新連載・地球一周船旅ストーリー〈海に抱かれて みんなラヴ〉8月6日

 
 
 朝1番で8階後方プールエリアへ。「PEACE DAY」関連企画の広島原爆の日の集いに出席するためだ。
 最初に、メキシコのエンセナーダから乗船しているベネズエラオーケストラ・エルシステマと福島からのFTVユースオーケストラの高校生共演による『カノン』の演奏が海に向かってあり、被爆者代表あいさつに続き、広島に原爆が投下された8時15分、オーシャン・ドリーム号の汽笛がボオーッと鳴り響くなか、全員で黙とう。最後に〈青い空は青いままで/子どもらに伝えたい/もえる8月の朝/かげまでもえつきた…〉といった歌詞の『青い空は』をみんなで歌った。【写真は星空LIVEで「ベネズエラ」を演奏するベネズエラ青少年オーケストラ=4日夜、オーシャンドリーム号の船内で=と、広島原爆の日の集いで海に向かって演奏するベネズエラと福島の高校生ら=6日朝】

 集いに出た私はいったん船室に戻り、今度は8階スターライトへ。
 ここで仲間とルンバの練習に励み、再び船室へUターン。この日、船室テレビで上映されている井伏鱒二原作、今村昌平監督の『黒い雨』を見た。鑑賞しながら一瞬の閃光で家族の何もかもを引き裂いてしまった原爆がどれほど無残なものか、をあらためて思い知った。私は1昨年まで過去5年間、名古屋市立大学で問題認識特別講座を受け持ち、毎年最終授業は決まって被爆者の証言集を映像で流し、原爆の悲惨さを訴えてきたものだが学生たちには、この『黒い雨』も見せるべきだった、とつくづく反省した。 
 この日は「広島原爆の日の集い」のほか、関連企画として「『もう二度と』を歌いましょう」や、映画「フラッシュ・オブ・ホープ(103人の被爆者が参加した証言の船旅ドキュメンタリー)」上映もあった。

 このところは海を前に私なりの、私でしか書けない純文学について頭を巡らしている。私の頭のなかはどんな時だって、ただ書く。書くことしかないのだ。船内企画の聴講も出来たらすべて投げ出し、これまでの染みついた新聞記者根性を一切合財捨てて真っさらに裸にならなければ。いいものは書けない、と自身に言い聞かせている。
 そうこう考えているうち、なぜか高樹のぶ子さんの〈波光きらめく果てに〉を読みたくなり8階フリースペース横の図書室を訪れ、文庫本コーナーを手当たり次第に調べたが彼女の著作は1冊としてなかった。どうしたことか、と思いつつ立原正秋、中上健次、黒井千次も探してみるが、ない。替わって松本清張や山崎豊子、星新一、有吉佐和子、高橋和巳、浅田次郎の著作などは、そこそこあったのである。

 私は船内で出会った、高樹のぶ子さんの若いころ、そして妻の今に、とても雰囲気がよく似たある女性に私の著作を渡して読んでもらっており、きょうも時間をつくって雑談をまじえふたりで文学について語り合ったが、彼女が私の著作三冊を丁寧にすべて読んでくれていたのには感激し、嬉しくもあった。
 「自然描写や心理表現などゴンタさんならでは、のとてもステキで捨てがたい光る文体もあるのだから。今度は、どの作品にも必ず登場してくる新聞記者を完全に捨て去った小説を読んでみたい。きっと読者の心をつかむ作品になると思う」と期せずして誰かさんと同じ指摘までしてくれ、私は内心有り難く思うと同時に「この乗船は染みついてしまっている新聞記者とは、完全に決別する船旅なのだ」と自らに言い聞かせ、「あっ、そうだったのか。彼女は私を海に突き離し〈本当の海〉を見てこい、と。そう言っているのだ」と得心した。
 私は雑談しながら新たな作家・伊神権太に転身する決意を新たにしたのである。

 それより、かわいい妻といえば7日は定期的な病院診療の日だ。はるか、かなたの太平洋上から「大丈夫である」ことを何よりも願っている。

 今宵は、つい先ほどまで個性豊かな船上のキャストばかり99人による洋上ミュージカル「A COMMON BEAT~感じてほしい共通の鼓動~」を7階ブロードウェイ最前列で楽しませて頂いた。異なる文化を持つ4つの大陸が、争いを経て共存していく過程を描いたストーリーで1時間20分に及ぶ熱演を前に「よくぞ、ここまで辿り着いたものだ」と心から感心させられたのである。
 確かにプロのミュージカルに比べれば、洗練さは、どうしても欠ける。でも、迫力から言えば、私がこれまでに見たどのミュージカルよりも若者たちの爆発力というか、力強さがあった。出演した皆さん全員に、心からお疲れさま。そしてありがとう、と礼を述べたい。

平成二十四年八月五日
 船上生活も残りわずか。船内を行きかう人々の気配もどこかしら、ざわざわと心が動き始めてきたようだ。そんな中、きょうは朝の社交ダンスのレッスンで13日の発表会を前にパートナーと何を踊るか、を最終的に決め毎日、午前の部で一緒に踊ってきたキムちゃん(木村さん)とルンバを踊ることになった。

 午後のパートナーとして毎日、お世話になってきた夏子さんには「ワルツとタンゴも大好きですが、私自身がイマイチ消化不足なので午前中に組ませて頂いている女性とルンバを踊りたい」と、きのうのうちに了解を求め「分かりました。いいですよ」の返事を頂いているだけに、逆に踊りこなせなければ、と少し緊張している。これからは発表会までルンバの練習を毎日することになる。頭も体もルンバ、ルンバ…と、ルンバ一色に染められそうだ。

 そういえば、先日届いた妻からのフアックスに「8月5日(日)のNHKのど自慢は江南からです」とあった。どんな按配だったのだろう。担当アナは、全国的な知名度がほとんどないに等しい愛知県江南市の司会をどのようにしたのか。そしてゲスト歌手は誰だったか。私が司会者なら、さしずめ次のように紹介しただろう。
 「全国のみなさま。きょうは木曽川のほとりの南側一帯に濃尾平野が広がる戦国武将の地・愛知県江南市からの放送です。かつては、お蚕さんの繭から取れる生糸の全国有数の生産地でも知られ、現在はカーテンの出荷で有名です。また信長と秀吉に代表される戦国武将ゆかりの地、そして信長の側室・吉乃が住んでいた生駒屋敷跡、布袋の大仏さまなどでも知られ、尾張の国を代表する土地でもあります。観光では、藤の花で有名な曼荼羅寺があり近くには犬山城や明治村もあり……」
 何はともあれ、やはり日本の自然はいいな、と思う。

 きょうは事前にアポを取らせて頂いていた北アイルランド出身のCC(カンバセ―ションコーディネーター)、サミュエル・アネスリーさん=愛称はサム=に社交ダンスのレッスンが終わったあと、8階フリースペースでお会いした。メキシコのマンサニージョでの交流オプショナルツアー「『小さな天使の家』訪問と子どもたち」で孤児院を訪れた時に施設の女性スタッフの1人、サラヤ・レオンさんに〝平和〟ってなんですかとお聞きし、その際にスペイン語の通訳として助けてくれたのがサムさんで、きょうはその時の内容をあらためて聞くためにお会いしたのだった。
 この結果、サラヤさんが〝平和〟について「周りの人とよい関係を持ちながら生活していくことと、他人のことを尊敬することだ」と話してくれていたことが分かった。私は、せっかくなのでサムさんはじめ、ピースボート映像チームキャップの高木應(あたる)さん、CCのジョナサンさんにも〝平和〟についてのインタビューを求め、併せてビデオ収録もさせて頂いたが、彼らは海をバックに「自分と違った意見を尊敬し、自らの考えを無理やり他人に押しつけない」「笑うことだ」などと答えてくれた。

 きょうの「PEACE DAY(9日)」関連企画は、被爆者をもう2度と作らないで、の願いを込めた「『もう二度と』を歌いましょう」、「ウォンミョンと学ぼう! 地球小学校~従軍慰安婦って何~」、「歪む沖縄戦~歴史の真実~」の順で進められている。夕方からは6階中央右舷のアトランティックに青森、秋田、岩手、山形、宮城、福島の東北出身者計20数人が集まり、3・11東日本大震災と原発事故から立ち直るには、どうしたらよいのか。復興につなげる手だてについても、共に話し合われた。次回は居酒屋「波へい」で飲みながら開くことになったという。

 あすは、かつて14万人もの命が奪われたヒロシマの日で、1945年8月6日午前8時15分の広島原爆投下にあわせて「広島原爆の日の集い」が8階後方プールエリア(雨天時は8階スターライト)で午前8時から開かれる。また午後2時からは、2008年の「第1回ヒバクシャ地球一周証言の航海」から生まれたドキュメンタリー映画『フラッシュ・オブ・ホープ』の上映も8階スターライトである。さらにこの船上で出会った若者たち99人の個性豊かなキャストによる洋上ミュージカル「A COMMON BEAT~感じてほしい共通の鼓動~」の公演も昼夜2回にわたり7階ブロードウェイで開かれる。

平成二十四年八月四日
 土曜日。日本との時差はきょうの午前零時にこれまでの16時間から17時間へと広がった。あすの午前零時には、さらに18時間となる。太平洋を横断し日本に近づいているはずなのに。時差だけは広がってゆく。このまま太平洋上に放置されるのか。

 オーシャンドリーム号は先日あった、この船旅の最終航路説明会でジャパングレース・狭間俊一事務局長が説明した通り、3通りの太平洋横断航路のうち1番北寄りのコースをただひたすら日本に向かっている。思ってもいなかった、ここ数日の寒さもカリフォルニア寒流を離れさえすれば次第にやわらいでいくという。

 船内新聞によれば、今月9日に今クルーズでは「PEACE DAY」を開催予定だ。6日は広島、9日は長崎に原爆が投下され67年―そして15日は日本の終戦記念日である。だから、本日から9日までの毎日、船内では「PEACE DAY」関連企画も開かれている。船内新聞のタイムテーブル欄にピースマークの記載されているのが関連イベントだというので、さっそく注意してみると、そこには確かにあった。内容は午後2時から8階前方スターライトで催される〈憲法9条ミュージカル『少年がいて』上映〉だ。これに限らず今後、どんな関連イベントが出てくるのか。注意して新聞を開いていきたい。

 きょうは結構、充実した日といおうか。船内と船室を行ったり来たりしている間に1日があわただしく過ぎ去った。朝の社交ダンス教室のあとは、午前11時からピースボート映像チームに所属する〝コンちゃん〟と、「伊神権太が行く 平和のメッセージ/私は今 その町で」の〈ヨーロッパ前半〉と〈ヨーロッパ後編〉のナレーションの吹き込みに時間を費やし、吹き込みを終了したあとは走るようにして8回前方のスターライトへ。社交ダンス午後の部に出た。
 その社交ダンスだが朝はジルバ、チャチャチャ、ルンバを。午後はワルツとタンゴの繰り返しとなったが、どれもそれぞれに味わい深く練習していても楽しくなってきたから不思議だ。後藤京子先生の優しくも毅然とした教え方がいいからだと思う。ただ、ワルツとタンゴは、私の場合はまだまだかなりの修練が必要で今少し全体の流れを把握しないことには、とても発表会に出て踊り切るまでのレベルには達していない。難しくはあるが何とか体得してやろう、という欲まで出てきたことは確かだ。

 ダンスを終えたあとは、9階ビュッフェレストランに駆け込んで昼食を少しだけ食べた。それでも、このあと3時からは今回船旅の気の合った同胞、いわゆる〝船友〟と久しぶりにビュッフェで午後茶をのみ、くつろいだ。この船友はこのところ2度に及ぶオーバーラウンドツアーでアンデスに浮かぶ謎の空中都市・マチュプチュ8日間とラテンアメリカ最大の都市遺跡・テオティワカンメキシコシティー5日間の旅の2つをこなしてきただけに、いろいろ教えてくださり話が弾んだ。なかでもペルー料理のおいしさ、メキシコシティーの国立人類博物館で行われていたというSAMURAI展の話には関心を引かれた。船友からは果物(バナナとリンゴ)とペン、メモ帳までお土産に頂いたので私もマンサニージョで購入しておいたボールペンをプレゼント。「なんだか物々交換みたいだよね」と久しぶりにゆったりとした時間をくつろいだ。

 きょうも船内は、ドキュメンタリー映像を使った分かりやすい講演「TVルポ~アルゼンチンの人権問題~」(伊高浩昭さん)や船専属バンド・ブルースカイの生演奏、乗客・遠峰(とーみん)さん呼びかけによる意欲的ともいえる自主企画「金持ちは本当に幸せか?」など、いろんな企画で活気づいた。
 やはり、この日1番印象に残った企画は船内で学んだオカリナやウクレレ、ハーモニカのグループなど11団体が演奏した「星空LIVE」である。中に先日、突然の心不全で無念の死を遂げ私にとっては社交ダンス仲間でもあったトミさん(富山さん)の追悼ウクレレ演奏が行われた時、そして最終のクライマックスでベネズエラ青少年オーケストラの若者たち8人が演じた「ベネズエラ」の演奏が流れた時には胸に熱いものが走った。

 それにしても眠い。寝る子は育つ、とよくいわれる。私がまだちいさいころ、母に「この子は〝おねぶたさん〟なのだから。いつだって、すぐ寝てしまう」と始終言われたことをよく覚えている。だから私の場合、どこ憚らず寝るのは母の特別許可証があるからだ、といまだに勝手に思い込んでいる。授業中でもあるまいし、他人様に迷惑さえかけなければ、いつでも寝させて頂くことにしている。それでは寝よう(とはいっても、現在は5日午前4時過ぎ、日本では5日午後10時過ぎか)。これでは、寝たことにはならないか。

12年8月5日

ウェブ作品集

伊神 権太

実録随想「残り花」

 
 
 朝1番で8階後方プールエリアへ。「PEACE DAY」関連企画の広島原爆の日の集いに出席するためだ。
 最初に、メキシコのエンセナーダから乗船しているベネズエラオーケストラ・エルシステマと福島からのFTVユースオーケストラの高校生共演による『カノン』の演奏が海に向かってあり、被爆者代表あいさつに続き、広島に原爆が投下された8時15分、オーシャン・ドリーム号の汽笛がボオーッと鳴り響くなか、全員で黙とう。最後に〈青い空は青いままで/子どもらに伝えたい/もえる8月の朝/かげまでもえつきた…〉といった歌詞の『青い空は』をみんなで歌った。【写真は星空LIVEで「ベネズエラ」を演奏するベネズエラ青少年オーケストラ=4日夜、オーシャンドリーム号の船内で=と、広島原爆の日の集いで海に向かって演奏するベネズエラと福島の高校生ら=6日朝】

 集いに出た私はいったん船室に戻り、今度は8階スターライトへ。
 ここで仲間とルンバの練習に励み、再び船室へUターン。この日、船室テレビで上映されている井伏鱒二原作、今村昌平監督の『黒い雨』を見た。鑑賞しながら一瞬の閃光で家族の何もかもを引き裂いてしまった原爆がどれほど無残なものか、をあらためて思い知った。私は1昨年まで過去5年間、名古屋市立大学で問題認識特別講座を受け持ち、毎年最終授業は決まって被爆者の証言集を映像で流し、原爆の悲惨さを訴えてきたものだが学生たちには、この『黒い雨』も見せるべきだった、とつくづく反省した。 
 この日は「広島原爆の日の集い」のほか、関連企画として「『もう二度と』を歌いましょう」や、映画「フラッシュ・オブ・ホープ(103人の被爆者が参加した証言の船旅ドキュメンタリー)」上映もあった。

 このところは海を前に私なりの、私でしか書けない純文学について頭を巡らしている。私の頭のなかはどんな時だって、ただ書く。書くことしかないのだ。船内企画の聴講も出来たらすべて投げ出し、これまでの染みついた新聞記者根性を一切合財捨てて真っさらに裸にならなければ。いいものは書けない、と自身に言い聞かせている。
 そうこう考えているうち、なぜか高樹のぶ子さんの〈波光きらめく果てに〉を読みたくなり8階フリースペース横の図書室を訪れ、文庫本コーナーを手当たり次第に調べたが彼女の著作は1冊としてなかった。どうしたことか、と思いつつ立原正秋、中上健次、黒井千次も探してみるが、ない。替わって松本清張や山崎豊子、星新一、有吉佐和子、高橋和巳、浅田次郎の著作などは、そこそこあったのである。

 私は船内で出会った、高樹のぶ子さんの若いころ、そして妻の今に、とても雰囲気がよく似たある女性に私の著作を渡して読んでもらっており、きょうも時間をつくって雑談をまじえふたりで文学について語り合ったが、彼女が私の著作三冊を丁寧にすべて読んでくれていたのには感激し、嬉しくもあった。
 「自然描写や心理表現などゴンタさんならでは、のとてもステキで捨てがたい光る文体もあるのだから。今度は、どの作品にも必ず登場してくる新聞記者を完全に捨て去った小説を読んでみたい。きっと読者の心をつかむ作品になると思う」と期せずして誰かさんと同じ指摘までしてくれ、私は内心有り難く思うと同時に「この乗船は染みついてしまっている新聞記者とは、完全に決別する船旅なのだ」と自らに言い聞かせ、「あっ、そうだったのか。彼女は私を海に突き離し〈本当の海〉を見てこい、と。そう言っているのだ」と得心した。
 私は雑談しながら新たな作家・伊神権太に転身する決意を新たにしたのである。

 それより、かわいい妻といえば7日は定期的な病院診療の日だ。はるか、かなたの太平洋上から「大丈夫である」ことを何よりも願っている。

 今宵は、つい先ほどまで個性豊かな船上のキャストばかり99人による洋上ミュージカル「A COMMON BEAT~感じてほしい共通の鼓動~」を7階ブロードウェイ最前列で楽しませて頂いた。異なる文化を持つ4つの大陸が、争いを経て共存していく過程を描いたストーリーで1時間20分に及ぶ熱演を前に「よくぞ、ここまで辿り着いたものだ」と心から感心させられたのである。
 確かにプロのミュージカルに比べれば、洗練さは、どうしても欠ける。でも、迫力から言えば、私がこれまでに見たどのミュージカルよりも若者たちの爆発力というか、力強さがあった。出演した皆さん全員に、心からお疲れさま。そしてありがとう、と礼を述べたい。

平成二十四年八月五日
 船上生活も残りわずか。船内を行きかう人々の気配もどこかしら、ざわざわと心が動き始めてきたようだ。そんな中、きょうは朝の社交ダンスのレッスンで13日の発表会を前にパートナーと何を踊るか、を最終的に決め毎日、午前の部で一緒に踊ってきたキムちゃん(木村さん)とルンバを踊ることになった。

 午後のパートナーとして毎日、お世話になってきた夏子さんには「ワルツとタンゴも大好きですが、私自身がイマイチ消化不足なので午前中に組ませて頂いている女性とルンバを踊りたい」と、きのうのうちに了解を求め「分かりました。いいですよ」の返事を頂いているだけに、逆に踊りこなせなければ、と少し緊張している。これからは発表会までルンバの練習を毎日することになる。頭も体もルンバ、ルンバ…と、ルンバ一色に染められそうだ。

 そういえば、先日届いた妻からのフアックスに「8月5日(日)のNHKのど自慢は江南からです」とあった。どんな按配だったのだろう。担当アナは、全国的な知名度がほとんどないに等しい愛知県江南市の司会をどのようにしたのか。そしてゲスト歌手は誰だったか。私が司会者なら、さしずめ次のように紹介しただろう。
 「全国のみなさま。きょうは木曽川のほとりの南側一帯に濃尾平野が広がる戦国武将の地・愛知県江南市からの放送です。かつては、お蚕さんの繭から取れる生糸の全国有数の生産地でも知られ、現在はカーテンの出荷で有名です。また信長と秀吉に代表される戦国武将ゆかりの地、そして信長の側室・吉乃が住んでいた生駒屋敷跡、布袋の大仏さまなどでも知られ、尾張の国を代表する土地でもあります。観光では、藤の花で有名な曼荼羅寺があり近くには犬山城や明治村もあり……」
 何はともあれ、やはり日本の自然はいいな、と思う。

 きょうは事前にアポを取らせて頂いていた北アイルランド出身のCC(カンバセ―ションコーディネーター)、サミュエル・アネスリーさん=愛称はサム=に社交ダンスのレッスンが終わったあと、8階フリースペースでお会いした。メキシコのマンサニージョでの交流オプショナルツアー「『小さな天使の家』訪問と子どもたち」で孤児院を訪れた時に施設の女性スタッフの1人、サラヤ・レオンさんに〝平和〟ってなんですかとお聞きし、その際にスペイン語の通訳として助けてくれたのがサムさんで、きょうはその時の内容をあらためて聞くためにお会いしたのだった。
 この結果、サラヤさんが〝平和〟について「周りの人とよい関係を持ちながら生活していくことと、他人のことを尊敬することだ」と話してくれていたことが分かった。私は、せっかくなのでサムさんはじめ、ピースボート映像チームキャップの高木應(あたる)さん、CCのジョナサンさんにも〝平和〟についてのインタビューを求め、併せてビデオ収録もさせて頂いたが、彼らは海をバックに「自分と違った意見を尊敬し、自らの考えを無理やり他人に押しつけない」「笑うことだ」などと答えてくれた。

 きょうの「PEACE DAY(9日)」関連企画は、被爆者をもう2度と作らないで、の願いを込めた「『もう二度と』を歌いましょう」、「ウォンミョンと学ぼう! 地球小学校~従軍慰安婦って何~」、「歪む沖縄戦~歴史の真実~」の順で進められている。夕方からは6階中央右舷のアトランティックに青森、秋田、岩手、山形、宮城、福島の東北出身者計20数人が集まり、3・11東日本大震災と原発事故から立ち直るには、どうしたらよいのか。復興につなげる手だてについても、共に話し合われた。次回は居酒屋「波へい」で飲みながら開くことになったという。

 あすは、かつて14万人もの命が奪われたヒロシマの日で、1945年8月6日午前8時15分の広島原爆投下にあわせて「広島原爆の日の集い」が8階後方プールエリア(雨天時は8階スターライト)で午前8時から開かれる。また午後2時からは、2008年の「第1回ヒバクシャ地球一周証言の航海」から生まれたドキュメンタリー映画『フラッシュ・オブ・ホープ』の上映も8階スターライトである。さらにこの船上で出会った若者たち99人の個性豊かなキャストによる洋上ミュージカル「A COMMON BEAT~感じてほしい共通の鼓動~」の公演も昼夜2回にわたり7階ブロードウェイで開かれる。

平成二十四年八月四日
 土曜日。日本との時差はきょうの午前零時にこれまでの16時間から17時間へと広がった。あすの午前零時には、さらに18時間となる。太平洋を横断し日本に近づいているはずなのに。時差だけは広がってゆく。このまま太平洋上に放置されるのか。

 オーシャンドリーム号は先日あった、この船旅の最終航路説明会でジャパングレース・狭間俊一事務局長が説明した通り、3通りの太平洋横断航路のうち1番北寄りのコースをただひたすら日本に向かっている。思ってもいなかった、ここ数日の寒さもカリフォルニア寒流を離れさえすれば次第にやわらいでいくという。

 船内新聞によれば、今月9日に今クルーズでは「PEACE DAY」を開催予定だ。6日は広島、9日は長崎に原爆が投下され67年―そして15日は日本の終戦記念日である。だから、本日から9日までの毎日、船内では「PEACE DAY」関連企画も開かれている。船内新聞のタイムテーブル欄にピースマークの記載されているのが関連イベントだというので、さっそく注意してみると、そこには確かにあった。内容は午後2時から8階前方スターライトで催される〈憲法9条ミュージカル『少年がいて』上映〉だ。これに限らず今後、どんな関連イベントが出てくるのか。注意して新聞を開いていきたい。

 きょうは結構、充実した日といおうか。船内と船室を行ったり来たりしている間に1日があわただしく過ぎ去った。朝の社交ダンス教室のあとは、午前11時からピースボート映像チームに所属する〝コンちゃん〟と、「伊神権太が行く 平和のメッセージ/私は今 その町で」の〈ヨーロッパ前半〉と〈ヨーロッパ後編〉のナレーションの吹き込みに時間を費やし、吹き込みを終了したあとは走るようにして8回前方のスターライトへ。社交ダンス午後の部に出た。
 その社交ダンスだが朝はジルバ、チャチャチャ、ルンバを。午後はワルツとタンゴの繰り返しとなったが、どれもそれぞれに味わい深く練習していても楽しくなってきたから不思議だ。後藤京子先生の優しくも毅然とした教え方がいいからだと思う。ただ、ワルツとタンゴは、私の場合はまだまだかなりの修練が必要で今少し全体の流れを把握しないことには、とても発表会に出て踊り切るまでのレベルには達していない。難しくはあるが何とか体得してやろう、という欲まで出てきたことは確かだ。

 ダンスを終えたあとは、9階ビュッフェレストランに駆け込んで昼食を少しだけ食べた。それでも、このあと3時からは今回船旅の気の合った同胞、いわゆる〝船友〟と久しぶりにビュッフェで午後茶をのみ、くつろいだ。この船友はこのところ2度に及ぶオーバーラウンドツアーでアンデスに浮かぶ謎の空中都市・マチュプチュ8日間とラテンアメリカ最大の都市遺跡・テオティワカンメキシコシティー5日間の旅の2つをこなしてきただけに、いろいろ教えてくださり話が弾んだ。なかでもペルー料理のおいしさ、メキシコシティーの国立人類博物館で行われていたというSAMURAI展の話には関心を引かれた。船友からは果物(バナナとリンゴ)とペン、メモ帳までお土産に頂いたので私もマンサニージョで購入しておいたボールペンをプレゼント。「なんだか物々交換みたいだよね」と久しぶりにゆったりとした時間をくつろいだ。

 きょうも船内は、ドキュメンタリー映像を使った分かりやすい講演「TVルポ~アルゼンチンの人権問題~」(伊高浩昭さん)や船専属バンド・ブルースカイの生演奏、乗客・遠峰(とーみん)さん呼びかけによる意欲的ともいえる自主企画「金持ちは本当に幸せか?」など、いろんな企画で活気づいた。
 やはり、この日1番印象に残った企画は船内で学んだオカリナやウクレレ、ハーモニカのグループなど11団体が演奏した「星空LIVE」である。中に先日、突然の心不全で無念の死を遂げ私にとっては社交ダンス仲間でもあったトミさん(富山さん)の追悼ウクレレ演奏が行われた時、そして最終のクライマックスでベネズエラ青少年オーケストラの若者たち8人が演じた「ベネズエラ」の演奏が流れた時には胸に熱いものが走った。

 それにしても眠い。寝る子は育つ、とよくいわれる。私がまだちいさいころ、母に「この子は〝おねぶたさん〟なのだから。いつだって、すぐ寝てしまう」と始終言われたことをよく覚えている。だから私の場合、どこ憚らず寝るのは母の特別許可証があるからだ、といまだに勝手に思い込んでいる。授業中でもあるまいし、他人様に迷惑さえかけなければ、いつでも寝させて頂くことにしている。それでは寝よう(とはいっても、現在は5日午前4時過ぎ、日本では5日午後10時過ぎか)。これでは、寝たことにはならないか。

08/4/26