「夜明け パート1・2」 牧すすむ

パート1 

─夜明け─ 一見多様な意味を持つこの言葉も、深夜に書き物をする機会の多い私にとっては極めて身近に感じる言葉でもある。
 少し根を詰めれば時の経つのも忘れ、眠気覚ましのコーヒーと、足下で眠る愛犬のかわいいイビキとに励まされながら、セッセとペンを走らせていく。
 あくび混じりに何度目かの大きな伸びをする私の耳にバイクの音。牛乳配達のおばさんだ。「ご苦労様」と心の中でつぶやきながら、傍らの時計を見る。短針はもうすでに遙か右下方を示し、秒針は更に忙しげに“チッチッチッ”とリズミカルな音を立て、円いコースを巡っている。
 椅子から離れ、窓越しに仰ぐ薄明かりの空には、消え残った幾つかの星たちの白い瞬きが疲れた私の目にほんのりと眩しい。
 そんな身近にある“お友達”のような“夜明け”に、最近、正に感激の対面をしたのである。
 それは去年の秋のこと、あるコンサートに出演するために出掛けた日、本番を明日に控えてあいにくの雨。屋根は有るものの会場は屋外である。メンバーの顔の色も冴えない。このまま雨が降り続けば結果は最悪の事態を招くことになるだろう。私達は祈る思いを胸にホテルでの一夜を過ごした。
 まどろむ程の時間に感じられた夜が明け、飛び起き様に窓の外を見る私の目の前に白い景色が広がっている。とりあえず雨の気配はなさそうだ。「やったー!」と思わず叫んでガッツポーズの拳を握った。
 湖畔に建つホテルの朝は、雲のように揺らめく濃いもやに優しく包まれ、刻一刻、時の流れと共にその姿を変えていた。もやは薄れ、反対に遠くの山々のシルエットが増していく。正にその時、二つの山の狭間から太陽が昇り始めたのである。
“御来光”のような強い光を放ちながらぐんぐんと昇ってくるその光にもやは掻き消され、いつしか鏡のような湖面は金色に輝いていた。なんと幻想的な光景なのだろう。私は冷たい窓のガラスに顔を押しつけ、時の経つのも忘れて見入っていた。素晴らしい! 実に素晴らしい“夜明け”である。
 ちなみに、“晴れ男”を自負する私のメンツもしっかり保たれ、同時にその日のコンサートも大成功であったことはいうまでもない。                                                          

パート2

「もしもし、調味料と海苔を送ってほしいんだけど─。ああ、仕事なら上手くやってるよ。大丈夫、心配ないよ」
 次男からの電話である。しかし、いささか遠い。彼が居るのは南米のチリ。日本の真裏にあたる国だ。会社の転勤なのだが、入社時の目的であったことから、彼にとっては夢が叶った大満足の仕事なのである。
 実は六年前、大学在学中にチリへ行き、その後アルゼンチンに留学した経験が有る彼は、南米への転勤が大きな夢となった。スペイン語と英語が堪能なので仕事の心配はしないのだが、とにかく遠い国。電話の声だけが安心の頼みである。チリを拠点に南米各国が範囲らしく、先日もブラジルへ出向いたとか。食事の安全や身の回りの安全等、やはり心配は尽きない。ただ、アルゼンチンには留学当時お世話になった家が有り、今回もまた親しくして頂いているというので、大変ありがたく思っている。
 と、ここまではままある話なのだが、偶然というのはこんなことかも─。
 それは息子がお世話になった(今も)アルゼンチンのその家の子が、時を同じくして日本へ留学してきたのである。同い年の二人は当然旧知の仲であり、親しい友人である。
「奈良教育大学」で学ぶ彼は、日本語も上手く明るい。何よりも性格の良い好青年であり、時々我が家へも遊びにきてくれるので、まるで本当の息子のように思えてしまう。
 世界はこんなに広いのにお互い息子同士を交換しているような偶然の不思議さと、こんな巡り合せの幸せに、ただただ感謝するのみである。ちなみに彼の将来の夢は政治家だと言う。
「大統領になりたいね」と、屈託なく笑う顔が何よりも良い。ともあれ我が家の二人の息子(?)は今、大きな大きな人生の“夜明け”を迎えようとしているのである。

10年2月4日

「夜明けのメッセージ」 黒宮 涼

パート1 

─夜明け─ 一見多様な意味を持つこの言葉も、深夜に書き物をする機会の多い私にとっては極めて身近に感じる言葉でもある。
 少し根を詰めれば時の経つのも忘れ、眠気覚ましのコーヒーと、足下で眠る愛犬のかわいいイビキとに励まされながら、セッセとペンを走らせていく。
 あくび混じりに何度目かの大きな伸びをする私の耳にバイクの音。牛乳配達のおばさんだ。「ご苦労様」と心の中でつぶやきながら、傍らの時計を見る。短針はもうすでに遙か右下方を示し、秒針は更に忙しげに“チッチッチッ”とリズミカルな音を立て、円いコースを巡っている。
 椅子から離れ、窓越しに仰ぐ薄明かりの空には、消え残った幾つかの星たちの白い瞬きが疲れた私の目にほんのりと眩しい。
 そんな身近にある“お友達”のような“夜明け”に、最近、正に感激の対面をしたのである。
 それは去年の秋のこと、あるコンサートに出演するために出掛けた日、本番を明日に控えてあいにくの雨。屋根は有るものの会場は屋外である。メンバーの顔の色も冴えない。このまま雨が降り続けば結果は最悪の事態を招くことになるだろう。私達は祈る思いを胸にホテルでの一夜を過ごした。
 まどろむ程の時間に感じられた夜が明け、飛び起き様に窓の外を見る私の目の前に白い景色が広がっている。とりあえず雨の気配はなさそうだ。「やったー!」と思わず叫んでガッツポーズの拳を握った。
 湖畔に建つホテルの朝は、雲のように揺らめく濃いもやに優しく包まれ、刻一刻、時の流れと共にその姿を変えていた。もやは薄れ、反対に遠くの山々のシルエットが増していく。正にその時、二つの山の狭間から太陽が昇り始めたのである。
“御来光”のような強い光を放ちながらぐんぐんと昇ってくるその光にもやは掻き消され、いつしか鏡のような湖面は金色に輝いていた。なんと幻想的な光景なのだろう。私は冷たい窓のガラスに顔を押しつけ、時の経つのも忘れて見入っていた。素晴らしい! 実に素晴らしい“夜明け”である。
 ちなみに、“晴れ男”を自負する私のメンツもしっかり保たれ、同時にその日のコンサートも大成功であったことはいうまでもない。                                                          

パート2

「もしもし、調味料と海苔を送ってほしいんだけど─。ああ、仕事なら上手くやってるよ。大丈夫、心配ないよ」
 次男からの電話である。しかし、いささか遠い。彼が居るのは南米のチリ。日本の真裏にあたる国だ。会社の転勤なのだが、入社時の目的であったことから、彼にとっては夢が叶った大満足の仕事なのである。
 実は六年前、大学在学中にチリへ行き、その後アルゼンチンに留学した経験が有る彼は、南米への転勤が大きな夢となった。スペイン語と英語が堪能なので仕事の心配はしないのだが、とにかく遠い国。電話の声だけが安心の頼みである。チリを拠点に南米各国が範囲らしく、先日もブラジルへ出向いたとか。食事の安全や身の回りの安全等、やはり心配は尽きない。ただ、アルゼンチンには留学当時お世話になった家が有り、今回もまた親しくして頂いているというので、大変ありがたく思っている。
 と、ここまではままある話なのだが、偶然というのはこんなことかも─。
 それは息子がお世話になった(今も)アルゼンチンのその家の子が、時を同じくして日本へ留学してきたのである。同い年の二人は当然旧知の仲であり、親しい友人である。
「奈良教育大学」で学ぶ彼は、日本語も上手く明るい。何よりも性格の良い好青年であり、時々我が家へも遊びにきてくれるので、まるで本当の息子のように思えてしまう。
 世界はこんなに広いのにお互い息子同士を交換しているような偶然の不思議さと、こんな巡り合せの幸せに、ただただ感謝するのみである。ちなみに彼の将来の夢は政治家だと言う。
「大統領になりたいね」と、屈託なく笑う顔が何よりも良い。ともあれ我が家の二人の息子(?)は今、大きな大きな人生の“夜明け”を迎えようとしているのである。

10/2/4