ショートミステリー「密室の矢」

「この幼稚園だな……」
 辿りついた吉山刑事は呟いた。門の扉には動物の絵が賑やかに描かれ「やわらぎ幼稚園」と書かれていた。
 フェンス越しに覗いたチュリップ、パンジー、スイセンが色鮮やかに咲いている。広い園庭にはカラフルな滑り台、ジャングルジム、ブランコ、鉄棒、砂場が園児達の遊び場になっていた。昼休みの時間帯なのか大勢の児童が園庭に集まって遊んでいた。
 広々とした園庭は活き活きとした子供達の歓声で溢れかえっていた。
 インターホーンで用件を伝えると、若い女性職員が小走りに向かえに来て扉が開かれた。
 吉山刑事が園内に入ると、子供達が目敏くやって来た。
「おじちゃん、どうしたの、何しに来たの…」
 と、大騒ぎして纏わり付き子供達はなかなか離れない。
 作り笑いしながら困り果てた吉山刑事は、
「おじちゃんは大事なお仕事があるからね。後で遊ぼうね」
 と、振りきるように足早にその場をあとにした。 
 園長室に通された吉山刑事は応接間の椅子に座り園長の長井修造を待っていた。
 しばらくすると園長が現れテーブルをはさんで真ん前に腰掛けた。
「少々お聞きしたい事がありまして」と吉山刑事が言った。
「例の飲酒運転の事件なんですがね。重要参考人で行方を晦ましている木島の事で話しを伺いたいと思いましてね」
 園長の長井は眼鏡越しに吉山刑事を見上げて言った。
「申し訳ないですが、しばらくお待ち願えませんか。もうすぐ児童達も昼休みも終わり落ち着きますので」
 吉山刑事は頷いて園長室を出た。
 廊下に出ると曲がり角の手前にソファーがあった。
 そこで、腰を下した吉山刑事はホッと息を吐いた。
 ガラス窓の向こうには、走りまわり歓声を上げる賑かな子供達の熱気が充満していた。
 しばらくして反対側の廊下の角を曲がって若い女性職員が吉山刑事のところへやって来た。
「警察の方でしょう。今回の事件で、園長先生も対応に大変な様子ですよ」と言って微笑んだ。
 彼女は親しげにソファーの横に腰掛けて、持っていた袋からサンドウィッチを取り出した。
「子供に手を取られて、やっとこさ休憩です」
「先生も大変ですな。小さくて元気盛りの子供が相手だと」
「そうですよ。大声を上げて、まとめるのに苦労してます」
 ふと吉山刑事の視線が園長室前廊下の向かい側にある低い階段を上がって来る中年の女性職員に注がれた。
 その女性はそのまま園長室の扉に歩み寄りノックした。
 園長の低い声がして女性は部屋の中へ姿を消した。
「あの人は敏江先生ですわ。人事異動の件で園長先生と揉めているんです」
 園長室で口論する声がして、そのあと敏江先生が追い出される様に部屋から出て来た。彼女はこちらの視線に気づくと顔を赤らめ一礼して逃げる様にその場を去った。
「ハクション!!――」と園長の大きなクシャミが聞こえた。突拍子もない大きなクシャミに驚いた二人は園長室を見ていた。すると廊下の向こうから、腕を水平に広げ旋回しながらひとりの子供が走って来た。
「カナ先生、僕、今度ね飛行機に乗るんだよ」
 と言って、向きをかえてまた駆け出して行った。
「明夫君、お昼ご飯はもう食べたの?…」
「ウン、タベタ!」と、明夫君は大きな返事をした。
 それから明夫君は何故だか園長室の扉前で立ち止まった。
「あの子、好奇心旺盛で…」と少し困り顔をして可奈子先生が言った。
 すると突然、明夫君は園長室の扉を大きく開けて中を覗き込んだ。
「あっ、エンチョウ先生、殺されちゃった」
 まさか!!と驚いた二人は慌てて駆けつけ部屋の中を見た。
 園長は机の向こうで椅子に掛けたままぐったりとしていた。
 彼の左胸にボウガンの矢が深く突き刺されていた。部屋の中には誰もいない。
「刑事さん、御一緒に廊下にいましけど、怪しい人影は見なかったでしょう。どうして殺せたのでしょうか……」
 可奈子先生は、怯えながら戸惑いの様子で吉山刑事に訴えた。園長室の奥の窓から子供達の騒ぎ声が聞こえていた。
「どうやら凶器のボウガンは発見されているようですな。それを取り合って子供達は、はしゃいでいますよ」
 と警察本部に連絡をいれた。
 吉山刑事はやれやれと顔をしかめて溜息を吐いた……。

 あなたはこの事件の真相をみやぶれますか?

 後日、吉山刑事はこう語った
◇ ◇ ◇
真犯人は当然だが容疑者の木島だ。
被害者である園長の証言が木島にとって致命的になる恐れがあった。つまりは口封じの為の殺害だった。
逃亡中の木島は『やわらぎ幼稚園』に忍び込んだ。
ボウガンを持ってね。奴は園長室の窓のある裏通路からチャンスを狙っていた。そして明夫君が大きく扉を開いたその瞬間、偶然にもボウガンの矢は発射されて園長の胸を貫いた。明夫君が「殺されちゃった」と言ったのは、明夫君がまさしく犯人の殺害の現場を目撃したという訳さ。
慌てた木島はボウガンを捨てて逃走した。
そのあと捨てられた、証拠物件のボウガンは子供達の格好のおもちゃ道具になってしまった。
無邪気なものだよ。子供達には罪はないからね。
殺人鬼が天使の園に潜んでいたとはな、俺も油断したか………。
      了             
◇ ◇ ◇

11年4月6日

ウェブ作品集

加藤 行

 

「この幼稚園だな……」
 辿りついた吉山刑事は呟いた。門の扉には動物の絵が賑やかに描かれ「やわらぎ幼稚園」と書かれていた。
 フェンス越しに覗いたチュリップ、パンジー、スイセンが色鮮やかに咲いている。広い園庭にはカラフルな滑り台、ジャングルジム、ブランコ、鉄棒、砂場が園児達の遊び場になっていた。昼休みの時間帯なのか大勢の児童が園庭に集まって遊んでいた。
 広々とした園庭は活き活きとした子供達の歓声で溢れかえっていた。
 インターホーンで用件を伝えると、若い女性職員が小走りに向かえに来て扉が開かれた。
 吉山刑事が園内に入ると、子供達が目敏くやって来た。
「おじちゃん、どうしたの、何しに来たの…」
 と、大騒ぎして纏わり付き子供達はなかなか離れない。
 作り笑いしながら困り果てた吉山刑事は、
「おじちゃんは大事なお仕事があるからね。後で遊ぼうね」
 と、振りきるように足早にその場をあとにした。 
 園長室に通された吉山刑事は応接間の椅子に座り園長の長井修造を待っていた。
 しばらくすると園長が現れテーブルをはさんで真ん前に腰掛けた。
「少々お聞きしたい事がありまして」と吉山刑事が言った。
「例の飲酒運転の事件なんですがね。重要参考人で行方を晦ましている木島の事で話しを伺いたいと思いましてね」
 園長の長井は眼鏡越しに吉山刑事を見上げて言った。
「申し訳ないですが、しばらくお待ち願えませんか。もうすぐ児童達も昼休みも終わり落ち着きますので」
 吉山刑事は頷いて園長室を出た。
 廊下に出ると曲がり角の手前にソファーがあった。
 そこで、腰を下した吉山刑事はホッと息を吐いた。
 ガラス窓の向こうには、走りまわり歓声を上げる賑かな子供達の熱気が充満していた。
 しばらくして反対側の廊下の角を曲がって若い女性職員が吉山刑事のところへやって来た。
「警察の方でしょう。今回の事件で、園長先生も対応に大変な様子ですよ」と言って微笑んだ。
 彼女は親しげにソファーの横に腰掛けて、持っていた袋からサンドウィッチを取り出した。
「子供に手を取られて、やっとこさ休憩です」
「先生も大変ですな。小さくて元気盛りの子供が相手だと」
「そうですよ。大声を上げて、まとめるのに苦労してます」
 ふと吉山刑事の視線が園長室前廊下の向かい側にある低い階段を上がって来る中年の女性職員に注がれた。
 その女性はそのまま園長室の扉に歩み寄りノックした。
 園長の低い声がして女性は部屋の中へ姿を消した。
「あの人は敏江先生ですわ。人事異動の件で園長先生と揉めているんです」
 園長室で口論する声がして、そのあと敏江先生が追い出される様に部屋から出て来た。彼女はこちらの視線に気づくと顔を赤らめ一礼して逃げる様にその場を去った。
「ハクション!!――」と園長の大きなクシャミが聞こえた。突拍子もない大きなクシャミに驚いた二人は園長室を見ていた。すると廊下の向こうから、腕を水平に広げ旋回しながらひとりの子供が走って来た。
「カナ先生、僕、今度ね飛行機に乗るんだよ」
 と言って、向きをかえてまた駆け出して行った。
「明夫君、お昼ご飯はもう食べたの?…」
「ウン、タベタ!」と、明夫君は大きな返事をした。
 それから明夫君は何故だか園長室の扉前で立ち止まった。
「あの子、好奇心旺盛で…」と少し困り顔をして可奈子先生が言った。
 すると突然、明夫君は園長室の扉を大きく開けて中を覗き込んだ。
「あっ、エンチョウ先生、殺されちゃった」
 まさか!!と驚いた二人は慌てて駆けつけ部屋の中を見た。
 園長は机の向こうで椅子に掛けたままぐったりとしていた。
 彼の左胸にボウガンの矢が深く突き刺されていた。部屋の中には誰もいない。
「刑事さん、御一緒に廊下にいましけど、怪しい人影は見なかったでしょう。どうして殺せたのでしょうか……」
 可奈子先生は、怯えながら戸惑いの様子で吉山刑事に訴えた。園長室の奥の窓から子供達の騒ぎ声が聞こえていた。
「どうやら凶器のボウガンは発見されているようですな。それを取り合って子供達は、はしゃいでいますよ」
 と警察本部に連絡をいれた。
 吉山刑事はやれやれと顔をしかめて溜息を吐いた……。

 あなたはこの事件の真相をみやぶれますか?

 後日、吉山刑事はこう語った
◇ ◇ ◇
真犯人は当然だが容疑者の木島だ。
被害者である園長の証言が木島にとって致命的になる恐れがあった。つまりは口封じの為の殺害だった。
逃亡中の木島は『やわらぎ幼稚園』に忍び込んだ。
ボウガンを持ってね。奴は園長室の窓のある裏通路からチャンスを狙っていた。そして明夫君が大きく扉を開いたその瞬間、偶然にもボウガンの矢は発射されて園長の胸を貫いた。明夫君が「殺されちゃった」と言ったのは、明夫君がまさしく犯人の殺害の現場を目撃したという訳さ。
慌てた木島はボウガンを捨てて逃走した。
そのあと捨てられた、証拠物件のボウガンは子供達の格好のおもちゃ道具になってしまった。
無邪気なものだよ。子供達には罪はないからね。
殺人鬼が天使の園に潜んでいたとはな、俺も油断したか………。
      了             
◇ ◇ ◇

09/12/13