あぁ~大震災を悼む 笛猫人間日記平成24年1月/19日

平成二十四年一月十九日
(この日記はアタイ=こすも・ここ=が、お父さんの「私」になりきって書き進めています。ごくごく、たまにアタイそのものが突然、出てくることがあります)

  『ねぇ~』   こすも・ここ
 

    『なぁに』  シロ

平成二十四年一月十九日
 何もないようで毎日いろんなことが起きる。
 野球日記の本の出版に当たって、あれこれをお聴きしようと三重県在住の編集者Fさんに電話したところ、携帯電話に奥さまが出られて「昨年十一月に倒れ、いまは四日市市内の療養センターに入院中です。近くリハビリに挑むことにしています」の返事。失礼な電話をしてしまったことが悔やまれ「お大事になさって」というほか、どうしようもなかった。
 彼は優秀な、かつて話題になった「一リットルの涙」生みの親でもあり、私たち有志による同人誌「熱砂」が、まだ文庫本だったころの同人の一人。現在は、フリーの編集者として活躍され、私にとっては、ことあるごとに相談を求める頼りがいのある先輩でもある。
 その彼が病気療養中だなんて。早くよくなってほしい、Fさんなら、不屈の精神で立ち直ってくれるものと信じたい、いまは祈るばかりだ。

 その一方で、きょうは嬉しい便りが届いた。
 私とは旧知の間柄で、大阪文学学校で詩を長く教えられ、95年のエジンバラ演劇祭、96年の世界詩人会議など数々の詩の祭典に参加、2002年には日本現代詩人会議から「先達詩人顕彰」を受け、朗読詩の旗手でも知られる、日高てるさんからだった。てるさんは、九十を超す高齢でもあり、このところは外出する機会もめっきり少なくなったと聞いていただけに、心配していた。
 その日本の詩人、日高てるさんからの突如の頼りだっただけに、嬉しかった。<てる>の刻印入り年賀はがきで大和高田市のご自宅からで、ひと足遅れの賀状には「伊神権太様 じゅうおうむじんに御活躍なされますように.・祈りつつ。」(原文通り)と渾身の筆で書かれており、感激した。てるさん! ことしも、よろしくお願いしますよ。ガラス麦、今宵は美しゅうございます、など。<てる>さんの詩は、いつだって僕の胸の中で生き続けていますから。元気でお過ごしください。
 そのうち、突然お伺いしますから。待っていてください。

 【きょう1番のニュース】ドラゴンズ公式ファンクラブの十一万会員と、ドラゴンズ選手のお母さんでもある安江都々子さん(八十一歳)=北名古屋市在住=にお会いしてきた。最近、入院されていただけに心配していたが、その美しさは、どこまでも変わることなく安心した。うどんやでボクは天丼(ごちそうになってしまった)、彼女はうどんを食べながら、あれやこれやと積もる話を語り合ったが、安江さんと話をしていると心が満たされる。安江さん! ことしもドラゴンズのこと、くれぐれもよろしくお願いします。

☆「センター試験 再試験 最多の3886人 配布ミス 全員が対象」、「ストレステスト 大飯原発『安全性を確認』3、4号機 保安院が初判断」「汚染石 1000カ所近く使用? 福島、流通先の特定難航」、「<海外だより> 子ども雑誌付録の苗 年輪に古き良き思い出」(19日付、中日朝刊)
 「猟師町復興 背押す学生 滋賀県大生ら毎月 南三陸へ 小屋建て交流、ネット発信」、「ダルビッシュ6年46億円 レンジャーズ入団決定」「<大波小波>不機嫌な芥川賞作家」(19日付、中日夕刊)

平成二十四年一月十八日
 第百四十六回の芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考委員会が昨日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれ、芥川賞にに円城塔さん(三十九歳)の「道化師の蝶」(群像七月号)と、田中慎弥さんの「共喰い」(すばる十月号)が、直木賞には葉室麟さん(六十歳)の「蜩ノ記」(祥伝社)がそれぞれ選ばれた。

 きょうは岐阜県下のある町へ。新鵜沼駅からは名鉄をJRに乗り換えて普通列車で行った。まだまだ公には出来ないため、本日のところは、これ以上の言は控える。それだけ、大切にしたい何かが、その町に潜んでいるからである。帰りは、江南駅近く立ち飲みやさんで、熱燗をいっぱいひっかけ帰った。
 ほかにも、帰宅後にいろいろあったりしたが本日のところは、これ以上は慎ませていただこう。ただ、いろんなことを勉強させられた一日だった。ありがとうと礼を言っておきたい。

 東京では雨なしが三十四日も続いているという。

 【きょうの1番ニュース】野球日記の出版に先がけ、岐阜県下の、その町を訪れ、なんといっても皆さまの親切で温かい心に感激した。やはり、人間社会は人と人とのつながりだな、と直感した。(これだけでは、チンプンカンプンでしょうが、まだ公にするには早すぎるため沈黙しておきたい。)

☆「三重・斎宮跡で出土 最古平仮名いろは歌 女官手習い? 平安期の土器片」「最古『いろは歌』 平安女性 教養にほふ 斎宮の文化レベル裏付け」、「阪神大震災17年 3・11発生時刻に黙とう 東北と心ひとつ」、「長良川河口堰 開門調査『国と議論を』 愛知県 有識者会議が報告書」(18日付、中日朝刊)
 「東大、秋入学移行を提言 中間報告 入試は春を維持」「名古屋市 新年度も陸前高田支援 両市長合意 一本松の苗と桜 交換」(18日付、中日夕刊)

平成二十四年一月十七日
 きょうは私の方が江南市内のいつもの歯医者さんへ。
 数年前に治療していただいた奥の上義歯(入れ歯)とつなぐ上の前歯4本(いずれも被せもの)が、ここにきてナントナク外れてしまうような、そんな予感と心配があるからだ。歯科医の診断は案の定、4本とも歯はほとんどなくなってしまっており、被せものの歯が肉の部分と辛うじてひっついている、のが現状で被せものがポロリと外れてもおかしくない、とのこと。

 ボクは画像を見せられながらの説明にも納得いかないままで「先生は被せものの歯は、ぐらぐらだから抜いてその部分は入れ歯にした方がよい、と言われても自分的には、まだ固定していて持ちそうに思う。抜きたくない」と抵抗こそしたものの、歯の模型を手に歯科技工士の女性にいつポロリと外れても不思議ではない現状を親切かつ丁寧に説明されると、それ以上の抵抗は無理だと判断。二十四日に抜いてもらうことにした。
 私は「自分の歯が4本ともメルトダウン(炉心溶融)する寸前なのだから仕方がない。」と思う一方で「昔は白い前歯が自慢だったのに…。とうとう、そういう年になったのだ」と思うとなんだか、侘びしさでたまらなくなった。あ~あ。人間たちは、年が重なるにしたがって、こんな具合に一つひとつ大切なものを容赦なく奪われていくのだな、っと、あらためて思う。まだまだ若い気でいるのに…

 朝、Mが「新聞受けに朝刊と一緒に入っていた。日比純子さんからよ」と遅い賀状が届いたと言うので自室に行くと、私のデスクに確かに日比さんからの一枚が置かれていた。「謹賀新年 平成二十四年元旦」の横の空いたスペースに「すっかり御無沙汰。ご容赦下さいませ。伊神さまが中日サンデー版に(夫で今は亡き柳家小三亀松の都々逸人生を)記載してくださった事。感謝しております。」とあった。それにしても、わが家への手紙やハガキが夜の間に郵便受けに入れられていることが最近、よくある。
 これは、いかなることなのか。夕刊取り出しの時には入っていないのに。この町には、もしかして真夜中の郵便配達人がいるのだろうか。

 まっ、それは別にして年賀ハガキからは、日比純子さんの元気そうな笑顔が推察され、嬉しくホッとしたのである。日比さん! 小三亀松さんは居なくても、みんなの心のなかに生きておいでなのだから。ことしも負けないで元気でお過ごしくださいね。

 【きょうの1番ニュース】これからはMがボランティアの仕事がある日は、どこか適当なところに昼食に出ることとし市内へ。曼荼羅寺の近くに創作料理の店「さくら」の暖簾がかかった洒落たお店があったので入ってオムレスを注文、これがなかなかおいしかった。探せば、よい店はあるものだ。第一、名前がいい。

☆「祈る心 阪神へ 東北へ きょう1・17から17年」「福島原発事故 放射能予測 先に米軍へ 文科省提供 住民へは9日遅れ」、「『B―1』(=二〇一三年秋に開かれるB級ご当地グルメの祭典、B―1グランプリ大会の開催地に、いなり寿司でまちおこしを進めている愛知県豊川市が選ばれた) 豊川で味わって 来年の開催決定」、「仮設の高齢者らに『生活不活発病』 外に出ない だから心配 長寿研部長・南三陸町調査 環境変わり、することなく『体動かして』」、「日の丸・君が代訴訟 減給以上『慎重に』 最高裁初判断 2人処分取り消し」(17日付、中日朝刊)
  「子供と大震災/大津波 僕らはこう生きた(高さ十五、六メートルもある大津波に襲われながら全校児童百八十四人全員が助かった釜石小学校の場合。そこには防災教育の徹底があり、津波てんでんこ避難は、自分の身は自分で守るーという日ごろからの親子間の信頼関係があればこそ、出来たことだった)」(17日、NHKクローズアップ現代から)
 「『阪神』から17年 大震災 教訓受け継ぐ 東日本 ともに祈る」「阪神大震災17年 つながる800キロ 負けねえぞ 陸前高田から神戸へ 感謝ささげる」「石巻では光の『絆』」(17日付、中日夕刊)

平成二十四年一月十六日
 Mは午前中、歯医者に行ったあと、バロー内にある携帯電話案内所へ。いま使っている携帯電話が古くなったため、買い替えるとのこと。自分で必要な機能だけをセットしてもらい、それ以外には、ごちゃごちゃとはしない使い勝手のいいシンプルなものにするのだ、という。
 ただ、ツィッターだけは出来るようにしてもらう、とのこと。そろそろ私も、とは思ってはいるが、その気になればいつでも買い替えられるからーといった安心感がどこかにあって、なかなかその気にはならない。

 ただ今度替える場合は、当然スマートフォンにしようとは思っているのだが。いま、流行のスマホも内心、どこかで気に入らないところがある。それは、なぜか。なんだか“1文文士”が手にするにはあまりにも軽くて、かつ幼稚じみた気がするからかもしれない。電車の車内などで大の大人が画面をチャラチャラ動かしている姿を見ると人間も地に墜ちたものだと思う。あれは、成長しきれない大人どものオモチャではないか、と思ってしまう。

 きょうは、昨日に続きことしに入ってからの新聞の整理と、ことしわが家に届いた年賀状の最終チェックと読み直しに追われた。なかに富山の作家青木新門さんから届いた「迎春 2012年 元旦 ありがとうございますnamo amitaabha 合掌 青木新門」の一枚が目に止まった。
 そこには新しいホームページ「新門日記」として、日記のアドレスも記されていたので私はさっそくそれを開き、読ませて頂いた。あの新門さんが正月早々から、お酒を自制して禁煙されている、と書かれていたのには驚かされた。

 新門さんといえば、近年は「納棺夫日記」ですっかり売れっ子の作家になられてしまったが、私のなかでは、お酒が大好きな、ロマンチックで、女性に大変甘い、そんな陽気な詩人かつ仕事熱心な実業家というイメージのままである。デ、お酒を飲まない新門さんなんて、最近はやりの偽者だと断定し、これだけは続行するようにーとメールを打ち懇願した次第。新門さん、原稿よりも健康ですぞ。

 このほか、わが家の愛猫こすも・こことシロがそろって、私に得意のポーズを取ってくれないので苦労した一日となった。写真は近く出版予定である、いがみの権太の「笛猫野球日記」の表紙とカバーに使うためである。こすも・ここ、については数日前に素晴らしい写真を撮りはしたものの、耳が切れているため再度、挑戦状態が続いている。

 【きょうの1番ニュース】午前中、一宮の小料理屋「小太郎」さんの大女将、相宮よね与さん(八十八歳)と久しぶりに電話で話ができ、近く食事をしましょうよーと約束したこと、そして午後は(いや、夜は)たった今、NHKEテレで「極める! とよた真帆のネコ学 気まぐれの秘密▽ネコの心を探る」を見たことか。わが家には、こすも・こことシロちゃんがいるので大変に参考になったのである。万人に共通した、なかなか良い番組であった。

☆「故郷捨てられぬ/ペット世話 11人 警戒区域に残る 福島」、「国会議員給与 削減へ」「岡田副総理『8パーセント以上』 公明協力」、「福島・二本松 新築マンションで高線量 昨夏完成 基礎に浪江の砕石」、「(岩手県大船渡市三陸町の)仮設に幸せの使者=秋田のなまはげに似た奇祭「スネカ」=(16日付、中日朝刊)
 「傷癒えぬ(宮城県石巻市の)氏神様 氏子も被災『支援頼めない』 居住制限地域…再建も不透明」「被災3県 210社被害」(16日付、中日夕刊)

平成二十四年一月十五日
 先日アピタで買い求めたファイル数冊に、新聞を整理しながら▽文学・大震災関係▽世界の国々…など各ジャンル別に整理し、ひと息ついたところで例によってMの買い物のアッシーくんを務め、ついでに私の母のところに顔を見せた。
 母はテレビで女子駅伝の都道府県別大会を見ていたが、女子ランナーが寒風をついて京都大路を駆け抜ける姿をみて感動した面持ちで、「みんな、よく頑張ってるね」の弁。

 ファイルに閉じるため、新聞をあらためてチェックしていて気がついたが、きのう(14日)付の中日スポーツ紙に野球殿堂入りの話が載っていた。
「野球殿堂入りを決める野球体育博物館の表彰委員会は13日、競技者表彰のプレーヤー部門として、“炎のストッパー”故津田恒実氏=プロ野球・広島の元投手。32歳の若さで亡くなった=と、通算213勝を挙げた“精密機械”北別府学氏(54)の殿堂入りを発表した。」というもので、見出しは「炎のストッパー 故・津田さん殿堂入り 命日に表彰式 北別府氏と同時」というものだった。

 【きょうの1番ニュース】新聞をチェックしていて分かったが、昨日(14日付)の中日新聞第二社会面に★特報部報道に大賞、という一段見出しが目にとまった。
 東京新聞(中日新聞東京本社)特別報道部の「福島第一原発をめぐる特報面などの一連の報道」が新聞労連の「第十六回新聞労連ジャーナリスト大賞」に決まったというのだ。日ごろの前向き、かつ被災地に寄り添った積極的な紙面展開を見ていて、すなおに「なるほど」と思い喜んで良い。特報部は出田阿生記者ら皆、本当によくやっている。
 この大賞は「平和・民主主義の確立、言論・報道の自由などに貢献した記事を表彰する」というもので、琉球新報編集局の「米軍普天間飛行場返還・移設問題をめぐる沖縄防衛局長による不適切発言の報道」も受賞に輝いた。

 きのうから始まったセンター試験。朝刊によれば、東日本大震災の影響で臨時試験場となった宮城県気仙沼市の気仙沼高校で英語リスニング試験が、リスニングに使うICプレーヤーが会場に届いていなかったことから二時間遅れで行われたという。受験生を早く帰して、リスニング試験だけを再度することは出来なかったのか。被災地の受験生のことを思い、なんだか、かわいそうな気がしてならない。ICプレーヤーを忘れるなど基本の基本であるはずだ。

☆「センター試験初日 気仙沼高で2時間遅れ リスニング 再生機送り忘れ」、「台湾総統 馬氏が再選 対中融和路線を継続」、「『ストレストは言い訳』 EUの原発安全専門家 変わらぬ基準を批判」、「伊の豪華客船「コスタ・コンコルディア号」(乗客約四千二百人、がイタリア中部のジリオ島付近で) 座礁事故 邦人42人 無事確認 船内騒然 飛び込む人も」

平成二十四年一月十四日
 みなさん注目の膨大な原稿量となった、いがみの権太「野球日記」の二稿出しに続き、このところは、ずっとある秘密の、人には言えない執筆にも挑んでいて正直、バタバタと時間ばかりが過ぎ去り、休む暇もなかった。
 でも、やっと原稿書きからも解放され、少しは落ち着いたのできょうの午後五時を過ぎて、元のペースが戻りつつある。とはいえ元のペースと言ったところで、会社勤めは昨年末限りで辞めているわけだし、これから自分のペースを作って行かなければ、とも思う。

 昨夜のラジオ、テレビニュースで既に知っている方も多いと思う。
 今月十一日午前十時四十分ごろに広島刑務所東側外塀を乗り越えて逃走していた受刑者李国林(四十歳)が、きのうの午後四時三十五分ころ、広島市西区天満町の路上で女性警察官に見つかり職務質問のうえ逮捕された。
 西区の小学校近くで警戒に当たっていた私服の女性警察官が交差点を渡る黒のニット帽に白い靴を履いた男を発見、特別手配中の李容疑者とよく似ていたため着ていた紺と水色のジャンパー胸部分に刺繍されていた日本人の名前で呼び止めると、男は「李国林です」と抵抗する様子もなくナイフを差し出し、「疲れた。何も食べていない」と日本語で応え、逮捕されたという。

 【きょうの1番ニュース】こすも・ここが何を思ってか、このところは連日、深夜から未明にかけて私の布団のなかに入ってくる。しばらく私と一緒にいるが、気がつくと知らぬ間に布団端の上布団の下で寝ているのである。
 こすもは、彼女なりに主人の私に遠慮しているのだろうか。一方のシロちゃんの方だが、彼女の場合はMが帰宅すると、決まってニャアオと透明感のある声でひと声鳴いて玄関先まで出迎える。そればかりか、朝も起床時間になると、決まって舞の布団の胸の辺りに座り込んで彼女を起こすのが日課だ。
 ということは、こすも・ここの主人は私で、シロの主人はMということか。Mに言わせると、こすも・ここの場合の主人は逆で私ではなくて、こすも・ここなのだ、というのだが…。

☆「改革推進『最強の布陣』 野田改造内閣が発足」、「長野・ニホンザルが温泉 地獄谷だけど極楽」、「『栄の丸善』ピンチ 6月めど退去、移転先未定」、「脱走54時間受刑者逮捕 広島刑務所2キロ小学校近く 逃走、窃盗容疑など」(14日付、中日朝刊)
 「<山・彩> 北岳(山梨県)冬空仰ぐ 白銀の峰(写真・文 小嶋明彦)」=白銀の北岳山頂を社機で旋回した。かなたには逆光でシルエットになった富士山が見えた。……=、「首相『普天間移設強行考えぬ』 地元理解重視に言及」「センター試験開始 福島志願者3・5パーセン減」、「乃木希典 深い自責の念 直筆の手紙札幌で発見 日露戦争指揮『戦死者多く』」(14日付、中日夕刊)

平成二十四年一月十三日
 野田改造内閣がきょうの午後、発足した。岡田克也前幹事長が副総理として入閣し、社会保障・税一体改革と行政改革の担当相を兼務することになった。ほかに、文部科学相に平野博文国対委員長を、防衛大臣には田中直紀元参院外交防衛委員長を、それぞれ起用。なかなか味な配置だといってよい。

 【きょうの1番ニュース】Mがボランティアで開業する「ミヌエット」とは道路一本を挟んだ喫茶に初めて2人で入った。大変な混みようで驚いた。それも女子会年代の女性ばかりが、コーヒーを前に「ああいえば」「こういう」といった感じで、それはそれはで満足そうであった。

☆「『太陽光予報』開発へ 気象データで発電予測 電力各社 普及に対応」、「エネ前次長を逮捕 インサイダー容疑 妻口座、200万円利益」、「タイガーマスク健在 日進の施設今年も“参上” 『子どもに夢を』 東海で善意広がる」、「浅田選手の著書 発売中止 宣伝方法で出版社と溝」(13日付、中日朝刊)
☆「野田改造内閣を発表 消費増税へ 態勢強化 『融和』決別 強行突破も」(13日付、中日夕刊)

平成二十四年一月十二日
 新聞報道によれば、「月の光が大気中の水蒸気に反射して淡く輝く『月虹(げっこう)』という珍しい自然現象の撮影に、沖縄県石垣市の石垣島天文台が成功した」という。ステキな写真はもとより、中日新聞1面の見出し「この橋 幸せ行き」も語感といい、とてもいい。

 きょうは新春恒例の宮中行事「歌会始の儀」が皇居・宮殿「松の間」で行われた。ことしのお題は「岸」だそうで、被災地へ思いをはせての歌会始となった。
 ここで天皇、皇后両陛下の歌を、この紙面で広く紹介させていただこう。
♪津波来し時の岸辺は如何なりしと見下ろす海は青く静まる(天皇陛下)
♪帰り来るを立ちて待てるに季のなく岸とふ文字を歳時記に見ず」(皇后陛下)

☆「『正恩氏 権力象徴に』 金正男氏が本紙にメール 世襲批判変えず」、「高2『原発避難者救おう』 岐阜発『100円募金』広がり 山形、広島…高校生の輪 全国へ」、『広島脱走 受刑者を特別手配 警察庁指定『オウム』以来』(12日付、中日朝刊)
 「被災地へ思いはせ 『岸』お題」「稲沢・国府宮の『儺追殿』 はだか祭舞台 建て替えへ 来年に半世紀ぶり」、「寒さ厳しく 名古屋、岐阜で冬日」(12日付、中日夕刊)

平成二十四年一月十一日
 きょうは、嬉しいニュースがある。
 カトマンズに住む、あのユウコ(長谷川裕子さん)から年賀状が、わが家に届いたのである。「明けましておめでとうございます。今年は伊神さんも輝かしい新しいスタートの年ですね。いつも応援していますので、私に何かできることがあればいつでもおっしゃって下さい。」とここまでは、いつもの彼女だが、ここからが違った。

 「ご報告が遅くなりましたが、昨年仕事のパートナーであるニルマニさんと結婚することになりました。4月に帰国しますのでまたお会いしたいです。早くネパールにも来て下さい。(Mt・EVEREST8848m)」というもので、彼女にとっては、とうとうエベレストの頂上を克服した、すなわち結婚に辿り着きました、ということなのである。
 そして。実は私は、このニルマニさんには日本で既にお会いしているのである。
 というのは、昨年、長谷川裕子さんがネパールの人たちの日本の大震災被災者を思う心が結集して集まった義援金を中日新聞社内の中日社会事業団に寄託しにわざわざ訪れた際に、ニルマニさんも同行してくださっていたのである。

 ところでボクは、あのやわらかで優しい目をしたハンサムな彼にお会いした瞬間に、ユウコはこの男と一緒になればいいのに。いや、もしかしたら既に結婚の約束をしているに違いない、とそう思ったが、私が睨んだとおり彼女は彼との国際結婚に踏み切ったのである。
 少し寂しい気もするが、彼女のこの先の幸せを思うと、とても嬉しくなりさっそく「おめでとう。ますますの飛躍を」とメールを打っておいた。もう一度、本当に心から、おめでとう!

 年賀状もそろそろ出尽くした感がある。
 でも、その中でも太田治子さんから届いた「伊神権太さま 何よりもごけんぴつをおいのりします」「孝信さま 舞子さま 何よりもお元気で」のお言葉が嬉しく、かつまた中日新聞輪島通信局長。・小塚泉記者の「記者になって24年になろうとしています。いえ支局長(この呼び方しかしっくりしません)から見ればトロッコのままかと思います。『その土地を愛せ』 支局長の言葉を心に刻んできました。基礎をつくっていただきました、たつ江さん(M、舞のこと) いつも遅い時間に電話して『今から帰ります』のひと言だけのためにごめんなさい ありがとうございました」には、涙がでてきた。

 またに日本ペンクラブ会員で作家の山名美和子さんからは「2月1日~埼玉新聞で『甲斐姫』連載が始まります。」。安宅夏夫さんからも「よいものを沢山書かないといけないですね! お互い頑張りましょう!!」と。

 【きょうの1番ニュース】ことし初めての横笛稽古で大須の家入師匠宅へ。「酒よ」と「さくら」をふいたが、途中、小太鼓の合いの手を頂いて感激、そればかりかお年賀にいつもの短冊形式のカレンダーまでいただいた。一月の言葉は「鶴千年 吾天年」。

☆「平田容疑者逃亡17年支え 自首の同居女(斎藤明美容疑者)を逮捕 元オウム信者、蔵匿容疑」「東北、大阪転々…仕事も名前も変え」、「震災10ヵ月 人絶えぬ写真保管所 面影きょうも捜す 集会へ持参/データベース化 NPОや社協など 返還に知恵絞る」、「<特報>『お母さん革命』進行 放射能から子ども守りたい 平塚らいてう先駆者 水爆実験に抗議 母親大会開く」、「東日本大震災復興支援『2011年の手紙チャリティーコンサート』 思い合う心 言葉に 『あなたの声を聞いた時、涙が出たよ』 ……」(11日付、中日朝刊)
 「JR西前社長に無罪 尼崎脱線事故 『予測可能性なし』 神戸地裁判決 安全対策を批判」、「岡田氏に副総理打診 首相与野党協議へ機能強化 あす三役会議」(11日付、中日夕刊)

平成二十四年一月十日
 いやはや、このところは昨年暮れの退職に伴う“あと処理”で振り回されている。きょうも、犬山の公共職業安定所に行かなければならないところを一宮の年金事務所に行ってしまい、久しぶりのマイカーの長距離運転と待ち時間で、まさに「想定外」の疲れた一日になった。

 昨年の女子ワールドカップ(W杯)で日本代表の主将として初優勝に貢献したMF沢穂希選手(三十三歳)=INAC神戸=が国際サッカー連盟・FIFAの二〇一一年世界年間表彰の女子最優秀選手に選ばれ九日、同女子の部最優秀監督に選ばれた佐々木則夫さん(五十三歳)とともにスイス・チューリヒでの受賞式に臨んだ。ともにアジア勢では初めての受賞だという。沢さんの着物姿がなんともステキだった。

 一方では愛知県美浜町の戸塚ヨットスクール訓練生がきのうの朝、スクール屋上から飛び降り自殺するなど、この世は相も変わらず悲喜こもごも、である。

 私は私で近く出版予定である野球日記の校正第二稿出しチェックをやっと終え、ホッとしたもののボリウムが多過ぎるので、さらに削らなければ、となかなか、かたが付かない。
 そんなところへ、劇団「希望舞台」の荻原ゆかりさんから電話が入ったが、あいにく車を運転中。ナントナク胸騒ぎがしたので、折り返すと、「いま江南の永正寺に来ています」とのこと。やはり、か。二十日過ぎにまた来ます、とのことだったので次回おいでの際にお会いすることにした。きょうは、まだまだ原稿と格闘中のため会うのは控えさせていただいた。

 別に天下の名女優のゆかりさんを嫌いになったわけではない。知りすぎた仲だが、あまりに突然過ぎる電話なので少し心のゆとりもほしい。劇団『希望舞台』のことは、いつだって心から思っているから。きょうのところは、ごめんネ! 。

☆「合格イワいたい 石巻に『落ちない岩』」、「千葉県代表で一位の市船橋主将・和泉選手(三重県四日市市出身) 三重県代表で二位の四日市中央工・国吉選手(千葉県鎌ヶ谷市出身) 主将地元と『激闘』 高校サッカー決勝 互いに敵地出身『負けられない』 声そろえ『このチームでよかった』」」、「大村知事 月給3割減継続 条例案提出へ 厳しい財政運営考慮」、「留学生2人殺害 任意同行中に容疑者自殺 (名古屋市)中区で発見後、捜査車内で」、「漂流船員引き渡し 日朝合意、中国経由帰国へ」(10日付、中日朝刊)
 「平田容疑者 同居女が出頭 元教団信者『大阪に14年間』」、「小沢氏『秘書任せ』 虚偽記入関与を否定 陸山会事件公判」(10日付、中日夕刊)

平成二十四年一月九日
 成人の日。東日本では多くの若者たちが涙の道を乗り越え、新しい人生への一歩を踏み出した。テレビで見るはたちの若者たちは、どの顔も光り輝いて見えた。
 さあ、行こう。負けるな!くじけるな! と私は心の中で拍手を送り、手を合わせた。この子たち一人ひとりに幸せが訪れますように、と。

 今は午前一時過ぎ。なんだか、やることが多過ぎて以前と少しも変わらない。と思っていたところに先ほど未明のメールが入ったので開いてみると、岐阜県下に住む知人女性からで「今晩わ! 明日の講座は出席ですか? 私は行きます。」の内容。心当たりがないけれど、と打ち返すと「ごめん、間違えてた。おやすみなさい」と昔とちっとも変わらない。

 それよりも、きょうは中日スポーツ1面の「生放送で言っちゃった 守道サプライズ!? 『開幕はマサ』」の記事が光っていた。中日・高木守道監督が八日、名古屋市中区のCBCで「サンデードラゴンズ」に出演し、今季の開幕投手について、生放送で「山本昌」と語ったというのだ。
 もし、これが本当ならば、ことしの開幕試合はドームが埋め尽くされるに違いない。「ファンと共に」をスローガンとする守道さんならでは、ファンが喜ぶこととマサさんの新たな決意と実力を買っての発言に違いない。
 この発言をみるだけでも、今シーズンの守道さんは大いに期待していい。果敢だ。マサ自身も、ことしは二ケタ勝利を狙うと、はっきり言っている(先日の中日スポーツ紙面)だけに、実現すればそれこそ、夢のファンサービスが実現することにもなる。

 元名古屋造形芸術短大学長の石黒さんから一冊の本「作らないで作れーある美術系大学体験記―」が千種川歩のペンネームで中部ペンクラブ事務局経由で私の元に送られてきた。題からして面白そうだ。さっそく読ませていただこう。

☆「新成人『強く生きる』 友よ忘れない 陸前高田 遺影抱き『一緒に』」「いつの日か故郷へ 石巻・雄勝地区 住民激減の町 再建願う」、「『困難にくじけてならぬ』名古屋財界人に 東郷平八郎 精魂の書 1915年 日露戦争回顧の世相下」、「二谷英明さん死去 81歳『特捜最前線』主演」

平成二十四年一月八日
 きょうも、丸一日を野球日記の校正で費やした。いやはや、二年分なので量が多いこともあって、意外と時間がかかってしまい、まだまだ明日一日はかかりそうだ。
 とはいえ、天気がよいため合間を縫って、Mと蒲団をベランダに干したり、スーパーへ一週間分の買い出しに行ったり、果ては「台所用品で買いたいものがある」というのでホームセンターにまで付き合わされたり…で一日がバタバタと過ぎていった。
 また、私の母がMの目のことを心配していたので「すっかり、治った」ことを証明するためにも、と和田の実家も訪れた。Mの目はその後、以前の二重瞼に替わりすっかり良くなっただけに、母も安心した様子だった。

 本日付の毎日新聞朝刊によれば、体一つで海に潜り貝や海藻を取る海女さんを自然との共生を体現するーとして海女漁を世界文化遺産に登録しようという動きが、日本の鳥羽志摩と韓国済州島の関係者の間で高まっている、という。志摩の海女さんについては、志摩通信部在任当時の二十代のころ、自発的に20回にわたって「海女その世界」を連載したことがあるだけに、大いに賛成である。

 大津の近江神宮では小倉百人一首の競技かるた日本一を決める第五十八期名人位、第五十六期クイーン位決定戦が行われ、永世名人の会社員西郷直樹さん(三十三歳)=東京都葛飾区=が挑戦者を退け十四連覇を成し遂げた。

☆「<通風筒> 宮城県気仙沼市の岩井崎で、今年の干支にちなむ竜のような松の木が話題となっている。今にも昇っていきそうな竜を見て、記念撮影をしたり拝んだりする人が増えている」、「<3・11の家族7> 3階建て ぼくの夢 4人の暮らし 願いかなわず」「生きる2人の分も 津波犠牲の友へ誓い 陸前高田の女性 きょう成人式 自責の日々越え」、「かるた名人V14クイーン8連覇 大津で決定戦」(8日付、中日朝刊)

平成二十四年一月七日
 きょうは一年間の無病息災を願う七草粥の日であり、私の妹の誕生日でもある。

 その七草粥の日に、Mは何を思ってかウールの着物に身を包んで新年最初の俳句大会に出かけていった。アッシーくんは当然ながら、素浪人の私。市福祉センターまでの送り迎えとなった次第である。ただ、正月早々の着物姿は、どこかしら、ピリリとして背筋も伸びたみたいで、なかなかいい感じだった。

 きのうの午前中、島根県隠岐の島沖合を漂流していた北朝鮮の小型船が気になる。小型船は木造船で三人の成人男性が乗船、ほかに成人男性の遺体一体もあったという。三人は「北朝鮮沿岸で漁業中、エンジン故障で流された。北朝鮮に帰りたい」などと話しているため、日本政府は「脱北」の意思はない、と判断。航空機で中国などを経由し帰還させたいとしている。いずれにしても、降って湧いた話であることに変わりはない。日本政府は彼らの要望を聞き、速やかに対応すべきである。

 きょうは、自室に缶詰めとなって、近く出版予定である“いがみの権太”の野球日記(仮称)の校閲に当たった。まともに掲載したなら千ページを軽く超すボリウムなので何より、一行でも多く削除することに努め、この作業はあすも丸一日かかりそうである。
 それはそうと、けさの中日新聞編集局デスク「カナリアと九官鳥」はなかなか、よかった。童謡「歌を忘れたカナリア」は、株取引にのめり込み、詩作や文学研究から離れた時期の西条八十本人のことだったと知るに及んで何かと考えさせられた。

☆「<雨ニモマケズ 3・11から> 自立する猟師に 浜の常識壊そう」、「原発『寿命』40年 法律で初の明記 改正案の概要発表」(7日付、中日朝刊)

平成二十四年一月六日
 きょうは、金曜日。とはいっても、出勤するという日常が消えたため、なんだかおかしなものだ。ただ、朝は普通どおりMの「ごはんよ」の声に起きることにしている。なんとなくメリハリがなくなった気がしないでもないが、そこは私自身の気の持ちようだ。というわけで、きょうは近く出版予定の「いがみの権太野球日記」(仮題)の最初の校正(一校)がわが家に届いたため、丸半日をかけ全体に目を通した。あす、もう一度念入りに読んで削るべきは、さらに思い切って削ることにしている。

 ところで、この野球日記。本欄でも毎日、欠かすことなく書き続けてきた経緯があるだけに、ドラゴンズのセ・リーグ連覇につながる平成二十ニ、二十三両年度の歴史的な記録ともいえる。
 そのまま本にしたなら、文庫本スタイルで軽く千百ページを超えるだけに、さてどうしてよいものか。編集者ともども迷っている。これまでにもだいぶ削りはしたが、まだ十分ではないので出来れば、あすいっぱいをかけバッサリと削りに削ろう、とも思っている。かといって、ドラゴンズファンの人々の心に残る重要なシーン、すなわち名場面を安易に削ることになってもいけない。思案投げ首といったところだ。

 このほか、きょうは午後、少し落ち着いたところで実家を訪れ九十一歳の母を近くの回転寿司に連れて行く、など素浪人にふさわしい親孝行な場面も。五月からの世界一周ピースボート乗船を前に、私が計画する世界の子たちから被災地への「言の葉流し平和のメッセージ」発信に当たって関係者への協力依頼を電話で始めるなど、やっぱり慌しい一日となった。

☆「小塚選手『うれしい』 中日体育賞贈呈式」、「昨年有感地震9723回 全国震度5以上最多68回 気象庁まとめ」、「今夏 名古屋で大規模国際学会 『日本語教育』在り方考える 国内外研究者や市民ら2000人」(6日付、中日朝刊)
 「『震災メモリアル公園』に賛否 『記憶残したい』自治体 『恐怖思い出す』被災者 気仙沼“陸の船”保存 国に要望」、「原発 寿命40年に 要件満たせば延長認める 法改正案」(6日付、中日朝刊)

平成二十四年一月五日
 素浪人。かつ無名・無冠作家の生活も毎日、それなりにやることがある。
 きょうはスーパーの文房具売り場へ。ここで新聞記事や文学作品の資料などを項目別に保存するためのファイルブック四冊を購入、回転寿司に寄って帰る途中にMにも少しだけお寿司を土産に届けた。
 ほかに彼女のかねてからの念願である三月十日出発の小笠原チャータークルーズの旅五日間の予約を申し込んだり、世界一周ピースボート・オプションの事前申し込みもするなど、一日があわただしく過ぎていった。

 合間には昨年一年をかけて執筆したものの、推敲などに手間取りアップが大幅に遅れていた小説「夢残照 淡墨桜巨大猫」をもう一度、念には念を入れて読み返し、公開寸前にやっとこぎつけ、今晩中には発表の運びに。一人でも多くの皆さまに読んで頂けたら、それこそ有り難き幸せです。

 【きょうの1番ニュース】最近、寒いせいか。愛猫のこすも・ここが連日夜、私の蒲団に入ってきている。昼なども、居座ったままだ。それでも彼女なりに遠慮はしているみたいで、上蒲団の下にもぐりこむーといった潜入法だ。私たちの大垣時代からの猫で、既に齢も十六歳を超えているだけに、出来るだけ彼女の思いのままにしてやりたい。私にとっては、もう一人の恋女房のようなものだ。

☆「特報<脱原発のココロ>福島事故 情報隠し、ウソへの怒り オノ・ヨーコさん(七十八歳) みんなで見る夢 現実になる どう解決 世界の問題」、「<3・11の家族4> 母に誓った皆勤賞 自問の末見つけた『答え』」、「<通風筒> 平安時代の王朝風俗を再現する『蹴鞠初め』が四日、京都市左京区の下鴨神社であった。」、「ひき逃げ容疑者を逮捕 天白署 男『身に覚えない』」「『事故現実と実感できた』 記憶障害の56歳被害男性」、「奥西死刑囚『今年は再審開始を』 毒ぶどう酒事件 面会の支援者に」(5日付、中日朝刊)
 「消えた古里 撮り続けて 宮城・亘理の大学生(東北学院大三年、森健輔さん) 震災直後から700枚 自費出版の写真集増刷」、「松平康隆氏 死去 バレー監督 ミュンヘン五輪『金』 81歳」、「童話の舞台 阿久比・権現山 40年ぶり無人カメラに姿 ごんぎつね 里帰り?」(5日付、中日夕刊)

平成二十四年一月四日
 例年なら勤務先の新聞社はじめ球団、ドームの年賀式に出て、神妙な顔をしてトップの話などを聴いているところだが。ことし、私は家でひとりだけの一日となった。(Mは早くからボランティアのリサイクルショップ「ミヌエット」に出かけていった)。
 それでも、きょうは昨年暮れの退任に伴う残務処理で郵便局に行ったり、あれやこれやとやることに追われた。Mが言うとおり「過去を振り返る」のじゃなくて、たとえこの先の人生が少ししかなくっても、前に向かって。そうだ! 未来に向かって歩いていこう、と思っている。

 郵便局のあとは本屋さんに行き、あらためて気になる本を購入、帰宅後は五月に乗船予定のピースボートのオプションによる寄港地ごとの旅先を選ぶのに、かなりの時間を費やした。

 【きょうの1番ニュース】東日本大震災の写真集二冊を、あくまでわが家の記録保存として購入。大震災の、あの悲惨な状況を自らの心のなかで、風化させるわけにはいかないからである。写真集は、これまでも新聞社在任当時に結構多くを見はしてきたけれど、やはり、わが家にも当然置いておくべきだ、と判断し二冊を購入した。

☆「<雨ニモマケズ3・11から> 原発手に負えぬ 元(女性)検事 風を追う」、「平田容疑者『国内で17年』 高橋容疑者らと接触否定 弁護士に話す」「電話10回、門前払い…たらい回しの出頭」、「東松島・大曲浜地区 伝統獅子 祈りの舞 保存会、存続へ奮闘」、「障害者の芸術活動支援 滋賀県が拠点設置へ 福祉や著作権一カ所で相談」(4日付、中日朝刊)
 「災害FM新年第一声 がんばっぺす宮古 祝いはお預け 日常伝え復興支える」、「首相年頭会見 『一体改革 先送りせず』 与野党協議 来週呼び掛け」、「岩手・大槌 新職員6人ら仕事始め 復興へ決意新た」、「『長久手市』が誕生 愛知県38番目」「★(広島の)原爆慰霊碑に塗料」(4日付、中日夕刊)

平成二十四年一月三日
明けまして
 おめでとうございます

  一花開いて天下春
  世界も日本も私自身も
  久しぶりにこんな年にしたいものです
 
 右は昨年、中日新聞社長に就任された小出宣昭さまからわが家に届いた、かけがえのない珠玉の一枚である。この通りで、ことしはすべての人がみな一花開くとよい。

 以下、ことしわが家に届いた年賀状から、私にとって、とても味わい深く、かつ印象に残った賀状の一部を独断と偏見にて抜粋させていただいた。=敬称略
☆「昨年は大地震、原発事故、欧州の金融危機、円高などにより日本中が閉塞感に覆われた一年でした。困難はまだ続くでしょう。しかし、先人も大きな苦難と取り組んだことに思いをいたし、くじけずに新たな一歩を踏み出したいものです。末筆ながら貴家のご清栄をお祈り申し上げます」(白井文吾)
☆キリスト教・ローマンカソリックを全世界に広めるため大航海時代を築き、十六世紀日本にまで渡来したポルトガル。その夢と栄光の跡をポルトからリスボンまで1千キロをドライブしながらスケッチしました。8月には福島・南相馬に津波のあとをたずね“旧約聖書・ノアの洪水”が物語ではなく現実であることを目の当たりにし、その思いを作品にしました(堀尾一郎)
☆(東日本大震災)津波地震北東振 放射能原発漏淪 一萬九千名死没 海沿港澳……  齢七十七にしての漢詩事始です 一層のご活躍を念じております(平山オサム)
☆「帰りはない。ゆっくり登ろう この山は」。80路の大台に乗った感想です。半分眠ったような人生ですが、よろしく。高木ドラゴンズの地元復古調、ちょっと心配ですね!(佐藤毅)
☆「永年のお勤め御苦労様でした。今後の御活躍心よりお祈り申し上げます。ファンクラブでは大変お世話になりました。感謝!!」(安江都々子)
☆お仕事ご苦労さまでした。あまり力になれずスミマセン。ドームがピカピカに保てるよう、願ってます。(加藤さやか)
☆伊神さんの夢、ぜひ叶えてくださいね。応援しています。(小林奈々恵)
☆「ヌレエフ」に続き「バッキンガム宮殿の日常生活」(文園社刊)を翻訳上梓致しましたので、お読み頂ければ幸いに存じます。(新倉真由美)
☆12月17日、額田王で有名な八日市で、短歌の賞(相聞歌)を頂きました。年末にうれしい出来事でした。本年もよろしく。「短歌研究」1月号にも、百人一首の中に、私の歌ものっています。これは又、別の歌です。(三宅雅子)
☆ドラ優勝おめでとう、なかなかお会いできないネ。また美味しいお酒飲みたいですね(池戸和久)
☆今年は新たな出発になりますように!!(小畠)
☆昨年もお世話になりました。結婚・出産と人生の転機となりました。今後ともよろしくお願いします(来島里奈)
☆「岬ゆたかの二〇周年記念パーティーディナーショー ☆五月一三日(日)七尾会場」
☆昨年は、命の、人の大切さを知りました。これからも、落合監督は人生の恩師。伊神さん、本当にお世話になりました。ここからの新たな出発をお祝い申し上げます。(原田禎知・幸子)
☆ホメラレモセズ・クニモサレズ・サフイフモノニ・ワタシハ…<「古希」の心境です>(苗村和男・千惠)
☆平成のノアの洪水うち襲ひ東北の街まち地獄と化しぬ(高井泉)
☆日本ペンクラブ電子文藝館に小説「アセボ峠」をアップしました。(木下正実)
☆「暖かな陽が射す年となりますように」 初めての東京を元気に楽しんでます。伊神さんはいよいよ悠々自適ですか。少し寂しいな。(加藤幹敏)
☆91歳を迎えました。子どもの集まりのお手伝いをして65年、全て感謝でいっぱいです。(三宅邦夫)
☆アメリカの9/11は、彼の国を愛国主義の炎に包みました。日本の3/11は、この世のはかなさ、人間の絆のぬくもりを私たちに改めて知らしめました。2012年元旦がこの国の曙光まばゆい、新しい旅立ちの朝になりますように念じるばかりです。(吉村信亮)
☆東北の被災者の粘り強い前向きな姿勢に力を得て、わが家も、まず今日やるべきこと、今やらねばならないことを実行することを決意しました。(桑原加代子)
☆万延元年、井伊直弼が桜田門外で水戸浪士に討たれた年に生まれた私の祖母は、小学生だった私にこう言い続けていました。「お前は『本辰』じゃ」と。(中略)その「本辰」は、祖母の願いも空しく、今や天に昇るどころか一歩一尺の歩幅で地を這いずり廻っている始末です。幸い頭と脚を除けばまだ「本辰」の残滓がいくらか残っているのでせめて祖母の享年(八十四歳)までは生きたいと念じております。(神戸幸雄)
☆お元気ですか。小生喜寿をこえてもまだ記者根性は健在のよう。福島原発事故が気がかりでスクラップブックも二十二冊目。筆は仕えませんが、心でブツブツ言ってます。(平山正幸・馨子)
☆「日本中が大変でした。今年はどんな年になりましょうか。精いっぱい汗をかいてお互いいい年に致しましょう。(伊藤玲輔)
☆2012年はドラゴンズファンクラブに親子で入会しました。(河嶋厚)
☆笑門来福 笑竜来勝 笑人来健 いい小説を期待しています。それにしてもファンクラブとドラゴンズはもう少し共同作業ができないもんですかね。(坂井克彦)
☆あけましておめでとうございます 元旦(田村新次・道子)
☆ドラファンが何を求めているか。ことし分かります(真能秀久)
☆ご文運祈ります。お元気で! (加藤延之)
☆『孫に語る新聞じいの戦後史』を執筆へ。(岩崎建弥)
☆少しでもお役に立てれば、光栄です!(校條真)
☆へこたれず あきらめず 我が道を進む 今年も精一杯頑張ります(島崎諭生)
☆今年は「ドラゴンズファン」&「伊神権太さんファン」の笠井家でいきたいと思っています!! 小説読ませていただきます!! お体気をつけてがんばって下さい。(笠井宏司、見枝子、日向多、翼、望見)
☆「お元気ですか。一度江南駅前で一杯やりますか! 」(樋口一春)
☆佳い仕事を期待しております。私は昨年は何度も救急車で運ばれ。体調悪く参っております。(最匠展子)
☆去年の3月10日 茨城の袋田の滝です。私たちは元気です。みんなが幸せな年であります様に願います(笹谷憲彦・芳枝)
☆弟が中日ドラゴンズにまたお世話になります。人生は感謝の連続です。(内藤洋子)
☆ひたすら穏やかな日々を念じ新年の御挨拶申し上げます(松原喜久子)
☆あと7年で定年。その後はフリーライターになろうか…。(白井康彦)
☆今月でやっと古希を迎えます。昨年はドラゴンズ優勝で何かと忙しかったでしょう(佐藤観樹)
☆正月はどうしているのかな(小宮寛治・きよ子)
☆「家庭菜園にゴルフ、結構多忙です。ことしこそ震災のない一年にしたいですね。(代島豊彦)
☆本年も何卒宜しくお願い申し上げます。(四辻秀紀)
☆身の丈をわきまえ、地域に寄り添って、放送局の使命を果たしてまいります。(前田明徳)
☆「三百文字小説」六年目。お世話になりました。(石井紀男)

 最後に関西の詩人・冨上芳秀さんの賀状をそっくり紹介させていただこう。

馬車
雪の降る寒い晩、夜更けに私の家の前にひっそりと馬車が止まった。どちらにいきましょうか。御者は低い声で私に尋ねる。未来へと私は少しためらいがちに言う。あなたの未来はもうあまりないのですが、と男は気の毒そうに答える。過去なら豊かな世界があります。ほら、あんなに楽しかった時間を再びあなたは味わえますよ。いや、未来へ行ってくれと私はきっぱりと迷いなく断言した。馬車はゆっくりと町を通り抜け、黄色い灯りを点して雪明りの荒野を走り出した。風は更に激しくなり、乱舞する雪が視界を閉ざした。しかし、未来を幻視する私の心は激しく燃えているのであった。  「梟通信」第三十六号 二千十二年 元旦
―以上、多くの賀状のなかから、紹介させていただいた(順不同)。どの賀状も魂の込もったものばかりだ。心から、ありがとう、礼を言っておきたい。
    ×     ×     
☆「<3・11の家族2> お弁当 僕の分まで 閖上の絆 復興の日信じて」、「愛知県 撤去から半世紀 昭和の水力 復活へ 自然エネのシンボルに」、「オウム元幹部 平田容疑者出頭、逮捕 逃亡17年特別手配 『教祖の死刑当然』」(3日付、中日朝刊)

平成二十四年一月二日
 昨夜、すなわち元旦の夜は長男夫妻がナゴヤアソシアホテルでMの還暦と私の退任を豪華な日本料理で祝ってくれ感激した。三男も同席し、最後にお祝い花まで贈られ、ホテルの部屋まで戻ったまでは、良かった。
 が、事件は、この後に起きた。

 元々お酒の飲めないMが、みんなに誘われるまま、ごくごく少量ながらお酒をちゃんぽん(白ワインや日本酒・八海山と宮の雪そして天狗舞に、キリンビール)で少しずつ飲んでしまったあげく、例によって愛用の眠剤(ハルシオン)を、それも眠れないからーといつもの一錠を二錠に増やして飲んだから、さあ大変。
 朝起きると目が腫れぽったくなってしまい、見ためにも少し心配な事態に(Mの担当医師からは、お酒を飲んだら、眠剤はのまないようにーとあれほど注意されていたのに、つい浮かれてしまい、そのことを私たちはうっかり忘れてしまっていた。いや私がついていながらうかつだった)。特に左目の方の腫れがひどく、正月早々、彼女の体調を心配しながらの一日となった。

 それでもMはそのまま私と江南の自宅に帰ったあとは、長男夫妻の手助けもありMの母と兄を家に招いてもてなし、これが終わると、今度は私の母の好きなニンジンご飯をこしらえて、今度は私の実家をみんなで訪ねて、九十一歳の母と談笑するなどしてくれた(これも、ニンジンを刻むなど長男の嫁の健闘が光った)。母は大喜びで返礼に甘酒をこしらえてくれ、長男と三男が一緒に電子レンジでお餅を焼いてノリを巻き、実家の畑で取れたというミカンをデザートがわりに楽しいひとときが過ぎていった。
 あとは大垣に住む次男坊が、この場にいたら最高なのだが。まっ、欲は言うまい。仕事で来れない、とあれば仕方ない。彼には彼にしかない素晴らしいスピリット、才能があるだけに、この先の飛躍を大いに期待している。何よりからだを大切にことしも元気で過ごしてほしい。これは私とMの正直な願いでもあるのだ。

 というわけで、たとえ、正月恒例のこととはいえ、私はMのからだが心配でたまらなかったが、いまはそんな重い一日がやっと終わり、ホッとしてこうしてデスクに向かっている。Mは洗濯をしているが、あまり無理するなーというのに、「何事もなかったような、顔をして」ただ黙々と家事をこなしている。
 でも、彼女の様子を見ていると、なんとか体調は戻りつつあり、あとはゆっくり今夜、十分休みさえすれば良くなる、いや、良くなってくれると信じている。

 名古屋都心のネオンをはるか眼下に、昨夜はMが「寝れない。寝れないわ。もう一錠飲んでみる」という傍らでフムフムとうなづきながら、私はNHKのBSプレミアムで松たか子さんナレーションによる柳田国男の遠野物語を見て聞き、東北地方に残る日本文化の奥深さに感心した。

 今夜はCBC向田邦子新春ドラマスペシャル“花嫁”「還暦間近の母親にまさか縁談? 向田邦子の名作で没後30年の今、家族のあり方を描く」をMとともに見た。泉ピン子、仲間由紀恵、小林稔待らの役柄のよさもあったが、正月に家族のあり方の一端を示すよい作品で、やはり向田邦子は違う、と感心した。
 そして画面を見ながら「最後はこのふたり、結婚しないのでは」という私にMは「違う。最後は結婚するよ。裏の裏を見なければ。あなた、いい小説は書けないよ」とまたまた、私に対するMの厳しい攻勢が始まった。
 果たして、最後は本当に彼女の言うとおりになった。でも、その分、一時は腫れあがっていた目の腫れが心もち引いてきたような気がする。何よりも早く回復してほしい。

平成二十四年元旦
 新年明けましておめでとうございます。さっそくわが家に届いた年賀状から抜粋すると。
♪全天をおおう星々 めぐりゆくさんてんいちいち つながりている(海部郡蟹江町、田中徹尾さん)
♪好きなこと好きに励みて年新た(伊勢市、井上博暁さん=海風さん)
♪木曽川の風を孕みて龍の凧(江南市、野村修三さん=奇詠さん)

 小牧市の牧すすむさん(ウエブ文学同人誌「熱砂」の同人)からは1夢を捨てない2毎日コツコツ3愛は行動4人には笑顔5いつも元気で6立派な竜(タツ)になるゾーッ! の至言をいただいた。
 そして都々逸の守護人である東京都台東区の吉住義之助さんからは次の一曲が。
―奮い辰歳 輝く日の出 みんな日本の 海と山(辰は起つ歳、龍の年。神話や民話の大スター。恐竜時代の存在者。高貴の瑞禅・天使の姿。But十二支ちゅうでタツだけは動物園におりません。出世を表す昇り龍。鳴滝上人滝に龍。浮き名辰巳のきれいどこ。江戸の火消しの龍土水。古い邦画の「花と龍」。……)
 ときました。

 では、皆みなさま。良い年になることを願って、それでは、きょうのところはここでオサラバいたします。

 【きょうの1番ニュース】「謹んで新年のご祝詞を申し上げます お蔭様で百歳で新年を迎えることができました。皆様方の温かいご支援の賜物と心より篤く御礼申し上げます」といった文面の年賀状が東京都渋谷区猿楽町の三鬼たかさんから届いた。たかさん、ことしも元気でお過ごしくださいね、いつまでも永遠に生きていてくださいーとは、私と妻Mの独り言でした。

☆「リニアの街 名駅大改造」、「<雨ニモマケズ 3・11から・1> 絆再び 仮設から 顔見えぬ都会 不安」、「<3・11の家族・1> 年賀状 笑顔せつなく 亡き両親の記憶 心温め」(平成24年1月1日付、中日朝刊)

平成二十三年十二月三十一日
 賀状書きに思った以上の時間を費やしてしまった。書いているうちに公平に全部書かなければという気持が起きてきたためで、つい先ほどの午後五時過ぎまでかかった。
 「あなた部屋の整理何も出来てないじゃない」と叱られながら、事前に刷る分を例年よりかなり少なくしたトバッチリを受ける破目に。結果的になんども郵便局やコンビニに走ってハガキを足しながらの賀状書きが続いた。

 私は、本日限りで新聞社の男ではなくなる。だから、賀状を出すのをグンと減らす覚悟でいたのだが。今年の賀状を一枚一枚見るうち考えをあらためることにした。おかげで、Mからは「いつまでかかってるのよ」と叱られ、ドタバタ劇さながらの大晦日になってしまった。

 というわけで、やっぱり賀状は七十歳までは丁寧に出そう、と思いを新たにしたのだが。でも、七十になって、また八十になっても考えが違ったら、それはその時、優柔不断でいこう。

 二〇一一年の私にとっての重大ニュースを左記に掲げ、ことしの人間日記を終えよう。
一、私が年内(きょう)で新聞社をやめる。昭和四十三年に入社後は記者ひと筋の道を歩み、退職直前の2006年3月から務めた中日ドラゴンズ公式ファンクラブも合わせると通算四十三年の記者生活だった。最後には皆さんに温かく見送られ、感謝のしようもない。
一、東日本大震災が起きてまもなく、休みの日を充て那須、郡山経由で被災地(福島県いわき市)に入ったが、惨状は目を覆うものだった。私は早朝、死の町同然と化した海沿いの町をただ黙々と歩いた。その後も、ファンクラブがKスタ宮城のドラゴンズ×楽天戦に、被災地に住む会員の皆さんをお招きした際、現地取材した帰りに仙台市若林区の壊滅地域をつぶさにみて回った。
一、記者時代にお世話になり通しだった小牧の社会福祉協議会長で県社協副会長、市善意銀行理事長だった勝野義久さんがことしはじめ、心不全で突然、逝去された。惜しいし悲しい。もう、会うことは出来ない。
一、六月一日満九十一歳となった母が誕生日を前に、車の運転を断念することになり車は廃棄処分に。兄の長男良一君が、十二月三日、ドラゴンズのV2パレードの日に名古屋市内で人前結婚式をあげた。お相手はキューピットのような有希さん。年上の女性である。
一、昨年、大手術を克服したMが日本海夕日俳句大賞に入選するなど数々の俳句大会で賞に輝いた。中日歌壇や俳壇にも投稿、採用されるなど、かつての冴えが戻ってきた。短歌、俳句雑誌にも「伊神舞子」の名前が載るようになり、この調子でやってほしく思っている。
一、昨年まで私が続けた名古屋市立大学非常勤講師を社の後輩(論説委員)にバトンタッチ、今度は名古屋経済大学短期大学部でメディア論について講義。メディア・リテラシーなどについて話したが、学生は皆真剣に聞いてくれた。
一、夏休みで下呂へ。近場の下呂には不思議に一度も行ったことがないことを知った長男夫妻が気をきかせて招いてくれた。
一、十一月十一日。Mと名古屋港に停泊中のオセアニックス号の船内を見学。来年五月から世界一周のピースボートに乗るためだ。私は二人で乗るつもりでいたのに彼女は「一人でなければ、いい作品は書けない」と私を敢えて突き放し、精神面で応援してくれるという。
一、私が小牧通信局に在職当時に全日空の広報担当だったH氏と久しぶりに再会。彼はハワイを拠点に観光事業を成功させ、現在は中国市場の掘り起こしに懸命である。これからは互いに助け合って行くことになった。
一、ドラゴンズのV2優勝パレード当日―パレードに出発する前にオープンカーの横にいた私の姿が浅尾投手らと一緒にテレビに大映しになったという。ファンクラブの会員らから何度も言われ、恥ずかしい限りだった。
一、私が年内に辞めることもあって、中ス総局とファンクラブ事務局の心遣いでブランコ選手への10月度の月間MVPのプレゼンターの大役を任されたり、ウエブ文学同人誌「熱砂」の同人仲間である詩人牧すすむさんがもう一つの顔である大正琴の琴伝流弦洲会会主として琴伝流大師範の中でも最高位の「上席大師範第一位」に認定され三十万門下のトップになったり、私も中部ペンクラブの秋の文学散歩のコースづくりに一役買わせていただくなどした。また大津支局長時代から関わってきた滋賀県の同人誌「くうかん」四十一号も眞鍋京子代表らの努力と情熱で無事、誕生。

―というわけで、話題に事欠かない一年でした。むろん、「熱砂」の仲間たちも編集長のホワイト好子さんはじめ、牧さん、真伏善人さん、加藤行さんらそれぞれが超多忙のなか、全員が一歩一歩、前に向かって進み、大きな力を蓄えつつあり、うれしい限りである。

 ことしは、東日本大震災が起き、日本中が“悲しみの海”を生きる年となった。そんな中でプロ野球をはじめとしたスポーツが、人々にどれほどの勇気と希望、元気を与えてくれたことか。私はスポーツの果たす役割の大きさを実感した。ここで、あらためて叫びたい。「みんな、前を向いて、前に向かって歩いていこうよ」と。
 いまテレビでは「あしたを歌う」をテーマに恒例のNHKの紅白歌合戦が流れている。ことしは東日本大震災の影響か、出演する歌手の一人ひとりの面持ちが、どこか違う。東北の人々は、この画面をどんな思いで見ていることだろう。それを思うと胸がつまる……

 それでは、皆さん。また来年。
 あっ、そうそう。ことし一年をかけ、仕事の合間に何度も何度も推敲し書き直してきた小説「夢残照 淡墨桜巨大猫」がやっと完成しました。アップは来年早々にさせてもらいます。いま少しお待ちください。

 【きょうの1番ニュース】軽い笑いの気配で彼女は立ち上がる。千晶を回り込むように歩いて出口に向かうとき、目が合った。(31日付、毎日朝刊、「マルセル」から)
―私が新聞記者を閉じるその日に「マルセル」(毎日連載小説、高樹のぶ子作)の主人公・千晶は母花子に会い、明るく別れて完結した。これも何かの因縁だろう。
 高木さん、お疲れさま。十年ほど前、滋賀の文学散歩であなたには大変、お世話になりました。あのとき「デスク長って、新聞記者って。何をするのですか」とあなたに問われた新聞記者こそ、私(当時、中日新聞編集局デスク長、元大津支局長)、すなわち伊神権太です。これからも、いい作品を残してください。期待しています。

☆「石巻で希望を込めて 復興を願う鐘」(NHK午後九時のニュース)、「希望胸に『来年こそ』 宮城・山元 漁再開へ 一隻を20人が共有 全壊神社 支援受け正月準備」、「<ふくしま作業員日誌> 35歳の男性 正月も家族に会えず(聞き手・片山夏子)」、「一本松の後継樹 桜と交換へ 『奇跡』名古屋で続く 河村市長 陸前高田と絆育てる」(31日付、中日朝刊)

平成二十三年十二月三十日
 午前中、年賀状を延々と書き続け、昼からはMと連れだってMのお父さん、次いで私の父の順で墓参りした。墓参りというよりは、お正月を前に花を供えるのが目的だったが、私の父の墓の方は、母が花を供えにきた直後で花を足す程度にしておいた。
 お墓では、寒さのなか、多くの人が訪れていた。墓参りのあとは、実家へ寄って母とふたこと、三言交わして帰宅し、またまたデスクに向かって年賀状の宛名書きに追われた。

 お墓に行く途中、いつものスタンドで持参した缶ふたつに灯油を入れてもらい、車の燃料も満タンにしてもらったが、スタンドはお正月を前にすごい混みようだった。町の桃源通りなどのメーンストリート沿線には日の丸の旗が掲げられ、それだけで厳粛な気持ちになる。
 そういえば、能登半島にいたころ、七尾の一本杉通りにも日の丸が掲げられていたっけ。あのおごそかで静かな光景には、正直言って不思議な感じがしたものだ。だが、まさか木曽川河畔の私のふるさと江南でも毎年、こうして日の丸が掲げられているとは。なんだか、チョッピリ嬉しく、誇り高い気がしてきた。

 宮城県南三陸町できのう開かれた地元の海産物を販売する年末恒例の「おすばで復興市」。ここに実に三万人が押し寄せた、という。「おすばで」とは、タコやイクラなど酒のつまみを意味する三陸地方の方言で、おせち料理の代わりに「おすばで」を食べて年末年始を過ごす家庭が多い。中には震災で離ればなれになった近所の人と偶然会えたケースまであったという。

 【きょう1番のニュース】けさの中日新聞軟派(社会面)トップによれば、名古屋学芸大の学生たちが、福島第一原発の事故で福島県双葉町から愛知県安城市に避難、その後、愛児にも恵まれた大沼勇治さん(三十五歳)と妻せりなさん(三十六歳)の姿を追ったドキュメンタリー映画を制作した、という。
 大沼さん夫妻といえば、中日ドラゴンズ公式ファンクラブが中日社会事業団の協力を得て九月二十三日に被災家族をナゴヤドームに招待した際、たまたま取材させていただいたご夫妻だけに、なんだか映画化が身近なニュースに思われ、夫妻が元気で日々を過ごしておいでになるな、と思い嬉しくなってきた。
 映画は慣れない土地での生活と長男の誕生、警戒区域に指定された故郷への一時帰宅の様子などを生々しく追った作品だというが、この試みが被災地の方々にとって、ひと筋の光りとなればよいな、と心から願う。

☆「<虹 いま寄りそう> 避難家族の日常撮った 名古屋学芸大学生が映画 長男誕生や一時帰宅 海外出品を計画」、「消費税14年4月8パーセント 15年10月に10パーセント 半年先送り首相が提案 民主党案を決定 議員定数削減を前提に」、「漂流がれき日米協議へ 海洋汚染処理めぐり 来春にもハワイ到達」、「(帰省ラッシュで)ふるさとへ途切れぬ光」

11年12月30日

ウェブ作品集

伊神 権太

実録随想「残り花」

平成二十四年一月十九日
(この日記はアタイ=こすも・ここ=が、お父さんの「私」になりきって書き進めています。ごくごく、たまにアタイそのものが突然、出てくることがあります)

  『ねぇ~』   こすも・ここ
 

    『なぁに』  シロ

平成二十四年一月十九日
 何もないようで毎日いろんなことが起きる。
 野球日記の本の出版に当たって、あれこれをお聴きしようと三重県在住の編集者Fさんに電話したところ、携帯電話に奥さまが出られて「昨年十一月に倒れ、いまは四日市市内の療養センターに入院中です。近くリハビリに挑むことにしています」の返事。失礼な電話をしてしまったことが悔やまれ「お大事になさって」というほか、どうしようもなかった。
 彼は優秀な、かつて話題になった「一リットルの涙」生みの親でもあり、私たち有志による同人誌「熱砂」が、まだ文庫本だったころの同人の一人。現在は、フリーの編集者として活躍され、私にとっては、ことあるごとに相談を求める頼りがいのある先輩でもある。
 その彼が病気療養中だなんて。早くよくなってほしい、Fさんなら、不屈の精神で立ち直ってくれるものと信じたい、いまは祈るばかりだ。

 その一方で、きょうは嬉しい便りが届いた。
 私とは旧知の間柄で、大阪文学学校で詩を長く教えられ、95年のエジンバラ演劇祭、96年の世界詩人会議など数々の詩の祭典に参加、2002年には日本現代詩人会議から「先達詩人顕彰」を受け、朗読詩の旗手でも知られる、日高てるさんからだった。てるさんは、九十を超す高齢でもあり、このところは外出する機会もめっきり少なくなったと聞いていただけに、心配していた。
 その日本の詩人、日高てるさんからの突如の頼りだっただけに、嬉しかった。<てる>の刻印入り年賀はがきで大和高田市のご自宅からで、ひと足遅れの賀状には「伊神権太様 じゅうおうむじんに御活躍なされますように.・祈りつつ。」(原文通り)と渾身の筆で書かれており、感激した。てるさん! ことしも、よろしくお願いしますよ。ガラス麦、今宵は美しゅうございます、など。<てる>さんの詩は、いつだって僕の胸の中で生き続けていますから。元気でお過ごしください。
 そのうち、突然お伺いしますから。待っていてください。

 【きょう1番のニュース】ドラゴンズ公式ファンクラブの十一万会員と、ドラゴンズ選手のお母さんでもある安江都々子さん(八十一歳)=北名古屋市在住=にお会いしてきた。最近、入院されていただけに心配していたが、その美しさは、どこまでも変わることなく安心した。うどんやでボクは天丼(ごちそうになってしまった)、彼女はうどんを食べながら、あれやこれやと積もる話を語り合ったが、安江さんと話をしていると心が満たされる。安江さん! ことしもドラゴンズのこと、くれぐれもよろしくお願いします。

☆「センター試験 再試験 最多の3886人 配布ミス 全員が対象」、「ストレステスト 大飯原発『安全性を確認』3、4号機 保安院が初判断」「汚染石 1000カ所近く使用? 福島、流通先の特定難航」、「<海外だより> 子ども雑誌付録の苗 年輪に古き良き思い出」(19日付、中日朝刊)
 「猟師町復興 背押す学生 滋賀県大生ら毎月 南三陸へ 小屋建て交流、ネット発信」、「ダルビッシュ6年46億円 レンジャーズ入団決定」「<大波小波>不機嫌な芥川賞作家」(19日付、中日夕刊)

平成二十四年一月十八日
 第百四十六回の芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考委員会が昨日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれ、芥川賞にに円城塔さん(三十九歳)の「道化師の蝶」(群像七月号)と、田中慎弥さんの「共喰い」(すばる十月号)が、直木賞には葉室麟さん(六十歳)の「蜩ノ記」(祥伝社)がそれぞれ選ばれた。

 きょうは岐阜県下のある町へ。新鵜沼駅からは名鉄をJRに乗り換えて普通列車で行った。まだまだ公には出来ないため、本日のところは、これ以上の言は控える。それだけ、大切にしたい何かが、その町に潜んでいるからである。帰りは、江南駅近く立ち飲みやさんで、熱燗をいっぱいひっかけ帰った。
 ほかにも、帰宅後にいろいろあったりしたが本日のところは、これ以上は慎ませていただこう。ただ、いろんなことを勉強させられた一日だった。ありがとうと礼を言っておきたい。

 東京では雨なしが三十四日も続いているという。

 【きょうの1番ニュース】野球日記の出版に先がけ、岐阜県下の、その町を訪れ、なんといっても皆さまの親切で温かい心に感激した。やはり、人間社会は人と人とのつながりだな、と直感した。(これだけでは、チンプンカンプンでしょうが、まだ公にするには早すぎるため沈黙しておきたい。)

☆「三重・斎宮跡で出土 最古平仮名いろは歌 女官手習い? 平安期の土器片」「最古『いろは歌』 平安女性 教養にほふ 斎宮の文化レベル裏付け」、「阪神大震災17年 3・11発生時刻に黙とう 東北と心ひとつ」、「長良川河口堰 開門調査『国と議論を』 愛知県 有識者会議が報告書」(18日付、中日朝刊)
 「東大、秋入学移行を提言 中間報告 入試は春を維持」「名古屋市 新年度も陸前高田支援 両市長合意 一本松の苗と桜 交換」(18日付、中日夕刊)

平成二十四年一月十七日
 きょうは私の方が江南市内のいつもの歯医者さんへ。
 数年前に治療していただいた奥の上義歯(入れ歯)とつなぐ上の前歯4本(いずれも被せもの)が、ここにきてナントナク外れてしまうような、そんな予感と心配があるからだ。歯科医の診断は案の定、4本とも歯はほとんどなくなってしまっており、被せものの歯が肉の部分と辛うじてひっついている、のが現状で被せものがポロリと外れてもおかしくない、とのこと。

 ボクは画像を見せられながらの説明にも納得いかないままで「先生は被せものの歯は、ぐらぐらだから抜いてその部分は入れ歯にした方がよい、と言われても自分的には、まだ固定していて持ちそうに思う。抜きたくない」と抵抗こそしたものの、歯の模型を手に歯科技工士の女性にいつポロリと外れても不思議ではない現状を親切かつ丁寧に説明されると、それ以上の抵抗は無理だと判断。二十四日に抜いてもらうことにした。
 私は「自分の歯が4本ともメルトダウン(炉心溶融)する寸前なのだから仕方がない。」と思う一方で「昔は白い前歯が自慢だったのに…。とうとう、そういう年になったのだ」と思うとなんだか、侘びしさでたまらなくなった。あ~あ。人間たちは、年が重なるにしたがって、こんな具合に一つひとつ大切なものを容赦なく奪われていくのだな、っと、あらためて思う。まだまだ若い気でいるのに…

 朝、Mが「新聞受けに朝刊と一緒に入っていた。日比純子さんからよ」と遅い賀状が届いたと言うので自室に行くと、私のデスクに確かに日比さんからの一枚が置かれていた。「謹賀新年 平成二十四年元旦」の横の空いたスペースに「すっかり御無沙汰。ご容赦下さいませ。伊神さまが中日サンデー版に(夫で今は亡き柳家小三亀松の都々逸人生を)記載してくださった事。感謝しております。」とあった。それにしても、わが家への手紙やハガキが夜の間に郵便受けに入れられていることが最近、よくある。
 これは、いかなることなのか。夕刊取り出しの時には入っていないのに。この町には、もしかして真夜中の郵便配達人がいるのだろうか。

 まっ、それは別にして年賀ハガキからは、日比純子さんの元気そうな笑顔が推察され、嬉しくホッとしたのである。日比さん! 小三亀松さんは居なくても、みんなの心のなかに生きておいでなのだから。ことしも負けないで元気でお過ごしくださいね。

 【きょうの1番ニュース】これからはMがボランティアの仕事がある日は、どこか適当なところに昼食に出ることとし市内へ。曼荼羅寺の近くに創作料理の店「さくら」の暖簾がかかった洒落たお店があったので入ってオムレスを注文、これがなかなかおいしかった。探せば、よい店はあるものだ。第一、名前がいい。

☆「祈る心 阪神へ 東北へ きょう1・17から17年」「福島原発事故 放射能予測 先に米軍へ 文科省提供 住民へは9日遅れ」、「『B―1』(=二〇一三年秋に開かれるB級ご当地グルメの祭典、B―1グランプリ大会の開催地に、いなり寿司でまちおこしを進めている愛知県豊川市が選ばれた) 豊川で味わって 来年の開催決定」、「仮設の高齢者らに『生活不活発病』 外に出ない だから心配 長寿研部長・南三陸町調査 環境変わり、することなく『体動かして』」、「日の丸・君が代訴訟 減給以上『慎重に』 最高裁初判断 2人処分取り消し」(17日付、中日朝刊)
  「子供と大震災/大津波 僕らはこう生きた(高さ十五、六メートルもある大津波に襲われながら全校児童百八十四人全員が助かった釜石小学校の場合。そこには防災教育の徹底があり、津波てんでんこ避難は、自分の身は自分で守るーという日ごろからの親子間の信頼関係があればこそ、出来たことだった)」(17日、NHKクローズアップ現代から)
 「『阪神』から17年 大震災 教訓受け継ぐ 東日本 ともに祈る」「阪神大震災17年 つながる800キロ 負けねえぞ 陸前高田から神戸へ 感謝ささげる」「石巻では光の『絆』」(17日付、中日夕刊)

平成二十四年一月十六日
 Mは午前中、歯医者に行ったあと、バロー内にある携帯電話案内所へ。いま使っている携帯電話が古くなったため、買い替えるとのこと。自分で必要な機能だけをセットしてもらい、それ以外には、ごちゃごちゃとはしない使い勝手のいいシンプルなものにするのだ、という。
 ただ、ツィッターだけは出来るようにしてもらう、とのこと。そろそろ私も、とは思ってはいるが、その気になればいつでも買い替えられるからーといった安心感がどこかにあって、なかなかその気にはならない。

 ただ今度替える場合は、当然スマートフォンにしようとは思っているのだが。いま、流行のスマホも内心、どこかで気に入らないところがある。それは、なぜか。なんだか“1文文士”が手にするにはあまりにも軽くて、かつ幼稚じみた気がするからかもしれない。電車の車内などで大の大人が画面をチャラチャラ動かしている姿を見ると人間も地に墜ちたものだと思う。あれは、成長しきれない大人どものオモチャではないか、と思ってしまう。

 きょうは、昨日に続きことしに入ってからの新聞の整理と、ことしわが家に届いた年賀状の最終チェックと読み直しに追われた。なかに富山の作家青木新門さんから届いた「迎春 2012年 元旦 ありがとうございますnamo amitaabha 合掌 青木新門」の一枚が目に止まった。
 そこには新しいホームページ「新門日記」として、日記のアドレスも記されていたので私はさっそくそれを開き、読ませて頂いた。あの新門さんが正月早々から、お酒を自制して禁煙されている、と書かれていたのには驚かされた。

 新門さんといえば、近年は「納棺夫日記」ですっかり売れっ子の作家になられてしまったが、私のなかでは、お酒が大好きな、ロマンチックで、女性に大変甘い、そんな陽気な詩人かつ仕事熱心な実業家というイメージのままである。デ、お酒を飲まない新門さんなんて、最近はやりの偽者だと断定し、これだけは続行するようにーとメールを打ち懇願した次第。新門さん、原稿よりも健康ですぞ。

 このほか、わが家の愛猫こすも・こことシロがそろって、私に得意のポーズを取ってくれないので苦労した一日となった。写真は近く出版予定である、いがみの権太の「笛猫野球日記」の表紙とカバーに使うためである。こすも・ここ、については数日前に素晴らしい写真を撮りはしたものの、耳が切れているため再度、挑戦状態が続いている。

 【きょうの1番ニュース】午前中、一宮の小料理屋「小太郎」さんの大女将、相宮よね与さん(八十八歳)と久しぶりに電話で話ができ、近く食事をしましょうよーと約束したこと、そして午後は(いや、夜は)たった今、NHKEテレで「極める! とよた真帆のネコ学 気まぐれの秘密▽ネコの心を探る」を見たことか。わが家には、こすも・こことシロちゃんがいるので大変に参考になったのである。万人に共通した、なかなか良い番組であった。

☆「故郷捨てられぬ/ペット世話 11人 警戒区域に残る 福島」、「国会議員給与 削減へ」「岡田副総理『8パーセント以上』 公明協力」、「福島・二本松 新築マンションで高線量 昨夏完成 基礎に浪江の砕石」、「(岩手県大船渡市三陸町の)仮設に幸せの使者=秋田のなまはげに似た奇祭「スネカ」=(16日付、中日朝刊)
 「傷癒えぬ(宮城県石巻市の)氏神様 氏子も被災『支援頼めない』 居住制限地域…再建も不透明」「被災3県 210社被害」(16日付、中日夕刊)

平成二十四年一月十五日
 先日アピタで買い求めたファイル数冊に、新聞を整理しながら▽文学・大震災関係▽世界の国々…など各ジャンル別に整理し、ひと息ついたところで例によってMの買い物のアッシーくんを務め、ついでに私の母のところに顔を見せた。
 母はテレビで女子駅伝の都道府県別大会を見ていたが、女子ランナーが寒風をついて京都大路を駆け抜ける姿をみて感動した面持ちで、「みんな、よく頑張ってるね」の弁。

 ファイルに閉じるため、新聞をあらためてチェックしていて気がついたが、きのう(14日)付の中日スポーツ紙に野球殿堂入りの話が載っていた。
「野球殿堂入りを決める野球体育博物館の表彰委員会は13日、競技者表彰のプレーヤー部門として、“炎のストッパー”故津田恒実氏=プロ野球・広島の元投手。32歳の若さで亡くなった=と、通算213勝を挙げた“精密機械”北別府学氏(54)の殿堂入りを発表した。」というもので、見出しは「炎のストッパー 故・津田さん殿堂入り 命日に表彰式 北別府氏と同時」というものだった。

 【きょうの1番ニュース】新聞をチェックしていて分かったが、昨日(14日付)の中日新聞第二社会面に★特報部報道に大賞、という一段見出しが目にとまった。
 東京新聞(中日新聞東京本社)特別報道部の「福島第一原発をめぐる特報面などの一連の報道」が新聞労連の「第十六回新聞労連ジャーナリスト大賞」に決まったというのだ。日ごろの前向き、かつ被災地に寄り添った積極的な紙面展開を見ていて、すなおに「なるほど」と思い喜んで良い。特報部は出田阿生記者ら皆、本当によくやっている。
 この大賞は「平和・民主主義の確立、言論・報道の自由などに貢献した記事を表彰する」というもので、琉球新報編集局の「米軍普天間飛行場返還・移設問題をめぐる沖縄防衛局長による不適切発言の報道」も受賞に輝いた。

 きのうから始まったセンター試験。朝刊によれば、東日本大震災の影響で臨時試験場となった宮城県気仙沼市の気仙沼高校で英語リスニング試験が、リスニングに使うICプレーヤーが会場に届いていなかったことから二時間遅れで行われたという。受験生を早く帰して、リスニング試験だけを再度することは出来なかったのか。被災地の受験生のことを思い、なんだか、かわいそうな気がしてならない。ICプレーヤーを忘れるなど基本の基本であるはずだ。

☆「センター試験初日 気仙沼高で2時間遅れ リスニング 再生機送り忘れ」、「台湾総統 馬氏が再選 対中融和路線を継続」、「『ストレストは言い訳』 EUの原発安全専門家 変わらぬ基準を批判」、「伊の豪華客船「コスタ・コンコルディア号」(乗客約四千二百人、がイタリア中部のジリオ島付近で) 座礁事故 邦人42人 無事確認 船内騒然 飛び込む人も」

平成二十四年一月十四日
 みなさん注目の膨大な原稿量となった、いがみの権太「野球日記」の二稿出しに続き、このところは、ずっとある秘密の、人には言えない執筆にも挑んでいて正直、バタバタと時間ばかりが過ぎ去り、休む暇もなかった。
 でも、やっと原稿書きからも解放され、少しは落ち着いたのできょうの午後五時を過ぎて、元のペースが戻りつつある。とはいえ元のペースと言ったところで、会社勤めは昨年末限りで辞めているわけだし、これから自分のペースを作って行かなければ、とも思う。

 昨夜のラジオ、テレビニュースで既に知っている方も多いと思う。
 今月十一日午前十時四十分ごろに広島刑務所東側外塀を乗り越えて逃走していた受刑者李国林(四十歳)が、きのうの午後四時三十五分ころ、広島市西区天満町の路上で女性警察官に見つかり職務質問のうえ逮捕された。
 西区の小学校近くで警戒に当たっていた私服の女性警察官が交差点を渡る黒のニット帽に白い靴を履いた男を発見、特別手配中の李容疑者とよく似ていたため着ていた紺と水色のジャンパー胸部分に刺繍されていた日本人の名前で呼び止めると、男は「李国林です」と抵抗する様子もなくナイフを差し出し、「疲れた。何も食べていない」と日本語で応え、逮捕されたという。

 【きょうの1番ニュース】こすも・ここが何を思ってか、このところは連日、深夜から未明にかけて私の布団のなかに入ってくる。しばらく私と一緒にいるが、気がつくと知らぬ間に布団端の上布団の下で寝ているのである。
 こすもは、彼女なりに主人の私に遠慮しているのだろうか。一方のシロちゃんの方だが、彼女の場合はMが帰宅すると、決まってニャアオと透明感のある声でひと声鳴いて玄関先まで出迎える。そればかりか、朝も起床時間になると、決まって舞の布団の胸の辺りに座り込んで彼女を起こすのが日課だ。
 ということは、こすも・ここの主人は私で、シロの主人はMということか。Mに言わせると、こすも・ここの場合の主人は逆で私ではなくて、こすも・ここなのだ、というのだが…。

☆「改革推進『最強の布陣』 野田改造内閣が発足」、「長野・ニホンザルが温泉 地獄谷だけど極楽」、「『栄の丸善』ピンチ 6月めど退去、移転先未定」、「脱走54時間受刑者逮捕 広島刑務所2キロ小学校近く 逃走、窃盗容疑など」(14日付、中日朝刊)
 「<山・彩> 北岳(山梨県)冬空仰ぐ 白銀の峰(写真・文 小嶋明彦)」=白銀の北岳山頂を社機で旋回した。かなたには逆光でシルエットになった富士山が見えた。……=、「首相『普天間移設強行考えぬ』 地元理解重視に言及」「センター試験開始 福島志願者3・5パーセン減」、「乃木希典 深い自責の念 直筆の手紙札幌で発見 日露戦争指揮『戦死者多く』」(14日付、中日夕刊)

平成二十四年一月十三日
 野田改造内閣がきょうの午後、発足した。岡田克也前幹事長が副総理として入閣し、社会保障・税一体改革と行政改革の担当相を兼務することになった。ほかに、文部科学相に平野博文国対委員長を、防衛大臣には田中直紀元参院外交防衛委員長を、それぞれ起用。なかなか味な配置だといってよい。

 【きょうの1番ニュース】Mがボランティアで開業する「ミヌエット」とは道路一本を挟んだ喫茶に初めて2人で入った。大変な混みようで驚いた。それも女子会年代の女性ばかりが、コーヒーを前に「ああいえば」「こういう」といった感じで、それはそれはで満足そうであった。

☆「『太陽光予報』開発へ 気象データで発電予測 電力各社 普及に対応」、「エネ前次長を逮捕 インサイダー容疑 妻口座、200万円利益」、「タイガーマスク健在 日進の施設今年も“参上” 『子どもに夢を』 東海で善意広がる」、「浅田選手の著書 発売中止 宣伝方法で出版社と溝」(13日付、中日朝刊)
☆「野田改造内閣を発表 消費増税へ 態勢強化 『融和』決別 強行突破も」(13日付、中日夕刊)

平成二十四年一月十二日
 新聞報道によれば、「月の光が大気中の水蒸気に反射して淡く輝く『月虹(げっこう)』という珍しい自然現象の撮影に、沖縄県石垣市の石垣島天文台が成功した」という。ステキな写真はもとより、中日新聞1面の見出し「この橋 幸せ行き」も語感といい、とてもいい。

 きょうは新春恒例の宮中行事「歌会始の儀」が皇居・宮殿「松の間」で行われた。ことしのお題は「岸」だそうで、被災地へ思いをはせての歌会始となった。
 ここで天皇、皇后両陛下の歌を、この紙面で広く紹介させていただこう。
♪津波来し時の岸辺は如何なりしと見下ろす海は青く静まる(天皇陛下)
♪帰り来るを立ちて待てるに季のなく岸とふ文字を歳時記に見ず」(皇后陛下)

☆「『正恩氏 権力象徴に』 金正男氏が本紙にメール 世襲批判変えず」、「高2『原発避難者救おう』 岐阜発『100円募金』広がり 山形、広島…高校生の輪 全国へ」、『広島脱走 受刑者を特別手配 警察庁指定『オウム』以来』(12日付、中日朝刊)
 「被災地へ思いはせ 『岸』お題」「稲沢・国府宮の『儺追殿』 はだか祭舞台 建て替えへ 来年に半世紀ぶり」、「寒さ厳しく 名古屋、岐阜で冬日」(12日付、中日夕刊)

平成二十四年一月十一日
 きょうは、嬉しいニュースがある。
 カトマンズに住む、あのユウコ(長谷川裕子さん)から年賀状が、わが家に届いたのである。「明けましておめでとうございます。今年は伊神さんも輝かしい新しいスタートの年ですね。いつも応援していますので、私に何かできることがあればいつでもおっしゃって下さい。」とここまでは、いつもの彼女だが、ここからが違った。

 「ご報告が遅くなりましたが、昨年仕事のパートナーであるニルマニさんと結婚することになりました。4月に帰国しますのでまたお会いしたいです。早くネパールにも来て下さい。(Mt・EVEREST8848m)」というもので、彼女にとっては、とうとうエベレストの頂上を克服した、すなわち結婚に辿り着きました、ということなのである。
 そして。実は私は、このニルマニさんには日本で既にお会いしているのである。
 というのは、昨年、長谷川裕子さんがネパールの人たちの日本の大震災被災者を思う心が結集して集まった義援金を中日新聞社内の中日社会事業団に寄託しにわざわざ訪れた際に、ニルマニさんも同行してくださっていたのである。

 ところでボクは、あのやわらかで優しい目をしたハンサムな彼にお会いした瞬間に、ユウコはこの男と一緒になればいいのに。いや、もしかしたら既に結婚の約束をしているに違いない、とそう思ったが、私が睨んだとおり彼女は彼との国際結婚に踏み切ったのである。
 少し寂しい気もするが、彼女のこの先の幸せを思うと、とても嬉しくなりさっそく「おめでとう。ますますの飛躍を」とメールを打っておいた。もう一度、本当に心から、おめでとう!

 年賀状もそろそろ出尽くした感がある。
 でも、その中でも太田治子さんから届いた「伊神権太さま 何よりもごけんぴつをおいのりします」「孝信さま 舞子さま 何よりもお元気で」のお言葉が嬉しく、かつまた中日新聞輪島通信局長。・小塚泉記者の「記者になって24年になろうとしています。いえ支局長(この呼び方しかしっくりしません)から見ればトロッコのままかと思います。『その土地を愛せ』 支局長の言葉を心に刻んできました。基礎をつくっていただきました、たつ江さん(M、舞のこと) いつも遅い時間に電話して『今から帰ります』のひと言だけのためにごめんなさい ありがとうございました」には、涙がでてきた。

 またに日本ペンクラブ会員で作家の山名美和子さんからは「2月1日~埼玉新聞で『甲斐姫』連載が始まります。」。安宅夏夫さんからも「よいものを沢山書かないといけないですね! お互い頑張りましょう!!」と。

 【きょうの1番ニュース】ことし初めての横笛稽古で大須の家入師匠宅へ。「酒よ」と「さくら」をふいたが、途中、小太鼓の合いの手を頂いて感激、そればかりかお年賀にいつもの短冊形式のカレンダーまでいただいた。一月の言葉は「鶴千年 吾天年」。

☆「平田容疑者逃亡17年支え 自首の同居女(斎藤明美容疑者)を逮捕 元オウム信者、蔵匿容疑」「東北、大阪転々…仕事も名前も変え」、「震災10ヵ月 人絶えぬ写真保管所 面影きょうも捜す 集会へ持参/データベース化 NPОや社協など 返還に知恵絞る」、「<特報>『お母さん革命』進行 放射能から子ども守りたい 平塚らいてう先駆者 水爆実験に抗議 母親大会開く」、「東日本大震災復興支援『2011年の手紙チャリティーコンサート』 思い合う心 言葉に 『あなたの声を聞いた時、涙が出たよ』 ……」(11日付、中日朝刊)
 「JR西前社長に無罪 尼崎脱線事故 『予測可能性なし』 神戸地裁判決 安全対策を批判」、「岡田氏に副総理打診 首相与野党協議へ機能強化 あす三役会議」(11日付、中日夕刊)

平成二十四年一月十日
 いやはや、このところは昨年暮れの退職に伴う“あと処理”で振り回されている。きょうも、犬山の公共職業安定所に行かなければならないところを一宮の年金事務所に行ってしまい、久しぶりのマイカーの長距離運転と待ち時間で、まさに「想定外」の疲れた一日になった。

 昨年の女子ワールドカップ(W杯)で日本代表の主将として初優勝に貢献したMF沢穂希選手(三十三歳)=INAC神戸=が国際サッカー連盟・FIFAの二〇一一年世界年間表彰の女子最優秀選手に選ばれ九日、同女子の部最優秀監督に選ばれた佐々木則夫さん(五十三歳)とともにスイス・チューリヒでの受賞式に臨んだ。ともにアジア勢では初めての受賞だという。沢さんの着物姿がなんともステキだった。

 一方では愛知県美浜町の戸塚ヨットスクール訓練生がきのうの朝、スクール屋上から飛び降り自殺するなど、この世は相も変わらず悲喜こもごも、である。

 私は私で近く出版予定である野球日記の校正第二稿出しチェックをやっと終え、ホッとしたもののボリウムが多過ぎるので、さらに削らなければ、となかなか、かたが付かない。
 そんなところへ、劇団「希望舞台」の荻原ゆかりさんから電話が入ったが、あいにく車を運転中。ナントナク胸騒ぎがしたので、折り返すと、「いま江南の永正寺に来ています」とのこと。やはり、か。二十日過ぎにまた来ます、とのことだったので次回おいでの際にお会いすることにした。きょうは、まだまだ原稿と格闘中のため会うのは控えさせていただいた。

 別に天下の名女優のゆかりさんを嫌いになったわけではない。知りすぎた仲だが、あまりに突然過ぎる電話なので少し心のゆとりもほしい。劇団『希望舞台』のことは、いつだって心から思っているから。きょうのところは、ごめんネ! 。

☆「合格イワいたい 石巻に『落ちない岩』」、「千葉県代表で一位の市船橋主将・和泉選手(三重県四日市市出身) 三重県代表で二位の四日市中央工・国吉選手(千葉県鎌ヶ谷市出身) 主将地元と『激闘』 高校サッカー決勝 互いに敵地出身『負けられない』 声そろえ『このチームでよかった』」」、「大村知事 月給3割減継続 条例案提出へ 厳しい財政運営考慮」、「留学生2人殺害 任意同行中に容疑者自殺 (名古屋市)中区で発見後、捜査車内で」、「漂流船員引き渡し 日朝合意、中国経由帰国へ」(10日付、中日朝刊)
 「平田容疑者 同居女が出頭 元教団信者『大阪に14年間』」、「小沢氏『秘書任せ』 虚偽記入関与を否定 陸山会事件公判」(10日付、中日夕刊)

平成二十四年一月九日
 成人の日。東日本では多くの若者たちが涙の道を乗り越え、新しい人生への一歩を踏み出した。テレビで見るはたちの若者たちは、どの顔も光り輝いて見えた。
 さあ、行こう。負けるな!くじけるな! と私は心の中で拍手を送り、手を合わせた。この子たち一人ひとりに幸せが訪れますように、と。

 今は午前一時過ぎ。なんだか、やることが多過ぎて以前と少しも変わらない。と思っていたところに先ほど未明のメールが入ったので開いてみると、岐阜県下に住む知人女性からで「今晩わ! 明日の講座は出席ですか? 私は行きます。」の内容。心当たりがないけれど、と打ち返すと「ごめん、間違えてた。おやすみなさい」と昔とちっとも変わらない。

 それよりも、きょうは中日スポーツ1面の「生放送で言っちゃった 守道サプライズ!? 『開幕はマサ』」の記事が光っていた。中日・高木守道監督が八日、名古屋市中区のCBCで「サンデードラゴンズ」に出演し、今季の開幕投手について、生放送で「山本昌」と語ったというのだ。
 もし、これが本当ならば、ことしの開幕試合はドームが埋め尽くされるに違いない。「ファンと共に」をスローガンとする守道さんならでは、ファンが喜ぶこととマサさんの新たな決意と実力を買っての発言に違いない。
 この発言をみるだけでも、今シーズンの守道さんは大いに期待していい。果敢だ。マサ自身も、ことしは二ケタ勝利を狙うと、はっきり言っている(先日の中日スポーツ紙面)だけに、実現すればそれこそ、夢のファンサービスが実現することにもなる。

 元名古屋造形芸術短大学長の石黒さんから一冊の本「作らないで作れーある美術系大学体験記―」が千種川歩のペンネームで中部ペンクラブ事務局経由で私の元に送られてきた。題からして面白そうだ。さっそく読ませていただこう。

☆「新成人『強く生きる』 友よ忘れない 陸前高田 遺影抱き『一緒に』」「いつの日か故郷へ 石巻・雄勝地区 住民激減の町 再建願う」、「『困難にくじけてならぬ』名古屋財界人に 東郷平八郎 精魂の書 1915年 日露戦争回顧の世相下」、「二谷英明さん死去 81歳『特捜最前線』主演」

平成二十四年一月八日
 きょうも、丸一日を野球日記の校正で費やした。いやはや、二年分なので量が多いこともあって、意外と時間がかかってしまい、まだまだ明日一日はかかりそうだ。
 とはいえ、天気がよいため合間を縫って、Mと蒲団をベランダに干したり、スーパーへ一週間分の買い出しに行ったり、果ては「台所用品で買いたいものがある」というのでホームセンターにまで付き合わされたり…で一日がバタバタと過ぎていった。
 また、私の母がMの目のことを心配していたので「すっかり、治った」ことを証明するためにも、と和田の実家も訪れた。Mの目はその後、以前の二重瞼に替わりすっかり良くなっただけに、母も安心した様子だった。

 本日付の毎日新聞朝刊によれば、体一つで海に潜り貝や海藻を取る海女さんを自然との共生を体現するーとして海女漁を世界文化遺産に登録しようという動きが、日本の鳥羽志摩と韓国済州島の関係者の間で高まっている、という。志摩の海女さんについては、志摩通信部在任当時の二十代のころ、自発的に20回にわたって「海女その世界」を連載したことがあるだけに、大いに賛成である。

 大津の近江神宮では小倉百人一首の競技かるた日本一を決める第五十八期名人位、第五十六期クイーン位決定戦が行われ、永世名人の会社員西郷直樹さん(三十三歳)=東京都葛飾区=が挑戦者を退け十四連覇を成し遂げた。

☆「<通風筒> 宮城県気仙沼市の岩井崎で、今年の干支にちなむ竜のような松の木が話題となっている。今にも昇っていきそうな竜を見て、記念撮影をしたり拝んだりする人が増えている」、「<3・11の家族7> 3階建て ぼくの夢 4人の暮らし 願いかなわず」「生きる2人の分も 津波犠牲の友へ誓い 陸前高田の女性 きょう成人式 自責の日々越え」、「かるた名人V14クイーン8連覇 大津で決定戦」(8日付、中日朝刊)

平成二十四年一月七日
 きょうは一年間の無病息災を願う七草粥の日であり、私の妹の誕生日でもある。

 その七草粥の日に、Mは何を思ってかウールの着物に身を包んで新年最初の俳句大会に出かけていった。アッシーくんは当然ながら、素浪人の私。市福祉センターまでの送り迎えとなった次第である。ただ、正月早々の着物姿は、どこかしら、ピリリとして背筋も伸びたみたいで、なかなかいい感じだった。

 きのうの午前中、島根県隠岐の島沖合を漂流していた北朝鮮の小型船が気になる。小型船は木造船で三人の成人男性が乗船、ほかに成人男性の遺体一体もあったという。三人は「北朝鮮沿岸で漁業中、エンジン故障で流された。北朝鮮に帰りたい」などと話しているため、日本政府は「脱北」の意思はない、と判断。航空機で中国などを経由し帰還させたいとしている。いずれにしても、降って湧いた話であることに変わりはない。日本政府は彼らの要望を聞き、速やかに対応すべきである。

 きょうは、自室に缶詰めとなって、近く出版予定である“いがみの権太”の野球日記(仮称)の校閲に当たった。まともに掲載したなら千ページを軽く超すボリウムなので何より、一行でも多く削除することに努め、この作業はあすも丸一日かかりそうである。
 それはそうと、けさの中日新聞編集局デスク「カナリアと九官鳥」はなかなか、よかった。童謡「歌を忘れたカナリア」は、株取引にのめり込み、詩作や文学研究から離れた時期の西条八十本人のことだったと知るに及んで何かと考えさせられた。

☆「<雨ニモマケズ 3・11から> 自立する猟師に 浜の常識壊そう」、「原発『寿命』40年 法律で初の明記 改正案の概要発表」(7日付、中日朝刊)

平成二十四年一月六日
 きょうは、金曜日。とはいっても、出勤するという日常が消えたため、なんだかおかしなものだ。ただ、朝は普通どおりMの「ごはんよ」の声に起きることにしている。なんとなくメリハリがなくなった気がしないでもないが、そこは私自身の気の持ちようだ。というわけで、きょうは近く出版予定の「いがみの権太野球日記」(仮題)の最初の校正(一校)がわが家に届いたため、丸半日をかけ全体に目を通した。あす、もう一度念入りに読んで削るべきは、さらに思い切って削ることにしている。

 ところで、この野球日記。本欄でも毎日、欠かすことなく書き続けてきた経緯があるだけに、ドラゴンズのセ・リーグ連覇につながる平成二十ニ、二十三両年度の歴史的な記録ともいえる。
 そのまま本にしたなら、文庫本スタイルで軽く千百ページを超えるだけに、さてどうしてよいものか。編集者ともども迷っている。これまでにもだいぶ削りはしたが、まだ十分ではないので出来れば、あすいっぱいをかけバッサリと削りに削ろう、とも思っている。かといって、ドラゴンズファンの人々の心に残る重要なシーン、すなわち名場面を安易に削ることになってもいけない。思案投げ首といったところだ。

 このほか、きょうは午後、少し落ち着いたところで実家を訪れ九十一歳の母を近くの回転寿司に連れて行く、など素浪人にふさわしい親孝行な場面も。五月からの世界一周ピースボート乗船を前に、私が計画する世界の子たちから被災地への「言の葉流し平和のメッセージ」発信に当たって関係者への協力依頼を電話で始めるなど、やっぱり慌しい一日となった。

☆「小塚選手『うれしい』 中日体育賞贈呈式」、「昨年有感地震9723回 全国震度5以上最多68回 気象庁まとめ」、「今夏 名古屋で大規模国際学会 『日本語教育』在り方考える 国内外研究者や市民ら2000人」(6日付、中日朝刊)
 「『震災メモリアル公園』に賛否 『記憶残したい』自治体 『恐怖思い出す』被災者 気仙沼“陸の船”保存 国に要望」、「原発 寿命40年に 要件満たせば延長認める 法改正案」(6日付、中日朝刊)

平成二十四年一月五日
 素浪人。かつ無名・無冠作家の生活も毎日、それなりにやることがある。
 きょうはスーパーの文房具売り場へ。ここで新聞記事や文学作品の資料などを項目別に保存するためのファイルブック四冊を購入、回転寿司に寄って帰る途中にMにも少しだけお寿司を土産に届けた。
 ほかに彼女のかねてからの念願である三月十日出発の小笠原チャータークルーズの旅五日間の予約を申し込んだり、世界一周ピースボート・オプションの事前申し込みもするなど、一日があわただしく過ぎていった。

 合間には昨年一年をかけて執筆したものの、推敲などに手間取りアップが大幅に遅れていた小説「夢残照 淡墨桜巨大猫」をもう一度、念には念を入れて読み返し、公開寸前にやっとこぎつけ、今晩中には発表の運びに。一人でも多くの皆さまに読んで頂けたら、それこそ有り難き幸せです。

 【きょうの1番ニュース】最近、寒いせいか。愛猫のこすも・ここが連日夜、私の蒲団に入ってきている。昼なども、居座ったままだ。それでも彼女なりに遠慮はしているみたいで、上蒲団の下にもぐりこむーといった潜入法だ。私たちの大垣時代からの猫で、既に齢も十六歳を超えているだけに、出来るだけ彼女の思いのままにしてやりたい。私にとっては、もう一人の恋女房のようなものだ。

☆「特報<脱原発のココロ>福島事故 情報隠し、ウソへの怒り オノ・ヨーコさん(七十八歳) みんなで見る夢 現実になる どう解決 世界の問題」、「<3・11の家族4> 母に誓った皆勤賞 自問の末見つけた『答え』」、「<通風筒> 平安時代の王朝風俗を再現する『蹴鞠初め』が四日、京都市左京区の下鴨神社であった。」、「ひき逃げ容疑者を逮捕 天白署 男『身に覚えない』」「『事故現実と実感できた』 記憶障害の56歳被害男性」、「奥西死刑囚『今年は再審開始を』 毒ぶどう酒事件 面会の支援者に」(5日付、中日朝刊)
 「消えた古里 撮り続けて 宮城・亘理の大学生(東北学院大三年、森健輔さん) 震災直後から700枚 自費出版の写真集増刷」、「松平康隆氏 死去 バレー監督 ミュンヘン五輪『金』 81歳」、「童話の舞台 阿久比・権現山 40年ぶり無人カメラに姿 ごんぎつね 里帰り?」(5日付、中日夕刊)

平成二十四年一月四日
 例年なら勤務先の新聞社はじめ球団、ドームの年賀式に出て、神妙な顔をしてトップの話などを聴いているところだが。ことし、私は家でひとりだけの一日となった。(Mは早くからボランティアのリサイクルショップ「ミヌエット」に出かけていった)。
 それでも、きょうは昨年暮れの退任に伴う残務処理で郵便局に行ったり、あれやこれやとやることに追われた。Mが言うとおり「過去を振り返る」のじゃなくて、たとえこの先の人生が少ししかなくっても、前に向かって。そうだ! 未来に向かって歩いていこう、と思っている。

 郵便局のあとは本屋さんに行き、あらためて気になる本を購入、帰宅後は五月に乗船予定のピースボートのオプションによる寄港地ごとの旅先を選ぶのに、かなりの時間を費やした。

 【きょうの1番ニュース】東日本大震災の写真集二冊を、あくまでわが家の記録保存として購入。大震災の、あの悲惨な状況を自らの心のなかで、風化させるわけにはいかないからである。写真集は、これまでも新聞社在任当時に結構多くを見はしてきたけれど、やはり、わが家にも当然置いておくべきだ、と判断し二冊を購入した。

☆「<雨ニモマケズ3・11から> 原発手に負えぬ 元(女性)検事 風を追う」、「平田容疑者『国内で17年』 高橋容疑者らと接触否定 弁護士に話す」「電話10回、門前払い…たらい回しの出頭」、「東松島・大曲浜地区 伝統獅子 祈りの舞 保存会、存続へ奮闘」、「障害者の芸術活動支援 滋賀県が拠点設置へ 福祉や著作権一カ所で相談」(4日付、中日朝刊)
 「災害FM新年第一声 がんばっぺす宮古 祝いはお預け 日常伝え復興支える」、「首相年頭会見 『一体改革 先送りせず』 与野党協議 来週呼び掛け」、「岩手・大槌 新職員6人ら仕事始め 復興へ決意新た」、「『長久手市』が誕生 愛知県38番目」「★(広島の)原爆慰霊碑に塗料」(4日付、中日夕刊)

平成二十四年一月三日
明けまして
 おめでとうございます

  一花開いて天下春
  世界も日本も私自身も
  久しぶりにこんな年にしたいものです
 
 右は昨年、中日新聞社長に就任された小出宣昭さまからわが家に届いた、かけがえのない珠玉の一枚である。この通りで、ことしはすべての人がみな一花開くとよい。

 以下、ことしわが家に届いた年賀状から、私にとって、とても味わい深く、かつ印象に残った賀状の一部を独断と偏見にて抜粋させていただいた。=敬称略
☆「昨年は大地震、原発事故、欧州の金融危機、円高などにより日本中が閉塞感に覆われた一年でした。困難はまだ続くでしょう。しかし、先人も大きな苦難と取り組んだことに思いをいたし、くじけずに新たな一歩を踏み出したいものです。末筆ながら貴家のご清栄をお祈り申し上げます」(白井文吾)
☆キリスト教・ローマンカソリックを全世界に広めるため大航海時代を築き、十六世紀日本にまで渡来したポルトガル。その夢と栄光の跡をポルトからリスボンまで1千キロをドライブしながらスケッチしました。8月には福島・南相馬に津波のあとをたずね“旧約聖書・ノアの洪水”が物語ではなく現実であることを目の当たりにし、その思いを作品にしました(堀尾一郎)
☆(東日本大震災)津波地震北東振 放射能原発漏淪 一萬九千名死没 海沿港澳……  齢七十七にしての漢詩事始です 一層のご活躍を念じております(平山オサム)
☆「帰りはない。ゆっくり登ろう この山は」。80路の大台に乗った感想です。半分眠ったような人生ですが、よろしく。高木ドラゴンズの地元復古調、ちょっと心配ですね!(佐藤毅)
☆「永年のお勤め御苦労様でした。今後の御活躍心よりお祈り申し上げます。ファンクラブでは大変お世話になりました。感謝!!」(安江都々子)
☆お仕事ご苦労さまでした。あまり力になれずスミマセン。ドームがピカピカに保てるよう、願ってます。(加藤さやか)
☆伊神さんの夢、ぜひ叶えてくださいね。応援しています。(小林奈々恵)
☆「ヌレエフ」に続き「バッキンガム宮殿の日常生活」(文園社刊)を翻訳上梓致しましたので、お読み頂ければ幸いに存じます。(新倉真由美)
☆12月17日、額田王で有名な八日市で、短歌の賞(相聞歌)を頂きました。年末にうれしい出来事でした。本年もよろしく。「短歌研究」1月号にも、百人一首の中に、私の歌ものっています。これは又、別の歌です。(三宅雅子)
☆ドラ優勝おめでとう、なかなかお会いできないネ。また美味しいお酒飲みたいですね(池戸和久)
☆今年は新たな出発になりますように!!(小畠)
☆昨年もお世話になりました。結婚・出産と人生の転機となりました。今後ともよろしくお願いします(来島里奈)
☆「岬ゆたかの二〇周年記念パーティーディナーショー ☆五月一三日(日)七尾会場」
☆昨年は、命の、人の大切さを知りました。これからも、落合監督は人生の恩師。伊神さん、本当にお世話になりました。ここからの新たな出発をお祝い申し上げます。(原田禎知・幸子)
☆ホメラレモセズ・クニモサレズ・サフイフモノニ・ワタシハ…<「古希」の心境です>(苗村和男・千惠)
☆平成のノアの洪水うち襲ひ東北の街まち地獄と化しぬ(高井泉)
☆日本ペンクラブ電子文藝館に小説「アセボ峠」をアップしました。(木下正実)
☆「暖かな陽が射す年となりますように」 初めての東京を元気に楽しんでます。伊神さんはいよいよ悠々自適ですか。少し寂しいな。(加藤幹敏)
☆91歳を迎えました。子どもの集まりのお手伝いをして65年、全て感謝でいっぱいです。(三宅邦夫)
☆アメリカの9/11は、彼の国を愛国主義の炎に包みました。日本の3/11は、この世のはかなさ、人間の絆のぬくもりを私たちに改めて知らしめました。2012年元旦がこの国の曙光まばゆい、新しい旅立ちの朝になりますように念じるばかりです。(吉村信亮)
☆東北の被災者の粘り強い前向きな姿勢に力を得て、わが家も、まず今日やるべきこと、今やらねばならないことを実行することを決意しました。(桑原加代子)
☆万延元年、井伊直弼が桜田門外で水戸浪士に討たれた年に生まれた私の祖母は、小学生だった私にこう言い続けていました。「お前は『本辰』じゃ」と。(中略)その「本辰」は、祖母の願いも空しく、今や天に昇るどころか一歩一尺の歩幅で地を這いずり廻っている始末です。幸い頭と脚を除けばまだ「本辰」の残滓がいくらか残っているのでせめて祖母の享年(八十四歳)までは生きたいと念じております。(神戸幸雄)
☆お元気ですか。小生喜寿をこえてもまだ記者根性は健在のよう。福島原発事故が気がかりでスクラップブックも二十二冊目。筆は仕えませんが、心でブツブツ言ってます。(平山正幸・馨子)
☆「日本中が大変でした。今年はどんな年になりましょうか。精いっぱい汗をかいてお互いいい年に致しましょう。(伊藤玲輔)
☆2012年はドラゴンズファンクラブに親子で入会しました。(河嶋厚)
☆笑門来福 笑竜来勝 笑人来健 いい小説を期待しています。それにしてもファンクラブとドラゴンズはもう少し共同作業ができないもんですかね。(坂井克彦)
☆あけましておめでとうございます 元旦(田村新次・道子)
☆ドラファンが何を求めているか。ことし分かります(真能秀久)
☆ご文運祈ります。お元気で! (加藤延之)
☆『孫に語る新聞じいの戦後史』を執筆へ。(岩崎建弥)
☆少しでもお役に立てれば、光栄です!(校條真)
☆へこたれず あきらめず 我が道を進む 今年も精一杯頑張ります(島崎諭生)
☆今年は「ドラゴンズファン」&「伊神権太さんファン」の笠井家でいきたいと思っています!! 小説読ませていただきます!! お体気をつけてがんばって下さい。(笠井宏司、見枝子、日向多、翼、望見)
☆「お元気ですか。一度江南駅前で一杯やりますか! 」(樋口一春)
☆佳い仕事を期待しております。私は昨年は何度も救急車で運ばれ。体調悪く参っております。(最匠展子)
☆去年の3月10日 茨城の袋田の滝です。私たちは元気です。みんなが幸せな年であります様に願います(笹谷憲彦・芳枝)
☆弟が中日ドラゴンズにまたお世話になります。人生は感謝の連続です。(内藤洋子)
☆ひたすら穏やかな日々を念じ新年の御挨拶申し上げます(松原喜久子)
☆あと7年で定年。その後はフリーライターになろうか…。(白井康彦)
☆今月でやっと古希を迎えます。昨年はドラゴンズ優勝で何かと忙しかったでしょう(佐藤観樹)
☆正月はどうしているのかな(小宮寛治・きよ子)
☆「家庭菜園にゴルフ、結構多忙です。ことしこそ震災のない一年にしたいですね。(代島豊彦)
☆本年も何卒宜しくお願い申し上げます。(四辻秀紀)
☆身の丈をわきまえ、地域に寄り添って、放送局の使命を果たしてまいります。(前田明徳)
☆「三百文字小説」六年目。お世話になりました。(石井紀男)

 最後に関西の詩人・冨上芳秀さんの賀状をそっくり紹介させていただこう。

馬車
雪の降る寒い晩、夜更けに私の家の前にひっそりと馬車が止まった。どちらにいきましょうか。御者は低い声で私に尋ねる。未来へと私は少しためらいがちに言う。あなたの未来はもうあまりないのですが、と男は気の毒そうに答える。過去なら豊かな世界があります。ほら、あんなに楽しかった時間を再びあなたは味わえますよ。いや、未来へ行ってくれと私はきっぱりと迷いなく断言した。馬車はゆっくりと町を通り抜け、黄色い灯りを点して雪明りの荒野を走り出した。風は更に激しくなり、乱舞する雪が視界を閉ざした。しかし、未来を幻視する私の心は激しく燃えているのであった。  「梟通信」第三十六号 二千十二年 元旦
―以上、多くの賀状のなかから、紹介させていただいた(順不同)。どの賀状も魂の込もったものばかりだ。心から、ありがとう、礼を言っておきたい。
    ×     ×     
☆「<3・11の家族2> お弁当 僕の分まで 閖上の絆 復興の日信じて」、「愛知県 撤去から半世紀 昭和の水力 復活へ 自然エネのシンボルに」、「オウム元幹部 平田容疑者出頭、逮捕 逃亡17年特別手配 『教祖の死刑当然』」(3日付、中日朝刊)

平成二十四年一月二日
 昨夜、すなわち元旦の夜は長男夫妻がナゴヤアソシアホテルでMの還暦と私の退任を豪華な日本料理で祝ってくれ感激した。三男も同席し、最後にお祝い花まで贈られ、ホテルの部屋まで戻ったまでは、良かった。
 が、事件は、この後に起きた。

 元々お酒の飲めないMが、みんなに誘われるまま、ごくごく少量ながらお酒をちゃんぽん(白ワインや日本酒・八海山と宮の雪そして天狗舞に、キリンビール)で少しずつ飲んでしまったあげく、例によって愛用の眠剤(ハルシオン)を、それも眠れないからーといつもの一錠を二錠に増やして飲んだから、さあ大変。
 朝起きると目が腫れぽったくなってしまい、見ためにも少し心配な事態に(Mの担当医師からは、お酒を飲んだら、眠剤はのまないようにーとあれほど注意されていたのに、つい浮かれてしまい、そのことを私たちはうっかり忘れてしまっていた。いや私がついていながらうかつだった)。特に左目の方の腫れがひどく、正月早々、彼女の体調を心配しながらの一日となった。

 それでもMはそのまま私と江南の自宅に帰ったあとは、長男夫妻の手助けもありMの母と兄を家に招いてもてなし、これが終わると、今度は私の母の好きなニンジンご飯をこしらえて、今度は私の実家をみんなで訪ねて、九十一歳の母と談笑するなどしてくれた(これも、ニンジンを刻むなど長男の嫁の健闘が光った)。母は大喜びで返礼に甘酒をこしらえてくれ、長男と三男が一緒に電子レンジでお餅を焼いてノリを巻き、実家の畑で取れたというミカンをデザートがわりに楽しいひとときが過ぎていった。
 あとは大垣に住む次男坊が、この場にいたら最高なのだが。まっ、欲は言うまい。仕事で来れない、とあれば仕方ない。彼には彼にしかない素晴らしいスピリット、才能があるだけに、この先の飛躍を大いに期待している。何よりからだを大切にことしも元気で過ごしてほしい。これは私とMの正直な願いでもあるのだ。

 というわけで、たとえ、正月恒例のこととはいえ、私はMのからだが心配でたまらなかったが、いまはそんな重い一日がやっと終わり、ホッとしてこうしてデスクに向かっている。Mは洗濯をしているが、あまり無理するなーというのに、「何事もなかったような、顔をして」ただ黙々と家事をこなしている。
 でも、彼女の様子を見ていると、なんとか体調は戻りつつあり、あとはゆっくり今夜、十分休みさえすれば良くなる、いや、良くなってくれると信じている。

 名古屋都心のネオンをはるか眼下に、昨夜はMが「寝れない。寝れないわ。もう一錠飲んでみる」という傍らでフムフムとうなづきながら、私はNHKのBSプレミアムで松たか子さんナレーションによる柳田国男の遠野物語を見て聞き、東北地方に残る日本文化の奥深さに感心した。

 今夜はCBC向田邦子新春ドラマスペシャル“花嫁”「還暦間近の母親にまさか縁談? 向田邦子の名作で没後30年の今、家族のあり方を描く」をMとともに見た。泉ピン子、仲間由紀恵、小林稔待らの役柄のよさもあったが、正月に家族のあり方の一端を示すよい作品で、やはり向田邦子は違う、と感心した。
 そして画面を見ながら「最後はこのふたり、結婚しないのでは」という私にMは「違う。最後は結婚するよ。裏の裏を見なければ。あなた、いい小説は書けないよ」とまたまた、私に対するMの厳しい攻勢が始まった。
 果たして、最後は本当に彼女の言うとおりになった。でも、その分、一時は腫れあがっていた目の腫れが心もち引いてきたような気がする。何よりも早く回復してほしい。

平成二十四年元旦
 新年明けましておめでとうございます。さっそくわが家に届いた年賀状から抜粋すると。
♪全天をおおう星々 めぐりゆくさんてんいちいち つながりている(海部郡蟹江町、田中徹尾さん)
♪好きなこと好きに励みて年新た(伊勢市、井上博暁さん=海風さん)
♪木曽川の風を孕みて龍の凧(江南市、野村修三さん=奇詠さん)

 小牧市の牧すすむさん(ウエブ文学同人誌「熱砂」の同人)からは1夢を捨てない2毎日コツコツ3愛は行動4人には笑顔5いつも元気で6立派な竜(タツ)になるゾーッ! の至言をいただいた。
 そして都々逸の守護人である東京都台東区の吉住義之助さんからは次の一曲が。
―奮い辰歳 輝く日の出 みんな日本の 海と山(辰は起つ歳、龍の年。神話や民話の大スター。恐竜時代の存在者。高貴の瑞禅・天使の姿。But十二支ちゅうでタツだけは動物園におりません。出世を表す昇り龍。鳴滝上人滝に龍。浮き名辰巳のきれいどこ。江戸の火消しの龍土水。古い邦画の「花と龍」。……)
 ときました。

 では、皆みなさま。良い年になることを願って、それでは、きょうのところはここでオサラバいたします。

 【きょうの1番ニュース】「謹んで新年のご祝詞を申し上げます お蔭様で百歳で新年を迎えることができました。皆様方の温かいご支援の賜物と心より篤く御礼申し上げます」といった文面の年賀状が東京都渋谷区猿楽町の三鬼たかさんから届いた。たかさん、ことしも元気でお過ごしくださいね、いつまでも永遠に生きていてくださいーとは、私と妻Mの独り言でした。

☆「リニアの街 名駅大改造」、「<雨ニモマケズ 3・11から・1> 絆再び 仮設から 顔見えぬ都会 不安」、「<3・11の家族・1> 年賀状 笑顔せつなく 亡き両親の記憶 心温め」(平成24年1月1日付、中日朝刊)

平成二十三年十二月三十一日
 賀状書きに思った以上の時間を費やしてしまった。書いているうちに公平に全部書かなければという気持が起きてきたためで、つい先ほどの午後五時過ぎまでかかった。
 「あなた部屋の整理何も出来てないじゃない」と叱られながら、事前に刷る分を例年よりかなり少なくしたトバッチリを受ける破目に。結果的になんども郵便局やコンビニに走ってハガキを足しながらの賀状書きが続いた。

 私は、本日限りで新聞社の男ではなくなる。だから、賀状を出すのをグンと減らす覚悟でいたのだが。今年の賀状を一枚一枚見るうち考えをあらためることにした。おかげで、Mからは「いつまでかかってるのよ」と叱られ、ドタバタ劇さながらの大晦日になってしまった。

 というわけで、やっぱり賀状は七十歳までは丁寧に出そう、と思いを新たにしたのだが。でも、七十になって、また八十になっても考えが違ったら、それはその時、優柔不断でいこう。

 二〇一一年の私にとっての重大ニュースを左記に掲げ、ことしの人間日記を終えよう。
一、私が年内(きょう)で新聞社をやめる。昭和四十三年に入社後は記者ひと筋の道を歩み、退職直前の2006年3月から務めた中日ドラゴンズ公式ファンクラブも合わせると通算四十三年の記者生活だった。最後には皆さんに温かく見送られ、感謝のしようもない。
一、東日本大震災が起きてまもなく、休みの日を充て那須、郡山経由で被災地(福島県いわき市)に入ったが、惨状は目を覆うものだった。私は早朝、死の町同然と化した海沿いの町をただ黙々と歩いた。その後も、ファンクラブがKスタ宮城のドラゴンズ×楽天戦に、被災地に住む会員の皆さんをお招きした際、現地取材した帰りに仙台市若林区の壊滅地域をつぶさにみて回った。
一、記者時代にお世話になり通しだった小牧の社会福祉協議会長で県社協副会長、市善意銀行理事長だった勝野義久さんがことしはじめ、心不全で突然、逝去された。惜しいし悲しい。もう、会うことは出来ない。
一、六月一日満九十一歳となった母が誕生日を前に、車の運転を断念することになり車は廃棄処分に。兄の長男良一君が、十二月三日、ドラゴンズのV2パレードの日に名古屋市内で人前結婚式をあげた。お相手はキューピットのような有希さん。年上の女性である。
一、昨年、大手術を克服したMが日本海夕日俳句大賞に入選するなど数々の俳句大会で賞に輝いた。中日歌壇や俳壇にも投稿、採用されるなど、かつての冴えが戻ってきた。短歌、俳句雑誌にも「伊神舞子」の名前が載るようになり、この調子でやってほしく思っている。
一、昨年まで私が続けた名古屋市立大学非常勤講師を社の後輩(論説委員)にバトンタッチ、今度は名古屋経済大学短期大学部でメディア論について講義。メディア・リテラシーなどについて話したが、学生は皆真剣に聞いてくれた。
一、夏休みで下呂へ。近場の下呂には不思議に一度も行ったことがないことを知った長男夫妻が気をきかせて招いてくれた。
一、十一月十一日。Mと名古屋港に停泊中のオセアニックス号の船内を見学。来年五月から世界一周のピースボートに乗るためだ。私は二人で乗るつもりでいたのに彼女は「一人でなければ、いい作品は書けない」と私を敢えて突き放し、精神面で応援してくれるという。
一、私が小牧通信局に在職当時に全日空の広報担当だったH氏と久しぶりに再会。彼はハワイを拠点に観光事業を成功させ、現在は中国市場の掘り起こしに懸命である。これからは互いに助け合って行くことになった。
一、ドラゴンズのV2優勝パレード当日―パレードに出発する前にオープンカーの横にいた私の姿が浅尾投手らと一緒にテレビに大映しになったという。ファンクラブの会員らから何度も言われ、恥ずかしい限りだった。
一、私が年内に辞めることもあって、中ス総局とファンクラブ事務局の心遣いでブランコ選手への10月度の月間MVPのプレゼンターの大役を任されたり、ウエブ文学同人誌「熱砂」の同人仲間である詩人牧すすむさんがもう一つの顔である大正琴の琴伝流弦洲会会主として琴伝流大師範の中でも最高位の「上席大師範第一位」に認定され三十万門下のトップになったり、私も中部ペンクラブの秋の文学散歩のコースづくりに一役買わせていただくなどした。また大津支局長時代から関わってきた滋賀県の同人誌「くうかん」四十一号も眞鍋京子代表らの努力と情熱で無事、誕生。

―というわけで、話題に事欠かない一年でした。むろん、「熱砂」の仲間たちも編集長のホワイト好子さんはじめ、牧さん、真伏善人さん、加藤行さんらそれぞれが超多忙のなか、全員が一歩一歩、前に向かって進み、大きな力を蓄えつつあり、うれしい限りである。

 ことしは、東日本大震災が起き、日本中が“悲しみの海”を生きる年となった。そんな中でプロ野球をはじめとしたスポーツが、人々にどれほどの勇気と希望、元気を与えてくれたことか。私はスポーツの果たす役割の大きさを実感した。ここで、あらためて叫びたい。「みんな、前を向いて、前に向かって歩いていこうよ」と。
 いまテレビでは「あしたを歌う」をテーマに恒例のNHKの紅白歌合戦が流れている。ことしは東日本大震災の影響か、出演する歌手の一人ひとりの面持ちが、どこか違う。東北の人々は、この画面をどんな思いで見ていることだろう。それを思うと胸がつまる……

 それでは、皆さん。また来年。
 あっ、そうそう。ことし一年をかけ、仕事の合間に何度も何度も推敲し書き直してきた小説「夢残照 淡墨桜巨大猫」がやっと完成しました。アップは来年早々にさせてもらいます。いま少しお待ちください。

 【きょうの1番ニュース】軽い笑いの気配で彼女は立ち上がる。千晶を回り込むように歩いて出口に向かうとき、目が合った。(31日付、毎日朝刊、「マルセル」から)
―私が新聞記者を閉じるその日に「マルセル」(毎日連載小説、高樹のぶ子作)の主人公・千晶は母花子に会い、明るく別れて完結した。これも何かの因縁だろう。
 高木さん、お疲れさま。十年ほど前、滋賀の文学散歩であなたには大変、お世話になりました。あのとき「デスク長って、新聞記者って。何をするのですか」とあなたに問われた新聞記者こそ、私(当時、中日新聞編集局デスク長、元大津支局長)、すなわち伊神権太です。これからも、いい作品を残してください。期待しています。

☆「石巻で希望を込めて 復興を願う鐘」(NHK午後九時のニュース)、「希望胸に『来年こそ』 宮城・山元 漁再開へ 一隻を20人が共有 全壊神社 支援受け正月準備」、「<ふくしま作業員日誌> 35歳の男性 正月も家族に会えず(聞き手・片山夏子)」、「一本松の後継樹 桜と交換へ 『奇跡』名古屋で続く 河村市長 陸前高田と絆育てる」(31日付、中日朝刊)

平成二十三年十二月三十日
 午前中、年賀状を延々と書き続け、昼からはMと連れだってMのお父さん、次いで私の父の順で墓参りした。墓参りというよりは、お正月を前に花を供えるのが目的だったが、私の父の墓の方は、母が花を供えにきた直後で花を足す程度にしておいた。
 お墓では、寒さのなか、多くの人が訪れていた。墓参りのあとは、実家へ寄って母とふたこと、三言交わして帰宅し、またまたデスクに向かって年賀状の宛名書きに追われた。

 お墓に行く途中、いつものスタンドで持参した缶ふたつに灯油を入れてもらい、車の燃料も満タンにしてもらったが、スタンドはお正月を前にすごい混みようだった。町の桃源通りなどのメーンストリート沿線には日の丸の旗が掲げられ、それだけで厳粛な気持ちになる。
 そういえば、能登半島にいたころ、七尾の一本杉通りにも日の丸が掲げられていたっけ。あのおごそかで静かな光景には、正直言って不思議な感じがしたものだ。だが、まさか木曽川河畔の私のふるさと江南でも毎年、こうして日の丸が掲げられているとは。なんだか、チョッピリ嬉しく、誇り高い気がしてきた。

 宮城県南三陸町できのう開かれた地元の海産物を販売する年末恒例の「おすばで復興市」。ここに実に三万人が押し寄せた、という。「おすばで」とは、タコやイクラなど酒のつまみを意味する三陸地方の方言で、おせち料理の代わりに「おすばで」を食べて年末年始を過ごす家庭が多い。中には震災で離ればなれになった近所の人と偶然会えたケースまであったという。

 【きょう1番のニュース】けさの中日新聞軟派(社会面)トップによれば、名古屋学芸大の学生たちが、福島第一原発の事故で福島県双葉町から愛知県安城市に避難、その後、愛児にも恵まれた大沼勇治さん(三十五歳)と妻せりなさん(三十六歳)の姿を追ったドキュメンタリー映画を制作した、という。
 大沼さん夫妻といえば、中日ドラゴンズ公式ファンクラブが中日社会事業団の協力を得て九月二十三日に被災家族をナゴヤドームに招待した際、たまたま取材させていただいたご夫妻だけに、なんだか映画化が身近なニュースに思われ、夫妻が元気で日々を過ごしておいでになるな、と思い嬉しくなってきた。
 映画は慣れない土地での生活と長男の誕生、警戒区域に指定された故郷への一時帰宅の様子などを生々しく追った作品だというが、この試みが被災地の方々にとって、ひと筋の光りとなればよいな、と心から願う。

☆「<虹 いま寄りそう> 避難家族の日常撮った 名古屋学芸大学生が映画 長男誕生や一時帰宅 海外出品を計画」、「消費税14年4月8パーセント 15年10月に10パーセント 半年先送り首相が提案 民主党案を決定 議員定数削減を前提に」、「漂流がれき日米協議へ 海洋汚染処理めぐり 来春にもハワイ到達」、「(帰省ラッシュで)ふるさとへ途切れぬ光」

08/4/26