あぁ~大震災を悼む 笛猫野球人間日記/10月27日

平成二十三年十月二十七日
(この日記はアタイ=こすも・ここ=が、お父さんの「私」になりきって書き進めています。ごくごく、たまにアタイそのものが突然、出てくることがあります)

 『ねぇ~』   こすも・ここ
 

       『なぁに』  シロ

 プロ野球の新人選手選択会議(ドラフト会議)がきょう、東京都内のホテルで開かれ、中日ドラゴンズは次期監督の高木守道さんがさい先よく高橋周平内野手(山梨・東海大甲府高校)を見事、1位指名選手として引き当てた。オリックス、ヤクルトと競合したが、そこは天命か。高木さんの腕に、将来ある高橋選手が託されることになった。
 ドラゴンズは1位で指名した高橋内野手はじめ、計六人との交渉権を獲得したが金沢の星稜高選手あり、三重県の津東高校の選手あり…で地域のバランスもよく取れた内容の交渉権獲得となった。来シーズンでの布陣、活躍が大いに期待されるところだ。ちなみに巨人・原監督の甥でもある東海大の管野智之投手は一部に他球団が回避するのでは、といった情報も流れたが日本ハムが指名し、交渉権を得た。

 文芸誌「北斗」十一月號が送られてきた。
 さっそく文芸評論家・清水信さんの「ひたすら書いた人たち(28) 突然ながら節電論に」に目がいく。なかで私の腹をえぐったのは39ページ、『280、原田芳雄』の項である。抜粋しておこう。
 《何といっても、力がこもっているのは「原発関係」の記事である。政府、保安院、東電のパブリックな情報に信用が置けず、TVや新聞の情報も不明晰である今日、身を張って取材し、真実に迫る記事を発信し続けているのは週刊誌だけだ。俗悪といわれる週刊誌こそ、記者魂を持ち続ける書き手を重用していると言っていい。
・残酷すぎる結末、日本の子供が壊れている・20年後の日本にはがん、奇形、奇病、知能低下が溢れる・全国分布、放射能汚染の事実、スーパースポットを調査・福島第一の再爆発に備える。・これから子供たちに起きること。・観光客の消えた事実。
――これらは、やはり怖るべき現実と未来である。目をふさいではならぬ事実というべきだ。》

 【きょうの1番ニュース】「脱原発を考えるペンクラブの集い」11年11月16日開催決定! の緊急告知付の日本ペンクラブ会報(2011年10月17日発行)が、わが家に届いた。会員短信の中で伊神権太(私)は「いよいよ“いがみの権太”のドラファン珍道騒動記の執筆にかかりました。」と宣言。

☆「日本人初の減少 総人口微増1億2805万人 10年国勢調査確定値」、「18省庁にサイバー攻撃 標的型メール広がる 職員になりすまし」(27日付、中日朝刊)
 「ギリシャ債務50パーセント削減 ユーロ圏首脳会議 基金拡充策も決定 銀行自己資本9パーセントに増強」、「中日本高速社員脱税 50億円上積みメモ渡す 採石会社に山田容疑者『確認書』協議前」(27日付、中日夕刊)

平成二十三年十月二十六日
 セ・リーグが、きのうのヤクルトー広島戦(神宮球場、2―1でヤクルトの勝ち)で全日程を終了した。新聞にはセ・リーグの個人タイトルが表としてまとめられている。ドラゴンズ選手の個人タイトルは、吉見投手の最多勝利(巨人の内海選手と並び18勝)と最優秀防御率(1・65)、浅尾投手の最優秀中継ぎ(52)だ。
 ほかには、巨人・長野が・316で首位打者、阪神・マートンが180安打で最多安打、広島・前田健太が192の最多奪三振、ヤクルト・バレンティンが31本塁打で最多本塁打、阪神・新井貴浩が93の最多打点、巨人・藤村大介が28の最多盗塁、阪神・鳥谷が・395の最高出塁率、そして同じ阪神・藤川球児が41の最多セーブに、それぞれ輝いたのである。

 きょうも吹くかぜは初冬のそれで、外を歩いていると、全身が引き締まる感じがする一日だった。Mの配慮なのだろう。わが家の二階寝室では、いつのまにか掛け布団が敷かれている。
 毎日新聞朝刊で連載中の高樹のぶ子さんの小説「マルセル」、連日読んでいるが、きょうの表現で一カ所気に入った部分があるので、ここに筆記しておく。
――……
 瞬間瞬間、その場で人間は変わり、そのために真実はいくつも存在する。一つの事件も、きっとそうだろう。
 自分に向けられている面が心地良くて善意を感じさせるなら、きっといまは、その人全部が善人なのだ。その人を善人にしているのは、自分自身なのかもしれない。
 ……

 【きょうの1番ニュース】「どくとるマンボウ」シリーズなどで知られる作家の北杜夫(きた・もりお)さんが二十四日午前六時二分、腸閉塞のため東京都内の病院で死去した。八十四歳だった。北さんは、歌人斎藤茂吉の次男で旧制松本高校(現信州大学)在学中に父・茂吉の短歌やトーマス・マンに心酔して創作活動を始め、同人誌「文芸首都」などに作品を発表し始めたという。

☆「NY円75円73銭 最高値更新」「衆院にサイバー攻撃か 3議員PCウイルス感染 対策本部設置」、「タイ空港にも牙(洪水による浸水のため、待機するタイ航空旅客機)」、「肩痛から復活 高橋(聡文)投手 強気取り戻す秋に」(26日付、中日朝刊)
 「北欧の風景 言葉に凝縮 ノーベル賞 トランストロンメルの文学 上倉あゆ子」、「北杜夫さん死去 作家『どくとるマンボウ』 84歳」、「東京円 初の75円台 日銀、追加緩和策を検討」、「中日本高速社員を逮捕 名古屋地検 9020万円脱税の疑い 新東名用地買収絡み 本社など家宅捜索」(26日付、中日夕刊)

平成二十三年十月二十五日
 各紙ともJR東日本東北(仙台市)の森内寿春投手(二十六歳)が昨日、京セラドーム大阪で開かれた第82回都市対抗野球一回戦で三菱重工横浜(横浜市)を相手に4―0で破り、完全試合を達成したことを報じている。なかでも毎日はガッツポーズをする森内の写真入りで1面で報じている。
 そして1面下のコラム「余録」では二十二日に京セラドームで開幕した都市対抗野球の開会式でのJR東日本東北・長谷部純主将の選手宣誓に触れ、その内容を紹介していたので以下に抜粋して記録にとどめておく。
「私たちが生きている今日は、亡くなった方々が生きたかった今日です」「正直、今日、この京セラドーム大阪にいることが信じられません」「今、生きていること、働けていること、野球ができることに感謝の気持ちでいっぱいです」
▼大会三日目のきのう、そのJR東日本東北の森内寿春投手が完全試合を達成したのである。なんという運命の巡り合わせなのか。
 さすがの私も、この完全試合には感動した。それも、都市対抗野球での完全試合は第28回大会(二瀬町・現福岡県飯塚市の日鉄二瀬の村上峻介投手が高砂市・鐘化カネカロン戦で記録して)いらい、なんと五十四年ぶり二人目だという。これは「東北よ、元気になれ!」という見えない神のおぼし召しかも分からない。
 このほか中日スポーツでは運命のドラフト会議を前に、ドラゴンズの「森野2世だ」と前評判の高い高校通算71本塁打の東海大甲府高校・高橋周平内野手に触れている。

 今夜、バス停で降り、自宅まで歩くほんの少しの間にからだに受けた風は、完全に“冬の風”だった。山肌では紅葉前線がどんどん、麓に下ってきているに違いない。
 秋は知らぬ間に、どんどん深まってゆく。テレビニュースによると、東京では昼間は二十度を超え暑く感じるほどだったが、夜になるとグーンと温度が下がり寒暖の差が大きい一日だという。秋の深まりには、なぜだか哀愁のようなものを感じる。

 【きょう1番のニュース】Mにより、今朝、こすも・ここが、またの名前を『巴御前』、シロちゃんも『静御前』と命名された。そのわけは、こすもは、何か用事があると主人の傍らに来て大声をあげて主人を引きずり回すから。そして一方のシロはいつも無言のまま静かにMのそばに寄り添っているからだという。要は動と静、の証明か。こすもは、私を家来だと思い、シロちゃんはMを主人と思っている。ただ、それだけの違いなのだが……。

☆「福島第1事故 東電手順書 機能せず 電源盤水没想定外 黒塗り箇所公開」、「トヨタ 国内の残業休止 5日間 タイ洪水で部品不足」、「名東・中2死亡 児童相談所 虐待伝えず 警察は弟のみ把握」(25日付、中日夕刊)
 「文化勲章 赤崎氏(半導体電子工学の名城大教授)ら5氏 陶芸家・大樋年朗氏にも(他に小説家・丸谷才一氏)」、「水産の街 熱さめず フカヒレ加工 仮工場で再開 気仙沼『伝統守りたい』」(25日付、中日夕刊)
 
平成二十三年十月二十四日
 中日スポーツの報道によれば、ドラゴンズはきのう宮崎でのフェニックス・リーグ、横浜戦に臨み先発の山内壮馬投手が五イニングを2安打無失点と好投し、4―0で勝った。また右手の親指痛で十六日の日本ハム戦以来、出場していなかった野本圭外野手が代打で復帰、いきなりタイムリーを放ったという。この調子だと、二人ともクライマックスシリーズ(CS)での出場、さらには活躍が大いに期待される、と思うとナンダカ胸がわくわくするから不思議だ。
 その一方で、ドラゴンズ球団は落合政権初年度のドラフト1巡目だった、中川裕貴外野手に戦力外通告をした。勝負の世界は厳しいな、とふと思ったりする。竜の話題といえば、中日新聞の第二社会面「2011 竜が舞う」で、亡き夫の供養でナゴヤドームに通い続ける名古屋市中村区、野口利世子さん(七十六歳)の場合が紹介されていた。

 きょうは月曜日。朝も、昼も、夜も、自宅にいても、社にいても、何故かしら、体中が睡魔に襲われ、全身が揺れているような一日だった。帰宅すると、居間で、無言で待つMを目の前に「今宵もなんとか、Mの元までたどり着くことができた」と心底から思う。

 【きょうの1番ニュース】帰宅し、たまたまNHKテレビの「鶴瓶の家族に乾杯」を見たが、番組のなかに出てきた、広島県安芸高田市の神楽を演じる地元の子どもたちの表情に「これこそが本物の文化だ」と胸打たれた。地方で脈々と生き続ける伝統芸。およそ、文化であれ、文学であれ、本物とは。ひそやかに咲く、こうしたものだと思う。

☆「トルコ東部でM7・2 死者1000人超の情報」、「リビア解放を宣言 評議会 暫定政府一カ月内に」(24日付、中日朝刊)
 「元寇の沈没船 初発見 琉球大教授発表 長崎沖、全長20メートル超か 竜骨と外板を確認」、「愛犬の名『ココ』1位=ワン、ワン、ワンの鳴き声にちなんだ十一月一日の犬の日を前に、ペット専門保険を手掛けるアニコム損害保険(東京)が実施した愛犬の名前調査で、人気ナンバーワンの座を『ココ』が射止めた」(24日付、中日夕刊)

平成二十三年十月二十三日
 プロ野球パ・リーグの全日程が昨日で終了した。
 この結果、内川聖一外野手(ソフトバンク)が打率3割3分八厘で四十年ぶりに二人目となる両リーグ首位打者となった。内川は横浜時代の2008年以来二度目の首位打者で、中日とロッテで首位打者となった江藤慎一に続く快挙となった。また投手部門では、五年目の田中将大投手(楽天)がホールトン投手(ソフトバンク)と並ぶ19勝に加え防御率1・27、勝率1位(7割9分2厘)に与えられる最優秀投手の3タイトルに輝いた。
 このほか、“おねだりくん”で知られる中村剛也内野手(西武)は48本塁打と116打点で2年ぶりの二冠に輝いた。

 午後、久しぶりにMと満九十一歳の母が待つ実家へ。亡き父の仏前に手を合わせ庭の柿の木にたわわになった柿を、Mが梯子に乗るなどしてふたりで一緒に挟みで枝ごと切って持ち帰った。「Kちゃん(私たちの息子)に、あげ寿司つくっといたから」と母がわざわざ、こしらえてくれていた、あげ寿司をもって帰ったが、これがなかなか、昔と変わらず美味しくて「さすがは、オレの母親だ」と内心、感心したのである。

 【きょうの1番ニュース】実家の父の書斎を中心に二、三年ほど前に、私が八巻すべてを読破済みである吉川英治の新書太閤記全八巻(昭和33年3月30日、六興出版部発行)を探してみる。書斎の本棚ではなく、ピアノが置かれた別の部屋の書棚にそれはあったが、信長の側室・吉乃と彼女が住んでいた生駒屋敷の記述を、探すまでには至らなかった。
 なにしろ、全八巻で三千ページほどに及ぶ大作なので、余裕のある時にあらためて拾い読みでもしながら探してみよう。私がかつて読んだ記憶のかぎりでは、吉乃が登場するシーンは殆どなかったような気がするのだが。新書太閤記が発行されたのが、昭和三十四年九月の伊勢湾台風で江南市内の民家の土蔵から、古文書「武功夜話」が発見される前だったーなどからして、吉乃のことは当時、まだ歴史上の人物としては、あまり認識されてはいなかったのかもしれない。いやいや、吉乃に限ってはそんなはずはない、のだが…。分からない。

☆「桜でつなぐ希望と教訓 陸前高田の津波到達線1万7300本植樹へ 3・11の記憶継承
=岩手県陸前高田市で十一月、東日本大震災による津波で浸水した地域と無事だった地域の境目に十メートルおきに桜の苗木を植えていく運動が始まる。津波の記憶を目に見える形で伝えるのが目的で、「桜ライン311」と名付けられた。市内の津波到達線の総延長は百七十三キロ。一万七千三百本の大規模な植樹になる。(勝間田秀樹)」
 「被災体験聞き取り 冊子に 宮古で調査始まる」、「柏の土壌 セシウム27万ベクレル 文科省『福島放出 否定できず』」=いずれも10月23日付、中日朝刊

平成二十三年十月二十二日
 ドラゴンズのリーグ戦が終わり支えがなくなったみたいでナンダカ寂しい一日だった。それでも、新聞を見れば、きのうの阪神対横浜戦(4―2で阪神の勝ち)をとらえ「藤川40セーブ 4季ぶり」「阪神監督に和田氏(和田豊阪神打撃コーチ)内定」と報じ、米大リーグ、マリナーズの天才打者のイチローの10年連続200安打がなぜ途切れたか、について中京大・湯浅景元教授が分析している。中日新聞の別刷りのドラゴンズ優勝特集「連覇の花道」では落合監督の言葉から連覇への軌跡を辿った「逆転伝説」が読み応えがあって、なかなか良い。

 久しぶりに雨の一日―雨の音が、からだに一粒ひと粒入り込んで来、わたしの心を不思議と感傷的にする。雨はいい。きょうも先に執筆した未公表小説の読み返し(まだ途中)と、次に取りかかる小説のプロットをどうするか、で午前中を費やした。
 午後からは、三十日に迫った中部ペンクラブの文学散歩を前に、信長の側室・吉乃が暮らしていた生駒屋敷、さらには昭和三十四年の伊勢湾台風の際、風雨に曝された土蔵から出てきた信長、秀吉らの足跡が克明に記録された古文書「武功夜話」の舞台をマイカーであらためて訪ねてみた。幹事役の一人として、文学散歩のコースを今一度確認しておきたいためだが、古文書が出てきた土蔵の所有者、吉田龍雲邸では家人に丁重に事前の挨拶をさせていただいた。

 【きょう1番のニュース】生駒屋敷など江南市内に点在する武功夜話の舞台をマイカーで二度巡るうち、なんだか私自身、歴史のなかの主人公・信長が吉乃に逢いに行くような、そんな気がしてきた。車が、これまた三十日に巡ることになっている犬山は興禅寺近く羽黒の磨墨塚に眠る、源頼朝が藤原景時に与えた名馬・磨墨(するすみ)だったなら、とふと思いを巡らしたりした。

☆「リビアきょう解放宣言 国民評議会」、「手間かけべっ甲色 尾鷲カラスミ作り」(22日付、中日朝刊)
 「強く安全な街に復興を 陸前高田で慰霊祭 震災後初めて」「夫と孫亡くした女性 心の支え使命感だけ 孫娘捜索 毎週続く」、「『英雄の称号 日本国民に』 原発事故指揮官 スペイン皇太子賞受賞(福島第一原発事故の発生直後に原子炉冷却や住民の避難誘導に携わった警察、消防、自衛隊の現場指揮官五人に、フェリペ皇太子が『共存共栄賞』を授与)」(22日付、中日夕刊)

平成二十二年十月二十一日
 (いまは二十二日午前四時過ぎだ。アタイ、すなわち、こすも・ここの執拗なる鳴き声に私はいつものように起こされた。いま起きなければこの野球日記を書き続けるという私の計画が途中で頓挫してしまう…、私はそう自らに言い聞かせ、自らに厳しく立ち上がり、こうして自室デスクに向かい書き始めた。これも文学だ。やはり、体力勝負なのだ。ここで筆を止めるわけにはいかない。)

 リーグ戦最後の広島戦が終わり、きょうはこれまで張り詰めていたものが消え入りそうだ。本日付の新聞(中日スポーツ)に目を通すと、最終戦を終えマツダスタジアムで深々と頭を下げている落合博満監督の写真が目に飛び込んだ。
 一ページずつ開いていく。なかで目にとまったのは今季限りで楽天を退団する山崎武司内野手(四十二歳)の写真入りで報じられた「何も決まっていない」の記事だ。十月初め、遠征先で球団から来季の構想外を告げられた山崎は悩んだ末に他球団での現役続行を決断しているだけに、新天地がどこになるのか。ファンにとっては、すごく気になるところだ。
 ほかには、TBSホールディングス(HD)と、携帯電話向けソーシャルゲームサイト「モバゲー」を運営するディー・エヌ・エー(DeNA)が大筋合意している横浜の球団売却問題で、パ・リーグの三、四球団首脳が「(DeNAが)出会い系サイトを運営しているばかりか、将来的な経営安定も不安視している」との観点から、反対しているーという事実が分かった、というニュース。この点に関しては「DeNAで大丈夫だ」とするTBSに対して、ここにきて「京浜急行電鉄グループが急浮上してきた」という。

 新聞といえば、二十一日付は各紙とも、反カダフィ派「国民評議会」の部隊が二十日、北中部シルト近郊で元最高指導者カダフィ大佐を拘束するとともに、カダフィ派の最後の拠点だった同地を制圧したーと報じている。車列をNATО軍に空爆されたカダフィ氏は穴に逃げ込み反カダフィ派の兵士に向かって「撃つな、撃つな」と叫んだが、病院に運ばれる途中に命を落としたとの報道もある。

 そして。きょう(二十一日付)のデイリースポーツの「本紙独占 落合手記 勝てるチームを作る 役割は果たせた」「今の野球では完全優勝よりリーグ連覇の方が難しい」「まだ教えたいこともあるけど選手たちはひとりで歩けるようになったかな」「来年はユニホームを着てることはないと思う。女房と旅行でもしたいな」の『落合手記』がいちいちうなづけ、核心部分をついている。
 特に最近の球団の経費削減に触れ「削るとこ間違ってんだよ。今回のビールかけだってそう。カッパ(ウインドブレーカー)がないんだよ。あの日なんか、めちゃくちゃ寒かったのにな。聞いたら、スポンサーが付かなかったからだって。去年まではキリン(ビール)とか、アサヒ(ビール)とかが付いていたらしいんだけど。どんだけケチかって話だよ。作ったって100着ぐらいの話だろ。選手が風邪ひいたらどうするんだ。その辺が分かってないんだよな。削るのは結構だけどさ。」の下りには考えさせられた。
 もしかしたら、このところの一連のドタバタ劇はカッパが必要かどうか(ビールかけをするのだから当然必要だ)、この辺りの見極めの甘さ、それに互いの不信感が増幅して生まれた不幸な結末のような気がしてならない。
 要は、物事を進めるに当たっての重要さを見通す力、これが欠けていた。相手の懐に飛び込んだうえで落合監督を説き伏せる人物がいなかった点に寂しさを感じる。陰でこそこそ言うヒヨッコ連の悪口の数々(これは私の耳にも時折、届いている)。これが、どんどん大きくなって火を噴いた必然だったかもしれない。
 この点では一部に「ファンサービスがなっていない」との批判を浴びながらも、選手と大方のファンを味方にし続けた落合監督のしたたかさの方が一枚も、二枚も上だったのではないか。要は、落合ほどの努力と苦労を突き破る人材がいなかった、ということだ。
 新聞記者に限らず、人間大事を進めるには家庭も顧みないで少々の批判があろうが、敵のなかにまで入り込み垂らしこむほどの才覚も時には必要だ。私、すなわち“いがみの権太”ほどになると度を越えすぎで、これまた良くはないのだが……、デアル。(これ以上は私の著書「懺悔の滴」を読まれるがよい)

 【きょう1番のニュース】中日スポーツが本日付別刷り特集で「リーグ連覇おめでとう特集」号を発行。その中の19面で「ドラに勇気と希望もらった 公式ファンクラブ会員全国から喜びの声」を紹介したが、紹介された『能登は七尾』の笹谷憲彦さんから、さっそく私あてに電話が入った。
「ありがとうございます。こんなにまで書いていただいて。母も喜ぶわいね。さっそく拡大コピーにして仏前に供えました」とノリさんらしい。私が紹介した憲彦さん夫妻の喜びの声が「母に見せたかった」の小見出し入りで紹介されていたためで、受話器を通して聞こえてくるノリさん夫妻の声に思わず、涙が出そうになった。
 生前「広く聴き、深く考え、強く闘う」を信条に読者一人ひとりに限りなき愛を注ぎ続けたミイチさん、中日新聞の元会長で販売の神さまとまで呼び慕われた故加藤巳一郎会長。そのミイチさんが誰よりも信頼していたのが、当時、女傑店主で恐れられた笹谷テルさん、すなわち輝子さん、その人だった。
 私が七尾支局長在任当時、私たち支局員がどれほど彼女のお世話になり、温かい目で支えられてきたことか。これは彼女と接した人間にしか分からないだろう。今のドラゴンズがあるのも、彼女たち販売店主、そして従業員の足を棒にして歩いてきた見えない努力があればこそ、である。先年、惜しくも他界されてしまった元尾張中日会長だった、故青木さんとて、同じだ。公式ファンクラブが発足した2006年当時、何度となく事務所に足を運ばれ「イガミさん、がんばってよ。ワシらも(会員集めに)がんばるでナモ」と励ましてくださった。前会長の若き闘将・伊藤さん、現会長長谷川さんとてしかり、だ。

 私は、ここであらためて声を大きくして叫びたい。
「テルさん! ドラゴンズ、落合竜がセ・リーグ連覇を果たしましたよ」と。ありがとう、テルさん。そして数え知れないほど多くの読者の皆みなさま! 次はいよいよ昭和二十九年いらいの完全日本一達成の時が来たのです」(いがみの権太)。

☆「カダフィ大佐死亡 独裁42年 体制消滅 リビア 出身地シルトで拘束」「最後まで地位に執着」、「三重で真珠貝大量死 270万個 台風で赤潮拡散か 英虞湾など」(21日付、中日朝刊)
 「カダフィ大佐 拘束後、銃撃戦で死亡か 『連行中、殺害』情報も 全土解放宣言へ」、「水車で輝け 淡墨桜 小水力発電ライトアップ計画 本巣市、地域活性化に」、「あの人に迫る べラ・チャスラフスカ(五輪女子体操メダリスト) 歴史変える歯車走りつつ回した(佐藤次郎記者)」(21日付、中日夕刊)

平成二十三年十月二十一日
 ドラゴンズにとっての今シーズンのセ・リーグ最後の公式試合(広島戦)が今夜、広島スタジアムであり、ドラゴンズは七回、マエケン(前田健太)からの平田の本塁打で先制したものの、八回から登板のチェンが打たれて2―1で広島にサヨナラ負けした。
 中日は久本、広島はマエケンの先発で、始まったこの試合。テレビを見る限り、中日打線がマエケンら広島投手陣に“きりきり舞い”したような、別の表現をすれば手玉に取られたといおうか。そんな感じの試合だった。最後の試合ということで打ち気にはやったところにスキが出来、やられたーという感じである。
 その証しに中日は広島投手陣に16三振を献上する形となった。おかげで、マエケンはシーズン最多奪三振(188)をモノにした。

 いずれにせよ、球団史上初めてのセ・リーグ連覇を果たし、東日本大震災の被災民も併せた、すべての野球ファンに夢と希望、そしてなによりも諦めない心を与えたドラ選手、そして落合監督、コーチ陣、スカウトら球団全スタッフの1年間の健闘と労苦にこの際、心からの拍手を送っておきたい。同時に感謝もしたい。
 もちろん、ファンあってのリーグ優勝でもあり、ここまでたどり着いたのは何を隠そう。姿を見せない多くのファンの応援のたまものであることも、あらためて胸に刻んでおきたい。プロ野球が何よりも、ファンのためにあることを、ことしほど大きく感じたシーズンもないのである。

 今夜は、どちらかといえば健康的な本欄には馴染まないが、プロ野球の、ひとつの影の歴史として記録にとどめておきたいことがある。
 それは次のようなものだ。
――一部スポーツ新聞で報じられた「落合監督怒らせた(球団社長の)敗戦ガッツポーズ事件」。人の口とは危うきもので、うわさが尾びれをつけ、うわさを呼び、きょうになり、またまた波紋を呼び起こしている。
 二十日付某スポーツ紙の「逆転優勝したオレ竜ナインを奮い立たせたのは坂井社長の敗戦ガッツポーズ」との報道に坂井球団社長が「そんな(私がガッツポーズをしたなどという)記憶は全くない。うそだと思うなら、うそ発見器にかけてもらってもいい」と反論したとの記事が、今日になり同紙に掲載された。
 この世の中、言った言わないほど、あてにならないものはない。ただ大半のファンが純粋にリーグ連覇を喜んでいる時に、これに水を差すような一部スポーツ紙の一連の報道には嫌気がさし、新聞の品位を疑いたくなる。百戦錬磨の坂井社長が「(そんなことは)ない」と話しているのだから、ない。「ない」に決まっている。それでいいではないか。それ以上、何が言いたいのか、が私には分からない。
 ただ、今回の騒動が純粋なドラゴンズファンの気持ちを大きく傷つけたことも、疑いのない事実だ。ああだこうだ、と言うほどにドツボに嵌ってゆく。否定し、あとは静観しているのが1番のような気がする。落合嫌いな一部輩(やから)たちによる、ドラが負けたら喜ぶーといった外部からは信じられない風潮が球団や、ファンクラブ関係者の内部に全くなかったか、となるとウソになる。あってはならないことだが、現体制の不満分子たちが、内部批判をしながら、監督を追い出しにかかっていたのは明らかだ。

 保身にのみ走っている男はいないとは思うのだが…。心当たりのある関係者には、その点を謙虚に反省し(おそらくこうした連中が反省することはないだろうが)、坂井さんの苦渋の「ない」の言葉を受け止め、これで終わりにしてほしい。寧ろ、やつらはこうした事態になるのを助長してきたのだ。この世の中には自分勝手に過ぎ、仮面をかぶったニンゲンどもがいかに多いことか。これでは純粋なファンが浮かばれない。
 こんな進歩のない「言った、言わない」は何ら発展性がない不毛の時間で、このままだと次期・高木守道政権にも悪影響を与えかねない。もはや、ヒヨッコたちのチィーチィーパッパ論争(第一、これは低次元極まり、論争にすらならないのだが…)はやめてほしい。何をやっているのだ!

 それよりも球団はじめ関係者は、これを知ったファンの皆さんが、どんなに踏みつけられた気持ちでいるのか、を胸に手をあてて静かに考えてほしい。ニンゲン、どんな場合も支持者がいれば反対者も居て、それでこそ民主主義が保たれているのだ。落合監督批判派と擁護派、これとて然りだ。このままだと、何も知らない大半のファンの純粋な気持ちが浮かばれない。人を批判する前に自分自身は、どうなのか。私自身も胸に手を当てている。
 皆、それなりに生きてきたニンゲンばかりだ。それぞれが、ドラゴンズを少しでもよくしようと一生懸命なのだ。無言のなかにも意思と意思が通じるドラゴンズワールドは永遠のはずだ。何も知らないファンの皆さんが今度の一件をどんなに、嘆き、哀しんだことか。このことは私自身が書く小説でやがて明らかにされる。
 とはいっても、もっとさわやかで健康的、時には脱線もするヒューマンタッチ、かつワサビがぴりりと効いた前代未聞の物語として誕生することになるだろう。

 【きょうの1番ニュース】東日本大震災の被災地、東北・多賀城市からMあてに丸い筒に入った賞状二枚と、賞品の入った立派な箱ふたつが届いた。
 私は風呂から上がったあと、賞状を手にMの目の前で「賞状 兼題の部鈴木八洲彦選(石田郷子選)特選 秋の陽に透かす手のひら生きている 伊神舞子殿 あなたは第十八回「壺の碑」全国俳句大会において(以下は略) 多賀城市観光協会 会長丹野五郎」と読み上げた。
 ちなみに立派な賞品箱の中から顔を出したのは、「おいしい多賀城の味認定品 多賀城銘菓 梅月堂菓子本舗」の銘菓・多賀城瓦だった。これには、いまなお重くのしかかる風評被害をはねのけよう、との被災地の声なき声が届くようで思わず胸が熱くなった。
 おいしい、おいしい魂のこもった賞品をMは手にした。あらためて、おめでとう。偉くなったり有名になる必要はさらさらない。ただ自分自身に納得する、歌詠みとしての、この先の大いなる飛躍を願う。

☆「屋内除染ひと拭き セシウム吸着モップ 豊川の企業開発 水中モールも」、「ドームに連覇の余韻 中日、ホーム最終戦」、「日系四輪 全工場が停止 タイ洪水 部品確保できず」(20日付、中日朝刊)、「吉見2冠(最多勝18と最優秀防御率1・65)確実」(20日付、中日スポーツ)
 「復興の壁 大型船、海へ 津波で“座礁” 釜石、七カ月ぶり」、「原発防災 30キロ圏に拡大 安全委案 5キロ以内、直ちに避難」(20日付、中日夕刊)

平成二十三年十月十九日
 今夜はナゴヤドームでのセ・リーグ公式戦の最終戦―。三塁側内野Aには公式ファンクラブからラストゲームに招かれた五百人が陣取り、事務局で用意した「ありがとう 66」のボードを手に応援に声を枯らした。(66は落合監督の背番号)。
 赤川(ヤクルト)川井(ドラゴンズ)の先発で始まった試合の方は、三回に小山の適時打で2点を先取したドラゴンズが四回にも3連打の2点を加え、4―1で快勝、二番手で2イニング無失点の吉見投手がリーグトップの十八勝目をあげた。ナゴヤドームで五連勝のドラゴンズは、四季ぶりにヤクルト戦の勝ち越しを決めた。ヤクルトは、中日の天敵とまで言われ一時は、あれほどまでに勝てなかったのに。気がついたら、なんと勝ち越していたのだ。勝利の女神が、気がついたらグイッ、と引き寄せられていたのだ。

 試合のあと、落合監督のあいさつがあり、監督は帽子を取って一礼したあと、開口一番「えー、長い間お世話になりました。選手たちは、これからも優勝に向かってグラウンドで戦い続けていくでしょう。…そして(ここで少しだけ涙声になり)全国のドラゴンズファンの皆さん! ありがとうございました」と簡潔明瞭なあいさつをした。
 引き続きペナントのチャンピオンフラッグを手にした監督、選手がドーム内を手を高くあげながら一周すると、観客席からは五色のテープが舞うなか、「落合さあ~ん、アリガトウ」、「やめないでえー」と叫ぶ声が相次いだ。またオチアイ、オチアイ、…オチアイ、オチアイ、オチアイ、オチアイ……の大合唱が何度も、何度も、ドームの丸天井に抜けていった。

 今夜は、招待者の取材兼立ち会いで、さすがに少しばかり体に響いた。三塁側の内野Aの上段や通路で立っていると、何人もの会員の方々が「イガミさん」と声をかけてくださり、本当に嬉しくありがたく思った。
 大垣のYさん、一宮のAさん、日進のIさん、松坂のMさん……。不思議と皆さん、美男美女ぞろいだ。人生をひたむきに生きている方々ばかりである。今夜は、ほかにも多くの人々と言葉を交わしたが、皆ドラゴンズの優勝には満足そうで笑顔がまぶしく、かつ美しく、私には感じられた。異口同音に「こんどは、日本一になってほしい」と話されていた。

 【きょう1番のニュース】私の遅い帰りをMはじめ、こすも・ここらが皆、茶の間で待ってくれていたことか。待つ、ということは大変疲れるのに、文句も言わないで待っていてくれた。これは、現役の新聞記者当時と同じで、本当にうれしいことである。ありがとう。

☆「中日連覇 球団史上初 リーグ9度目 落合流貫いた8年間 若手起用に厳しい基準」「祝杯あげたい つらさ忘れた 被災地も興奮」「監督、選手 美酒に酔う(恒例のビールかけ)」、「谷口清太郎氏死去 名商元会頭、名鉄元会長 88歳」(19日付、中日朝刊)、 「振り返る 竜連覇への道 浅尾投手の全力投球(今月7日巨人戦、鈴木敏夫さん)ゼロ差でも冷静保つ(同6日広島戦、与田剛さん)平田選手の勝負強さ(6月4、5日広島戦、渡辺直光さん)」、「DeNA、横浜買収へ プロ野球 TBS大筋合意」「一部の球団は反発」(19日、中日夕刊)

平成二十三年十月十八日
 今夜の横浜スタジアムでの横浜戦。ドラゴンズは延長十回3―3で横浜と引き分け、見事、球団創立七十五年目にしてセ・リーグ連覇、九回目のリーグ優勝を果たした。この際、落合監督はじめ、ドラゴンズに関係するすべての人々、そして何よりも大勢のファンの皆さんにもおめでとう、の言葉を捧げたい。そして、ありがとうーとも。
 試合の方は、序盤に横浜に3点を取られたものの、六回表に堂上剛裕の内野安打、森野の中前打で2死一、三塁としたところで、ブランコの2試合連続の16号3ランで同点に。その後は両チームとも一歩も譲らない好試合となり、最後は高橋聡、小林、浅尾ら継投陣が何とかしのいで引き分けにこぎつけた。今夜はネルソンの先発だったが、3回に打ち崩される、など見ていてハラハラ、ドキドキするゲーム展開だった。それでも、終わってみれば、きょうもMの言うとおり『ブランコさまサマ』の試合となった。

 優勝決定後、それまでベンチで腕を組みジッとしていた落合監督が立ち上がり、ゆっくりとグラウンドに出てきた。なんとも、さわやか、かつ、にこやかな表情でさっそく選手らの手で一回、二回…と胴上げされ、計六回にわたって宙に舞ったのである。
 その後のインタビューでも司会のアナウンサーが「ファンの多くがこの日を待っていました」と話すと「私も待っていました」と答え「一つの目標は達成しましたが、まだ、その前に十一月二日から(の目標)がある。選手を休ませながら、それに全力で臨みたい」と続けた。
 最後にファンにひと言―と、答えを求められると「ドラゴンズのファンは、本当にすばらしい。勝っても負けても応援してくれ、すばらしい」と笑顔で答える姿が印象的だった。さあー、いよいよ、あとはCSを勝ち抜いて日本シリーズでパ・リーグ代表を破る完全日本一の実現である。

 今夜は帰宅後、久しぶりにMとテレビの前で途中からとはいえ、一緒にドラゴンズを応援した。Mは引き分けによるリーグ優勝が不満のようで「やっぱり勝たなくっちゃあ。それから、きょうもブランコさまサマじゃないの」と口を尖らせた。でも、ボクは、ドラゴンズは落合監督はじめ、皆よくやったーと思う。このところは、東京ドームでの巨人3連戦でいずれも敗退するなど、マジック1になってからのプレッシャーとなると、大変なものだった。このうえは、CS戦で巨人またはヤクルトをたたきのめして日本一をもぎ取るほか、ないのだ。
 午前零時を過ぎたころから「お元気ですか? ドラゴンズ優勝おめでとうございます。しかも2年連続ですね。あとは日本一ですね。」「V2おめでとう。ドラゴンズ最高! 影の立役者」「ありがとうございます!! 今、帰宅をしました! 悲願の連覇を見届けました!!」など。どれも熱きファンたちばかりからの純粋無垢なメールが届き始めた。
 本当に、ありがたいことである。やはり、ファンと選手で勝ち得たリーグ連覇のような気がして仕方がない。でも、喜ぶのはまだ早い。まだまだドラゴンズのゆく道には先があるのだ。

 【きょうの1番ニュース】午後十時前、中日ドラゴンズは二年連続、九回目のセ・リーグ優勝を果たした。落合竜は八年間の在任中に実に四回目のリーグ優勝を果たしたことになる。
 中日新聞社は当然ながら「中日連覇 球団史上初 セV9度目」の号外を発行した。

☆「『助け合いたい! 』思い伝われ 希望を配達 中学校新聞 大船渡市第一中・生徒手作り発行」、「特報面 健康軽視の現状追認 放射線審議会 被ばく限度緩和 『賠償額少なくする狙い?』 甘い国際勧告も反故 『住民の声 尊重した基準を』(出田阿生、佐藤圭)」、「タイ洪水 最大級工業団地も浸水 操業停止政府命令 日系104工場が入居」(18日付、中日朝刊)
 「『発展の犠牲』語り継ぐ 四日市公害最後の原告に 判決から来年40年『原発 重なって見える』(18日付、中日夕刊)
 
平成二十三年十月十七日
 きょうは久しぶりにドラゴンズの試合がない。あすの横浜スタジアムでの連覇決定戦を前に、これを嵐の前の静けさ、というのか。中日新聞運動面の球心は、「あと一つでいい。自分たちの野球を貫けば、歓喜のゴールに飛び込める。(中村彰宏)」だ。中日スポーツの方も「13連戦『上出来』貯金4 落合竜 ひと休み…ファンの皆さまも ひと休み…」と両紙とも、すこぶる温かい紙面である。

 そんな中、関東の落合戦士からは次のようなメールが寄せられた。
「昨日までのジャイアンツ戦はいいところなかったです。3連戦皆勤して、もう声が出なくなりました。明日の横浜が、公式戦では僕が応援できる最後の機会になります。辛い気持ちを抱きつつ、全員落合監督ユニホームを着用し、7人で観戦予定です。明日はベイスターズにとってもホーム最終戦のため外野自由席は無料開放です。……」
 関東から届いたこの熱いメールを読む限り、落合監督はなんて幸せな男なのだろう、とジェラシーさえ、感じてしまう。

 Mの大好きな楽天のマーくん(田中投手)が、きのうの日本ハム戦で今季六度目の完封で両リーグトップの19勝目を挙げた。マーくんは、これで最多勝だけでなく、防御率1・27、勝率.792と3冠当確。シーズン防御は、パ・リーグでは1956年の稲尾和久(西鉄)の1・06に次ぐ歴代2位となった。一方で阪神は、CSへの出場を逃し4位に低迷した真弓監督を、事実上の解任ともいえる辞任をさせることにし、昨日の広島戦を前に発表した。

 【きょう1番のニュース】これはもう数日前、Mから聞いた話だが、その昔(といっても明治のころらしい)江南の上奈良辺りに俳聖・松尾芭蕉の「奥の細道」を辿って歩いた人がいたという。デ、その人は辿った一代記を<一度傘(いちどがさ)>という名の本にまとめたらしい。一度、しっかり調べてみる必要がある。この町にも風流人がいたか、と思うと、なぜかしら嬉しくなってくるから不思議だ。

☆「被災地にパンダ来て 首相訪中で貸与要請も 仙台の動物園 女児手紙きっかけ」(17日付、中日朝刊)
 「汚染がれき 具体的指針 国に要請 大村知事受け入れ模索」(17日付、中日夕刊)

平成二十三年十月十六日
 何やってるんだ 巨人なんかに負けるなんてーと、今は怒鳴りあげたい心境だ。おそらく日本中のドラゴンズファンがガックリと肩を落としているに違いない。東京ドームできょうこそ、落合監督の有終の美をーと胴上げを望んでいたファンの誰もが憤懣やるかたないに違いない。なんてぶざまな。名古屋は口が悪く言葉があまり上品とはいえないだけに、いまごろはデーゲームの惨憺たる結果に各家庭で怒りをあらわにしている、その光景が手に取るようだ。
 それも、12―4とは一体全体、なにさまになってるんだ。ドラゴンズは先発に山井投手を登板させるなど、必勝の体制で臨んだが巨人にくもなく捻られた感じだ。さすがに、ドラゴンズのセ・リーグ連覇があるかないか、の大一番だけに、東京ドームは立すいの余地もないほどの大勢の観客でギッシリと埋めつくされたという。

 私は巨人のラミレスがナントナク、大好きだが、きょうだけは打ってはほしくなかった。それが三回の適時打、さらに四回にも3ランと打ちに打ち、打棒が火を噴いた。きょうのような優勝のかかった試合で負けたりすると、やはり「勝つことこそ、最大のファンサービスだ」との落合監督の言葉は、まさにその通りなのである。至言といっていい。 人間いいことばかりはなく、悪いことも起きる、とは私の持論ではある。でも、これだけ負け過ぎると、今度は感覚が戻らなくなるのでは、と少しばかりは心配かつ不安である。

 【きょうの1番ニュース】今月三十日に近づいた中部ペンクラブの文学散歩を前に、昼食会場に予定している犬山ローレライ麦酒館を訪ねた。当日は、私と企画委員長の石川好子さんが幹事役なのでコースの下見を兼ねて行ったが、なかなか洒落た建物で料理(バイキング)もおいしそうで、これなら太鼓判を押せると思った。
 ちなみに三十日は名古屋駅をバスで出発し、信長の側室・吉乃ゆかりの地で知られる生駒屋敷跡、伊勢湾台風の際に『武功夜話』の古文書が発見された吉田龍雲邸前の土蔵、源頼朝から梶原景時に与えられた名馬・磨墨(するすみ)が眠る磨墨塚史跡公園、景時の菩提寺・興禅寺、長編詩「大和し美(うるわ)し」で知られる佐藤一英の生まれた一宮市萩原(万葉公園に碑がある)の順で、ゆかりの地を訪ねることにしている。

☆「名古屋の真心 復興へつなぐ 久屋大通公園 陸前高田の中学生宣言」、「財政危機 包括策欧州に求める G20声明 為替変動に懸念」、「御嵩町長襲撃 迫る時効(十月三十日) 恨んでない 自首を』、「原発防護服の“山”6メートル 福島第1作業員使用 処分決まらず」、「東京でも気勢 『福島を返せ』の声も」(16日付、中日朝刊)

平成二十三年十月十五日
 東京ドームでのドラゴンズは優勝を目前に今夜も負け、なかなか勝てない。先発にチェンを投入し必勝を期したものの、四回にラミレスに二十二号ソロを、五回には高橋由に本塁打を、打たれ、八回にも3安打2点と計4点を取られ、4―1で敗れ去った。やはり優勝のプレッシャーは大変なものだ。でも、きょうこそ、三度目の正直で宿敵・巨人を打ち負かし球団初めての連覇を果たしてほしい。

 午前四時過ぎ(十五日の日記を十六日未明から早朝にかけて書いている)。
 たった今、メールをチェックしたところ、東京に住む落合信者から午前零時16分にメールが届いていた。その内容はー
「焼肉を食べて、帰り道です。初対面の方がたまたま、熱烈な落合監督ファンでした。……彼は三重出身で、今は名古屋市に住んでいるそうです。ともあれ、明日こそ優勝です!」といった内容で、そこには三重出身の熱烈落合ファン手づくりの『落合ドラゴンズセ最強』と描かれたボードの写真までが添付されていた。
 今宵の巨人は四連勝。先発ゴンザレスも七イニング1安打無失点で3勝目。巨人としては、なんとしても東京ドームでのドラゴンズの連覇達成は阻止したいだけに、あす(きょう)は落合、原両監督とも、がっぷり四つの名勝負が期待される。

 私はといえば、きょうは平安女学院アグネスホールと有栖館(有栖川宮旧邸)庭園で開かれた、日本ペンクラブの京都例会に出席した。仕事などの関係でこのところは、ずっと例会への出席が出来ないままでいたためとアグネスホールでの出久根達郎さんの特別講演「日本人の美風」を聴きたかったからだ。
 出久根さんは講演のなかで八十歳を過ぎてから勉強を始め英語とドイツ語をマスターし、歌(短歌)をつくり始めた電気工“カサマさん”が生涯にたった一冊、八十八歳のとき自費出版で世に残した「あらくさ」なる歌集に触れ「本を大切にする」生き方につきたんたんと話された。カサマさんは九十四歳で亡くなるまで「本があったから自分の一生は幸せだった。自分にとっての本屋さんは夢のような存在。だから、古本屋さんをなくしちゃいけない」と、よくおっしゃられたという。出久根さんは、そんなカサマさんの姿に「本があるから生きられる」なんて言葉は商売みょうりに尽きますと話され、私は例会に参加してよかったーと、つくづく思ったのである。

 このほか、この日は日本ペンクラブ会長就任後、初の京都例会となった浅田次郎新会長が懇親会に先だち「(ことしは大震災が起き、大変な年となったが)我々は書く姿勢を変えるべきではない。自分の書くものが揺らいでしまわないことこそが、私たち(作家)の負けない姿勢だ」とあいさつされ、私自身もこの姿勢には納得した。さらに、このあとの懇親の場で私は浅田さんに「書く姿勢の大切さは全く同感だ。だが、これはマスコミ各社にも責任があるが大震災にかこつけ悪乗りする文学の横行が、気になる。それから人間、偉くなればなるほど権力に溺れて、人間そのものが壊れてゆくものだ。○○さん、●●さん、△△さん…しかりでアサダさんにかぎっては、こうしたことのないように」と失礼を承知で釘を刺させていただいた。(この席には哲学者で元日本ペンクラブ会長の梅原猛
さんも出席され少しばかり、会話を交わしたが彼らは権力に溺れてはいないので。誤解なきよう。)

 【きょうの1番ニュース】出久根さんの講演もよかったが、有栖館庭園での懇親会でペンクラブ会報委員会委員の山名美和子さん(歴史小説作家)と、神戸新聞の文化生活部長兼夕刊編集長の三好正文さんに何の巡り会わせか、たまたま、お会い出来たことが、うれしかった。三好さんとは帰りに四条の居酒屋に立ち寄り、『はんなり』なる焼酎をロックで三杯ずつのみ、在来線で帰宅、尾張一宮からはバスで江南の自宅まで、と思ったが残念ながら終車は出た直後。一宮からは結局のところ、タクシーで帰った。懇親会からの酒びたりで、久しぶりに酒量はかなりに及び、少しばかり頭がぼんやりしている。
 でも、地方支局長時代の大酒のみに比べたら、どうっちゅうこともない。

☆「内村 史上初V3 世界体操個人総合 山室も『銅』」、「九電『やらせ』問題 社長続投 経産省が批判 報告書、再提出要求も」、「がれき受け入れ 愛知県市町村公表せず 再調査『国の方針に従う』」(15日付、中日朝刊)
 「福島・須賀川『松明あかし』開催へ 熱い絆 材料提供 西尾の火祭り保存会 カヤ6トン、竹100本」、「門出奏でるピアノ再び 気仙沼のジャズ喫茶 津波で浸水 支援団体が寄贈 虹・いま寄りそう」、「3英傑 復興の陣 名古屋まつり開幕」「陸前高田市長 決意と感謝」(15日付、中日夕刊)

平成二十三年十月十四日
 今夜の東京ドームでセ・リーグ連覇達成かと思いきや、そうは問屋が卸さなかった。
 勝敗もさることながら、きょうの巨人戦の目玉はシーズン最終場面で、あのルーキー、大野雄大が先発でファンの前に初めて登場したことではなかったのか。あいにく、大野は四イニングで7失点と巨人打線に打たれに打たれ中日は7―2で敗れたが、見ている方も「仕方がないな」といった感想である。見事な負けっぷりだ。負け惜しみか知れない。でも、連覇達成の楽しみが一日延びただけ、と自らを納得させている。
 巨人は同じルーキーでも今シーズン、安定感抜群の沢村が登板、2失点完投で11勝目を挙げた。ドラゴンズは大野ばかりでなく、この日は今シーズンの大半をケガに泣いた高橋が後半から途中登板、0に抑え復活ぶりを示した。

 仕事の方はといえば、このところはドラゴンズの連覇達成に伴う公式ファンクラブ会員の喜びの声収録紙面の作成や、締め切りが迫り大詰めとなった会員受け付け業務、ナゴヤドームでのドラゴンズの最終戦への会員招待の準備などで、どのスタッフも大忙しの毎日が続いている。そうしたなか、ここ数日マスコミが騒いだ東京・世田谷の民家脇道路での高い放射線量の測定問題は、民家床下から見つかった瓶の仕業と分かった。これは一体何だったのか。ニンゲンどもが放射線という見えない恐怖におどらされ、神経質になり過ぎではないのか。
 きょうの中日新聞朝刊1面の岐阜県郡上市ひるがの高原の真っ赤な写真「笑顔も染める紅色」が、いい。特に赤に包まれたなかの四人の帽子をかぶった子どもの表情がなんとも言われない。

 【きょうの1番ニュース】
♪帆を張れよ ヨーソロ 夏の大海原
 Mから渡された、彼女が以前にこしらえた一句だという。チラシの裏に書かれた一句。その中に東日本の被災者への思いが込められている。

☆中日ドラゴンズ公式ファンクラブ会報20号発行(14日付、中日スポーツ7面。ジュニア会員と震災被害者を招待、ほかに「ガブリの目」など。「ガブリの目」は公式ファンクラブのホームページでも公開)、「当たり前の新聞目指す (十五日からの)新聞週間に寄せて」、「被災地がれき 愛知受け入れ量『白紙』 市町村、汚染を懸念」(14日付、中日朝刊)
 「震災ボランティア ピークの4分の1 細る支援の手」、「介護報酬26億円不正か (豊橋市に本部を置く)豊岡会 職員水増し請求 愛知県など調査」(14日付、中日夕刊)

平成二十三年十月十三日
(きょうの日記は長くなってしまった。が、これも記録性の観点から、そして。より多くの読者の期待に応えるためにも、と、あえて書くことにした。)
 ナゴヤドームで今月四日から続いた歴史に残る十連戦最終の今夜、ドラゴンズは今シーズンの強敵、ヤクルトを2―0に打ち負かし、マジック2にまでこぎつけた。今夜のエース吉見は制球力があり、3安打に抑え今季3度目の完封でリーグトップに並ぶ17勝目を挙げた。一回から平田が、ブランコが、それぞれ二塁打を打って1点を先制、六回にはここに来てシャープな打法が目立つ和田の二塁打で点を加えた。森野のスタメン落ちが気になるが、このところ打てていないので仕方あるまい。
 というわけで、きょうもMの大好きな「ブランコさまサマ」だ。このところのブランコには神がかりめいたものさえ感じる。たまたまけさの中日本紙二社面には、ブランコと苦楽を共にする通訳・桂川さんのことが紹介されていた。タイムリーかつ、内容的にも日ごろ、陽の当たらない裏方さんに焦点をあて、なかなか良い記事だった。ブランコは、今夜で三日連続の適時打で、桂川さんの喜びや、いかほどか。

 いよいよ舞台は、あすから東京ドームでの巨人三連戦に移る。ナゴヤドームも加えれば実に十三連戦の長丁場だ。ドラゴンズが巨人に勝つか引き分け、ヤクルトが負ければ、中日のリーグ優勝、昨シーズンに続いての球団初の連覇が決まるのである。明日、ドラゴンズファンの視線という視線が東京ドームに集まる。あとは今夜、ヒーローインタビューに立った吉見、ブランコ、和田選手の「とにかくいい試合をして優勝あるのみです」「またあしたから東京でひと暴れしてきます」の言葉を信じたい。
 あすの戦いを前に、私の元には東京在住の落合信者から「ずっと好き 落合監督」の手作りボードを手に東京ドームに“参戦”してきますーといったメールなど数件が送られてきている。

 【きょう1番のニュース】Mが「壺の碑」全国俳句大会で石田郷子、鈴木八洲彦選により特別選者賞として選ばれた俳句は♪秋の陽に透かす手のひら生きている、だった。

 話はガラリと変わるが、私はきょう『一生の不覚』を犯してしまった。なんとも恥じ入るばかりである。
 実は、きょう原稿を書く手をしばらく休めて森弘好会長から頼まれていた江南ロータリークラブの卓話をしに、江南商工会議所まで出向いた。卓話は慣れてはいるはずだったが……。
 会場に着くと、かつて少年時代の姿を見た覚えのあるKさんが、あまりにも立派になられメンバーの一人として座って居られた。(私は、あの目のパッチリと大きかったかわいい少年を思い出し、夢かと思ってしまった。)あげくに、そこに日ごろ私の母がKさんの母君に大変お世話になっている、と聞いていたことを何故かしら思い出してしまい、突如(われながら、ああいう見苦しい状態を“むせび泣き”とでも言おうか。)、卓話の冒頭からしばらく感涙で声が出なくなってしまい、皆さんには大変な失礼をしてしまったのである。
 せっかくだから、大まかではあるが、その卓話の内容の一部を次に記しておきたい。
      ×      ×
 きょうは、「私が出会った人々」の演題で多くの人たちとの出会いについて話してみます。まず何の因果なのか。こうして皆さまと、お会い出来たことを感謝したい。というのは、このようにお会いできたこと。これこそ奇跡であり、私にとってかけがえのない事件だと思うからです。
 人間、何をするにせよ、どこに出かけるにせよ、ほとんどの人々とお互いに声ひとつかけることなく、すれ違うだけです。実際、東京や大阪に出かけたとしても、目的の人に会うこと以外には無言で通り過ぎてしまう。いちいち見知らぬ人に声かけをするわけにもいかないから、です。そして大半、いや、すべての人とは、それこそ、この世でただの一度、一瞬だけの無言のすれ違い劇に終わってしまいます。いわば永遠の交差のなか、奇跡の海を我々は互いに流れ星の如く歩き、生きているーとでも言ったら良いのかも知れません。
 私は定年後、昨年まで毎年、名古屋市立大学で問題認識特別講座という授業を受け持ち、ことしもメディア論を、名古屋経済短大の学生に教えさせていただきました。授業の最初に決まって学生に話すのは「こうして皆さんに会えたのも何らかの奇跡、運命だ。だからこの出会いを大切にしたい」という言葉です。
 さて、これから「私の出会った人々」についてお話しを始めます。新聞記者として長い間、この道一筋に歩んできたおかげでいろんな方々にお会い出来、またそうした人との出会いが私にとっての、かけがえのない人生指針ともなってきました。現場百回、読者優先の精神を貫いてきたからこそ、多くの人々に会えたと感謝しています。

 出会った人はといえば、ざあっと思い出すだけでも、次の通りです。
 上高地の大将・木村殖(しげる)さんに始まり、連合赤軍事件の女兵士たち、女優の吉永小百合、御木本幸吉の右腕だった松田音吉、無菌カキの考案者佐藤忠勇、無名時代の鳥羽一郎、高見山、初代朝汐太郎、小説「薄墨の桜」の作者でもあった宇野千代、岐阜県知事平野三郎、参事の和田達男、松野ファミリーの象徴ともいえた松野友・幸泰夫妻、岐阜県警本部長山下力、愛知医大を巡る三億円強奪犯の片割れ神谷力(と近藤忠雄)、作家の三宅雅子、みかんの花咲く丘を作詞した加藤省吾、エッセイストの内藤洋子、中日新聞の販売店主の間で販売の神さまとまで言われた加藤巳一郎と女傑店主の笹谷輝子さん、「加賀屋」の小田禎彦、元横綱輪島大士、俳優の森繁久弥、世界のジャズ王・ジミーライアン、詩人の長谷川龍生(現大阪文学学校校長)、詩人最匠展子、納棺夫日記(「おくりびと」の原作)の青木新門、日高てる、河童共和国の提唱者土屋斉(ひとし)、西濃運輸のトッサこと田口利夫、滋賀の嘉田由紀子さん(現知事)、文芸評論家清水信、さきがけ党首武村正義、歌手舟木一夫、神田市長(後に知事)、三浦正義一宮市議会議長、サトカン(佐藤観樹)さん、谷一夫さん(一宮市長)、着物着付けの第一人者・清水ときさん、日野原重明さん、作家の太田治子、吉岡忍、小中陽太郎さんら、都々逸の中道風迅洞、柳家小三亀松、ドラゴンズ監督の落合博満、次期監督高木守道、スタジオジブリの鈴木敏夫さん……と、それこそ数え知れません。
 これら人々は、私が定年を機にまとめた新聞記者のルポルタージュ「町の扉―一匹(いっぴき)記者現場を生きる」=能登七尾・わくうら印刷刊=の中に登場しますが(登場しない方もいる)、これでも氷山の一角。日々、名もない人々との多くの出会いと別れという川の流れの中を生きてきました。皆さんと同じで、大抵の人々がボクにとっては良い人ばかりでした。

 デ、これらの人々のなかでも特に印象深い人を例に話を進めさせていただきます。
▼松田音吉 真珠王・御木本幸吉の右腕▼宇野千代、平野三郎 樹齢1500年の根尾の老樹「淡墨桜」の保存運動、一木一草を愛する心▼山下力 運用妙有一心▼神谷力 戦後のどんぐり少年、愛知医大を巡る三億円強奪事件▼加藤省吾 みかんの花咲く丘作詞者、「海の詩(うた)」審査委員長▼長谷川龍生 放浪の詩人、現大阪文学学校校長、元日本現代詩人会会長、野球詩人でもある▼森繁久弥 海の詩「能登の夢」作詞者▼青木新門 納棺夫日記作者……

 最後に私の好きな言葉を。
 それは♪ボウフラが 人を刺すよな 蚊になるまでは 泥水のみのみ 浮き沈み(どどいつ)♪真実、公正、進歩的は中日新聞の社是だが、もうひとつ「広く聴き 深く考え 強く闘う」という加藤巳一郎が残した大切な言葉がある♪ほかに、いつも胸に秘めてる言葉が「人間の尊厳」「三方よし(売り手によし、買い手によし、人によし)」だ。
 最後に、どどいつをー
 ♪信州信濃の 新そばよりも ワタシャあ~ あんたのソバがいい♪明けの鐘 ゴンと鳴るこぉ~ろ 三日月形の 櫛が落ちてる 四畳半♪この袖でぶってやりたい もし届くなら 今宵の月は邪魔な月……

☆「福島産コメ安全宣言 知事会見 全域で出荷可能に」、「秋への近道 立山黒部アルペンルート」、「トヨタ 中国でプリウス再挑戦 12月生産再開 コスト減図る」(13日付、中日朝刊)
 「震災前500人 8割戻らず 時間止まった島 宮城・出島 港湾沈下復興阻む」、「飼い主恋し 一緒に暮らしたい 被災ペット悲鳴 福島原発周辺764匹保護 臨時収容施設常に満杯」(13日付、中日夕刊)

平成二十三年十月十二日
 今夜のドラゴンズ。六回にブランコの均衡を破る二塁打で1点を取り、八回には和田が12号3ランを放って4―0に。最終回にはヤクルトに3点を返されたものの、浅尾がなんとか持ちこたえて、4―3で勝った。終わってみれば、きょうもMが好きな「ブランコさまサマよ」の展開である。先発のネルソンは、九回途中までを3安打に抑え10勝目、ドラゴンズはこれで破竹の四連勝で、リーグ優勝に向けマジック4が点灯した。もはや、どうにも止まらない勢いで、このまま突っ走るような、そんな気がするのだ。
 今夜は名古屋駅の地下と最上階で(途中で地底から空中高く? に移動したので、こうした表現に)で、あるうちわだけの飲み会があり、トイレに行くつどケータイのドラゴンズ情報で試合の推移を確かめ、それこそ飲みながら、夜の都心を眺めながらのチェックとなった。でも、勝ってくれたのでお酒の味も、ワインの香りもなかなかいいものがあった。
 とはいえ、このところはドラゴンズがリーグ優勝した場合のファンクラブ会員の喜びの声特集の取材と執筆に追われており、あす(いや、既にこの日記を書いている今は午前五時を過ぎているので)、いや、きょう一日をどう乗り切ろうか、を考えている。というのは、特集原稿の提稿締め切りがきょうに迫っていることと、昼過ぎにはあるロータリークラブで卓話をせねばならないからだ。まさにエイ、ママヨでいくしか仕方あるまい。

 というわけで、相変わらずバタバタした時の流れのなかを、私はアップアップしながら、こうして生きている。きょうも一日こうして暮れつつあるが、くだんの飲み会で、ある女性作家が野球の話に話題が移った際に教えてくれた話しが頭に、こびりついて離れない。それは現在、快進撃中の落合監督の若かったころの話で、次のような内容である。
「あのねえ、いがみさん。あたしはヤクルトファンなの。でも主人が絶対の落合信者でネ。それは、なぜかって言うと。それはねえ、いまから二十数年前、バブルのころに遡る。その頃はプロ野球の花形選手が瑞穂球場近くマージャン荘によく来ていたんだってよ。そして花形選手にあこがれた少年たちが、どこから聞きつけたのか。深夜の路上に列を作って並んでおり、しばらく何事か、と見ていると落合さんだけがジャン荘から逃げるようにして外に出てきて、黙々とサインをしてくれていた、その現場をウチの主人が見ていて感動したんだってよ。
 いまは落合監督のことが、ファンサービスが悪いのなんの、とよくマスコミでたたかれているが、夫が言うには『決してそうではない。落合さんほどファン思いで、少年たちの心をつかむ優しい方はプロ野球選手のなかでも、あまりいない』そうよ。何人もの花形選手が深夜のマージャン荘でうつつをぬかしている。それを伝え聞いた少年たちが深夜の路上で選手が出てくるところを待つ、このこと自体がちょっと異様な光景だが、少年たちの思いをくみとって、早く帰宅させなきゃーと一人だけ、こっそりそのジャン荘から出てきてサインを黙々としながら『もう夜も遅いのだから、早く帰らなきゃ』と諭す落合選手の姿も捨てがたい。
 傍らでAなるワイン好きな好感が「落合監督は東北の秋田生まれなのだから…。ファンサービスが悪い、悪い、と言われてたたかれてるけど、そんなことないと思うよ。だって、あれだけ、ドラゴンズを強くしたのだもの。げんに、今シーズンも、やってくれてるじゃん」と口を添えた。

 【きょうの1番ニュース】帰宅すると、Mが東北で被災した多賀城の「壺の碑」全国俳句大会に応募した俳句が特選に入ったそうよーと、他人事のようにポツリと話した。で、どんな俳句なのかと聞くと「二句出したうちのひとつみたい」。「それでねえ、十六日の表彰式に来てほしいのだって。でも断った」の返事。「それは、おめでとう」と私。どんな俳句かは、そのうち分かるだろう。
 なんだか日がたつに従いMがどんどん先に走っていってしまう、そんな焦りのようなものを感じて閉じた一日でした。実際、文学的才能は私よりも彼女の方が数段上なのだから仕方がない。健筆を祈ろう。
 それから、オトンによれば、Aさんちで大切にされていたアタイの仲間が最近、急に食欲がなくなり、亡くなったとのこと。哀しいナ、と思う。眠れ、安らかに。合掌―

☆「東日本大震災七ヵ月 不明3923人、続く避難」、「ギリシャ向け 6度目の融資 EUなど 来月にも8340億円」(12日付、中日本紙)
 「おらが牛 生かす道探る 福島警戒区域今も1000頭超 農家や研究者『被ばく研究活用を』」、「ソニーまた情報流出か 不正アクセス9万3000人分」、「手焼きの味廃業救う 津波被害 名取の笹かまぼこ店 全工場流失 先代夫妻が技伝授」、「タマちゃん再来!? 埼玉・荒川にアザラシ出没」(12日付、中日夕刊)

平成二十三年十月十一日
 ナゴヤドームでの注目のヤクルト戦は、ドラゴンズがきょうも3―1で宿敵ヤクルトに勝った。これで3連勝でセ・リーグの3位以内が確定、CSシリーズへの進出を決めた。この日のドラゴンズは川井の先発で始まり、初回2死三塁からブランコの14号2ランで先制した。さらに五回には、和田が押し出しの4球を選んで1点を追加。川井は七イニング三分の一を3安打無失点で5勝目。ヤクルトは館山が崩れ、首位中日とのゲーム差が2・5となった。
 わが家のMは、なぜかブランコが大好きだ。ブランコが打つと決まって「ブランコさまサマよ。“サマさま”なのだから」と機嫌よく、私の顔をにらみつける。彼女はいつだって、外人選手のおかげで中日は持っている、といったような先入観でいるのである。確かに、ブランコが打てばホームランになる場合が多く、野球音痴のMには分かりやすくスカッとするからだろう。ともかく、このところのブランコはファンの期待に大いに応えてくれている。

 ドラゴンズは、あす勝てばいよいよマジック4が点灯する。で、あす夜のナゴヤドームはいよいよ天王山のなかの天王山でもある。仕事の方は、セ・リーグ優勝をにらんだ中日スポーツの特集号で会員の喜びの声を収録することになり、それも予定稿による事前の提稿が必要なため、少しばかりキリキリ舞いの日が続いている。月ドラの見開き二ページの「ファンクラブだより!」の大刷りチェックが終わったかと思うと、こんどは喜びの声の執筆と、このところは少しばかりあたふたとしている。
 個人的にすべきことがいっぱいあるというのに…。馬力では今でも負けないつもりだが。これでは、ファンクラブの業務を除いては何ひとつ出来ないまま、月日は脱兎の如く駆け抜けてゆく。あ~ぁ。

 【きょうの1番ニュース】「手術無事成功し昨日退院しました。術後は順調ですが暫くは安静だそうです。中日の首位も昨日知ったような状況なので…」。
 きょうは、あれやこれやと仕事に追われるなか、このところ一番気にしていた大切な、ある友人の手術が無事成功した、と聞き心からホッとした。「おめでとう。よかった。」とだけ返信する。
 夜はあさってのロータリークラブの卓話を前に、内容を知りたいーとのことなので帰宅途中に喫茶店で事前打ち合わせ。やっと今、このキーを打ち始めた。書き始めたはいいが、パソコンの平仮名がどうしても出なくなってしまい、深夜に息子に直してもらい、こうして日記をまた書き始めた。まもなく午前二時。秒単位はオーバーだが、次から次へと現役時代と何ら変わりがない。

☆「ピーク時5万人が生活 石巻の避難所 すべて閉鎖」、「(年間の被ばく線量が)1ミリシーベルト以上 国負担で除染 環境省方針案 低線量、対象を拡大」、「戦後スタート“復興運動会” 走って笑って元気再び 宮古・田老で開催 中止乗り越え 65年の歴史 バトンつなぐ 虹いま寄りそう」、「中村芝かんさん死去 83歳歌舞伎女形、人間国宝」(11日付、中日夕刊)

平成二十三年十月十日
 ナゴヤドームでヤクルトとの天王山ともいえる四連戦、首位争いが始まった。試合は、ヤクルトが石川、ドラゴンズ山井がそれぞれ先発、ドラゴンズ平田が二回裏に先制の2ラン、10号本塁打を放ち、五回には井端の適時二塁打で加点し、3―0で完勝した。中日は二試合連続の零封勝ちでヤクルトとのゲーム差を1・5差とした。七イニング無失点の山井から、小林正、浅尾につなぐ継投策もズバリ的中した。ヤクルトは9安打を放ちながら無得点、石川も九敗目の屈辱。
 一方で、ヒーローインタビューのお立ち台にたった山井、平田、井端三選手のうち平田が「ゲームを楽しみながらやってます。完全優勝をめざします。あすは今後を占う意味でも重要な試合」と答えてくれたのには嬉しかった。
 それにしても、このところのドラゴンズ選手のリーグ連覇に向かっての一体感、そして気迫がヒシヒシと伝わってくる。時折、テレビ画面に映し出される落合監督の微笑も、すべてが洗い流されたあと、勝負にだけー挑む自然体の勝負師の風情ですこぶる良かった。

 きょうはわけあって元全日空マンで現在、米国や中国など世界を舞台に観光サービス業のベンチャーに挑む友人に連れられ、三河は吉良へ。北京大学出身で中国の商務、外交、労働部にも在籍、政経家兼投資家でもある、ある若手中国人哲学者Dさんにお会いした。Dさんは中国製放射線測定機を手に、汚染の世界的広がりを憂える話に始まり、放射線測定器の製造実態、風力発電やソーラパネルなど原子力に変わる電力源話、A監査法人の話、靖国神社参拝の是非論、一時は死亡説が流れたものの九日に北京の人民大会堂で開かれた辛亥革命百周年記念大会の席に現れた江沢民前国家主席(八十五歳)のこと、さらには北朝鮮や台湾の重要度にまで話しが膨らんだ。

 なかでもDさんが言うには、今回日本で起きた福島第1原発事故で飛散した放射能は一日当たりナント二千キロの拡散で北京や上海はおろか、世界中に飛散している可能性が大だ、という疑いだ。それどころか、日本のある政治家の家族に至ってはつい最近になり、早々と妻子がシンガポールに移転した、との話まで幅広くに及んだ。
 驚いたことには、今度の福島原発事故の根源悪は弱い政治家と東電にある、とDさんが言い切った点である。そして、もしDさんが日本の総理になったなら「百キロ圏内には人は住まわせず、その周辺で農作業を行って地元雇用を図る」となかなかの考えの持ち主でもあった。

 【きょうの1番ニュース】元全日空広報マンで現在は観光業を主体としたベンチャーに挑む友人に久しぶりにお会いできたことか。彼の生き方そのものが、私にとっては美しい姿に写った。

☆岩手県陸前高田市広田町の黒崎神社で九日、東日本大震災復興祈願祭があった。地元の保育園児が七福神にふんし、保護者や住民を前に踊りを披露した。(10日付、通風筒)「裂かれた 20歳の夢 米作りと介助 両立厳しく」、「石巻の親子らF1に大歓声 鈴鹿市が招待」、「原子力教育交付金 愛知など原発見学中止 三重『現場の要望ない』」(10日付、中日朝刊)

平成二十三年十月九日
 ゴンザレスとチェンの投げ合いとなったナゴヤドームでの巨人×中日戦は0―0のまま継投が巨人は山口、久保、中日も岩瀬、浅尾と豪華版となった。そして延長十回の裏、1死一、二塁で代打のお兄ちゃん、堂上剛裕が中越えに適時打を打ち、サヨナラ勝ちした。中日の今シーズンの勝利は、これが70勝目、浅尾は7勝目をあげた。巨人は毎回安打の11安打を放ちながらも勝利に恵まれなかった。

 きょうは、一応休みとはいえ、公私ともに朝から何かと追い立てられ、一日中フル回転だった。午前中、十三日の講演要旨を書き(先方がロータリークラブの会報にも講演を掲載予定なので書きものがほしい、ということなので)、続いて病弱なMのアッシーくんを務め、昼過ぎには社に上がってドラゴンズが優勝したときにそなえた喜びの声収録のための事前取材に当たった。
 取材見通しがたったところで早めに自宅に帰り今度は裏庭に生い茂ったアサガオのツタや雑草の除去作業に、息子にも加勢してもらって当たった。
 これでは、とても実家で私たちを待つ九十一歳の母に顔を見せに行く時間などはなく途中電話はしたものの出ないので、きょうは甘えさせてもらい自分たちのしなければならないことをさせてもらった。
 正直、新聞の整理や小説執筆なぞ、しなければならないことが山ほどあったが、きょうのところは、とてもそこまでは手が回らなかった。

 午前零時をとおに過ぎた。私は今何をすべきか、をいつも自問自答しながら日々過ごしているが、きょう(きのう、になってしまったが)何よりもしなければならないのは、ドラゴンズが優勝した場合の喜びの声特集の手配である。こんなわけで、私は社にあがってからは、北は北海道から南は沖縄の会員まで心当たりに電話し一日も早く「喜びの声」を送ってほしいーと、ただそのことばかりを電話でお願いしたのである。

 【きょうの1番ニュース】Mがスーパーを買い物して歩くうち、からだがユラユラと揺れるようで今にも倒れそうだ、というので気遣いながらの店内行軍となった。それでも、夜、裏庭の雑草刈りを手伝おうとするので、ハラハラドキドキしながらの一日となった。Mは、やり出したらきかない強情なところがあるので今夜は、ほとほと疲れ果て、こうして笛猫人間野球日記を書いているのである。

☆「復興への舞 力強く 仙台『YОSAKОIまつり』」、「被ばくの悪夢再び 3・11の家族 消えた乳牛 見えぬ再起」、「幼い遺骨『906』 迎え待つ秋 福島沖で発見 身元不明男児 安置の寺『一日も早く家族へ』」(10月9日付、中日朝刊)

11年10月10日

ウェブ作品集

伊神 権太

実録随想「残り花」

平成二十三年十月二十七日
(この日記はアタイ=こすも・ここ=が、お父さんの「私」になりきって書き進めています。ごくごく、たまにアタイそのものが突然、出てくることがあります)

 『ねぇ~』   こすも・ここ
 

       『なぁに』  シロ

 プロ野球の新人選手選択会議(ドラフト会議)がきょう、東京都内のホテルで開かれ、中日ドラゴンズは次期監督の高木守道さんがさい先よく高橋周平内野手(山梨・東海大甲府高校)を見事、1位指名選手として引き当てた。オリックス、ヤクルトと競合したが、そこは天命か。高木さんの腕に、将来ある高橋選手が託されることになった。
 ドラゴンズは1位で指名した高橋内野手はじめ、計六人との交渉権を獲得したが金沢の星稜高選手あり、三重県の津東高校の選手あり…で地域のバランスもよく取れた内容の交渉権獲得となった。来シーズンでの布陣、活躍が大いに期待されるところだ。ちなみに巨人・原監督の甥でもある東海大の管野智之投手は一部に他球団が回避するのでは、といった情報も流れたが日本ハムが指名し、交渉権を得た。

 文芸誌「北斗」十一月號が送られてきた。
 さっそく文芸評論家・清水信さんの「ひたすら書いた人たち(28) 突然ながら節電論に」に目がいく。なかで私の腹をえぐったのは39ページ、『280、原田芳雄』の項である。抜粋しておこう。
 《何といっても、力がこもっているのは「原発関係」の記事である。政府、保安院、東電のパブリックな情報に信用が置けず、TVや新聞の情報も不明晰である今日、身を張って取材し、真実に迫る記事を発信し続けているのは週刊誌だけだ。俗悪といわれる週刊誌こそ、記者魂を持ち続ける書き手を重用していると言っていい。
・残酷すぎる結末、日本の子供が壊れている・20年後の日本にはがん、奇形、奇病、知能低下が溢れる・全国分布、放射能汚染の事実、スーパースポットを調査・福島第一の再爆発に備える。・これから子供たちに起きること。・観光客の消えた事実。
――これらは、やはり怖るべき現実と未来である。目をふさいではならぬ事実というべきだ。》

 【きょうの1番ニュース】「脱原発を考えるペンクラブの集い」11年11月16日開催決定! の緊急告知付の日本ペンクラブ会報(2011年10月17日発行)が、わが家に届いた。会員短信の中で伊神権太(私)は「いよいよ“いがみの権太”のドラファン珍道騒動記の執筆にかかりました。」と宣言。

☆「日本人初の減少 総人口微増1億2805万人 10年国勢調査確定値」、「18省庁にサイバー攻撃 標的型メール広がる 職員になりすまし」(27日付、中日朝刊)
 「ギリシャ債務50パーセント削減 ユーロ圏首脳会議 基金拡充策も決定 銀行自己資本9パーセントに増強」、「中日本高速社員脱税 50億円上積みメモ渡す 採石会社に山田容疑者『確認書』協議前」(27日付、中日夕刊)

平成二十三年十月二十六日
 セ・リーグが、きのうのヤクルトー広島戦(神宮球場、2―1でヤクルトの勝ち)で全日程を終了した。新聞にはセ・リーグの個人タイトルが表としてまとめられている。ドラゴンズ選手の個人タイトルは、吉見投手の最多勝利(巨人の内海選手と並び18勝)と最優秀防御率(1・65)、浅尾投手の最優秀中継ぎ(52)だ。
 ほかには、巨人・長野が・316で首位打者、阪神・マートンが180安打で最多安打、広島・前田健太が192の最多奪三振、ヤクルト・バレンティンが31本塁打で最多本塁打、阪神・新井貴浩が93の最多打点、巨人・藤村大介が28の最多盗塁、阪神・鳥谷が・395の最高出塁率、そして同じ阪神・藤川球児が41の最多セーブに、それぞれ輝いたのである。

 きょうも吹くかぜは初冬のそれで、外を歩いていると、全身が引き締まる感じがする一日だった。Mの配慮なのだろう。わが家の二階寝室では、いつのまにか掛け布団が敷かれている。
 毎日新聞朝刊で連載中の高樹のぶ子さんの小説「マルセル」、連日読んでいるが、きょうの表現で一カ所気に入った部分があるので、ここに筆記しておく。
――……
 瞬間瞬間、その場で人間は変わり、そのために真実はいくつも存在する。一つの事件も、きっとそうだろう。
 自分に向けられている面が心地良くて善意を感じさせるなら、きっといまは、その人全部が善人なのだ。その人を善人にしているのは、自分自身なのかもしれない。
 ……

 【きょうの1番ニュース】「どくとるマンボウ」シリーズなどで知られる作家の北杜夫(きた・もりお)さんが二十四日午前六時二分、腸閉塞のため東京都内の病院で死去した。八十四歳だった。北さんは、歌人斎藤茂吉の次男で旧制松本高校(現信州大学)在学中に父・茂吉の短歌やトーマス・マンに心酔して創作活動を始め、同人誌「文芸首都」などに作品を発表し始めたという。

☆「NY円75円73銭 最高値更新」「衆院にサイバー攻撃か 3議員PCウイルス感染 対策本部設置」、「タイ空港にも牙(洪水による浸水のため、待機するタイ航空旅客機)」、「肩痛から復活 高橋(聡文)投手 強気取り戻す秋に」(26日付、中日朝刊)
 「北欧の風景 言葉に凝縮 ノーベル賞 トランストロンメルの文学 上倉あゆ子」、「北杜夫さん死去 作家『どくとるマンボウ』 84歳」、「東京円 初の75円台 日銀、追加緩和策を検討」、「中日本高速社員を逮捕 名古屋地検 9020万円脱税の疑い 新東名用地買収絡み 本社など家宅捜索」(26日付、中日夕刊)

平成二十三年十月二十五日
 各紙ともJR東日本東北(仙台市)の森内寿春投手(二十六歳)が昨日、京セラドーム大阪で開かれた第82回都市対抗野球一回戦で三菱重工横浜(横浜市)を相手に4―0で破り、完全試合を達成したことを報じている。なかでも毎日はガッツポーズをする森内の写真入りで1面で報じている。
 そして1面下のコラム「余録」では二十二日に京セラドームで開幕した都市対抗野球の開会式でのJR東日本東北・長谷部純主将の選手宣誓に触れ、その内容を紹介していたので以下に抜粋して記録にとどめておく。
「私たちが生きている今日は、亡くなった方々が生きたかった今日です」「正直、今日、この京セラドーム大阪にいることが信じられません」「今、生きていること、働けていること、野球ができることに感謝の気持ちでいっぱいです」
▼大会三日目のきのう、そのJR東日本東北の森内寿春投手が完全試合を達成したのである。なんという運命の巡り合わせなのか。
 さすがの私も、この完全試合には感動した。それも、都市対抗野球での完全試合は第28回大会(二瀬町・現福岡県飯塚市の日鉄二瀬の村上峻介投手が高砂市・鐘化カネカロン戦で記録して)いらい、なんと五十四年ぶり二人目だという。これは「東北よ、元気になれ!」という見えない神のおぼし召しかも分からない。
 このほか中日スポーツでは運命のドラフト会議を前に、ドラゴンズの「森野2世だ」と前評判の高い高校通算71本塁打の東海大甲府高校・高橋周平内野手に触れている。

 今夜、バス停で降り、自宅まで歩くほんの少しの間にからだに受けた風は、完全に“冬の風”だった。山肌では紅葉前線がどんどん、麓に下ってきているに違いない。
 秋は知らぬ間に、どんどん深まってゆく。テレビニュースによると、東京では昼間は二十度を超え暑く感じるほどだったが、夜になるとグーンと温度が下がり寒暖の差が大きい一日だという。秋の深まりには、なぜだか哀愁のようなものを感じる。

 【きょう1番のニュース】Mにより、今朝、こすも・ここが、またの名前を『巴御前』、シロちゃんも『静御前』と命名された。そのわけは、こすもは、何か用事があると主人の傍らに来て大声をあげて主人を引きずり回すから。そして一方のシロはいつも無言のまま静かにMのそばに寄り添っているからだという。要は動と静、の証明か。こすもは、私を家来だと思い、シロちゃんはMを主人と思っている。ただ、それだけの違いなのだが……。

☆「福島第1事故 東電手順書 機能せず 電源盤水没想定外 黒塗り箇所公開」、「トヨタ 国内の残業休止 5日間 タイ洪水で部品不足」、「名東・中2死亡 児童相談所 虐待伝えず 警察は弟のみ把握」(25日付、中日夕刊)
 「文化勲章 赤崎氏(半導体電子工学の名城大教授)ら5氏 陶芸家・大樋年朗氏にも(他に小説家・丸谷才一氏)」、「水産の街 熱さめず フカヒレ加工 仮工場で再開 気仙沼『伝統守りたい』」(25日付、中日夕刊)
 
平成二十三年十月二十四日
 中日スポーツの報道によれば、ドラゴンズはきのう宮崎でのフェニックス・リーグ、横浜戦に臨み先発の山内壮馬投手が五イニングを2安打無失点と好投し、4―0で勝った。また右手の親指痛で十六日の日本ハム戦以来、出場していなかった野本圭外野手が代打で復帰、いきなりタイムリーを放ったという。この調子だと、二人ともクライマックスシリーズ(CS)での出場、さらには活躍が大いに期待される、と思うとナンダカ胸がわくわくするから不思議だ。
 その一方で、ドラゴンズ球団は落合政権初年度のドラフト1巡目だった、中川裕貴外野手に戦力外通告をした。勝負の世界は厳しいな、とふと思ったりする。竜の話題といえば、中日新聞の第二社会面「2011 竜が舞う」で、亡き夫の供養でナゴヤドームに通い続ける名古屋市中村区、野口利世子さん(七十六歳)の場合が紹介されていた。

 きょうは月曜日。朝も、昼も、夜も、自宅にいても、社にいても、何故かしら、体中が睡魔に襲われ、全身が揺れているような一日だった。帰宅すると、居間で、無言で待つMを目の前に「今宵もなんとか、Mの元までたどり着くことができた」と心底から思う。

 【きょうの1番ニュース】帰宅し、たまたまNHKテレビの「鶴瓶の家族に乾杯」を見たが、番組のなかに出てきた、広島県安芸高田市の神楽を演じる地元の子どもたちの表情に「これこそが本物の文化だ」と胸打たれた。地方で脈々と生き続ける伝統芸。およそ、文化であれ、文学であれ、本物とは。ひそやかに咲く、こうしたものだと思う。

☆「トルコ東部でM7・2 死者1000人超の情報」、「リビア解放を宣言 評議会 暫定政府一カ月内に」(24日付、中日朝刊)
 「元寇の沈没船 初発見 琉球大教授発表 長崎沖、全長20メートル超か 竜骨と外板を確認」、「愛犬の名『ココ』1位=ワン、ワン、ワンの鳴き声にちなんだ十一月一日の犬の日を前に、ペット専門保険を手掛けるアニコム損害保険(東京)が実施した愛犬の名前調査で、人気ナンバーワンの座を『ココ』が射止めた」(24日付、中日夕刊)

平成二十三年十月二十三日
 プロ野球パ・リーグの全日程が昨日で終了した。
 この結果、内川聖一外野手(ソフトバンク)が打率3割3分八厘で四十年ぶりに二人目となる両リーグ首位打者となった。内川は横浜時代の2008年以来二度目の首位打者で、中日とロッテで首位打者となった江藤慎一に続く快挙となった。また投手部門では、五年目の田中将大投手(楽天)がホールトン投手(ソフトバンク)と並ぶ19勝に加え防御率1・27、勝率1位(7割9分2厘)に与えられる最優秀投手の3タイトルに輝いた。
 このほか、“おねだりくん”で知られる中村剛也内野手(西武)は48本塁打と116打点で2年ぶりの二冠に輝いた。

 午後、久しぶりにMと満九十一歳の母が待つ実家へ。亡き父の仏前に手を合わせ庭の柿の木にたわわになった柿を、Mが梯子に乗るなどしてふたりで一緒に挟みで枝ごと切って持ち帰った。「Kちゃん(私たちの息子)に、あげ寿司つくっといたから」と母がわざわざ、こしらえてくれていた、あげ寿司をもって帰ったが、これがなかなか、昔と変わらず美味しくて「さすがは、オレの母親だ」と内心、感心したのである。

 【きょうの1番ニュース】実家の父の書斎を中心に二、三年ほど前に、私が八巻すべてを読破済みである吉川英治の新書太閤記全八巻(昭和33年3月30日、六興出版部発行)を探してみる。書斎の本棚ではなく、ピアノが置かれた別の部屋の書棚にそれはあったが、信長の側室・吉乃と彼女が住んでいた生駒屋敷の記述を、探すまでには至らなかった。
 なにしろ、全八巻で三千ページほどに及ぶ大作なので、余裕のある時にあらためて拾い読みでもしながら探してみよう。私がかつて読んだ記憶のかぎりでは、吉乃が登場するシーンは殆どなかったような気がするのだが。新書太閤記が発行されたのが、昭和三十四年九月の伊勢湾台風で江南市内の民家の土蔵から、古文書「武功夜話」が発見される前だったーなどからして、吉乃のことは当時、まだ歴史上の人物としては、あまり認識されてはいなかったのかもしれない。いやいや、吉乃に限ってはそんなはずはない、のだが…。分からない。

☆「桜でつなぐ希望と教訓 陸前高田の津波到達線1万7300本植樹へ 3・11の記憶継承
=岩手県陸前高田市で十一月、東日本大震災による津波で浸水した地域と無事だった地域の境目に十メートルおきに桜の苗木を植えていく運動が始まる。津波の記憶を目に見える形で伝えるのが目的で、「桜ライン311」と名付けられた。市内の津波到達線の総延長は百七十三キロ。一万七千三百本の大規模な植樹になる。(勝間田秀樹)」
 「被災体験聞き取り 冊子に 宮古で調査始まる」、「柏の土壌 セシウム27万ベクレル 文科省『福島放出 否定できず』」=いずれも10月23日付、中日朝刊

平成二十三年十月二十二日
 ドラゴンズのリーグ戦が終わり支えがなくなったみたいでナンダカ寂しい一日だった。それでも、新聞を見れば、きのうの阪神対横浜戦(4―2で阪神の勝ち)をとらえ「藤川40セーブ 4季ぶり」「阪神監督に和田氏(和田豊阪神打撃コーチ)内定」と報じ、米大リーグ、マリナーズの天才打者のイチローの10年連続200安打がなぜ途切れたか、について中京大・湯浅景元教授が分析している。中日新聞の別刷りのドラゴンズ優勝特集「連覇の花道」では落合監督の言葉から連覇への軌跡を辿った「逆転伝説」が読み応えがあって、なかなか良い。

 久しぶりに雨の一日―雨の音が、からだに一粒ひと粒入り込んで来、わたしの心を不思議と感傷的にする。雨はいい。きょうも先に執筆した未公表小説の読み返し(まだ途中)と、次に取りかかる小説のプロットをどうするか、で午前中を費やした。
 午後からは、三十日に迫った中部ペンクラブの文学散歩を前に、信長の側室・吉乃が暮らしていた生駒屋敷、さらには昭和三十四年の伊勢湾台風の際、風雨に曝された土蔵から出てきた信長、秀吉らの足跡が克明に記録された古文書「武功夜話」の舞台をマイカーであらためて訪ねてみた。幹事役の一人として、文学散歩のコースを今一度確認しておきたいためだが、古文書が出てきた土蔵の所有者、吉田龍雲邸では家人に丁重に事前の挨拶をさせていただいた。

 【きょう1番のニュース】生駒屋敷など江南市内に点在する武功夜話の舞台をマイカーで二度巡るうち、なんだか私自身、歴史のなかの主人公・信長が吉乃に逢いに行くような、そんな気がしてきた。車が、これまた三十日に巡ることになっている犬山は興禅寺近く羽黒の磨墨塚に眠る、源頼朝が藤原景時に与えた名馬・磨墨(するすみ)だったなら、とふと思いを巡らしたりした。

☆「リビアきょう解放宣言 国民評議会」、「手間かけべっ甲色 尾鷲カラスミ作り」(22日付、中日朝刊)
 「強く安全な街に復興を 陸前高田で慰霊祭 震災後初めて」「夫と孫亡くした女性 心の支え使命感だけ 孫娘捜索 毎週続く」、「『英雄の称号 日本国民に』 原発事故指揮官 スペイン皇太子賞受賞(福島第一原発事故の発生直後に原子炉冷却や住民の避難誘導に携わった警察、消防、自衛隊の現場指揮官五人に、フェリペ皇太子が『共存共栄賞』を授与)」(22日付、中日夕刊)

平成二十二年十月二十一日
 (いまは二十二日午前四時過ぎだ。アタイ、すなわち、こすも・ここの執拗なる鳴き声に私はいつものように起こされた。いま起きなければこの野球日記を書き続けるという私の計画が途中で頓挫してしまう…、私はそう自らに言い聞かせ、自らに厳しく立ち上がり、こうして自室デスクに向かい書き始めた。これも文学だ。やはり、体力勝負なのだ。ここで筆を止めるわけにはいかない。)

 リーグ戦最後の広島戦が終わり、きょうはこれまで張り詰めていたものが消え入りそうだ。本日付の新聞(中日スポーツ)に目を通すと、最終戦を終えマツダスタジアムで深々と頭を下げている落合博満監督の写真が目に飛び込んだ。
 一ページずつ開いていく。なかで目にとまったのは今季限りで楽天を退団する山崎武司内野手(四十二歳)の写真入りで報じられた「何も決まっていない」の記事だ。十月初め、遠征先で球団から来季の構想外を告げられた山崎は悩んだ末に他球団での現役続行を決断しているだけに、新天地がどこになるのか。ファンにとっては、すごく気になるところだ。
 ほかには、TBSホールディングス(HD)と、携帯電話向けソーシャルゲームサイト「モバゲー」を運営するディー・エヌ・エー(DeNA)が大筋合意している横浜の球団売却問題で、パ・リーグの三、四球団首脳が「(DeNAが)出会い系サイトを運営しているばかりか、将来的な経営安定も不安視している」との観点から、反対しているーという事実が分かった、というニュース。この点に関しては「DeNAで大丈夫だ」とするTBSに対して、ここにきて「京浜急行電鉄グループが急浮上してきた」という。

 新聞といえば、二十一日付は各紙とも、反カダフィ派「国民評議会」の部隊が二十日、北中部シルト近郊で元最高指導者カダフィ大佐を拘束するとともに、カダフィ派の最後の拠点だった同地を制圧したーと報じている。車列をNATО軍に空爆されたカダフィ氏は穴に逃げ込み反カダフィ派の兵士に向かって「撃つな、撃つな」と叫んだが、病院に運ばれる途中に命を落としたとの報道もある。

 そして。きょう(二十一日付)のデイリースポーツの「本紙独占 落合手記 勝てるチームを作る 役割は果たせた」「今の野球では完全優勝よりリーグ連覇の方が難しい」「まだ教えたいこともあるけど選手たちはひとりで歩けるようになったかな」「来年はユニホームを着てることはないと思う。女房と旅行でもしたいな」の『落合手記』がいちいちうなづけ、核心部分をついている。
 特に最近の球団の経費削減に触れ「削るとこ間違ってんだよ。今回のビールかけだってそう。カッパ(ウインドブレーカー)がないんだよ。あの日なんか、めちゃくちゃ寒かったのにな。聞いたら、スポンサーが付かなかったからだって。去年まではキリン(ビール)とか、アサヒ(ビール)とかが付いていたらしいんだけど。どんだけケチかって話だよ。作ったって100着ぐらいの話だろ。選手が風邪ひいたらどうするんだ。その辺が分かってないんだよな。削るのは結構だけどさ。」の下りには考えさせられた。
 もしかしたら、このところの一連のドタバタ劇はカッパが必要かどうか(ビールかけをするのだから当然必要だ)、この辺りの見極めの甘さ、それに互いの不信感が増幅して生まれた不幸な結末のような気がしてならない。
 要は、物事を進めるに当たっての重要さを見通す力、これが欠けていた。相手の懐に飛び込んだうえで落合監督を説き伏せる人物がいなかった点に寂しさを感じる。陰でこそこそ言うヒヨッコ連の悪口の数々(これは私の耳にも時折、届いている)。これが、どんどん大きくなって火を噴いた必然だったかもしれない。
 この点では一部に「ファンサービスがなっていない」との批判を浴びながらも、選手と大方のファンを味方にし続けた落合監督のしたたかさの方が一枚も、二枚も上だったのではないか。要は、落合ほどの努力と苦労を突き破る人材がいなかった、ということだ。
 新聞記者に限らず、人間大事を進めるには家庭も顧みないで少々の批判があろうが、敵のなかにまで入り込み垂らしこむほどの才覚も時には必要だ。私、すなわち“いがみの権太”ほどになると度を越えすぎで、これまた良くはないのだが……、デアル。(これ以上は私の著書「懺悔の滴」を読まれるがよい)

 【きょう1番のニュース】中日スポーツが本日付別刷り特集で「リーグ連覇おめでとう特集」号を発行。その中の19面で「ドラに勇気と希望もらった 公式ファンクラブ会員全国から喜びの声」を紹介したが、紹介された『能登は七尾』の笹谷憲彦さんから、さっそく私あてに電話が入った。
「ありがとうございます。こんなにまで書いていただいて。母も喜ぶわいね。さっそく拡大コピーにして仏前に供えました」とノリさんらしい。私が紹介した憲彦さん夫妻の喜びの声が「母に見せたかった」の小見出し入りで紹介されていたためで、受話器を通して聞こえてくるノリさん夫妻の声に思わず、涙が出そうになった。
 生前「広く聴き、深く考え、強く闘う」を信条に読者一人ひとりに限りなき愛を注ぎ続けたミイチさん、中日新聞の元会長で販売の神さまとまで呼び慕われた故加藤巳一郎会長。そのミイチさんが誰よりも信頼していたのが、当時、女傑店主で恐れられた笹谷テルさん、すなわち輝子さん、その人だった。
 私が七尾支局長在任当時、私たち支局員がどれほど彼女のお世話になり、温かい目で支えられてきたことか。これは彼女と接した人間にしか分からないだろう。今のドラゴンズがあるのも、彼女たち販売店主、そして従業員の足を棒にして歩いてきた見えない努力があればこそ、である。先年、惜しくも他界されてしまった元尾張中日会長だった、故青木さんとて、同じだ。公式ファンクラブが発足した2006年当時、何度となく事務所に足を運ばれ「イガミさん、がんばってよ。ワシらも(会員集めに)がんばるでナモ」と励ましてくださった。前会長の若き闘将・伊藤さん、現会長長谷川さんとてしかり、だ。

 私は、ここであらためて声を大きくして叫びたい。
「テルさん! ドラゴンズ、落合竜がセ・リーグ連覇を果たしましたよ」と。ありがとう、テルさん。そして数え知れないほど多くの読者の皆みなさま! 次はいよいよ昭和二十九年いらいの完全日本一達成の時が来たのです」(いがみの権太)。

☆「カダフィ大佐死亡 独裁42年 体制消滅 リビア 出身地シルトで拘束」「最後まで地位に執着」、「三重で真珠貝大量死 270万個 台風で赤潮拡散か 英虞湾など」(21日付、中日朝刊)
 「カダフィ大佐 拘束後、銃撃戦で死亡か 『連行中、殺害』情報も 全土解放宣言へ」、「水車で輝け 淡墨桜 小水力発電ライトアップ計画 本巣市、地域活性化に」、「あの人に迫る べラ・チャスラフスカ(五輪女子体操メダリスト) 歴史変える歯車走りつつ回した(佐藤次郎記者)」(21日付、中日夕刊)

平成二十三年十月二十一日
 ドラゴンズにとっての今シーズンのセ・リーグ最後の公式試合(広島戦)が今夜、広島スタジアムであり、ドラゴンズは七回、マエケン(前田健太)からの平田の本塁打で先制したものの、八回から登板のチェンが打たれて2―1で広島にサヨナラ負けした。
 中日は久本、広島はマエケンの先発で、始まったこの試合。テレビを見る限り、中日打線がマエケンら広島投手陣に“きりきり舞い”したような、別の表現をすれば手玉に取られたといおうか。そんな感じの試合だった。最後の試合ということで打ち気にはやったところにスキが出来、やられたーという感じである。
 その証しに中日は広島投手陣に16三振を献上する形となった。おかげで、マエケンはシーズン最多奪三振(188)をモノにした。

 いずれにせよ、球団史上初めてのセ・リーグ連覇を果たし、東日本大震災の被災民も併せた、すべての野球ファンに夢と希望、そしてなによりも諦めない心を与えたドラ選手、そして落合監督、コーチ陣、スカウトら球団全スタッフの1年間の健闘と労苦にこの際、心からの拍手を送っておきたい。同時に感謝もしたい。
 もちろん、ファンあってのリーグ優勝でもあり、ここまでたどり着いたのは何を隠そう。姿を見せない多くのファンの応援のたまものであることも、あらためて胸に刻んでおきたい。プロ野球が何よりも、ファンのためにあることを、ことしほど大きく感じたシーズンもないのである。

 今夜は、どちらかといえば健康的な本欄には馴染まないが、プロ野球の、ひとつの影の歴史として記録にとどめておきたいことがある。
 それは次のようなものだ。
――一部スポーツ新聞で報じられた「落合監督怒らせた(球団社長の)敗戦ガッツポーズ事件」。人の口とは危うきもので、うわさが尾びれをつけ、うわさを呼び、きょうになり、またまた波紋を呼び起こしている。
 二十日付某スポーツ紙の「逆転優勝したオレ竜ナインを奮い立たせたのは坂井社長の敗戦ガッツポーズ」との報道に坂井球団社長が「そんな(私がガッツポーズをしたなどという)記憶は全くない。うそだと思うなら、うそ発見器にかけてもらってもいい」と反論したとの記事が、今日になり同紙に掲載された。
 この世の中、言った言わないほど、あてにならないものはない。ただ大半のファンが純粋にリーグ連覇を喜んでいる時に、これに水を差すような一部スポーツ紙の一連の報道には嫌気がさし、新聞の品位を疑いたくなる。百戦錬磨の坂井社長が「(そんなことは)ない」と話しているのだから、ない。「ない」に決まっている。それでいいではないか。それ以上、何が言いたいのか、が私には分からない。
 ただ、今回の騒動が純粋なドラゴンズファンの気持ちを大きく傷つけたことも、疑いのない事実だ。ああだこうだ、と言うほどにドツボに嵌ってゆく。否定し、あとは静観しているのが1番のような気がする。落合嫌いな一部輩(やから)たちによる、ドラが負けたら喜ぶーといった外部からは信じられない風潮が球団や、ファンクラブ関係者の内部に全くなかったか、となるとウソになる。あってはならないことだが、現体制の不満分子たちが、内部批判をしながら、監督を追い出しにかかっていたのは明らかだ。

 保身にのみ走っている男はいないとは思うのだが…。心当たりのある関係者には、その点を謙虚に反省し(おそらくこうした連中が反省することはないだろうが)、坂井さんの苦渋の「ない」の言葉を受け止め、これで終わりにしてほしい。寧ろ、やつらはこうした事態になるのを助長してきたのだ。この世の中には自分勝手に過ぎ、仮面をかぶったニンゲンどもがいかに多いことか。これでは純粋なファンが浮かばれない。
 こんな進歩のない「言った、言わない」は何ら発展性がない不毛の時間で、このままだと次期・高木守道政権にも悪影響を与えかねない。もはや、ヒヨッコたちのチィーチィーパッパ論争(第一、これは低次元極まり、論争にすらならないのだが…)はやめてほしい。何をやっているのだ!

 それよりも球団はじめ関係者は、これを知ったファンの皆さんが、どんなに踏みつけられた気持ちでいるのか、を胸に手をあてて静かに考えてほしい。ニンゲン、どんな場合も支持者がいれば反対者も居て、それでこそ民主主義が保たれているのだ。落合監督批判派と擁護派、これとて然りだ。このままだと、何も知らない大半のファンの純粋な気持ちが浮かばれない。人を批判する前に自分自身は、どうなのか。私自身も胸に手を当てている。
 皆、それなりに生きてきたニンゲンばかりだ。それぞれが、ドラゴンズを少しでもよくしようと一生懸命なのだ。無言のなかにも意思と意思が通じるドラゴンズワールドは永遠のはずだ。何も知らないファンの皆さんが今度の一件をどんなに、嘆き、哀しんだことか。このことは私自身が書く小説でやがて明らかにされる。
 とはいっても、もっとさわやかで健康的、時には脱線もするヒューマンタッチ、かつワサビがぴりりと効いた前代未聞の物語として誕生することになるだろう。

 【きょうの1番ニュース】東日本大震災の被災地、東北・多賀城市からMあてに丸い筒に入った賞状二枚と、賞品の入った立派な箱ふたつが届いた。
 私は風呂から上がったあと、賞状を手にMの目の前で「賞状 兼題の部鈴木八洲彦選(石田郷子選)特選 秋の陽に透かす手のひら生きている 伊神舞子殿 あなたは第十八回「壺の碑」全国俳句大会において(以下は略) 多賀城市観光協会 会長丹野五郎」と読み上げた。
 ちなみに立派な賞品箱の中から顔を出したのは、「おいしい多賀城の味認定品 多賀城銘菓 梅月堂菓子本舗」の銘菓・多賀城瓦だった。これには、いまなお重くのしかかる風評被害をはねのけよう、との被災地の声なき声が届くようで思わず胸が熱くなった。
 おいしい、おいしい魂のこもった賞品をMは手にした。あらためて、おめでとう。偉くなったり有名になる必要はさらさらない。ただ自分自身に納得する、歌詠みとしての、この先の大いなる飛躍を願う。

☆「屋内除染ひと拭き セシウム吸着モップ 豊川の企業開発 水中モールも」、「ドームに連覇の余韻 中日、ホーム最終戦」、「日系四輪 全工場が停止 タイ洪水 部品確保できず」(20日付、中日朝刊)、「吉見2冠(最多勝18と最優秀防御率1・65)確実」(20日付、中日スポーツ)
 「復興の壁 大型船、海へ 津波で“座礁” 釜石、七カ月ぶり」、「原発防災 30キロ圏に拡大 安全委案 5キロ以内、直ちに避難」(20日付、中日夕刊)

平成二十三年十月十九日
 今夜はナゴヤドームでのセ・リーグ公式戦の最終戦―。三塁側内野Aには公式ファンクラブからラストゲームに招かれた五百人が陣取り、事務局で用意した「ありがとう 66」のボードを手に応援に声を枯らした。(66は落合監督の背番号)。
 赤川(ヤクルト)川井(ドラゴンズ)の先発で始まった試合の方は、三回に小山の適時打で2点を先取したドラゴンズが四回にも3連打の2点を加え、4―1で快勝、二番手で2イニング無失点の吉見投手がリーグトップの十八勝目をあげた。ナゴヤドームで五連勝のドラゴンズは、四季ぶりにヤクルト戦の勝ち越しを決めた。ヤクルトは、中日の天敵とまで言われ一時は、あれほどまでに勝てなかったのに。気がついたら、なんと勝ち越していたのだ。勝利の女神が、気がついたらグイッ、と引き寄せられていたのだ。

 試合のあと、落合監督のあいさつがあり、監督は帽子を取って一礼したあと、開口一番「えー、長い間お世話になりました。選手たちは、これからも優勝に向かってグラウンドで戦い続けていくでしょう。…そして(ここで少しだけ涙声になり)全国のドラゴンズファンの皆さん! ありがとうございました」と簡潔明瞭なあいさつをした。
 引き続きペナントのチャンピオンフラッグを手にした監督、選手がドーム内を手を高くあげながら一周すると、観客席からは五色のテープが舞うなか、「落合さあ~ん、アリガトウ」、「やめないでえー」と叫ぶ声が相次いだ。またオチアイ、オチアイ、…オチアイ、オチアイ、オチアイ、オチアイ……の大合唱が何度も、何度も、ドームの丸天井に抜けていった。

 今夜は、招待者の取材兼立ち会いで、さすがに少しばかり体に響いた。三塁側の内野Aの上段や通路で立っていると、何人もの会員の方々が「イガミさん」と声をかけてくださり、本当に嬉しくありがたく思った。
 大垣のYさん、一宮のAさん、日進のIさん、松坂のMさん……。不思議と皆さん、美男美女ぞろいだ。人生をひたむきに生きている方々ばかりである。今夜は、ほかにも多くの人々と言葉を交わしたが、皆ドラゴンズの優勝には満足そうで笑顔がまぶしく、かつ美しく、私には感じられた。異口同音に「こんどは、日本一になってほしい」と話されていた。

 【きょう1番のニュース】私の遅い帰りをMはじめ、こすも・ここらが皆、茶の間で待ってくれていたことか。待つ、ということは大変疲れるのに、文句も言わないで待っていてくれた。これは、現役の新聞記者当時と同じで、本当にうれしいことである。ありがとう。

☆「中日連覇 球団史上初 リーグ9度目 落合流貫いた8年間 若手起用に厳しい基準」「祝杯あげたい つらさ忘れた 被災地も興奮」「監督、選手 美酒に酔う(恒例のビールかけ)」、「谷口清太郎氏死去 名商元会頭、名鉄元会長 88歳」(19日付、中日朝刊)、 「振り返る 竜連覇への道 浅尾投手の全力投球(今月7日巨人戦、鈴木敏夫さん)ゼロ差でも冷静保つ(同6日広島戦、与田剛さん)平田選手の勝負強さ(6月4、5日広島戦、渡辺直光さん)」、「DeNA、横浜買収へ プロ野球 TBS大筋合意」「一部の球団は反発」(19日、中日夕刊)

平成二十三年十月十八日
 今夜の横浜スタジアムでの横浜戦。ドラゴンズは延長十回3―3で横浜と引き分け、見事、球団創立七十五年目にしてセ・リーグ連覇、九回目のリーグ優勝を果たした。この際、落合監督はじめ、ドラゴンズに関係するすべての人々、そして何よりも大勢のファンの皆さんにもおめでとう、の言葉を捧げたい。そして、ありがとうーとも。
 試合の方は、序盤に横浜に3点を取られたものの、六回表に堂上剛裕の内野安打、森野の中前打で2死一、三塁としたところで、ブランコの2試合連続の16号3ランで同点に。その後は両チームとも一歩も譲らない好試合となり、最後は高橋聡、小林、浅尾ら継投陣が何とかしのいで引き分けにこぎつけた。今夜はネルソンの先発だったが、3回に打ち崩される、など見ていてハラハラ、ドキドキするゲーム展開だった。それでも、終わってみれば、きょうもMの言うとおり『ブランコさまサマ』の試合となった。

 優勝決定後、それまでベンチで腕を組みジッとしていた落合監督が立ち上がり、ゆっくりとグラウンドに出てきた。なんとも、さわやか、かつ、にこやかな表情でさっそく選手らの手で一回、二回…と胴上げされ、計六回にわたって宙に舞ったのである。
 その後のインタビューでも司会のアナウンサーが「ファンの多くがこの日を待っていました」と話すと「私も待っていました」と答え「一つの目標は達成しましたが、まだ、その前に十一月二日から(の目標)がある。選手を休ませながら、それに全力で臨みたい」と続けた。
 最後にファンにひと言―と、答えを求められると「ドラゴンズのファンは、本当にすばらしい。勝っても負けても応援してくれ、すばらしい」と笑顔で答える姿が印象的だった。さあー、いよいよ、あとはCSを勝ち抜いて日本シリーズでパ・リーグ代表を破る完全日本一の実現である。

 今夜は帰宅後、久しぶりにMとテレビの前で途中からとはいえ、一緒にドラゴンズを応援した。Mは引き分けによるリーグ優勝が不満のようで「やっぱり勝たなくっちゃあ。それから、きょうもブランコさまサマじゃないの」と口を尖らせた。でも、ボクは、ドラゴンズは落合監督はじめ、皆よくやったーと思う。このところは、東京ドームでの巨人3連戦でいずれも敗退するなど、マジック1になってからのプレッシャーとなると、大変なものだった。このうえは、CS戦で巨人またはヤクルトをたたきのめして日本一をもぎ取るほか、ないのだ。
 午前零時を過ぎたころから「お元気ですか? ドラゴンズ優勝おめでとうございます。しかも2年連続ですね。あとは日本一ですね。」「V2おめでとう。ドラゴンズ最高! 影の立役者」「ありがとうございます!! 今、帰宅をしました! 悲願の連覇を見届けました!!」など。どれも熱きファンたちばかりからの純粋無垢なメールが届き始めた。
 本当に、ありがたいことである。やはり、ファンと選手で勝ち得たリーグ連覇のような気がして仕方がない。でも、喜ぶのはまだ早い。まだまだドラゴンズのゆく道には先があるのだ。

 【きょうの1番ニュース】午後十時前、中日ドラゴンズは二年連続、九回目のセ・リーグ優勝を果たした。落合竜は八年間の在任中に実に四回目のリーグ優勝を果たしたことになる。
 中日新聞社は当然ながら「中日連覇 球団史上初 セV9度目」の号外を発行した。

☆「『助け合いたい! 』思い伝われ 希望を配達 中学校新聞 大船渡市第一中・生徒手作り発行」、「特報面 健康軽視の現状追認 放射線審議会 被ばく限度緩和 『賠償額少なくする狙い?』 甘い国際勧告も反故 『住民の声 尊重した基準を』(出田阿生、佐藤圭)」、「タイ洪水 最大級工業団地も浸水 操業停止政府命令 日系104工場が入居」(18日付、中日朝刊)
 「『発展の犠牲』語り継ぐ 四日市公害最後の原告に 判決から来年40年『原発 重なって見える』(18日付、中日夕刊)
 
平成二十三年十月十七日
 きょうは久しぶりにドラゴンズの試合がない。あすの横浜スタジアムでの連覇決定戦を前に、これを嵐の前の静けさ、というのか。中日新聞運動面の球心は、「あと一つでいい。自分たちの野球を貫けば、歓喜のゴールに飛び込める。(中村彰宏)」だ。中日スポーツの方も「13連戦『上出来』貯金4 落合竜 ひと休み…ファンの皆さまも ひと休み…」と両紙とも、すこぶる温かい紙面である。

 そんな中、関東の落合戦士からは次のようなメールが寄せられた。
「昨日までのジャイアンツ戦はいいところなかったです。3連戦皆勤して、もう声が出なくなりました。明日の横浜が、公式戦では僕が応援できる最後の機会になります。辛い気持ちを抱きつつ、全員落合監督ユニホームを着用し、7人で観戦予定です。明日はベイスターズにとってもホーム最終戦のため外野自由席は無料開放です。……」
 関東から届いたこの熱いメールを読む限り、落合監督はなんて幸せな男なのだろう、とジェラシーさえ、感じてしまう。

 Mの大好きな楽天のマーくん(田中投手)が、きのうの日本ハム戦で今季六度目の完封で両リーグトップの19勝目を挙げた。マーくんは、これで最多勝だけでなく、防御率1・27、勝率.792と3冠当確。シーズン防御は、パ・リーグでは1956年の稲尾和久(西鉄)の1・06に次ぐ歴代2位となった。一方で阪神は、CSへの出場を逃し4位に低迷した真弓監督を、事実上の解任ともいえる辞任をさせることにし、昨日の広島戦を前に発表した。

 【きょう1番のニュース】これはもう数日前、Mから聞いた話だが、その昔(といっても明治のころらしい)江南の上奈良辺りに俳聖・松尾芭蕉の「奥の細道」を辿って歩いた人がいたという。デ、その人は辿った一代記を<一度傘(いちどがさ)>という名の本にまとめたらしい。一度、しっかり調べてみる必要がある。この町にも風流人がいたか、と思うと、なぜかしら嬉しくなってくるから不思議だ。

☆「被災地にパンダ来て 首相訪中で貸与要請も 仙台の動物園 女児手紙きっかけ」(17日付、中日朝刊)
 「汚染がれき 具体的指針 国に要請 大村知事受け入れ模索」(17日付、中日夕刊)

平成二十三年十月十六日
 何やってるんだ 巨人なんかに負けるなんてーと、今は怒鳴りあげたい心境だ。おそらく日本中のドラゴンズファンがガックリと肩を落としているに違いない。東京ドームできょうこそ、落合監督の有終の美をーと胴上げを望んでいたファンの誰もが憤懣やるかたないに違いない。なんてぶざまな。名古屋は口が悪く言葉があまり上品とはいえないだけに、いまごろはデーゲームの惨憺たる結果に各家庭で怒りをあらわにしている、その光景が手に取るようだ。
 それも、12―4とは一体全体、なにさまになってるんだ。ドラゴンズは先発に山井投手を登板させるなど、必勝の体制で臨んだが巨人にくもなく捻られた感じだ。さすがに、ドラゴンズのセ・リーグ連覇があるかないか、の大一番だけに、東京ドームは立すいの余地もないほどの大勢の観客でギッシリと埋めつくされたという。

 私は巨人のラミレスがナントナク、大好きだが、きょうだけは打ってはほしくなかった。それが三回の適時打、さらに四回にも3ランと打ちに打ち、打棒が火を噴いた。きょうのような優勝のかかった試合で負けたりすると、やはり「勝つことこそ、最大のファンサービスだ」との落合監督の言葉は、まさにその通りなのである。至言といっていい。 人間いいことばかりはなく、悪いことも起きる、とは私の持論ではある。でも、これだけ負け過ぎると、今度は感覚が戻らなくなるのでは、と少しばかりは心配かつ不安である。

 【きょうの1番ニュース】今月三十日に近づいた中部ペンクラブの文学散歩を前に、昼食会場に予定している犬山ローレライ麦酒館を訪ねた。当日は、私と企画委員長の石川好子さんが幹事役なのでコースの下見を兼ねて行ったが、なかなか洒落た建物で料理(バイキング)もおいしそうで、これなら太鼓判を押せると思った。
 ちなみに三十日は名古屋駅をバスで出発し、信長の側室・吉乃ゆかりの地で知られる生駒屋敷跡、伊勢湾台風の際に『武功夜話』の古文書が発見された吉田龍雲邸前の土蔵、源頼朝から梶原景時に与えられた名馬・磨墨(するすみ)が眠る磨墨塚史跡公園、景時の菩提寺・興禅寺、長編詩「大和し美(うるわ)し」で知られる佐藤一英の生まれた一宮市萩原(万葉公園に碑がある)の順で、ゆかりの地を訪ねることにしている。

☆「名古屋の真心 復興へつなぐ 久屋大通公園 陸前高田の中学生宣言」、「財政危機 包括策欧州に求める G20声明 為替変動に懸念」、「御嵩町長襲撃 迫る時効(十月三十日) 恨んでない 自首を』、「原発防護服の“山”6メートル 福島第1作業員使用 処分決まらず」、「東京でも気勢 『福島を返せ』の声も」(16日付、中日朝刊)

平成二十三年十月十五日
 東京ドームでのドラゴンズは優勝を目前に今夜も負け、なかなか勝てない。先発にチェンを投入し必勝を期したものの、四回にラミレスに二十二号ソロを、五回には高橋由に本塁打を、打たれ、八回にも3安打2点と計4点を取られ、4―1で敗れ去った。やはり優勝のプレッシャーは大変なものだ。でも、きょうこそ、三度目の正直で宿敵・巨人を打ち負かし球団初めての連覇を果たしてほしい。

 午前四時過ぎ(十五日の日記を十六日未明から早朝にかけて書いている)。
 たった今、メールをチェックしたところ、東京に住む落合信者から午前零時16分にメールが届いていた。その内容はー
「焼肉を食べて、帰り道です。初対面の方がたまたま、熱烈な落合監督ファンでした。……彼は三重出身で、今は名古屋市に住んでいるそうです。ともあれ、明日こそ優勝です!」といった内容で、そこには三重出身の熱烈落合ファン手づくりの『落合ドラゴンズセ最強』と描かれたボードの写真までが添付されていた。
 今宵の巨人は四連勝。先発ゴンザレスも七イニング1安打無失点で3勝目。巨人としては、なんとしても東京ドームでのドラゴンズの連覇達成は阻止したいだけに、あす(きょう)は落合、原両監督とも、がっぷり四つの名勝負が期待される。

 私はといえば、きょうは平安女学院アグネスホールと有栖館(有栖川宮旧邸)庭園で開かれた、日本ペンクラブの京都例会に出席した。仕事などの関係でこのところは、ずっと例会への出席が出来ないままでいたためとアグネスホールでの出久根達郎さんの特別講演「日本人の美風」を聴きたかったからだ。
 出久根さんは講演のなかで八十歳を過ぎてから勉強を始め英語とドイツ語をマスターし、歌(短歌)をつくり始めた電気工“カサマさん”が生涯にたった一冊、八十八歳のとき自費出版で世に残した「あらくさ」なる歌集に触れ「本を大切にする」生き方につきたんたんと話された。カサマさんは九十四歳で亡くなるまで「本があったから自分の一生は幸せだった。自分にとっての本屋さんは夢のような存在。だから、古本屋さんをなくしちゃいけない」と、よくおっしゃられたという。出久根さんは、そんなカサマさんの姿に「本があるから生きられる」なんて言葉は商売みょうりに尽きますと話され、私は例会に参加してよかったーと、つくづく思ったのである。

 このほか、この日は日本ペンクラブ会長就任後、初の京都例会となった浅田次郎新会長が懇親会に先だち「(ことしは大震災が起き、大変な年となったが)我々は書く姿勢を変えるべきではない。自分の書くものが揺らいでしまわないことこそが、私たち(作家)の負けない姿勢だ」とあいさつされ、私自身もこの姿勢には納得した。さらに、このあとの懇親の場で私は浅田さんに「書く姿勢の大切さは全く同感だ。だが、これはマスコミ各社にも責任があるが大震災にかこつけ悪乗りする文学の横行が、気になる。それから人間、偉くなればなるほど権力に溺れて、人間そのものが壊れてゆくものだ。○○さん、●●さん、△△さん…しかりでアサダさんにかぎっては、こうしたことのないように」と失礼を承知で釘を刺させていただいた。(この席には哲学者で元日本ペンクラブ会長の梅原猛
さんも出席され少しばかり、会話を交わしたが彼らは権力に溺れてはいないので。誤解なきよう。)

 【きょうの1番ニュース】出久根さんの講演もよかったが、有栖館庭園での懇親会でペンクラブ会報委員会委員の山名美和子さん(歴史小説作家)と、神戸新聞の文化生活部長兼夕刊編集長の三好正文さんに何の巡り会わせか、たまたま、お会い出来たことが、うれしかった。三好さんとは帰りに四条の居酒屋に立ち寄り、『はんなり』なる焼酎をロックで三杯ずつのみ、在来線で帰宅、尾張一宮からはバスで江南の自宅まで、と思ったが残念ながら終車は出た直後。一宮からは結局のところ、タクシーで帰った。懇親会からの酒びたりで、久しぶりに酒量はかなりに及び、少しばかり頭がぼんやりしている。
 でも、地方支局長時代の大酒のみに比べたら、どうっちゅうこともない。

☆「内村 史上初V3 世界体操個人総合 山室も『銅』」、「九電『やらせ』問題 社長続投 経産省が批判 報告書、再提出要求も」、「がれき受け入れ 愛知県市町村公表せず 再調査『国の方針に従う』」(15日付、中日朝刊)
 「福島・須賀川『松明あかし』開催へ 熱い絆 材料提供 西尾の火祭り保存会 カヤ6トン、竹100本」、「門出奏でるピアノ再び 気仙沼のジャズ喫茶 津波で浸水 支援団体が寄贈 虹・いま寄りそう」、「3英傑 復興の陣 名古屋まつり開幕」「陸前高田市長 決意と感謝」(15日付、中日夕刊)

平成二十三年十月十四日
 今夜の東京ドームでセ・リーグ連覇達成かと思いきや、そうは問屋が卸さなかった。
 勝敗もさることながら、きょうの巨人戦の目玉はシーズン最終場面で、あのルーキー、大野雄大が先発でファンの前に初めて登場したことではなかったのか。あいにく、大野は四イニングで7失点と巨人打線に打たれに打たれ中日は7―2で敗れたが、見ている方も「仕方がないな」といった感想である。見事な負けっぷりだ。負け惜しみか知れない。でも、連覇達成の楽しみが一日延びただけ、と自らを納得させている。
 巨人は同じルーキーでも今シーズン、安定感抜群の沢村が登板、2失点完投で11勝目を挙げた。ドラゴンズは大野ばかりでなく、この日は今シーズンの大半をケガに泣いた高橋が後半から途中登板、0に抑え復活ぶりを示した。

 仕事の方はといえば、このところはドラゴンズの連覇達成に伴う公式ファンクラブ会員の喜びの声収録紙面の作成や、締め切りが迫り大詰めとなった会員受け付け業務、ナゴヤドームでのドラゴンズの最終戦への会員招待の準備などで、どのスタッフも大忙しの毎日が続いている。そうしたなか、ここ数日マスコミが騒いだ東京・世田谷の民家脇道路での高い放射線量の測定問題は、民家床下から見つかった瓶の仕業と分かった。これは一体何だったのか。ニンゲンどもが放射線という見えない恐怖におどらされ、神経質になり過ぎではないのか。
 きょうの中日新聞朝刊1面の岐阜県郡上市ひるがの高原の真っ赤な写真「笑顔も染める紅色」が、いい。特に赤に包まれたなかの四人の帽子をかぶった子どもの表情がなんとも言われない。

 【きょうの1番ニュース】
♪帆を張れよ ヨーソロ 夏の大海原
 Mから渡された、彼女が以前にこしらえた一句だという。チラシの裏に書かれた一句。その中に東日本の被災者への思いが込められている。

☆中日ドラゴンズ公式ファンクラブ会報20号発行(14日付、中日スポーツ7面。ジュニア会員と震災被害者を招待、ほかに「ガブリの目」など。「ガブリの目」は公式ファンクラブのホームページでも公開)、「当たり前の新聞目指す (十五日からの)新聞週間に寄せて」、「被災地がれき 愛知受け入れ量『白紙』 市町村、汚染を懸念」(14日付、中日朝刊)
 「震災ボランティア ピークの4分の1 細る支援の手」、「介護報酬26億円不正か (豊橋市に本部を置く)豊岡会 職員水増し請求 愛知県など調査」(14日付、中日夕刊)

平成二十三年十月十三日
(きょうの日記は長くなってしまった。が、これも記録性の観点から、そして。より多くの読者の期待に応えるためにも、と、あえて書くことにした。)
 ナゴヤドームで今月四日から続いた歴史に残る十連戦最終の今夜、ドラゴンズは今シーズンの強敵、ヤクルトを2―0に打ち負かし、マジック2にまでこぎつけた。今夜のエース吉見は制球力があり、3安打に抑え今季3度目の完封でリーグトップに並ぶ17勝目を挙げた。一回から平田が、ブランコが、それぞれ二塁打を打って1点を先制、六回にはここに来てシャープな打法が目立つ和田の二塁打で点を加えた。森野のスタメン落ちが気になるが、このところ打てていないので仕方あるまい。
 というわけで、きょうもMの大好きな「ブランコさまサマ」だ。このところのブランコには神がかりめいたものさえ感じる。たまたまけさの中日本紙二社面には、ブランコと苦楽を共にする通訳・桂川さんのことが紹介されていた。タイムリーかつ、内容的にも日ごろ、陽の当たらない裏方さんに焦点をあて、なかなか良い記事だった。ブランコは、今夜で三日連続の適時打で、桂川さんの喜びや、いかほどか。

 いよいよ舞台は、あすから東京ドームでの巨人三連戦に移る。ナゴヤドームも加えれば実に十三連戦の長丁場だ。ドラゴンズが巨人に勝つか引き分け、ヤクルトが負ければ、中日のリーグ優勝、昨シーズンに続いての球団初の連覇が決まるのである。明日、ドラゴンズファンの視線という視線が東京ドームに集まる。あとは今夜、ヒーローインタビューに立った吉見、ブランコ、和田選手の「とにかくいい試合をして優勝あるのみです」「またあしたから東京でひと暴れしてきます」の言葉を信じたい。
 あすの戦いを前に、私の元には東京在住の落合信者から「ずっと好き 落合監督」の手作りボードを手に東京ドームに“参戦”してきますーといったメールなど数件が送られてきている。

 【きょう1番のニュース】Mが「壺の碑」全国俳句大会で石田郷子、鈴木八洲彦選により特別選者賞として選ばれた俳句は♪秋の陽に透かす手のひら生きている、だった。

 話はガラリと変わるが、私はきょう『一生の不覚』を犯してしまった。なんとも恥じ入るばかりである。
 実は、きょう原稿を書く手をしばらく休めて森弘好会長から頼まれていた江南ロータリークラブの卓話をしに、江南商工会議所まで出向いた。卓話は慣れてはいるはずだったが……。
 会場に着くと、かつて少年時代の姿を見た覚えのあるKさんが、あまりにも立派になられメンバーの一人として座って居られた。(私は、あの目のパッチリと大きかったかわいい少年を思い出し、夢かと思ってしまった。)あげくに、そこに日ごろ私の母がKさんの母君に大変お世話になっている、と聞いていたことを何故かしら思い出してしまい、突如(われながら、ああいう見苦しい状態を“むせび泣き”とでも言おうか。)、卓話の冒頭からしばらく感涙で声が出なくなってしまい、皆さんには大変な失礼をしてしまったのである。
 せっかくだから、大まかではあるが、その卓話の内容の一部を次に記しておきたい。
      ×      ×
 きょうは、「私が出会った人々」の演題で多くの人たちとの出会いについて話してみます。まず何の因果なのか。こうして皆さまと、お会い出来たことを感謝したい。というのは、このようにお会いできたこと。これこそ奇跡であり、私にとってかけがえのない事件だと思うからです。
 人間、何をするにせよ、どこに出かけるにせよ、ほとんどの人々とお互いに声ひとつかけることなく、すれ違うだけです。実際、東京や大阪に出かけたとしても、目的の人に会うこと以外には無言で通り過ぎてしまう。いちいち見知らぬ人に声かけをするわけにもいかないから、です。そして大半、いや、すべての人とは、それこそ、この世でただの一度、一瞬だけの無言のすれ違い劇に終わってしまいます。いわば永遠の交差のなか、奇跡の海を我々は互いに流れ星の如く歩き、生きているーとでも言ったら良いのかも知れません。
 私は定年後、昨年まで毎年、名古屋市立大学で問題認識特別講座という授業を受け持ち、ことしもメディア論を、名古屋経済短大の学生に教えさせていただきました。授業の最初に決まって学生に話すのは「こうして皆さんに会えたのも何らかの奇跡、運命だ。だからこの出会いを大切にしたい」という言葉です。
 さて、これから「私の出会った人々」についてお話しを始めます。新聞記者として長い間、この道一筋に歩んできたおかげでいろんな方々にお会い出来、またそうした人との出会いが私にとっての、かけがえのない人生指針ともなってきました。現場百回、読者優先の精神を貫いてきたからこそ、多くの人々に会えたと感謝しています。

 出会った人はといえば、ざあっと思い出すだけでも、次の通りです。
 上高地の大将・木村殖(しげる)さんに始まり、連合赤軍事件の女兵士たち、女優の吉永小百合、御木本幸吉の右腕だった松田音吉、無菌カキの考案者佐藤忠勇、無名時代の鳥羽一郎、高見山、初代朝汐太郎、小説「薄墨の桜」の作者でもあった宇野千代、岐阜県知事平野三郎、参事の和田達男、松野ファミリーの象徴ともいえた松野友・幸泰夫妻、岐阜県警本部長山下力、愛知医大を巡る三億円強奪犯の片割れ神谷力(と近藤忠雄)、作家の三宅雅子、みかんの花咲く丘を作詞した加藤省吾、エッセイストの内藤洋子、中日新聞の販売店主の間で販売の神さまとまで言われた加藤巳一郎と女傑店主の笹谷輝子さん、「加賀屋」の小田禎彦、元横綱輪島大士、俳優の森繁久弥、世界のジャズ王・ジミーライアン、詩人の長谷川龍生(現大阪文学学校校長)、詩人最匠展子、納棺夫日記(「おくりびと」の原作)の青木新門、日高てる、河童共和国の提唱者土屋斉(ひとし)、西濃運輸のトッサこと田口利夫、滋賀の嘉田由紀子さん(現知事)、文芸評論家清水信、さきがけ党首武村正義、歌手舟木一夫、神田市長(後に知事)、三浦正義一宮市議会議長、サトカン(佐藤観樹)さん、谷一夫さん(一宮市長)、着物着付けの第一人者・清水ときさん、日野原重明さん、作家の太田治子、吉岡忍、小中陽太郎さんら、都々逸の中道風迅洞、柳家小三亀松、ドラゴンズ監督の落合博満、次期監督高木守道、スタジオジブリの鈴木敏夫さん……と、それこそ数え知れません。
 これら人々は、私が定年を機にまとめた新聞記者のルポルタージュ「町の扉―一匹(いっぴき)記者現場を生きる」=能登七尾・わくうら印刷刊=の中に登場しますが(登場しない方もいる)、これでも氷山の一角。日々、名もない人々との多くの出会いと別れという川の流れの中を生きてきました。皆さんと同じで、大抵の人々がボクにとっては良い人ばかりでした。

 デ、これらの人々のなかでも特に印象深い人を例に話を進めさせていただきます。
▼松田音吉 真珠王・御木本幸吉の右腕▼宇野千代、平野三郎 樹齢1500年の根尾の老樹「淡墨桜」の保存運動、一木一草を愛する心▼山下力 運用妙有一心▼神谷力 戦後のどんぐり少年、愛知医大を巡る三億円強奪事件▼加藤省吾 みかんの花咲く丘作詞者、「海の詩(うた)」審査委員長▼長谷川龍生 放浪の詩人、現大阪文学学校校長、元日本現代詩人会会長、野球詩人でもある▼森繁久弥 海の詩「能登の夢」作詞者▼青木新門 納棺夫日記作者……

 最後に私の好きな言葉を。
 それは♪ボウフラが 人を刺すよな 蚊になるまでは 泥水のみのみ 浮き沈み(どどいつ)♪真実、公正、進歩的は中日新聞の社是だが、もうひとつ「広く聴き 深く考え 強く闘う」という加藤巳一郎が残した大切な言葉がある♪ほかに、いつも胸に秘めてる言葉が「人間の尊厳」「三方よし(売り手によし、買い手によし、人によし)」だ。
 最後に、どどいつをー
 ♪信州信濃の 新そばよりも ワタシャあ~ あんたのソバがいい♪明けの鐘 ゴンと鳴るこぉ~ろ 三日月形の 櫛が落ちてる 四畳半♪この袖でぶってやりたい もし届くなら 今宵の月は邪魔な月……

☆「福島産コメ安全宣言 知事会見 全域で出荷可能に」、「秋への近道 立山黒部アルペンルート」、「トヨタ 中国でプリウス再挑戦 12月生産再開 コスト減図る」(13日付、中日朝刊)
 「震災前500人 8割戻らず 時間止まった島 宮城・出島 港湾沈下復興阻む」、「飼い主恋し 一緒に暮らしたい 被災ペット悲鳴 福島原発周辺764匹保護 臨時収容施設常に満杯」(13日付、中日夕刊)

平成二十三年十月十二日
 今夜のドラゴンズ。六回にブランコの均衡を破る二塁打で1点を取り、八回には和田が12号3ランを放って4―0に。最終回にはヤクルトに3点を返されたものの、浅尾がなんとか持ちこたえて、4―3で勝った。終わってみれば、きょうもMが好きな「ブランコさまサマよ」の展開である。先発のネルソンは、九回途中までを3安打に抑え10勝目、ドラゴンズはこれで破竹の四連勝で、リーグ優勝に向けマジック4が点灯した。もはや、どうにも止まらない勢いで、このまま突っ走るような、そんな気がするのだ。
 今夜は名古屋駅の地下と最上階で(途中で地底から空中高く? に移動したので、こうした表現に)で、あるうちわだけの飲み会があり、トイレに行くつどケータイのドラゴンズ情報で試合の推移を確かめ、それこそ飲みながら、夜の都心を眺めながらのチェックとなった。でも、勝ってくれたのでお酒の味も、ワインの香りもなかなかいいものがあった。
 とはいえ、このところはドラゴンズがリーグ優勝した場合のファンクラブ会員の喜びの声特集の取材と執筆に追われており、あす(いや、既にこの日記を書いている今は午前五時を過ぎているので)、いや、きょう一日をどう乗り切ろうか、を考えている。というのは、特集原稿の提稿締め切りがきょうに迫っていることと、昼過ぎにはあるロータリークラブで卓話をせねばならないからだ。まさにエイ、ママヨでいくしか仕方あるまい。

 というわけで、相変わらずバタバタした時の流れのなかを、私はアップアップしながら、こうして生きている。きょうも一日こうして暮れつつあるが、くだんの飲み会で、ある女性作家が野球の話に話題が移った際に教えてくれた話しが頭に、こびりついて離れない。それは現在、快進撃中の落合監督の若かったころの話で、次のような内容である。
「あのねえ、いがみさん。あたしはヤクルトファンなの。でも主人が絶対の落合信者でネ。それは、なぜかって言うと。それはねえ、いまから二十数年前、バブルのころに遡る。その頃はプロ野球の花形選手が瑞穂球場近くマージャン荘によく来ていたんだってよ。そして花形選手にあこがれた少年たちが、どこから聞きつけたのか。深夜の路上に列を作って並んでおり、しばらく何事か、と見ていると落合さんだけがジャン荘から逃げるようにして外に出てきて、黙々とサインをしてくれていた、その現場をウチの主人が見ていて感動したんだってよ。
 いまは落合監督のことが、ファンサービスが悪いのなんの、とよくマスコミでたたかれているが、夫が言うには『決してそうではない。落合さんほどファン思いで、少年たちの心をつかむ優しい方はプロ野球選手のなかでも、あまりいない』そうよ。何人もの花形選手が深夜のマージャン荘でうつつをぬかしている。それを伝え聞いた少年たちが深夜の路上で選手が出てくるところを待つ、このこと自体がちょっと異様な光景だが、少年たちの思いをくみとって、早く帰宅させなきゃーと一人だけ、こっそりそのジャン荘から出てきてサインを黙々としながら『もう夜も遅いのだから、早く帰らなきゃ』と諭す落合選手の姿も捨てがたい。
 傍らでAなるワイン好きな好感が「落合監督は東北の秋田生まれなのだから…。ファンサービスが悪い、悪い、と言われてたたかれてるけど、そんなことないと思うよ。だって、あれだけ、ドラゴンズを強くしたのだもの。げんに、今シーズンも、やってくれてるじゃん」と口を添えた。

 【きょうの1番ニュース】帰宅すると、Mが東北で被災した多賀城の「壺の碑」全国俳句大会に応募した俳句が特選に入ったそうよーと、他人事のようにポツリと話した。で、どんな俳句なのかと聞くと「二句出したうちのひとつみたい」。「それでねえ、十六日の表彰式に来てほしいのだって。でも断った」の返事。「それは、おめでとう」と私。どんな俳句かは、そのうち分かるだろう。
 なんだか日がたつに従いMがどんどん先に走っていってしまう、そんな焦りのようなものを感じて閉じた一日でした。実際、文学的才能は私よりも彼女の方が数段上なのだから仕方がない。健筆を祈ろう。
 それから、オトンによれば、Aさんちで大切にされていたアタイの仲間が最近、急に食欲がなくなり、亡くなったとのこと。哀しいナ、と思う。眠れ、安らかに。合掌―

☆「東日本大震災七ヵ月 不明3923人、続く避難」、「ギリシャ向け 6度目の融資 EUなど 来月にも8340億円」(12日付、中日本紙)
 「おらが牛 生かす道探る 福島警戒区域今も1000頭超 農家や研究者『被ばく研究活用を』」、「ソニーまた情報流出か 不正アクセス9万3000人分」、「手焼きの味廃業救う 津波被害 名取の笹かまぼこ店 全工場流失 先代夫妻が技伝授」、「タマちゃん再来!? 埼玉・荒川にアザラシ出没」(12日付、中日夕刊)

平成二十三年十月十一日
 ナゴヤドームでの注目のヤクルト戦は、ドラゴンズがきょうも3―1で宿敵ヤクルトに勝った。これで3連勝でセ・リーグの3位以内が確定、CSシリーズへの進出を決めた。この日のドラゴンズは川井の先発で始まり、初回2死三塁からブランコの14号2ランで先制した。さらに五回には、和田が押し出しの4球を選んで1点を追加。川井は七イニング三分の一を3安打無失点で5勝目。ヤクルトは館山が崩れ、首位中日とのゲーム差が2・5となった。
 わが家のMは、なぜかブランコが大好きだ。ブランコが打つと決まって「ブランコさまサマよ。“サマさま”なのだから」と機嫌よく、私の顔をにらみつける。彼女はいつだって、外人選手のおかげで中日は持っている、といったような先入観でいるのである。確かに、ブランコが打てばホームランになる場合が多く、野球音痴のMには分かりやすくスカッとするからだろう。ともかく、このところのブランコはファンの期待に大いに応えてくれている。

 ドラゴンズは、あす勝てばいよいよマジック4が点灯する。で、あす夜のナゴヤドームはいよいよ天王山のなかの天王山でもある。仕事の方は、セ・リーグ優勝をにらんだ中日スポーツの特集号で会員の喜びの声を収録することになり、それも予定稿による事前の提稿が必要なため、少しばかりキリキリ舞いの日が続いている。月ドラの見開き二ページの「ファンクラブだより!」の大刷りチェックが終わったかと思うと、こんどは喜びの声の執筆と、このところは少しばかりあたふたとしている。
 個人的にすべきことがいっぱいあるというのに…。馬力では今でも負けないつもりだが。これでは、ファンクラブの業務を除いては何ひとつ出来ないまま、月日は脱兎の如く駆け抜けてゆく。あ~ぁ。

 【きょうの1番ニュース】「手術無事成功し昨日退院しました。術後は順調ですが暫くは安静だそうです。中日の首位も昨日知ったような状況なので…」。
 きょうは、あれやこれやと仕事に追われるなか、このところ一番気にしていた大切な、ある友人の手術が無事成功した、と聞き心からホッとした。「おめでとう。よかった。」とだけ返信する。
 夜はあさってのロータリークラブの卓話を前に、内容を知りたいーとのことなので帰宅途中に喫茶店で事前打ち合わせ。やっと今、このキーを打ち始めた。書き始めたはいいが、パソコンの平仮名がどうしても出なくなってしまい、深夜に息子に直してもらい、こうして日記をまた書き始めた。まもなく午前二時。秒単位はオーバーだが、次から次へと現役時代と何ら変わりがない。

☆「ピーク時5万人が生活 石巻の避難所 すべて閉鎖」、「(年間の被ばく線量が)1ミリシーベルト以上 国負担で除染 環境省方針案 低線量、対象を拡大」、「戦後スタート“復興運動会” 走って笑って元気再び 宮古・田老で開催 中止乗り越え 65年の歴史 バトンつなぐ 虹いま寄りそう」、「中村芝かんさん死去 83歳歌舞伎女形、人間国宝」(11日付、中日夕刊)

平成二十三年十月十日
 ナゴヤドームでヤクルトとの天王山ともいえる四連戦、首位争いが始まった。試合は、ヤクルトが石川、ドラゴンズ山井がそれぞれ先発、ドラゴンズ平田が二回裏に先制の2ラン、10号本塁打を放ち、五回には井端の適時二塁打で加点し、3―0で完勝した。中日は二試合連続の零封勝ちでヤクルトとのゲーム差を1・5差とした。七イニング無失点の山井から、小林正、浅尾につなぐ継投策もズバリ的中した。ヤクルトは9安打を放ちながら無得点、石川も九敗目の屈辱。
 一方で、ヒーローインタビューのお立ち台にたった山井、平田、井端三選手のうち平田が「ゲームを楽しみながらやってます。完全優勝をめざします。あすは今後を占う意味でも重要な試合」と答えてくれたのには嬉しかった。
 それにしても、このところのドラゴンズ選手のリーグ連覇に向かっての一体感、そして気迫がヒシヒシと伝わってくる。時折、テレビ画面に映し出される落合監督の微笑も、すべてが洗い流されたあと、勝負にだけー挑む自然体の勝負師の風情ですこぶる良かった。

 きょうはわけあって元全日空マンで現在、米国や中国など世界を舞台に観光サービス業のベンチャーに挑む友人に連れられ、三河は吉良へ。北京大学出身で中国の商務、外交、労働部にも在籍、政経家兼投資家でもある、ある若手中国人哲学者Dさんにお会いした。Dさんは中国製放射線測定機を手に、汚染の世界的広がりを憂える話に始まり、放射線測定器の製造実態、風力発電やソーラパネルなど原子力に変わる電力源話、A監査法人の話、靖国神社参拝の是非論、一時は死亡説が流れたものの九日に北京の人民大会堂で開かれた辛亥革命百周年記念大会の席に現れた江沢民前国家主席(八十五歳)のこと、さらには北朝鮮や台湾の重要度にまで話しが膨らんだ。

 なかでもDさんが言うには、今回日本で起きた福島第1原発事故で飛散した放射能は一日当たりナント二千キロの拡散で北京や上海はおろか、世界中に飛散している可能性が大だ、という疑いだ。それどころか、日本のある政治家の家族に至ってはつい最近になり、早々と妻子がシンガポールに移転した、との話まで幅広くに及んだ。
 驚いたことには、今度の福島原発事故の根源悪は弱い政治家と東電にある、とDさんが言い切った点である。そして、もしDさんが日本の総理になったなら「百キロ圏内には人は住まわせず、その周辺で農作業を行って地元雇用を図る」となかなかの考えの持ち主でもあった。

 【きょうの1番ニュース】元全日空広報マンで現在は観光業を主体としたベンチャーに挑む友人に久しぶりにお会いできたことか。彼の生き方そのものが、私にとっては美しい姿に写った。

☆岩手県陸前高田市広田町の黒崎神社で九日、東日本大震災復興祈願祭があった。地元の保育園児が七福神にふんし、保護者や住民を前に踊りを披露した。(10日付、通風筒)「裂かれた 20歳の夢 米作りと介助 両立厳しく」、「石巻の親子らF1に大歓声 鈴鹿市が招待」、「原子力教育交付金 愛知など原発見学中止 三重『現場の要望ない』」(10日付、中日朝刊)

平成二十三年十月九日
 ゴンザレスとチェンの投げ合いとなったナゴヤドームでの巨人×中日戦は0―0のまま継投が巨人は山口、久保、中日も岩瀬、浅尾と豪華版となった。そして延長十回の裏、1死一、二塁で代打のお兄ちゃん、堂上剛裕が中越えに適時打を打ち、サヨナラ勝ちした。中日の今シーズンの勝利は、これが70勝目、浅尾は7勝目をあげた。巨人は毎回安打の11安打を放ちながらも勝利に恵まれなかった。

 きょうは、一応休みとはいえ、公私ともに朝から何かと追い立てられ、一日中フル回転だった。午前中、十三日の講演要旨を書き(先方がロータリークラブの会報にも講演を掲載予定なので書きものがほしい、ということなので)、続いて病弱なMのアッシーくんを務め、昼過ぎには社に上がってドラゴンズが優勝したときにそなえた喜びの声収録のための事前取材に当たった。
 取材見通しがたったところで早めに自宅に帰り今度は裏庭に生い茂ったアサガオのツタや雑草の除去作業に、息子にも加勢してもらって当たった。
 これでは、とても実家で私たちを待つ九十一歳の母に顔を見せに行く時間などはなく途中電話はしたものの出ないので、きょうは甘えさせてもらい自分たちのしなければならないことをさせてもらった。
 正直、新聞の整理や小説執筆なぞ、しなければならないことが山ほどあったが、きょうのところは、とてもそこまでは手が回らなかった。

 午前零時をとおに過ぎた。私は今何をすべきか、をいつも自問自答しながら日々過ごしているが、きょう(きのう、になってしまったが)何よりもしなければならないのは、ドラゴンズが優勝した場合の喜びの声特集の手配である。こんなわけで、私は社にあがってからは、北は北海道から南は沖縄の会員まで心当たりに電話し一日も早く「喜びの声」を送ってほしいーと、ただそのことばかりを電話でお願いしたのである。

 【きょうの1番ニュース】Mがスーパーを買い物して歩くうち、からだがユラユラと揺れるようで今にも倒れそうだ、というので気遣いながらの店内行軍となった。それでも、夜、裏庭の雑草刈りを手伝おうとするので、ハラハラドキドキしながらの一日となった。Mは、やり出したらきかない強情なところがあるので今夜は、ほとほと疲れ果て、こうして笛猫人間野球日記を書いているのである。

☆「復興への舞 力強く 仙台『YОSAKОIまつり』」、「被ばくの悪夢再び 3・11の家族 消えた乳牛 見えぬ再起」、「幼い遺骨『906』 迎え待つ秋 福島沖で発見 身元不明男児 安置の寺『一日も早く家族へ』」(10月9日付、中日朝刊)

08/4/26