掌編小説「真夏のサンタクロース」

 八月の熱い太陽が照りつける田舎の町中、休日の昼下がりの頃。
 人の姿もまばらで、閑散とした駅前商店街の外れに、その郵便局があった。その敷地内で、建物の横手にある職員専用の扉を、偽造合い鍵でひらいて男は駐車場に出てきた。綿密な下調べで、セキュリティシステムも潜り抜け、すべてが予定通りだった。
 ふうふうと息を荒げながら、彼は郵便局の中から盗んできた、一億円は軽く越える札束の詰まったズタ袋をひとまず足もとに下ろした。辺りから、騒々しい蝉時雨が鳴り響いている。額にはダラダラと汗が流れ落ちていた。
 ミスはなし完璧な完全犯罪だ。何一つ証拠は残していない。と泥棒はひと安心して溜め息をついた。
『あとは裏に停めてあるバイクにこの現ナマを積んで、ずらかるとするか』
 泥棒は自慢げに、顔の半分は隠れるほどの大きな頬ひげを撫でてみせた。そして、ヨイショーと気合いを入れて十kg以上ものズタ袋を背負うとテクテクと歩き出した。

 しかし、その時、泥棒は自分の背後に嫌な気配を感じた。………
 恐る恐る、ふり返る。郵便局の道路向かい斜めに、低い塀で囲まれた、こぢんまりとした一軒家があった。その一階の窓の、白いレースのカーテンが広くひらかれて、中からピンク色のパジャマを着た幼い少女が立ち上がってこちらを向いている。
 ピタリと、少女と泥棒の視線が合った。一瞬にして、泥棒は精神的パニックに陥った。
『しまった、見られていたか………』
 少女は視線を合わせたまま、微動だにしない。
『どうする………ここはひとつ、あの娘を脅して口を塞いでおくか』そこで泥棒はズタ袋を担いだまま、ズカズカと人影のない道路を渡り少女の家へと一目散。一階の窓に接近する。
「………だ、誰なの」
 そう言って、怯えたように少女は窓から後退りする。
 そこで押しの一手。泥棒は軽々と塀を乗り越えて、窓をあけて部屋のなかへ押し入った。そこは少女の一人部屋だった。
 クーラーが寒いくらいに効いて、空気がひんやりと冷たい。白い学習机に可愛い本棚とオレンジ色のパイプベッド、そしてベージュ色の壁に囲まれて、いたるところにテディ・ベアのぬいぐるみたちが、大小さまざまにたくさん飾られていた。
 泥棒はテディ・ベアをひとつ取り上げて乱暴に振り回しながら、声にドスをきかせて少女に言った。
「おい、このこと誰かに話したら、嬢ちゃんの命はねえと思えよ」
 しかし少女はポカンとした表情で、顔色ひとつ変えない。
 泥棒が言った。
「おい!聞いてるのか、お嬢ちゃん」
 すると少女は困った様子で下をうつむいたまま小声で言った。
「………ごめんなさい。あたし、生まれつき、眼が不自由で見えないの。だから、おじさんが誰で、何の事を言ってるのか全然、分かんなくて」
「そうなのか………」
 ことの成り行きが分かり、気が抜けた泥棒は、思わずその場にへたり込んだ。そして、勢いをなくした泥棒は手にしたテディ・ベアを少女に、ふわりと返した。
「どうもありがとう」と言って少女は受け取ったテディ・ベアを嬉しそうに抱きかかえた。
 気を許した少女は、へたり込んだ泥棒に近寄り両手を伸ばして、彼の顔を手で触りはじめた。長い頬ひげに首を傾げ、何か不思議に感じたのか傍を手で探りだした。大きな袋が手に触れると感激した様子で少女は飛びあがり笑みを浮かべて言った。
「やっぱり、おじさんはサンタクロースなのね。本物のサンタのおじさん………。でもこんな暑い夏に何でやって来たの、特別のお仕事?」
 泥棒は考えた。――
『ふん、盲目の娘なら、全然、心配はいらねえな。変装用のこの付け髭もあとで取れば、顔もばれることもない。さっさとこの家から逃げ出すか』
 逃げ支度をして、腰を上げた泥棒のうしろで、突然、火がついたように少女が大声で泣き出した。びっくりした泥棒は慌てて、その場で腰を抜かして転んでしまった。
 少女が泣いて言った。
「サンタさん、あたしのプレゼントは……あたし、パパがいないの。赤ん坊の時、事故で死んじゃったの。それで、昔にサンタさんの
 絵本を読んで、それからはサンタさんが私のパパなの。………パパのサンタさんから、あたしプレゼント欲しいわ。お願いサンタさん」
「ううむ………」
 痛んだ腰をさすりながら、泥棒はいつの間にか、少女の真剣に訴える気持に心底、同情していた。
 彼はしばらくの思案ののちに、胸を張ると、コホンとひとつ咳払いして、おもむろに少女に尋ねた。
「では、お嬢ちゃん。このサンタに何が欲しいか言ってごらん」
 すると少女はしばらく首を傾げていたが、やがてためらいながら口をひらいた。
「サンタさん、考えたけど、よく分からないの。でも今、ママがお買い物してるところだけど、あたし、お腹が空いてるの。だから…」
「お腹が減ってるのかね。ううむ………」
 泥棒は、しぶしぶ、自分の財布を出して来て、中身の小銭を改めていたが、やがて意を決したように少女に言った。
「分かった。このサンタ爺さんがお嬢ちゃんへのプレゼントを取りに行って来るから、ちょっと待っていなさい」
 そう言って、札束のズタ袋を部屋に残したまま、泥棒は窓をあけてドンと閉める音がして出て行った。その揺れで壁際のテディ・ベアがいくつか、床に落ちて転がった……。

「………ほら、サンタ爺さんがこいつを持って来た。おいしいぞ。さあさあ、遠慮せんと、たくさん食べなさい」
 泥棒はそう言って、その紙包みを少女に差し出した。嬉しそうに受け取った少女は手探りして、いそがしく紙包みを広げると、なかにある食べ物をあっという間にぺろりと平らげてしまった。そして言った。
「ごちそう様! お腹いっぱいです。サンタのパパ」
 そのとき、二人の耳に、彼らのいる家の外の大通りから、ガヤガヤと人々が騒ぐ声が聞こえて来た。
 どうやら、泥棒の犯行が誰かに気づかれたらしい。
 こうなると、一刻の猶予もならない。泥棒が言った。
「ほら、お嬢ちゃん、外の騒ぎが聞こえるだろう。………あれはな、表に停めてある、わしのトナカイのソリに皆が驚いてわめいておるのじゃ。そろそろ、わしも故郷へもどらんといかんのじゃよ。
 とびっきりの寒い国だがのう。………また今年の冬になったら、クリスマスのプレゼントを持って、ここへやって来るよ。それまでお嬢ちゃんも、元気にしておいで………」
 そう言い残して、泥棒は力強くひと息に大袋を担ぐと、駆け足で窓から飛び出して行った。感激に胸いっぱいの少女はしばらく呆然としていた。

 夢が叶えられた少女は、嬉しくてお気に入りの大きなテディ・ベアを抱えて居間へやって来た。
 そこへタイミングよくピンポーンと玄関のチャイムが鳴って、買物袋を下げた若い母親が帰って来た。母親はぬいぐるみを抱いてソファに坐った娘を見つけると、麦藁帽子を脱いでニッコリ微笑んで言った。
「遅くなってごめんなさいね。今からすぐ、夕食の仕度を始めるわね。―そうそう、さっき、郵便局に現金泥棒が入ったって、近所の皆んなが騒いでいたけど、大丈夫だったの?―でも、ママがいるからね。もう心配ないわよ。いい子にしてたかしら」
 少女は笑顔を浮かべて『うん』と頷いた。
 そして、はしゃぐように報告しだした。
「さっき、あたしに会いに、サンタさんが来たの。遠い寒い国から来たって言ってた。それに素敵なプレゼントも、もらったわ。あたし、とっても嬉しい」
 すると母親は、怪訝な面持ちで、重たい買物袋を居間のテーブルに下ろすと、呆れ返ったようすで娘を諭した。
「サンタクロースですって。この家に?………それにまだ八月じゃないの、きっと、夢でもみてたんでしょう。さあ、顔でも洗って眼を覚まして来なさい」
 少女は泣きべそをかきながら、
「だって、サンタさんの長いお髭も大きな袋も、あたし手で触って分かったんだよ――」
『………少しきつく言い過ぎたかしら』と母親は気が咎めて、ゆっくりと優しい口調で娘に尋ね直した。
「それで、サンタのお爺さんには何をプレゼントしてもらったの?」
 テディ・ベアを抱えた少女はパッと明るい表情で母親に答えた。
「ええっとね、あれは、………思い出したわ。あれは旭ヶ丘スーパーの特大コロッケ弁当とイワシの缶詰ひとつだったわ」
       (了)

11年9月14日

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加藤 行

 

 八月の熱い太陽が照りつける田舎の町中、休日の昼下がりの頃。
 人の姿もまばらで、閑散とした駅前商店街の外れに、その郵便局があった。その敷地内で、建物の横手にある職員専用の扉を、偽造合い鍵でひらいて男は駐車場に出てきた。綿密な下調べで、セキュリティシステムも潜り抜け、すべてが予定通りだった。
 ふうふうと息を荒げながら、彼は郵便局の中から盗んできた、一億円は軽く越える札束の詰まったズタ袋をひとまず足もとに下ろした。辺りから、騒々しい蝉時雨が鳴り響いている。額にはダラダラと汗が流れ落ちていた。
 ミスはなし完璧な完全犯罪だ。何一つ証拠は残していない。と泥棒はひと安心して溜め息をついた。
『あとは裏に停めてあるバイクにこの現ナマを積んで、ずらかるとするか』
 泥棒は自慢げに、顔の半分は隠れるほどの大きな頬ひげを撫でてみせた。そして、ヨイショーと気合いを入れて十kg以上ものズタ袋を背負うとテクテクと歩き出した。

 しかし、その時、泥棒は自分の背後に嫌な気配を感じた。………
 恐る恐る、ふり返る。郵便局の道路向かい斜めに、低い塀で囲まれた、こぢんまりとした一軒家があった。その一階の窓の、白いレースのカーテンが広くひらかれて、中からピンク色のパジャマを着た幼い少女が立ち上がってこちらを向いている。
 ピタリと、少女と泥棒の視線が合った。一瞬にして、泥棒は精神的パニックに陥った。
『しまった、見られていたか………』
 少女は視線を合わせたまま、微動だにしない。
『どうする………ここはひとつ、あの娘を脅して口を塞いでおくか』そこで泥棒はズタ袋を担いだまま、ズカズカと人影のない道路を渡り少女の家へと一目散。一階の窓に接近する。
「………だ、誰なの」
 そう言って、怯えたように少女は窓から後退りする。
 そこで押しの一手。泥棒は軽々と塀を乗り越えて、窓をあけて部屋のなかへ押し入った。そこは少女の一人部屋だった。
 クーラーが寒いくらいに効いて、空気がひんやりと冷たい。白い学習机に可愛い本棚とオレンジ色のパイプベッド、そしてベージュ色の壁に囲まれて、いたるところにテディ・ベアのぬいぐるみたちが、大小さまざまにたくさん飾られていた。
 泥棒はテディ・ベアをひとつ取り上げて乱暴に振り回しながら、声にドスをきかせて少女に言った。
「おい、このこと誰かに話したら、嬢ちゃんの命はねえと思えよ」
 しかし少女はポカンとした表情で、顔色ひとつ変えない。
 泥棒が言った。
「おい!聞いてるのか、お嬢ちゃん」
 すると少女は困った様子で下をうつむいたまま小声で言った。
「………ごめんなさい。あたし、生まれつき、眼が不自由で見えないの。だから、おじさんが誰で、何の事を言ってるのか全然、分かんなくて」
「そうなのか………」
 ことの成り行きが分かり、気が抜けた泥棒は、思わずその場にへたり込んだ。そして、勢いをなくした泥棒は手にしたテディ・ベアを少女に、ふわりと返した。
「どうもありがとう」と言って少女は受け取ったテディ・ベアを嬉しそうに抱きかかえた。
 気を許した少女は、へたり込んだ泥棒に近寄り両手を伸ばして、彼の顔を手で触りはじめた。長い頬ひげに首を傾げ、何か不思議に感じたのか傍を手で探りだした。大きな袋が手に触れると感激した様子で少女は飛びあがり笑みを浮かべて言った。
「やっぱり、おじさんはサンタクロースなのね。本物のサンタのおじさん………。でもこんな暑い夏に何でやって来たの、特別のお仕事?」
 泥棒は考えた。――
『ふん、盲目の娘なら、全然、心配はいらねえな。変装用のこの付け髭もあとで取れば、顔もばれることもない。さっさとこの家から逃げ出すか』
 逃げ支度をして、腰を上げた泥棒のうしろで、突然、火がついたように少女が大声で泣き出した。びっくりした泥棒は慌てて、その場で腰を抜かして転んでしまった。
 少女が泣いて言った。
「サンタさん、あたしのプレゼントは……あたし、パパがいないの。赤ん坊の時、事故で死んじゃったの。それで、昔にサンタさんの
 絵本を読んで、それからはサンタさんが私のパパなの。………パパのサンタさんから、あたしプレゼント欲しいわ。お願いサンタさん」
「ううむ………」
 痛んだ腰をさすりながら、泥棒はいつの間にか、少女の真剣に訴える気持に心底、同情していた。
 彼はしばらくの思案ののちに、胸を張ると、コホンとひとつ咳払いして、おもむろに少女に尋ねた。
「では、お嬢ちゃん。このサンタに何が欲しいか言ってごらん」
 すると少女はしばらく首を傾げていたが、やがてためらいながら口をひらいた。
「サンタさん、考えたけど、よく分からないの。でも今、ママがお買い物してるところだけど、あたし、お腹が空いてるの。だから…」
「お腹が減ってるのかね。ううむ………」
 泥棒は、しぶしぶ、自分の財布を出して来て、中身の小銭を改めていたが、やがて意を決したように少女に言った。
「分かった。このサンタ爺さんがお嬢ちゃんへのプレゼントを取りに行って来るから、ちょっと待っていなさい」
 そう言って、札束のズタ袋を部屋に残したまま、泥棒は窓をあけてドンと閉める音がして出て行った。その揺れで壁際のテディ・ベアがいくつか、床に落ちて転がった……。

「………ほら、サンタ爺さんがこいつを持って来た。おいしいぞ。さあさあ、遠慮せんと、たくさん食べなさい」
 泥棒はそう言って、その紙包みを少女に差し出した。嬉しそうに受け取った少女は手探りして、いそがしく紙包みを広げると、なかにある食べ物をあっという間にぺろりと平らげてしまった。そして言った。
「ごちそう様! お腹いっぱいです。サンタのパパ」
 そのとき、二人の耳に、彼らのいる家の外の大通りから、ガヤガヤと人々が騒ぐ声が聞こえて来た。
 どうやら、泥棒の犯行が誰かに気づかれたらしい。
 こうなると、一刻の猶予もならない。泥棒が言った。
「ほら、お嬢ちゃん、外の騒ぎが聞こえるだろう。………あれはな、表に停めてある、わしのトナカイのソリに皆が驚いてわめいておるのじゃ。そろそろ、わしも故郷へもどらんといかんのじゃよ。
 とびっきりの寒い国だがのう。………また今年の冬になったら、クリスマスのプレゼントを持って、ここへやって来るよ。それまでお嬢ちゃんも、元気にしておいで………」
 そう言い残して、泥棒は力強くひと息に大袋を担ぐと、駆け足で窓から飛び出して行った。感激に胸いっぱいの少女はしばらく呆然としていた。

 夢が叶えられた少女は、嬉しくてお気に入りの大きなテディ・ベアを抱えて居間へやって来た。
 そこへタイミングよくピンポーンと玄関のチャイムが鳴って、買物袋を下げた若い母親が帰って来た。母親はぬいぐるみを抱いてソファに坐った娘を見つけると、麦藁帽子を脱いでニッコリ微笑んで言った。
「遅くなってごめんなさいね。今からすぐ、夕食の仕度を始めるわね。―そうそう、さっき、郵便局に現金泥棒が入ったって、近所の皆んなが騒いでいたけど、大丈夫だったの?―でも、ママがいるからね。もう心配ないわよ。いい子にしてたかしら」
 少女は笑顔を浮かべて『うん』と頷いた。
 そして、はしゃぐように報告しだした。
「さっき、あたしに会いに、サンタさんが来たの。遠い寒い国から来たって言ってた。それに素敵なプレゼントも、もらったわ。あたし、とっても嬉しい」
 すると母親は、怪訝な面持ちで、重たい買物袋を居間のテーブルに下ろすと、呆れ返ったようすで娘を諭した。
「サンタクロースですって。この家に?………それにまだ八月じゃないの、きっと、夢でもみてたんでしょう。さあ、顔でも洗って眼を覚まして来なさい」
 少女は泣きべそをかきながら、
「だって、サンタさんの長いお髭も大きな袋も、あたし手で触って分かったんだよ――」
『………少しきつく言い過ぎたかしら』と母親は気が咎めて、ゆっくりと優しい口調で娘に尋ね直した。
「それで、サンタのお爺さんには何をプレゼントしてもらったの?」
 テディ・ベアを抱えた少女はパッと明るい表情で母親に答えた。
「ええっとね、あれは、………思い出したわ。あれは旭ヶ丘スーパーの特大コロッケ弁当とイワシの缶詰ひとつだったわ」
       (了)

09/12/13