エッセイ「友人のお嬢さんの手記」

 きょうは、この春から社会人としての一歩を踏み出した、私の友人のお嬢さんの手記を紹介させていただきます。タイトルは「障がいのある人を兄に持って」。
 「障がいのある人」は、知的障害や自閉性障害を持つ若者の劇団《ドキドキ・ワクワク》の団員のY君です。Y君は、自宅から自転車で三十分くらいの距離にある職場で、仕事に励む青年です。
 この手記は、演劇の親の会が主催する学習会「きょうだいフォーラム」用に書かれました。
 (友人の手紙より抜粋)
 

 「障がいのある人を兄に持って」

 障がいがあるきょうだいを持ち、大変な思いをしている方は多くいらっしゃると思います。そのような中、私は兄から特に何かをされたわけでもありませんし、兄のことで苦労したりといったことも、取り立てて言うほどはありません。そんな私が知った顔で何かを語ったりして良いのかはわかりませんが、兄がいなければ味わえなかった思いや経験などを、素直になれる範囲で述べられたらと思います。
 
 私と兄は三歳差、私を挟んで五歳下の弟がいます。兄が「なんか変」と気付いた瞬間というのは記憶にありませんから、おそらく子ども心に、なんとなく感じ取っていたものと思います。
 幼稚園、小学校と、兄と同じところに通いましたが、聞きたくなくとも、兄の噂はあちらこちらから聞こえてきました。それらの多くは中傷ではなく、兄の言動や行動に面白おかしく尾ひれをつけたものがほとんどでした。そして、それはおそらく中傷よりも強く、小さかった私の心を傷つけるものでした。
 他人の目や言動、そういったものが気になって仕方がなかった当時の私は、兄の存在から目を逸らすことしか出来ず、兄の噂を聞いても自分には関係がないと自分に言い聞かせましたし、兄が先生に叱られているのをたまたま見かけても、両親に知らせることはしませんでした。
 両親は兄に対して責任を持て、というようなことは決して言いませんでしたし、自由に好きなように生きればいいと、今でも言ってくれています。その言葉に、私は甘え続けていたのだと思います。

 彼を兄に持ち、苦しかったのは、自分の中での葛藤でした。「お兄ちゃんなのにどうして好きになれないのか」、「どうして周囲に兄の存在を隠してしまうのか」、心の中で絶えず自問自答していました。また、「両親がつらい思いをしているのは兄のせいだ」、「兄の代わりに、自分はいい子でいよう」、「兄とは違ってなんでも自分でできることを周りにみてもらおう」、そう思っている自分に対しての自己嫌悪も繰り返しました。

 高校の時、クラスメートの一人が、「○○(私の名前)が一人っ子って嘘だったんだよ、本当はお兄ちゃんがいたんだよ」と、周りにも聞こえる大きな声で言ったことがあります。私は自分が一人っ子と周りに言った覚えはありませんが、その話題を無意識に避けていた私の「きょうだいの存在」は、噂好きの女子高生にしてみれば格好の「ネタ」に映ったようです。その後質問攻めにあった私は、無性に苛々として、何の非もない彼女に対し、つい心ない言葉を浴びせ、周りの友人たちを困らせたのを覚えています。人の隠したいことを面白おかしく公にする友人に腹が立ちました。そして腹を立てている自分、友人にも「秘密」と取られるほど兄のことを隠していた自分、兄を好きになれない自分に対して、やりきれない、泣きたい気持ちになりました。

 大学生になり、私は東京に出てきました。一人暮らしを始め、世界が広がり、家族に守られていた高校までと比べて、少しは社会というものに触れる機会が増えました。社会にはいろいろな人がいます。兄と似た人、また違う意味で社会的に弱いとされる人にも沢山出会いましたし、その人々に対して理解を示さない人が、決して少なくないということも思い知らされました。
 しかし、弱い人に対して理解を示すことが、弱い人と関わりのない人間にできるでしょうか。「変な人」、「気持ちが悪い人」、何も知らない人がそう思ってしまうのは無理もないことであり、決してその人のせいではありません。そう考えるとき、兄を家族に持てたことに対して自然と感謝できるようになりました。そして、そんな私の思いを知る由もない純粋な兄に、会いたいなと思うことが多くなりました。

 今回、この体験談を書くにあたって、「障がいのある子どもの父母のネットワーク愛知」さんのブックレットを読ませていただきました。正直に言いますと、私はこれまで、障がい児のきょうだいの方たちとお会いしたこともほとんどありませんし、関わる気すらありませんでした。障がいを持った人が家族にいるからといって、状況は家庭によって違いますし、分かち合ってどうなるものでもないだろうと思っていたからです。
 しかし、何気なく読んだこのブックレットは、思いがけず私の心を揺さぶるものでした。自分と似た環境で、自分と似た思いを持って子ども時代を過ごしていた人たちがいたことには素直な驚きを覚えましたし、その存在に、不思議と気持ちが楽にされたのです。
 障がい児の兄弟は、親の苦しむ姿をいちばん近くで見ています。それゆえに、自分だけは迷惑をかけてはいけないという思いから、他の人に比べ、自分の内面を外に出すことが不得意になってしまうような気がします。私の体験や思いが、同じような環境で過ごした、あるいは今も過ごすきょうだいの方たちにとって、少しでも安らぎになれば、私にとっては大変嬉しく、兄にも感謝です。
              (了)
 
 原文のままです。この文章をここに掲載することを快く了承してくださったお嬢さんと友人に、心からの感謝をお伝えします。
 いつお会いしてもにこやかで、穏やかなご家族が、ここに到達されるまでの長い道のり…、悲しみやつらさ、切なさ…、どれほどだったでしょうか。
 この手記によって、ご両親が「初めて知る娘の想い」がおありになるだろうと推察しますし、お嬢さんがこのような女性に成長されたのは大きな喜びでしょう。ご家族の絆を一層深められたことでしょう。
 ご家族の思いの深さに心を打たれます。

 「障がい者が生きる上でつらいのは、人と違っていることではなく、違うものへの風当たりの強さです」という言葉を目にしました。
 そんな社会が変わっていきますように…。

 
  ○○ちゃんに私が育てたバラを贈ります。いつか本物をね!
 (イングリッシュローズ・エブリン)

12年7月10日

小説「日本語ダイレクト」

 きょうは、この春から社会人としての一歩を踏み出した、私の友人のお嬢さんの手記を紹介させていただきます。タイトルは「障がいのある人を兄に持って」。
 「障がいのある人」は、知的障害や自閉性障害を持つ若者の劇団《ドキドキ・ワクワク》の団員のY君です。Y君は、自宅から自転車で三十分くらいの距離にある職場で、仕事に励む青年です。
 この手記は、演劇の親の会が主催する学習会「きょうだいフォーラム」用に書かれました。
 (友人の手紙より抜粋)
 

 「障がいのある人を兄に持って」

 障がいがあるきょうだいを持ち、大変な思いをしている方は多くいらっしゃると思います。そのような中、私は兄から特に何かをされたわけでもありませんし、兄のことで苦労したりといったことも、取り立てて言うほどはありません。そんな私が知った顔で何かを語ったりして良いのかはわかりませんが、兄がいなければ味わえなかった思いや経験などを、素直になれる範囲で述べられたらと思います。
 
 私と兄は三歳差、私を挟んで五歳下の弟がいます。兄が「なんか変」と気付いた瞬間というのは記憶にありませんから、おそらく子ども心に、なんとなく感じ取っていたものと思います。
 幼稚園、小学校と、兄と同じところに通いましたが、聞きたくなくとも、兄の噂はあちらこちらから聞こえてきました。それらの多くは中傷ではなく、兄の言動や行動に面白おかしく尾ひれをつけたものがほとんどでした。そして、それはおそらく中傷よりも強く、小さかった私の心を傷つけるものでした。
 他人の目や言動、そういったものが気になって仕方がなかった当時の私は、兄の存在から目を逸らすことしか出来ず、兄の噂を聞いても自分には関係がないと自分に言い聞かせましたし、兄が先生に叱られているのをたまたま見かけても、両親に知らせることはしませんでした。
 両親は兄に対して責任を持て、というようなことは決して言いませんでしたし、自由に好きなように生きればいいと、今でも言ってくれています。その言葉に、私は甘え続けていたのだと思います。

 彼を兄に持ち、苦しかったのは、自分の中での葛藤でした。「お兄ちゃんなのにどうして好きになれないのか」、「どうして周囲に兄の存在を隠してしまうのか」、心の中で絶えず自問自答していました。また、「両親がつらい思いをしているのは兄のせいだ」、「兄の代わりに、自分はいい子でいよう」、「兄とは違ってなんでも自分でできることを周りにみてもらおう」、そう思っている自分に対しての自己嫌悪も繰り返しました。

 高校の時、クラスメートの一人が、「○○(私の名前)が一人っ子って嘘だったんだよ、本当はお兄ちゃんがいたんだよ」と、周りにも聞こえる大きな声で言ったことがあります。私は自分が一人っ子と周りに言った覚えはありませんが、その話題を無意識に避けていた私の「きょうだいの存在」は、噂好きの女子高生にしてみれば格好の「ネタ」に映ったようです。その後質問攻めにあった私は、無性に苛々として、何の非もない彼女に対し、つい心ない言葉を浴びせ、周りの友人たちを困らせたのを覚えています。人の隠したいことを面白おかしく公にする友人に腹が立ちました。そして腹を立てている自分、友人にも「秘密」と取られるほど兄のことを隠していた自分、兄を好きになれない自分に対して、やりきれない、泣きたい気持ちになりました。

 大学生になり、私は東京に出てきました。一人暮らしを始め、世界が広がり、家族に守られていた高校までと比べて、少しは社会というものに触れる機会が増えました。社会にはいろいろな人がいます。兄と似た人、また違う意味で社会的に弱いとされる人にも沢山出会いましたし、その人々に対して理解を示さない人が、決して少なくないということも思い知らされました。
 しかし、弱い人に対して理解を示すことが、弱い人と関わりのない人間にできるでしょうか。「変な人」、「気持ちが悪い人」、何も知らない人がそう思ってしまうのは無理もないことであり、決してその人のせいではありません。そう考えるとき、兄を家族に持てたことに対して自然と感謝できるようになりました。そして、そんな私の思いを知る由もない純粋な兄に、会いたいなと思うことが多くなりました。

 今回、この体験談を書くにあたって、「障がいのある子どもの父母のネットワーク愛知」さんのブックレットを読ませていただきました。正直に言いますと、私はこれまで、障がい児のきょうだいの方たちとお会いしたこともほとんどありませんし、関わる気すらありませんでした。障がいを持った人が家族にいるからといって、状況は家庭によって違いますし、分かち合ってどうなるものでもないだろうと思っていたからです。
 しかし、何気なく読んだこのブックレットは、思いがけず私の心を揺さぶるものでした。自分と似た環境で、自分と似た思いを持って子ども時代を過ごしていた人たちがいたことには素直な驚きを覚えましたし、その存在に、不思議と気持ちが楽にされたのです。
 障がい児の兄弟は、親の苦しむ姿をいちばん近くで見ています。それゆえに、自分だけは迷惑をかけてはいけないという思いから、他の人に比べ、自分の内面を外に出すことが不得意になってしまうような気がします。私の体験や思いが、同じような環境で過ごした、あるいは今も過ごすきょうだいの方たちにとって、少しでも安らぎになれば、私にとっては大変嬉しく、兄にも感謝です。
              (了)
 
 原文のままです。この文章をここに掲載することを快く了承してくださったお嬢さんと友人に、心からの感謝をお伝えします。
 いつお会いしてもにこやかで、穏やかなご家族が、ここに到達されるまでの長い道のり…、悲しみやつらさ、切なさ…、どれほどだったでしょうか。
 この手記によって、ご両親が「初めて知る娘の想い」がおありになるだろうと推察しますし、お嬢さんがこのような女性に成長されたのは大きな喜びでしょう。ご家族の絆を一層深められたことでしょう。
 ご家族の思いの深さに心を打たれます。

 「障がい者が生きる上でつらいのは、人と違っていることではなく、違うものへの風当たりの強さです」という言葉を目にしました。
 そんな社会が変わっていきますように…。

 
  ○○ちゃんに私が育てたバラを贈ります。いつか本物をね!
 (イングリッシュローズ・エブリン)

08/4/26