新連載・地球一周船旅ストーリー〈海に抱かれて みんなラヴ〉8月8日

  【写真は、一路、日本を目指して進むオーシャンドリーム号=7日朝。太平洋上にて=と、南京玉すだれでハートのお祝い。前列左端が青木さん、右端がヤエちゃん=8日夜、4階レストランにて】

 8、8の日といえば、〝パチパチの日〟を思い出す。
 そう、滋賀県大津市であった琵琶湖大花火である。私にとっては忘れられない、その日2人の船友の誕生日に4階レストランでの本席と居酒屋「波へい」での2次会に招かれ、いっときを楽しく過ごした。
        ×          ×
 この日の主役は1人が、あの真っ赤な〈マリリンモンローの口〉折り紙の考案者で過去、ホノルルマラソン7回の出場歴(いずれも完走)を誇り、船内では親友かつお姉さんの〝サッちゃん〟の助けもあって、折り紙教室はじめ南京玉すだれ、ラジオ体操からドジョウすくい、社交ダンス…までなんでもござれ、の名伯楽・ヤエちゃんこと小泉八重子さん。そして今ひとりはピースボートのエース的存在で、自ら長崎の被爆2世を自認し日本を代表するおしとやかな女性、青木友里さんである。
 なんとその名も『平和を願うピースボート船上合同誕生会』といかめしい。合同誕生会は阿部祥子さん、すなわち〝サッちゃん〟の献身的ともいえる名司会で開会。〝ヤエちゃん〟は68歳に、友里さんは30歳になったが、〝ヤエちゃん〟が「皆さま、こんなに多くの方々に来ていただいて感激しています。おかげで風邪も引かなければ、船酔いもせず本当に幸せな船旅です」と挨拶すれば、和服に身を包んだ友里ちゃんも「人生で一番沢山の人々にお祝いされました。まだお嫁に行っていませんが、これからも楽しく人生を歩んでいきたい」とあいさつ。招かれた多くの人々が二人にお祝いの言葉を述べるなか、誕生会は進んだ。
 この日は4階レストラン、「波へい」ともに50人ほどが誕生会に集まりそれこそ、大パーティーに。合同ということと、ご両人の気さくで誰からも好かれる性格もあってか、本席での歌舞伎亭・ムラジ師匠の南京玉すだれや沖縄民謡の披露などに続き、2次会の席でも「笑いの演出おじさん」の高笑いの披露あり、私のハーモニカに合わせての合唱あり…で時の過ぎゆくのも忘れるほどで、延々と祝宴が続いた。
        ×          ×          
 きょうは、やっぱり〝パチパチの日〟のせいか、めでたいニュースが日本から入ってきた。妻から届いた1枚のファックスの中身は次のようなものだった。
「Dear孝信さま 実君がパパになりました 母子とも元気だとの事です 帰国したら お祝いと新居訪問を兼ねて行こうか……」
 実君とは、私の妹の長男である。あの実君がお父さんになった、だなんて。とても信じられない。思わずデッキに出て空を仰ぎ、海を見ると、そこには満面笑みの妹夫婦が浮かんでいた。おめでとう! 実君そして奥さん。

 部屋に戻って、あす9日付の船内新聞を読んでいて、『日付変更線を通過します』の見出しが目にとまった。読み進めると「オーシャンドリーム号は、本日(9日)日付変更線を通過します。これにより、8月9日24時を過ぎると日付は8月11日となり、8月10日は事実上消滅しますので、お気をつけください。」とある。
 ほかに〈本日時差発生:本日(9日)24時になりましたら、お手元の時計を1時間お戻しください。(23:00に設定してください。)なお、明日の日付は11日になります〉といったものも。記事によれば、あす9日午後23時50分(開場時間)からは〈消滅日~失われた一日を取り戻せ~〉の企画も開催予定で「8月10日が、消える……!? 日付が【消滅日】をまたぐ真夜中、船内でお馴染みの企画など1日を1時間に凝縮してお届けします。地球をぐるりと一周してきたからこそ体験できる、この不思議な時間の境目を是非楽しみましょう!」と書かれていた。

 いよいよ美雪(舞)が待つ、私たちの国・日本が近づいてきた。

平成二十四年八月七日
 オーシャン・ドリーム号は今も一路、日本に向かっている。こちらの朝9時が日本の翌朝午前4時で時差は19時間、横浜はまだまだ遠い。あすになれば時差は、さらに1時間開き20時間になる。
 
 わが家から「8・7立秋 日本はとにかく暑いです。(横浜に帰航する)17日余裕があれば、首相官邸のデモを見ておくべしと思います」のファックス1枚が届いた。相変わらず彼女ならでは、わずかな文面の中にポイントが突かれている。さて、どうしようか。

 きょうは午前中の社交ダンス教室のあとは、本欄〈海に抱かれて みんなラヴ〉の連載でも知られる私たちのウエブ文学同人誌・新生「熱砂」を今後、同人みんなでより広く質的に充実させていくためにはどうしたらよいのか、を自らに問い正してみたりした。人の心を打つ創作活動。そのためには、それ以前に同人みんなの清らかな姿勢と創作意欲が大切である点をあらためて自らに再確認、このほか1部関係者へのメール送信などに追われた。

 海を見ながら、あれやこれやと考える。8階オープンスペースで1人座っていると、同じ8階中央のバー・ピアノから、〈月の砂漠〉や〈みかんの花咲く丘〉〈君の名は〉などを合唱する声が海のかぜと共に流れてきて、私はしばらくの間、目をつむり陶酔して聴き入った。みんな、なんと美しく、ステキな声なのだろう。
 そういえば、きのう私を親身になって何かと助けてくれている、その女性が話していた。「この船に乗っている人たちは、基本的にはみなイイ人ばかりなのだから」と。まさに、こうしている間にも〝海に抱かれて みんなラヴ〟のなごやかなひとときが過ぎているのだ。

 昼には、私と同じ愛知県江南市に住む村瀬邦安さんから「今夜、カサブランカで一杯どうですか」と電話が入った。きょうは、たまたま滋賀県とゆかりのある人の集まり=私はかつて新聞社の支局長として大津で3年暮らした=があるので、「それに出たあとで、出来たら出向きます」と答えておいたが、さてどうなるか。

(夜遅く)今夜は滋賀県とゆかりのある人ばかり、約10人の集まりで運よくメキシコのテキーラを飲む機会に恵まれた。このテキーラ、度数はすこぶる強い。でも、味と香りは甘く優しかった。船旅もあと少しとなりこの日、居酒屋「波へい」は大入り満員。入るに入れなかったため、みなさん9階のプールサイドわきのデスクを自分たちで並べ替え、それぞれがつまみを持ち寄って集まりは進んだ。
 テキーラは「波へい」に入れなかった産物で、持ち寄られたものの中にたまたま含まれていたのだ。最初はそのままなめ、次にレモンジュースで割って飲んでみたが、これがすこぶるおいしい。語り合うほどに酔い、浜大津やフナずし、湖(うみ)の子、環境立県、滋賀文学、同人誌「くうかん」、嘉田さん(現知事)のこと、琵琶湖周航の歌…など、いろんな話で盛り上がった。

 途中、座を折って今度はカサブランカへ。私と同じ愛知県江南市から訪れている村瀬邦安さんから声がかかっていたためで、カサブランカでは愛知県岩倉市出身でジャパングレイスチーフを務める関戸文さんも一緒だった。共に布袋の大仏さまや織田信長の側室・吉乃、草井、木曽川、母校の滝学園や名古屋西高校、幼いころ桑の実畑で遊んだ話などで楽しいひとときが過ぎていった(ただし、桑の実畑の話は若い関戸さんに私たちが江南の昔話を伝える形となった)。

12年8月9日

ウェブ作品集

伊神 権太

実録随想「残り花」

  【写真は、一路、日本を目指して進むオーシャンドリーム号=7日朝。太平洋上にて=と、南京玉すだれでハートのお祝い。前列左端が青木さん、右端がヤエちゃん=8日夜、4階レストランにて】

 8、8の日といえば、〝パチパチの日〟を思い出す。
 そう、滋賀県大津市であった琵琶湖大花火である。私にとっては忘れられない、その日2人の船友の誕生日に4階レストランでの本席と居酒屋「波へい」での2次会に招かれ、いっときを楽しく過ごした。
        ×          ×
 この日の主役は1人が、あの真っ赤な〈マリリンモンローの口〉折り紙の考案者で過去、ホノルルマラソン7回の出場歴(いずれも完走)を誇り、船内では親友かつお姉さんの〝サッちゃん〟の助けもあって、折り紙教室はじめ南京玉すだれ、ラジオ体操からドジョウすくい、社交ダンス…までなんでもござれ、の名伯楽・ヤエちゃんこと小泉八重子さん。そして今ひとりはピースボートのエース的存在で、自ら長崎の被爆2世を自認し日本を代表するおしとやかな女性、青木友里さんである。
 なんとその名も『平和を願うピースボート船上合同誕生会』といかめしい。合同誕生会は阿部祥子さん、すなわち〝サッちゃん〟の献身的ともいえる名司会で開会。〝ヤエちゃん〟は68歳に、友里さんは30歳になったが、〝ヤエちゃん〟が「皆さま、こんなに多くの方々に来ていただいて感激しています。おかげで風邪も引かなければ、船酔いもせず本当に幸せな船旅です」と挨拶すれば、和服に身を包んだ友里ちゃんも「人生で一番沢山の人々にお祝いされました。まだお嫁に行っていませんが、これからも楽しく人生を歩んでいきたい」とあいさつ。招かれた多くの人々が二人にお祝いの言葉を述べるなか、誕生会は進んだ。
 この日は4階レストラン、「波へい」ともに50人ほどが誕生会に集まりそれこそ、大パーティーに。合同ということと、ご両人の気さくで誰からも好かれる性格もあってか、本席での歌舞伎亭・ムラジ師匠の南京玉すだれや沖縄民謡の披露などに続き、2次会の席でも「笑いの演出おじさん」の高笑いの披露あり、私のハーモニカに合わせての合唱あり…で時の過ぎゆくのも忘れるほどで、延々と祝宴が続いた。
        ×          ×          
 きょうは、やっぱり〝パチパチの日〟のせいか、めでたいニュースが日本から入ってきた。妻から届いた1枚のファックスの中身は次のようなものだった。
「Dear孝信さま 実君がパパになりました 母子とも元気だとの事です 帰国したら お祝いと新居訪問を兼ねて行こうか……」
 実君とは、私の妹の長男である。あの実君がお父さんになった、だなんて。とても信じられない。思わずデッキに出て空を仰ぎ、海を見ると、そこには満面笑みの妹夫婦が浮かんでいた。おめでとう! 実君そして奥さん。

 部屋に戻って、あす9日付の船内新聞を読んでいて、『日付変更線を通過します』の見出しが目にとまった。読み進めると「オーシャンドリーム号は、本日(9日)日付変更線を通過します。これにより、8月9日24時を過ぎると日付は8月11日となり、8月10日は事実上消滅しますので、お気をつけください。」とある。
 ほかに〈本日時差発生:本日(9日)24時になりましたら、お手元の時計を1時間お戻しください。(23:00に設定してください。)なお、明日の日付は11日になります〉といったものも。記事によれば、あす9日午後23時50分(開場時間)からは〈消滅日~失われた一日を取り戻せ~〉の企画も開催予定で「8月10日が、消える……!? 日付が【消滅日】をまたぐ真夜中、船内でお馴染みの企画など1日を1時間に凝縮してお届けします。地球をぐるりと一周してきたからこそ体験できる、この不思議な時間の境目を是非楽しみましょう!」と書かれていた。

 いよいよ美雪(舞)が待つ、私たちの国・日本が近づいてきた。

平成二十四年八月七日
 オーシャン・ドリーム号は今も一路、日本に向かっている。こちらの朝9時が日本の翌朝午前4時で時差は19時間、横浜はまだまだ遠い。あすになれば時差は、さらに1時間開き20時間になる。
 
 わが家から「8・7立秋 日本はとにかく暑いです。(横浜に帰航する)17日余裕があれば、首相官邸のデモを見ておくべしと思います」のファックス1枚が届いた。相変わらず彼女ならでは、わずかな文面の中にポイントが突かれている。さて、どうしようか。

 きょうは午前中の社交ダンス教室のあとは、本欄〈海に抱かれて みんなラヴ〉の連載でも知られる私たちのウエブ文学同人誌・新生「熱砂」を今後、同人みんなでより広く質的に充実させていくためにはどうしたらよいのか、を自らに問い正してみたりした。人の心を打つ創作活動。そのためには、それ以前に同人みんなの清らかな姿勢と創作意欲が大切である点をあらためて自らに再確認、このほか1部関係者へのメール送信などに追われた。

 海を見ながら、あれやこれやと考える。8階オープンスペースで1人座っていると、同じ8階中央のバー・ピアノから、〈月の砂漠〉や〈みかんの花咲く丘〉〈君の名は〉などを合唱する声が海のかぜと共に流れてきて、私はしばらくの間、目をつむり陶酔して聴き入った。みんな、なんと美しく、ステキな声なのだろう。
 そういえば、きのう私を親身になって何かと助けてくれている、その女性が話していた。「この船に乗っている人たちは、基本的にはみなイイ人ばかりなのだから」と。まさに、こうしている間にも〝海に抱かれて みんなラヴ〟のなごやかなひとときが過ぎているのだ。

 昼には、私と同じ愛知県江南市に住む村瀬邦安さんから「今夜、カサブランカで一杯どうですか」と電話が入った。きょうは、たまたま滋賀県とゆかりのある人の集まり=私はかつて新聞社の支局長として大津で3年暮らした=があるので、「それに出たあとで、出来たら出向きます」と答えておいたが、さてどうなるか。

(夜遅く)今夜は滋賀県とゆかりのある人ばかり、約10人の集まりで運よくメキシコのテキーラを飲む機会に恵まれた。このテキーラ、度数はすこぶる強い。でも、味と香りは甘く優しかった。船旅もあと少しとなりこの日、居酒屋「波へい」は大入り満員。入るに入れなかったため、みなさん9階のプールサイドわきのデスクを自分たちで並べ替え、それぞれがつまみを持ち寄って集まりは進んだ。
 テキーラは「波へい」に入れなかった産物で、持ち寄られたものの中にたまたま含まれていたのだ。最初はそのままなめ、次にレモンジュースで割って飲んでみたが、これがすこぶるおいしい。語り合うほどに酔い、浜大津やフナずし、湖(うみ)の子、環境立県、滋賀文学、同人誌「くうかん」、嘉田さん(現知事)のこと、琵琶湖周航の歌…など、いろんな話で盛り上がった。

 途中、座を折って今度はカサブランカへ。私と同じ愛知県江南市から訪れている村瀬邦安さんから声がかかっていたためで、カサブランカでは愛知県岩倉市出身でジャパングレイスチーフを務める関戸文さんも一緒だった。共に布袋の大仏さまや織田信長の側室・吉乃、草井、木曽川、母校の滝学園や名古屋西高校、幼いころ桑の実畑で遊んだ話などで楽しいひとときが過ぎていった(ただし、桑の実畑の話は若い関戸さんに私たちが江南の昔話を伝える形となった)。

08/4/26