エッセイ「不変の心で」

「震度五の地震! 余震が続いてるから明治神宮に避難しています」
 三月十一日の午後三時過ぎに東京にいる娘からメールが入りました。驚いて電話をすると、経験したことのない激しい揺れにとても怖い思いをしたようです。
「会社の人たちと一緒だから大丈夫。カラスが二羽、乱れて空から落ちてきて、地面に激突するかと思ったら寸前に舞い上がったよ……明治神宮では結婚式が始まりました。ここは静寂です」
 息を整えるようにして、娘はそんな実況を伝えてくれました。寒い日でしたので「コートを着ている」との言葉にホッとしたのですが、そのときの私はなんの異変も感じないで、せっせと庭の改造にいそしんでいる最中でした。
 芝生の庭をレンガと化粧砂利に替え、庭の形状に合わせた細長い花壇を造ろうと、二週間ほど前に作業を始めたところでした。芝生の手入れの大変さに辟易した結果です。
 トレーニングウエアにガーデンブーツのいでたちで、趣味のコーラスで録音した練習中のラテン語とイタリア語の歌を聴きながら、のんきにレンガを並べたりしていたのです。
 イヤホンを外して急いで部屋に戻りテレビのスイッチを入れると、押し寄せる波が船も堤防も、車も家も街をも、全部を飲み込んでいく恐怖の映像が、まるでコンピューターグラフィックを駆使したSF映画のように目に飛び込んできました。息が止まりそうでした。
 やがて画面には、小さな黒い煙が大きくなって、あちこちに赤い炎が上がる様子が映し出され…、大変なことが起きてしまったと呆然と見入っていたのです。国内観測史上最大のマグニチュード9の「東北地方太平洋沖地震」を、こうして私は知りました。
 時間が経過する毎に悲惨さを増すばかりの被害状況に言葉がありません。何も変わらない生活をしている自分が、これでいいのかしらという感覚に襲われて、節電を心がけ、今あるものを大切に使おう、一緒に耐えようというような意識が強くなりました。自己満足に過ぎないかもしれませんが、今の私にできることです。ささやかですが募金もさせていただきました。
 国家の危機にみんなで力を、手を合わせて、一刻も早く平穏な生活をと願うばかりです。国の内外から多くの救いの手が差しのべられ、世界中の人たちが日本を心配し、応援してくれています。外国の人たちから称賛されたように、日本人はこんな非常事態にも我慢強く、穏やかで逞しい優れた民族なのです。近い将来、必ず立派に復興を遂げることでしょう。
 日本の立て直しのために何ができるのか、一人ひとりが考え心して生きることは、私たちに与えられた大切な課題です。今度の震災に関して、ツイッター(短文投稿サイト)に寄せられる多くの応援メッセージに胸が一杯になり涙がこぼれます。人はかくも優しく、強く、温かく、美しいのです。
 実は、庭の改造記を書くつもりでパソコンに向かったのですが、どうしても「震災」を避けて通ることができませんでした。
 ここから私の庭物語が始まります。
 玄関が北向きのわが家は、家の北と東、南をぐるっと庭が囲んでいて、その三方にツゲの生け垣があります。とはいっても広大な庭ではないのですが、まず改造を終えたのは東の道路沿いの和風の庭と家の間に挟まれた通路ガーデンといった場所です。そこから南の庭にずっと芝生が張ってありますが、東側は日照時間が短いせいか芝の中に苔がはびこって健康に育ってくれませんので、長年悩んだ末に芝を剥いでしまおうと決めました。  
 わが夫は、家の掃除は苦にならないようですが、「庭は愛でるもの」と完璧に割り切っているらしく、手を貸してくれる気配はまったくありません。「二人でガーデニングを楽しめたらいいのに」という言葉を胸に押し込んで、業者に見積もりをしてもらったら、かなりの出費になることがわかりました。
 ガーデニングは私の趣味の一つですし、この頃はDIYファンによる庭改造奮闘記などがブログにたくさん公開されるようになりました。それに刺激を受けたこともあって、私が一人で庭のリフォームに挑戦してみようと思った次第です。
 まず、芝生を取り除き、石ころを除去し、土を平らにならします。ここ迄で庭改造の八十パーセントは終了、くらいの疲労感。花壇の穴掘りでは石がゴロゴロ出てきました。固い地面と格闘するうちに腰を痛めましたが、以前バラ用の直径、深さともに五十センチ程の穴を掘った体験から想定内のハプニング、塗り薬と貼り薬、それに日にち薬を加えて解決です。
 ホームセンターの親切な店員さんから水平器を使うようにとのアドヴァイスを受け、レンガや化粧砂利や防草シートと一緒に購入。このときは夫が四輪駆動車でホームセンターに付き合い、重いレンガを運んでくれました。
 それからはまた私の独擅場。防草シートを敷いてレンガの向きを決めながら並べていきます。最初は律儀に水平器を乗せていたのですが、レンガを敷くたびの確認作業が面倒になり、途中からは私の目と感覚に任せてのアバウトさ加減。防草シートの上からも高さ調整は可能、そんな感じで気楽に進めていき、およそ三百個のレンガを使いました。レンガは洋風のそれではなくて、和風の庭にもマッチするタイプです。
 
 途中で楽天市場のショップに注文してあった花苗二十四株が届き、いそいそと出来たばかりの花壇に植えました。色とりどりの元気で優しげなお花たち。一気に庭が華やぎました。起床したらまずリビングの窓から花壇を眺めます。私はこうして一日のスタートを切るのです、被災者のみなさんに申し訳ないような気持ちを抱きながら…。
 この小道の家側にはバラが七本植えてあり、つるバラを誘引しているフェンスやオベリスクが設置してあります。バラの芽は日に日に膨らんで美しい姿、ステキな香りを届けるための準備に余念がないようです。何気ない日々の営みへの感謝…、忘れがちな私の心を戒めてくれています。
 レンガと和風の庭の間には化粧砂利を敷き詰めました。想像以上の出来映えと自画自賛し、友人の「まるで職人技」との言葉に励まされ、次は南に取りかかります。
 南側の芝生はツゲの生け垣に日光を遮られ、苔が繁殖する部分があるのが問題点。ですから、東側と同じように一部にレンガを敷いて、ツゲの近くには和風の庭に茂る〈リュウノヒゲ〉を失敬して移植してみましょう。
 リュウノヒゲの花言葉は「不変の心」。日陰にも強く、芝生のように手間がかからず、年中、緑で踏みつけにも耐える手間いらずのグランドカバーです。リュウノヒゲが急にいとおしくなりました。
 庭仕事が好きだった亡き母に、実家の庭から抜いてもらったものですが、年月を経てかなりの量になりました。春の日差しを寄せ集めて緑が光っています。冬の庭でも色鮮やかに、けれど奥ゆかしく、雪や霜柱を引き立てていました。
 日当たり良好な芝生にも、もっと丁寧に向き合ってみるつもりです。南には二十ほどのバラの鉢と、他の花や植物がお出ましのときを待っています。咲き誇るバラと緑の芝生を想うだけで心が浮き立ちます。
 バラ愛好家の中には百を超える種類を育成中の方たちがおられます。バラに魅せられ、とうとう日本庭園をイングリッシュガーデンに造り替えてしまった、という例をインターネットで目にしましたので夫に話してみました。
「僕は日本の庭が大好きね。あそこを改造してはいけません」
 アメリカ人の夫からのお達しです。

11年3月27日

小説「日本語ダイレクト」

「震度五の地震! 余震が続いてるから明治神宮に避難しています」
 三月十一日の午後三時過ぎに東京にいる娘からメールが入りました。驚いて電話をすると、経験したことのない激しい揺れにとても怖い思いをしたようです。
「会社の人たちと一緒だから大丈夫。カラスが二羽、乱れて空から落ちてきて、地面に激突するかと思ったら寸前に舞い上がったよ……明治神宮では結婚式が始まりました。ここは静寂です」
 息を整えるようにして、娘はそんな実況を伝えてくれました。寒い日でしたので「コートを着ている」との言葉にホッとしたのですが、そのときの私はなんの異変も感じないで、せっせと庭の改造にいそしんでいる最中でした。
 芝生の庭をレンガと化粧砂利に替え、庭の形状に合わせた細長い花壇を造ろうと、二週間ほど前に作業を始めたところでした。芝生の手入れの大変さに辟易した結果です。
 トレーニングウエアにガーデンブーツのいでたちで、趣味のコーラスで録音した練習中のラテン語とイタリア語の歌を聴きながら、のんきにレンガを並べたりしていたのです。
 イヤホンを外して急いで部屋に戻りテレビのスイッチを入れると、押し寄せる波が船も堤防も、車も家も街をも、全部を飲み込んでいく恐怖の映像が、まるでコンピューターグラフィックを駆使したSF映画のように目に飛び込んできました。息が止まりそうでした。
 やがて画面には、小さな黒い煙が大きくなって、あちこちに赤い炎が上がる様子が映し出され…、大変なことが起きてしまったと呆然と見入っていたのです。国内観測史上最大のマグニチュード9の「東北地方太平洋沖地震」を、こうして私は知りました。
 時間が経過する毎に悲惨さを増すばかりの被害状況に言葉がありません。何も変わらない生活をしている自分が、これでいいのかしらという感覚に襲われて、節電を心がけ、今あるものを大切に使おう、一緒に耐えようというような意識が強くなりました。自己満足に過ぎないかもしれませんが、今の私にできることです。ささやかですが募金もさせていただきました。
 国家の危機にみんなで力を、手を合わせて、一刻も早く平穏な生活をと願うばかりです。国の内外から多くの救いの手が差しのべられ、世界中の人たちが日本を心配し、応援してくれています。外国の人たちから称賛されたように、日本人はこんな非常事態にも我慢強く、穏やかで逞しい優れた民族なのです。近い将来、必ず立派に復興を遂げることでしょう。
 日本の立て直しのために何ができるのか、一人ひとりが考え心して生きることは、私たちに与えられた大切な課題です。今度の震災に関して、ツイッター(短文投稿サイト)に寄せられる多くの応援メッセージに胸が一杯になり涙がこぼれます。人はかくも優しく、強く、温かく、美しいのです。
 実は、庭の改造記を書くつもりでパソコンに向かったのですが、どうしても「震災」を避けて通ることができませんでした。
 ここから私の庭物語が始まります。
 玄関が北向きのわが家は、家の北と東、南をぐるっと庭が囲んでいて、その三方にツゲの生け垣があります。とはいっても広大な庭ではないのですが、まず改造を終えたのは東の道路沿いの和風の庭と家の間に挟まれた通路ガーデンといった場所です。そこから南の庭にずっと芝生が張ってありますが、東側は日照時間が短いせいか芝の中に苔がはびこって健康に育ってくれませんので、長年悩んだ末に芝を剥いでしまおうと決めました。  
 わが夫は、家の掃除は苦にならないようですが、「庭は愛でるもの」と完璧に割り切っているらしく、手を貸してくれる気配はまったくありません。「二人でガーデニングを楽しめたらいいのに」という言葉を胸に押し込んで、業者に見積もりをしてもらったら、かなりの出費になることがわかりました。
 ガーデニングは私の趣味の一つですし、この頃はDIYファンによる庭改造奮闘記などがブログにたくさん公開されるようになりました。それに刺激を受けたこともあって、私が一人で庭のリフォームに挑戦してみようと思った次第です。
 まず、芝生を取り除き、石ころを除去し、土を平らにならします。ここ迄で庭改造の八十パーセントは終了、くらいの疲労感。花壇の穴掘りでは石がゴロゴロ出てきました。固い地面と格闘するうちに腰を痛めましたが、以前バラ用の直径、深さともに五十センチ程の穴を掘った体験から想定内のハプニング、塗り薬と貼り薬、それに日にち薬を加えて解決です。
 ホームセンターの親切な店員さんから水平器を使うようにとのアドヴァイスを受け、レンガや化粧砂利や防草シートと一緒に購入。このときは夫が四輪駆動車でホームセンターに付き合い、重いレンガを運んでくれました。
 それからはまた私の独擅場。防草シートを敷いてレンガの向きを決めながら並べていきます。最初は律儀に水平器を乗せていたのですが、レンガを敷くたびの確認作業が面倒になり、途中からは私の目と感覚に任せてのアバウトさ加減。防草シートの上からも高さ調整は可能、そんな感じで気楽に進めていき、およそ三百個のレンガを使いました。レンガは洋風のそれではなくて、和風の庭にもマッチするタイプです。
 
 途中で楽天市場のショップに注文してあった花苗二十四株が届き、いそいそと出来たばかりの花壇に植えました。色とりどりの元気で優しげなお花たち。一気に庭が華やぎました。起床したらまずリビングの窓から花壇を眺めます。私はこうして一日のスタートを切るのです、被災者のみなさんに申し訳ないような気持ちを抱きながら…。
 この小道の家側にはバラが七本植えてあり、つるバラを誘引しているフェンスやオベリスクが設置してあります。バラの芽は日に日に膨らんで美しい姿、ステキな香りを届けるための準備に余念がないようです。何気ない日々の営みへの感謝…、忘れがちな私の心を戒めてくれています。
 レンガと和風の庭の間には化粧砂利を敷き詰めました。想像以上の出来映えと自画自賛し、友人の「まるで職人技」との言葉に励まされ、次は南に取りかかります。
 南側の芝生はツゲの生け垣に日光を遮られ、苔が繁殖する部分があるのが問題点。ですから、東側と同じように一部にレンガを敷いて、ツゲの近くには和風の庭に茂る〈リュウノヒゲ〉を失敬して移植してみましょう。
 リュウノヒゲの花言葉は「不変の心」。日陰にも強く、芝生のように手間がかからず、年中、緑で踏みつけにも耐える手間いらずのグランドカバーです。リュウノヒゲが急にいとおしくなりました。
 庭仕事が好きだった亡き母に、実家の庭から抜いてもらったものですが、年月を経てかなりの量になりました。春の日差しを寄せ集めて緑が光っています。冬の庭でも色鮮やかに、けれど奥ゆかしく、雪や霜柱を引き立てていました。
 日当たり良好な芝生にも、もっと丁寧に向き合ってみるつもりです。南には二十ほどのバラの鉢と、他の花や植物がお出ましのときを待っています。咲き誇るバラと緑の芝生を想うだけで心が浮き立ちます。
 バラ愛好家の中には百を超える種類を育成中の方たちがおられます。バラに魅せられ、とうとう日本庭園をイングリッシュガーデンに造り替えてしまった、という例をインターネットで目にしましたので夫に話してみました。
「僕は日本の庭が大好きね。あそこを改造してはいけません」
 アメリカ人の夫からのお達しです。

08/4/26