も、社会に出て今年で六年目になる。」とあるが、おそらく謙虚で控えめな、とってもステキなお子さんに違いあるまい。文は人なり、お母さんの優しく底抜けに明るい人となりがよく現れている。
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 70号の若草田ひずるさんの「見返り仏」が『文芸思潮』の全国同人雑誌優秀作に選ばれた。優秀作は六編で、九月十七日に公開選考会が行われて最優秀賞の「まほろば賞」が決まる。
 つまりはこの73号が発行される頃にはもう決まっているということで、ご本人はもとより、同人一同も楽しみにしている。
 六年前にも45号に載った古澤崇さんの作品が優秀賞に選ばれて、じゅん文学としては初めて『文芸思潮』の「同人雑誌紹介」欄に登場した。あれから、それなりの苦労もあったが、何より嬉しいのは、多くの同人の作品が『文芸思潮』や『全作家』や『文学街』で好評を得ていることである。なかには『季刊・文科』に再掲載されたり「全作家賞」を受賞した作品もあった。毎号のように誰かの作品が取り上げられていて、主宰者冥利に尽きると言ったらいいか。……」(編集室の窓・戸田鎮子から)

 「じゅん文学」といえば、中部圏を代表する同人誌といってよく、ページを開くつど刺激を与えられている。皆さんの、ますますの健筆を心からお祈りしたい。

【新聞テレビから】☆「『横綱・日馬』あす誕生 横審、全会一致で推薦」「『全身全霊』再び口上に 理想像に『私は私…』」、「山本昌 来季も現役」、「三重の漁船沈没『衝撃後1分で浸水』 不明13人の捜索続く」「戦前から欧州でバイオリン演奏 諏訪根自子さんが今年3月に死去。92歳。東京都出身」(25日付、中日朝刊)
☆「尖閣周辺 台湾漁船団が領海侵入 巡視船も 海保が警告」「〈近事片々〉オウム捜査終結。集団の思考まひがもたらした未曾有の凶悪事件。誰か止めてくれと内心念じながら、とどまることができなかった者も。その闇の深さ。」(25日付、毎日夕刊)

平成二十四年九月二十四日
 秋風渡る空。澄み渡った秋の空。昆蟲の高く飛んでゐる秋の空。……
 秋は氣が澄んで空が高く感ずる。それを秋高しといふ。「天高し」。
 秋の空がいよいよ、美しい季節となった。
 ♪天高し雲行くまゝに我も行く(虚子)=歳時記「花鳥諷詠」から

 雲行くまゝに。きょうは水都・大垣へ。尾張一宮駅まで名鉄バスで行き、ここからJRの快速で大垣へ。途中、乗り継ぎ駅の尾張一宮駅で思いがけず、ほぼ出来上がった同駅新ビルの外観をみて、驚いた。私が新聞社の一宮主管支局(現一宮総局)長時代のビルがあまりにも老朽化してオンボロ過ぎたせいかも知れない。だが、いきさつはどうあれ「とうとう、地元が熱望していた新しいビルが出来たか」と、なんだか感慨無量である。地元経済界や市民の喜びが伝わって来るようでもあった。
 そういえば、一宮中日文化センターも十月から新駅舎ビル誕生に合わせ、名鉄一宮百貨店内に移転すると先日、かつての同僚から聞いた。

 互いに相乗効果で駅一帯の発展と人の動きの活性化につながれば、それに越したこともあるまい。尾張一宮といえば、やはり三河の豊橋と並び、愛知県のもう一方のかなめだからだ。

 大垣では会うべき人にお会いして先の洋行中、何かとお世話になったことに対する礼を述べ帰ったが、お寿司屋さんで昼までご馳走になってしまった。江南の自宅に帰宅するや、先の地球一周の船旅の関東に住む船友仲間の女性から電話が入り、とても懐かしくかつ嬉しかった。着信メールをチェックすると、ほかの何人かからも二十八日に名古屋市内で予定される私の帰国報告会などに関しての連絡事項が入っていた。それにしても、みんなよい人ばかりだな、とつくづく思うのである。

【新聞・テレビから】☆橋田寿賀子ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」二時間スペシャル後編(24日夜、CBCテレビ)〝嵐〟の日中国交40年 膳場・播摩が北京中継(24日夜、NEWS23クロス)
☆「日中40周年式典中止 中国通告 尖閣問題で圧力」、「(ミュージカルの)アイーダ 名古屋魅了 劇団四季、5年ぶり公演」、「皇后さまの喜寿祝う(東京・元赤坂の東宮御所で)」、「竹島『日韓共同管理に』 維新討論会 橋下代表が提言」(24日付、中日朝刊)
☆「財界訪中団派遣を延期 経団連会長らは27日訪中」、「漁船沈没13人不明 宮城沖 貨物船と衝突 9人救助 三重・紀北町所属」(24日付、中日夕刊)
 
平成二十四年九月二十三日
 大相撲秋場所の千秋楽が東京・両国国技館で行われ、三度目の綱とりに挑んだ大関日馬富士(はるまふじ)公平=伊勢ケ浜部屋、モンゴル出身=が横綱白鳳に下手投げで勝ち、十五戦全勝優勝を果たした。それも先場所に続く全勝優勝で場所後の横綱昇進を確実とした。夜のNHKサンデースポーツで笑みを浮かべて語る日馬富士、その表情がまた、まぶしくてよかった。
 二場所連続優勝について聞かれた日馬富士は「全身全霊で。一生懸命に頑張りました」を繰り返し、モンゴルの母親の「(2006年12月に交通事故で)亡くなったお父さんが生きていたら、どんなにか喜んだことでしょう。私はあなたのことを誇りに思っています」の言葉には「父と母には、このからだを与えてくれ〝恩返し〟を出来、嬉しく思っています」と答えた。
 さらに感心したのは、このあと彼の口から出た次の言葉である。
 「〝恩返し〟は出世することではなく、ちゃんとした生き方をすることです」。

 待ちに待ったすばらしい横綱が、いよいよ誕生する。横綱の理想像を聞かれた日馬富士公平は「私は私。ハルマフジはハルマフジです」とも答え、印象深かった。
      ×      ×
 きょう妻と私の両方の父の墓参りをしたあと、実家の母を訪ねると弁護士の兄夫妻が居て「おはぎを食べよう」というので一個だけ食べた。その兄が弟である私の顔をしげしげと見て「たかぼう、おまえ、地球一周の船旅から帰ってきて、すごく若々しくなったじゃないか。どう見たって五十三、四歳にしか見えない」というので、かえってこちらが驚いた。
 貧乏弁護士かつ、いつも正義の味方の兄には、とてもお世辞をいうことなど出来っこない。ということは、本気で言っているらしい。いよいよボケ始めたのか。でも、まだまだ世のため人のため、を掲げて現役弁護士真っただ中なのだから、そうそうボケるはずもあるまい。
 「だけど、いつも俺の顔を見るたびに、ここ何年来というもの、〝もう髪がボサボサ。どういう格好をしとるの。今すぐ、床屋に行ってきなさい〟というお袋がまだ何にも言いへんよ」と言うと、横から満九十二歳のお袋曰く「いい時は、だまっとるの。ひとさまにとても見せられん時だけに、注意しているのが分からんのか。おまえは」ときた。

 ということは、自分ではもう〝枯れススキ〟とばかり思い込んでいた私にも、まだまだ若いエキス、存在感があるということなのか。それとも地球一周の船旅で三カ月間も日本を離れ、メキシカンハットというお土産までもらったのでリップサービスのつもりなのか。いやいや兄には、とても言えるわけがない。そんなことを頭のなかで考えていると、なんだか頭上で地球が周り、船が揺れているような、そんな錯覚まで覚えた。

 そのメキシカンハットだが兄の頭には合わない、と義姉から聞かされた時には、これまたショックだった。せっかく、わざわざメキシコのエンセナーダの町中まで出て購入してきたのに。頭に合わない、など思いもしなかった。自分でもかぶってみたが丁度良かったはずなのだが。まさか事前に兄の頭の大きさまで聞いて船旅に行くわけにもいくまい。やはり兄は昔から勉強ばっかりしていたので、普通の人間より頭が異常にデカくなっていたのかもしれない。
 というわけで、義姉によれば、メキシカンハットは名古屋の自宅に飾ってあるのだという。それはそれでいいかもしれない。

 夜。江南の知人と一献。飲みながら昼間の「歳の話」になり、年齢は人によってそれぞれ違う。人間には生後で決める、判で押した歳とは違う歳があり、それこそが本物の年齢なのだ、ということで話が一致した。要は、それぞれの努力次第で歳も取ろうが若くもなる、ということだ。こうした話をすること自体、少しばかり老いた証拠なのかもしれない。兄の言葉を私に対するエールと信じて、これからも若々しくありたい、と思ったことである。

【新聞・テレビから】☆「大名古屋ビルヂング 今月でお別れ 半世紀 よくもったね」、「民主化への功績 スー・チー氏に賞 米シンクタンクが授与」(23日付、中日朝刊)
☆「二つの故郷に根差してー中上健次没後20年」、「シャープ創業100年 『オンリーワン』正念場」(23日付、毎日朝刊)

平成二十四年九月二十二日
 土曜日。秋分の日である。〈暑さ寒さも彼岸まで〉とは、よく言ったもので、さすがに残暑もここまで、か。少しは過ごしやすくなってきた。
 そんな〝つるべ落とし〟の朝、私の携帯の体内で急き立てるようにメールの着信音が鳴った。

 開くと、思いがけず、あの安江都々子さんからだった。私自身も、このところは彼女のことが心配で毎日、メールをしよう、しなければと思っていた矢先だけに、なんだか頭を一撃されたような錯覚に陥りもした。「安江さん、ごめんなさい」と思わず、携帯を手に頭を垂れていた。
「こんにちは、ご無沙汰してます。今日ナゴヤ球場、最終戦で来ました。今度10月3日に入院して手術します。なかなかお目にかかれません」。
 読ませていただいた瞬間、私は〈もっと早くなぜ、自分からメールしなかったのだ〉と薄情極まる自身を心のなかで責めたてた。私はすぐに「毎日メールをしなければ(と、とても気に病んでいました)。でも、返って安江さんの心を惑わしてはいけない、と思い。お許しください。あとで電話します。」と言い訳めいた返信メールを打ち、午後、試合が終わったころを見計らって電話させていただいた。安江さんは、元気でいた。よかった。

 というわけで、きょうはドラゴンズ公式ファンクラブのお母さんで知られる安江都々子さんと久しぶりに電話であれやこれや、と話し合った。彼女はガン(肝臓)と闘病中の身ではあるが、きょうはファンクラブの仲間に助けられナゴヤ球場へ。「2軍の最終試合なので」ということで球場を訪れたという。
 安江さんと言えば、私がファンクラブ事務局で会報編集担当として在任中、お世話になり通しで甘えてばっかりだった。当時、ナゴヤ球場の2軍戦には必ず彼女の顔があり、若い選手を日々励まし続けもしてくださっていた。若い選手の間では今も掛け替えのない存在であることは間違いない。みな「お母さん」「母さん」と言って慕っている。

 その安江さんときょう電話で話しをさせていただいた限り、これは私の直感ではあるが声の調子などからしてガンには勝てる。そう信じたい。手術は来月、名古屋の国立病院で行われるが元気で生還されることを願う。ただ足が弱り、歩くのが辛いとのこと、こちらの方も早くよくなってほしい。私自身、地球一周の船旅から帰ってまだ一度もお会いしていなかった非礼もこの紙上を借り、詫びさせていただく。つくづく俺はなんて勝手な男なのだろう、と思う。
 それとも、私はゴンタクレの名に甘えているのか。まだまだ甘すぎる。
 
 ふと私は空を見上げた。
 そうして〈秋空に未来永劫と書いてみし〉〈曼珠沙華人恋ふごとに朱け深く〉と、私の大好きな秋の句ふたつをつぶやいてみた。

 今夜のCBCテレビの「ニュースキャスター」で先ごろの日本政府による尖閣諸島国有化に伴い発生した、反日デモの嵐に関連して〈反日デモ 映像分析「中国の抱える問題とは?」〉について分析。中国では1990年代に生まれた、ジュウリンホウ、いわゆる〝蟻族〟と言われる苦労を知らない、わがままな世代がデモの中心となっているばかりか、一日当たり1200円をもらっていたのではないかーとの衝撃な指摘がされていた。

 確かに日本大使館や日本企業、飲食店、百貨店などの建物への放火、投石、略奪行為…を見逃すわけにいかない。逆に、日本国内で中国関係の飲食店や建物に対する放火や略奪などは今のところは聴いていない。日本の国民の方がはるかに冷静に、一歩離れた視線で中国社会を見ていることも、この番組ではよく分かった。

【新聞・テレビから】☆「やらせか? マジか? 中国〝暴走反日デモ&消えた1000隻の漁船〟」(22日夜、CBCテレビ・ニュースキャスター)
☆「閣議決定回避 米が要求 原発ゼロ『変更の余地を』 政務官ら訪米時 安保に影響懸念」、「一歳児の点滴に水や茶 愛知県警江南署 傷害容疑、叔母を逮捕」(22日付、中日朝刊)
☆「野田首相 大差で再選 民主代表選 輿石氏に続投要請 24日までに党役員人事」(22日付、毎日朝刊) 

平成二十四年九月二十一日
 大相撲の元小結で東十両12枚目の黒海(31)=グルジア出身、追手風部屋=が秋場所13日目のきょう、引退した。黒海は、大相撲では初の欧州出身力士で現役関取ではトップだった通算連続出場が882回で止まってしまったが、わが家のアイドルだった。
 大相撲が始まれば毎日「黒海どうだった?」と言うのが、わが家の合言葉で黙々と相撲道に打ち込む姿は、本当に好きだった。2001年夏場所で初土俵を踏み、押し相撲が得意で2006年秋場所には新小結に昇進、幕内在位45場所、金星2個、敢闘賞を2度獲得した。まさに、あっぱれなお相撲さんであった。

 プロ野球の方は巨人が東京ドームでキャプテンの阿部慎之助が本塁打を放って6―4でヤクルトを破り3年ぶり34回目のリーグ優勝を決めた。ドラゴンズは甲子園で47歳の山本昌が先発し五回1失点と好投、3―2で阪神に勝ち、なんとか高木中日の面目を保った。民主党の党代表を選出する臨時党大会が東京都内で開かれ、野田佳彦首相(55)が一回目の投票で過半数を獲得して党代表に選ばれた。任期は三年。

 きょうあるドラゴンズファンと話していて、前中日ドラゴンズ監督の落合博満さんがオリックスの新監督候補に急浮上している、と聞いた。会話を交わすうち、その落合さんが和歌山県太地町にある「落合博満記念館」に滞在していた先月十六日に救急車で病院に運ばれたという。この一件は、八月末発売の「週刊ポスト」で初めて報道されたが、当初疑われた脳梗塞の心配はなさそうだ。
 ただ落合さんは、顔面マヒを患っており、今も多少顔にゆがみがある。ご本人は先日都内で行われた講演会で「結構、この顔気に入っている」と堂々としていた、というのだが…。いずれにせよ、落合さんといえば日本プロ野球界の宝だけに、早く良くなってほしい。

 これは、あくまでインターネットの情報だが「顔面麻痺の落合博満氏 今も睡眠剤を飲み続けていると明かす」の項目が気になる。睡眠剤といえば、知人女性も常用しているが、あまり飲みすぎないように。日ごろの体調管理をしっかり、とお願いしておきたい。優秀な人間ほど、無理をするうえ感覚も鋭敏なため、睡眠剤にたよりがちだ。女性の場合、ことしの正月、息子夫婦に招かれた席でつい、飲みなれないお酒を飲んだうえ睡眠剤をのんで寝たのが悪かった。翌朝起きたら、目がポンポンに腫れ上がり顔面が一変し、あわてて病院に行き危機一髪で助かった。(酒を飲んだあとに、睡眠剤を飲むことは事程左様に大変、危険なのだ)

 もしかしたら、落合さんも酒を飲んだはいいが眠れなくて睡眠剤をのみ、急におかしくなったのではないか。自分のからだは自分で守らなければ。油断大敵だ。この際、人生の年上の先輩としてメチャだけはするな! と、苦言を呈しておきたい。優秀な人間ほどあっさりと逝ってしまう。人間嫌われてもいい。元気で長生きしなければ。百歳を通過して、なお心身ともに丈夫であれば、これに勝るものはない。

 二十八日に迫った私の地球一周船旅からの帰朝報告会を前に、きょうも失礼があってはならない方へのメールや電話連絡などに追われた。中には、ぎふ清流国体で陛下の案内役を頼まれ日程がわからなかったため返事が遅れてしまいましたーと丁重な出席通知をしてくださった方までいる。ありがたいことだ。

 夜。たまたまNHKテレビで復元されたばかりの東京駅をスクリーン代わりに最新の映像を映し出すシーンが生中継されるのを目にしたが、私には不満の残る映像だった。東京の夜を照らす幻想の光もいいが、現実の生活に根差したものが見受けられない。私には、たとえ若手映像作家なる輩がコンピューターを駆使した映像とは言え、納得がいかない。
 たとえば、明治から大正、昭和、平成へと移行する人々の風俗を映し出したり、日本の季節や世界の代表的な駅舎を再現する、とか。そうしたより具体的な発想がなぜ出来ないのか。私が責任者なら、即刻ボツにしたに違いない。何も訳の分からないゲテモノを流せばよいものでもあるまい。
 もっと生活感と人々の息吹、歴史を感じさせるものがなぜ出来なかったのか。あれでは単なる初心者のアート、こどもの遊びと言って良く多額の費用をかけた割には、生かし切れてはいない。再考を願う。

【新聞・テレビから】☆東京駅舎が七変化…最新アートを生中継(21日夜、NHK・ニュースウオッチ9)☆「『失笑』誤用6割 正解は『こらえ切れず吹き出す』 慣用句間違い浸透 国語世論調査『言葉を意識』は増加」(21日付、中日朝刊)「『むかつく』使う人 過半数 『まったり』3割■広まる若者言葉 国語世論調査」(21日付、毎日朝刊)
☆「首相 民主代表再選へ 訪米後に内閣改造・党人事」、「オスプレイ初試験飛行 米軍岩国基地 地元反発は必至」(21日付、中日夕刊)「寝たきり4歳 放置死 容疑の両親逮捕 食事十分与えず 豊橋」(21日付、毎日夕刊)

平成二十四年九月二十日
 朝食の席に座ると、隣で「やっと秋らしくなってきたわね」と彼女。実感がこもり、二匹の愛猫も上を仰ぎ見て〈ニャー〉〈ニャあ~ん〉とうなづくように、それぞれ二度鳴いた。

 久しぶりに大垣が恋しくなり、〝順ちゃん〟(大垣平野学園理事長・平野順一氏)に電話。外出中だったが折り返し電話があり恐縮至極とあいなった。お世話になるばかりで、地球一周の船旅から帰国して以降、まだ電話ひとつしてなかった非礼を何より先にお詫びして近く私の方からお伺いすることとなった。
 〝順ちゃん〟には大垣支局長時代から海外取材に伴う「オランダ花ものがたり」といった事業展開や本出版などのつど、公私ともにお荷物になるばかりで、心苦しい限りだ。やはり、こちらから帰国挨拶をしておかなければ。お会いすれば、一匹文士(いっぴきぶんし)としての活路が見出されるや知れぬ。順ちゃんは、頼りがいのある、そういう大物なのである。

 帰国後、一カ月を経過したところで、きょうはどうにもならないゴンタクレ作家である私を陰日向となって支えてくださっている小中陽太郎さんをはじめとする何人か、にもお礼の電話やらメールをさせて頂いた。それが礼儀だからである。柔道少年のころから、自らに言い聞かせてきた〝精力善用自他共栄〟、この気持ちがその底にはある。そして、もうひとつ。〈人に勝つより、自分に勝て〉と昔のままのスピリットでいる。

 新聞各紙によると、日本政府が沖縄県尖閣諸島の国有化を閣議決定した十一日以降、政府機関や銀行、電力会社など少なくとも計十九のウエブサイトがサイバー攻撃を受け、一時閲覧できなくなったほか、最高裁や東北大病院など八カ所のサイトが改ざんされ、これらサイバー攻撃は「中国から攻撃されたものだ」という。
 警察庁などの調べで、一連のサイバー攻撃に伴い、中国のハッカー集団「紅客(こうきゃく)連盟」の掲示板や中国の大手チャット「YYチャット」上には、攻撃を呼びかける書き込みが相次ぎ、約三百カ所の日本の公的機関や企業が標的にされたという。こんなことをしていると、そのうち、サイバー戦争が勃発し、世界中が大混乱に陥るか、あらゆるものが一瞬にして消えてしまう時が来るのではないか。

 人間が人間の手で自らの首を絞め、そこには何も残らなくなる。そうした事態が起きても不思議でない。いっそのこと、宗教間や領土、民族間を巡る醜い争いや憎しみ、内戦、戦争の連鎖など。そうした見苦しい存在自体、消えてなくなってしまった方がいいのかも知れない。

【新聞テレビから】☆「北極海の氷 観測史上 最小に」(20日夜、NHK・ニュースウオッチ9など)
☆「『尖閣国有化は茶番』 習氏、日本を非難 米長官(パネッタ米国防長官)と会談」「19サイト攻撃受ける 中国から? 尖閣の国有決定後」「愛知県議会訪中中止へ 来月の江蘇省派遣」、「揺らぐ新エネ戦略 『原発ゼロ』後退 閣議決定を見送り」「『原発ゼロ戦略』早くも腰砕け 市民うんざり できもしないなら…/票のためか」「避難者 憤り つらさが分かってない/力ある人を優先」(20日付、中日朝刊)
☆「スー・チー氏と米大統領が会談 民主化後押し表明」、「〈大リーグ〉(ヤンキースの)イチロー(がブルージェイズとのダブルヘッダーに2試合とも出場して)1日7安打 ダブルヘッダー」、「東京ゲームショー開幕 スマホ向け急成長(20日付、中日夕刊)

平成二十四年九月十九日
 朝。起きるが早いか、妻・舞の「病院に連れてってよ」のひと声で病院へ。昼は名古屋へ。そして夜は自宅で読書と執筆。朝は病院に、と突然言われ「どうかしたのか」と彼女の身を案じ一瞬ドキリとしたが「以前に病院で出してもらった薬がなくなってしまったため、手元にないと不安だから」と分かって胸をなでおろした。
 このあと名古屋へは、久しぶりに船旅帰りの土産を手に、ヒ・ミ・ツの友だちと会食に。夜は週刊新潮の9月20日号や文學界十月号、中部ぺん19号などに目を遠す一方、テレビニュースもチェックして執筆に時間を割いた。

 ハラハラさせられながらも、何事もなく一日が過ぎていった。「イガミさん、あなた船のなかで何かいいことあったのでしょう。アタシには全部分かるのだから。好きな女ができたの。でも、あなたって。幸せよ。奥さまが出してくれたのだもの。感謝しなければ、ネ。お互いに今を大切に。元気でもっと、もっと長生きしようね」と兄弟分の彼女。

 きょうは、ほかに私たちのウエブ文学同人誌「熱砂」に今月から新しく入会された大津市の同人誌「くうかん」代表・眞鍋京子さんのプロフィールがアップされ、新生「熱砂」にとっては、記念すべき日にも。主宰として同人全員に新しい仲間のプロフィール掲載につきメールや電話での連絡に追われた。
 きのうピークを迎えた、日本政府による沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)国有化に抗議する中国の反日デモは中国側の「もう大使館には行かないでください」「理性をもって愛国を表現してください」の送信メール呼びかけとともに、大量の武装警察も動員。暴徒化が抑え込まれたこともあり、沈静化に向かいつつある。このまま静かになってほしく願うのは私だけではないだろう。

 夜のテレビ。メ~テレの報道ステーションで「さまよう〝原発ゼロ〟へ」を聞く。「原発ゼロあいまい 閣議決定見送り 新エネ戦略 経済界や米に配慮」「一貫性ない政府」(19日付、中日夕刊1面見出し)について、キャスターが盛んに民主党代表選に望む野田総理ら四候補を追求していたが、今夜の論に関する限り、反発は覚悟の上で野田総理の言が一番分かりやすく、理路整然としておりキャスターの放つ矢は、ことごとく交わされていた。
 舞はいつだって野田首相のことを美辞麗句が多すぎる政治家だと決めつけるが、私の見たところ、彼はさすが弁がたち、かつ努力家で分かりやすい。民主、自民両党とも代表選に立候補しているいまの貧弱な顔ぶれを見る限り、私の目には次の首相もこの人物をおいてほかにはない、気がする。
 尖閣諸島国有化に伴う反日デモについては、外交ルートを通じ誤解を解く努力をしている、とのことで「より平穏に長期的に維持管理するのが目的だったが、反日デモの嵐は想定の範囲を超えていた」そうだ。この点の見通しは本人が告白した通り甘すぎる。首相に再選されたら、まず中国を訪れ、国有化宣言に伴う中国国民の誤解について当然、陳謝すべきだ。

 今夜のナゴヤドーム。高木ドラゴンズは巨人との最終戦で3ー2で負け、今シーズンの巨人戦は10勝11敗3引き分けと負け越しに終わった。何をやっとるんだ! 巨人如きに負ける、とは。ジャイアンツだけには負け越してほしくなかったのに。あ~あ。クライマックスで仕返ししてくれるのを願うのみだ。
 
【新聞・テレビから】☆「JALが東証に再上場 高まる期待…課題は?」(19日夜、NEWS23クロス)
☆「大津中2自殺 いじめ事前に認識か 学校、文書で対応言及」(19日付、中日朝刊)
☆「『ブラックジャックによろしく』2次利用自由化 コピー広がれば本物の価値増す 佐藤(秀峰)さん 著作権問題に一石」(19日付、中日夕刊)

平成二十四年九月十八日
 やり方が許せない、と中国の若者を中心に想像以上に対日感情が悪化している。日本政府による今月十一日の尖閣諸島国有化に原因することは明らかだ。それもAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の席で野田首相が胡錦濤主席から国有化は避けてほしいーと言われ、その二日後になぜ、あえて国有化しなければならなかったのか。野田首相の真意が分からない。と同時に胡錦濤のメンツをつぶした、のは確かだ。
 これからでもいい。あなたの得意な美辞麗句と言われようがいい。両国の危機回避のためにも、尖閣国有宣言の経緯を当然、首相自らが出向いて中国側に説明すべきだ。場合によっては、誤解された部分に関して謝罪するのもいいだろう。これまで日中間で棚上げしてきた国家間の領有問題だけに、今回の国有化は中国側に抜き打ち的、かつ独断偏向と思われたに違いない。これだけを見ると、日本は卑怯極まる国と言われても仕方ない。日本政治には誠意のカケラもない。もっと下手に出て外交努力をすべきだ、と思う。
 かといって、無法極まる中国人の反日デモや暴力、日の丸の焼却、日本企業やスーパーへの投石などの破壊行為、暴徒化も許せない。中国で一生懸命がんばっている日本人たちがどんな思いでいるのか。一政治レベルの行き過ぎで、一般の日本人には何の罪もないことが何故分からないのか。このままだと、誤ったナショナリズムとナショナリズムが衝突しないとも限らない。
 日本政府にはこの際、総力をあげて両国関係の改善に努めてほしい。民主、自民とも代表選挙などにうつつを抜かしている時ではないのではないか。中でも自民党の代表戦の様子を見ていると、返って過ったナショナリズムを増幅させかねない。心配だ。
      ×      ×
 朝、わが家の家神といってもいい、長女家猫こすも・ここの様子がおかしい、と妻。前足の片方を何かで痛めたようでたいそうなビッコをひいている。くじいたのか、それとも何かでケガをしたのか、かみつかれたのか、が分からない。外傷はなく、左足が腫れぼったい。
 というわけで、近くの犬猫動物病院に連れていくも、例によってウーッと唸ったきり牙をむき、からだを触らせようとしないのでさすがのベテラン獣医もほとほと困り果てた様子。最後は私と看護師さん二人の大人三人で頭や体を押さえつけ、痛み止めの注射を打つことに、やっと成功。医師によれば、本格的治療をするとなると、麻酔を打たねばならず「お聞きすれば、このこ(娘)は、もう十八、九歳になる、とのこと。下手に麻酔を打つと様子がおかしくなってしまい、返っておかしくなるといけない」ということで苦渋の選択をした、とのことだ。
 帰宅後は、なんとか落ち着きを取り戻し、ビッコの様子も少しずつ治ってきているので大丈夫だ、とは思うが。いやはや、きょうは朝から彼女を病院に連れて行くまでが、これまた大変だったのである。舞が言うには「二、三年前までは跳躍力もあり二~三メートルぐらいの高さの箪笥の上にも始終乗り降りしていたが、このところはあんまり飛び乗ることをしなくなった。もう、トシなのだから」とのこと。ということは、何かに飛び乗ろうとして失敗し前足のどこかをくじいた、という見方が一番妥当な線である。
 おかげで、きょうは彼女に一日中、振り回された。こうした場合、次女猫シロちゃんなら、おとなしく診てもらうのに。こすも・ここの場合はいつも大騒動になってしまう。まだまだ長生きしてほしいだけに、人間の言うこともよく聴いてほしい。

 飛騨の国から一枚のはがきが舞い込んだ。かつて中日ドラゴンズ公式ファンクラブで同僚でもあった帰家圭吾さんからで、はがきには「この度、下記住所に引っ越したことをご報告いたします また3月には長男・悠吾が誕生しました お近くにお越しの際は、是非お立ち寄りください」と新住居と一緒に記されており、嬉しく思った。

【新聞・テレビから】☆「反日デモ激化 中国とどう向き合うのか」(18日夜、NHKテレビ〈クローズアップ現代〉)
☆「中国漁船1000隻尖閣へ 海域で操業か 反日デモ続く」、「伊勢エビ初日 豊漁で港活気 鳥羽・菅島」、「樋口広太郎氏 死去 アサヒビール元社長『ドライ』で業界首位」(18日付、中日朝刊)
☆「反日デモ 西安で禁止通達 柳条湖事件81年 当局が警戒」、「高齢家族『時間ない』 東京で集会『拉致』早期解決訴え」(18日付、毎日朝刊)
☆「瀋陽で記念式典」「中国関連株下落」(18日付、中日夕刊)「『小日本を倒せ』 瀋陽、総領事館前で響く 中国デモ」(18日付、毎日夕刊)

平成二十四年九月十七日
 はやいもので、オーシャン・ドリーム号に乗船してのピースボート地球一周の船旅から横浜港に帰航し、きょうで一カ月がたつ。私は相変わらず、船旅を題材にした小説一編【女たちのララバイ(仮題)】の創作に朝も、昼も、夜も、深夜未明にかけても、挑んでいる。おかげで一番の戦友であるはずの妻も、このところは少しだけご機嫌ななめだ。
 この小説では、一人の男としてあくまでこの世の女性たちに向かって、年は取ってもまだまだ若い、そんな男のどうにも制御のしようがない心理の揺れ動きを描き切るつもりでいる。主人公はふたりの妙齢の女性だが、作者の私としてはふたりの女性を描きながら、つまるところ一人の女性読者に向かって筆を進めている。その一方で船内でのたくましかった女性群像の素顔にも触れられたら、と思っている。ともあれ、読者であるすべての女性が物語のなかの主人公二人のうちのどちらか、だと思っていただけたら、それでいい。あくまで創作である。

 きょうは敬老記念日。中日新聞を開いて嬉しかったのは、第2社会面の「95歳 はつらつ新聞配達 27年ほとんど休まず 新城の中野さん 健康の秘訣『朝の空気』」の見出し入り記事。満九十五歳になった今も愛用の三輪バイクを快調に走らせ新聞配達を続ける愛知県新城市有海の中野徳次郎さんの存在である。中野さんは二十七年間、ほとんど休むことなく新聞の配達を続けておいでになる。いやはや、見事なものだ。
 記事によれば、中野さんは六十六歳のとき、重い腸の病気にかかり手術を受け「力仕事はできなくなったが、遊んでいるわけにもいかん」と六十八歳から新聞配達を始めたという。いらい、午前二時四十分に隣地区にある新聞店から朝刊が届くと、これをすばやく仕分けしてバイクに積み配達に出るのが日課で五時には九十軒への配達を終える。中野さんはむろん、このことを報道した新聞もすばらしい。

 嬉しい話といえば、今夜ナゴヤドームでドラゴンズが優勝を目前にしたジャイアンツに2―0で勝ったことだ。それに、あの浅尾投手が五月十三日いらいの登板でなんとか責任を果たしたことか。ニュースによれば、「浅尾もこうして出て登板数を重ねれば、だんだんと本来の力を発揮してくれるはずだ」と高木監督がコメントしていたが、今シーズン、残りわずかになってはいるが浅尾投手には、どこまでも期待したい。力は当然、あるはずだ。

 大型の台風16号は沖縄から九州、四国を経て、長崎などに大雨をもたらして朝鮮半島に抜けていったようだ。日本政府の尖閣諸島国有化に伴う中国での反日デモは相変わらず広がる一方で、千隻の漁船が東シナ海に向かっているという。あす十八日は満州事変勃発のきっかけとなった柳条湖事件が起き八十一年目に当たる日だけに、ひとつ間違えば、一色触発の恐れだってない、とは言い切れない。
 当然ながら、国の危機管理体制の徹底が望まれる。

【新聞・テレビから】☆「反日デモ80都市に拡大 中国 収束めど立たず」、「65歳以上 3000万人突破 総務省推計 団塊世代も仲間入り」、「悪質商法あかんよ ぎんさん4人娘PR」(17日付、中日朝刊)
☆「長かった~(山内)壮馬10勝 きょうからG戦 ナゴヤ胴上げ絶対阻止だ」「竜連勝でCS決めた 球団新11年連続Aクラス」(17日付、中日スポーツ)
☆「反日デモ 警察が催涙弾 広東省で暴徒拡大」、「『総裁に石破氏』首位32% 比例投票 維新、民主と並び2位 本社世論調査」(17日付、毎日朝刊)
 
平成二十四年九月十六日
 たえまなくおまえは
 鍬をにぎって土地を耕す農夫だった
 おまえのふりおろす鍬の刃先は
 必ず俺を血まみれに空の中へたおした
           (「農夫」より)

 先日、詩誌「宇宙詩人」代表でもある愛知県高浜市在住の詩人鈴木孝さん=名古屋造形芸術大学名誉教授、七十五歳=から2012年8月30日付で東京の土曜美術社出版販売から初版が発行された新・日本現代詩文庫98「鈴木孝詩集」が送られてきた。冒頭の詩は、その中の一編である。毎日、ページを開きながら、なかなか紹介できないでいたが、今日は時間的にも少し余裕があったので私たちのウエブ文学同人誌・新生「熱砂」のWHATS NEW欄でも紹介させて頂いた。

 解説のなかで野村喜和夫は「このたび、鈴木孝の作品を最初期からまとめて読む機会を得たが、誤解を恐れずにいうなら、すべては『泥の光』に流れ込むようにできているのではなかろうか。(中略)『泥の光』は真に驚くべき詩集である。まずその長さが半端ではない。二段組みの本書で七十ページ近くもあり、それでも抄出だ。エクリチュールへと向けられた主体のなみなみならぬエネルギー、あるいはその強靭な意志のようなものを感じる。」と打ち明け、現大阪文学学校長の長谷川龍生も「目で追う活字よりも、音楽と照明を操作しての朗読のおもしろさを演出すれば、いちだんとすぐれたものになるだろう。」とさらなる飛躍への可能性を提起している。

 確かに「鈴木孝」と言えば、ヨーロッパや中国、韓国など世界を舞台に長年、幅広く詩作を続けてきた努力家で、H氏賞などの候補作ともなった『泥の光』など多くの詩集でも知られる。その行動力と情熱、視野の広さは知る人ぞ知るが、この「鈴木孝詩集」を手に、よくぞここまで辿りつかれたーと敬服もしている。

 その一端として、文末の鈴木孝年譜を見るだけでも、これまでの詩人としての人間ドラマが垣間見られる。年譜には「名古屋大学文学研究科大学院修士課程仏文専攻に合格(昭和三十九年、二十七歳)とか「第二回ポメリー中部文化賞受賞」(平成七年十月、五十八歳)などいろいろあるが、「五月十二日、中日新聞夕刊『同人誌・その土俵』(伊神孝信記者)に、七段抜き写真入りで詩誌≪宇宙詩人≫が紹介される。」(平成十七年、六十八歳)と私の名前入りの年譜まであったのには、こちらまでが驚いた。
 いずれにせよ、遅くなりましたが、同じ文学仲間の一人として、鈴木さんのこれまでの労苦と栄誉を称え、さらなるご活躍と健康を願いたい。

【新聞・テレビから】☆「反日デモ最大規模 トヨタ、日産店舗襲う 中国50都市8万人」、「高3山口、200平世界新 2分7秒01 日本選手で北島以来」、「今池・千種 地下街に幕 名駅へ客足シフト…低迷 来年3月めどに廃止」(16日付、中日朝刊)
☆「オスプレイいらない 沖縄県民大会 5、6、7面特集」、「福島取り戻せ 原発事故1年半 復興へ課題山積」(16日付、しんぶん赤旗日曜版)

平成二十四年九月十五日
 日本政府が沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)を国有化して以降、中国国家海洋局の海洋監視船「海監」六隻が領海に侵入したばかりか、中国各地での反日デモがこのところ、留まるところを知らない。きょう午前には、北京の日本大使館前でデモ隊が断続的に抗議行動を展開、大使館にペットボトルや木片を投げつけたばかりか、警官隊がデモ隊を制御できなくなり、一部暴徒化。バリケードの一部が破られたという。
 こうした反日の嵐は尖閣が国有化された十一日から連続して続いており、デモ参加者は日に日に増加。上海の日本総領事館前でも数百人が釣魚島を返せ、と叫び、西安や成都、長沙など中国全土に広がりつつあるという。外務省は東シナ海の休漁期間が十六日に終わることもあり、中国漁船が大挙して押し寄せる可能性もあると見ており、事態は予断を許さなくなりつつある。十八日は満州事変の発端となった柳条湖事件の発生日でもあり、中国全土でのデモもありうるという。

 それにしても、野田首相、民主党の代表選どころではないではないか。今すぐにでも中国に飛んで行き何よりも暴徒の沈静化を図るべきだ。自民党総裁選にしても、日本の政治家たちはどこか、脳天気な連中ばかりのような気がしてならない。
      ×      ×
 本日付中日新聞の記事「原発ゼロという倫理」(論説主幹・深田実)が庶民サイドの目線ですこぶる良かった。
 「倫理委員会こそないものの、日本では3・11以降同じようなことが人々の間に広く深く起きていたのではないか。福島の母親らをさきがけに、国民は真剣に考え、自治体は不安の声を上げ、デモは拡大した。官僚や財界などの力で動くような政府に対し普通の人々がそれぞれに倫理的に判断し行動し始めた。
 このことはおそらく政府決定よりもずっと重みがあり、たとえ政権が代わろうと揺らぐはずもない。政治家は肝に銘ずべきだ。
 財界などには経済・雇用を心配する声がある。だが原発ゼロとは希望のあるイノベーション、技術革新を切り開く一大好機ではないか。過去を見直すことは、新しい価値や産業活動を創造することであり、恐れることではむろんない。
………
 日本は生まれ変わらなければならない。高度成長の時代を超えて、新しい人間中心の時代へと。」
 この中のキーワードは〈普通の人々がそれぞれに倫理的に判断し行動し始めた〉であり、筆者はさらに「このことはおそらく政府決定よりもずっと重みがあり、たとえ政権が代わろうと揺らぐはずもない」と言い切っている。オピニオンリーダーたる新聞がここまで断言してくれた、とは頼もしい。
      ×      ×
 きょうは午後、舞のリサイクルショップ「ミヌエット」で彼女にとっては、とっても小さくはあるが長年の夢が花開いた。というのは店内でのホームコンサートが実現、なんとその第一弾として私のハーモニカ演奏が餌食にされたのだ。むろん出演料も鑑賞料もなし、店を訪れた人々にとって、たとえいっときでも安らぎになれば、それでよいのだそうだ。
 演奏時間になると、ちいさな店内はいっぱいとなり、私は恥ずかしながら町の奥さま族を前に愛用のハーモニカで〈みかんの花咲く丘〉はじめ、〈ふるさと〉〈浜辺の歌〉〈この道〉〈赤とんぼ〉〈埴生の宿〉〈琵琶湖周航の歌〉〈知床旅情〉…から〈星かげのワルツ〉まで十曲ほどを吹いた。

 私にとっては、能登の「海の詩(うた)」大賞審査委員長になっていただくなど生前、私を大変よくしてくださった故加藤省吾さん作詞による〈みかんの花咲く丘〉はじめ、故・森繁久弥さん所有のクルーザー、メイキッス号船内で息子の泉さん(故人)の弾くギターに合わせ、それこそ夜を徹して森繁さんと一緒に歌ったことがある〈知床旅情〉、そして大津時代に何かがあるとは円陣を組んで仲間たちと腕を組んで共に歌った琵琶湖周航の歌……と、それぞれに思い入れがある曲ばかりだったが皆さん喜んでくれ、ホントに良かった。

 決して芸というほどのものではない。でも、この世のなか、何が生きるか分からない。これを機会に風来坊文士に留まらず、ハーモニカ、横笛、そしてまだ手探り状態ではあるもののアンデスのサンポーニャ演奏にも磨きをかけようと改めて思ったことである。

 家に戻ると、またまたパラパラパラと雨が降り始め、長女猫のこすも・ここが何を思ってか、私に甘えるようにからだを寄せてきた。私のハーモニカ演奏によるコンサートが、よほど思いもしなかったことなのか。自然ばかりか、愛猫までが驚いたようだ。

【新聞・テレビから】☆「30年代に原発ゼロ 政府推進路線を転換 核燃再処理は継続 新エネ戦略決定」、「東南アジアでもデモ 映像抗議 揺らぐ『寛容な国』」「『コプト教徒(エジプトで発展したキリスト教の一派)が映像制作』 米司法当局が特定 AP報道キリスト教一派 カリフォルニア在住」(15日付、中日朝刊)
☆「改憲に賛成65% 本社世論調査」(15日付、毎日朝刊)
☆「中国各地で反日デモ 大使館前 暴徒化 北京など拡大」(15日付、中日夕刊)

平成二十四年九月十四日
 昼前に、パラパラパラ、パラッ…と屋根を打つ異様な音がしたかと思うと、雨が降り出し2階ベランダに駆け上がるも、時遅し。せっかくの洗濯ものがビショビショになってしまい、おまけに大粒の雨に全身をたたかれ、泣くに泣けない。空の回復を待って、なれぬ手つきでもう一度干し直したまではよかったが…。
 夕方、自室で執筆中、今度は雷鳴がとどろき、洗濯ものは、またまた撤退とあいなった。家庭の主婦は、こんなことにも泣かされているのだ、と思うとかわいそうな気さえする。別に雨に限らず地震、台風、豪雨…と自然の驚異には勝てるはずもない。ただ、ひれ伏すのみだ。わが家の次女猫シロちゃんは、雷がよほど怖いと見えてゴロゴロゴロと天が鳴り出すが早いか、逃げの姿勢に入り私の部屋に入ってくる。

 ジョン・レノン音楽祭事務局から、ことしもジョン・レノンの命日でもある十二月八日夜、東京・日本武道館でジョン・レノンスーパー・ライヴが行われます、との案内文つきメールマガジンが届いた。
 このコンサートは、オノ・ヨーコさんの『世界の子どもたちに学校を贈ろう』の呼びかけで2001年から実現。以降、毎年開かれてきているもので、過去十一回のコンサートで二十八カ国、計百十七校の学校建設を支援してきたことでも知られる。ことしもコンサートの売上から十校前後の学校を支援、加えてコンサート会場ほかで販売されるチャリティー・グッズの売上の一部が東日本大震災で両親を失った子どもたちの支援金にもあてられるという。

 きのう本欄で不穏な世界情勢が気になると書いたが、このところは日本政府による尖閣諸島国有化宣言を受け北京の日本大使館前で国有化に反対する中国人らのデモが連日続いており、こちらも険悪だ。上海市内の路上では中国人から「日本人か」と声をかけられた日本人が突然、蹴られて打撲傷を負った。旅行業界への影響も深刻で訪日ツアーの予約の減少だけでなく、ツアー自体の取り扱いを中止する旅行会社まで出始めたという。
 ほかに韓国ともゴタついている竹島の領有権問題など、民族間の人間の業はどうにもならないものなのか。同じ人間同士なのに。いっそ、半分に割って半分ずつ領有したらどうか。

【新聞・テレビから】☆「反米デモ8カ国に イエメン大使館襲撃」(14日付、毎日朝刊)「もんじゅ廃炉方針伝達 福井県に『30年代原発ゼロ』 経産副大臣」、「尖閣問題 中部に影響 旅博『昇龍道』の交流会中止」、「河合さん(江南)の『日本奇術演目事典』 自費出版大賞のマジック 水中火焔や如意独楽…江戸以降の手品350種=尾張版」(14日付、中日朝刊)☆「100歳以上 初の5万人超 男女とも最多 42年連続で増加」、「中国船6隻 領海侵入 国有化後初 尖閣周辺に過去最多」(14日付、中日夕刊)

平成二十四年九月十三日
 プロ野球阪神タイガースの金本知憲選手(44)が昨夜、現役引退の記者会見をした。「1492」試合の連続フル出場は、ご本人の努力があればこそ、で世界記録の快挙だ。張本勲さんの「3085」(通算安打)、王貞治さんの「868」(通算本塁打)と比べても決して引けを取らない。心からお疲れさま、とその労をねぎらいたい。

 けさの新聞各紙は、どこも「鉄人が泣いた」「さらばアニキ」などの見出し入りで大きく報じているが私の心を引いた記事といえば、中日スポーツ5面の番記者メモだ。
 「愛車のハンドルを握りながら、金本がこう語った。『オレは、使いにくい選手にはなりたくない、と思っとるんよ…』」とあり、記事の中で筆者は金本自身の理想像に触れ「要はチームの使いやすい選手」になることに努めた点を強調。フルイニング決意のきっかけも「痛い、かゆいを言わず働き続ける選手が一番使いやすい」と言う星野監督の声を聞いたからだとしている。その分、金本は誰よりも練習に励んだことは知る人ぞ知る。
 このことは、どこの世界も共通している。私自身の経験から言っても「痛い」とか、「疲れた」、「忙しい」という記者に限ってたいしたことはなく、現場百回どころか現場ひとつ回っておらず、甘っちょろい輩が多かったと記憶している。

 金本の引退劇はさておき、このところの世界情勢がなんとなく不穏だ。気になる。
 イスラム教の預言者ムハンマドを侮辱する米映画がきっかけとなっての抗議デモがリビア、エジプト、チュニジア、モロッコ、スーダン…へと拡大。リビアでは東部ベンガジの米領事館が襲撃され、クリストファー・スティーブンズ駐リビア米大使ら四人が殺害された。事件を受け、米下院情報特別委員会では「国際テロ組織アルカイダ系の顕著な特徴がある」として2001年9月11日の米同時多発テロに合わせた攻撃だ、との見方まで示している。
 一方、中国では次期最高指導者への就任が確実視されている習近平国家副主席(59)が公に姿を見せない状態が十日以上も続いており、十月の共産党大会を前に、さまざまな憶測が流れている。このままだと、世界はどこへ行ってしまうのか。不安が高まっている。

 中東で繰り返される流血デモを見る限り、エジプトでお会いしたあの人なつこい方々の顔からは、とても『襲撃』などという言葉は想像もつかない。発端となったイスラエル系米国人が製作したという映画がユーチューブで世界を駆け巡り、よほどアラブの人々の心を傷つけたに違いない。故意によるムハンマドの性描写や暴力行為など、とても許せるものではない。アラブの人々を怒らせる、なぞ、よほどのことがあったからに違いない。

 そんな中、日本では昨夜大阪市内のホテルで開かれた政治資金パーティーとかで次期衆院選に向けた国政新党「日本維新の会」の設立が宣言されたという。私に言わせれば、政治資金パーティーのお金があるなら、東日本に行って居酒屋で飲むとか、ほかにお金を落としてきたらどうか。
 大阪市長の黄色いくちばしの橋下某、これはいけない。名古屋の河村市長には、もっとしっかりしてもらわなければ。減税ニッポンの方が、訳のわからないナントカ維新よりは数段増しだ。ナントカ維新を担ぐくらいなら、明治維新の人々をもっと学んでから、と言いたい。天下の河村が訳知らずのヒヨッコにすり寄っているようでは世も末だ。
 私に言わせれば、無能集団に頭を巡らす暇があったら、国民一人ひとりに対する減税をもっと真剣に考えるべきだ。彼らは選挙で必要な金は自分の責任能力で出せ、と鼻息荒く横着なことを言っているそうだが、それこそそんな金があったら全部、東日本の復興資金に回すべきだ。こやつは何を言っているのだ、と怒っている人々も多いに違いない。このままでは寛容な私ですら、その政治姿勢を許さないだろう。

 それに比べれば、減税ニッポンの方がよほど純粋でよろしい。あなたとは、以前一緒に食事をした仲でもある。満九十二歳の私のおふくろサンは、名古屋でもないのに「河村市長は本当に民の気持ちを分かってくれている。ニッポンイチの政治家でさすが、尾張の殿さまだ」と大ファンだがや。訳の分からん維新かぶれの小僧どもに気を遣う必要なんて、これっぽっちもないのである。

【新聞・テレビから】☆「領事館襲撃 駐リビア米大使ら死亡 侮辱映像反発 イスラム圏拡大も」、「甲賀 伝統の花火のろし 忍法流星」、「政府 30年代原発ゼロ明記へ エネ環会議あすにも策定 再処理事業は継続」、「アコーディオン奏者 横森良造さん死去。79歳(13日付、中日朝刊)「『消えた』習近平氏 呼ぶ憶測 要人会議相次ぐ中止 中国外務省 事実上沈黙」(13日付、毎日朝刊)☆「米領事館襲撃 アルカイダ関与か リビアと合同捜査」(13日付、毎日夕刊)「南京の日中漫画展延期 『尖閣』反日デモ警戒 愛知県など主催」(13日付、中日夕刊)

平成二十四年九月十二日
 地下鉄に乗っていても、電車、バスに乗っていても、だ。このところは年齢からくる寂寥感というようなものに時折、襲われる。この孤独感、おそらく若かろうが年寄りであろうが、ちいさなこどもであろうが、皆感じるのではないか。
 逆に言えば、ニンゲンたるもの、それぞれが年相応に生きている証しかもしれない。私の場合、三重県・志摩半島で地方記者生活をしていた頃と比べても、いつだって同じ二十代後半でいるつもりなのだが…。残念ながら、そうは見えないらしい。現実に目の前に自分と同年齢の人を見せつけられると、自分が信じられなくなる。

 そういう私の勝手な思い込みを舞は「どんなに頑張ったところで、トシはトシなのよ」と言って「もういい加減に諦めな」と引導を渡してくる。「六十過ぎたらおまけだ、と思わなくっちゃあ。あなた。おまけなのだから」とたたみかけてくる。あ~あ、ヤダ。ヤダ。だなんてそんなことを思う時間があるなら、早く一作でも多く俺にしか書けない、名作を書き残しておくことだ……。私の中にいるもう一人の私がハッパをかけてくる。

 なぜ、こんなことを書くかと言えば、乗り物に乗ればのったで、喫茶店に入れば入ったで、高齢者の表情がどの人もなんとなく寂しく、死にゆく時をただ黙って待っているような、そんな気がするからだ。近ごろ「人間たちは、こうして次第次第に消されていくのだ」とそんなことを思ってしまう。
 以前お会いした女性曰く「自分が寂しく思っているから、他人まで寂しそうに見えるのよ」と。そうは思いつつ、秋の気配もあってか、このところは、どこか寂しい。ニンゲンは孤独と悲しさのなかを生きていくもの、とは分かっていながら、どこかで足掻いている自分が見苦しい。
      ×      ×
 昼間、ふと立ち寄った喫茶店で某スポーツ紙を見たら「53才 坂上みき『無事2600グラムの男の子を出産しました』 体力、気力、経済力、知力すべて充実……マネはダメ」の活字が飛び込んできた。ご丁寧に芸能人の主な高齢出産の一覧表付きで「06年にはスペインで67才の女性が双子を生み当時、出産の世界最高記録とされた」「08年にはインド北部で70才の女性が体外受精で女児を出産。地元紙は当時『世界最高齢出産』と報じた」の記述まであった。
 ちなみに高齢出産一覧によると、タレントのHさん、歌手・作家のTさんがそれぞれ46才で子を授かってトップ。プロレスラーのGさんも45才で出産し、なかなかたくましい。元気を与えてくれる記事、とはこういうものをさすのか。たまには、こうした記事も微笑ましくてよい。

【新聞・テレビから】☆「一本松お別れ きょう切り倒し」、「小中高いじめ7万件 地域に帰り『把握が不十分』文科省11年度調査 子どもの自殺200人 25年ぶり」(12日付、中日朝刊)☆「富士山うっすら雪化粧 平年より18日早く」、「『短編映画 ムハンマドを侮辱』米領事館員襲われ死亡 リビア エジプトでも暴徒化」(12日付、毎日夕刊)

平成二十四年九月十一日
 東日本大震災の発生からきょうで一年半。一万五千八百七十人が死亡し二千八百四十六人(今月五日現在)がいまだ行方不明のままだ。仮設住宅などで避難生活を送る被災者となると、岩手、宮城、福島の三県を中心に二十七万八千人にも及ぶ。また被災地を傷つけた瓦礫の山も、焼却や埋め立てなどの処理済みは25%にとどまったままである。復興庁によれば、今も三十四万三千三百三十四人が全国に散って避難しているという。

 名古屋へ。わけあって栄中日文化センターを何年ぶりか、で訪れたが受講生が当センターだけでも二万人を超え文字通り日本一の規模のカルチャーセンターになりました、とスタッフから聞き順調な歩みに少しばかりうれしくなった。カウンターなど文化センター全体の外見や佇まいもよく、これなら皆さん満足なさるはずだ、と思った。

 栄に出たついでに書店でアンデスの楽器サンポーニャに関する書物を物色したが、あいにく音の吹き方に関する本は「ない」とのこと。帰宅後、パソコンで調べたところ、「サンポーニャの吹き方」なる項目が出てきた。さっそく、見よう、見まねで上唇を前に突き出すようにしてアレコレ吹いてみると、以前ウンともスンとも言わず全くでなかった音が、なぜか魔法にでもかかったように、スンナリ出てくるではないか。
 この瞬間は、最初のうちなかなか音が出なかった横笛が、急に音が出るようになった、あの時の感触と似たものがある。そうだ。幼き日々にある日突然、自転車に乗れるようになった時の、あのたまらない感触と同じである。
 「あっ、音が出た。出たではないか」。私はうれしくなり、その後も二度、三度とふいてみた。どうやら、音だけなら出せそうだ。そう思うと、目の前がパッと開けた気がするから不思議だ。習うよりなれろ、だ。これからは唇を当てて勝手にメロディーらしく吹いてみよう。周りに先生がいないのだから自分でやるしかない。私にはハーモニカを自由に吹きこなす感性と能力があるのだから、何でもいいので吹き続けていたら何とか道が開ける気がしてきた。

 サンポーニャの音が出て、なんだかウキウキ、フワフワと嬉しくなったところで、勢いづいた私は、今度は愛用のハーモニカを出して自室でふき始めた。〈椰子の実〉〈浜辺の歌〉〈この道〉〈みかんの花咲く丘〉〈琵琶湖周航の歌〉〈赤とんぼ〉〈埴生の宿〉……と次から次へとふき続け、〈知床旅情〉でしめたが、少年時代にみんなから褒められたハーモニカなら大抵の音曲をふけそうである。
 あの世界中の大海原を前に、オーシャン・ドリーム号デッキで何度も何度も地球の空と海、風に向かって横笛とハーモニカをふいた感触。私にしか分からない謎めいた才能をこれからも大切にしていきたい。

【新聞・テレビから】☆「きょう震災1年半 私たちを忘れないで 宮城・閖上 息子亡くした母 命、暮らしあえて話す 更地に通い語り部に」、「松下金融相が自殺 自宅で、遺書見つかる」(11日付、中日朝刊)☆「集団移転一歩一歩 東日本大震災1年半 計画の半数国が同意 用地確保など課題」「不明者なお2814人 3県で集中捜索」、「朝日(新聞)が土曜夕刊休刊」(11日付、中日夕刊)

平成二十四年九月十日
【写真は、互いに齢は取っても同人誌の灯だけは絶やさないで書き続けよう、と誓い合う「くうかん」の仲間たち、前列左端が真鍋代表=大津市内で】
 琵琶湖のほとり、大津に行ってきた。
久しぶりに歩く大津京は、やはりしっとりと風情のある落ち着いた町だった。私が好きな町のひとつである。〈特別会員〉の大役まで仰せつかっている滋賀県の文学同人誌「くうかん」(真鍋京子代表)の仲間たちから同人が集まるのでぜひ、顔を出してーとのお誘いを受け出向いた。仲間たちは大半が女性だが、十六、七年前、私が新聞社の大津主管支局長当時からのお付き合いだけに行かないわけにはいかない。

 ところは、琵琶湖の湖畔、浜大津の図書館に近い「あたか飯店」。
 この日は大津市内をはじめ、栗東市や湖西地区の高島町からも計七人が集まり、食事をしながら楽しいひとときに。あれやこれや、とそれぞれの近況を語り合ったあと、同人の高齢化が目立つなか、昭和四十六年二月の創刊号いらい続いてきた伝統ある同人誌「くうかん」をこの先、どう存続させていくかについて真剣に話し合った。
 この結果、今後はたとえ短くてもよいので「私にしか書けない」「今だからこそ書ける」作品に絞って、たとえば初恋、失恋、ヒ・ミ・ツの類の掌編小説や随筆の執筆を心がけていくことで意見が一致。定期刊行となると、お互いに高齢で無理が出るといけないので、気ままなペン仲間を従来どおり持続、機会があれば出版にも踏み切るということを確認し合った。

 集まりのあと、私は支局長在任当時によく、琵琶湖周航の歌をうたいながら湖畔の浜大津を起点にトボトボと独り歩きをした丸屋町、菱屋町、石橋町から〝ながら商店街〟にかけてのアーケード街を散策したが、落ち着いた路面からは一歩踏み入るごとに哀愁の響きのような音のない調べが湧きあがり、琵琶湖の波音とともに耳に透明な無音となって聞こえてきた。
 街なかでは、かつてよく足を運んだ〝古今書房〟という古本屋も健在だった。「長等ほたるの家」デイサービスのしっとりした看板には大津ならでは、の奥ゆかしさが感じられ、ここで世話を受けるお年寄りたちはきっと幸せなのだろうな、と思ったりし、私は近くの店でフナずしを買った。フナずしは、酒を一滴ものめない舞がなぜか、大好きだからだ。

 JR大津駅に向かう途次。気がつくと、私が在職当時の市長さんで今は亡き『山田豊三郎』さんの自宅前を歩いていた。通りすがりに今なお掲げられた『山田豊三郎』の表札を見て立ち止まり懐かしく思った。
 そして。かつては、よく界隈の居酒屋の暖簾をくぐった旧中堀町。ここには相変わらず黒い木製の四角柱が立ち「天正14年(1586)頃、豊臣秀吉配下の武将浅野長吉が築いた大津城は、三重の堀に囲まれていました。その中堀の一角にあたることから名付けられたものです。慶長元年(1601)城が膳所へ移されたのち、堀を埋めて町を開いたものと考えられます」の見慣れた記述に往時を思い起こすなどした。
 地方はいい。私はやはり、地方が好きだ。

【新聞・テレビから】☆「プロフェショナル 高倉健、激白10時間!」(10日夜、NHK総合テレビ)☆「自民総裁選 谷垣氏が出馬断念 石破氏は立候補表明」、「民主代表選4氏届け出 21日投開票 首相の再選確実(10日付、中日夕刊)

平成二十四年九月九日
 けさ洗面所で顔を洗っていたら、NHKのラジオニュース〝ニカラグアで火山が噴火しました〟が耳に飛び込んできた。ニカラグアと言えば、先の地球一周船旅紀行で七月二十二、二十三の両日訪れたばかりだ。火山が空に突き立つさまに、ガイドが盛んに日本と同じ地震国であることを強調していた。
 二十三日にはオーシャン・ドリーム号が停泊するコリント港から首都マナグア市内であった政府招待の「平和と友好のフェスティバル」に片道三時間の道を招かれ、政府差し回しのバスでフェスティバル会場へ。十年間続いた内戦を終息させニカラグアに平和をもたらしたダニエル・オルテガ大統領と直接、握手を交わし、反原発やノーモア・ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ、そして「平和とは」について語り合う機会にも恵まれた。

 そのニカラグアで火山が噴火した、という。あれだけ、国をあげて歓迎されただけに、他人事ではない気がする。まだ詳しくは分かってないがラジオニュースによれば、首都マナグア市から150キロ離れた場所にあるサンクリストヴァル火山が噴火し、一帯は噴煙と火山灰に包まれ三千人が避難しているという。いやはや、世界のどこに居ても災害はいつ降ってくるか、知れたものではない。
 友好のフェスティバルで、ステキな踊りを見せてくれたあの可愛いらしい子どもたち、また最後まで手を振ってくれたニカラグアの人々はどうしているのだろう。安否が気になるところだがマグアナは火山とは離れているので恐らく大丈夫に違いない。

 夜。同人で、名古屋では稀有な詩人の一人でもある平子純さん(土屋純二さん)が経営する名古屋市内の「つちやホテル」喫茶室をお借りして私たちのウエブ文学同人誌「熱砂」の例会を開いた。これまでも山あり、谷あり…、厳しく辛い、険しい道を歩んできた「熱砂」だが、今回は儲け度外視の、業者の身を削っての温かい協力もあり思い切ったシステム変更で新生「熱砂」に生まれ変わり、スマートフォンにも対応できるーなど従来のものに比べ機能的にも一段と改善された。
 「熱砂」そのものの存在感も、このところは飛躍的に上昇の一途だけに、あとは同人からの名作続出に期待したい。席上、今後は新生「熱砂」にふさわしい若い将来性ある書き手の入会にも力を注いでいくことも確認しあった。もちろん、人間的にも信頼に足る才能にあふれる人材でなければ、と思っている。

【新聞・テレビから】☆「震災1年半 今も2800人超不明 命捜し続ける 潜水ボランティア連日海へ 『置き去りにして復興はできない』 発見者数 昨秋から激減」(9日付、中日朝刊)☆「東日本大震災1年半 踏ん張る被災地・陸前高田戸羽太市長 国は支援打ち切り消費増税」(9日付、しんぶん赤旗日曜版)☆「引退かけた大一番 マサ=球界最年長、中日ドラゴンズ・山本昌投手(47)=入魂0封 5イニング3/1」(9日付、中日スポーツ)

平成二十四年九月八日
 中部圏の同人誌では最古の歴史を誇る「北斗 九月號」(第590号)の棚橋鏡代さんの編集後記を読んで、あのアフォリズム作家の尾関忠雄さんが倒れた、と知り驚いた。
 後記には、こうある。
「折も折り、尾関忠雄さんが四月二十七日の夜、急性心筋梗塞で、救急車で豊田厚生病院へ運ばれた。すぐにカテーテルを入れて血管を拡張し一命を取り留めた。五月四日に退院。心筋梗塞は、ストレスと遺伝と生活習慣からくるという。発作が起きた日は過密スケジュールであったとか。胸から背中にやけ火箸を押し付けられたように苦しかったそうだ。(中略)
 そんなとき、鈴鹿の衣斐弘行氏からのメールを受信した。今年のアフォリズム賞に尾関さんが選ばれた。十一月十日に受賞する。タイムリーで私もうれしい。……」とある。

 いずれにせよ、尾関さんが助かって本当によかった。というのは、「北斗」が届いて私が最初に読むのは、清水信さんの「ひたすら書いた人たち」と「タダオ・アフォリズム」だからである。まだまだ、もっともっとタダオ・アフォリズムを読ませてほしい。
 そこで九月號から以下、私が共感したタダオ・アフォリズムを抜粋させていただいた。
【死を準備することはできない、自殺以外は】【「命」は永遠なり!】【肉体は「脆」い】【精神は「強」い】【常に、「紙一重」に存在するのが、生者と死者なり!】

 わが家に届いた定期購読している文学界10月号に高樹のぶ子さんの「奇(くす)しき岡本」が掲載されており、さっそく読み始めた。まだ少し読んだだけだが、どう展開していくのか面白そうだ。この小説を読む限り、彼女は楽しみながらストーリーを展開しており彼女ならでは、の表現力はもとより、発想や大胆さなど以前にもまして奥行きと幅が出てきた感じがする。
 主人公の高畑(たかばたけ)明日香が「日本霊異記」を好きで古典は源氏物語で懲りた、スズメを生け捕りにする若紫のどこが面白いのか、いまだに解らない。といってのけるところなど、なかなかいい。高樹さんは、毎日新聞で「マルセル」を連載して以降、なんだか創作の範囲が推理小説の分野も含め一段と広がってきた。すばらしい書き手だ。

【新聞・テレビから】☆「負けて、勝つ『戦後を創った男、吉田茂の激動の日々…』」(8日夜、NHKテレビ)☆「〈ロンドンパラリンピック〉 ゴールボール女子『金』 日本団体で史上初」(8日付、中日朝刊)、「谷垣、石原氏出馬へ 自民総裁選 町村氏も正式表明」(8日付、毎日朝刊)☆「日ロ首脳会談 北方領土対話を継続 安保、経済も意見交換」(8日付、中日夕刊)

平成二十四年九月七日
 暦の上で大気が冷えて露になる、とされる「白露」だが、名古屋市内では先月十五日から二十三日連続で最高気温が三〇度を超える真夏日が続いている。とはいうものの、私にはここ数日間、残暑とは裏腹に「秋」の風情がヒタヒタと忍び寄ってきているように感じられる。気配というか、そうしたものが日一日と私に歩み寄ってきてもいる。

 地球一周の船旅での船上で出会った若き美術教師、伊集院一徹さん=北名古屋市在住=と久しぶりに電話で話した。伊集院さんといえば、材料費から何まで全てボランティアで乗客の似顔絵を黙々と描いていた、あの姿が忘れられない。【地球一周の記念碑】とも言える似顔絵を手にした乗客一人ひとりが喜んだのは言うまでもない。今はどうしているのだろう、と心配していただけに元気そうで安心した。彼は自ら努力し、似顔絵を描かせたら天下一品だけに、今後の人生に期待したい。

 先の船旅中に私が連載した「地球一周船旅ストーリー〈海に抱かれて みんなラヴ〉」で一部、洋上からの作品アップという難しさもあり、写真説明などが誤記のままとなっていたカ所を業者に指摘してきょう訂正していただいた。長い間、誤記のままとなっていた関係者には心から、お詫びをさせていただく。本当に申し訳ありませんでした。
 
【新聞・テレビから】☆「蓮如入った蒸し風呂か 布教の英気養う 京都・山科本願寺跡で発見」(7日付、中日朝刊)☆「名古屋の障害認定訴訟 全盲女性に点訳判決文 名地裁、訴えは棄却」、「民主代表選 細野氏が不出馬表明 首相を支持『被災地対応が役割』」(7日付、中日夕刊)☆「米民主党大会『100万人雇用創出』 オバマ氏が受託演説」(7日付、毎日夕刊)

平成二十四年九月六日
【写真は自宅近く路傍の草原で咲いていた宵待草、6日夜遅く撮影。宵待草は少し歩けば、野辺のどこにだって咲いている】

 けさ起きると、台所にかわいい花々が咲いた野辺の木が数本、無造作に置いてあるので、舞に聞くと「朝早くゴミ置き場近くで咲いていたから、摘んできたの。月見草よ。オオマツヨイグサとも言うそうよ」の返事。へえーっ、おまえらしいなと思ってよく見ると、黄色い花がかれんで鮮やかそのものだった。河原や路傍、野辺で名もなく、貧しく、美しく、清らかに咲いている花々だけに、なんだか、いとおしくなってきた。私たちはそうした自然の中で、共に生きている。

 案の定、彼女は「ミヌエット」店内で飾るつもりらしい。が、開店してから飾ったところで、しおれてしまうのでは。デ、昼間、店をのぞいてみると、やはりしおれていた。というわけで、私は夜に入りつい先ほど、近くの野辺まで出かけ、そのかれんな姿を撮影してきたが、宵待草は真っ暗闇のなかで、見事に咲いていた(写真)。

 新明解国語辞典によれば、月見草には▽白い花が咲く二年草と▽河原・土手などに自生するオオマツヨイグサの二種類があり、舞が路傍の草原で見つけた花は「オオマツヨイグサ」の方で、花は黄色で宵待草とも呼ばれる。夕方、花が咲き翌朝しぼむという。ちなみに、白い花を咲かせる前者の方は、しぼむと赤く変わるが、今日では見かけることはまれだという。なぜなのか。

 きょうは私用もあって昼間、車で少し出かけたが、あとはずっと自室で筆を進めた。小説の方は蛇行しながら、少しずつ出口が見えてきそうだ。精一杯、激しく、熱く、ドラマチックに物語を展開していきたいのだが。さて、どうなるか、だ。
       ×       ×
 それはそうと、例の週刊新潮「編集部」記者から私に取材が入った件は、どうなったのか。本欄読者の関心も高いに違いないので、ここに経緯を報告しておきたい。

 「その後、エレベーター事故に遭われたご夫妻にお話を伺いにいったのですが、奥様の側が『大ごとにしたくないから、扱わないでほしい』と強く主張され、編集部で検討した結果、今回ピースボートの事故は掲載見送りとなりました。せっかく資料提供までしていただいたのに、申し訳ありません。あしからずご了承いただければ幸いです。今後ともよろしくお願いいたします。」
 以上はきょうの午後、担当記者から私あてに入ったメールの内容である。新聞記者の間では「記事にならない記事」こそが、社会的にも重要だと指摘される場合が多く、若い血気盛んなころ、私自身も何度も経験したが、何日も取材に飛び回るばかりで一行も字にならなかったことは、よくある。別に珍しくもなんともない。
 ただ記事にはならなくても、取材行為によって社会が一歩、前進することだってある。
 一番辛いのは担当記者だ。今回76回ピースボートクルーズの一部管理体制のまずさを取材の過程で各方面に指摘したことにより、頂門の一針になったことだけは確かだ。私は、これはこれで効果があり、これからの船旅をより安全なものにするためにも、これで良しで幕引きとしたい。記者にも、その労をねぎらいたい。

【新聞・テレビから】☆「米・タリバン秘密協議 和平交渉の舞台裏」(6日夜、NHK〈クローズアップ現代〉)☆「いじめに出席停止活用 文科省対策 積極関与へ転換」、「映画『ゼロの焦点』ロケ地 長野の小学校(上田市立浦里小)木造校舎全焼」(6日付、中日朝刊)☆「米大統領選 オバマ氏正式指名 民主党大会 クリントン氏演説」、「〈大リーグMLB〉(ヤンキースの)黒田 自己最多13勝 イチロー代走生還 (ブルワーズの)青木は9戦連続安打」(6日付、中日夕刊)

平成二十四年九月五日
 きょうは、うれしい便りについて。
今は五日午後十一時半過ぎ、だ。つい先ほどわが家に電話が入り、舞が「サトウさんからよ」と言うので出ると、新聞記者の大先輩で元新聞社の編集トップ、その後にドラゴンズ社長も長年務められた佐藤毅さんから、だった。
 毅さんには甘え通しで地球一周の船旅出発に当たっても、あれやこれやと親身になって助言してくださり、懐かしくかつ嬉しく思った。佐藤さんは、今月二十八日夜に名古屋の徳川美術館に隣接する宝善亭で開かれる〝伊神権太「権太の地球一周紀行~平和へのメッセージ」帰朝報告会及び祝賀会〟に出てくださる、とのことで、なんだかホントカシラと思ってしまった。恐縮このうえなし、だ。

 そして。もうひとりは、地球一周船旅の船内で何かにつけ、ことのほか私が甘えてしまったAさんからのメールだった。彼女からは「元気です。伊神さんもお元気そうで何よりです。(略)ではお身体大切に」というものだった。短い内容ではあったが、簡潔明瞭で私にはそれだけで十分、心が伝わってきた。便りとは、本当にうれしいものである。

 きのうはオール讀物で第147回直木賞受賞作「鍵のない夢を見る」(辻村深月)を読み、増田俊也の「日本柔道は本当に敗れたのか」を読んだ。このうち「日本柔道は」の方は、小柄な私自身、中、高、大学と柔道一直線の生活で講道館柔道の実力3段までたしなんだ者として、増田の言う「柔道がJUDOに負けた」と嘆くことはない。「柔道がJUDOになって世界を制した」と言い換えてもいいーとの論は、全く同感である。
 ただ、柔道の虫として青春時代を過ごした私には、そこにひとつ加えたいことがある。日本柔道本来の〝崩しの極意〟が消えつつあるのではないか、という危惧である。柔よく剛を制す、これぞ柔道の真骨頂でそこにこそ〝気〟ひとつで相手を投げ飛ばす崩しの論がある。これは練習に次ぐ練習でしか体得できないはずだ。
 崩しと引きひとつで相手を投げ飛ばす。三船久蔵が得意とした隅落とし、すなわち空気投げがそれである。これは本当に柔道をやった者にしか分からないのだが……。私もしばしば使い、一瞬のうちに大男を投げ飛ばしたことが何度かある。そしてこの崩しの論法は、日常生活の対人関係はむろん、取材にも当てはまるのである。「押したら引き」「引いたら押す」。これぞ、極意なのだが、この点については、また別の機会に書くとしよう。
 いずれにせよ、柔道に励む者は全て元祖・日本柔道の〈精力善用自他共栄〉の気持ちを忘れてはいけない。私自身、いつもこの精神は忘れないでいる。柔道マンとして最低限の姿勢は大切にし、誇りにしたい。

【新聞・テレビから】☆「潜入! 武器供給ルート 混迷シリアで何が」(5日夜、NHKクローズアップ現代)☆「大使車襲撃 男2人 行政拘留処分 北京市公安局 刑事罰回避 世論配慮か」(5日付、中日朝刊)☆「カバンに小6監禁 20歳容疑者 タクシー移動中逮捕 広島」(5日付、毎日夕刊)

平成二十四年九月四日
 帰国して初めての横笛練習で名古屋市内は大須の稽古場へ出向いた。〈さくら〉と〈よさこい節〉の2曲をふいたが、久しぶりにふく笛の音を聴いた師匠から「伊神さん。ゼロの音がすごくいい感じで出ている。うまくなったわ」とほめられた。
 師匠の前では少し照れくさくて、うまい具合にはふけなかったが私自身、内心で地球一周の船旅中に海と空に向かってふく間に、音を出すコツというか、ツボのようなものが少しだけ分かってきた感じがしていただけに、嬉しかった。
 今回の地球一周途次での独自練習が、もしかしたら今後の私の笛人生にとって、大きな弾みになるかもしれない。私は「これも、師匠のおかげです」と心から礼を述べた。

 かといって、きょう笛をふいたのは、ほんの少しだけ。この日はエーゲ海の豪華客船の旅など豊富な船旅経験のある師匠と、どちらかというと飛鳥とか日本丸とは違う、庶民的といっていいピースボートによる地球一周の期間中のエピソードなどで話が弾んだ。彼女曰く「伊神さん、途中で帰ってきちゃうのでは、と心配していたのよ」とのことだったが、まさに図星。本音を言えば、乗船し一、二週間ほどたったころからしばらくの間は、密閉同然の船内で日本に帰りたくてしかたなかった。
 ほかにピースボート内での風邪の蔓延、一人しかいない船医問題や、思いもかけないエレベーターの陥落事故、船室内での盗難騒ぎやセクハラめいた話などにも話が及んだ。話すうち「乗客も船の規模などを十分頭に入れて、それ相応の覚悟でいなくっちゃ。何が起きてもおかしくないもの。結局は自己責任かな」ということで落ち着いた。ただ船旅期間中、船内でふたりが突然死した点については「そりゃ、ちょっと多過ぎるよ。医療体制の不備が関係していたとしたら大変よね」と彼女。

 今夜は、わけあってそれこそ久しぶりにテレビでナゴヤドームでのドラゴンズ×広島戦を観戦。舞の大好きなブランコが一試合二本塁打という大当たりで、うち4回の一本は日本に来て初めての満塁ホームランとなり、チームとしても2年ぶりの二桁得点の10―2で勝った。勝ち投手は、吉見だった(12勝目)。
 それにしても浅尾投手は、いま、どこでどうしているのか。アナウンサーは〝浅尾〟の〈ア〉の字も言わない。冷たいものだ。世の中、結局は非情なライセンスだ。この伊神権太、浅尾の復活を心から待っている。復帰さえしたら、まだまだ大きく羽ばたけるはずだ。

【新聞・テレビから】☆「〈通風筒〉◇…生誕百年前を迎えたドラえもんに三日、川崎市多摩区の藤子・F・不二雄ミュージアムで特別住民票が贈られた。二一一二年九月三日が誕生日と認定されている。」(4日付、中日朝刊〈通風筒〉)☆「94年は9・5差あった 目前の試合に没頭せよ〈立浪和義 勝負の氣点〉」(4日付、中日スポーツ)☆日本プロ野球選手会が第3回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)への不参加決議を撤回して一転し、出場することに。新井貴浩選手会長(阪神)が記者会見で選手会の決断を伝える=夜のテレビ各社が報道

平成二十四年九月三日
 きのうは◇◇さん、きょうも◎◎さん…と、それにしても日々いろんなお方からメールが届き、楽しみでもある。

 なかでも嬉しく、有り難く思ったのが次の三通である。エキスだけを抜粋し、わが心への伝言板として、お言葉をこの先も大切に胸の中に留めたい。
 ちなみに阿部さんは、私が乗船した第76回ピースボートの船友かつお姉さんでもあったサッちゃんのこと、「もうひとつの子どもの家 教護院から児童自立支援施設へ」(ドメス出版)「『寝たきり』にならないために 介護予防でハツラツ人生」(ミネルヴァ書房)など著作も多い大学教授、校條真さんは東京の出版社有能スタッフでマスドラ会メンバー、そして会川桂市さんといえば、北海道にある帯広ドラキチ会メンバーでドラゴンズをこよなく愛し全国の球場をまたにかける熱血ドラファンでも知られる(会川さんには地球一周の途次、洋上で何度もメールをいただき、なかなか返信できず失礼してしまっていた)。

 エキスは、次の通りである(いずれも原文通り)。
☆「伊神権太様 残暑の厳しさが、身に堪える日々なのではないでしょうか? 横浜に帰港して、もう半月過ぎました。権太さんの新連載・地球一周船旅ストーリー〈海に抱かれて みんなラブ〉、はじめからやっと通読させて頂きました。(中略) ここまで拝読に時間がかかったのは、まず船からのプレゼント? 熱咳洟三拍子揃いの風邪をひいてしまったこと。いろんな方から長い船旅故、2ヶ月位かけてソフトランディングした方がいいですよ、とのアドバイス頂きましたが、まさにその通り。権太さんや八重子さんの体力知力など底力に感心しています。それでも油断大敵、ゆっくりお疲れを取られますように。(中略) お元気に。   阿部祥子」

☆「大変ごぶさたしておりますがお元気ですか? 先週の金曜日(31日)に神宮へ行き偶然にも(中日ドラゴンズ)球団の坂井社長とお目にかかりました。試合は4ー4の引き分け……、勝てませんね、神宮では(笑)。 それはさておき、先日ひょんなことから、(御茶ノ水の)風濤社さんをお訪ねしたところ、伊神さんの『一宮銀ながし』があってびっくりしました! 風濤社の高橋栄代表とは、草野球(&呑み)仲間なのです。世間は狭いですね、まったく (株)風讃社 企画編集部 校條 真(Menjo Shin)」

☆「こんばんは。北海道の会川桂市です。今日も鬼門の神宮だったので本別町キラメキフェスティバルで奥華子さんと八代亜紀さんの歌を聴きに行って来ました。案の定、サヨナラ負けで巨人の優勝マジックが減るのを見ているばかりです。高木監督とは相性が悪くて1994年の二の舞になりそうです。さすがに、10月8日最終対決にはならないと思ったので、スカパーは8月で契約を解除しました。パリーグの方がわくわくしながら日本ハムを見ています。巨人と西武の関東エリア対決じゃねぇ?」
 というわけで、わが愛するドラゴンズは昨夜も鬼門の神宮でヤクルトに1―0で負け、首位巨人とのゲーム差は8・5にまで広がった。きょうは、わが家洗面所の水漏れが深刻化、業者さんに修理をお願いするなどバタバタした一日に。

【新聞・テレビから】☆「都、尖閣を洋上調査 価値算定へ 地形や水深確認」、「自民総裁選 石原氏が出馬意欲 『谷垣氏 再選困難』判断か」(3日付、毎日朝刊)☆「東海各地で始業式 子どもの笑顔のために 防災、いじめ問題学ぶ」「いじめ気づけず先生も反省した 大津・皇子山中」、「統一教会創始者 文鮮明氏 死去(九十二歳)」(3日付、中日夕刊) 

平成二十四年九月二日
 〈唄は世につれ、世は唄につれ…〉
 これからも小説の創作とは別に、ひとりの歴史の伝承者として日々、世の中の何げなき流れのなかを生きてゆく、人々の味わいをニンゲン賛美の人間花として活写していきたい。題して文士・伊神権太が後世に伝え往く「生きてゆく人間花」たち。

 秋の訪れを告げる越中おわら風の盆。その、おわら風の盆が、きのうから富山市八尾町で始まった。風の盆といえば、胡弓の人の魂を切り裂き、体内に入ってくるような、あの哀愁の調べが忘れられない。かぜを切って鎮める、八尾ならでは、の民族の英知が生んだ伝統の祭りともいえる。  
 その越中八尾に私は新聞社の七尾支局長在任中、思い出したように再三出かけ、土地の女性に随分とお世話にもなった。あげくに、八尾の人たちには社主催で毎年夏行われていた七尾の港まつりに「町流し」にまで来ていただいたりもした。その後、編集局デスク長当時には自ら旅の取材で出かけ、哀愁の響きの染み込んだ、あの風の盆をあらためて紙面で紹介させていただく、など私にとっては思い入れの強い土地でもある。
      ×        ×
 妹の長男、すなわち甥の実くんに第一子が誕生したというので、舞と江南市内の新居にお祝いに出向いた。伺った時は両手を挙げてスヤスヤ眠っていた赤ちゃん。名前は義堯ちゃん、で実くんがつけた、という。目、鼻、口と顔全体が私(妹)の父に似ており、私は「あの世に逝った父がUターンして、この世に戻ってきた」と思い、嬉しい気がした。
 実家の母を訪ねると、妹も居て「お父ちゃんに似てた、だろ」と第一声。母は最近直したばかりだという補聴器の調子がよく、音がよく聞こえるようになったとご機嫌だった。
 それでも「このごろ、なんだかしらんけど、疲れてしようがないの。だから、すぐ寝ることにしている。寝ていて、そのまんま逝っちゃうと一番よいのだけれど」と縁起でもないことを言って、私たちを心配させた。
 満九十二歳なのだから疲れてあたりまえだ。偉大な母をそんなに簡単に神さまが死なせてくれるものか、と私は思い「それよりも、これから俺が天下を取るのだから。元気で生きていてよ」と声をかけると「まあ~、天下なんか取らんでもいい」ときた。幼いころから「この子は、いつか天下を取る」と言ってたじゃないか。

【新聞・テレビから】☆「オスプレイ訓練 ハワイで中止 現地ルポ 環境に懸念/日本では強行」、「〈人間ドキュメント〉被災地で遺体の復元・納棺師笹原留似子さん 生前の面影取戻し 家族にぬくもりを」(しんぶん赤旗日曜版、9月2日付)☆「名古屋発『脱原発』初の月イチ行進 800人が参加」(2日付、中日朝刊)

平成二十四年九月一日
 関東大震災のあった日、防災の日だ。暑い夏を過ぎ九月に入り、人々の心もナントナク、風のそよぎと共に穏やかな秋色に変わりつつある。

 先日(八月十七日朝)横浜港に帰った船旅の友たちは、その後みんな元気でいるだろうか。昨夜、舞から「今宵は満月よ」と言われ「あぁ~、そうか」と何とはなしに答えたが、中日新聞の本日付1面の満月に照らされ、シルエットが浮かび上がった、そんな「奇跡の一本松」の記事と抒情あふれる一枚の写真を見て、納得した。東日本大震災の津波に耐えた一本松は、保存作業のため今月十二日に切り倒されるが、震災発生後まる二年の来年三月十一日までには作業を終え、再び復興のシンボルとして戻ってくるという。

 夜。舞と久しぶりに自宅近くのジャズライブの店・Tomを訪れ、心地よいジャズの調べとボーカルを耳にビールのあとはジョニーウォーカー、テキーラ…とロックで味わいながら今後の道ゆきについて話し合った。
 話しあううち舞が土曜日の昼下がりに、自ら経営するリサイクルショップ〈ミヌエット〉の一角を開放して音楽会を開きたいという話になり、ママさんにも出来る範囲での協力を仰いだ。ママはなかなかの太っ腹で「あぁ、言いわよ。当たってみます」と応えてくれ、舞はうれしそうだった。

 太っ腹で、かつキップがよい女性と言えば、ピースボートの船旅でお会いした四国は愛媛県今治市在住の〝ドンさん〟こと、愛媛県美容師連トップの玉井千鶴子さん、そしていつもチズさんを守るようにして寄り添っておいでだったベレー帽の美容師、西坂和子さんも忘れられない存在だった。
 チズさんは、百二日間に及ぶ船旅期間中、その多くは麻雀の卓台を囲みながら船内全体の安全を見守り、かつすべての〝船友〟に温かく、管理面での不行き届きがあれば船旅を運営するジャパングレイスやピースボート側に対してその問題点を厳しく指摘することでも知られた。きょうは、その船友と久しぶりに電話で話し、どこか気が晴れもした。

 このほか、きのうは同じ船に乗っていながら、なかなかお話しをするチャンスに恵まれなかった藤沢市の中村節子さんからも貴重な著書が送られてきた。本は「老人必要養草(ろうじんひつようやしないぐさ)  老いを楽しむ江戸の知恵」(発行所・社団法人「農山漁村文化協会」)というもので、看護婦と助産婦の大先輩で日本医史学会、看護史研究会会員でもある中村さんは、この本の翻刻訳注者として紹介されている。
 なかに「PEASUE POAT 第76回クルーズ であい・ふれあい・ささえあいの旅に感謝!」と書かれた一枚の書簡=原文通り=も。
「前略 8月17日(金)AM7:00 無事横浜港入港後、はや10日間が過ぎ去りました。(略)船旅の期間中、なにかとお世話になりましたこと有難うございました。出会えたことに深く感謝しています。(人生は一瞬の連続! 船中でもっといろいろな話ができなかったことを今になって後悔……) 
 出会えたことにたいしての私の感謝の気持ちを送ります。ご笑納いただき、お暇な折にでもチョットお目を通していただき、これからの伊神様の人生のなにかの糧(かて)の一助になれば嬉しい限りです。また、感想やご批判などお聞かせいただければ幸甚です。(中略)
 ご健康とご活躍を湘南の地より祈っています。また、どこかで偶然に出会えることを夢みつつ……まずは御礼まで。かしこ        2012・8月29日(水)   伊神権太様      中村節子」とあった。

【新聞・テレビから】☆「大地震防災マニュアル」(中日新聞保存版2012年)☆「中日ドラゴンズ公式ファンクラブ きょうから会員募集」、「陸前高田 奇跡の一本松 満月と最後の共演」、「日朝 今月の本協議で合意 『拉致』議題化は明言せず」(1日付、中日朝刊)☆大名古屋ビルヂング屋上(のビアガーデン) 今夏=今月16日まで=で閉店「マイアミ」(1日付、中日夕刊)☆防災の日 南海トラフ政府初訓練 中四国・九州 広域で医療搬送(1日付、毎日夕刊)

12年9月3日

ウェブ作品集

伊神 権太

実録随想「残り花」

平成二十四年九月三十日
 日曜日。三重、岐阜、愛知、静岡も含め、関東甲信越…と日本列島の本州全域が台風17号の北上に振り回される1日となった。被害に遭われた方々には、何といってよいのか。言葉もない。

 午前中は名古屋市内であった、中部ペンクラブ理事会に出席。母がいる実家を見回らなければ、と早々に江南市内の自宅に帰宅したが、既に妻と息子が実家を訪れ雨戸のチェックなどをしてきたというのでナンダカ拍子抜け(雨戸は、いち早く近くに住む妹夫妻が閉めておいてくれた、とのこと)の感に。でも、久しぶりに孫の顔を見た母はとても嬉しそうだった、とのことで結果的には「これで良いのだ。俺が行くよりも喜んでくれる」と自身に言い聞かせる。

 その台風だが、夕方には愛知県東部に上陸。速度を速めながら本州を縦断して関東、東北地方に北上していく形となった。おかげで三重県津、四日市、亀山、伊賀市、岐阜県大垣市、愛知県一宮市、名古屋市中川、港区……などで避難家屋が相次いだほか、豊橋、田原市をはじめ東海各地で合わせて二十二万余世帯が停電に遭ったりした。新幹線をはじめ高速道など陸の交通手段、そして空の便も運休したり大幅な遅れとなるなど日本中の輸送機関が大混乱に陥り、NTTの災害用伝言ダイヤルセンター「171」には、被災地への連絡などによる利用が相次いだ。

 今宵は皮肉にも十五夜お月さん、中秋の名月、すなわち満月の日なのに。自然界のいたづらは容赦がない。台風が去ったあと、夜空を見たが雲と風に遮られたままで、一体〝十五夜お月さん〟は、どこに消えてしまったのだろう。
―▲十五夜と台風が今の時期を代表する風物ならば、それが重なることが多いのも、仕方ない。「雨月」や「雨名月」という季語が用意されているのも、その辺の事情によるのだろう。ただ昔から多くの犠牲を出してきた高潮の防災上は、名月と台風のはち合わせは迷惑だ▲気象の話では「観測史上初」や「記録的」といった言葉をやたらに耳にする近年だが、災害史での新たな記録は抑え込まねばならない。くれぐれも用心を怠らないようにして、台風一過の十六夜を待ちたい。(毎日新聞・余録から)

【新聞・テレビから】☆「甦る昭和の歌姫伝説3 今夜限りの永久保存版」、「〈情熱大陸〉新横綱誕生 日馬富士汗と涙の12年」、「〈アシタスイッチ〉…辻井伸行×平原綾香」(30日夜、CBCテレビ)
☆「井上ひさしと東北」(30日付、中日サンデー版〈世界と日本・大図解シリーズ〉)、「工場で爆発 消防士死亡 1人重体、29人重軽傷 姫路・日本触媒」、「〈通風筒〉高知市の『桂浜』で砂の竜馬像」(30日付、中日朝刊)

平成二十四年九月二十九日
 第六十七回国民体育大会・ぎふ清流国体の本大会が天皇、皇后両陛下が臨席されるなか、きょう岐阜市の長良川競技場で開幕した。岐阜県での国体開催は四十七年ぶり。午前十時からのオープニングプログラムでは、伝統芸能「郡上おどり」など県内四十九団体が順番に登場、大きな拍手が送られたという。

 台風17号が相変わらず、勢力を維持したまま沖縄を直撃、あす午後には東海地方に接近、十月一日にかけ日本列島を縦断する恐れが出てきている。気象庁は暴風雨や高波、高潮への警戒を呼びかけている。
 いつも思うのだが、この台風のエネルギーをそのまま自然エネルギーとして電力に転換できないものか、と。原子力を生み出す科学力まで存在しながら、その一方で原子力発電所がいったん破壊されたらどうにも抑えきれない「科学の無知」と人間力の不足。
 これらの矛盾が、どうしても分からない。発生したエネルギーを洋上で抑え込み、そのまま代替エネルギーとして次々と〈電力化〉すれば台風の被害をなくす防災にも役立ち【一石二鳥】になるではないか。

 いずれにせよ台風の襲来は、新幹線をも簡単にストップさせてしまう。待ちに待っていた旅を不意にする。「新幹線、ちゃんと東京まで走ってくれるのかしら」と心配している人びとも多い違いない。科学の英知も、自然災害の前には今のところ、なすスベがない。「走れ! 新幹線」と叫びたいところだが……。無理して転覆しても困るし。残念ながら、あとは運を天に任すしかない。

 本日付しんぶん赤旗(日曜版)に見開き展開で「橋下国政新党 これが実態」「危険で古い 維新八策」「暮らし破壊と消費増税へ」「安保反対 憲法・教育壊す」といった記事が掲載されていたが、その通りだ。いつも思うが橋下国政新党には、戦前に逆戻りしていくような、ファッショ的な危険なにおいを感じる。

【新聞・テレビから】☆「ふれあい原点に 日中、対立の中 国交40年」「『ピンポン外交』担い手 『市民交流続けて』」(29日付、中日朝刊)「維新の会 政党届け出」「衆院選候補を来月決定」(29日付、毎日朝刊)
☆「吉田13連覇 世界レスリング+五輪」「『人類最強』カレリン超え」、「ぎふ清流国体が開幕」(29日付、中日夕刊)

平成二十四年九月二十八日
 【写真は、句集『楽名句会』の表紙絵「ものいいたげな手」と、挿絵「生き、生きる」の一部=いずれも音部訓子さん作】

 小野憲生さま(中京テレビ事業社長、前中京テレビ編成局長など)=俳号・放送人粋泡=呼びかけによる私の世界紀行帰朝講演&祝賀会が今夜、恐れ多くも徳川美術館に隣接する宝善亭であり、とっぷりと甘えさせていただいた。
 私、すなわち作家・伊神権太としては、私の目指す文学行脚の始まりに過ぎないこともあって、あちこちに声をかけるのは極力自省し、世話人役となってくださった【十三人の侍】にわが命を預けることとし、あとは義理人情からどうしてもーという名古屋近辺の方だけに絞り勝手ながら声をかけさせていただいての集いとなった。

 そうは言っても、この地方の放送文化や芸術音楽、大学、実業界を代表する侍たちの声かけもあり、計四十人ほどが参加。有り難き〝ひと夜〟となった。
 会では、新進の映像作家・アタル(敬称略)と昨日から宿のひと部屋にこもってきょうの午前中になり、やっと「伊神権太が行く世界紀行 平和へのメッセージ/私は今この町で」三本=ヨーロッパ前編と後編、中南米・総括編=のユーチューブへのアップを終え、〝滑り込みセーフ〟となった三本を含む計七本すべてを公開。
 引き続き懇親に移ったが、船内でお世話になった八重ちゃんやサッちゃん、須藤さんら船友数人も駆け付けてくれ、なごやかかつ楽しい会となった。

 この日は映像七本の公開に先だち、世話人代表の小野さんが小中陽太郎さんからの祝電〈祝 権太の帰還、前途洋上〉を披露、身に余る光栄に全身が縮み消え入ってしまいそうな、そんな錯覚を覚えた。懇親会は佐藤毅元中日ドラゴンズ社長(現中日新聞社相談役)の乾杯の音頭で始まって進んだが、途中全員から励ましの声をいただく場面まで飛び出し、私はマナイタの鯉も同然と化した。
 最後に私は「地球一周の船旅を終えピースボートそのものが今、変革期にあることを痛切に感じた。そのこと自体が、日本の曲がり角を象徴している。船内生活のすべてが良いというものでは決してなく、そこには多くの問題点や改善点、課題も見受けられた。すなわちオーシャンドリーム号の船内でがんばるピースボートスタッフやジャパングレイスのスタッフたち、そして乗客たちの誰もが変革期を生きている。この面ではピースボートが日本や世界の今を【生き映す鏡】といってよく、文学上からも恰好な素材と言っていい」と話を締めくくったのである。
 会場には、事前にサッちゃん(阿部祥子)とヤエちゃん(小泉八重子さん)のお姉さん二人から真っ赤なバラの花束が届き、懇親会の合間には船友仲間で記念写真。帰りは恥ずかしさに照れながら花束を抱いて名鉄電車とバスで帰宅。出迎えた妻が玄関先に赤い花束を飾る姿を見ながら、なんだか、サッちゃんとヤエちゃんに申し訳ない気持ちでいっぱいとなった。
      ×      ×
 それはそうと、会では、世話人代表の小野さんから個人的に1冊の貴重な句集〈楽力「楽名句会」〉までプレゼントされ、感激した。
 「題の『楽力』とは、死と向き合いながら日記を綴り、俳句を作り続けた正岡子規の生き方にあやかりました。この句会は十二人が参加しています。(中略)絵を描いてくれたのはメンバーの画寿丸(音部訓子)さん。おかげで格調ある句集に仕上がりました。おそらく第二句集は出ないと思います。『楽名句会』が存在したことを証明する記念碑的な句集です。  放送人粋泡」(あとがき、より)
 ♯空蝉の命抜けても生きし跡   粋泡(小野憲生)放送人

 なお、祝賀会の席では拙著も置いていただいたが、ご購入された方には、この場を借りて心から礼を申し上げたい。今後とも、よろしくお願いたします。

【新聞・テレビから】☆「この夏 一番暑かった街 『横綱』は群馬・館林(39・2度)」(28日付、中日朝刊)
☆「中国外相 日本名指し批判 国連演説 尖閣『盗んだ』」、「『若きモナリザは本物』 専門家、今後論争も」(28日付、毎日朝刊)

平成二十四年九月二十七日
 先の地球一周船旅期間中にたとえれば、昼間かなりハードなオプションツアーを終えたあと、深夜から未明にかけ、その日の話題を執筆、「熱砂」ブログにアップしたり、ユーチューブで〈平和のメッセージ〉として発信し続けた日々に重なる、そんなハードでやりがいのある、一日だった。

 というわけで、きょうは名古屋駅西の「つちやホテル」にお世話になり、先の地球一周船旅で〝伊神権太が行く世界紀行 平和のメッセージ/私は今この町で〟の〈平和のメッセージ〉作成に当たって、映像の編集制作でことのほか、協力を得た高木應(アタル)さんと、七編に及ぶ〈平和のメッセージ〉の最終の編集チェック、制作作業に追われた。つい先ほど名鉄犬山線鵜沼行き最終列車で帰宅。今は(二十八日の)午前二時を遠に過ぎている。

 あす=二十八日、すなわち今日=の夜、名古屋・徳川園内、宝善亭で開かれる伊神権太の帰朝報告会で地球一周の途次、行く先々でユーチューブを通して発信したこの〈平和のメッセージ〉を公表するに当たって、事前の最終編集作業とチェックをするためで、結果的には「つちやホテル」で一日缶詰め状態となったのである。あす=今日=も朝早くから、ふたりで作業することにしている。

 それはそうと、午前九時過ぎ、名古屋駅西口のビッグカメラ前で待つ映像の落とし子・アタル(敬称略)は、少しの間にまた一段と精悍な感じとなっていた。聞けば、下船した今も第67回ピースボートの残務処理と映像編集などに忙殺されていた、とのこと。なんとかそれら本来の仕事をこなしての名古屋入りだった。帰朝報告会では、彼に〈平和のメッセージ〉の映像放映をしてもらう手はずだけに彼がいないことにはせっかくの催しも出来ないのである。作業は、ふたりとも一室にこもって丸一日半というもの、深夜から未明、午前中と続いたが幸い、あすの午前中には無事すべての作業を終えそうだ。まさに滑り込みセーフとは、このことをいう。

 この日(二十八日)は、作業の合間に「熱砂」同人への原稿の積極的な提稿呼びかけをメールで行ったり、某週刊誌の腕利きカメラマンとも電話で話し合う、など忙しくはあるが、充実した一日になった。

 船内仲間と言えば、昨夜、社交ダンスで一緒だった名古屋のヨシさんから電話が入り、懐かしく歓談した。ヨシさんは愛知県警の一線を三年前にリタイア。金沢―奥飛騨間で毎年行われているネイチャーランには現役時代から続けて参加されている。根っからのスポーツマンだけに、帰国後も毎朝、自宅周辺の十キロを走っているとのこと。社交ダンスの方も「近くの公民館に練習に行っている」と充実した日々で、なんともまぶしい存在だ。「(東日本の人々を励ますため)来月は福島まで行って走ってくる」というヨシさん! がんばってくださいね。

【新聞テレビから】☆「A・ウィリアムス氏死去 84歳 歌手「ムーン・リバー」、「領土『法に従い解決』 首相、中韓名指し避ける 国連演説へ」、「自民総裁逆転で安倍氏 石破氏を要職に起用」(27日付、中日朝刊)
☆「2人の死刑執行 福島の信者4人殺害など 野田内閣計7人」、「御園座、松竹と業務提携 再建策一環で関係強化」(27日付、中日夕刊)「自民幹事長に石破氏 あす新体制『選挙の顔』に起用」(27日付、毎日夕刊)

平成二十四年九月二十六日
 日馬富士が大相撲の第70代横綱になり、安倍晋三元首相(58歳)が四十年ぶりの自民党総裁選で、それも決選投票で一回目の地方票で過半数を獲得して一位になった石破茂前政調会長(55)を破って新総裁に再選されたこの日ー。私にとって一番印象深かったのは、NHKテレビのローカル番組で「節目の〝サイトウ・キネン〟 密着オペラ公演」を見たことである。

 番組は、先月十九日に松本市民芸術館であった二十年目の音楽祭でオペラ「火刑台上のジャンヌ・ダルク」が無事、実現するまでの過程を描いたもので、まさに楽都にふさわしい内容で感銘を受けた。
 ことしは、音楽祭のきっかけを作った指揮者小沢征爾さんの病気回復の関係で小沢さんが総監督に回り、指揮者は小沢さんの推薦もあって三十三歳の山田和樹さんにバトンタッチ。とはいうものの、やはり小沢総監督の助言と指導は欠かせず、会は成功のうちに終わった。指揮を譲った小沢さんが立派なら、その大役を無事、果たしたマエストロの山田さん、全ての演奏者、演出者……そしてオーディションまで受けオペラの舞台に立った松本市民ら、関係する全員がひとつ心に融け合っての見事なハーモニーが、そこにはあった。
 さすがは、私が大好きな松本である。

 信州松本は、かつて私が地方記者として第一歩を踏み出した地だ。それだけに、思い入れが強いのかもしれない。昭和44~46、7年当時、松本支局員だった私はサツ回りとしてオートバイに乗って松本平を取材して回っていた。女鳥羽川、犀川、薄川…など何本もの川が流れている松本は〝日本のセーヌ〟と言われ、少し安曇野に足を延ばせば目の前に白雪をかぶった北アルプスの峰々が天に突き刺さっていた。
 白壁の目立つ街並み、ベ平連の活動や学費値上げ反対闘争の盛んななか、信大生ら学生たちのたまり場でもあったクラシック音楽の店「まるも」、縄手商店街…と、1つひとつが思い出深い。あのころは、どの子も育つ三歳児教育をうたい文句とした鈴木メソッドのバイオリン教育が有名で故鈴木鎮一さんの元にもよく取材で通ったものである。
 町の至るところから、清流に乗って音が流れてくるような、そんな音楽の町でもあった。その後、今から二十年前に始まったというサイトウ・キネン音楽祭は、こうした土壌があればこそ、生まれたと思う。

 朝。妻の命令で、少し早いなとは思いながらも、冬を前に電気ストーブや石油ストーブ、敷物やカーペット類を倉庫から出していると、目の前に黒に白のぶちが入った可愛い猫が近づいてきた。どこかで見たことがある。ふと顔をあげると、そこにはなんと能登と大垣で共に暮らした〝てまり〟がいたではないか。(「てまり」については、私の著作『一宮銀ながし』(東京・風涛社刊)の中の掌編小説〈てまり〉に詳しい)。
 でも、そんなはずはない。彼女は能登で私たちと一緒に暮らしたあと、私の次の着任地である大垣にもしばらく居たが、ある朝、車に跳ねられ死んでしまったのだ。それとも天国から〝てまり〟があいさつに訪れたのだろうか。
 本当に、〝てまり〟そっくりの野良猫を前に思わず「ありがとう。おまえも元気でいれよな」とつい、語りかけてしまったが、その猫は私と視線を交わすが速いか、アッという間にいずこかに消え去った。世の中には信じられないような、不思議なことがよく起きる。これとて、神の業なのかもしれない。

 日馬富士の横綱昇進に伴う使者を前にしての口上「全身全霊で」をテレビで見ていたら、「この人の〝全身全霊で〟は、スゴクよく分かるの。だけれど…」と彼女。「えっ、何」と聞くと「あのねえ~。安倍さんの〝全身全霊で〟は、チョット信用できない。重みが伝わってこない」。というわけで、アベさんには、言葉の重みが有権者に伝わるよう、生まれ変わった気持ちでやってほしい。
 片や、美辞麗句の野田さんだ。どっちも、どっちで、要は我々国民の気持ちをどこまで掴めるか、だ。ともあれ、安部さんの言うとおり、国難の時だけに、この際、日本の再生を期待したい。

【新聞・テレビから】☆「歴史秘話ヒストリア 絶景! 全国タワー名所=大阪・道頓堀の通天閣はことし100周年」(26日夜、NHK総合テレビ)
☆「三重の漁船沈没 遭難発信機を発見 現場から68キロ 周辺の捜索継続」「13人どこに早く姿を おいのため74歳乗り続け」「少しでも近くに 家族ら毛仙沼へ」(26日付、中日朝刊)「50年の歴史に 大名古屋ビル THANKS」(26日付、毎日朝刊)
☆「手のひら認証ATM 大垣共立銀スタート 羽島の支店で、国内初」、「日馬富士『全身全霊』 70代横綱 揺るがぬ決意」、「小沢氏控訴審 即日結審 高裁、新証拠採用せず 判決11月12日」、「彼岸花。こちらの岸に植えてみた。愛知・半田の矢勝川。『ごんぎつね』の童話にあやかって。百万の花が、ことしも人を引き寄せる。葉は花思い、花は葉思う。彼岸花。またの名を、相思花〈夕歩道〉」(26日付、中日夕刊) 

平成二十四年九月二十五日
 先日、手元に送られてきた「じゅん文学」(平成24年10月号、73号)を手に、途中読みながら名古屋へ。名鉄電車車内で読み進めるうち、創作の一編一編に作者のなじんだ土地の匂いのようなものが感じられ、好感を持った。どの同人も人生を真剣に見据えて生きておいでになる様子が、よく分かる。この面でもなんだか、ホッとした気持ちになる。
 またエセーも、読みごたえがあり、なかでも横山正子さんの「願掛け掃除」はユーモアにあふれ、息子の大学合格を祈願して母親が「風呂掃除で願を掛けよう」と毎日浴室内の掃除に励んだ結果、「おかげさまで、息子は地元の超無名の私立の大学に何とか合格できた」と謙遜するところもなかなか楽しい。「その息子も、社会に出て今年で六年目になる。」とあるが、おそらく謙虚で控えめな、とってもステキなお子さんに違いあるまい。文は人なり、お母さんの優しく底抜けに明るい人となりがよく現れている。
      ×      ×
 70号の若草田ひずるさんの「見返り仏」が『文芸思潮』の全国同人雑誌優秀作に選ばれた。優秀作は六編で、九月十七日に公開選考会が行われて最優秀賞の「まほろば賞」が決まる。
 つまりはこの73号が発行される頃にはもう決まっているということで、ご本人はもとより、同人一同も楽しみにしている。
 六年前にも45号に載った古澤崇さんの作品が優秀賞に選ばれて、じゅん文学としては初めて『文芸思潮』の「同人雑誌紹介」欄に登場した。あれから、それなりの苦労もあったが、何より嬉しいのは、多くの同人の作品が『文芸思潮』や『全作家』や『文学街』で好評を得ていることである。なかには『季刊・文科』に再掲載されたり「全作家賞」を受賞した作品もあった。毎号のように誰かの作品が取り上げられていて、主宰者冥利に尽きると言ったらいいか。……」(編集室の窓・戸田鎮子から)

 「じゅん文学」といえば、中部圏を代表する同人誌といってよく、ページを開くつど刺激を与えられている。皆さんの、ますますの健筆を心からお祈りしたい。

【新聞テレビから】☆「『横綱・日馬』あす誕生 横審、全会一致で推薦」「『全身全霊』再び口上に 理想像に『私は私…』」、「山本昌 来季も現役」、「三重の漁船沈没『衝撃後1分で浸水』 不明13人の捜索続く」「戦前から欧州でバイオリン演奏 諏訪根自子さんが今年3月に死去。92歳。東京都出身」(25日付、中日朝刊)
☆「尖閣周辺 台湾漁船団が領海侵入 巡視船も 海保が警告」「〈近事片々〉オウム捜査終結。集団の思考まひがもたらした未曾有の凶悪事件。誰か止めてくれと内心念じながら、とどまることができなかった者も。その闇の深さ。」(25日付、毎日夕刊)

平成二十四年九月二十四日
 秋風渡る空。澄み渡った秋の空。昆蟲の高く飛んでゐる秋の空。……
 秋は氣が澄んで空が高く感ずる。それを秋高しといふ。「天高し」。
 秋の空がいよいよ、美しい季節となった。
 ♪天高し雲行くまゝに我も行く(虚子)=歳時記「花鳥諷詠」から

 雲行くまゝに。きょうは水都・大垣へ。尾張一宮駅まで名鉄バスで行き、ここからJRの快速で大垣へ。途中、乗り継ぎ駅の尾張一宮駅で思いがけず、ほぼ出来上がった同駅新ビルの外観をみて、驚いた。私が新聞社の一宮主管支局(現一宮総局)長時代のビルがあまりにも老朽化してオンボロ過ぎたせいかも知れない。だが、いきさつはどうあれ「とうとう、地元が熱望していた新しいビルが出来たか」と、なんだか感慨無量である。地元経済界や市民の喜びが伝わって来るようでもあった。
 そういえば、一宮中日文化センターも十月から新駅舎ビル誕生に合わせ、名鉄一宮百貨店内に移転すると先日、かつての同僚から聞いた。

 互いに相乗効果で駅一帯の発展と人の動きの活性化につながれば、それに越したこともあるまい。尾張一宮といえば、やはり三河の豊橋と並び、愛知県のもう一方のかなめだからだ。

 大垣では会うべき人にお会いして先の洋行中、何かとお世話になったことに対する礼を述べ帰ったが、お寿司屋さんで昼までご馳走になってしまった。江南の自宅に帰宅するや、先の地球一周の船旅の関東に住む船友仲間の女性から電話が入り、とても懐かしくかつ嬉しかった。着信メールをチェックすると、ほかの何人かからも二十八日に名古屋市内で予定される私の帰国報告会などに関しての連絡事項が入っていた。それにしても、みんなよい人ばかりだな、とつくづく思うのである。

【新聞・テレビから】☆橋田寿賀子ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」二時間スペシャル後編(24日夜、CBCテレビ)〝嵐〟の日中国交40年 膳場・播摩が北京中継(24日夜、NEWS23クロス)
☆「日中40周年式典中止 中国通告 尖閣問題で圧力」、「(ミュージカルの)アイーダ 名古屋魅了 劇団四季、5年ぶり公演」、「皇后さまの喜寿祝う(東京・元赤坂の東宮御所で)」、「竹島『日韓共同管理に』 維新討論会 橋下代表が提言」(24日付、中日朝刊)
☆「財界訪中団派遣を延期 経団連会長らは27日訪中」、「漁船沈没13人不明 宮城沖 貨物船と衝突 9人救助 三重・紀北町所属」(24日付、中日夕刊)
 
平成二十四年九月二十三日
 大相撲秋場所の千秋楽が東京・両国国技館で行われ、三度目の綱とりに挑んだ大関日馬富士(はるまふじ)公平=伊勢ケ浜部屋、モンゴル出身=が横綱白鳳に下手投げで勝ち、十五戦全勝優勝を果たした。それも先場所に続く全勝優勝で場所後の横綱昇進を確実とした。夜のNHKサンデースポーツで笑みを浮かべて語る日馬富士、その表情がまた、まぶしくてよかった。
 二場所連続優勝について聞かれた日馬富士は「全身全霊で。一生懸命に頑張りました」を繰り返し、モンゴルの母親の「(2006年12月に交通事故で)亡くなったお父さんが生きていたら、どんなにか喜んだことでしょう。私はあなたのことを誇りに思っています」の言葉には「父と母には、このからだを与えてくれ〝恩返し〟を出来、嬉しく思っています」と答えた。
 さらに感心したのは、このあと彼の口から出た次の言葉である。
 「〝恩返し〟は出世することではなく、ちゃんとした生き方をすることです」。

 待ちに待ったすばらしい横綱が、いよいよ誕生する。横綱の理想像を聞かれた日馬富士公平は「私は私。ハルマフジはハルマフジです」とも答え、印象深かった。
      ×      ×
 きょう妻と私の両方の父の墓参りをしたあと、実家の母を訪ねると弁護士の兄夫妻が居て「おはぎを食べよう」というので一個だけ食べた。その兄が弟である私の顔をしげしげと見て「たかぼう、おまえ、地球一周の船旅から帰ってきて、すごく若々しくなったじゃないか。どう見たって五十三、四歳にしか見えない」というので、かえってこちらが驚いた。
 貧乏弁護士かつ、いつも正義の味方の兄には、とてもお世辞をいうことなど出来っこない。ということは、本気で言っているらしい。いよいよボケ始めたのか。でも、まだまだ世のため人のため、を掲げて現役弁護士真っただ中なのだから、そうそうボケるはずもあるまい。
 「だけど、いつも俺の顔を見るたびに、ここ何年来というもの、〝もう髪がボサボサ。どういう格好をしとるの。今すぐ、床屋に行ってきなさい〟というお袋がまだ何にも言いへんよ」と言うと、横から満九十二歳のお袋曰く「いい時は、だまっとるの。ひとさまにとても見せられん時だけに、注意しているのが分からんのか。おまえは」ときた。

 ということは、自分ではもう〝枯れススキ〟とばかり思い込んでいた私にも、まだまだ若いエキス、存在感があるということなのか。それとも地球一周の船旅で三カ月間も日本を離れ、メキシカンハットというお土産までもらったのでリップサービスのつもりなのか。いやいや兄には、とても言えるわけがない。そんなことを頭のなかで考えていると、なんだか頭上で地球が周り、船が揺れているような、そんな錯覚まで覚えた。

 そのメキシカンハットだが兄の頭には合わない、と義姉から聞かされた時には、これまたショックだった。せっかく、わざわざメキシコのエンセナーダの町中まで出て購入してきたのに。頭に合わない、など思いもしなかった。自分でもかぶってみたが丁度良かったはずなのだが。まさか事前に兄の頭の大きさまで聞いて船旅に行くわけにもいくまい。やはり兄は昔から勉強ばっかりしていたので、普通の人間より頭が異常にデカくなっていたのかもしれない。
 というわけで、義姉によれば、メキシカンハットは名古屋の自宅に飾ってあるのだという。それはそれでいいかもしれない。

 夜。江南の知人と一献。飲みながら昼間の「歳の話」になり、年齢は人によってそれぞれ違う。人間には生後で決める、判で押した歳とは違う歳があり、それこそが本物の年齢なのだ、ということで話が一致した。要は、それぞれの努力次第で歳も取ろうが若くもなる、ということだ。こうした話をすること自体、少しばかり老いた証拠なのかもしれない。兄の言葉を私に対するエールと信じて、これからも若々しくありたい、と思ったことである。

【新聞・テレビから】☆「大名古屋ビルヂング 今月でお別れ 半世紀 よくもったね」、「民主化への功績 スー・チー氏に賞 米シンクタンクが授与」(23日付、中日朝刊)
☆「二つの故郷に根差してー中上健次没後20年」、「シャープ創業100年 『オンリーワン』正念場」(23日付、毎日朝刊)

平成二十四年九月二十二日
 土曜日。秋分の日である。〈暑さ寒さも彼岸まで〉とは、よく言ったもので、さすがに残暑もここまで、か。少しは過ごしやすくなってきた。
 そんな〝つるべ落とし〟の朝、私の携帯の体内で急き立てるようにメールの着信音が鳴った。

 開くと、思いがけず、あの安江都々子さんからだった。私自身も、このところは彼女のことが心配で毎日、メールをしよう、しなければと思っていた矢先だけに、なんだか頭を一撃されたような錯覚に陥りもした。「安江さん、ごめんなさい」と思わず、携帯を手に頭を垂れていた。
「こんにちは、ご無沙汰してます。今日ナゴヤ球場、最終戦で来ました。今度10月3日に入院して手術します。なかなかお目にかかれません」。
 読ませていただいた瞬間、私は〈もっと早くなぜ、自分からメールしなかったのだ〉と薄情極まる自身を心のなかで責めたてた。私はすぐに「毎日メールをしなければ(と、とても気に病んでいました)。でも、返って安江さんの心を惑わしてはいけない、と思い。お許しください。あとで電話します。」と言い訳めいた返信メールを打ち、午後、試合が終わったころを見計らって電話させていただいた。安江さんは、元気でいた。よかった。

 というわけで、きょうはドラゴンズ公式ファンクラブのお母さんで知られる安江都々子さんと久しぶりに電話であれやこれや、と話し合った。彼女はガン(肝臓)と闘病中の身ではあるが、きょうはファンクラブの仲間に助けられナゴヤ球場へ。「2軍の最終試合なので」ということで球場を訪れたという。
 安江さんと言えば、私がファンクラブ事務局で会報編集担当として在任中、お世話になり通しで甘えてばっかりだった。当時、ナゴヤ球場の2軍戦には必ず彼女の顔があり、若い選手を日々励まし続けもしてくださっていた。若い選手の間では今も掛け替えのない存在であることは間違いない。みな「お母さん」「母さん」と言って慕っている。

 その安江さんときょう電話で話しをさせていただいた限り、これは私の直感ではあるが声の調子などからしてガンには勝てる。そう信じたい。手術は来月、名古屋の国立病院で行われるが元気で生還されることを願う。ただ足が弱り、歩くのが辛いとのこと、こちらの方も早くよくなってほしい。私自身、地球一周の船旅から帰ってまだ一度もお会いしていなかった非礼もこの紙上を借り、詫びさせていただく。つくづく俺はなんて勝手な男なのだろう、と思う。
 それとも、私はゴンタクレの名に甘えているのか。まだまだ甘すぎる。
 
 ふと私は空を見上げた。
 そうして〈秋空に未来永劫と書いてみし〉〈曼珠沙華人恋ふごとに朱け深く〉と、私の大好きな秋の句ふたつをつぶやいてみた。

 今夜のCBCテレビの「ニュースキャスター」で先ごろの日本政府による尖閣諸島国有化に伴い発生した、反日デモの嵐に関連して〈反日デモ 映像分析「中国の抱える問題とは?」〉について分析。中国では1990年代に生まれた、ジュウリンホウ、いわゆる〝蟻族〟と言われる苦労を知らない、わがままな世代がデモの中心となっているばかりか、一日当たり1200円をもらっていたのではないかーとの衝撃な指摘がされていた。

 確かに日本大使館や日本企業、飲食店、百貨店などの建物への放火、投石、略奪行為…を見逃すわけにいかない。逆に、日本国内で中国関係の飲食店や建物に対する放火や略奪などは今のところは聴いていない。日本の国民の方がはるかに冷静に、一歩離れた視線で中国社会を見ていることも、この番組ではよく分かった。

【新聞・テレビから】☆「やらせか? マジか? 中国〝暴走反日デモ&消えた1000隻の漁船〟」(22日夜、CBCテレビ・ニュースキャスター)
☆「閣議決定回避 米が要求 原発ゼロ『変更の余地を』 政務官ら訪米時 安保に影響懸念」、「一歳児の点滴に水や茶 愛知県警江南署 傷害容疑、叔母を逮捕」(22日付、中日朝刊)
☆「野田首相 大差で再選 民主代表選 輿石氏に続投要請 24日までに党役員人事」(22日付、毎日朝刊) 

平成二十四年九月二十一日
 大相撲の元小結で東十両12枚目の黒海(31)=グルジア出身、追手風部屋=が秋場所13日目のきょう、引退した。黒海は、大相撲では初の欧州出身力士で現役関取ではトップだった通算連続出場が882回で止まってしまったが、わが家のアイドルだった。
 大相撲が始まれば毎日「黒海どうだった?」と言うのが、わが家の合言葉で黙々と相撲道に打ち込む姿は、本当に好きだった。2001年夏場所で初土俵を踏み、押し相撲が得意で2006年秋場所には新小結に昇進、幕内在位45場所、金星2個、敢闘賞を2度獲得した。まさに、あっぱれなお相撲さんであった。

 プロ野球の方は巨人が東京ドームでキャプテンの阿部慎之助が本塁打を放って6―4でヤクルトを破り3年ぶり34回目のリーグ優勝を決めた。ドラゴンズは甲子園で47歳の山本昌が先発し五回1失点と好投、3―2で阪神に勝ち、なんとか高木中日の面目を保った。民主党の党代表を選出する臨時党大会が東京都内で開かれ、野田佳彦首相(55)が一回目の投票で過半数を獲得して党代表に選ばれた。任期は三年。

 きょうあるドラゴンズファンと話していて、前中日ドラゴンズ監督の落合博満さんがオリックスの新監督候補に急浮上している、と聞いた。会話を交わすうち、その落合さんが和歌山県太地町にある「落合博満記念館」に滞在していた先月十六日に救急車で病院に運ばれたという。この一件は、八月末発売の「週刊ポスト」で初めて報道されたが、当初疑われた脳梗塞の心配はなさそうだ。
 ただ落合さんは、顔面マヒを患っており、今も多少顔にゆがみがある。ご本人は先日都内で行われた講演会で「結構、この顔気に入っている」と堂々としていた、というのだが…。いずれにせよ、落合さんといえば日本プロ野球界の宝だけに、早く良くなってほしい。

 これは、あくまでインターネットの情報だが「顔面麻痺の落合博満氏 今も睡眠剤を飲み続けていると明かす」の項目が気になる。睡眠剤といえば、知人女性も常用しているが、あまり飲みすぎないように。日ごろの体調管理をしっかり、とお願いしておきたい。優秀な人間ほど、無理をするうえ感覚も鋭敏なため、睡眠剤にたよりがちだ。女性の場合、ことしの正月、息子夫婦に招かれた席でつい、飲みなれないお酒を飲んだうえ睡眠剤をのんで寝たのが悪かった。翌朝起きたら、目がポンポンに腫れ上がり顔面が一変し、あわてて病院に行き危機一髪で助かった。(酒を飲んだあとに、睡眠剤を飲むことは事程左様に大変、危険なのだ)

 もしかしたら、落合さんも酒を飲んだはいいが眠れなくて睡眠剤をのみ、急におかしくなったのではないか。自分のからだは自分で守らなければ。油断大敵だ。この際、人生の年上の先輩としてメチャだけはするな! と、苦言を呈しておきたい。優秀な人間ほどあっさりと逝ってしまう。人間嫌われてもいい。元気で長生きしなければ。百歳を通過して、なお心身ともに丈夫であれば、これに勝るものはない。

 二十八日に迫った私の地球一周船旅からの帰朝報告会を前に、きょうも失礼があってはならない方へのメールや電話連絡などに追われた。中には、ぎふ清流国体で陛下の案内役を頼まれ日程がわからなかったため返事が遅れてしまいましたーと丁重な出席通知をしてくださった方までいる。ありがたいことだ。

 夜。たまたまNHKテレビで復元されたばかりの東京駅をスクリーン代わりに最新の映像を映し出すシーンが生中継されるのを目にしたが、私には不満の残る映像だった。東京の夜を照らす幻想の光もいいが、現実の生活に根差したものが見受けられない。私には、たとえ若手映像作家なる輩がコンピューターを駆使した映像とは言え、納得がいかない。
 たとえば、明治から大正、昭和、平成へと移行する人々の風俗を映し出したり、日本の季節や世界の代表的な駅舎を再現する、とか。そうしたより具体的な発想がなぜ出来ないのか。私が責任者なら、即刻ボツにしたに違いない。何も訳の分からないゲテモノを流せばよいものでもあるまい。
 もっと生活感と人々の息吹、歴史を感じさせるものがなぜ出来なかったのか。あれでは単なる初心者のアート、こどもの遊びと言って良く多額の費用をかけた割には、生かし切れてはいない。再考を願う。

【新聞・テレビから】☆東京駅舎が七変化…最新アートを生中継(21日夜、NHK・ニュースウオッチ9)☆「『失笑』誤用6割 正解は『こらえ切れず吹き出す』 慣用句間違い浸透 国語世論調査『言葉を意識』は増加」(21日付、中日朝刊)「『むかつく』使う人 過半数 『まったり』3割■広まる若者言葉 国語世論調査」(21日付、毎日朝刊)
☆「首相 民主代表再選へ 訪米後に内閣改造・党人事」、「オスプレイ初試験飛行 米軍岩国基地 地元反発は必至」(21日付、中日夕刊)「寝たきり4歳 放置死 容疑の両親逮捕 食事十分与えず 豊橋」(21日付、毎日夕刊)

平成二十四年九月二十日
 朝食の席に座ると、隣で「やっと秋らしくなってきたわね」と彼女。実感がこもり、二匹の愛猫も上を仰ぎ見て〈ニャー〉〈ニャあ~ん〉とうなづくように、それぞれ二度鳴いた。

 久しぶりに大垣が恋しくなり、〝順ちゃん〟(大垣平野学園理事長・平野順一氏)に電話。外出中だったが折り返し電話があり恐縮至極とあいなった。お世話になるばかりで、地球一周の船旅から帰国して以降、まだ電話ひとつしてなかった非礼を何より先にお詫びして近く私の方からお伺いすることとなった。
 〝順ちゃん〟には大垣支局長時代から海外取材に伴う「オランダ花ものがたり」といった事業展開や本出版などのつど、公私ともにお荷物になるばかりで、心苦しい限りだ。やはり、こちらから帰国挨拶をしておかなければ。お会いすれば、一匹文士(いっぴきぶんし)としての活路が見出されるや知れぬ。順ちゃんは、頼りがいのある、そういう大物なのである。

 帰国後、一カ月を経過したところで、きょうはどうにもならないゴンタクレ作家である私を陰日向となって支えてくださっている小中陽太郎さんをはじめとする何人か、にもお礼の電話やらメールをさせて頂いた。それが礼儀だからである。柔道少年のころから、自らに言い聞かせてきた〝精力善用自他共栄〟、この気持ちがその底にはある。そして、もうひとつ。〈人に勝つより、自分に勝て〉と昔のままのスピリットでいる。

 新聞各紙によると、日本政府が沖縄県尖閣諸島の国有化を閣議決定した十一日以降、政府機関や銀行、電力会社など少なくとも計十九のウエブサイトがサイバー攻撃を受け、一時閲覧できなくなったほか、最高裁や東北大病院など八カ所のサイトが改ざんされ、これらサイバー攻撃は「中国から攻撃されたものだ」という。
 警察庁などの調べで、一連のサイバー攻撃に伴い、中国のハッカー集団「紅客(こうきゃく)連盟」の掲示板や中国の大手チャット「YYチャット」上には、攻撃を呼びかける書き込みが相次ぎ、約三百カ所の日本の公的機関や企業が標的にされたという。こんなことをしていると、そのうち、サイバー戦争が勃発し、世界中が大混乱に陥るか、あらゆるものが一瞬にして消えてしまう時が来るのではないか。

 人間が人間の手で自らの首を絞め、そこには何も残らなくなる。そうした事態が起きても不思議でない。いっそのこと、宗教間や領土、民族間を巡る醜い争いや憎しみ、内戦、戦争の連鎖など。そうした見苦しい存在自体、消えてなくなってしまった方がいいのかも知れない。

【新聞テレビから】☆「北極海の氷 観測史上 最小に」(20日夜、NHK・ニュースウオッチ9など)
☆「『尖閣国有化は茶番』 習氏、日本を非難 米長官(パネッタ米国防長官)と会談」「19サイト攻撃受ける 中国から? 尖閣の国有決定後」「愛知県議会訪中中止へ 来月の江蘇省派遣」、「揺らぐ新エネ戦略 『原発ゼロ』後退 閣議決定を見送り」「『原発ゼロ戦略』早くも腰砕け 市民うんざり できもしないなら…/票のためか」「避難者 憤り つらさが分かってない/力ある人を優先」(20日付、中日朝刊)
☆「スー・チー氏と米大統領が会談 民主化後押し表明」、「〈大リーグ〉(ヤンキースの)イチロー(がブルージェイズとのダブルヘッダーに2試合とも出場して)1日7安打 ダブルヘッダー」、「東京ゲームショー開幕 スマホ向け急成長(20日付、中日夕刊)

平成二十四年九月十九日
 朝。起きるが早いか、妻・舞の「病院に連れてってよ」のひと声で病院へ。昼は名古屋へ。そして夜は自宅で読書と執筆。朝は病院に、と突然言われ「どうかしたのか」と彼女の身を案じ一瞬ドキリとしたが「以前に病院で出してもらった薬がなくなってしまったため、手元にないと不安だから」と分かって胸をなでおろした。
 このあと名古屋へは、久しぶりに船旅帰りの土産を手に、ヒ・ミ・ツの友だちと会食に。夜は週刊新潮の9月20日号や文學界十月号、中部ぺん19号などに目を遠す一方、テレビニュースもチェックして執筆に時間を割いた。

 ハラハラさせられながらも、何事もなく一日が過ぎていった。「イガミさん、あなた船のなかで何かいいことあったのでしょう。アタシには全部分かるのだから。好きな女ができたの。でも、あなたって。幸せよ。奥さまが出してくれたのだもの。感謝しなければ、ネ。お互いに今を大切に。元気でもっと、もっと長生きしようね」と兄弟分の彼女。

 きょうは、ほかに私たちのウエブ文学同人誌「熱砂」に今月から新しく入会された大津市の同人誌「くうかん」代表・眞鍋京子さんのプロフィールがアップされ、新生「熱砂」にとっては、記念すべき日にも。主宰として同人全員に新しい仲間のプロフィール掲載につきメールや電話での連絡に追われた。
 きのうピークを迎えた、日本政府による沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)国有化に抗議する中国の反日デモは中国側の「もう大使館には行かないでください」「理性をもって愛国を表現してください」の送信メール呼びかけとともに、大量の武装警察も動員。暴徒化が抑え込まれたこともあり、沈静化に向かいつつある。このまま静かになってほしく願うのは私だけではないだろう。

 夜のテレビ。メ~テレの報道ステーションで「さまよう〝原発ゼロ〟へ」を聞く。「原発ゼロあいまい 閣議決定見送り 新エネ戦略 経済界や米に配慮」「一貫性ない政府」(19日付、中日夕刊1面見出し)について、キャスターが盛んに民主党代表選に望む野田総理ら四候補を追求していたが、今夜の論に関する限り、反発は覚悟の上で野田総理の言が一番分かりやすく、理路整然としておりキャスターの放つ矢は、ことごとく交わされていた。
 舞はいつだって野田首相のことを美辞麗句が多すぎる政治家だと決めつけるが、私の見たところ、彼はさすが弁がたち、かつ努力家で分かりやすい。民主、自民両党とも代表選に立候補しているいまの貧弱な顔ぶれを見る限り、私の目には次の首相もこの人物をおいてほかにはない、気がする。
 尖閣諸島国有化に伴う反日デモについては、外交ルートを通じ誤解を解く努力をしている、とのことで「より平穏に長期的に維持管理するのが目的だったが、反日デモの嵐は想定の範囲を超えていた」そうだ。この点の見通しは本人が告白した通り甘すぎる。首相に再選されたら、まず中国を訪れ、国有化宣言に伴う中国国民の誤解について当然、陳謝すべきだ。

 今夜のナゴヤドーム。高木ドラゴンズは巨人との最終戦で3ー2で負け、今シーズンの巨人戦は10勝11敗3引き分けと負け越しに終わった。何をやっとるんだ! 巨人如きに負ける、とは。ジャイアンツだけには負け越してほしくなかったのに。あ~あ。クライマックスで仕返ししてくれるのを願うのみだ。
 
【新聞・テレビから】☆「JALが東証に再上場 高まる期待…課題は?」(19日夜、NEWS23クロス)
☆「大津中2自殺 いじめ事前に認識か 学校、文書で対応言及」(19日付、中日朝刊)
☆「『ブラックジャックによろしく』2次利用自由化 コピー広がれば本物の価値増す 佐藤(秀峰)さん 著作権問題に一石」(19日付、中日夕刊)

平成二十四年九月十八日
 やり方が許せない、と中国の若者を中心に想像以上に対日感情が悪化している。日本政府による今月十一日の尖閣諸島国有化に原因することは明らかだ。それもAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の席で野田首相が胡錦濤主席から国有化は避けてほしいーと言われ、その二日後になぜ、あえて国有化しなければならなかったのか。野田首相の真意が分からない。と同時に胡錦濤のメンツをつぶした、のは確かだ。
 これからでもいい。あなたの得意な美辞麗句と言われようがいい。両国の危機回避のためにも、尖閣国有宣言の経緯を当然、首相自らが出向いて中国側に説明すべきだ。場合によっては、誤解された部分に関して謝罪するのもいいだろう。これまで日中間で棚上げしてきた国家間の領有問題だけに、今回の国有化は中国側に抜き打ち的、かつ独断偏向と思われたに違いない。これだけを見ると、日本は卑怯極まる国と言われても仕方ない。日本政治には誠意のカケラもない。もっと下手に出て外交努力をすべきだ、と思う。
 かといって、無法極まる中国人の反日デモや暴力、日の丸の焼却、日本企業やスーパーへの投石などの破壊行為、暴徒化も許せない。中国で一生懸命がんばっている日本人たちがどんな思いでいるのか。一政治レベルの行き過ぎで、一般の日本人には何の罪もないことが何故分からないのか。このままだと、誤ったナショナリズムとナショナリズムが衝突しないとも限らない。
 日本政府にはこの際、総力をあげて両国関係の改善に努めてほしい。民主、自民とも代表選挙などにうつつを抜かしている時ではないのではないか。中でも自民党の代表戦の様子を見ていると、返って過ったナショナリズムを増幅させかねない。心配だ。
      ×      ×
 朝、わが家の家神といってもいい、長女家猫こすも・ここの様子がおかしい、と妻。前足の片方を何かで痛めたようでたいそうなビッコをひいている。くじいたのか、それとも何かでケガをしたのか、かみつかれたのか、が分からない。外傷はなく、左足が腫れぼったい。
 というわけで、近くの犬猫動物病院に連れていくも、例によってウーッと唸ったきり牙をむき、からだを触らせようとしないのでさすがのベテラン獣医もほとほと困り果てた様子。最後は私と看護師さん二人の大人三人で頭や体を押さえつけ、痛み止めの注射を打つことに、やっと成功。医師によれば、本格的治療をするとなると、麻酔を打たねばならず「お聞きすれば、このこ(娘)は、もう十八、九歳になる、とのこと。下手に麻酔を打つと様子がおかしくなってしまい、返っておかしくなるといけない」ということで苦渋の選択をした、とのことだ。
 帰宅後は、なんとか落ち着きを取り戻し、ビッコの様子も少しずつ治ってきているので大丈夫だ、とは思うが。いやはや、きょうは朝から彼女を病院に連れて行くまでが、これまた大変だったのである。舞が言うには「二、三年前までは跳躍力もあり二~三メートルぐらいの高さの箪笥の上にも始終乗り降りしていたが、このところはあんまり飛び乗ることをしなくなった。もう、トシなのだから」とのこと。ということは、何かに飛び乗ろうとして失敗し前足のどこかをくじいた、という見方が一番妥当な線である。
 おかげで、きょうは彼女に一日中、振り回された。こうした場合、次女猫シロちゃんなら、おとなしく診てもらうのに。こすも・ここの場合はいつも大騒動になってしまう。まだまだ長生きしてほしいだけに、人間の言うこともよく聴いてほしい。

 飛騨の国から一枚のはがきが舞い込んだ。かつて中日ドラゴンズ公式ファンクラブで同僚でもあった帰家圭吾さんからで、はがきには「この度、下記住所に引っ越したことをご報告いたします また3月には長男・悠吾が誕生しました お近くにお越しの際は、是非お立ち寄りください」と新住居と一緒に記されており、嬉しく思った。

【新聞・テレビから】☆「反日デモ激化 中国とどう向き合うのか」(18日夜、NHKテレビ〈クローズアップ現代〉)
☆「中国漁船1000隻尖閣へ 海域で操業か 反日デモ続く」、「伊勢エビ初日 豊漁で港活気 鳥羽・菅島」、「樋口広太郎氏 死去 アサヒビール元社長『ドライ』で業界首位」(18日付、中日朝刊)
☆「反日デモ 西安で禁止通達 柳条湖事件81年 当局が警戒」、「高齢家族『時間ない』 東京で集会『拉致』早期解決訴え」(18日付、毎日朝刊)
☆「瀋陽で記念式典」「中国関連株下落」(18日付、中日夕刊)「『小日本を倒せ』 瀋陽、総領事館前で響く 中国デモ」(18日付、毎日夕刊)

平成二十四年九月十七日
 はやいもので、オーシャン・ドリーム号に乗船してのピースボート地球一周の船旅から横浜港に帰航し、きょうで一カ月がたつ。私は相変わらず、船旅を題材にした小説一編【女たちのララバイ(仮題)】の創作に朝も、昼も、夜も、深夜未明にかけても、挑んでいる。おかげで一番の戦友であるはずの妻も、このところは少しだけご機嫌ななめだ。
 この小説では、一人の男としてあくまでこの世の女性たちに向かって、年は取ってもまだまだ若い、そんな男のどうにも制御のしようがない心理の揺れ動きを描き切るつもりでいる。主人公はふたりの妙齢の女性だが、作者の私としてはふたりの女性を描きながら、つまるところ一人の女性読者に向かって筆を進めている。その一方で船内でのたくましかった女性群像の素顔にも触れられたら、と思っている。ともあれ、読者であるすべての女性が物語のなかの主人公二人のうちのどちらか、だと思っていただけたら、それでいい。あくまで創作である。

 きょうは敬老記念日。中日新聞を開いて嬉しかったのは、第2社会面の「95歳 はつらつ新聞配達 27年ほとんど休まず 新城の中野さん 健康の秘訣『朝の空気』」の見出し入り記事。満九十五歳になった今も愛用の三輪バイクを快調に走らせ新聞配達を続ける愛知県新城市有海の中野徳次郎さんの存在である。中野さんは二十七年間、ほとんど休むことなく新聞の配達を続けておいでになる。いやはや、見事なものだ。
 記事によれば、中野さんは六十六歳のとき、重い腸の病気にかかり手術を受け「力仕事はできなくなったが、遊んでいるわけにもいかん」と六十八歳から新聞配達を始めたという。いらい、午前二時四十分に隣地区にある新聞店から朝刊が届くと、これをすばやく仕分けしてバイクに積み配達に出るのが日課で五時には九十軒への配達を終える。中野さんはむろん、このことを報道した新聞もすばらしい。

 嬉しい話といえば、今夜ナゴヤドームでドラゴンズが優勝を目前にしたジャイアンツに2―0で勝ったことだ。それに、あの浅尾投手が五月十三日いらいの登板でなんとか責任を果たしたことか。ニュースによれば、「浅尾もこうして出て登板数を重ねれば、だんだんと本来の力を発揮してくれるはずだ」と高木監督がコメントしていたが、今シーズン、残りわずかになってはいるが浅尾投手には、どこまでも期待したい。力は当然、あるはずだ。

 大型の台風16号は沖縄から九州、四国を経て、長崎などに大雨をもたらして朝鮮半島に抜けていったようだ。日本政府の尖閣諸島国有化に伴う中国での反日デモは相変わらず広がる一方で、千隻の漁船が東シナ海に向かっているという。あす十八日は満州事変勃発のきっかけとなった柳条湖事件が起き八十一年目に当たる日だけに、ひとつ間違えば、一色触発の恐れだってない、とは言い切れない。
 当然ながら、国の危機管理体制の徹底が望まれる。

【新聞・テレビから】☆「反日デモ80都市に拡大 中国 収束めど立たず」、「65歳以上 3000万人突破 総務省推計 団塊世代も仲間入り」、「悪質商法あかんよ ぎんさん4人娘PR」(17日付、中日朝刊)
☆「長かった~(山内)壮馬10勝 きょうからG戦 ナゴヤ胴上げ絶対阻止だ」「竜連勝でCS決めた 球団新11年連続Aクラス」(17日付、中日スポーツ)
☆「反日デモ 警察が催涙弾 広東省で暴徒拡大」、「『総裁に石破氏』首位32% 比例投票 維新、民主と並び2位 本社世論調査」(17日付、毎日朝刊)
 
平成二十四年九月十六日
 たえまなくおまえは
 鍬をにぎって土地を耕す農夫だった
 おまえのふりおろす鍬の刃先は
 必ず俺を血まみれに空の中へたおした
           (「農夫」より)

 先日、詩誌「宇宙詩人」代表でもある愛知県高浜市在住の詩人鈴木孝さん=名古屋造形芸術大学名誉教授、七十五歳=から2012年8月30日付で東京の土曜美術社出版販売から初版が発行された新・日本現代詩文庫98「鈴木孝詩集」が送られてきた。冒頭の詩は、その中の一編である。毎日、ページを開きながら、なかなか紹介できないでいたが、今日は時間的にも少し余裕があったので私たちのウエブ文学同人誌・新生「熱砂」のWHATS NEW欄でも紹介させて頂いた。

 解説のなかで野村喜和夫は「このたび、鈴木孝の作品を最初期からまとめて読む機会を得たが、誤解を恐れずにいうなら、すべては『泥の光』に流れ込むようにできているのではなかろうか。(中略)『泥の光』は真に驚くべき詩集である。まずその長さが半端ではない。二段組みの本書で七十ページ近くもあり、それでも抄出だ。エクリチュールへと向けられた主体のなみなみならぬエネルギー、あるいはその強靭な意志のようなものを感じる。」と打ち明け、現大阪文学学校長の長谷川龍生も「目で追う活字よりも、音楽と照明を操作しての朗読のおもしろさを演出すれば、いちだんとすぐれたものになるだろう。」とさらなる飛躍への可能性を提起している。

 確かに「鈴木孝」と言えば、ヨーロッパや中国、韓国など世界を舞台に長年、幅広く詩作を続けてきた努力家で、H氏賞などの候補作ともなった『泥の光』など多くの詩集でも知られる。その行動力と情熱、視野の広さは知る人ぞ知るが、この「鈴木孝詩集」を手に、よくぞここまで辿りつかれたーと敬服もしている。

 その一端として、文末の鈴木孝年譜を見るだけでも、これまでの詩人としての人間ドラマが垣間見られる。年譜には「名古屋大学文学研究科大学院修士課程仏文専攻に合格(昭和三十九年、二十七歳)とか「第二回ポメリー中部文化賞受賞」(平成七年十月、五十八歳)などいろいろあるが、「五月十二日、中日新聞夕刊『同人誌・その土俵』(伊神孝信記者)に、七段抜き写真入りで詩誌≪宇宙詩人≫が紹介される。」(平成十七年、六十八歳)と私の名前入りの年譜まであったのには、こちらまでが驚いた。
 いずれにせよ、遅くなりましたが、同じ文学仲間の一人として、鈴木さんのこれまでの労苦と栄誉を称え、さらなるご活躍と健康を願いたい。

【新聞・テレビから】☆「反日デモ最大規模 トヨタ、日産店舗襲う 中国50都市8万人」、「高3山口、200平世界新 2分7秒01 日本選手で北島以来」、「今池・千種 地下街に幕 名駅へ客足シフト…低迷 来年3月めどに廃止」(16日付、中日朝刊)
☆「オスプレイいらない 沖縄県民大会 5、6、7面特集」、「福島取り戻せ 原発事故1年半 復興へ課題山積」(16日付、しんぶん赤旗日曜版)

平成二十四年九月十五日
 日本政府が沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)を国有化して以降、中国国家海洋局の海洋監視船「海監」六隻が領海に侵入したばかりか、中国各地での反日デモがこのところ、留まるところを知らない。きょう午前には、北京の日本大使館前でデモ隊が断続的に抗議行動を展開、大使館にペットボトルや木片を投げつけたばかりか、警官隊がデモ隊を制御できなくなり、一部暴徒化。バリケードの一部が破られたという。
 こうした反日の嵐は尖閣が国有化された十一日から連続して続いており、デモ参加者は日に日に増加。上海の日本総領事館前でも数百人が釣魚島を返せ、と叫び、西安や成都、長沙など中国全土に広がりつつあるという。外務省は東シナ海の休漁期間が十六日に終わることもあり、中国漁船が大挙して押し寄せる可能性もあると見ており、事態は予断を許さなくなりつつある。十八日は満州事変の発端となった柳条湖事件の発生日でもあり、中国全土でのデモもありうるという。

 それにしても、野田首相、民主党の代表選どころではないではないか。今すぐにでも中国に飛んで行き何よりも暴徒の沈静化を図るべきだ。自民党総裁選にしても、日本の政治家たちはどこか、脳天気な連中ばかりのような気がしてならない。
      ×      ×
 本日付中日新聞の記事「原発ゼロという倫理」(論説主幹・深田実)が庶民サイドの目線ですこぶる良かった。
 「倫理委員会こそないものの、日本では3・11以降同じようなことが人々の間に広く深く起きていたのではないか。福島の母親らをさきがけに、国民は真剣に考え、自治体は不安の声を上げ、デモは拡大した。官僚や財界などの力で動くような政府に対し普通の人々がそれぞれに倫理的に判断し行動し始めた。
 このことはおそらく政府決定よりもずっと重みがあり、たとえ政権が代わろうと揺らぐはずもない。政治家は肝に銘ずべきだ。
 財界などには経済・雇用を心配する声がある。だが原発ゼロとは希望のあるイノベーション、技術革新を切り開く一大好機ではないか。過去を見直すことは、新しい価値や産業活動を創造することであり、恐れることではむろんない。
………
 日本は生まれ変わらなければならない。高度成長の時代を超えて、新しい人間中心の時代へと。」
 この中のキーワードは〈普通の人々がそれぞれに倫理的に判断し行動し始めた〉であり、筆者はさらに「このことはおそらく政府決定よりもずっと重みがあり、たとえ政権が代わろうと揺らぐはずもない」と言い切っている。オピニオンリーダーたる新聞がここまで断言してくれた、とは頼もしい。
      ×      ×
 きょうは午後、舞のリサイクルショップ「ミヌエット」で彼女にとっては、とっても小さくはあるが長年の夢が花開いた。というのは店内でのホームコンサートが実現、なんとその第一弾として私のハーモニカ演奏が餌食にされたのだ。むろん出演料も鑑賞料もなし、店を訪れた人々にとって、たとえいっときでも安らぎになれば、それでよいのだそうだ。
 演奏時間になると、ちいさな店内はいっぱいとなり、私は恥ずかしながら町の奥さま族を前に愛用のハーモニカで〈みかんの花咲く丘〉はじめ、〈ふるさと〉〈浜辺の歌〉〈この道〉〈赤とんぼ〉〈埴生の宿〉〈琵琶湖周航の歌〉〈知床旅情〉…から〈星かげのワルツ〉まで十曲ほどを吹いた。

 私にとっては、能登の「海の詩(うた)」大賞審査委員長になっていただくなど生前、私を大変よくしてくださった故加藤省吾さん作詞による〈みかんの花咲く丘〉はじめ、故・森繁久弥さん所有のクルーザー、メイキッス号船内で息子の泉さん(故人)の弾くギターに合わせ、それこそ夜を徹して森繁さんと一緒に歌ったことがある〈知床旅情〉、そして大津時代に何かがあるとは円陣を組んで仲間たちと腕を組んで共に歌った琵琶湖周航の歌……と、それぞれに思い入れがある曲ばかりだったが皆さん喜んでくれ、ホントに良かった。

 決して芸というほどのものではない。でも、この世のなか、何が生きるか分からない。これを機会に風来坊文士に留まらず、ハーモニカ、横笛、そしてまだ手探り状態ではあるもののアンデスのサンポーニャ演奏にも磨きをかけようと改めて思ったことである。

 家に戻ると、またまたパラパラパラと雨が降り始め、長女猫のこすも・ここが何を思ってか、私に甘えるようにからだを寄せてきた。私のハーモニカ演奏によるコンサートが、よほど思いもしなかったことなのか。自然ばかりか、愛猫までが驚いたようだ。

【新聞・テレビから】☆「30年代に原発ゼロ 政府推進路線を転換 核燃再処理は継続 新エネ戦略決定」、「東南アジアでもデモ 映像抗議 揺らぐ『寛容な国』」「『コプト教徒(エジプトで発展したキリスト教の一派)が映像制作』 米司法当局が特定 AP報道キリスト教一派 カリフォルニア在住」(15日付、中日朝刊)
☆「改憲に賛成65% 本社世論調査」(15日付、毎日朝刊)
☆「中国各地で反日デモ 大使館前 暴徒化 北京など拡大」(15日付、中日夕刊)

平成二十四年九月十四日
 昼前に、パラパラパラ、パラッ…と屋根を打つ異様な音がしたかと思うと、雨が降り出し2階ベランダに駆け上がるも、時遅し。せっかくの洗濯ものがビショビショになってしまい、おまけに大粒の雨に全身をたたかれ、泣くに泣けない。空の回復を待って、なれぬ手つきでもう一度干し直したまではよかったが…。
 夕方、自室で執筆中、今度は雷鳴がとどろき、洗濯ものは、またまた撤退とあいなった。家庭の主婦は、こんなことにも泣かされているのだ、と思うとかわいそうな気さえする。別に雨に限らず地震、台風、豪雨…と自然の驚異には勝てるはずもない。ただ、ひれ伏すのみだ。わが家の次女猫シロちゃんは、雷がよほど怖いと見えてゴロゴロゴロと天が鳴り出すが早いか、逃げの姿勢に入り私の部屋に入ってくる。

 ジョン・レノン音楽祭事務局から、ことしもジョン・レノンの命日でもある十二月八日夜、東京・日本武道館でジョン・レノンスーパー・ライヴが行われます、との案内文つきメールマガジンが届いた。
 このコンサートは、オノ・ヨーコさんの『世界の子どもたちに学校を贈ろう』の呼びかけで2001年から実現。以降、毎年開かれてきているもので、過去十一回のコンサートで二十八カ国、計百十七校の学校建設を支援してきたことでも知られる。ことしもコンサートの売上から十校前後の学校を支援、加えてコンサート会場ほかで販売されるチャリティー・グッズの売上の一部が東日本大震災で両親を失った子どもたちの支援金にもあてられるという。

 きのう本欄で不穏な世界情勢が気になると書いたが、このところは日本政府による尖閣諸島国有化宣言を受け北京の日本大使館前で国有化に反対する中国人らのデモが連日続いており、こちらも険悪だ。上海市内の路上では中国人から「日本人か」と声をかけられた日本人が突然、蹴られて打撲傷を負った。旅行業界への影響も深刻で訪日ツアーの予約の減少だけでなく、ツアー自体の取り扱いを中止する旅行会社まで出始めたという。
 ほかに韓国ともゴタついている竹島の領有権問題など、民族間の人間の業はどうにもならないものなのか。同じ人間同士なのに。いっそ、半分に割って半分ずつ領有したらどうか。

【新聞・テレビから】☆「反米デモ8カ国に イエメン大使館襲撃」(14日付、毎日朝刊)「もんじゅ廃炉方針伝達 福井県に『30年代原発ゼロ』 経産副大臣」、「尖閣問題 中部に影響 旅博『昇龍道』の交流会中止」、「河合さん(江南)の『日本奇術演目事典』 自費出版大賞のマジック 水中火焔や如意独楽…江戸以降の手品350種=尾張版」(14日付、中日朝刊)☆「100歳以上 初の5万人超 男女とも最多 42年連続で増加」、「中国船6隻 領海侵入 国有化後初 尖閣周辺に過去最多」(14日付、中日夕刊)

平成二十四年九月十三日
 プロ野球阪神タイガースの金本知憲選手(44)が昨夜、現役引退の記者会見をした。「1492」試合の連続フル出場は、ご本人の努力があればこそ、で世界記録の快挙だ。張本勲さんの「3085」(通算安打)、王貞治さんの「868」(通算本塁打)と比べても決して引けを取らない。心からお疲れさま、とその労をねぎらいたい。

 けさの新聞各紙は、どこも「鉄人が泣いた」「さらばアニキ」などの見出し入りで大きく報じているが私の心を引いた記事といえば、中日スポーツ5面の番記者メモだ。
 「愛車のハンドルを握りながら、金本がこう語った。『オレは、使いにくい選手にはなりたくない、と思っとるんよ…』」とあり、記事の中で筆者は金本自身の理想像に触れ「要はチームの使いやすい選手」になることに努めた点を強調。フルイニング決意のきっかけも「痛い、かゆいを言わず働き続ける選手が一番使いやすい」と言う星野監督の声を聞いたからだとしている。その分、金本は誰よりも練習に励んだことは知る人ぞ知る。
 このことは、どこの世界も共通している。私自身の経験から言っても「痛い」とか、「疲れた」、「忙しい」という記者に限ってたいしたことはなく、現場百回どころか現場ひとつ回っておらず、甘っちょろい輩が多かったと記憶している。

 金本の引退劇はさておき、このところの世界情勢がなんとなく不穏だ。気になる。
 イスラム教の預言者ムハンマドを侮辱する米映画がきっかけとなっての抗議デモがリビア、エジプト、チュニジア、モロッコ、スーダン…へと拡大。リビアでは東部ベンガジの米領事館が襲撃され、クリストファー・スティーブンズ駐リビア米大使ら四人が殺害された。事件を受け、米下院情報特別委員会では「国際テロ組織アルカイダ系の顕著な特徴がある」として2001年9月11日の米同時多発テロに合わせた攻撃だ、との見方まで示している。
 一方、中国では次期最高指導者への就任が確実視されている習近平国家副主席(59)が公に姿を見せない状態が十日以上も続いており、十月の共産党大会を前に、さまざまな憶測が流れている。このままだと、世界はどこへ行ってしまうのか。不安が高まっている。

 中東で繰り返される流血デモを見る限り、エジプトでお会いしたあの人なつこい方々の顔からは、とても『襲撃』などという言葉は想像もつかない。発端となったイスラエル系米国人が製作したという映画がユーチューブで世界を駆け巡り、よほどアラブの人々の心を傷つけたに違いない。故意によるムハンマドの性描写や暴力行為など、とても許せるものではない。アラブの人々を怒らせる、なぞ、よほどのことがあったからに違いない。

 そんな中、日本では昨夜大阪市内のホテルで開かれた政治資金パーティーとかで次期衆院選に向けた国政新党「日本維新の会」の設立が宣言されたという。私に言わせれば、政治資金パーティーのお金があるなら、東日本に行って居酒屋で飲むとか、ほかにお金を落としてきたらどうか。
 大阪市長の黄色いくちばしの橋下某、これはいけない。名古屋の河村市長には、もっとしっかりしてもらわなければ。減税ニッポンの方が、訳のわからないナントカ維新よりは数段増しだ。ナントカ維新を担ぐくらいなら、明治維新の人々をもっと学んでから、と言いたい。天下の河村が訳知らずのヒヨッコにすり寄っているようでは世も末だ。
 私に言わせれば、無能集団に頭を巡らす暇があったら、国民一人ひとりに対する減税をもっと真剣に考えるべきだ。彼らは選挙で必要な金は自分の責任能力で出せ、と鼻息荒く横着なことを言っているそうだが、それこそそんな金があったら全部、東日本の復興資金に回すべきだ。こやつは何を言っているのだ、と怒っている人々も多いに違いない。このままでは寛容な私ですら、その政治姿勢を許さないだろう。

 それに比べれば、減税ニッポンの方がよほど純粋でよろしい。あなたとは、以前一緒に食事をした仲でもある。満九十二歳の私のおふくろサンは、名古屋でもないのに「河村市長は本当に民の気持ちを分かってくれている。ニッポンイチの政治家でさすが、尾張の殿さまだ」と大ファンだがや。訳の分からん維新かぶれの小僧どもに気を遣う必要なんて、これっぽっちもないのである。

【新聞・テレビから】☆「領事館襲撃 駐リビア米大使ら死亡 侮辱映像反発 イスラム圏拡大も」、「甲賀 伝統の花火のろし 忍法流星」、「政府 30年代原発ゼロ明記へ エネ環会議あすにも策定 再処理事業は継続」、「アコーディオン奏者 横森良造さん死去。79歳(13日付、中日朝刊)「『消えた』習近平氏 呼ぶ憶測 要人会議相次ぐ中止 中国外務省 事実上沈黙」(13日付、毎日朝刊)☆「米領事館襲撃 アルカイダ関与か リビアと合同捜査」(13日付、毎日夕刊)「南京の日中漫画展延期 『尖閣』反日デモ警戒 愛知県など主催」(13日付、中日夕刊)

平成二十四年九月十二日
 地下鉄に乗っていても、電車、バスに乗っていても、だ。このところは年齢からくる寂寥感というようなものに時折、襲われる。この孤独感、おそらく若かろうが年寄りであろうが、ちいさなこどもであろうが、皆感じるのではないか。
 逆に言えば、ニンゲンたるもの、それぞれが年相応に生きている証しかもしれない。私の場合、三重県・志摩半島で地方記者生活をしていた頃と比べても、いつだって同じ二十代後半でいるつもりなのだが…。残念ながら、そうは見えないらしい。現実に目の前に自分と同年齢の人を見せつけられると、自分が信じられなくなる。

 そういう私の勝手な思い込みを舞は「どんなに頑張ったところで、トシはトシなのよ」と言って「もういい加減に諦めな」と引導を渡してくる。「六十過ぎたらおまけだ、と思わなくっちゃあ。あなた。おまけなのだから」とたたみかけてくる。あ~あ、ヤダ。ヤダ。だなんてそんなことを思う時間があるなら、早く一作でも多く俺にしか書けない、名作を書き残しておくことだ……。私の中にいるもう一人の私がハッパをかけてくる。

 なぜ、こんなことを書くかと言えば、乗り物に乗ればのったで、喫茶店に入れば入ったで、高齢者の表情がどの人もなんとなく寂しく、死にゆく時をただ黙って待っているような、そんな気がするからだ。近ごろ「人間たちは、こうして次第次第に消されていくのだ」とそんなことを思ってしまう。
 以前お会いした女性曰く「自分が寂しく思っているから、他人まで寂しそうに見えるのよ」と。そうは思いつつ、秋の気配もあってか、このところは、どこか寂しい。ニンゲンは孤独と悲しさのなかを生きていくもの、とは分かっていながら、どこかで足掻いている自分が見苦しい。
      ×      ×
 昼間、ふと立ち寄った喫茶店で某スポーツ紙を見たら「53才 坂上みき『無事2600グラムの男の子を出産しました』 体力、気力、経済力、知力すべて充実……マネはダメ」の活字が飛び込んできた。ご丁寧に芸能人の主な高齢出産の一覧表付きで「06年にはスペインで67才の女性が双子を生み当時、出産の世界最高記録とされた」「08年にはインド北部で70才の女性が体外受精で女児を出産。地元紙は当時『世界最高齢出産』と報じた」の記述まであった。
 ちなみに高齢出産一覧によると、タレントのHさん、歌手・作家のTさんがそれぞれ46才で子を授かってトップ。プロレスラーのGさんも45才で出産し、なかなかたくましい。元気を与えてくれる記事、とはこういうものをさすのか。たまには、こうした記事も微笑ましくてよい。

【新聞・テレビから】☆「一本松お別れ きょう切り倒し」、「小中高いじめ7万件 地域に帰り『把握が不十分』文科省11年度調査 子どもの自殺200人 25年ぶり」(12日付、中日朝刊)☆「富士山うっすら雪化粧 平年より18日早く」、「『短編映画 ムハンマドを侮辱』米領事館員襲われ死亡 リビア エジプトでも暴徒化」(12日付、毎日夕刊)

平成二十四年九月十一日
 東日本大震災の発生からきょうで一年半。一万五千八百七十人が死亡し二千八百四十六人(今月五日現在)がいまだ行方不明のままだ。仮設住宅などで避難生活を送る被災者となると、岩手、宮城、福島の三県を中心に二十七万八千人にも及ぶ。また被災地を傷つけた瓦礫の山も、焼却や埋め立てなどの処理済みは25%にとどまったままである。復興庁によれば、今も三十四万三千三百三十四人が全国に散って避難しているという。

 名古屋へ。わけあって栄中日文化センターを何年ぶりか、で訪れたが受講生が当センターだけでも二万人を超え文字通り日本一の規模のカルチャーセンターになりました、とスタッフから聞き順調な歩みに少しばかりうれしくなった。カウンターなど文化センター全体の外見や佇まいもよく、これなら皆さん満足なさるはずだ、と思った。

 栄に出たついでに書店でアンデスの楽器サンポーニャに関する書物を物色したが、あいにく音の吹き方に関する本は「ない」とのこと。帰宅後、パソコンで調べたところ、「サンポーニャの吹き方」なる項目が出てきた。さっそく、見よう、見まねで上唇を前に突き出すようにしてアレコレ吹いてみると、以前ウンともスンとも言わず全くでなかった音が、なぜか魔法にでもかかったように、スンナリ出てくるではないか。
 この瞬間は、最初のうちなかなか音が出なかった横笛が、急に音が出るようになった、あの時の感触と似たものがある。そうだ。幼き日々にある日突然、自転車に乗れるようになった時の、あのたまらない感触と同じである。
 「あっ、音が出た。出たではないか」。私はうれしくなり、その後も二度、三度とふいてみた。どうやら、音だけなら出せそうだ。そう思うと、目の前がパッと開けた気がするから不思議だ。習うよりなれろ、だ。これからは唇を当てて勝手にメロディーらしく吹いてみよう。周りに先生がいないのだから自分でやるしかない。私にはハーモニカを自由に吹きこなす感性と能力があるのだから、何でもいいので吹き続けていたら何とか道が開ける気がしてきた。

 サンポーニャの音が出て、なんだかウキウキ、フワフワと嬉しくなったところで、勢いづいた私は、今度は愛用のハーモニカを出して自室でふき始めた。〈椰子の実〉〈浜辺の歌〉〈この道〉〈みかんの花咲く丘〉〈琵琶湖周航の歌〉〈赤とんぼ〉〈埴生の宿〉……と次から次へとふき続け、〈知床旅情〉でしめたが、少年時代にみんなから褒められたハーモニカなら大抵の音曲をふけそうである。
 あの世界中の大海原を前に、オーシャン・ドリーム号デッキで何度も何度も地球の空と海、風に向かって横笛とハーモニカをふいた感触。私にしか分からない謎めいた才能をこれからも大切にしていきたい。

【新聞・テレビから】☆「きょう震災1年半 私たちを忘れないで 宮城・閖上 息子亡くした母 命、暮らしあえて話す 更地に通い語り部に」、「松下金融相が自殺 自宅で、遺書見つかる」(11日付、中日朝刊)☆「集団移転一歩一歩 東日本大震災1年半 計画の半数国が同意 用地確保など課題」「不明者なお2814人 3県で集中捜索」、「朝日(新聞)が土曜夕刊休刊」(11日付、中日夕刊)

平成二十四年九月十日
【写真は、互いに齢は取っても同人誌の灯だけは絶やさないで書き続けよう、と誓い合う「くうかん」の仲間たち、前列左端が真鍋代表=大津市内で】
 琵琶湖のほとり、大津に行ってきた。
久しぶりに歩く大津京は、やはりしっとりと風情のある落ち着いた町だった。私が好きな町のひとつである。〈特別会員〉の大役まで仰せつかっている滋賀県の文学同人誌「くうかん」(真鍋京子代表)の仲間たちから同人が集まるのでぜひ、顔を出してーとのお誘いを受け出向いた。仲間たちは大半が女性だが、十六、七年前、私が新聞社の大津主管支局長当時からのお付き合いだけに行かないわけにはいかない。

 ところは、琵琶湖の湖畔、浜大津の図書館に近い「あたか飯店」。
 この日は大津市内をはじめ、栗東市や湖西地区の高島町からも計七人が集まり、食事をしながら楽しいひとときに。あれやこれや、とそれぞれの近況を語り合ったあと、同人の高齢化が目立つなか、昭和四十六年二月の創刊号いらい続いてきた伝統ある同人誌「くうかん」をこの先、どう存続させていくかについて真剣に話し合った。
 この結果、今後はたとえ短くてもよいので「私にしか書けない」「今だからこそ書ける」作品に絞って、たとえば初恋、失恋、ヒ・ミ・ツの類の掌編小説や随筆の執筆を心がけていくことで意見が一致。定期刊行となると、お互いに高齢で無理が出るといけないので、気ままなペン仲間を従来どおり持続、機会があれば出版にも踏み切るということを確認し合った。

 集まりのあと、私は支局長在任当時によく、琵琶湖周航の歌をうたいながら湖畔の浜大津を起点にトボトボと独り歩きをした丸屋町、菱屋町、石橋町から〝ながら商店街〟にかけてのアーケード街を散策したが、落ち着いた路面からは一歩踏み入るごとに哀愁の響きのような音のない調べが湧きあがり、琵琶湖の波音とともに耳に透明な無音となって聞こえてきた。
 街なかでは、かつてよく足を運んだ〝古今書房〟という古本屋も健在だった。「長等ほたるの家」デイサービスのしっとりした看板には大津ならでは、の奥ゆかしさが感じられ、ここで世話を受けるお年寄りたちはきっと幸せなのだろうな、と思ったりし、私は近くの店でフナずしを買った。フナずしは、酒を一滴ものめない舞がなぜか、大好きだからだ。

 JR大津駅に向かう途次。気がつくと、私が在職当時の市長さんで今は亡き『山田豊三郎』さんの自宅前を歩いていた。通りすがりに今なお掲げられた『山田豊三郎』の表札を見て立ち止まり懐かしく思った。
 そして。かつては、よく界隈の居酒屋の暖簾をくぐった旧中堀町。ここには相変わらず黒い木製の四角柱が立ち「天正14年(1586)頃、豊臣秀吉配下の武将浅野長吉が築いた大津城は、三重の堀に囲まれていました。その中堀の一角にあたることから名付けられたものです。慶長元年(1601)城が膳所へ移されたのち、堀を埋めて町を開いたものと考えられます」の見慣れた記述に往時を思い起こすなどした。
 地方はいい。私はやはり、地方が好きだ。

【新聞・テレビから】☆「プロフェショナル 高倉健、激白10時間!」(10日夜、NHK総合テレビ)☆「自民総裁選 谷垣氏が出馬断念 石破氏は立候補表明」、「民主代表選4氏届け出 21日投開票 首相の再選確実(10日付、中日夕刊)

平成二十四年九月九日
 けさ洗面所で顔を洗っていたら、NHKのラジオニュース〝ニカラグアで火山が噴火しました〟が耳に飛び込んできた。ニカラグアと言えば、先の地球一周船旅紀行で七月二十二、二十三の両日訪れたばかりだ。火山が空に突き立つさまに、ガイドが盛んに日本と同じ地震国であることを強調していた。
 二十三日にはオーシャン・ドリーム号が停泊するコリント港から首都マナグア市内であった政府招待の「平和と友好のフェスティバル」に片道三時間の道を招かれ、政府差し回しのバスでフェスティバル会場へ。十年間続いた内戦を終息させニカラグアに平和をもたらしたダニエル・オルテガ大統領と直接、握手を交わし、反原発やノーモア・ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ、そして「平和とは」について語り合う機会にも恵まれた。

 そのニカラグアで火山が噴火した、という。あれだけ、国をあげて歓迎されただけに、他人事ではない気がする。まだ詳しくは分かってないがラジオニュースによれば、首都マナグア市から150キロ離れた場所にあるサンクリストヴァル火山が噴火し、一帯は噴煙と火山灰に包まれ三千人が避難しているという。いやはや、世界のどこに居ても災害はいつ降ってくるか、知れたものではない。
 友好のフェスティバルで、ステキな踊りを見せてくれたあの可愛いらしい子どもたち、また最後まで手を振ってくれたニカラグアの人々はどうしているのだろう。安否が気になるところだがマグアナは火山とは離れているので恐らく大丈夫に違いない。

 夜。同人で、名古屋では稀有な詩人の一人でもある平子純さん(土屋純二さん)が経営する名古屋市内の「つちやホテル」喫茶室をお借りして私たちのウエブ文学同人誌「熱砂」の例会を開いた。これまでも山あり、谷あり…、厳しく辛い、険しい道を歩んできた「熱砂」だが、今回は儲け度外視の、業者の身を削っての温かい協力もあり思い切ったシステム変更で新生「熱砂」に生まれ変わり、スマートフォンにも対応できるーなど従来のものに比べ機能的にも一段と改善された。
 「熱砂」そのものの存在感も、このところは飛躍的に上昇の一途だけに、あとは同人からの名作続出に期待したい。席上、今後は新生「熱砂」にふさわしい若い将来性ある書き手の入会にも力を注いでいくことも確認しあった。もちろん、人間的にも信頼に足る才能にあふれる人材でなければ、と思っている。

【新聞・テレビから】☆「震災1年半 今も2800人超不明 命捜し続ける 潜水ボランティア連日海へ 『置き去りにして復興はできない』 発見者数 昨秋から激減」(9日付、中日朝刊)☆「東日本大震災1年半 踏ん張る被災地・陸前高田戸羽太市長 国は支援打ち切り消費増税」(9日付、しんぶん赤旗日曜版)☆「引退かけた大一番 マサ=球界最年長、中日ドラゴンズ・山本昌投手(47)=入魂0封 5イニング3/1」(9日付、中日スポーツ)

平成二十四年九月八日
 中部圏の同人誌では最古の歴史を誇る「北斗 九月號」(第590号)の棚橋鏡代さんの編集後記を読んで、あのアフォリズム作家の尾関忠雄さんが倒れた、と知り驚いた。
 後記には、こうある。
「折も折り、尾関忠雄さんが四月二十七日の夜、急性心筋梗塞で、救急車で豊田厚生病院へ運ばれた。すぐにカテーテルを入れて血管を拡張し一命を取り留めた。五月四日に退院。心筋梗塞は、ストレスと遺伝と生活習慣からくるという。発作が起きた日は過密スケジュールであったとか。胸から背中にやけ火箸を押し付けられたように苦しかったそうだ。(中略)
 そんなとき、鈴鹿の衣斐弘行氏からのメールを受信した。今年のアフォリズム賞に尾関さんが選ばれた。十一月十日に受賞する。タイムリーで私もうれしい。……」とある。

 いずれにせよ、尾関さんが助かって本当によかった。というのは、「北斗」が届いて私が最初に読むのは、清水信さんの「ひたすら書いた人たち」と「タダオ・アフォリズム」だからである。まだまだ、もっともっとタダオ・アフォリズムを読ませてほしい。
 そこで九月號から以下、私が共感したタダオ・アフォリズムを抜粋させていただいた。
【死を準備することはできない、自殺以外は】【「命」は永遠なり!】【肉体は「脆」い】【精神は「強」い】【常に、「紙一重」に存在するのが、生者と死者なり!】

 わが家に届いた定期購読している文学界10月号に高樹のぶ子さんの「奇(くす)しき岡本」が掲載されており、さっそく読み始めた。まだ少し読んだだけだが、どう展開していくのか面白そうだ。この小説を読む限り、彼女は楽しみながらストーリーを展開しており彼女ならでは、の表現力はもとより、発想や大胆さなど以前にもまして奥行きと幅が出てきた感じがする。
 主人公の高畑(たかばたけ)明日香が「日本霊異記」を好きで古典は源氏物語で懲りた、スズメを生け捕りにする若紫のどこが面白いのか、いまだに解らない。といってのけるところなど、なかなかいい。高樹さんは、毎日新聞で「マルセル」を連載して以降、なんだか創作の範囲が推理小説の分野も含め一段と広がってきた。すばらしい書き手だ。

【新聞・テレビから】☆「負けて、勝つ『戦後を創った男、吉田茂の激動の日々…』」(8日夜、NHKテレビ)☆「〈ロンドンパラリンピック〉 ゴールボール女子『金』 日本団体で史上初」(8日付、中日朝刊)、「谷垣、石原氏出馬へ 自民総裁選 町村氏も正式表明」(8日付、毎日朝刊)☆「日ロ首脳会談 北方領土対話を継続 安保、経済も意見交換」(8日付、中日夕刊)

平成二十四年九月七日
 暦の上で大気が冷えて露になる、とされる「白露」だが、名古屋市内では先月十五日から二十三日連続で最高気温が三〇度を超える真夏日が続いている。とはいうものの、私にはここ数日間、残暑とは裏腹に「秋」の風情がヒタヒタと忍び寄ってきているように感じられる。気配というか、そうしたものが日一日と私に歩み寄ってきてもいる。

 地球一周の船旅での船上で出会った若き美術教師、伊集院一徹さん=北名古屋市在住=と久しぶりに電話で話した。伊集院さんといえば、材料費から何まで全てボランティアで乗客の似顔絵を黙々と描いていた、あの姿が忘れられない。【地球一周の記念碑】とも言える似顔絵を手にした乗客一人ひとりが喜んだのは言うまでもない。今はどうしているのだろう、と心配していただけに元気そうで安心した。彼は自ら努力し、似顔絵を描かせたら天下一品だけに、今後の人生に期待したい。

 先の船旅中に私が連載した「地球一周船旅ストーリー〈海に抱かれて みんなラヴ〉」で一部、洋上からの作品アップという難しさもあり、写真説明などが誤記のままとなっていたカ所を業者に指摘してきょう訂正していただいた。長い間、誤記のままとなっていた関係者には心から、お詫びをさせていただく。本当に申し訳ありませんでした。
 
【新聞・テレビから】☆「蓮如入った蒸し風呂か 布教の英気養う 京都・山科本願寺跡で発見」(7日付、中日朝刊)☆「名古屋の障害認定訴訟 全盲女性に点訳判決文 名地裁、訴えは棄却」、「民主代表選 細野氏が不出馬表明 首相を支持『被災地対応が役割』」(7日付、中日夕刊)☆「米民主党大会『100万人雇用創出』 オバマ氏が受託演説」(7日付、毎日夕刊)

平成二十四年九月六日
【写真は自宅近く路傍の草原で咲いていた宵待草、6日夜遅く撮影。宵待草は少し歩けば、野辺のどこにだって咲いている】

 けさ起きると、台所にかわいい花々が咲いた野辺の木が数本、無造作に置いてあるので、舞に聞くと「朝早くゴミ置き場近くで咲いていたから、摘んできたの。月見草よ。オオマツヨイグサとも言うそうよ」の返事。へえーっ、おまえらしいなと思ってよく見ると、黄色い花がかれんで鮮やかそのものだった。河原や路傍、野辺で名もなく、貧しく、美しく、清らかに咲いている花々だけに、なんだか、いとおしくなってきた。私たちはそうした自然の中で、共に生きている。

 案の定、彼女は「ミヌエット」店内で飾るつもりらしい。が、開店してから飾ったところで、しおれてしまうのでは。デ、昼間、店をのぞいてみると、やはりしおれていた。というわけで、私は夜に入りつい先ほど、近くの野辺まで出かけ、そのかれんな姿を撮影してきたが、宵待草は真っ暗闇のなかで、見事に咲いていた(写真)。

 新明解国語辞典によれば、月見草には▽白い花が咲く二年草と▽河原・土手などに自生するオオマツヨイグサの二種類があり、舞が路傍の草原で見つけた花は「オオマツヨイグサ」の方で、花は黄色で宵待草とも呼ばれる。夕方、花が咲き翌朝しぼむという。ちなみに、白い花を咲かせる前者の方は、しぼむと赤く変わるが、今日では見かけることはまれだという。なぜなのか。

 きょうは私用もあって昼間、車で少し出かけたが、あとはずっと自室で筆を進めた。小説の方は蛇行しながら、少しずつ出口が見えてきそうだ。精一杯、激しく、熱く、ドラマチックに物語を展開していきたいのだが。さて、どうなるか、だ。
       ×       ×
 それはそうと、例の週刊新潮「編集部」記者から私に取材が入った件は、どうなったのか。本欄読者の関心も高いに違いないので、ここに経緯を報告しておきたい。

 「その後、エレベーター事故に遭われたご夫妻にお話を伺いにいったのですが、奥様の側が『大ごとにしたくないから、扱わないでほしい』と強く主張され、編集部で検討した結果、今回ピースボートの事故は掲載見送りとなりました。せっかく資料提供までしていただいたのに、申し訳ありません。あしからずご了承いただければ幸いです。今後ともよろしくお願いいたします。」
 以上はきょうの午後、担当記者から私あてに入ったメールの内容である。新聞記者の間では「記事にならない記事」こそが、社会的にも重要だと指摘される場合が多く、若い血気盛んなころ、私自身も何度も経験したが、何日も取材に飛び回るばかりで一行も字にならなかったことは、よくある。別に珍しくもなんともない。
 ただ記事にはならなくても、取材行為によって社会が一歩、前進することだってある。
 一番辛いのは担当記者だ。今回76回ピースボートクルーズの一部管理体制のまずさを取材の過程で各方面に指摘したことにより、頂門の一針になったことだけは確かだ。私は、これはこれで効果があり、これからの船旅をより安全なものにするためにも、これで良しで幕引きとしたい。記者にも、その労をねぎらいたい。

【新聞・テレビから】☆「米・タリバン秘密協議 和平交渉の舞台裏」(6日夜、NHK〈クローズアップ現代〉)☆「いじめに出席停止活用 文科省対策 積極関与へ転換」、「映画『ゼロの焦点』ロケ地 長野の小学校(上田市立浦里小)木造校舎全焼」(6日付、中日朝刊)☆「米大統領選 オバマ氏正式指名 民主党大会 クリントン氏演説」、「〈大リーグMLB〉(ヤンキースの)黒田 自己最多13勝 イチロー代走生還 (ブルワーズの)青木は9戦連続安打」(6日付、中日夕刊)

平成二十四年九月五日
 きょうは、うれしい便りについて。
今は五日午後十一時半過ぎ、だ。つい先ほどわが家に電話が入り、舞が「サトウさんからよ」と言うので出ると、新聞記者の大先輩で元新聞社の編集トップ、その後にドラゴンズ社長も長年務められた佐藤毅さんから、だった。
 毅さんには甘え通しで地球一周の船旅出発に当たっても、あれやこれやと親身になって助言してくださり、懐かしくかつ嬉しく思った。佐藤さんは、今月二十八日夜に名古屋の徳川美術館に隣接する宝善亭で開かれる〝伊神権太「権太の地球一周紀行~平和へのメッセージ」帰朝報告会及び祝賀会〟に出てくださる、とのことで、なんだかホントカシラと思ってしまった。恐縮このうえなし、だ。

 そして。もうひとりは、地球一周船旅の船内で何かにつけ、ことのほか私が甘えてしまったAさんからのメールだった。彼女からは「元気です。伊神さんもお元気そうで何よりです。(略)ではお身体大切に」というものだった。短い内容ではあったが、簡潔明瞭で私にはそれだけで十分、心が伝わってきた。便りとは、本当にうれしいものである。

 きのうはオール讀物で第147回直木賞受賞作「鍵のない夢を見る」(辻村深月)を読み、増田俊也の「日本柔道は本当に敗れたのか」を読んだ。このうち「日本柔道は」の方は、小柄な私自身、中、高、大学と柔道一直線の生活で講道館柔道の実力3段までたしなんだ者として、増田の言う「柔道がJUDOに負けた」と嘆くことはない。「柔道がJUDOになって世界を制した」と言い換えてもいいーとの論は、全く同感である。
 ただ、柔道の虫として青春時代を過ごした私には、そこにひとつ加えたいことがある。日本柔道本来の〝崩しの極意〟が消えつつあるのではないか、という危惧である。柔よく剛を制す、これぞ柔道の真骨頂でそこにこそ〝気〟ひとつで相手を投げ飛ばす崩しの論がある。これは練習に次ぐ練習でしか体得できないはずだ。
 崩しと引きひとつで相手を投げ飛ばす。三船久蔵が得意とした隅落とし、すなわち空気投げがそれである。これは本当に柔道をやった者にしか分からないのだが……。私もしばしば使い、一瞬のうちに大男を投げ飛ばしたことが何度かある。そしてこの崩しの論法は、日常生活の対人関係はむろん、取材にも当てはまるのである。「押したら引き」「引いたら押す」。これぞ、極意なのだが、この点については、また別の機会に書くとしよう。
 いずれにせよ、柔道に励む者は全て元祖・日本柔道の〈精力善用自他共栄〉の気持ちを忘れてはいけない。私自身、いつもこの精神は忘れないでいる。柔道マンとして最低限の姿勢は大切にし、誇りにしたい。

【新聞・テレビから】☆「潜入! 武器供給ルート 混迷シリアで何が」(5日夜、NHKクローズアップ現代)☆「大使車襲撃 男2人 行政拘留処分 北京市公安局 刑事罰回避 世論配慮か」(5日付、中日朝刊)☆「カバンに小6監禁 20歳容疑者 タクシー移動中逮捕 広島」(5日付、毎日夕刊)

平成二十四年九月四日
 帰国して初めての横笛練習で名古屋市内は大須の稽古場へ出向いた。〈さくら〉と〈よさこい節〉の2曲をふいたが、久しぶりにふく笛の音を聴いた師匠から「伊神さん。ゼロの音がすごくいい感じで出ている。うまくなったわ」とほめられた。
 師匠の前では少し照れくさくて、うまい具合にはふけなかったが私自身、内心で地球一周の船旅中に海と空に向かってふく間に、音を出すコツというか、ツボのようなものが少しだけ分かってきた感じがしていただけに、嬉しかった。
 今回の地球一周途次での独自練習が、もしかしたら今後の私の笛人生にとって、大きな弾みになるかもしれない。私は「これも、師匠のおかげです」と心から礼を述べた。

 かといって、きょう笛をふいたのは、ほんの少しだけ。この日はエーゲ海の豪華客船の旅など豊富な船旅経験のある師匠と、どちらかというと飛鳥とか日本丸とは違う、庶民的といっていいピースボートによる地球一周の期間中のエピソードなどで話が弾んだ。彼女曰く「伊神さん、途中で帰ってきちゃうのでは、と心配していたのよ」とのことだったが、まさに図星。本音を言えば、乗船し一、二週間ほどたったころからしばらくの間は、密閉同然の船内で日本に帰りたくてしかたなかった。
 ほかにピースボート内での風邪の蔓延、一人しかいない船医問題や、思いもかけないエレベーターの陥落事故、船室内での盗難騒ぎやセクハラめいた話などにも話が及んだ。話すうち「乗客も船の規模などを十分頭に入れて、それ相応の覚悟でいなくっちゃ。何が起きてもおかしくないもの。結局は自己責任かな」ということで落ち着いた。ただ船旅期間中、船内でふたりが突然死した点については「そりゃ、ちょっと多過ぎるよ。医療体制の不備が関係していたとしたら大変よね」と彼女。

 今夜は、わけあってそれこそ久しぶりにテレビでナゴヤドームでのドラゴンズ×広島戦を観戦。舞の大好きなブランコが一試合二本塁打という大当たりで、うち4回の一本は日本に来て初めての満塁ホームランとなり、チームとしても2年ぶりの二桁得点の10―2で勝った。勝ち投手は、吉見だった(12勝目)。
 それにしても浅尾投手は、いま、どこでどうしているのか。アナウンサーは〝浅尾〟の〈ア〉の字も言わない。冷たいものだ。世の中、結局は非情なライセンスだ。この伊神権太、浅尾の復活を心から待っている。復帰さえしたら、まだまだ大きく羽ばたけるはずだ。

【新聞・テレビから】☆「〈通風筒〉◇…生誕百年前を迎えたドラえもんに三日、川崎市多摩区の藤子・F・不二雄ミュージアムで特別住民票が贈られた。二一一二年九月三日が誕生日と認定されている。」(4日付、中日朝刊〈通風筒〉)☆「94年は9・5差あった 目前の試合に没頭せよ〈立浪和義 勝負の氣点〉」(4日付、中日スポーツ)☆日本プロ野球選手会が第3回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)への不参加決議を撤回して一転し、出場することに。新井貴浩選手会長(阪神)が記者会見で選手会の決断を伝える=夜のテレビ各社が報道

平成二十四年九月三日
 きのうは◇◇さん、きょうも◎◎さん…と、それにしても日々いろんなお方からメールが届き、楽しみでもある。

 なかでも嬉しく、有り難く思ったのが次の三通である。エキスだけを抜粋し、わが心への伝言板として、お言葉をこの先も大切に胸の中に留めたい。
 ちなみに阿部さんは、私が乗船した第76回ピースボートの船友かつお姉さんでもあったサッちゃんのこと、「もうひとつの子どもの家 教護院から児童自立支援施設へ」(ドメス出版)「『寝たきり』にならないために 介護予防でハツラツ人生」(ミネルヴァ書房)など著作も多い大学教授、校條真さんは東京の出版社有能スタッフでマスドラ会メンバー、そして会川桂市さんといえば、北海道にある帯広ドラキチ会メンバーでドラゴンズをこよなく愛し全国の球場をまたにかける熱血ドラファンでも知られる(会川さんには地球一周の途次、洋上で何度もメールをいただき、なかなか返信できず失礼してしまっていた)。

 エキスは、次の通りである(いずれも原文通り)。
☆「伊神権太様 残暑の厳しさが、身に堪える日々なのではないでしょうか? 横浜に帰港して、もう半月過ぎました。権太さんの新連載・地球一周船旅ストーリー〈海に抱かれて みんなラブ〉、はじめからやっと通読させて頂きました。(中略) ここまで拝読に時間がかかったのは、まず船からのプレゼント? 熱咳洟三拍子揃いの風邪をひいてしまったこと。いろんな方から長い船旅故、2ヶ月位かけてソフトランディングした方がいいですよ、とのアドバイス頂きましたが、まさにその通り。権太さんや八重子さんの体力知力など底力に感心しています。それでも油断大敵、ゆっくりお疲れを取られますように。(中略) お元気に。   阿部祥子」

☆「大変ごぶさたしておりますがお元気ですか? 先週の金曜日(31日)に神宮へ行き偶然にも(中日ドラゴンズ)球団の坂井社長とお目にかかりました。試合は4ー4の引き分け……、勝てませんね、神宮では(笑)。 それはさておき、先日ひょんなことから、(御茶ノ水の)風濤社さんをお訪ねしたところ、伊神さんの『一宮銀ながし』があってびっくりしました! 風濤社の高橋栄代表とは、草野球(&呑み)仲間なのです。世間は狭いですね、まったく (株)風讃社 企画編集部 校條 真(Menjo Shin)」

☆「こんばんは。北海道の会川桂市です。今日も鬼門の神宮だったので本別町キラメキフェスティバルで奥華子さんと八代亜紀さんの歌を聴きに行って来ました。案の定、サヨナラ負けで巨人の優勝マジックが減るのを見ているばかりです。高木監督とは相性が悪くて1994年の二の舞になりそうです。さすがに、10月8日最終対決にはならないと思ったので、スカパーは8月で契約を解除しました。パリーグの方がわくわくしながら日本ハムを見ています。巨人と西武の関東エリア対決じゃねぇ?」
 というわけで、わが愛するドラゴンズは昨夜も鬼門の神宮でヤクルトに1―0で負け、首位巨人とのゲーム差は8・5にまで広がった。きょうは、わが家洗面所の水漏れが深刻化、業者さんに修理をお願いするなどバタバタした一日に。

【新聞・テレビから】☆「都、尖閣を洋上調査 価値算定へ 地形や水深確認」、「自民総裁選 石原氏が出馬意欲 『谷垣氏 再選困難』判断か」(3日付、毎日朝刊)☆「東海各地で始業式 子どもの笑顔のために 防災、いじめ問題学ぶ」「いじめ気づけず先生も反省した 大津・皇子山中」、「統一教会創始者 文鮮明氏 死去(九十二歳)」(3日付、中日夕刊) 

平成二十四年九月二日
 〈唄は世につれ、世は唄につれ…〉
 これからも小説の創作とは別に、ひとりの歴史の伝承者として日々、世の中の何げなき流れのなかを生きてゆく、人々の味わいをニンゲン賛美の人間花として活写していきたい。題して文士・伊神権太が後世に伝え往く「生きてゆく人間花」たち。

 秋の訪れを告げる越中おわら風の盆。その、おわら風の盆が、きのうから富山市八尾町で始まった。風の盆といえば、胡弓の人の魂を切り裂き、体内に入ってくるような、あの哀愁の調べが忘れられない。かぜを切って鎮める、八尾ならでは、の民族の英知が生んだ伝統の祭りともいえる。  
 その越中八尾に私は新聞社の七尾支局長在任中、思い出したように再三出かけ、土地の女性に随分とお世話にもなった。あげくに、八尾の人たちには社主催で毎年夏行われていた七尾の港まつりに「町流し」にまで来ていただいたりもした。その後、編集局デスク長当時には自ら旅の取材で出かけ、哀愁の響きの染み込んだ、あの風の盆をあらためて紙面で紹介させていただく、など私にとっては思い入れの強い土地でもある。
      ×        ×
 妹の長男、すなわち甥の実くんに第一子が誕生したというので、舞と江南市内の新居にお祝いに出向いた。伺った時は両手を挙げてスヤスヤ眠っていた赤ちゃん。名前は義堯ちゃん、で実くんがつけた、という。目、鼻、口と顔全体が私(妹)の父に似ており、私は「あの世に逝った父がUターンして、この世に戻ってきた」と思い、嬉しい気がした。
 実家の母を訪ねると、妹も居て「お父ちゃんに似てた、だろ」と第一声。母は最近直したばかりだという補聴器の調子がよく、音がよく聞こえるようになったとご機嫌だった。
 それでも「このごろ、なんだかしらんけど、疲れてしようがないの。だから、すぐ寝ることにしている。寝ていて、そのまんま逝っちゃうと一番よいのだけれど」と縁起でもないことを言って、私たちを心配させた。
 満九十二歳なのだから疲れてあたりまえだ。偉大な母をそんなに簡単に神さまが死なせてくれるものか、と私は思い「それよりも、これから俺が天下を取るのだから。元気で生きていてよ」と声をかけると「まあ~、天下なんか取らんでもいい」ときた。幼いころから「この子は、いつか天下を取る」と言ってたじゃないか。

【新聞・テレビから】☆「オスプレイ訓練 ハワイで中止 現地ルポ 環境に懸念/日本では強行」、「〈人間ドキュメント〉被災地で遺体の復元・納棺師笹原留似子さん 生前の面影取戻し 家族にぬくもりを」(しんぶん赤旗日曜版、9月2日付)☆「名古屋発『脱原発』初の月イチ行進 800人が参加」(2日付、中日朝刊)

平成二十四年九月一日
 関東大震災のあった日、防災の日だ。暑い夏を過ぎ九月に入り、人々の心もナントナク、風のそよぎと共に穏やかな秋色に変わりつつある。

 先日(八月十七日朝)横浜港に帰った船旅の友たちは、その後みんな元気でいるだろうか。昨夜、舞から「今宵は満月よ」と言われ「あぁ~、そうか」と何とはなしに答えたが、中日新聞の本日付1面の満月に照らされ、シルエットが浮かび上がった、そんな「奇跡の一本松」の記事と抒情あふれる一枚の写真を見て、納得した。東日本大震災の津波に耐えた一本松は、保存作業のため今月十二日に切り倒されるが、震災発生後まる二年の来年三月十一日までには作業を終え、再び復興のシンボルとして戻ってくるという。

 夜。舞と久しぶりに自宅近くのジャズライブの店・Tomを訪れ、心地よいジャズの調べとボーカルを耳にビールのあとはジョニーウォーカー、テキーラ…とロックで味わいながら今後の道ゆきについて話し合った。
 話しあううち舞が土曜日の昼下がりに、自ら経営するリサイクルショップ〈ミヌエット〉の一角を開放して音楽会を開きたいという話になり、ママさんにも出来る範囲での協力を仰いだ。ママはなかなかの太っ腹で「あぁ、言いわよ。当たってみます」と応えてくれ、舞はうれしそうだった。

 太っ腹で、かつキップがよい女性と言えば、ピースボートの船旅でお会いした四国は愛媛県今治市在住の〝ドンさん〟こと、愛媛県美容師連トップの玉井千鶴子さん、そしていつもチズさんを守るようにして寄り添っておいでだったベレー帽の美容師、西坂和子さんも忘れられない存在だった。
 チズさんは、百二日間に及ぶ船旅期間中、その多くは麻雀の卓台を囲みながら船内全体の安全を見守り、かつすべての〝船友〟に温かく、管理面での不行き届きがあれば船旅を運営するジャパングレイスやピースボート側に対してその問題点を厳しく指摘することでも知られた。きょうは、その船友と久しぶりに電話で話し、どこか気が晴れもした。

 このほか、きのうは同じ船に乗っていながら、なかなかお話しをするチャンスに恵まれなかった藤沢市の中村節子さんからも貴重な著書が送られてきた。本は「老人必要養草(ろうじんひつようやしないぐさ)  老いを楽しむ江戸の知恵」(発行所・社団法人「農山漁村文化協会」)というもので、看護婦と助産婦の大先輩で日本医史学会、看護史研究会会員でもある中村さんは、この本の翻刻訳注者として紹介されている。
 なかに「PEASUE POAT 第76回クルーズ であい・ふれあい・ささえあいの旅に感謝!」と書かれた一枚の書簡=原文通り=も。
「前略 8月17日(金)AM7:00 無事横浜港入港後、はや10日間が過ぎ去りました。(略)船旅の期間中、なにかとお世話になりましたこと有難うございました。出会えたことに深く感謝しています。(人生は一瞬の連続! 船中でもっといろいろな話ができなかったことを今になって後悔……) 
 出会えたことにたいしての私の感謝の気持ちを送ります。ご笑納いただき、お暇な折にでもチョットお目を通していただき、これからの伊神様の人生のなにかの糧(かて)の一助になれば嬉しい限りです。また、感想やご批判などお聞かせいただければ幸甚です。(中略)
 ご健康とご活躍を湘南の地より祈っています。また、どこかで偶然に出会えることを夢みつつ……まずは御礼まで。かしこ        2012・8月29日(水)   伊神権太様      中村節子」とあった。

【新聞・テレビから】☆「大地震防災マニュアル」(中日新聞保存版2012年)☆「中日ドラゴンズ公式ファンクラブ きょうから会員募集」、「陸前高田 奇跡の一本松 満月と最後の共演」、「日朝 今月の本協議で合意 『拉致』議題化は明言せず」(1日付、中日朝刊)☆大名古屋ビルヂング屋上(のビアガーデン) 今夏=今月16日まで=で閉店「マイアミ」(1日付、中日夕刊)☆防災の日 南海トラフ政府初訓練 中四国・九州 広域で医療搬送(1日付、毎日夕刊)

08/4/26