「便り」 牧 すすむ

 三日おくれの 便りをのせて
 船が行く行く 波浮港

 少々古いが、あの「都はるみ」のヒット曲「あんこ椿は恋の花」の唄い出し部分である。他にも“便り”を歌詞に取り入れたものは数多い。
 
 遠い 遠い
 思い出しても 遠い空
 必ず東京へ ついたなら
 便りおくれと 云った娘(ひと)

「春日八郎」の「別れの一本杉」の二番の一節─。

 南の丘を はるばると
 郵便馬車が やって来る
 うれしい便りを 乗せて
 ひづめのひびきも かるく

 軽快なリズムで昭和の青春を歌う、「岡本敦郎」の「憧れの郵便馬車」だ。若い人達には馴染みの無い歌ばかりでいささか恐縮ではあるけれど、このように“便り”というのは、時にはその手紙の内容よりももっと奥深い思いを我々に届けてくれていた気がする。
 そして又、“便り”という言葉には限り無く広がる夢と、心を揺さぶる力があったと思う。
 転じて時は今──。携帯電話の時代。
  小学生の子供達までが一日中小さな画面を見つめ、ピッピッとボタンを押している。確かにメールは便利だ。何処にいても簡単に相手とのコミュニケーションが計れる。その上、撮りたての写真までが瞬時に送受信できてしまう。全く驚くべき時代の変貌である。
 もちろん私もその恩恵にあずかっている一人なのだが、若い人達のように様々な機能を駆使することなどは望むべくもない。とはいえ折角の「文明の力」。なんとかメールと写真の送受信だけは会得出来た。それに仕事上、連絡の記録がメールに残るのも有り難い。
 然し考えてみれば、手の平の中にすっぽりと隠れてしまう程に小さなケータイから発信された電波が、秒速で世界の隅々にまで届いてしまうことの不思議さ──。改めて時代の進化を思わずにいられないのである。
 ただ、便利さとは裏腹に手書きの情緒は失われた。文字が示すその人の性格や心の動きはメールからは見えない。きっちりと枠にはまって次々と画面に現れて来る活字は、まるでマジックそのものだ。
 とはいえ、そんなことにも慣れた昨今、私もこの便利極まりないケータイなるものを大いに利用させてもらっている。仕事ではもちろんのこと、もう一つの目的として海外にいる子供達とのコミュニケーションの手段だ。
 子供といってもメキシコにいる息子は去年結婚したし、イギリスにいる娘は四歳の男の子チャーリーと、二ヶ月になる女の子ルーシーの母。孫の顔を見るのも容易ではない。勢い電話のお世話になるわけだが、メールの方も頻繁である。ただ、パソコンの前に座るよりもやっぱり手軽な「ケータイメール」を使うことが多い。会話のように瞬時に出来るやりとりが嬉しい。
 人は勝手なもので、こんな時は“便り”のたの字も頭に無く、ひらすら小さな画面との“睨めっこ”が続くことになる。
 そして又、私にはこのケータイを利用しているもう一つの理由(わけ)がある。それは英語のレッスン。イギリスへ嫁いでいる娘の家族は当然全部がイギリス人。当たり前に孫の言葉も英語が主となっている。
 その孫が生まれる時、将来は孫と英語で話したいとの思いから始めた六十の手習い。仕事の都合で教室へ通うことができず、流れで娘と婿のボブが先生ということに─。
 そして更に又その流れで、メキシコにいる次男の嫁の亜樹子さんとのメールも英文にしてもらい、ものはついでとばかり、次男の親友で留学生としてアルゼンチンから来日中のダリオ君にもメールは英文でと依頼した。
だが、これがなかなか難しく、読むのも書くのも一苦労といったところで上達には程遠いようである。
 こういったメールの便利さには“便り”の力は到底及ばない。残念な思いはあってもやはり時代の流れに棹は刺せないのが現実といったところだろうか。本棚に小さく納まった便箋が淋しそうに見えた。
 と、突然、私のケータイにメールの受信音。開けばメキシコから─。「HELLO OTOSAN」 平成版の“便り”である。

11年5月15日

『花便り』と『花の塔』 平子 純

 三日おくれの 便りをのせて
 船が行く行く 波浮港

 少々古いが、あの「都はるみ」のヒット曲「あんこ椿は恋の花」の唄い出し部分である。他にも“便り”を歌詞に取り入れたものは数多い。
 
 遠い 遠い
 思い出しても 遠い空
 必ず東京へ ついたなら
 便りおくれと 云った娘(ひと)

「春日八郎」の「別れの一本杉」の二番の一節─。

 南の丘を はるばると
 郵便馬車が やって来る
 うれしい便りを 乗せて
 ひづめのひびきも かるく

 軽快なリズムで昭和の青春を歌う、「岡本敦郎」の「憧れの郵便馬車」だ。若い人達には馴染みの無い歌ばかりでいささか恐縮ではあるけれど、このように“便り”というのは、時にはその手紙の内容よりももっと奥深い思いを我々に届けてくれていた気がする。
 そして又、“便り”という言葉には限り無く広がる夢と、心を揺さぶる力があったと思う。
 転じて時は今──。携帯電話の時代。
  小学生の子供達までが一日中小さな画面を見つめ、ピッピッとボタンを押している。確かにメールは便利だ。何処にいても簡単に相手とのコミュニケーションが計れる。その上、撮りたての写真までが瞬時に送受信できてしまう。全く驚くべき時代の変貌である。
 もちろん私もその恩恵にあずかっている一人なのだが、若い人達のように様々な機能を駆使することなどは望むべくもない。とはいえ折角の「文明の力」。なんとかメールと写真の送受信だけは会得出来た。それに仕事上、連絡の記録がメールに残るのも有り難い。
 然し考えてみれば、手の平の中にすっぽりと隠れてしまう程に小さなケータイから発信された電波が、秒速で世界の隅々にまで届いてしまうことの不思議さ──。改めて時代の進化を思わずにいられないのである。
 ただ、便利さとは裏腹に手書きの情緒は失われた。文字が示すその人の性格や心の動きはメールからは見えない。きっちりと枠にはまって次々と画面に現れて来る活字は、まるでマジックそのものだ。
 とはいえ、そんなことにも慣れた昨今、私もこの便利極まりないケータイなるものを大いに利用させてもらっている。仕事ではもちろんのこと、もう一つの目的として海外にいる子供達とのコミュニケーションの手段だ。
 子供といってもメキシコにいる息子は去年結婚したし、イギリスにいる娘は四歳の男の子チャーリーと、二ヶ月になる女の子ルーシーの母。孫の顔を見るのも容易ではない。勢い電話のお世話になるわけだが、メールの方も頻繁である。ただ、パソコンの前に座るよりもやっぱり手軽な「ケータイメール」を使うことが多い。会話のように瞬時に出来るやりとりが嬉しい。
 人は勝手なもので、こんな時は“便り”のたの字も頭に無く、ひらすら小さな画面との“睨めっこ”が続くことになる。
 そして又、私にはこのケータイを利用しているもう一つの理由(わけ)がある。それは英語のレッスン。イギリスへ嫁いでいる娘の家族は当然全部がイギリス人。当たり前に孫の言葉も英語が主となっている。
 その孫が生まれる時、将来は孫と英語で話したいとの思いから始めた六十の手習い。仕事の都合で教室へ通うことができず、流れで娘と婿のボブが先生ということに─。
 そして更に又その流れで、メキシコにいる次男の嫁の亜樹子さんとのメールも英文にしてもらい、ものはついでとばかり、次男の親友で留学生としてアルゼンチンから来日中のダリオ君にもメールは英文でと依頼した。
だが、これがなかなか難しく、読むのも書くのも一苦労といったところで上達には程遠いようである。
 こういったメールの便利さには“便り”の力は到底及ばない。残念な思いはあってもやはり時代の流れに棹は刺せないのが現実といったところだろうか。本棚に小さく納まった便箋が淋しそうに見えた。
 と、突然、私のケータイにメールの受信音。開けばメキシコから─。「HELLO OTOSAN」 平成版の“便り”である。

11/5/15